「ここか……」
 月彦は目の前の建物を見上げる。高さは二十メートル弱、階数は七,八階といったところだろうか。黄土色の外壁に部屋数の数だけ窓があり、せり出した看板に書かれた名前を確認するに、待ち合わせのビジネスホテルはここで間違いないらしい。
「確か、中で待ってるって言ってたな」
 別に誰に見られて困るようなこともないのだが、月彦は左右を見て人影がないことを確認してから、自動ドアを潜りロビーへと足を踏み入れる。
 幸い、“待ち合わせの相手”はすぐに見つかった。
「……何それ、いつもの上着にズボンって……完全に普段着じゃない。もうちょっとマシな格好できなかったの?」
 そして顔を合わせるなり、いきなり服装にダメ出しをされた。
「しかたないだろ! これでも一応ちゃんと真面目に服を選んできたんだぞ?」
「ま、背広なんて持ってないだろーし。よく考えたらそんなの気にするような相手でもないし、いいっちゃいいんだけどね」
「…………だったら別に普段着でいいじゃねーか……だいたいお前こそ何だよそれ、いかにも社長秘書でございって格好してるけどな、そんなに胸見せた秘書なんていねーからな!?」
「大きすぎて前が閉じられないんだもの。しょうがないじゃない」
 むちむち美人秘書改めスーツ姿の真狐は中指の先でくいと丸眼鏡のズレを直し、鼻で笑う。月彦は胸のことにしか触れなかったがその実、腰回りもぱっつんぱっつんであり、タイトミニからにょきりと伸びた白い足はハイヒールを履いていることもあり、いつもより余計に長く見える。
「ていうか、まさかバイトってお前も一緒に来るのか?」
「クライアントとの顔合わせまでよ。実際に働くのはあんた一人」
「クライアントねえ……」
 まさかこの女の口からそんな単語を聞く日が来るとは。月彦は不思議な感慨を覚えざるを得ない。
「とにかく、時間が押してるから行くわよ」
「おう」
 真狐に先導される形で、月彦はエレベーターへと乗り込む。
「上へまいりまーす」
 等とふざけた口調で言う真狐をぷいと無視し、月彦は階数表示板を凝視する。程なくエレベーターは七階で止まった。
「開きまーす」
「そんなことを言うエレベーターガールは居ないぞ」
「お足元には十分お気をつけくださいー」
「そりゃ電車のアナウンスだ」
 エレベーターから一歩踏み出すと、スニーカーの底が毛足の長い絨毯に音も無く飲み込まれる。しんと静まりかえった廊下を、洋装に合わせてハイヒールなど履いている真狐が音も無く歩き出し、月彦も遅れじと後に続く。真狐はそのまま廊下の端まで歩き、707号と銘打たれたドアの前で足を止めた。
 真狐はちらりと、一瞬月彦の目を見、静かに笑うとコンコンとノックをする。『はぁい』という返事が聞こえ、程なくロックの外れる音。「どうぞー」という声と共にドアが開き、真狐が率先して部屋の中へと入り、閉まりかけたドアを慌てて押さえて、月彦もまた真狐の尻に続く。右手にユニットバスがある細い通路を抜けると、部屋の四割ほどがベッドに占められ、申し訳程度に机と椅子があるだけという間取りの部屋に出迎えられる。
 そこに立っていたのは、言わずもがな洋装に身を包んだ性悪狐と、そしてもう一人。
「あなたが、まこさんのお知り合いの方なんですね」
 小首を傾げるように、柔和な笑顔を浮かべるのは、長袖の白セーターに濃紺のロングスカートといった出で立ちの、主婦然とした女性だった。年の頃は人でいうところの三十前後で、緑の黒髪を一本編みにして右の肩に乗せるように前へと垂らしている。そう、“人でいうところの”と断りをいれざるを得ないのは、女性の髪にはにょきりと、まるで牛のような角と耳がせりだしているからだ。
「はじめまして。芭道しほりと申します。妖牛族です」
 


 
 

 

 

 

 

『キツネツキ』

第五十三話

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 




「ねー月彦、あんたアルバイトする気なーい?」
 
 全ては、真狐のその一言から始まったと言っていい。学校から帰宅し、自室に荷物を置いて早速制服から部屋着に着替えようと、上着をハンガーにかけた瞬間、がらりと窓ガラスを開けて飛び込んできた野生動物に、
「ない。帰れ」
 月彦は冷たく言い放った。
「あんたにぴったりのバイトなんだけど」
 しかし真狐は拒絶の言葉など全く気にもせず、いつものように勉強机に腰を下ろすと長い足を見せつけるように組む。
「しかも、超高給。たった1時間で5000円も稼げるんだから」
「どうせまともなバイトじゃないんだろ。ほら、着替えるからさっさと出て行け」
 シッ、シッ――野良犬でも追い払うように手を振るが、そんなことで出て行くような相手であれば苦労はない。
「あら、あんたの感覚じゃ“人助け”はまともなコトにはならないのかしら?」
「ひとだすけぇ……?」
 悪巧みが趣味みたいな女の口から出るには、あまりに不釣り合いな言葉に、月彦は声を上ずらせる。
「そ。知り合いにちょーっと困ってる娘が居てさぁ。あんたに助けて欲しいってワケ」
「そんなの、お前が自分で助けりゃいいだろ。……ていうか、思い出したぞ! お前こないだ俺に桃をぶつけただろ!」
「はぁ?」
 真狐は片眉だけをつり上げ、さも身に覚えがないといった顔をする。
「何それ。なんであたしがあんたなんかに桃をぶつけないといけないのよ」
 もったいない――そう呟き、憤然とした後で、真狐は意地の悪い笑みを取り戻す。
「そんなことより、バイトの話。あたしがやるより、絶対あんたがやったほうがいいって。…………なんてったって、“おっぱいの悩み”だし」
「おっぱいの悩み……だと……」
 呟いた時にはもう、桃の件はすっかり頭から消え失せていた。真狐は己の膝の上に頬杖をつき、にやにやと意味深な笑みを浮かべる。
「……お前、何が狙いだ。俺を一体どうする気だ」
 月彦は警戒するように身構えながら、悪魔のような笑みを浮かべている女から距離をとる。
(おっぱいのことで困っている女性を助けるバイト……だと……!?)
 そんな誘惑にホイホイと乗っかる俺だとでも思っているのか!――そう吠えかかりたい気分だった。人を舐めるにも程があると。この女は、紺崎月彦という人間がおっぱいが関係していると言われれば何にでもホイホイ乗っかってくるような浅ましい人間だとでも思っているのか。だとしたらそれはとんでもない誤解だ。
「何が狙いって、ただ手伝って欲しいって言ってるだけじゃない。元々は春菜の所に相談に行って、いろいろ薬とか処方してもらってたらしいんだけど、効果が芳しくないみたいでさー。まわりまわってあたしの所におはちが回ってきたってワケ」
「春菜さんの薬でもダメなら、俺の出る幕じゃあないだろ」
「そうとも言い切れないわよ? もっと原始的な問題かもしれないし」
「原始的……?」
「あたしの見立てじゃ、多分……“揉めば治る”のよねぇ。でもほら、どうせならあたしが揉むより、男に揉んでもらったほうが効果ありそうじゃない?」
「なっ……何言ってんだよ! も、揉めば治るって…………そんなの、別に俺じゃなくたって……」
「うん。だからあんたがどうしても嫌だーって言うなら、誰かその辺歩いてる男捕まえて手伝ってもらうつもりだけど?」
「なん……だと……」
 ぐらりと。目眩を覚えて月彦は膝を突きそうになる。
(おっぱいを揉むだけのバイト……しかも1時間五千円、だと……!)
 ありえない。そんな美味しい仕事がこの世にあってたまるか。もしあるのならバイトと言わず学校を中退して永久就職したいくらいだ。
「ほらほら、どーするの? やるの? やらないの?」
 楽しくてたまらないといった真狐の顔を見ていると、反射的に「誰がやるかボケ!」と口にしてしまいそうになる。それが出来ないのは、月彦自身このバイトの仕事内容に身も心も惹かれまくっているからだ。
(いや待て! そもそもこの女の言うことを信用していいのか!?)
 四六時中人を騙し、陥れることばかりを考えているような女の甘言に乗ってしまっていいのだろうか。ひょっとしたら、やると言った瞬間真央がドアを開けて入って来て「父さま最低!」と罵る母娘合作のドッキリかもしれないではないか。
(でも、本当なら……本当にただのバイトなら…………やりたい……!)
 こんな話を他人に持って行かれるなんてとんでもない。既に右手も左手も、まだ見ぬおっぱいを求めてうずき始めているというのに、ここでお預けなど食らわせられようものなら、肘から先だけがおっぱいを求めて飛んでいってしまうのではないか。
「ぐぬぬぬぬぬっ…………」
 月彦は悩んだ。悩みに悩んで、頭を抱え込んでその場に膝までついた。
(やりたい……悩めるおっぱいに、俺の力がどこまで通用するのか、試したい……!)
 しかし、目の前の女に騙されるのは嫌だ。この女に指を差されながら大笑いをされるのだけは我慢ならない。しかしおっぱいは揉みたい。騙されたくはない。揉みたい。
 そんな無限ループのような思考の果てに、月彦はついに結論にたどり着いた。
「…………わかった、やる!」
 そう、つまるところそれが。目の前の女にに騙されるリスクよりも、未知なるおっぱいをこの手で救うという大義を選択することが。
 月彦の決断なのだった。
 



 そして後日。真狐に言われるままに放課後私服に着替え、普段は縁の無い路線の下り電車にまで乗って待ち合わせのビジネスホテルへと月彦はやってきた。真狐の立ち会いのもと、クライアントである芭道しほりとの顔合わせになったわけだが。
(えっ、ちょっ……聞いてないぞ……)
 実のところ、最初の時点では鼻息荒くOKをしてしまった月彦だが、真狐が帰った後一人部屋に残され冷静になった頭で危惧したことがあった。それはおっぱいのことで悩んでいるからといって、若い女性とは限らないということだった。或いは幼女、或いは老婆の可能性すらあると、そんなことも確かめずに引き受けてしまった自分の浅はかさを呪いもした。
 が、実際に顔を合わせたしほりは月彦の危惧など跡形も無く吹き飛ばすほどの美人だった。むしろこちらが金を払ってでも「是非おっぱいを触らせてください」とお願いをしたくなるほどの相手だ。それが逆に月彦にとってはカウンターパンチであり、こんな美女のおっぱいを今から揉めるという事実が、その心をこれ以上無いと言うほどに浮き足立たせた。
「えっと……ハミ乳搾りさん?」
「はみち しほり です。」
 テンパった月彦のトチ狂った発言にもしほりは嫌な顔一つせず優しい声で自己紹介をやり直した。
「す、すみません! 俺は……紺崎、月彦です。人間です!」
 ブフーッ!と噴き出すような笑い声が隣から聞こえた。そしてすぐさま「見れば解るわよ」と小声で付け足される。
「はい。まこさんからお話は聞いてます。何でも、おっぱいの“すぺしゃりすと”だそうで。今日はよろしくおねがいします」
 ぺこりと、丁寧に辞儀をされ、月彦もまた「どうも、こちらこそ」等といいながら頭を下げる。
(妖牛族……か……)
 妖狐や妖狸がいるのだから、妖牛がいるのは不思議でもなんでもない。が、やはり初めて接する種族ということもあり、顔を上げるなり月彦はまじまじと観察してしまう。目尻の下がった、なんとも人の良さそうな顔立ち。背の高さは真狐にやや負けるが、牛というだけあって体躯も決して小柄ではない。が、ふとましいということもなく、むしろ細身といえるかもしれない。
(でも……)
 月彦の目が、体の一点で止まる。その視線を感じとったかのように、しほりはやや顔を赤らめ、胸元を隠すように交差させた。
「あのぉ……あんまり、じろじろ見られると……」
「す、すみません……ええと……」
 おい、真狐。これからどうすりゃいいんだ――そんな意見を込めて、隣の性悪狐へと目をやる。
「顔合わせも済んだみたいだし、じゃあ後は“先生”に任せるってコトで」
「っておい! お前帰るのか!?」
「だって、あたしが居てもやることないし。それともなーに? あんたが治療にかこつけてセクハラしないかどうか見張ってたほうがいーい?」
「ば、バカ言うな! そんなことするワケないだろ!」
「じゃああたしが居なくても問題ないじゃない。…………んじゃ頑張ってねー」
 ぽんと月彦の肩を叩き、真狐は部屋から出て行こうとして「あ、そうそう」と態とらしく呟き、踵を返した。
「しほりは一応人妻だから、ムラムラしても絶対手を出しちゃダメよ?」
 そして、月彦の両肩に優しく手を添え、まるで教会で祈りを捧げる信者の耳元に囁く悪魔のような口調で呟いた。
「絶対に、ぜーったいにヤッちゃダメよ?」
 しかも二度。ふうと耳の裏を擽るような吐息を残して、真狐は体を離し、そのまま部屋の外へと出て行く。がちゃん、とドアの閉まる音を聞くなり、月彦は金縛りが溶けたように肺に溜まっていた息を吐いた。
「と、とりあえず……座りましょうか」
「はい」
 ビジネスホテルの一室は狭い。また二人分の椅子はなく、月彦は部屋に備え付けの机の前にあった椅子(背もたれなし)に座り、しほりはベッドに腰掛けるという形になる。余分なスペースはなく、殆ど膝頭を付き合わせるほどの距離だった。
「えと……それじゃあ、まずはどういった悩みなのか、聞かせてもらえますか」
 真狐からは教えてもらえなかったので、と付け加えると、しほりは戸惑うように視線を泳がせてから、意を決したように一度唇を噛み、語り出した。
「…………おちちが、出ないんです」
「成る程、おちちが……失礼ですが、妊娠はされてるんですか?」
 しほりは躊躇い、静かに首を振った。
「私たちは体が成熟すると、その証としておちちが出るようになるんです。……もちろん、妊娠した後も出るんですけど……」
「な、なるほど……知識不足ですみません。妖狐や妖狸、妖猫の女性とはそれなりに交流があるんですけど、妖牛の方というのは初めてで……もしよろしければ、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」
 妖牛という種族について――月彦が切り出すと、意外にもしほりは嬉しそうに語り出した。それは単純に、自分の種族について語るのが好きだというよりは、目の前の男が不埒な目的ではなく、治療の為に真摯に向き合おうとしていることが伝わったからなのかもしれない。
 しほりが語る所によれば、妖牛族の女性というのは体が成熟するとその証として母乳の分泌が始まるらしい。そしてそれは美味かつ栄養豊富で、妖牛族の生活を支える貴重な収入源でもあるらしい。それだけに、体が成熟していながら母乳の分泌が芳しくないというのは同族間でも肩身が狭く、下手をすると一族の恥さらしといった扱いを受けるのだという。
「………………成る程、お話は解りました。それで春菜さんの所に相談して、薬を処方してもらったけど、状況はあまり改善しなかった、と」
「はい。……そのぉ……お薬を飲むと、一応おちちは出るんですけど……やはり、量が少なくて……」
 しゅーんと、しほりは肩を落とし身を縮こまらせてしまう。
「このままでは、夫にも恥をかかせてしまうことになりますし……正直、途方に暮れてました。それで桜舜院さんから、自分とは違った方向性のお薬を作られるというまこさんという方を紹介してもらったのですけど……」
「違った方向性……ですか」
 つい苦笑を浮かべてしまいそうになる。どのような意味で違うのか、しほりはちゃんと理解しているのだろうか。
「はい。でもまこさんはお薬の処方の前に、まずは試したいことがあると。それで……」
「俺が呼ばれたってことですか。ふむ……」
 しほりの説明で、大凡の事情とやらは理解した。同時に、月彦は肩の荷が下りた気もしていた。
(つまり、俺が失敗したら、後は真狐のやつが尻ぬぐいをするってコトか)
 正直なところ、おっぱいの悩みを抱えている女性を、本当に自分が救えるのかという懸念はあった。が、しかし仮に自分が失敗しても、真狐がその後のケアをするのであれば気は多少楽になる。
(……とはいえ、あっさりと出番を降りる気もないけどな)
 失敗しても取り返しがつかないわけではない。が、だからといって最初から失敗する気で挑むのは馬鹿の極みだ。むしろあえて背水の陣で挑むくらいの気概でいかねば、真剣に悩んでいるしほりにも失礼というものだろう。
「お話は解りました。…………それではまずは……おっぱいを見せてもらえますか?」
 できる限り事務的に、“男性である”と意識させないつもりで言った――つもりだった。がしかし、場の空気が俄に凍り付くのが、月彦にも解った。
「……あの、先生を――」
「紺崎でいいです。先生だなんて呼ばれる身分じゃありません」
「紺崎、さんを……信用していないわけではないのですが…………やっぱり、脱がないといけませんか?」
 既婚者であるしほりが――仮に既婚者でなくとも――ついさっき会ったばかりの男の前で服を脱ぎ、肌を露わにするというのは、やはり抵抗があるのだろう。月彦としてもそれは理解出来る。出来るからこそ、無理強いをするわけにはいかなかった。
「脱いでもらったほうがより精度の高い診察が出来るのは間違いがないのですが……もし芭道さんが無理だと仰るのでしたら、他の手が無くもないです」
 ほっと、しほりが安堵の息をつく。月彦もまた、言葉を続ける。
「ええと、芭道さんはその服の下は……ブラジャーのようなものはつけられてますか?」
「ぶらじゃあ…………乳紐のことですよね。はい、つけています。治療のために“こちら”に来る際に、まこさんに一通りのお洋服の準備と、着衣の仕方を教えてもらいましたから」
「そうですか。ではセーターは着たままで構いませんから、そのブラジャーだけ外してもらえますか」
「それは……構いませんけど……」
 何故そんなことをする必要が?というしほりの目。月彦は自信を持って答えた。
「服の上から触診する為です。直接触らなくても、その方法ならば芭道さんの胸に一体どういった異常があるのかを調べることが出来ます」
「あの、あの……それはつまり……紺崎さんが……おっぱいに触る、ということ……ですか?」
「服の上から、ですが」
 さすがにこれは譲れないと、月彦は憮然とした態度で言う。
(決して下心で言ってるんじゃない。いくらなんでも見ることもせず触ることもせずじゃ、診察のしようがない)
 貴方に治療の意思があるのなら、首を横には振れないはずだと。月彦は真摯な目線で、しほりに訴えかける。
「あの……私、こちらのことはあまり詳しくなくて…………でもあのっ……私たちの感覚だと、夫以外の男性にむやみに肌を晒したり、おっぱいを触らせるのはとてもふしだらな行いで……」
「それは人間の方でも同じですよ。但し、“治療以外の場合”に限りますが」
「あぅぅ……でも、でも……」
「受け入れてもらえないというのなら、仕方ありません。もう俺に出来ることはありませんから、これで失礼させてもらいます」
 月彦が腰を上げると、しほりが慌てて声を荒げた。
「待ってください! …………っっ……あの、本当に……本当にそれで治るんでしょうか」
 今にも泣きそうな、縋るような声だった。嘘はつけないと、月彦は直感した。
「……必ずとは言えません。ですが、最悪でも治療の糸口くらいは見つけられると思います。それに仮に俺がダメでも、解ったことを真狐に伝えることで後々の治療に活かせることは間違いないです」
「…………わかり、ました。…………あの、少しの間だけ、向こうを向いていて頂けますか」
「終わったら声をかけてください」
 月彦は腰を下ろし、そしてしほりに背を向けた。


 

 しほりに背を向けたまま、月彦は考えていた。あの性悪狐は一体全体どういうつもりで自分を呼んだのだろうと。春菜の紹介でしほりの治療を頼まれ、それが面倒だったから丸投げした――という可能性も無くは無い。が、本当にそれだけなのだろうか。
(信用できない奴だけど、そういうのは逆にアイツらしくないんだよな)
 そう、信用できない女だが、だからこそ信用できる面もある。つまりは、しほりの悩みの原因をまるきり無視して、悪化するリスクを考えないまま人間の男を宛がい、揉ませるというような、そういう類いの悪さはしない女なのだ。
(アイツが揉めば治るってんなら、多分本当に揉めば治るんだろう)
 不思議と、そんな確信があった。とはいえ、全面的に信頼するわけにもいかないということも、月彦は身をもって知っている。悪魔はいつだって、真実の中に嘘を織り交ぜてくるものだ。どんな場合でも油断だけはしないようにしようと考えていると「あの……」と声が聞こえた。
「もう、大丈夫……です」
「わかりました」
 くるりと、月彦はしほりの方へと向き直る。白のセーターはそのまま、しかしベッドの傍らには脱いだばかりのベージュのブラが置かれていた。
(…………恥じらいがあるのは良いことなんだろうけど)
 やや過剰過ぎるのではないだろうか。顔を真っ赤にしてうつむき加減に体を硬直させ、恐らくは必死に羞恥に耐えているであろうしほりを見ていると、月彦の方まで変な気分になってくる。
「えっと、じゃあ……触診しますね」
 これは治療なのだと自分に言い聞かせながら、月彦は恐る恐るといった具合に右手を伸ばしていく。その指先がセーターの生地に触れるか触れないかというところで
「あっ……」
 と、しほりの手に払われてしまった。
「芭道さん?」
「す、すみません…………我慢、します、から……さ、触って、下さい……」
 しほりは我慢するという決意を固めるように、自らの両手を尻の下へと敷いてしまう。それを見届けてから、月彦は再度、しほりの胸へと手を伸ばす。
「んっ」
 指先が触れるなり、しほりはそんな声を漏らす。ギュッと目を閉じ、唇を噛むように噤んだまま、まるでそこに触れられること自体、苦痛でたまらないといった顔だ。
(……そんなに嫌なのか)
 と、心を痛めずにはいられない。同時に、それほど嫌な行為に身を殉じてまで、母乳が出ない原因をつきとめようとしているしほりの気持ちに応えねばと思う。
「……紺崎さん?」
 しほりが驚いたように目を開けたのは、月彦が両手で己の頬を叩く音が室内に響いたからだ。
「驚かせてしまってすみません。ちょっと、自分に気合いを入れただけですから」
 触診を続けます――言って、手を伸ばす。今度は両手で、しほりの胸元を包み込むように宛がい、やんわりと揉む。
「ぁ、ぁ……ン……!」
 しほりが再び目を瞑り、唇を噛み締める。月彦は徐々に力を込め、とはいえ真央や真狐のそれを揉む際の1/20ほどの力で、文字通り“触診”を続ける。
(最初に見た時から、気にはなってたんだ)
 しほりと顔を合わせた際、なんとも優しそうな女性だと思った。目尻の下がった、見ようによっては眠そうともとれるような優しい顔立ちに、一本編みにまとめた黒のロングヘア。角と耳さえなければ、団地でも評判の綺麗な奥さんといった出で立ちのしほりだが、ただ一つ。はてなと首を傾げたくなる場所が、その胸元なのだ。
(妖牛族っていうくらいだから、普通もっとおっぱいはあるんじゃないのか)
 真狐や春菜のそれは種族を越えた規格外としても、仮にも牛というならばそれに並ぶくらいの質量はあって然るべきではないのかと。しほりの胸元を見た際、月彦はそんな怒りともつかない気持ちに支配された。
(“人間”だったら、十分巨乳の範疇なんだろうけど……)
 月彦が見たところ、しほりの胸はカップ数にしてCといった所だった。人間ならば十分と思えるその質量もしほりが妖牛であることを鑑みれば実に物足りなく思える。ひょっとしたらそのことも母乳の出が悪い原因の一つではないのかという月彦の推測は、こうして触診をすることで確信へと変わった。
(やっぱりだ。…………このおっぱいは、まだ成長しきれてない)
 しほりは言っていた。妖牛族の女は、成熟の証として母乳が出るようになると。つまり、何らかの不具合で胸だけが発育が遅れ、それが原因で母乳が出なかったのだ。
(てことは、おっぱいが成長すれば……)
 きっと母乳も出るようになるだろう。ならば、“そういう揉み方”をすればいいだけの話だ。
(なんだ。結局真狐の言う通りじゃないか)
 揉めば、治る。その通りだ。ならば、役に立てるという自信が、月彦にはある。
「あ、あのぉ…………ま、まだ……触る、んですか?」
「いえ、もう結構です。………………おちちが出ない原因がわかりました」
 手を離し、自信たっぷりに言うと、しほりは信じられないとばかりに目を見開いた。
「ほ、本当ですか!?」
「はい。触って確信しました。芭道さんのおっぱいはまだ未成熟です。そのことがおちちが出ない原因です。間違いありません」
「おっぱいが……未成熟……?」
「こんなことをお聞きするのは失礼かもしれませんが……芭道さんはひょっとして、周りの同じ妖牛の女性達に比べて、ご自分のおっぱいが小さいと感じられていたのではないですか?」
「それは……………………………………はい、先生の仰る通りです」
 恐縮するように身を縮めながら、しほりは頷く。
「“先生”はやめてください、俺はそんなたいそうな身分じゃないんですから。…………でも、そういうことならば話は早いです。俺なら、芭道さんのおっぱいをちゃんとした大人の女性のおっぱいに成長させることが出来ます」
「本当……ですか? 本当に…………」
「はい。出来ます」
 月彦は大きく頷く。
「あの、あの……それって……おっぱいも、もう少し大きく出来るということなんでしょうか」
「“もう少し”? とんでもない話です。………………芭道さんのならきっと、真狐や春菜さんにも負けないくらい、立派なおっぱいに成長しますよ」
「ぁ……」
 ほろりと。まるで月彦の言葉に胸打たれたかのように、しほりが涙をこぼす。
「ただ、そのためにはこれからも治療を続けないといけません。それも、今日のように服の上からではなく、直に肌に触れる方法でないと」
「我慢、します。それでおちちが出るのなら、おっぱいがちゃんと大きくなるのなら、先生、お願いします」
「先生はやめてください」
 照れくさそうに月彦は笑うが、しほりは首を横に振る。
「そう呼ばせてください。あの……これからも、どうかよろしくお願いします」
 しほりはベッドから腰を上げると、深々と頭を下げてくる。月彦もまた腰を上げ「一緒にがんばりましょう」と握手を交わす。
(…………ひょっとしたら、俺って医者に向いてるのかもしれないな)
 しほりとのやりとりの中、月彦はそんな錯覚まで抱いていた。



 月彦が初対面の女性の乳を揉み、慣れぬ医者面などしていた頃とほぼ同時刻。同じように顔を合わせている“慣れない二人”が居た。
「突然のことで、さぞかし驚かれたことと思います。ですが、どうしても真央さまには改めて謝罪の機会を頂きたかったのです」
 玄関のドアを背にして立つ菖蒲は、いつものメイド服ではなく黒のロングコートを羽織っていた。両手で大事そうに一つの紙袋を下げ、顔を合わせるなり深々と頭を下げてくる。貞淑な従者のような態度だが、その実、真央が帰宅し、玄関の鍵を開けて中へと入る瞬間に現れ、なし崩しに玄関の内側へと入りこんで来たのだから油断ならない相手だ。危うく悲鳴を上げそうになった真央だが、見知った菖蒲の顔を見て辛くも叫び声を飲み込んだ。が、気は許さないとばかりに菖蒲からは距離をとり、玄関マット三つ分ほどの距離をあけて菖蒲と対峙する。
「……強引な形になってしまったことを、重ねて深くお詫びします。ですが、これも真央さまに謝罪をしたいという気持ちが高じてのことだと理解していただけることを、切に願ってやみません」
 どれほど菖蒲が頭を下げてきても、真央は警戒を緩めない。何故なら相手は、かつて自分に多少なりとも害意を持っていた筈の女だったからだ。
「恐らく真央さまは、虫が良い話だと思われることと存じます。ですがそこをあえてお願い申し上げます。なにとぞ過去のことは水に流しては頂けないでしょうか」
 そして、菖蒲は紙袋を一度玄関マットの上へと置き、中からリボンと包装紙にくるまれた箱を取りだした。
「これは、わたくしのほんの気持ちでございます。真央さまはチョコレートがお好きだと記憶しておりましたので、誠心誠意作らせて頂きました」
 なるほどたしかに箱からは、この距離でも解るほどに強く、チョコレートの香りがしていた。
「……もらえません」
 大好物の香りにうっとりとしかけるも、慌てて真央は気を持ち直し、小さく首を振る。
「真央さまのご怒りはごもっともです。ですが、そこをなんとか受け取っては頂けないでしょうか」
「別に怒ってません」
 確かに、過去には嫌がらせのようなことをされ、良からず思ったこともある。が、怒ってはいないという点については、真央は嘘はついていなかった。菖蒲がそのように自分を疎んじたのも、ひとえに兄白耀との仲を邪魔されたくなかった故であろうし、そういう意味では真央にも菖蒲の気持ちが解るからだ。
「…………では、何故受け取って頂けないのでしょうか」
 今にも泣き出しそうな菖蒲の声に、真央はぎゅうと心臓を締め付けられるような気分になる。何故菖蒲からの贈り物を受け取りたくないのか、実は真央自身その理由がわからなかった。
「信じて頂けないかもしれませんが、わたくしは本当に心を入れ替えたのです。これからは真央さまとも、そして月彦さまとも懇意にしていきたいと考えております。……もちろん、お二人の許しが頂ければの話でございますが」
 縋るような声。まるで夫に虐げられ、殴られても蹴られても声を押し殺して啜り泣くしか術がない、か弱い若妻のような声。それが不思議なほどに癪に障る。この女は猫を被っていると真央に強く思わせる。しかも、その被り方がいつぞやの、春菜のそれに比べてあまりに雑であるから、余計に鼻につくのだ。
「わたくしのことを許容出来ないというのでしたらば、せめて。せめてこれだけでも受け取ってはいただけないでしょうか。受け取った後、真央さまがお捨てになられてもかまいません。ですが、せめて気持ちだけは受け取って頂きたいのです」
 菖蒲は尚も諦めきれないとばかりに、真央の方へと箱を差し出してくる。
「……わかりました」
 強引に玄関へと入ってきた手口といい、どうやら簡単には諦めそうに無い。このまま不毛なやりとりを続けるのも億劫に思えて、真央は渋々了承した。忽ち菖蒲は笑顔を浮かべ、ハンカチを取り出し涙を拭うような仕草をする。
「ありがとうございます、真央さま。これほど嬉しいことはございません」
 菖蒲の手から、ケーキの箱を受け取る。ずしりとした手応えに、たっぷりとチョコレートが使われたケーキであることが、その重さだけで伝わってくる。
「お詫びを申し上げたい気持ちが強すぎて、ひょっとしたら大きく作りすぎてしまったかもしれません。もしよろしければ、月彦さまと一緒にご賞味して頂ければ、感無量でございます」
 暗に“一人で食べるんじゃないぞ?”と念を押されている気分だった。そういうところが、やはり雑だと感じる。好きにはなれないと。
(……私は、父さまの“馬”じゃない)
 嘘にまみれた菖蒲の言葉の中で、恐らくは“心を入れ替えた”の部分だけは本当なのではないか。
 そしてそれが意味することは何か。
「それでは、これにて失礼させていただきます。…………どうか、月彦さまにもよろしくお伝え下さいまし」
 箱を受け取ってもらえたことで満足したのか、菖蒲はあっさりと帰っていった。真央が箱を手にリビングへと行くと、食卓の上にはラップをかけられた夕飯のおかずと、そして今夜は帰れない旨の葛葉のメモが残されていた。
 リビングのテーブルの上に菖蒲からもらった箱を置き、はらりとリボンを解く。包装紙を剥がし、蓋を開けると、そこに入っていたのは直径25センチはあろうかというチョコレートケーキだった。表面はむら無くチョコレートでコーティングされ、微妙に色合いの違うチョコを使って網がけまで施されたそれは、専門店で買ってきたと言っても通じるほどの出来に思える。
 そしてケーキの上には、恐らく砂糖で作られたキツネとネコの人形がちょこんと、愛らしく乗せられていた。食べるのがもったいないと感じる程に愛らしいその人形の向こうに、菖蒲の媚びた笑顔が透けて見えるようだった。
 真央は、まるで汚いものでも隠すように、ケーキに蓋をかぶせた。



 しほりと次の診療の日程と時間を決め、ホテルを出て家に帰った時にはもう七時を回っていた。玄関には真央の靴はあるが葛葉のそれはなく、代わりに食卓の上には葛葉の書き置きと、ラップのかけられた肉じゃがが用意されていた。
(母さんは今夜は留守、か……)
 そして浴室の方からはシャワーの音。入っているのは恐らく真央だろう。こんな時間に一人でシャワーとは珍しいと思いながらも、不審という程でも無い。特に気にもせず自室へと戻ると、
「むぐむぐ……あら、遅かったわね。どうだった?」
 慣れぬ洋装ではなく、いつものハレンチ極まりない和装に身を包んだ真狐がまるで専用の席のように机に腰掛け、左手に抱えたひしゃげた箱から夢中になって茶色い塊をむしりとっては、口へと運んでいた。
「何でお前が居るんだよ。……てゆーか何食ってんだ?」
「チョコレートケーキ」
「チョコレートケーキって……おいお前まさか、またどっかから盗んできたんじゃないだろうな!」
「違うわよ、捨ててあったから拾っただけ。あんたも食べたいなら、少しだけなら分けてあげてもいいわよ?」
「捨て………………いやいい」
 そういえばこの女は前にもゴミ箱に捨てた稲荷寿司を拾い食いしていたと、月彦はげんなりしながら思い出す。そうしてげんなりしている間にも、真狐はひしゃげたケーキの箱――恐らく、本来ならば蓋の役目をする部分――からわっしわっしと手づかみでチョコレートクリームつきの茶色いスポンジをむしり取り、美味そうに頬張り続ける。既に口の周りはチョコクリームでべとべとだ。
「で、どうだった?」
 ケーキを食べ終わり、口の周りをぺろぺろ、指をちゅぱちゅぱとしゃぶりながら、いつもの意地悪笑み。ふんと、月彦は鼻を鳴らして胸を反らす。
「お前の言った通りだ。アレなら多分、揉めば治る」
「さすがね。…………てことは、揉んだの?」
「まあ、服の上から、だけどな」
「へぇ、やるじゃない。………………で、ヤッちゃったの?」
「ヤるか!」
「ホントにぃ? あんたみたいなケダモノが人妻と密室に二人きりで、しかも胸まで触っておいてホントに手を出さなかったの?」
「どっちがケダモノだ! 俺にも見境くらいはあるぞ!」
 まるで人妻専門の性犯罪者に向けるような目で見られ、月彦は憤慨する。
「一応言っとくけど、妖牛族の男って、普段は温厚だけど怒るとちょっと洒落にならないくらい暴れん坊になっちゃうから。命が惜しかったら、絶対の絶対のぜーーーーーーったいに患者と医者の垣根を越えないほうがいいわよ?」
 と言いつつ「でもあんたのことだから越えちゃうんでしょ?」という目でニヤニヤ笑いながら、真狐はケーキの箱をぐしゃぐしゃに丸めると、ゴミ箱へと放り込む。
「てゆーか、治療っていう名目でおっぱいに触るのだってけっこーギリギリっていうか、ほぼアウトなのよね。アイツらって、多分あんた以上におっぱいを神聖視してるところがあるから、しほりもあんたに触らせるのそうとう渋ったんじゃないの?」
「言われてみれば……たしかに」
 あれは単純に、恥ずかしくて渋っていたのではなかったのか。
「あの娘達にとって、配偶者以外の男に胸を触らせるのは多分、レイプされるのと同じくらい耐えがたいことなんじゃないかしら。治療のためっていう大義名分があったとはいえ、よく触らせてもらえたわねぇ」
「おまっっ…………そ、そういうことは先に言えよ!」
「あれ、言ってなかったっけー? メンゴメンゴ」
 てへっ、と。謝罪する気ゼロの笑顔で真狐は自分の頭を小突き、ぺろりと舌を見せる。
「でも、本当に感心するわ。あんたってば意外と詐欺師の才能あるんじゃない?」
「あーのーなぁ、俺は別に騙したわけじゃなく、きちんと説明して、そうする必要があるってことを解ってもらっただけだからな!?」
「はいはい、そーゆーことにしといてあげるわよ。…………じゃ、しばらくしたらまた様子見に来るから。………………ホントにヤッちゃダメよ?」
「絶対ヤらん!」
 さっさと出て行け!――拳を振り上げて追い払うと、真狐は黄色い声を上げながら窓から飛び出していく。
「ったく」
 憤然としながら、窓を閉める。トトトと、部屋の外で足音がしたのはその時だった。
「あっ、父さま、お帰りなさーい!」
「おう、真央。ただいま、シャワー浴びてたのか?」
「うん。今日は体育がマラソンで汗をいっぱいかいちゃったから」
「そっかそっか。留守番中、何か変わったこととか無かったか?」
「ううん、何もなかったよ、父さま」
「そうか。母さんが居ないときは、戸締まりに気をつけないとダメだぞ? 変質者が上がり込んでくるかもしれないからな」
 たとえば窓から――さすがにそこまで口にするのは蛇足に思えて、月彦は口を噤む。
「父さま……制服じゃないけど、どこかにお出かけしてたの?」
「ん、あぁ……ちょっと、な」
 月彦は言葉を濁した。
「ひょっとしたら、これからもしばらく帰りが遅くなることがあるかもしれないけど、このくらいの時間にはちゃんと帰ってくるから、心配はしなくていいぞ?」
「……うん、わかった」
 露骨に表情を曇らせる真央の姿に、月彦は喉まで「バイトをしているんだ」という言葉を口にしそうになる。が、辛くも飲み込み、慰めるように頭を撫でる。
(悪いな、真央……。……でも、バイトが終わったら……)
 バイト代の使い道は、すでに月彦なりに決めていた。まずは、世話になっている葛葉にささやかながらもプレゼントを買い、その余った金で、真央と二人で泊まりがけの旅行に行くというものだ。
(治療も、1回や2回じゃ終わらないだろうから、多分……それなりにまとまった額になる筈だ)
 葛葉へのプレゼントを買っても、二人で泊まりの旅行をするくらいの金は残る筈だ。それを事前に言うよりも、サプライズで教えた方がより喜びが大きいだろうと月彦は判断したのだった。
(真狐のやつにも、真央には内緒にしといてくれって言ってあるしな。…………まぁ、あいつのことだからひょっとしたら漏らすかもしれないが)
 そうなったらそうなったで、少し早いサプライズをするまでだ。どのみち後ろ暗いことは何もしていないのだから、堂々としていればいい。
(…………真央の為にも、芭道さんの悩みをきちんと解決してあげないとな)
 この両腕には、二人分の想いがかかっているのだと。一際責任を感じる月彦なのだった。



 二日後、月彦は約束通りの時間にしほりの宿泊しているビジネスホテルの部屋を尋ねていた。顔合わせは済んだということで今回は真狐の姿は無く、月彦も学校帰りの制服のままだった。
「じゃあ、早速始めましょうか」
「はい。よろしくおねがいします」
 ぺこりと丁寧に頭を下げて、しほりは前回のようにベッドに座る。月彦も上着を脱いでハンガーに掛け、ぐいと腕まくりをしてから椅子に腰を下ろす。
「あの、先生……これを……」
 しほりはあくまでそう呼ぶつもりらしい。恐る恐る両手の上に載せて差し出してきたのはアイマスクのようだった。
「成る程、これをつけてほしいということですね」
「は、はい……先生には、本当に申し訳ないと思っているのですけど……すみません」
「大丈夫、解ってます。というより、あの後、真狐から聞きました。妖牛族の女性にとって、配偶者以外の男におっぱいを触られるのは強姦されるよりも辛いことなのだと。……そんな事情も知らず、無理を言ってしまってすみませんでした」
「ぁっ…………いえ、……先生みたいに、治療目的でしたら…………我慢、できますから……」
「それなら良いのですが……もし我慢出来ないくらい辛かったら、遠慮無く言ってください。こちらは休み休みでも構いませんから」
 一応真狐の話では“1時間5000円”ということにはなっている。が月彦は“1回5000円”のつもりで治療に望もうと決めていた。少なくとも、金銭目的に治療を引き延ばすような真似は慎もうと。
「じゃあ、アイマスクをつけますね。芭道さんも準備お願いします」
「はい」
 月彦の方の準備はすぐに終わる。暗闇の中で、もぞもぞと衣擦れの音が聞こえ、なんともエロティックな気分になりかけるも、そういう目的で来たんじゃないと気を引き締め治す。
(“んっ”、とか“ふっ”、とか、息使いが無駄にエロいんだよなぁ……)
 もちろん意図して口にしているわけではないのだろう。しほりはしほりで、慣れぬ洋服の着脱に四苦八苦しているだけで、他意はないに違いない。しかし他意はないとわかっていても、目の前でそのような声を上げられては心穏やかではいられない。
「あの、準備、できました」
「解りました。では……失礼します」
 暗闇の中、月彦は手を伸ばす。その手に、そっとしほりの手が添えられた。
「あの……服は、着たまま、ですから……服の下から……」
「解りました」
 着衣の下から触ってほしいということなのだろう。アイマスクをつけさせて、そのうえさらに着衣をまくり上げてと言うのは、やはりそれだけ貞操観念がしっかりしているということなのかもしれない。
(……ついに、牛さんのおっぱいを……)
 一体どのような手触りなのか。月彦は感慨深く指先に神経を集中させつつ、しほりの手に導かれるままに服の下へと潜り込ませる。
「ぁ、ん」
 指先が触れた瞬間、しほりが鼻にかかった声を上げる。反射的に手を引いてしまいそうになるのを、しほりの手が止めた。
「だ、大丈夫、です、から」
 震える手でそう言われては、引き下がるわけにはいかなかった。月彦は自ら手を押し出し、両手のひら全体で包み込むように掴み、揉む。
「おおぉ……」
 つい、そんな声が漏れてしまう。掌の感触だけで解る、極上のおっぱいの感触に、月彦は感涙し噎び泣きそうになる。
(しかも……俺が育てるんだ)
 解放すると言い換えてもいい。まだその実力を出し切れないおっぱいを、自分の力で導くことが出来る――男として、これほどやりがいのある仕事があるだろうか。
「んっ、んっ」
 しほりを労るような手つきで、月彦はやんわりと揉み続ける。服の上から見た通り、サイズのほうは巨乳ではあるが少々物足りないボリュームだ。しかしそれも成長させればいいだけの話だ。
「ん、ふっ……んっ」
 アイマスク越しでも解る、しほりが赤面し、羞恥に体を震わせながら耐えているであろうことが。体を硬直させ、声すらも押し殺して。しかしそれでも胸の悩みを解決したいという強い意志が、柔らかいおっぱいを通してひしひしと感じられる。
 しほりのそんな意思を腕から吸い上げ、消化吸収して今度は成長を促すオーラに変える。両手の指でそのオーラを染みこませるようなイメージで、揉む。
「あ、あのっ……せんせぇ…………も、もう……」
「……休憩しますか?」
 はい――しほりの返事は掠れて聞き取れなかった。月彦は名残惜しみながらもおっぱいから手を離し、アイマスクを外す。
「すみません……あのっ、そのっ……どうしても……慣れ、なくて」
 顔を真っ赤にしたしほりが、心底申し訳なさそうに俯きながら謝る。月彦も強ばった肩周りを解すように回しながら「気にしないで下さい」と返す。
「芭道さん達の文化を尊重する気持ちは俺にもありますから大丈夫です。…………今日はここまでにしておきますか?」
「い、いえ……! 先生さえ良ければ、つ、続けて……下さい……」
 休憩の後で、という意味なのだろう。目尻に涙が滲むほどに辛い治療であるのに、治療を続行する意思の堅さには見習うべきものがあるかもしれない。
「じゃあ、一息いれてからにしましょうか。ちょっと飲み物でも買ってきますよ、芭道さんは何がいいですか?」
「あっ、それなら私が――」
「またブラをつけ直すのも面倒でしょうし、俺が行ってきますよ。丁度小銭もありますから」
 あっ、と。しほりは自分がノーブラであったことを思いだしたように、慌ててセーターの上から胸元を隠し、顔を赤くする。
「じゃあ……お茶を、お願いします」
「わかりました。確か部屋の外に自販機があった筈ですから、ちょっと行ってきますね」



 

 自販機で飲み物を買って戻り、それを口にしながら軽く談笑混じりの休憩の後、治療を再開する。どうやら休憩が良い方向に作用したらしく、心なしかしほりの体の固さはとれたようだった。
「どうでしょう、何か変化を感じませんか?」
「は、いっ……よく、わかりませんっ……んっ……」
 アイマスクをつけた月彦は、しほりの答えに少しだけ落胆する。
(おかしいな。大分手応えを感じてるんだが……)
 まさか、俺の気のせいなのだろうか――そんな月彦の不安は、しほりが続けた言葉で払拭された。
「でもっ……んっ……胸が、ぽかぽかしてきて……だんだん熱く……こんなの、はじめて、です……」
「なるほど、それは良い兆候です」
 やはり、手応えは間違いではなかった。月彦は逸る気持ちを抑え、より丹念に乳牛おっぱいを揉み続ける。そのまま三十分ほど揉み続け、今度は月彦の方から終了を宣言した。
「今日はこのくらいにしておきましょうか。一日にあんまり根を詰めても効果は薄いですから」
「ぁ……終わり、ですか?」
 アイマスクを外すと、しほりは意外そうに目を瞬かせていた。
「あのっ……もう少しだけ、続けて頂けないでしょうか……その、凄く……効いてる感じがするんです……ですから……」
「焦っちゃダメです。今が一番大事な時ですから、無理をせずゆっくり治していきましょう」
「でも……!」
「また明後日来ますから、続きはその時にしましょう。それまではじっくりおっぱいを休めておいてください」
 優しく諭すように言うと、しほりは渋々承諾したようだった。
「わかり、ました。……先生、次もよろしくおねがいします」
 瞳に尊敬の色すら滲ませながら、しほりはベッドから腰を上げると深々と頭を下げてくる。そして、スカートのポケットか茶封筒を一つ。そしてさらに部屋の隅に置かれていたキャリーバッグの中からもう一つの封筒を取りだし、差し出してくる。
「あの、時間が遅くなってしまいましたから……」
 2時間分、ということなのだろう。月彦は迷い、結局片方の封筒だけを受け取った。
「これだけで良いですよ。それでも少し多すぎるくらいですから」
「でも……まこさんが……」
「ああ、あいつが言ったことは気にしないでください。この先の治療も時間が延びることがあるかもしれませんけど、料金は一回分だけでいいですから」
 恐らくは真狐に言われるままに代金を用意しているのだろうが、ただでさえ法外な報酬であるのにさすがにそれ以上を受け取るのは気が引ける。
(…………むしろ、こっちが払ってもいいくらいだ)
 女性のおっぱいを一時間モミモミしてお金までもらえるという夢のような職場を失うわけにはいかない。そのためならば、必要以上に紳士にもなろうというものだ。
「先生…………私、先生に治療をしていただけて、本当に感謝しています」
「ははは。俺の方もいい経験になりますから、そんなに畏まらないでください」
 では、また二日後に――名残惜しい気持ちを振り切って、月彦はしほりの部屋を後にした。


 “治療”の成果は、徐々に目に見える形で現れ始めた。二度目、三度目と続けるうち、明らかに手応えが変わってきたのだ。
「先生、だんだん“ぶらじゃあ”をつけるのが苦しくなってきてるんです。これって、効果が現れているということなんですよね?」
 会うなり、目を爛々とさせたしほりにそんなことを言われ、月彦は模範的な医者スマイルを浮かべて大きく頷いた。
「まだまだ大きくなりますから、あまりに窮屈なようでしたら早めに大きな下着を用意することを勧めます。窮屈なままにしておくと、成長が阻害される危険性もありますから」
 さすがに、自分が代わりに買ってくるというわけにはいかない。そのくらいはあの女に買いに行かせても大丈夫だろう。
 そして効果が実感できれば、治療に向けてのモチベーションも上がるらしい。
「先生……明日も来て頂くというわけにはいきませんか?」
 ある時、治療の時間が終わって帰る際、そのような申し出をされた。月彦はしばし考え、しほりがそれでいいのならと。隔日行っていた治療を連日へと切り替えることにした。そうして連日の治療へと切り替えて間もないうちに
「先生、私……もう少しなら、お金を出せます」
 まだ大丈夫、まだ大丈夫というしほりの言葉に釣られる形で、二時間にも及ぶ治療を行って帰る際には、そのような申し出までされた。
「いえ、お金の問題じゃなくて、こういうのは一度に長時間やってもダメなんです」
 それは、経験から導かれた確信だった。巨乳は一日にして成らず。こつこつと継続的に丹念に揉み続けてこそ、理想的なおっぱいに育つのだと。
(俺は妙子と、そして真央のおっぱいで、それを学んだんだ!)
 どちらも最高の美巨乳であると、月彦は自負している。もちろん、あの理想的なおっぱいを全て自分の力だけで育て上げたとは思っていない。が、少なからず助力にはなったはずだという自負はある。自負があるだけで、実際にはなんの役にも立っていないかもしれないが、そんなことはないと月彦は信じたかった。
「とにかく、焦らずじっくり取り組みましょう。……大丈夫、確実に良い方向に向かっていますから」
 牛なだけに、押しが強いのだろうか。治療を重ねる度にもっと、もっととせがんでくるしほりをなんとか宥めながら。そしてその押しの強さに比例するように日に日に理想的な牛乳(訓読み)に育ちつつあるおっぱいに、抑えがたい肉欲を覚えながら。その欲望が理性の壁を突き崩すほどに成長する日が来ないことを祈りながら。
 さながら悪霊に魅入られた琵琶法師のように。月彦は毎日しほりの部屋へ通い続けるのだった。



 
 

「先生……あの、今日は……つけずに、治療をして頂けませんか」
「へ……? つけずに、って……」
 放課後、いつものようにしほりの部屋を尋ねた月彦は、いつものように治療を開始しようとして、はたと首を傾げた。
「目隠しが無い方が……その、もっと……効果的な治療が出来るんじゃないかと思って……」
 素人考えで恐縮ですが、と付け加えたそうな申し出だった。上目遣いに、不安そうに。「ダメですか?」と続けてくる。
「いや、そりゃあ……俺はいいですけど……でも、大丈夫なんですか?」
 そもそも、夫以外の男に胸を見られるのが耐えられないほどに苦痛であるからの目隠しであった筈だ。その目隠しを外して、はたして治療が成り立つのか。
「……………………先生なら、大丈夫です。先生なら……私……」
 どうやら、今までの実績を買われたらしい。恐らくは、終始紳士にな立ち振る舞いに徹したことも功を奏したのだろう。
「わかりました。芭道さんがそれでいいのでしたら、それでいきましょう」
 こちらに断る理由などあるはずがない。月彦は浮き立つ心が顔にまで出ないよう配慮しつつ頷く。
「じゃあ、準備……します、から……」
 ブラを外すということなのだろう。目隠しなしで治療をするのだから、別に見ていても大差はないのかもしれないが、月彦は一応ながらも背を向け、しほりが下着を外すのを待つ。
「先生、終わりました」
 しほりの声で、向き直る。縦に模様の入った紫のハイネックセーターは厚手で、さすがに胸の先端が透けて見えるということはない。が、今日に限れば別にそれを透かそうと目を凝らす必要性はない。
 躊躇いが感じ取れるような、そんな手つきで、しほりがセーターの裾を掴み、ゆっくりとまくりあげる。人妻の、透き通るような白い肌が、徐々に露わになっていく。
「先生……お願い、します」
 胸の上まで紫のセーターをまくりあげ、羞恥に顔を赤く染めながら、しほりは顎を引き上目遣いに言う。期待を裏切らない、人妻のむっちりとした柔肌が。たわわな白いおっぱいがそこにはあった。そしてその先端にはピンクの突起が、さながら杏仁豆腐の上に置かれる紅一点のクコの実のように、美味しそうにツンと先を尖らせている。……そのあまりに蠱惑的な光景に、月彦は後頭部をがつんと殴りつけられたような気さえした。
(ぐっ……ぁ…………こ、これ……ヤバいだろ……)
 もちろんしほり自身にはそんな気は毛頭ないのだろう。無いのだろうが、男の目からはどう見ても“お誘い”にしか見えない。「先生、私の体を好きにしてください」――頭の中で、しほりの台詞がすり替えられるのを感じて、思わず月彦は腰を浮かして飛びかかりそうになる。
「くっ…………そ、そうだ。芭道さん、もっといい方法をおもいつきました」
 しほりを犯す妄想を振り切るよう頭を振って、月彦は背を向ける。
「マッサージ効果を高めるには、いっそ芭道さんが椅子に座って、俺がベッドに座ったほうがいいかもしれません。そして芭道さんが俺に背を向ける形になれば、正面からよりもより効果的に揉むことができます」
 そして、おっぱいを見られるという羞恥に身もだえしなくても済むと、月彦は付け加えた。
(……こんなに美味しそうなおっぱいを見ながら揉み続けたら……頭がパンクしちまう)
 伴侶持ちのしほりと一線を越える気などは、もちろん無い。が、しかし間違いが起きる可能性は極力排除せねばならない。
「……わかりました。先生がそう言われるのでしたら」
 しほりも納得し、月彦は腰を上げ二人の位置を入れ替える。椅子をもっとベッドに寄せ、ほとんど密着するような位置へと置き、しほりがそこに座る。そんなしほりを足の間に挟むような感じで月彦もベッドに腰を下ろし、しほりの脇の下から両手を伸ばし、もぞりとセーターの下へと潜り込ませる。
「あ、んっ」
 指先が乳肉に触れるや、しほりはいつになく甘い声を上げた。うずっ……と股間が疼きそうになるのを必死に堪え、これは治療なのだと自分に言い聞かせながら、月彦はマッサージを続ける。
「んっ、ふっ……ぅんっ」
 後ろから、という揉み方は、正面からのそれよりも互いの距離が近くなる。月彦の目の前にはしほりの後ろ髪があり、くんと鼻を鳴らすとシャンプーの甘い香りに頭が痺れそうになる。ちらりと見えているうなじはなんとも色っぽく、なるほど世の中に人妻もののエロ本やらDVDやらが氾濫しているわけだと納得する。
「ぁっ、ぁっ……あんっ、あっ」
 こうして揉んでいると、しほりの胸も最初期のそれに比べて大分質量を増したことがわかる。ずしりと重い乳肉は、片方だけでもキロに達しているのではないだろうか。
(いや、実際片手に余るぞ、これは……)
 しっとりとした、指に吸い付くような瑞々しい肌。それでいて柔すぎず、さりとて堅くもなく。ほどよく掌に弾力を返してくる、まさしく一級品のおっぱいといえる。
(しかも、まだ伸びしろがあるんだから、恐ろしい)
 一級のさらに上。特級品となりうる逸材を活かすも殺すも自分次第――この後の仕上げは責任重大だと、月彦は尚のこと己を引き締めねばならなかった。
「んっ、ふぅ…………せんせぇ……」
 しかし、己を引き締めたのもつかの間。不意にしほりがくたぁとしなだれかかってきて、月彦は慌てて揉む手を止めた。
「は、芭道さん!?」
「ふぁ……? ぁ……す、すみません……ちょっと、ボーッとして……」
 ハッと、夢から覚めたような声を出して、しほりは慌ててぴんと背筋を伸ばす。
「き、昨日……あまり寝付かれなくて……すみません」
「そうでしたか。……では、今日はこのくらいにして、早めに休まれたほうが」
 しほりがしなだれかかってきた一瞬、ふわりと香ったのは、シャンプーの甘い香りとは明らかに違う、成熟した女のフェロモンそのものだった。男の理性など容易く飛ばしてしまいかねない程の破壊力を秘めたその香りに、月彦は体を離して尚、どぎまぎする。
「いえ、大丈夫ですから。……続きを、お願いします」
「でも」
「お願いします、先生」
 そこまで言うのならと、月彦は狼狽え気味に揉む手を再開する。
(……おっとりと優しそうな人だけど、押すところは押してくるんだよなぁ)
 普段は優しく温厚だが、怒らせると怖い――妖牛族というのは、そんな一面があるのかもしれない。
「ぅんっ……ふっ」
 肩越しに時折聞こえる、しほりの鼻にかかった声。最初の頃とは違い、純粋に心地よくて漏れる声のように聞こえるのは、やはりマッサージの効果が出ているのだろう。
(…………なら、そろそろ……)
 治療の為――そう、あくまで治療の為に。“周り”だけではなく、先端も刺激する頃合いかもしれない。月彦は両手の人差し指をさわさわと動かし、ツンと尖った先端部分には触れずに、その周囲をなぞるように動かし始める。
「あふっ……ぅんっ……せ、せんせぇ……?」
 驚いたような声を上げ、しほりが湿った吐息を漏らしながら、ちらりと振り返ってくる。
「こちらの方も刺激しないと。なんといっても、おちちが出る大事な場所ですから」
「は、はい……そう、ですね…………お願い、します…………あんっ」
 ふっ、ふっ、ふっ――先端部周囲への刺激に、しほりは明らかに呼吸を荒くしていた。小刻みに上下する肩を見下ろしながら、月彦は指先を徐々に、徐々に。先端部中心へと近づけていく。
「あっ、あっ……せんせぇ……」
「もし痛かったりしたら、遠慮無く言ってください」
 そんな筈はないと思ってはいても、なにぶん未経験な部分が多い牛さんおっぱいである。ひょっとしたら、先端部分が他種族にくらべて特別過敏だったりするかもしれない。
 月彦は慎重に慎重を重ねながら人差し指を這わせ、とうとう胸の頂へと、指の腹を乗せる。
「あッ、あんっ」
 そのまま指の腹で擦るように前後させると、しほりは背を逸らしながら喘いだ。月彦はさらにそれを続ける。
「あッ、あッ、あッ……せ、せんせぇぇ……!」
「すみません、痛かったですか?」
 月彦は咄嗟に人差し指を離し、しほりがはぁはぁと呼吸を整え終わるのを待つ。
「い、え……痛く、は……つ、続けて、下さい……」
「大丈夫ですか? 無理をするとかえって悪くしてしまうことも……」
「続けて、下さい」
 しほりの気迫に押される形で、月彦は先端部への愛撫を再開させる。やはり、ただ乳肉を揉み続けるよりは明らかに刺激が強いらしく、しほりは抑えかねるような甘い声を何度も上げていた。
「はっ、ぁんっ……せんせぇ……もっと……もっと、おねがい、します……もっと……」
 息を弾ませながら、しほりは再度しなだれかかってくる。その手が、もどかしそうに月彦の膝の辺りを這い回り、まるで円を描くように指先が蠢く。
「は、芭道さん……あの、くすぐったいから……それ、止めてもらえると……」
「えっ……あっ……す、すみません!」
 慌ててしほりは手を離し、ぴんと背筋を伸ばす。
「やっぱりちょっと体調が悪いみたいですね。……休憩を入れましょう」
「先生、私なら大丈夫です。休憩なんていりません」
 しほりはくるりと向き直り、月彦の手をとって懇願するように言う。
「いえ、やはりここは一息いれましょう。俺、飲み物買ってきます」
 しかし月彦はあえて意見を押し通した。何故なら、本当に休憩を必要としているのはしほりではなく月彦の方だったからだ。
(……いつになく芭道さんを色っぽく感じる…………ヤバいなぁ……)
 一度冷たい飲み物でも口にして、頭を冷やさねばならない。その前に、一度トイレに行って顔でも洗おうか――そんなことを考えながら、月彦はしほりの部屋を後にするのだった。



 “これ”は純粋に治療の為の行為であり、他意などない。もちろん下心もなければ、しほりに今以上の関係を迫る気などもない。
 そう自分に言い聞かせながらの、綱渡りのような治療がさらに数回行われた。さすがは妖牛族――と言うべきなのだろうか。何らかの成長障害を起こしていたとはいえ、そのポテンシャルたるや言わずもがなのしほりの胸は見事に本来のスペックを取り戻し、たわわに実りつつあった。服の上からでもその存在を誇張するそれは、もはや真狐や春菜のそれと比べても遜色ないほどに成長した。
 ――が、事ここに至って、月彦は“壁”を感じていた。
(何だろう、このままじゃダメな気がする)
 ただ、揉んで刺激するだけではここから先へは行けない。何かもう一押しが必要だと、そう感じる。
(確かにおっぱいは大きくなった……けど、母乳を出す為にはそれだけじゃ足りない)
 しかし、その一押しが何であるかが解らない。節操の無い下半身などは「それは俺じゃないか?」と空気を読まず自己主張をしたりするのだが、もちろん月彦は黙殺する。その意見を参考にしてしまったが為に、今までどれほど涙を流す羽目になったことか。

「で、あたしに相談したいと。つまりそーゆーワケ?」
「相談じゃない。何か言いたいことがあるなら聞いてやってもいいってだけだ」
 間違ってもお前なんかに相談するわけがないだろうと。月彦は自室のベッドに腰掛けたまま憤然と腕を組む。対する真狐はもはや指定席のように扱っている勉強机へと腰を下ろし「ふぅん?」とばかりに足を組む。
「言っとくけど、ヤっちゃうのはダメだからね? 何度も言うけど、しほりはあれでも人妻なんだから」
「……お前が言うと、むしろヤれって言ってるように聞こえる」
 なればこそ――否、そうでなくとも。配偶者の居る相手になど手を出すかと。
「ふふ、それはあんたの耳の方の問題じゃないの? …………そうねぇ、じゃあ、こんなの使ってみる?」
 真狐は胸の谷間へと手を忍ばせ、コルク栓つきの小さな小瓶を取り出す。ラベルのないその瓶は茶褐色をしていて、中には透明な液体が入っているようだった。
「お前、いつもそんなところに瓶を入れて持ち歩いてるのか」
「まさか。あんたがそろそろ欲しがるんじゃないかと思って、わざわざ準備しといてあげたのよ」
「…………で、そりゃ何の薬なんだ?」
「これは薬じゃないわ。香油よ」
「香油?」
「栓を開けて、匂いを嗅いでみれば解るわ」
 真狐の手から小瓶を受け取り、月彦はコルク栓を抜く。小瓶の淵に鼻を近づけると、なるほど。ふわりと花のような香りがした。
「こんなもの、何に使うんだ?」
「好きに使えば? そうねぇ、たとえば…………」
 真狐は自らの胸元に手を這わせ、ぐいと着物の上から持ち上げてみせる。
「おっぱいに塗りたくって、もみくちゃにしちゃうとか」
「……………………それで効くのか?」
「さぁ? そこはあんたの腕次第ってところじゃない?」
 真狐はぴょんと机の上から飛び降り、ぐわらと窓を開ける。
「そうそう。しほりはね、あんたのことすごく気に入ったみたいよ? もしちゃんと母乳が出るようになったら、是非とも何かお礼がしたいって言ってたわ」
「そりゃありがたい話だが……お礼なんて別に要らないって返しておいてくれ。俺は十分満足してるって」
「欲が無いわねぇ。……“じゃあ、一発ヤらせろ”くらいは言いなさいよ」
「ふざけんな! 冗談でも誰が言うか!」
「ふふん。本当はシたくてシたくて堪らないくせに。やせ我慢は体に毒よー?」
「うるせぇ! もう用が無いならさっさと帰れ!」
 アハハハハハハ!――怒鳴る月彦に高笑いを残して、真狐は窓からしゅぴんと飛び出していく。
「ったく……だから窓は閉めていけって………………――ま、真央!?」
 悪態をつきながら勉強机の前の窓ガラスを閉めた瞬間、月彦は部屋の入り口にドアを開けたまま立ち尽くしている真央の姿に気がつき、振り向きざまに声を上げる。
「い、いつからそこに居たんだ……? 黙って立ってないで、部屋に入ってくればいいだろ?」
「…………父さまと母さまが、楽しそうにおしゃべりしてたから、邪魔しちゃいけないと思って……」
「た、楽しそうにって…………あのな、真央。真狐はどうか知らないが、少なくとも俺は楽しいなんて1ミリも思ってないぞ? むしろさっさと帰れとしか思ってないんだからな?」
 憤然としながら弁明をするも、真央はとても納得したようには見えない。
「………………ていうか、真央……そこに居たってことは、話、聞いてた……のか?」
 真央は静かに頷いた。
「ちょこっとだけ」
「ちょこっと……か」
 ちょこっととは一体どこまでを指すのだろうか。
「……えーと、真央……悪い。もう少しで終わるから、そしたらちゃんと説明するから……それまで、もうちょっとだけ我慢しててくれるか?」
「……うん」
 決して目を合わさず、俯いたまま頷く真央に、月彦は焦りを感じた。いっそ今すぐにバイトのことを話し、その後の旅行の予定まで教えるべきではないかと。
(いやでも、真央には出来るだけバイトの内容までは伏せておきたい……)
 下手に話して勘ぐられ、後をつけられでもしたらいらぬ誤解を招くのではないか。最悪、誤解が解けたとしてもそんな仕事で稼いだお金での旅行なんか行きたくないと駄々をこねられるかもしれない。
(悪い、真央……もう少し、本当にもう少しだから)
 ポケットの中で真狐からもらった香油の瓶を握りしめながら、月彦は心の中で祈るように呟き続けるのだった。

 

 

 



 

 


 翌日。いつもよりやや重い心を引きずりながらしほりが宿泊しているビジネスホテルへと出向いた月彦は、ロビーに入るや否や突然声を掛けられた。
「あっ、先生!」
「芭道さん……?」
 ロビーの片隅に置かれたソファから立ち上がったのは、紛れもないしほりだった。しほりはそのまま小走りに側まで駆け寄ってくる。
「どうしてこんな所に……?」
「あの、それは……一刻も早く、先生のお顔が見たくて……」
 しほりは頬を赤らめ、ロングスカートの前でもじもじと両手の指を絡ませる。はははと、月彦は乾いた笑みを浮かべることしか出来ない。
「で、出迎えありがとう、ございます……じゃあ、とりあえず部屋の方に行きましょうか」
「はい」
 しほりと連れ立ってロビーを後にし、エレベーターで7階へと上がって部屋へと入る。もう何度も足を運び、半分自分の部屋のような錯覚すら抱き始めているビジネスホテルの薄暗い一室が、いつになくエロティックな空気に満ちているように感じるのははたして気のせいだろうか。
「えと……じゃあ、早速始めましょうか」
「はい。今日もよろしくお願いします」
 思わずハッとしてしまうほどの笑顔に続いて、しほりはぺこりと辞儀をする。そしていつものように椅子を移動させ、セーターの中へと手を引っ込めてもぞもぞとブラを外し始める。
「あ、そうだ……芭道さん。今日はちょっと、これを使ってみようと思うんですけど」
「はい……?」
 ブラを外し終えたしほりが、セーターの裾を腰まで戻しながら、きょとんと。月彦がポケットから出した小瓶を見ながら首を傾げる。
「真狐からの差し入れの香油です。これはかなり効きますよ」
 たぶん――と、月彦は心の中で付け加える。
「こうゆ……ですか? あの、それはどのようにして使うものなのでしょうか?」
「えーと……ざっくり言っちゃうと、これを芭道さんのおっぱいに塗り込むんです」
「お、おっぱいに……塗り込むんですか?」
「はい。………………あの、もし抵抗があるようでしたら――」
 全てを言い終わる前に、しほりは首を振った。
「こんなに立派なおっぱいを持てたのは、ひとえに先生のおかげです。その先生が必要なことだと仰るのでしたら、是非ともお願いします」
 こんなに立派なおっぱい――まるでそれを指し示すかのように、しほりはスカートの前で組んだ手をさらに寄せ、胸元の質量を強調する。
「……わかりました。じゃあ、早速準備の方を始めましょうか」
「準備というと……何か他にも必要なものがあるんですか?」
「とりあえず、バスタオルが二枚あればなんとか」
 それならばと、しほりは真っ新なバスタオルを二枚、バスルームの方から持ってくる。月彦はそれを受け取り、ベッドの上の掛け布団をどかして、シーツの上にバスタオルを広げて敷く。
「セーターを脱いで、このバスタオルを敷いた部分が丁度おっぱいの真裏に来るように、仰向けに寝そべってもらえますか」
「せ、セーターを脱いで……ですか?」
「はい。そうしないと、衣類にまで香油が染みこんでしまいますから」
 そこまで説明すると、しほりにも今からどういったことが行われるのかが解ったらしい。僅かな躊躇いの後、しほりはセーターを脱ぎ捨て、さらに長い髪も胸元の方にいかないように配慮しながら体を横たえ、バスタオルの上に仰向けになる。
(ううむ、張りのあるいいおっぱいだ)
 しほりの上半身を見下ろしながら、月彦は感動せずにはいられない。仰向けになった時こそ、おっぱいの真価が試される瞬間に他ならない。ここで重力に負けず、上質なプリンのように撓みながらも形を保つのが、最高のおっぱいの証なのだ。
「すみません、やっぱり恥ずかしい……ですよね」
 随分慣れた――とはいえ、やはり男の前で上半身だけとはいえ裸体を晒すのは耐えがたいのだろう。仰向けになったしほりは全身を強ばらせ、震えさえしていた。
「そうだ、前に借りていたアイマスクですけど、これをつけたら少しはマシになるかもしれないですよ」
 さすがに香油を使ってマッサージをする自分の方がつけるわけにはいかないからと、月彦はせめてもの気休めにと、しほりにアイマスクを渡す。しほりは少し躊躇した後、少しはマシになるという言葉を信じるようにアイマスクを着用し、再度体を横たえた。
「じゃあ、いきます。もしかしたら、ちょっと冷たいかもしれませんけど……我慢して下さい」
 月彦はコルク栓を抜き、とろり、とろりとしほりの胸元へと香油を垂らしていく。さながら、一流のパティシエが腕によりをかけて作り上げたババロアに、仕上げのシロップを垂らすような、そんな手つきだった。
(……ていうか、手で触るのすらもったいない……口でむしゃぶりつきたいくらいだ)
 透き通るような白い肌に、僅かに黄色がかった香油がなんとも映える。あまりに完成された光景すぎて、月彦は自ら手を出すことを躊躇った程だ。
(……ここに手を出さなきゃいけないのは……ある意味、名画を引き裂くようなものだ)
 既に完成されたものを、自らの手で破壊する――人間はそこに快楽を見出すものなのかもしれない。月彦の逡巡は決して長くは無く、シロップのかかったババロアこと、人妻の色白おっぱいへと手を這わせ、にゅむりと。
「ンッ」
 香油を塗り込むように、両手でこね始める。
「ぁ、ぁっ、アッ…………せ、先生っっ…………」
「くすぐったいですか? 我慢してください。今体を起こしたら、タオルを敷いてないところまで垂れちゃうかもしれませんから」
 にゅむり、にゅむりと。月彦は胸全体余すところ無く香油を塗り込んでいく。油の光沢を受けて、テラテラと光るおっぱいはなんとも魅力的で、気を強く持たねばふらふらと先端へと口を寄せてしまいそうになる。
「ンッ……ぁ……んっ……ンンッ……ぁ……!」
 掌に、堅く尖った先端の感触を感じる。香油のぬめりのおかげで摩擦そのものは少ないが、同時にそれは今まで味わったことのない刺激を与える筈だ。それが最後の一押しになれば――そんな祈りを込めるように、月彦は揉み続ける。
「ァ……ァァァ……せんせぇ……おっぱいが……おっぱいが、熱い、です……」
「我慢してください。それは香油が効いてる証拠ですから」
 さすがは真狐が用意した香油といったところだろうか。胸を触っている月彦のほうにも、掌を通じておっぱいの熱が感じ取れるようだった。
「アァッァ……ァァァ……!」
 おっぱいを襲う“熱”に悶えるように、しほりは体をくねらせる。手はシーツを引っ掻き、握りしめながら。ロングスカートの先、黒のストッキングにつつまれた足も足踏みでもするようにすり合わせながら。右に左に、かぶりを振りながら、しほりは声を上げ続ける。
「ぁぁぁ……熱い……熱いんです……せんせぇ……」
 アイマスクをつけた半裸の人妻が、はぁはぁと息を荒げながら悶えている様は月彦の理性を突き崩すには十分過ぎる光景だった。ごくりと、一体何度生唾を飲んで手を止めてしまったか知れず、その都度月彦はかぶりをふって妄想を振り払わねばならなかった。
(ば、バカ野郎! 芭道さんは旦那さんがいるれっきとした人妻なんだぞ! 菖蒲さんのケースより遙かにヤバいんだからな!)
 むずむずと、痒みにもにた疼きを感じる股間を叱りつけながら、月彦は奥歯を噛み締め、おっぱいを揉み続ける。
「はぁっ…………はぁっ…………せんせぇ……おっぱいが……じんじんって痺れて……切ないんです……先生ェ……」
「もう少し、もう少しだけ我慢してください」
 そして頼むから、そんなに色っぽい声を上げないでくれ――月彦はそう叫びたかった。しほりの上げるそれはもう完全に男を求める声として月彦の耳に認識され、殆ど前屈みになりながら作業を続けねばならないからだ。
「あっ……あぁぁぁ……ァァァァッ! ぁぁっ…………ァァァッ!!!」
 にゅり、にゅりと乳肉をもみくちゃにすればするほど、しほりは切なげに声を荒げる。どうやら香油には発汗成分も含まれているのか、全身から汗の雫を迸らせながら、シーツがくしゃくしゃになるほどに身をよじりながら。
 しほりは喘ぎ、悶え続ける。
 …………。
 ……。

 

 

 

 

 

 


 ……。
 …………。
 真狐の用意した香油は揮発性が高いのか、それとも本当に肌に浸透して作用するものなのか、三十分もマッサージを続けた時にはほとんど油らしい手応えが無くなってしまった。それ以上続けても意味がないだろうと判断し、月彦はその時点で香油での治療の終了をしほりに次げた。
「あとは、休憩を挟んで、普通のマッサージで終わりにしましょう。芭道さんもたくさん汗をかきましたから、一度シャワーを浴びたほうがいいと思います」
 俺は部屋の外に出てますね――ベッドの上で尚もはぁはぁと肩で息をし続けるしほりをそのままに、月彦は部屋の外へと出る。
「くはぁぁぁぁぁ…………や、ヤバかった………………」
 がくりと、月彦はその場に膝を突く。今日ばかりは、耐えきった自分を褒めてやりたい気分だった。
(……さっきの芭道さんはエロすぎた…………もう一度やれと言われたら、絶対に耐えられないな)
 心の中で自分に“がんばったで賞”をあげながら、月彦は辛くも体を起こす。
(外に出たついでだ。何か飲み物でも買って来るか……)
 しほりもずいぶんと汗をかいていた。きっと冷たい飲み物が欲しいところだろう――月彦はポケットに小銭があるのを確認してから、自販機のある場所へと移動し、冷たいお茶を二本購入する。
 二つの缶入り茶を手に部屋の前まで戻ろうと、足先をしほりの部屋の方へと向けた――その時だった。
 月彦は、信じられないものを見た。
「先生っ、先生!」
「ちょ、芭道さん!?」
 髪は濡れ、胸にバスタオルを巻いただけのしほりが素足のまま慌てふためきながら駆けて来るのを見るなり、月彦は手にしていた缶をその場に取りこぼしてしまった。慌てて拾って体を起こすと、既にしほりが目の前に迫っていた。
「なんて格好――」
「出ました!」
 しほりの破廉恥な振る舞いを窘めようとした矢先、それよりも強い語気で被せられた。
「出た……って……まさか」
「さっき、シャワーを浴びていたら、おちちが出たんです! ほらっ」
「ちょ、ちょっ……とにかくここじゃまずいですから!」
 バスタオルの前をはだけさせようとするしほりの手を慌てて押さえ、部屋へと誘導する。幸い鍵はオートロックではなく、開いたままで、月彦は部屋に入るなり後ろ手に施錠し、ふうとため息をつく。
「先生、出ました! 出たんです、おちちが出たんです!」
 しほりは再度タオルに手をかけ、はらりと胸元を露出させる。色白おっぱいの中央、ピンク色のつぼみの先からは、確かにとろりと乳白色の液体が漏れ出していた。
「本当だ……芭道さん、良かったですね!」
「はい! 先生のおかげです! ありがとうございます!」
 感極まって、恥じらいの気持ちすらも飛んでしまっているのだろう。しほりは体に巻いていたバスタオルをその場に落としながら、大きく頭を下げてくる。
「と、とにかく、ちゃんとシャワーを浴びて服を着ましょうか。さすがにその格好は……」
「あっ……………………!」
 指摘されて初めて、しほりは自分が全裸であると自覚したらしい。そのまま声にならない声を上げてユニットバスの中へと飛び込んでしまう。
「す、すみません! わたし……興奮しちゃって……」
 シャワーの音に混じって、そんな声が聞こえた。きっと折戸の向こうでは顔を真っ赤にしているのだろう。
「気持ちはわかります。……何にせよ良かったです。今まで頑張ってきた甲斐がありましたね」
 おめでとうございます――素直な気持ちを口にしながら、同時に月彦は寂しさをも感じていた。
 何故ならば、それはしほりとの別れの時間が来たことを物語っているからだ。


 改めて部屋の外に出て、月彦はしほりがシャワーを終えるのを待った。二十分ほど待ったところでシャワーを終え、身支度をも調えたしほりが申し訳なさそうに顔を覗かせ、月彦は室内へと招き入れられた。
「先ほどは、その……お見苦しい所を……」
「気にしないで下さい。……俺が芭道さんの立場でも、同じように喜んだと思いますよ」
「そう言って頂けると…………あの、先生には本当に感謝の言葉もありません……ありがとうございました」
 しほりは再度ベッドから腰を上げ、大きく頭を下げてくる。
「お役に立てて幸いです」
 自分の技量が、経験が人の役に立った。こんなに嬉しいことはないと、月彦もまた感涙し噎び泣きたい気分だった。
「あの、先生……。これ……少ないですけど、私の気持ちです」
 そう言って差し出されたのは、いつもの茶封筒とは違う白い封筒だった。妙に厚みがあり、中身を察した月彦は慌てて手を振った。
「そんな、受け取れません! お代はもう十分過ぎるくらいに頂いてますから!」
「でもっ……それでは私の気持ちが治まりません! お願いですから受け取って下さい!」
「その気持ちだけで十分ですから」
 事実、月彦の心は満ち足りていた。何らかの理由により本来のスペックが発揮出来ない不遇なおっぱいを自分の手で救うことが出来たのだ。その経験こそ、黄金にも勝る報酬だだった。
「どうしてもと言うのなら、真狐のやつに紹介料としてくれてやってください。あいつもまぁ、珍しく人の役に立つことをしましたから」
「先生が……そう言われるのでしたら……」
 やや肩を落としながら、しほりは白封筒を引っ込める。
「とにかく、治療も今日で最後ですね。芭道さんはすぐに帰られるんですか?」
「はい。お里の方をずいぶんと長く空けてしまいましたから……すぐにでも帰らないと……」
「でも、堂々たる凱旋ですね。今度は大きく胸を張って、見せびらかしながら帰るといいですよ」
「はい……先生のおかげです。これでもう、夫にも恥をかかせることは……」
 そこまで口にして、しほりは口を噤む。意図的に黙ったのではなく、感極まる余り落涙しそうになったのを慌てて押さえ込んだような仕草だった。
「大丈夫とは思いますけど……もしまた出なくなっちゃうようなことがあったら遠慮無く声を掛けて下さい。アフターサービスってことで、無料で対応させてもらいますから」
 わざとおどけた口調で言うも、しほりからの返答はなかった。何かに耐えるように、揃えた膝の上でぎゅっと拳を作ったままうつむき続けているのだ。
「…………あのっ、先生!」
「は、はい!?」
「……私、こちらに来てすぐにまこさんにこの旅館に案内されて、殆ど外を出歩いてないんです。ですから……その、お里に帰る前に、出来れば……か、観光などを出来たら――と……思ってるんですけど…………」
「成る程、良い考えだと思います。こちらでの用事も済んだコトですし、最後にゆっくりと観光するのもいいと思いますよ」
「その観光の案内を……先生にお願い出来ないでしょうか」
「お、俺が……ですか!?」
 はい――消え入りそうな声と共に、しほりは小さく頷く。
「いやそんな……俺なんかより、たとえば真狐にでも頼んだ方が……」
「先生に……お願いしたいんです」
 小さい、耳を澄ませていなければ聞こえない様な声だった。まいったなと、月彦は頭を掻く。
(すぐにでも帰らなきゃいけないんだから、観光するとしたら明日……だよな。一応土曜日だけど……)
 幸いというべきだろうか。しほりの治療がいつまでかかるか解らなかったから、明日も大した用事は入ってない。一日観光案内をするくらいの時間は十分にとれる。
「わかりました。但し、あんまり期待はしないでくださいね?」
 苦笑混じりに言うと、しほりはまるでつぼみが瞬時に花開いたような、まばゆい笑顔を見せた。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ほ、本当に期待しないでくださいね?」
 しほりの喜び様がそのままプレッシャーとなって、月彦の両肩にずしりとのしかかる。とにもかくにも、これがしほりとの最後の逢瀬になるなと。仕事を無事やり遂げた満足感と、そして胸を締め付ける寂寥感とを同時に感じながら。
「それでは、明日9時に迎えに来ますから」
 月彦は部屋を後にした。



 三丁目の交差点付近には、妖怪逆さ女が出る。――ひょっとしたら、後日そんな噂が立つかもしれない。
「ばぁっ」
「うおぁあああああ! 真狐っ、てめどっからぶら下がってんだ!」
 突然目の前に逆さに降ってきた真狐は、ビルからせり出した看板に引っかけていた足を外し、月彦の前にひらりと着地する。
「あっははー、“うおあぁあ!”だって。さっきのあんたの顔ちょーケッサク!」
「こんな人通りの多いところで現れやがって! 人に見られたらどうする気だ!」
「だからほら、ちゃんとスーツ着てるでしょ?」
 ふわさっ――真狐は何か文句ある?とばかりに右手で長い髪を持ち上げ、風に乗せる。
「看板から逆さにぶら下がってた所を、だ! ったく、一体なんの用だ!」
 とにかくこっちに来いと手招きし、月彦は真狐と共に路地裏へと入る。さすがに人の往来が多い通りのただ中に足を止めたまま、この女と立ち話をするのはいろんな意味で危険だと判断したのだ。
「んふふーっ、見てたわよー? 巧くいったみたいじゃない。あたしがあげた香油のおかげね?」
「………………まあ、認めてやる。俺の力だけだったら、無理じゃないにしろもっと時間がかかっただろうしな」
「そーでしょそーでしょ、もっと感謝しなさい?」
「で、用はそれだけか。それなら俺は帰るぜ」
「まさか。妖牛族のことでもう一つ思い出したことがあるから、あんたに教えたげようと思って」
「思い出したぁ? 嘘つけ! 最初から知ってたくせに、あえて黙ってたの間違いだろ!」
「心外ねぇ。…………そこまで言うなら、教えるのやめよっかなー?」
「わかった、わーかった。“思い出した”でいい。それで、その思い出したことってのは何なんだ?」
「妖牛族の女にとって、胸を見られたり触られたりするのは強姦されるよりも辛いコト――っていうのは、前に話したわね?」
「聞いたな」
「あれさ、理由があったのよ。…………知りたい?」
「おっぱいを神聖視してるから――じゃないのか?」
「あの娘たちってさー、おっぱいを上手に揉んでくれる男にすぐ惚れちゃうらしいの。そりゃーもう、段飛ばしって感じで」
 にぃ、と。真狐は口の端を意地悪く歪めながら、楽しくて堪らないといった顔をする。
「…………おい、ちょっと待て。それって――」
「乱暴に触られたり、無理矢理見られたりしただけならショックなだけだけど、優しい言葉を囁かれながら丁寧に、しかも上手に揉まれたりすると、天井知らずに好感度が跳ね上がっちゃうワケ。…………そんな娘たちだから、配偶者以外には絶対触らせないって、そういう鉄の掟が出来ちゃったんじゃないのかしら」
「ば、バカ野郎! おまっ……お前っ……そんな大事なことを知ってて黙ってたのか!」
「あれぇ? ひょっとして……心当たりでもあるの?」
 にや、にや。真狐は両手を背中で組み「んんー?」と上体をくねらせながら、月彦の顔色を覗き込むように挑発してくる。
「……さっき、芭道さんから帰る前にこっちを観光したいって、その道案内をして欲しいって、頼まれたんだが……」
「あらあら……それってもう完全に“不倫のお誘い”じゃないの? 月彦ったらやるぅー!」
「ち、違う! そんなんじゃない……ただの観光案内だ!」
「どうかしら。密室で色気むんむんの人妻と二人きりで“私もう先生の虜になってしまいました……”なーんてしなだれかかられて、それでも平気でいられるかしら? あんたってそんなに我慢強い男だったっけ?」
「そんなシチュエーションには絶対ならん! 普通に観光して、それで終わりだ!」
「どうかしら。……ふふっ、ねー月彦。心配なら、あたしもついていったげよーか?」
「どういう、意味だ?」
「だから、あんたが道を踏み外さないように、あたしが側で見張っててあげようかって言ってるの」
「じょ、冗談じゃねえ! お前のことだからどうせこっそり食事に一服盛ったりして、俺をハメるに決まってる! その手に誰が乗るか!」
「強がっちゃって。………………ホントはあたしにハメられたーって言い訳が欲しいんでしょ? 素直に認めるなら、協力してあげてもいいわよ?」
 うりうりと頬を突いてくる性悪狐の人差し指を、月彦はもう我慢ならんとばかりに振り払う。
「ええい、この悪魔の手先が! お前がなんと言おうと、そしてどんな罠を用意してようと、芭道さんと一線を越えるようなことは絶対にせん!」
 話は以上だと、月彦は真狐に背を向け、肩で風を切って歩き出す。その耳にはいつまでも、いつまでも性悪狐の勝ち誇った笑い声がこびりついて消えなかった。


 できる限りさりげなく。いつも通りの休日の朝を過ごしていると見せかけつつ。さも「暇だし、ちょっと中古ゲーム屋でも覗いてくるかなー。ついでにちょっとその辺ぶらついて散策でもしてみるか」といった様子を装いつつ、それでいてあえて口に出してそれを説明しはしないといった感じで着替えと身だしなみのチェックを済ませ、さぁこのままさりげなく家を出れば完璧だと靴を履いていたところで。
「…………父さま、今日も一人でおでかけするの?」
 月彦は、まるで重石のような一言を、背中から投げかけられた。
「ま、真央……」
 振り返ると、部屋着姿の真央が立っていた。まるで生気の無い人形のような立ち方だと、月彦は思った。
「…………悪い、真央。今日だけだ。今日帰ったら、その時は真央に大事な話があるから……だからそれまでは留守番をしててくれるか?」
「………………うん、わかった。いってらっしゃい、父さま」
 ぱっと、重い笑顔を浮かべ、真央は手まで振ってくれた。月彦はもう一度心の中で詫びてから、玄関を出る。
(………………本当に、これで良いんだろうか)
 自分は、選択を間違ってはいないだろうか。やはりバイトの件だけでも、真央に話しておくべきではなかっただろうか――。
(いや、大丈夫……あとでちゃんと説明すれば、真央も解ってくれる)
 事実、何も後ろ暗いことはしていないのだ。今日の件も、別に既婚者との密会ではなく、あくまで最後の思い出作りに観光をしたいと言っているしほりの為に道案内役を買ってでただけのことだ。
(実際、服装だって、別にめかしこんでるワケじゃないし……)
 というより、最初に真狐に連れられてしほりの部屋を尋ねた時と同じだということに、月彦は今更になって気がついた。唯一の違いは肩掛け鞄を持ってきていることだが、衣類に絞れば靴下の色まで同じだった。さすがに一度帰って着替えようかと思って、真央のあの重い笑顔に二の足を踏み、このままでいいかと思い直す。
「そうだ、一応観光地案内の本とかも買っておくか」
 役に立つかはわからないが、少なくとも空手のままうろ覚えに案内するよりはマシだろうと。月彦は道中にあるコンビニで立ち寄り、ぱらぱらと中身を確かめながら二冊ほど購入し、肩掛け鞄へとしまう。
「っと、そろそろ向かったほうがいいな」
 腕時計に視線を落とし、早足に駅へと向かう。下り電車に乗り、二駅先で降りて路線を変え、さらに三駅。この電車に乗るのも今日が最後かと思うと、じんと目が潤みそうになる。既婚者であるしほりのことを恋愛対象のように意識したことはないが、もし独身であったならば、この気持ちはさらに強かったかもしれないと、そんなことお思う。
 電車を降り、駅から徒歩五分ほどにあるビジネスホテルへと移動する。
「先生!」
 しほりは、入ってすぐのロビーにいた。今から外に出るからだろう、初めて見る焦げ茶色のケープコートを羽織り、下は白のロングスカートという出で立ちで、目を合わせるなりまばゆいばかりの笑顔を向けてくる。
「やっ、芭道さん。……もうチェックアウトは済ませたんですか?」
「はい。すぐに出発出来ます」
「そうですか。……あれ、荷物とかは?」
 あっ――と、何故だかしほりはばつが悪そうに一瞬表情を曇らせた。
「えと……知り合いの方に、先に運んでもらったんです」
「なるほど。確かに大きな荷物は観光するにはかさばりますからね」
 月彦はひそかに、その知り合いというのが真狐ならいいのにと思っていた。あの性悪狐がひぃひぃ言いながら重い荷物を運んでいる姿を想像するだけで、胸の奥に心地よい風が吹き込むかのようだった。
「さてと。じゃあ芭道さん、そろそろ出発――」
「あの!」
 しほりにしては珍しく、強い語気で月彦の言葉を遮ってくる。
「その……先生に、お願いしたいことが……」
「お願い? 何ですか?」
「今日は……そのぉ……つ……月彦さん、と……お呼びしても……良いでしょうか?」
「えっ……と……そうですね。もう“先生”でもないわけですし……」
 呼び方くらい、気にすることはないだろうと。月彦が了承した時だった。
「ありがとうございます。…………では、わたしのことも、今日はしほりと呼んでください」
 えっ――そんな言葉がつい口から出るところだった。
「呼んで下さい」
 しほりは念を押すように、にこにこと笑顔を添えて二度言った。まるで、大事なことのように。
(さ、さすがにそれはちょっとまずいんじゃないだろうか……)
 他人の奥さんを、名字ではなく名前で呼ぶ――それは大した差ではないように思えて、実は重大なことなのではないか。月彦があたふたしていると、まるでその間隙を縫ったように、するりとしほりの手が絡んでくる。
「は、芭道さん!?」
「しほりと、呼んで下さい」
 三度、“お願い”をされる。押し切られる形で、月彦は頷いてしまった。
「しほり、さん……ええと……て、手は…………」
「すみません、月彦さん。わたし……方向音痴で……すぐ迷子になっちゃうんです。だから、こうして手を握っていて頂かないと……」
 しほりは、まるで恋人にでも寄り添うようにぴったりと身を寄せ腕を絡め、そのうえで指を絡めるように手を繋いでくる。
「今日のことはすべて、月彦さんにおまかせします」
 こてんと、しほりの頭が肩に当たるのを感じて、月彦は早くも暗雲立ちこめる一日の予感に身震いしていた。
(ま、真狐のやつ……こうなることを狙ってやがったのか!)
 妖牛族の女は、乳を上手に揉まれると簡単に惚れてしまうという真狐の言葉を思い出しながら、絶対の絶対の絶対にあの女の思い通りにはならないぞと、奥歯を噛み締めるのだった。


 葛葉も買い物に行ってしまい、一人家で留守番をすることになった真央は、自室の勉強机の上でだるま落としをしていた。最初は一人でゲームをしていたのだが、まったく面白いと思えなくて結局慣れ親しんだだるま落としに落ち着いてしまったのだが、そのだるま落としすらも既に惰性で続けているだけという状態だった。
 ちらりと、机の上に置きっぱなしの携帯電話へと目を向ける。つい先ほど由梨子に一緒に遊ぼうと打診をしたのだが、今日は店が忙しくて手伝わなければいけないと断られたのだった。
(……父さま、早く帰ってこないかな)
 とうとうだるま落としをする手も止まり、真央は椅子の上で体育座りになる。背もたれの下からぷらりと狐の尾を垂らし、ぷらぷらと左右に揺らしてみるが、別に意味はない。
(……お掃除でもしようかな)
 父親が帰ってきたとき、部屋がピカピカになっていたら褒めてもらえるかもしれない――そんなことを考えながら、真央が体育座りをやめて立とうとした瞬間だった。
 がらりと。窓ガラスを空けて犬のような影が部屋の中へと飛び込んできた。もちろんそれは犬などではなく、部屋の中央でぴょんと宙返りをし、しゅたんと足をつけた時には真央のよく見知った姿に戻っていた。
「はぁい、真央。元気してた?」
「母さま……」
「暇してるだろうと思って、迎えに来てやったわよ。すぐに出掛ける準備しなさい。…………かーさまがイイ所に連れて行ってあげる」
 にぃと。口の端をつり上げるような、意地の悪い笑みを浮かべる。真央が鏡を見ながら何度練習しても巧く出来ない笑み。父を、月彦を夢中にさせる必殺の笑みを。
「イイ所……?」
「いいからほら、早く準備しなさい。置いていくわよ?」
「う、うん! 待って、母さま……」
 マリアナ海溝の底よりさらに深いところまでめり込んでいた気分が、俄に浮き立つのを感じる。家で一人くさくさしているよりは、きっとワクワクする展開が待っているに違いないからだ。
 真央は大急ぎで着替えを済ませ、洗面台で髪をとかして部屋へと戻ると、真狐もまたいつもの和装からまるで中世ものの探偵小説に出てくるようなコート姿へと着替えていた。
「んー……あんたのその格好、目立ちそうだけど……ま、いっか。何とかなるでしょ」
 真央はダメ出しをされた自分の服装へと目をやる。ピンクのパーカーに、黒のミニという出で立ちだが、それでも母の探偵姿に比べればマシではないかと思った。が、それを口にすると怒られそうで、真央は黙ることにした。
 そのまま真狐に先導される形で階下へと降り、玄関を出る。ドアに施錠をして、既に家の前の道まで出ている真狐の所に小走りで駆けながら、真央はずっと気にかかっていた疑問を口にした。
「ねえねえ、母さま! どこに連れて行ってくれるの?」
 真狐はにやりと。およそ母親が娘に向ける類いではない意地の悪い笑みを見せて、答えた。
「“父さま”の浮気現場、よ」

 


「えーと……これが一応この辺りで一番の名所のイカス・タワーで高さは645mで、これは建設時に事故が起きることなく無事に建設が出来ますようにという願いを込めて645、つまりムジコという語呂合わせにした、……と、本には書いてあります」
 ガイドブックを片手に月彦は説明をする。が、一体全体どこまでしほりが聞いているのかは怪しかった。
「あの……しほりさん?」
「はい……?」
 とろんと、しほりは見ようによっては眠そうにも見えるトロンとした目で見上げてくる。
「えと、ですから……これがこの辺りで一番有名な観光地……なんですけど」
「あぁ……すごく高い、ですねぇ……」
 促されてやっと、しほりは眼前にそびえ立つイカス・タワーを見上げ、嘆息めいた声を漏らす。
「……一応これ、中に入って上までいくこともできるんですけど、入りますか?」
「月彦さんは、高い所……お好きですか?」
「いや……俺は別に」
「では、私も遠慮します」
「そ、そうですか……じゃあ、次の場所に行きましょうか」
「はい」
 しほりは笑顔で頷き、下手をすれば互いの足に躓きそうなほどに身を寄せたまま月彦の歩みについてくる。
「……っと、すみません……こういうの、初めてで…………あんまり、楽しめてない、です、よね……」
「そんなことないです。……見たことないものばかりで、すごく楽しいです」
 しほりはそう言うが、月彦の目にはとてもそうは見えなかった。
(ていうか、どこに連れて行っても、なんか心ここにあらずって感じなんだよなぁ……)
 俺のチョイスがあまりに的外れなんだろうか――バス停でバスが来るのを待ちながら、月彦はガイドブックを開き、うーんと唸る。
「ただ――」
「ただ?」
「その……もっとのどかな所は無いのでしょうか」
「のどかな所……?」
 はいと、しほりは申し訳なさそうに頷く。
「その……どちらを見ても、石で作ったようなお家が並ぶばかりで……もっと広々とした場所はないのでしょうか」
「……なるほど、そういうことですか!」
 月彦は、目の覚める思いだった。成る程、人の世界に詳しくないしほりであるから、より人間の集まるような場所を見せたほうがいいだろうと思っていたが、それは大きな勘違いだったらしい。
「わかりました。俺に任せてください」
 となれば、次の予定はキャンセルだ。月彦はしほりの手を引き、駅前まで戻ると、丁度ホームに入ってきた下り電車へと飛び込んだ。
「あのっ、今度はどちらに行かれるんですか?」
「それはついてからのお楽しみということで。…………ちょっと長旅になりますけど、えっと……しほりさんは時間は何時くらいまでは大丈夫なんですか?」
「えっと…………日が暮れるまでに、一番最初の“えき”まで戻れれば大丈夫です」
「しほりさんが泊まっていたビジネスホテルの側の駅ってことですね。解りました。それなら大丈夫です」
 行きと帰りの時間をざっと計算し、十分な余裕があることを確信してから、月彦は頷いた。
「次の場所は、きっと気に入ってもらえると――」
 思います――そう口にする前に、月彦はハッと周囲を。車両内を見回した。
「月彦さん? どうされたんですか?」
「いや……今なんか……見られてたような気がしたんですけど……気のせいだったみたいです」
 ちらりと、繋がれたままの右手へと視線を落とす。
「……あの、しほりさん。やっぱりこの手……離すのはまずいですよね?」
「………………わたし、本当にすぐ迷子になっちゃうんです」
 うるうる目で見上げられて、月彦は力ない笑いしか返すことが出来ない。
(……どうか気のせいでありますように)
 万が一、こんなところを雪乃あたりに見られでもしたら、月曜日に速攻全校放送で呼び出されることは確定だ。
 恐々としながら、月彦はそれでも、しほりとの最後のデート――もとい、観光を楽しむのだった。



 月彦のカンは当たった。電車で移動し続けること二時間半。終点からさらに終点へと乗り継いでいくような旅路の果てにたどり着いた駅からさらにバスで山を登っていくこと移動すること三十分弱。
「わぁ……!」
 一面緑の絨毯に覆われた高原を見渡しながら、しほりは感嘆の声を上げた。
「今日は気温が高くて助かりますね。風もそんなに強くないですし……」
 そうでなければ、こんな遮るものもない高原のど真ん中では寒くて仕方なかったかもしれない。
「これは……お弁当を持って来たかったですねぇ……」
「同感です」
 昼食は、移動中に駅内の飲食店で済ませてしまっている。が、バス停を降りてからすでに結構な距離を高原の柵に沿って歩いてきた為、それなりに小腹は空いていた。
(……でも、お店とかは……見当たらないな)
 道路との間に柵があるのは、恐らく放牧に使われているからなのだろう。時期が時期ならば、牛なり羊なりが放されているのかもしれない。
 どうやら楽しんでくれているしほりと共に、そのまましばし柵に沿って道路を歩いて行く。しほりはどうやら気分的には木柵を跳び越え、緑の絨毯の上に寝っ転がりたそうに見えたが、さすがに自重したようだった。
「んん……?」
 そうして柵沿いに歩き続け、そろそろ折り返そうかと思いふと後方に視線を向けた時だった。
「月彦さん……? どうかなさったんですか?」
「あぁ、いえ……気のせい、かな」
「……?」
「いや、あそこの茂み……なんか、動いたように見えたんですよ」
 月彦は後方、木柵の側にある茂みを指さす。丁度跳び箱二つ分ほどの大きさの茂みは、今は何事もなかったように風に揺れている。
「風……じゃないですか?」
「と、思うんですけど……あれ、おかしいな」
 はてなと。首を傾げる。後方にあるということは、あの茂みのすぐ側を通り過ぎてきたはずなのだが、まったく覚えはなかった。とはいえ、まさか茂みが後をつけてきたなどというばからしい発想に飛躍するわけもなく、月彦は気を取り直してしほりと共に踵を返し、来た道を戻り始める。
「今から戻れば、丁度いい時間に駅につきますよ」
 はるばる片道三時間もかけて高原を散歩しにきただけになってしまったが、先ほどのしほりの喜びようを見れば少なくとも“石で作ったような家”を延々見せるよりは楽しんでもらえたのではないだろうか。
「そうだ、しほりさん。おみやげとかはもう買われたんですか?」
「おみやげ、ですか?」
「ええ、折角ですし、何か記念になるようなものでも買っていかれるのもいいと思いますよ。確か、ここに来る途中、バスが道の駅に停車してましたから、帰りは一度あそこで降りて何か捜してみませんか?」
「はい。月彦さんがそうしたほうが良いと言われるんでしたら」
 しほりは寄り添ったまま、まるで夫の決定に全面的に従う妻のような笑顔で、こてんと首を傾けてくる。
「いや、ええと……だ、旦那さんとかにも、何か買っていってあげるといいんじゃないですかね……ははは……」
 違う、俺は浮気も不倫もしていない。これはただの観光案内だ――何度も、何度も。ひびの入った壁に漆喰を塗りつけるような気分で念じ続ける。
 が。
(……でも、真狐が言ったことが本当なら……)
 むしろ、しほりの気持ちを無視し続ける事の方が失礼なのではないか。――絶え間なく寄り添われ好き好きオーラを四六時中照射された結果。月彦は自分の心が徐々にしほりの方へと向き始めていることを自覚せずにはいられなかった。

 帰り道に立ち寄った道の駅にはその辺り土地の名産品を始め様々な土産物が売られていた。が、その中からしほりが土産として選んだのは――
「これが気に入りました。これにします」
 羽子板サイズのハンドベルだった。どうやら店の中に置かれていた試供品を軽く振るなり、その音色がすっかり気に入ってしまったらしく、ほとんど即決だった。レジできちんと包装してもらったにもかかわらず、店を出るなりしほりは袋から取り出しては、がらんがらんとベルを鳴り響かせてはうっとりと目を細めていた。
「しほりさん、耳っ耳が……あと角!」
「あっ、はい」
 ハンドベルの音がしほりにとってはよほど心地よいものに聞こえるのだろう。油断のあまりにょきりと耳と角を生やしてしまい、月彦は咄嗟に肩掛け鞄でしほりの頭を隠さねばならなかった。


 その後バスに乗り直し、駅で降りた後は電車での移動となったが、さすがに長時間の電車移動は堪えたのだろう。しほりは随分と疲れているように見え、月彦は帰りの車内では漸く空いた座席にしほりを優先的に座らせ、少しでも疲労を抑えるように努めた。
 途中道の駅に寄っていたこともあり、出発点の駅――しほりが宿泊していたビジネスホテル最寄りの駅に降り立ったときにはとっくに日が暮れ、時刻は七時過ぎとなっていた。
「しほりさん、ちょっと遅くなってしまったみたいですけど、大丈夫ですか?」
「はい、まだ……その、時間は大丈夫だと思います」
 ちらりと、しほりもまたケープコートの内側から懐中時計を取り出し、にっこりと微笑む。
「そうですか、良かった……。不甲斐ない案内役で、今日はほんとすみませんでした」
「そんなことないです。月彦さんと一緒にいろんな場所に行けて、凄く楽しかったですよ」
 ただ――と、しほりは少しだけ哀しそうな顔をする。
「わたし共の感覚ですと、こちらは何もかもが速すぎるように思えます。くるまも、でんしゃも、わたしには少し速すぎるみたいです。時間の流れすらも……あんなに楽しみにしていた月彦さんと過ごす一日も、夜空を走る流星のようにあっという間に終わってしまいました」
 それだけが残念です――しほりは目を伏せながら、小さく呟いた。 
「……しほりさんのお里というのは、とてものどかなところなんでしょうね。機会があれば、俺も一度お邪魔してみたいですよ」
 牛さんばかりが暮らす里というものを、月彦は想像してみる。きっと他のどの場所よりものどかで、平和で、のんびりとした里なのだろうと。
「……そのような機会が、本当にあれば、よいのですけれど」
 目を伏せたまま、しほりはギュッと手を握ってくる。
「……………………あの、月彦さん」
「はい?」
「すみません、わたしは一つ、月彦さんに嘘をついてしまいました」
「嘘……ですか?」
 はい――しほりの声は、駅前を行き交う人混みの音に紛れた。
「…………ちょっと、移動しましょうか」
 幸い、駅から道路一つ挟んだ先に公園がある。ライトアップされた噴水の周りに設置されたベンチへと並んで腰掛け、月彦は話の続きを促した。
「それで、嘘……というのは」
「……実は、今夜までは、まだこちらの旅館に泊まることになってるんです」
 つまり、今日帰るという話が嘘なのだと、しほりは己の言葉を補足した。
「なんだ、そんなことですか。別に気にしないですよ」
 成る程、どうりで朝の時点で手荷物が無かったはずだと。もう一日ホテルに泊まるのであれば、当然荷物もそのままにするはずだ。
「……違います。旅館……こちらでは“ほてる”という呼び方でしたね。ほてるは、新しいものを知り合いの方に頼んで予約を入れてもらいました」
 顔色で、考えていることを読まれたのだろう。しほりはすかさず月彦の間違いを指摘し、さらに情報を付け足してくる。
「わざわざホテルを取り直したんですか? どうしてまた……」
 そんなにあのビジネスホテルが気に入らなかったのだろうか。だったらもっと早くに言ってくれれば、真狐に言って別の場所を紹介させたのに――と。そんな月彦の考えすらも顔に出たのか、しほりは困ったように微笑み、そして照れるように視線を逸らした。
「…………その“知り合い方”から教えて頂いたんです。あのほてるでは、男の方と共に泊まるのは勧められないと。ですから、その方にお願いして、もう少し格式の高いほてるを予約してもらったんです」
「お、男……と、一緒に泊まる……!?」
 はい――しほりの声は、今までで一番小さく、掠れていた。
「あ……あぁ、そっか、わかりました。旦那さんが迎えに来られるんですね、だからもうちょっといいホテルを予約したと、つまりそういうことなんですね!」
「夫では、ありません」
 しほりの否定は早かった。俯いていた顔を上げ、ちらりと。月彦の方を盗み見てくる。
「あの……わたし、今回のことは……本当に月彦さんに感謝しているんです。おちちが出るようになったのも、こんなに立派なおっぱいを持つことが出来たのも、全て月彦さんのおかげですから」
「その話はもういいじゃないですか。俺も、今回は貴重な体験が出来て、俺の方こそしほりさんに感謝してるんですから」
「つ、月彦さんは!」
 話を適当な形で終わらせようという月彦の目論見を阻止するように、しほりが珍しく語気を荒げる。
「月彦、さんは……お礼の封筒を受け取って下さいませんでしたけど……だけど、わたしはどうしても、月彦さんにお礼がしたくて……」
「しほりさん、お礼なんて……」
「知り合いの方に――まこさんに、月彦さんに贈って一番喜ばれるのは何か、お聞きしたんです」
 んなっ――しほりの言葉に、月彦は絶句する。
「ちょ、ちょ、ちょ、待って下さい! 真狐に、アイツにそう聞いたんですか! よりにもよってアイツに、俺が何を贈られたら一番喜ぶのかって!」
 その時の真狐の嬉しそうな顔が目に見えるようだった。あの女そんな質問を投げかけられて、まともな答えなど返す筈が無い。
「で、デタラメですから! アイツが言ったことは全部デタラメです! 根も葉もない嘘っぱちですから!」
「えっ…………そ、そう……なんですか?」
 きょとんと、しほりは驚いたように目を丸くする。
「はい。しほりさん、良い機会だからはっきりと言っておきます。春菜さんは良い人です。頼れる人です。信用に値する人です。ですが!」
 月彦はしほりの手を強く握りしめ、まるで愛の告白でもするような真剣な眼差しを向ける。
「真狐は違う! あいつは悪巧みが服を着て歩いてるような奴です! あいつが言うことを、絶対に信用しては駄目です。弱みなんて絶対に見せちゃいけません!」
「そんな……月彦さん、それはいくらなんでも言い過ぎではないでしょうか……」
 あぁ、騙されている――月彦はつい哀れむような目でしほりを見てしまう。これでは仮にどれだけ言葉を尽くしてあの女の悪逆非道さを説明しても、きっと解ってはもらえないだろう。しほり自身が、実際に痛い目に遭うまでは。
「まこさんは、すごく良い方ですよ? こちらのことを何も知らない田舎娘のわたしに、お金を換金する方法や、こちらで目立たない為の衣類の用意なども全てまこさんが教えて下さって、本当に助かりました」
「………………ちなみに、真狐のやつは、俺が何を贈られると喜ぶって言ったんですか?」
「それ、は………………照れくさいから月彦さんには内緒だと、まこさんに口止めをされてて……」
「教えて下さい。しほりさんに教えてもらったということは、絶対に真狐には言いませんから」
「………………月彦さんは、“モノ”よりも、他人に頼りにされて、その人の助けになれること自体が何にも勝る贈り物だと感じるような方だと、そう言われました」
「…………んん? 真狐が……そう言ったんですか?」
「はい」
 しほりは真顔で頷く。嘘を言っている顔――には見えなかった。
(…………人妻とヤる事が何よりも好きとか、巨乳を揉むことが三度の飯より大好きとか、てっきりそういったことを吹き込んでるとばかり思ってたのに)
 一体全体、どういうつもりなのか。月彦はまるで突然地面が消えて両足が宙ぶらりんになってしまったような、そんな気味の悪さを感じた
「……ま、まぁ……真狐にしては珍しく、当たらずとも遠からずなことを言ったというか…………事実、そういったところが俺にはありますから、だから本当にお礼とかはいらないんですよ。むしろ高価なものなんて頂いてしまったら心苦しくって、かえって辛いです」
 だから、本当に何もいらないと、月彦は言った――つもりだった。
「……真狐さんも、月彦さんならきっとそう言うだろうと言ってました。………………だから、どうしても“お礼”がしたいのなら、“形のないモノ”の方がいい、と……」
「…………え?」
 僅かに。ほんの僅かにだが、あの女のことを見直しかけていた月彦は、しほりの言葉に思考停止状態に陥った。
「わたしは、必死に考えました。……形のないモノで、わたしが月彦さんに差し上げられるお礼は何かを」
「ちょっ――ちょっと待ってください、しほりさん! か、形のないモノって――」
「月彦さんもご存じの通り、わたしには夫が居ます。…………ですが、月彦さんになら……」
「あ、あぁーーー、そうだ! 喉が渇いたなぁ! あっ、でも小銭がないや! そうだ、芭道さん、今回の報酬として、暖かいココアでも奢ってくれませんか?」
「月彦さん!」
 逃げないで――目尻に涙を溜めたしほりは、そう訴えていた。
「……部屋は、既にとってあります。これを、お渡ししておきます」
 そう言って、しほりはケープコートのポケットから折りたたまれた紙片を取り出し、月彦の手に握らせてくる。
「わたしが今夜宿泊する予定のほてるの住所と、お部屋の番号です。ほてるの方に書いて頂いたので、間違いはない筈です」
「しほりさん……」
「……あの、勘違いをしないで頂きたいのは…………その…………仮に“お礼”であっても、相手が月彦さんでなければ…………このような申し出は………………」
 自分は誰にでも簡単に体を許すような女ではない。そこだけは勘違いしないでほしい――しほりは顔を真っ赤にしながら、言葉を変えて念を押してくる。
「……こんな気持ちになったのは、初めてなんです。月彦さんのことを考えるだけで、すごく胸がどきどきして……もっと、もっと月彦さんにおっぱいを触って欲しいって…………あぁぁ!」
 わたしは何を言ってるんでしょうか――しほりは泣きそうな声を上げて、両手で顔を覆ってしまう。
「いけないことだということは、わかってるんです。……だけど、どうしても……自分の気持ちが抑えきれなくて…………」
「は、はは…………そ、そういう気持ちは、俺にもわかりますよ……」
 そんな同意の言葉が、一体何の役に立つのかわからないまま、月彦はただ、空笑いを浮かべることしかできない。
「…………わたしは、意気地のない女です。自分だけでは、どうしても最後の一歩が踏み出せないんです。でも、もし……もし、今夜……月彦さんが部屋を尋ねて来てくださったら……そのときは……」
「そ、そのときは……?」
 ごくりと、唾を飲む。しかししほりはその先を口にせず、ただただ俯いて顔を赤くし、ぎゅっとスカートの生地を握りしめる。そして意を決したようにベンチから立ち上がった。
「……先に部屋に行って、お待ちしています」
 ちらりと肩越しに振り返り、そしてくるりと月彦の方へと向き直る。
「もし、わたしを……このようなふしだらな女を抱きたくないと思われるのでしたら、この申し出は無視してください。…………その場合はもう二度とお会いすることは無いでしょう」
 しほりは月彦と向き合ったまま、一歩、また一歩と後退る。その後ろで、まるで噴火でもするように水が吹き上がり、ライトアップされた雫が粉雪のように舞った。
「……身を清めてお待ちしております。夜が明けて、この身が朝日に照らされるその時まで」
 ぺこりと、辞儀というよりは顔を隠すように頭を下げて、しほりはくるりと踵を返し、殆ど駆けるようにして公園から去っていった。



 
 


 真央は、茂みの中に身を隠し、真狐と共にベンチに座る二人を見守っていた。二人というのは言わずもがな父月彦と、その浮気相手である女だ。妖牛族であり、名を芭道しほりというのだということは、二人の尾行を始めたばかりのときに真狐から聞かされていた。
(……父さま、どうしてそんなにおっぱいに弱いの?)
 しほりの胸元を見る度に、真央はなんとも情けない気持ちになる。父月彦が、妖牛族のたわわおっぱいに魅入られて鼻の下を伸ばしまくっていることは明らかであり、真央自身父親のおっぱい耐性の無さはいやというほど知っているから、余計に悲しいのだった。
「うーん、この距離じゃちょーっと声までは聞こえないわねぇ」
 真狐はその大きな耳をピンと立て、さらに両手を添えてなんとか二人の会話を聞き取ろうとしているようだったが、巧くいかないらしい。真央も同じように試してみたが、ぼそぼそと何かを喋っているということは解るが、その内容までは無理だった。
「仕方ない、唇を読むか」
「母さま、解るの?」
「ふふん、母さまに出来ないことなんて何もないのよ?」
 真狐は自信満々に笑い、そして二人の唇の動きに合わせて読唇を始める。
『グヘヘ、じゃあ今すぐそのウシ乳を揉ませろよ』
『あぁっ、そんな……駄目です、私には夫が……!』
『そんなの知ったことかよ。俺はお前の頼みを聞いてやったんだ、今度はお前が俺の頼みを聞く番だろう?』
『あーれー、おたわむれをー』
 それぞれ、月彦の声色、しほりの声色を律儀に真似ての通訳(?)だが、真央は露骨に訝しむような目で真狐を見る。
「……本当にそんな話をしてるの? 母さま」
「間違いないわ」
 真狐の顔は大まじめだった。
『なあ、今夜もまだこっちのホテルに泊まるんだろ? 夜這いしにいってやるから住所と部屋番号教えろよ』
『どうかそれだけは……それだけはご勘弁を! 胸だけという約束だったではありませんか!』
『この俺が胸だけで満足なんかするわけがないだろう? 人界最後の思い出に、その母乳おっぱいをずびずび吸いながら犯しまくってやるぜ』
『あぁぁ……そのようなことをされては、夫に顔向けが出来なくなってしまいます!』
『グヘヘ、たっぷりと中出しして、孕ませてやるぜ。俺の事は憎めても、腹の子供までは憎めまい』
「母さま、本当にそんな話をしてるの?」
 真央が見たところ、月彦は明らかに困惑しているようだった。とても真狐の言うように『グヘヘ』などと言っているようには見えない。
「月彦ってば、後腐れない女には強気なんだから。真央はあんな風になっちゃダメよ?」
 真狐の言葉に、真央は不意に母親のようになるなという月彦の言葉を思い出していた。
「あっ、ほら、しほりが何か渡したわよ! きっと住所と部屋番号が書かれたメモね、間違いないわ」
 真央もまた、二人の姿を凝視する。しほりの方が先にベンチを離れ、そして逃げるように駆けていく。一人残された月彦は、掌の上のメモ用紙を見ながら、なにやら悩んでいるようだった。
「ほら、ほら、行け! 行っちゃえ!」
 まるで競馬場で贔屓の馬を応援でもしているように、真狐は両手に握り拳まで作っていた。
「ほらほらぁ、行くでしょあんたなら。ほら、行っちゃえ!」
 ふんふんと鼻息荒く応援する真狐とは裏腹に、真央の気持ちは沈みきっていた。
(父さま……ホントに行っちゃうの……?)
 出発前、月彦は言っていた。今日帰ったら大事な話があると。あれは嘘だったのだろうか。それとも、大事な話というのはしほり関係の事だったのだろうか。
(もしかして、父さまは……)
 家を出て、あの妖牛族の女の元へ行ってしまうのではないか。このところ帰りが遅かったのは、連日のようにあの女と乳繰り合っていたからであり、その時点でもう骨抜きにされてしまっているのではないか。
「あっ!」
「あっ……」
 母娘の声が重なった。二人の目の前で、まるで決心を固めたように月彦は腰を上げ、しほりが消えた方角へと向かって歩き出す。
「あらあら……ほんっと、期待を裏切らない男なんだから」
 こそこそと、真狐が早速後をつけるべく茂みから這い出していく。真央も戸惑い、さらに戸惑ってから、母親の後に続いた。


 月彦は悩んでいた。ベンチから腰を上げ、メモに書かれたホテルの場所を目指して尚、悩み続けていた。
(……不倫は、良くない。それは間違いない、けど……)
 女性の側からここまでお膳立てをされて、無視をするのも同じく褒められた行為ではないのではないか――そうも思うのだ。
(私を抱きたくなかったら無視してくださいなんて……ズルい言い方だよなぁ)
 言ってることは「私を抱きたかったら来い」と同じであるのに、それより何倍も「行かなければ」と感じさせる言葉だ。恐らくそこまで考えての事ではないとは思うが、より強い揺さぶりを受けたことは事実だ。
(抱きたくないかだって? そんなの、抱きたいに決まってる!)
 あのおっとり優しそうなしほりが、ベッドの中でどのように喘ぐのか。想像するだけで全身が熱くなる。真狐や春菜のそれ並に、或いはそれ以上に成長したおっぱいを自分のモノのようにもみくちゃに出来たら、どんなに良いか。
(そうだ、もう“治療”じゃないんだ。それこそ遠慮無しに、好き放題に……)
 しほりを気遣うような――それでいて成長を促すような揉み方をする必要は無い。肉欲丸出しの、しほりが顔を赤くして羞恥に震えるような揉み方だってすることが出来る。
(っっっ…………揉みたい! 揉んで、揉んで、揉みまくって、そして……!)
 ごくりと喉が鳴る。ほんの一瞬だけ見た、しほりの胸の先端からとろりと漏れ出した乳白色の液体。あの母乳の味も是非確かめてみたい。右を吸ったら左、左を吸ったら右と、味を比べてみたい。そしてその味を堪能した後は、しほりを立たせ壁に手をつかせ、あのたゆたゆのおっぱいを背後から絞るようにもみくちゃにしながら突きまくってやりたい――。
(っっっ……でも………………!)
 しほりは既婚者。それは巨大な壁となり、月彦の前に立ちふさがる。一度その壁を乗り越えてしまえば、様々なものを失う。それでも尚、世に不倫の罪を犯す男女は後を絶たない。それは何故か。
(…………人妻との、一夜限りの密会、か)
 それは罪の意識など忘れさせるほどに、その行為が甘美なものであるからだ。通常のセックスでは得られない、背徳という媚薬がふんだんに効いた快楽の虜になってしまうからだ。
(実際、しほりさんは今日限りで故郷に帰る……今夜しほりさんを抱いても、多分誰にもバレない)
 唯一の例外は、あの性悪狐だ。だがあの女がそれを言いふらすことで紺崎月彦の破滅を画策するような女であれば、そもそもがとっくに破滅している筈だ。現にあの女は菖蒲との件も知っていながら黙り続けている。故に月彦は確信する。仮に今夜、しほりの元へ行ったとしても、あの女がそのことを吹聴して回ることはないと。
(あいつはただ、その事で俺が悩み苦しむ様が見たいだけ――のはずだ)
 となれば、自分で自分の行動を割り切ってしまいさえすれば、しほりの元へ行っても何の問題もないということになる。しほりもまさか自ら旦那にバラすような真似はしないだろう。ならばむしろしほりの申し出通り部屋へと出向き、一夜限りの恋を楽しんだ方が何もかも丸く収まるのではないか。
(いいやダメだダメだダメだ、それじゃあいつもと同じじゃないか!)
 いつもいつも、そうやって下半身に引きずられて選択肢を間違えてきたのではなかったか。いい加減学習しろと、月彦はかぶりを振る。
(…………くっそぉぉ……真狐めぇ……あいつが美味しい話を持ってきた時点で、もっと疑ってかかるべきだった!)
 まだしほりと目も合わせていなかった頃であれば。その時点で妖牛族の女性には、特にそのおっぱいには迂闊に手を出してはいけないと解っていれば。こんなことにはならなかったのに。
(白耀でも、まみさんでもいい。真狐からこんな話を持ちかけられたんだけど、って。一言相談すりゃよかったんだ)
 おっぱいを揉むだけのバイトという、あまりに美味しすぎる条件に目が眩み、冷静な判断力を失ってしまっていた。そのツケが今、身もだえせんばかりの懊悩となってふりかかっていると思うと、後悔の種は尽きない。
(くそっ……もう、手が……しほりさんのおっぱいの感触を覚えてやがる……)
 早く、あの極上のおっぱいに触りたい。むっぎゅむぎゅと、今度は遠慮無くこね回したいと。仮に、手にも目という器官があったならば、血の涙を流しているに違いないと確信できる程に疼いて堪らない。
(あぁ……ちくしょう……ちくしょう……ヤりたい……ヤりたい……!)
 紳士を装ってはいても、その実。しほりを襲う妄想は幾度となく頭を過ぎった。密室に二人きり、恐らく不意を突けば押し倒すのはわけはない。嫌がるしほりを組み伏せ、ウシ並おっぱいをむっぎゅむっぎゅとこね回しながら、その体内に夫のものではない精液を注ぎ込む妄想は、とりわけ興奮をかきたてるものだった。
 もちろんそれは妄想であり、実行には移さなかった。だが今、しほりの方から誘われるという千載一遇に、妄想は現実になりかけている。他人の妻という、本来ならば触れることすら憚られる存在を、一夜限りとはいえ好きに出来るというのは、容易く諦めるにはあまりにも魅力的過ぎた。
「……あぁ、ダメだ……来ちまった……」
 ああだこうだと悩んではいても、体は正直なもの。気がついた時には、しほりに渡されたメモ通りの場所へと。大通りに面し、高さは二十階は越えるであろう高級ホテルの前へとたどり着いてしまった。今頃は、一足先に部屋へと赴いたしほりがシャワーを浴び、夫ではない男を受け入れる準備を着々と進めていることだろう。
「しほり、さん……」
 まるで、見えない糸に縛られ、引きずりこまれるように。月彦の足はしほりの宿泊する部屋を目指して歩み続けるのだった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ……。
 …………。
 ………………。
 真央は一人、自室のベッドに仰向けに寝そべっていた。両足の膝から下だけをベッドの外に投げ出すような寝方で、特に何をするでもなくただ天井を眺めていた。もし誰かに何をしているのかと尋ねられたらさぞかし答えに窮したことだろう。
 暖房のスイッチは入っておらず、室内の気温は外と大差ない。にもかかわらず体がぽかぽかと温かいのは、ひょっとしたら先ほど口にした薬のせいだろうか。真狐は飲んではダメだと、仮に飲んでも全部は飲むなと。薬の入った小瓶を矯めつ眇めつする真央を見下ろしながらにやにやしていた。結局真央は自室へと帰るなり、小瓶の中身を全て飲み干してしまった。ピンクがかった色のとろみを帯びた液体は特に味らしいものはなく、舌の先に痺れを残したが、それもこうして横になっているうちに消えた。
「……ただいま」
 そんな覇気のない声が階下から聞こえ、真央は咄嗟に体を起こした。――刹那、ぐらりと。不自然に体がブレるのを感じた。違和感を感じるが、その正体が何であるのかが分からない。とにかく、体の重心がいつもとは違う場所にあるらしく、ベッドから立ち上がろうとするとまたしてもフラついてしまった。
 転ばぬように壁に手をつきながら階下へと降りると、丁度月彦の方も靴を脱ぎ終えたばかりらしく、玄関マットに足を乗せながら真央の方へと笑顔を向けてきた。
「真央、おそくなってすまん……」
「おかえり、父さま」
「母さんは……また留守、か」
「うん」
「そうか……」
 月彦はそのまま、ふらふらと廊下を歩き、リビングへとたどり着くやどっかりと食卓の椅子へと腰を下ろす。外見的には普段と変わらないが、その気怠さはまるでフルラウンドを戦い抜きあとはレフェリーの判定を待つばかりのボクサーのようだった。
「真央、父さまはな……ついに成し遂げたぞ」
 月彦は力なく真央の方に拳を突き出し、グッと親指を立てる。
「ついにやった。振り切ったんだ、悲しみの連鎖を」
 うん、知ってる――真央は心の内だけで頷く。何故なら、つい先ほど真狐と共に見ていたのだから。月彦が、まるで何かに操られるような足取りで一度はホテルの中へと消え、そして五分と経たないうちに、その操り糸を引きちぎるかのように這い出してくる。その一部始終を。
(母さまは怒ってたけど……)
 そんな馬鹿なと。男のくせにそこで引き返すなと喚き散らしていた。そして最後には「あーあ、つまんない」と呟き、そしてもう要らなくなったからと。件の小瓶を真央にくれたのだった。
「真央、今まで構ってやれなくてすまなかったな。実は、バイトをしていたんだ」
 それも既に真狐から聞いていたが、真央は黙って頷く。
「内容は、まぁ……悩み相談に乗る的な……ようはカウンセラーみたいなもんだ」
 本当は、女性のおっぱいを揉むバイトであると聞いていたが、真央は黙って頷く。
「それで今日はその締めくくりっていうか、お別れ会的なものでな、もっと早くに終わると思ってたんだがこんな時間になっちまった」
 本当は人妻と一日デートをして、その人妻が泊まる部屋に行きかけた所をすんでのところで思い直して引き返してきたことも知っていたが、真央は黙って頷いた。
「……まあ、そういうわけでバイトも今日でおしまいだ。金も入ったし、真央、明日は久しぶりにどこかに遊びに行くか?」
 二人きりで――そう言って、力なく月彦は笑う。どう見ても、明日出掛けるようなコンディションではない。父親の体には、何よりも休息と栄養が不可欠であると、真央は確信していた。
 だからこそ、真央は月彦の誘いに静かに首を振った。そしてその代わりに、月彦の手をとり、引いて椅子から立たせる。
「……父さま、ベッドいこ?」
「べ、ベッド……ま、待ってくれ、真央……今日はその、本当に疲れてて……」
「疲れてるなら、ベッドで休まないとダメだよ、父さま」
「いやそうなんだが……そ、そーだ! 晩飯! まだ晩飯食ってないんだ! 母さんの事だから、何か準備してあるんだろ?」
「ううん。今日はなにも準備してなかったよ」
 そんな馬鹿な――月彦が絶句するのも無理はなかった。真央が覚えている限りでも、葛葉は家を空ける時には必ずと言っていい程に食事の支度をしていくか、食事代を残していくか、食事を作れる人間を残すかのどれかの方法をとっていた。今回のように、まったく何の用意もなしに家を空けるということは、それこそ前例がない事なのだ。
「……父さま、お腹……空いてるの?」
 むずむずと、胸の辺りが疼くのを感じる。それは薬を飲んでしばらくした頃から感じてはいたが、こうして月彦を前にしていると、疼きはよりいっそう強くなったように思える。
「そりゃあ…………あれ、真央……?」
 月彦が、まるで我が目を疑うように瞬きを繰り返す。この父親ならば、きっと気がつくと、真央は思っていた。厚手のパーカーという、極めて体の線が解りにくい服を着ていても、月彦ならばと。
「ホントに、真央……か?」
 あまりに失礼な言いぐさだが、無理もないと真央は思う。真央自身、既に息苦しささえ覚えるほどに、胸元が張っているのを自覚している。女を顔ではなく、胸の形で判別している節すらある月彦ならば、我が目を疑うのも、我が子かと疑うのも無理はないかもしれない。
「私は真央だよ、父さま」
 息が、弾む。胸の痺れがさらに増している。月彦の、父親の視線を感じることで、薬の作用までが促進されているかのようだった。
「いやでも……」
「あの、ね……さっき、母さまに……」
 必死に呼吸を整える。興奮を隠すように、あくまで真央は普段の声色で、言葉を続ける。
「もういらなくなったから、って……お薬をもらって……初めて見るお薬だったから、飲んでみたの……そしたら……」
「なん、だと……」
 わなわなと、月彦の顔色が変わる。瞬く間に、憤怒の色に染まる。
「真狐からもらった薬を、どんな薬かも知らずに飲んだのか!」
「ご、ごめんなさい……父さま……ちょっと風邪気味だったから、風邪のお薬かと思って……」
 方便だった。しかし、そんな言い訳では父親の怒りは消えない。
「あいつがそんな大人しい薬を渡すタマか!…………まてよ、“もういらなくなった”って……まさか……」
 月彦の視線が、真央の胸元へと集中する。それだけで、真央は思わず声を上げてしまいそうになる。力学的には、何の影響も及ぼすはずもないただの視線が、まるで指先で突かれるが如く、真央の体に甘い痺れを走らせるのだ。
「あっ、やっ……父さま……あふっ、んっ」
 月彦の手がわなわなと震えながら、真央の膨らみを捕らえる。パーカーの上から、ぐにぃっ、と強く掴まれた瞬間。真央は甘い声を上げながら、パーカーの裏地が湿るのを感じていた。
「この感じ……やっぱり……」
 月彦が手を放す。視線を落とすと、月彦に掴まれていた辺りの生地の一部分だけが濡れて変色してしまっていた。あぁ、やっぱりと、真央もまた思う。
「真央……あれほど、真狐の薬には気をつけろと言っていたのに……」
 ニヤつきそうになるのを、無理矢理怒り顔にしたような、そんな顔。あぁぁ!――真央は思わず歓喜の声を上げそうになるのを、父親同様に怯え顔に塗りつぶさねばならなかった。
「ご、ごめんなさい……父さま……だって……」
 “だって”の先の言葉など、考えてはいなかった。それより何より、真央は期待に濡れた目で月彦を見続ける。“アレ”を――早く“あの言葉”を言って、父さま――と。
「だってもくそもあるか。…………全く、ちょっと目を離した隙にこれだ…………こんな簡単な言いつけも守れないなんて、“悪い子”だな、真央は」
 ゾクゾクゾクッ――!
 待ちに待った言葉に、真央は両肩を抱きながら打ち震える。尾の毛までもが逆立ち、両足から力が抜けて崩れ落ちそうになる。
「仕方ない、風呂は後回しだ。…………まずはベッドで、パンパンに張っちまってるその胸を搾ってやらないとな?」
 “おしおき”だ――まるで月彦自身、その言葉から活力を得ているかのように活き活きしながら、真央の手を引き二階へと階段を上るのだった。



 間違いを犯さずに済んだと思った。しほりには待ちぼうけを食わせてしまうことになってしまうが、菖蒲の時のように後悔するよりはマシだと。月彦は腸を断たれるような思いで引き返し、愛しの我が家へと戻って来た。
 そう、間違いを犯さずに済んだと思った――しかし今度は愛娘の方が間違いを犯していたという皮肉。これはもう父親として――否、男として折檻してやらねばと。月彦はいつになく心を躍らせながら階段を駆け上がり、自室へと入るなり真央の体を放り投げるようにベッドへと横たえた。
「あんっ、父さまァ……」
 真央は早くも息を弾ませ、とろんと濡れた目で見上げてくる。どう見ても悪さをして今から叱られる子供のそれではないのだが、そこはそこ。月彦としても慣れたものだった。
(ていうか、いくらなんでも偶然にしては出来すぎてる。真狐からもらった薬ってのは間違いなく、俺が失敗した時用の薬だろうな)
 そう考えれば「もういらないから」という真狐の言葉もうなずける。いらないのなら捨てるなり、他に欲しがりそうな相手にやればいいものを、よりにもよって年端もいかない実の娘に渡すとはとんでもない話だ。
(……まぁ、それを怪しみもせずに飲んでしまう真央のほうもとんでもないわけだが……)
 どっちが悪いかと言えば、9:1……いや、7:3で真狐だろう。となればあの性悪狐にも折檻をしてやらねばならないのだが、まずは娘の教育のほうが先決だ。
(まったく……俺が血を吐く思いでしほりさんを諦めて帰ってきたっていうのに……!)
 真央の様子が危ういと感じたのは気のせいだったのだろうか。それとも単純に、最近あまり相手をする時間が無かったから拗ねているだけだったのだろうか。
「父さまぁ……お願い……早く……」
 真央はベッドの上でもじもじと太ももをすり合わせている。
「何が“早く”なんだ? 真央?」
「おっぱいが……苦しいの……」
「ふむ」
 自業自得だろうという言葉を、ぐっと飲み込む。先ほど服越しに掴んだ感触を思い出し、うずうずと飛びかかりたくなるのを、我慢する。
「じゃあ、見せてみろ」
 飛びかかり、服を剥いでもいいのだが、そんなことをすればこちらの理性が消えかねない。ただでさえ、しほりの誘惑との死闘で理性は傷つき、既に弓折れ矢尽きた状況だ。かといって理性の回復を待つゆとりなどは、もちろん無い。
 真央は上体を起こし、ベッドの上に座るとパーカーの裾を掴み、ゆっくりとまくりあげていく。いつものことながら、アンダーシャツなどは着ておらず、それどころか下着すら身につけていなかった。首元までまくり上げると、いつもの二割増し程に膨張したおっぱいが露わとなり、その先端には早くも乳白色の液体がにじみ出していた。
「母乳が貯まっていっぱいいっぱいって感じだな。…………これは真狐の薬を飲んだせい、だな?」
 罪の所在を。原因の在処を真央に思い知らせるように言い、月彦は距離を詰め、つんと指先で乳肉を突く。
「はぅンッ!」
 真央は大きく体を揺らす――が「逃げるな」と月彦が命じた為、体を逃がすことも出来ず、女座りの姿勢のまま耐える。さらに、月彦は指を押し込み、人差し指の第一関節まで乳肉に埋める。
「と、父さま……ァ……」
 圧迫されて母乳が迸るか――といえば、そうはならなかった。月彦は指を引き、今度はたぷたぷと上下に揺らすようにして弄んでみる。
「ぁっ、ァッ! ぁッ!」
 真央が悶える――が、やはり母乳は出ない。あくまでじわじわと先端から滲むだけだ。
「ふむ」
 最後に、がっしりと掴み、握るように揉む。掌に生暖かい液体が滲むのを感じるが、勢い的にはやはり弱い。
「と、父さまぁ…………それ、ダメ、ぇぇ…………!」
 悲鳴じみた真央の声に、月彦はやむなく手を放した。真央の声であれば、かなりのところまで判別することが出来る。まだ余裕があるのか、そうでないか――そして今聞いた声は、余裕が無い時の声だったのだ。
「成る程、搾るってのはなかなか難しそうだ」
 これがしほりの――妖牛族のおっぱいであれば、或いは搾るのに適しているのかもしれない。しかし月彦が実際に触り、確かめた感触では、真央のそれは搾るのに適してないように思える。
(となると……)
 搾るのがダメとあれば、残された手段は一つしかない。
「とう、さま……?」
 きょとんとしている真央の肩を掴み、そのままベッドへと押し倒す。自らもベッドに上がり、真央を押し倒す形になる。
「揉んでダメなら、吸うしかないだろう?」
 見下ろし、思わずごくりと唾を飲む。純白の乳肉の先端、桃色の突起が乳白色に塗れている様は、なんとも食欲をそそる光景だった。例えるなら、蒸し上がった桃まんに練乳をかけたような――そこまで想像して、桃まんの練乳がけは別に食欲をそそられる光景ではないと気がついてしまった。
(いや、それはそれ、これはこれだ)
 あくまでそのように見えるからといって、何も味まで踏襲するわけではない。事実、眼前のおっぱいはいつになく美味そうに見えるし、母乳の味についても興味が尽きない。
 ――が。
(いや、ちょっと待て。実の娘の母乳を飲むって、それ人としてどうなんだ?)
 ハッと頭が冷える。ある意味では、人妻の母乳を口にするよりも何倍も罪が重いのではないだろうか。
(……終わる、気がする。俺の中の何か、大事なモノが……)
 これに口をつけたが最後、人の道を完全に外れ落ちるところまで落ちきってしまうのではないか――そんな迷いに、月彦は身動きが取れなくなる。
「父さま………………いい、よ? 真央のおっぱい、飲んで……?」
 真央の言葉が、免罪符として月彦の耳から吸い込まれ、硬直を解いた。
(あぁ、そうだ。どのみちこのままじゃ……)
 真央も苦しくて堪らないだろう。娘の窮地を救うための措置としてならば、誰に対してなのかもわからない面目も立とうというものだ。
 唇を近づけ、吸い付く前に一度、てろんと舌先で舐めてみる。「ひゃうんっ」――さながら、浴室で冷たい雫が背中に落ちてきた時のような声を真央が上げる。
(……甘い)
 舌先に触れた母乳の量はたかがしれたもの。微かに感じた甘みに吸い寄せられるように、月彦は唇をつけ、ちぅぅ……!と吸い上げる。
「ァはッッ……ンンンンッ!!!!」
 ドリュゥゥゥ!――搾ろうとした時とは雲泥の勢いで、母乳が口の中に溢れてくる。どろりと濃厚な、ミルクというよりも生クリームのような芳醇な味に、月彦は忽ち虜となる。
「んぐっ、んぐっ、んぐっ……!」
 空腹であったということも、少なからず関係はしているだろう。だがそれにしてもという勢いで、月彦はむしゃぶりつく。思った程には甘くなく、水っぽくもなく。恐らくは栄養も豊富なのか、ごくりごくりと飲み干しながら、体中に力が溢れてくるのを感じる。
「と、父さま、ァァ……やっ……そ、そんなに……一気に……だめぇぇ……!」
 真央が後頭部をかきむしり、半ば本気で引きはがそうとしてくる。が、月彦は最後の一滴まで飲み尽くしてやるとばかりに吸い続け、母乳の出が悪くなるともぎゅもぎゅと乳肉を捏ねて搾り取るようにして吸い上げる。
「ぷはぁっ……はぁはぁっ、はぁはぁはぁっ…………」
 呼吸すら忘れるとはこのことだった。ぜえぜえと肩で息をしながら真央を見下ろし、たった今自分が吸い尽くした乳房の隣に、もう一つ手つかずのものを見つけるや、月彦は再びゴクリと喉を鳴らした。
「と、父さま……待って……やぁぁぁぁあっ!!!」
 真央の制止の声など無視して、乳首に吸い付き、ズリュゥゥゥと吸い上げる。
「ァァァッ!! あァァッ!! あぁぁっ!!!」
 先ほどよりも遠慮の無い、痛烈な吸い上げに耐えかねるように、真央は背を浮かせ弓のように体を反らしながら喘ぎ出す。
「んぐっ、んぐっ……」
 なんという甘美な味だろうか。母乳というのは、どれもこんなに美味だというのか。自分もかつては赤子の時に、葛葉からこんなにも美味しいものを飲まされていたのだろうか。
(ちくしょう……美味い、美味すぎる…………クセになる味だ……)
 まさか中毒成分などは入っていまいが、元が真狐の薬なだけに油断は出来ない。問題は油断をしていなくても中毒にさせられかねないところだが、そればかりはもう諦めるしかない。
「プハァッ!…………フーッ……フーッ…………真央、もう終わりなのか?」
 全然足りないぞ?――月彦は目を血走らせながら真央に詰め寄る。
「と、父さま……?」
 父親の変わりように、真央は怯えるような声を出す。いつもの“演技”のそれではない、本当に怯えている声だ。それが、月彦の嗜虐心をこの上なく刺激する。
「どうした、真央。……妖牛族の人妻の代わりに腹一杯飲ませてくれるんじゃなかったのか?」
 カマかけのつもりだった――が、思いの外真央の動揺は大きかった。
「えっ、えっ……父さま、どうして……」
「どうしてじゃない。俺が不審に思わないとでも思ったのか。このタイミングで、真狐の薬を飲んだせいとはいえ、母乳を溢れさせながらおねだりをされたら、知っててやったんじゃないかって疑うのは当たり前だろう」
 真央が一体どこまで知っているのかは解らない。恐らくは真狐あたりから虚実織り交ぜて吹き込まれたのだろう。そして父親が他の女のおっぱいに夢中になっているという情報は真央の嫉妬を、独占欲を大いに刺激したに違いない。
 その結果が、コレだ。
「あっ、あぁぁぁぁぁぁッ!!!」
 母乳に濡れた先端を摘み、抓るように捻り上げる。真央が甲高い声で鳴き、背を逸らす――が、月彦の耳には喜んでいる声にしか聞こえない。
「あの真狐が調合した薬だ、一回出し切ったらそれで終わり、じゃあないだろ。…………こうやって、胸を刺激してやれば、またすぐ貯まるんじゃないのか?」
「あっ、あっ……そ、そんなのっ、解らないよぉ……父さまっ……ぁぁあっ……」
「言ってるそばから張ってきたぞ。ほらっ、揉めば揉むほど、中に母乳が貯まってるじゃないか」
「あっ、あっ! だ、だめっ……父さまっっ……ら、乱暴にしないでぇぇ!」
 やはり、“もっと乱暴にしてェ!”という風にしか聞こえない。月彦はもう苦笑混じりに両手でミルクまみれのおっぱいをもみくちゃにし、トロトロの先端部分を指先でクリクリと弄り倒す。
「良い感じになってきたな。……そろそろ味見をしてみるか」
「ひぅっ…………ぁっ、ぁぁぁ……!」
 ちうう、と吸い上げる。
 が。
「…………まだ薄いな。もっと良く捏ねて、熟成させたほうが美味しくなりそうだ」
「あぁ……そんな、父さまぁぁ……」
 ゾクゾクゾク――真央が身震いするのが解る。まるで、自分が実の娘ではなく、一匹の乳牛のように扱われるのが嬉しくて堪らない――そのように見えた。
(まったく……誰に似たんだか……)
 少なくとも月彦は自分の中にそういったMっ気のようなものを見出すことは出来ない。が、気がついていないだけで潜在はしているのかもしれない。だとしたらいつまでも眠らせたままでいたいと、切に願う。
「父さまァ……おねがい……真央のおっぱい、もっといっぱい吸ってぇ……!」
「なんだ、真央もおっぱい吸われるの気持ちいいのか?」
 こくりと、照れ混じりに頷く。
「気持ち、いいのぉ……父さまに、おっぱい吸われると、じゅんってなっちゃうの…………もっと、もっと吸って欲しいのぉ……」
「だったら尚更、もっともー−っと捏ねて、はち切れそうになるまで貯めないとな? 俺は濃いのが好きなんだ」
「父さま……あの、ね?」
 ちらりと。真央が上目遣いに。奴隷が主の機嫌伺いでもするかのように見上げてくる。
「ゾクゾクってなっちゃうようなこと……いっぱい、父さまがシてくれたら、おっぱい濃いのになっちゃう、と……思う…………」
「ゾクゾクってなっちゃうようなこと?」
 こくりと、真央は頷く。
「いっぱい……気持ち良くして欲しいの……そしたら、多分……」
「本当か?」
 つい、苦笑混じりになってしまう。今日初めて飲んだ薬で、初めて母乳が出る体質になったというのに、何故“こうすればより濃い母乳が出る”というのが解るのか。答えは簡単だ。
(嘘なんだろ、真央?)
 小賢しいと思う反面、そんな嘘をついてまで貪欲に快楽を求める真央を愛しいと感じてしまう。ここは一つ、騙された振りをして、その嘘にのってやろうと思ってしまう。
(…………俺も、甘いな)
 自覚があるのならば、まだ救いはあるはず――苦笑混じりに、月彦は唇を重ねる。
「あンッ……父さま……?」
「ん? キスじゃゾクゾクできないか?」
 呟いて、キス。あむ、あむと互いの唇を食むように。そう易々と舌を絡ませたりはしない。こと、相手が真央の時はそうやって焦らしてやったほうが喜ぶからだ。
「んぁッ……んっ……父さまっ……ンンッ……」
 意地悪をされたほうが嬉しいという、なんとも困った性癖を持った娘のせいで何をするにも一工夫も二工夫も強いられるのはそれなりに面倒ではある。――が、手のかかる子ほど可愛いとはよくいったもの。月彦はそんな真央が可愛くて可愛くて仕方なかった。
「やぁっ……父さまァ……いじわる、しないでぇ…………」
 舌を温存しているのが、さすがに真央にも解ったらしい。そろそろ絡ませてやるかと思う反面、もう少し焦らしてやったほうがより“ゾクゾク”させてやれるのではないかと思い直す。
「んっ、ちゅっ、ンッ……ンッ……!」
 唇を合わせる際、真央が切なそうに噎ぶ。月彦はキスに合わせて真央の両胸を優しく捏ねる。先端からとろりとろりと溢れる母乳を指先に絡め、真央の不意をついてその唇にしゃぶらせてやる。
「ほら、真央。……自分のおっぱいの味はどうだ?」
「ンッ……甘くて……生クリームみたい……」
「……俺が夢中になって飲んじまったのも、解るだろ?」
 そして、不意打ちのように唇に吸い付き、れろりと。俺にも母乳の味を分けろとばかりに舌を絡める。
「ッ……! ンンッ!!!」
 それまで絡められなかった分を取り戻すかのように、真央がねっとりとした舌使いで責めてくる。月彦はそれを受けながら、さらに乳肉をこね回す。言葉の通り、捏ねることで母乳の質をさらに向上させようとするかのように。
「とう、さまぁ……も、もう……おっぱい、ぱんぱんになっちゃってるのぉ…………お願い……吸ってぇ…………!」
 そしてキスをしながら丹念にこね続けると、とうとう真央が根を上げるように唇を離した。
「まだだ、もっともっと貯められるだろ?」
 月彦は真央の体を抱き起こし、今度は背後から抱きすくめるように身を寄せ、もっぎゅもっぎゅと揉み続ける。
「ァッ……ァッ…………だ、だめぇ……おっぱい、苦しいのぉ…………はぁはぁ……お願い、父さまァァ……」
「……そんなに苦しいか?」
 なら――月彦は真央の肩に顎を乗せて意地の悪い笑みを浮かべ、そして両手の人差し指と親指で先端をキュッと。絶妙な力加減で摘み、同時に掌で圧迫するように両側から寄せる。
「あヒッぁッ……ぁぁぁぁあああ〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!」
 途端、両胸の先端からさながら射精でもするかのように、びゅるっ……と乳白色の液体が迸り、さらに立て続けにぴゅっ、ぴゅっと母乳を吹きながら、真央は声を上げ続ける。
「成る程、こういう風にすると一応“搾る”ことも出来るのか。……まぁ、もったいないから出来るだけやらないけどな」
「ァ……ァ……と、父さまァァ……それ、だめっ…………おっぱい、ビリリって痺れて、い、頭の中、真っ白になっちゃう…………」
「まーお? それじゃあ“もっとシて欲しい”って言ってるのと同じだぞ?」
 苦笑。だが、真央が望んでいるのならばしてやらない。何故ならそれこそが、真央が望むことだからだ。
「あっ、あっ……やぁ…………た、たぷたぷって、揺らさなっっ……あっ、あっ……!」
 こんどは指を揃え、下から支えるように宛がい、たぷたぷと上下に揺らす。ぱんぱんに母乳が貯まった状態では、それすらも刺激が強いのか、真央は身もだえしながら喘ぎ続ける。
「あぁんっ! あっぁっ、あっ、あっ……と、父さまぁ…………おね、がい……おっぱい、出したいのぉ……ぁっ、ぁっ、ぁっ……」
「くす、“吸ってぇ”からあっさり“出したい”に鞍替えか。そんなに良かったのか?」
「ぁぁぁ……だって、だってぇ…………父さまが、吸って、くれないからぁ…………」
「吸ってやるさ。こうしてたっぷり揉んで、揺らして、俺好みの甘さと濃度になったら、な」
 それまではどっちもおあずけだと、意地悪く囁いてやる。――予想通り、真央はぶるりと体を震わせ、ぁぁぁと嘆息していた。
(……本当は、どっちかっていうとおっぱいを吸って欲しくてウズウズしてる真央を焦らしてやるのが楽しいからなんだが)
 とはいえ、真央乳の味が絶品であることも疑いようのない事実。こうして肩越しにふしだらな巨乳を見下ろし、先端から漏れる乳白色の雫を見ていると口の中に唾が沸き続け、だんだんと我慢が効かなくなってくる。
「父さま……父さまァァ……お願い……もう、おっぱいが苦しくて……どうにかなっちゃいそう…………お願い……吸ってぇぇぇ……!」
「……しょうがないな」
 月彦は真央の体を再び仰向けに横たえ、正面に陣取ると先端部分に唇をつけ、ズリュウゥと吸い上げる。
(う、おっっ……さっき、より……!)
 甘さも、濃さも遙かに上。その上さらに円熟味が増し、口腔内から立ち上る香気が鼻へと抜けるだけで、うっとりと目を細めてしまいそうになる。
(や、べ……ホントに味が変わるってのか……!?)
 真央をゾクゾクさせてやれば、ゾクゾクさせてやる程に美味くなるのだとしたら。胸への愛撫だけではなく、それ以外の方法も使えば、一体どれほどの美味に仕上がるというのか。
(ていうか、これ……マジで栄養もあるんじゃないのか……)
 先ほど飲んだ分でさえ、まるで栄養ドリンクでも口にしたかのように、体に力が戻るのを感じた。しかしそれは言うなれば、“ホテル脱出”に使用した分を取り戻しただけで、言わば疲労回復の域を出ないものだった。
 しかし今口にしているものは違う。まるで真央の中に渦巻いている快感に対する底なしの欲求が溶け込んだかのように、猛烈に下半身に訴えかけてくるのだ。具体的にどのくらい訴えかけてくるのかというと――。
「う、お、お、お、お………………!」
 ムクムクと、股間が猛り狂うのを感じる。みしみしとベルトの金具を軋ませながら、最後にはバキンと派手な音を立てて金具をはじき飛ばして、ズボンの留め具すらも撥ね除けて、グンと屹立する。
「と、父さま……ち、血が出てる、よ……?」
 ギョッとしたように、真央が悲鳴を上げる。丁度鼻の下の辺りに違和感を感じ、ぐいと無造作に左手で拭ってみると、なるほど確かに鼻血が出ていた。
「…………栄養満点過ぎだな」
 それでいて恐らく強壮成分も凄まじい。飲んだそばから鼻血を吹くような栄養ドリンクなど、世の果てまで捜しても見つかることはないだろう。
「く、おおおおおっ…………」
 全身の血管が拡張し、ギュンギュンと凄まじい勢いで血液が巡るのを感じる。そのうねりを受けて剛直がさらにムクムクと肥大し、そのあまりの質量に見慣れているはずの真央の口からも悲鳴が漏れる。
「ぁぁ……す、ごい…………母さまと、するときみたいになってる……」
 しかし悲鳴を上げた次の瞬間には、恍惚とした声でそう呟いていた。
「ふーっ……ふーっ…………まったく……根が淫乱だと母乳の成分までそうなるのか」
 いつになく、気分が攻撃的になっているのを自覚する。恐らくはそれも母乳に溶け込んだ真央の願望のせいという気がして、怒りにも似た感情が湧く。自分が乱暴に犯されたいからといって、実の父親を狂わせるような真似までする娘を、望んでいる以上の行為で陵辱してやりたくて堪らなくなる。
「ひっ…………と、父さま……やっ……ら、乱暴は……やめ――……キャアアッ!!!」
 右手をミニスカートの中へと這わせ、ほとんどむしり取るように下着をはぎ取る。言わずもがな、下着は尻の側までぐっしょりと濡れそぼっており、そうして下着をはぎ取られて尚、ベッドの上から逃げもせず無防備に尻を見せたまま「や、やめて……父さま……」等と震えている愛娘に、月彦は腹立たしさすら覚える。期待に濡れた目を、本物の恐怖の色で塗りつぶしてやりたくなる――。
「……やっ……父さま……すごく怖い顔してる…………やっ……やめっ、てッ…………やっ…………いやぁあああああああああああッ!!!!!」
 まるで、窖の中に隠れている野ウサギの足を掴み、引きずりだすかのように。月彦は真央の足を掴み、自らの手元へと引き寄せる。
 その口元は、まるで娘の母親から写し取ったような、意地の悪い笑みがこびりついていた。



 当たり前のことだが、真央は妊娠したことがない。だから、母乳を出したことも、誰かに与えたこともなかった。そういう意味では、初めての母乳を、大好きな父親に捧げられたのは幸運だったのかもしれない。ただ一つ、問題があったとすれば、その母乳に含まれる成分についてだった。
 通常の母乳であれば、それは赤子を育てる為に必要な栄養分こそ含まれているが、それは決して強壮剤とはなり得ない。ましてや、肉体的には成人に近い男を荒ぶらせ、その股間にベルトの金具をはじき飛ばすほどの活力を与えることなどあり得ないことだ。
 ということは、母がくれた薬は“そういう母乳を作る薬”であったと思うのが、一番無理のない解釈ではないだろうか。そのことを説明しなかった母親を恨む気持ちは、勿論真央にはない。それどころか、逆に感謝したいくらいだった。
(あぁぁ…………スゴい……父さま、本当にケダモノみたいに……!)
 足を掴まれ、体を引きずるように引き寄せられながら、真央は期待に打ち震えていた。こんな、理性の無いケモノと化した父親に、一体何をされるのだろう。どんな風に犯されるのだろう――止めどなく膨らむ妄想に、真央はもうそれだけでイきそうになる。
「ぁっ、ぁっ……と、父さま……そんなっ……いきなり、挿れる、の……?」
 足を掴まれ月彦の膝元まで引き寄せられたかと思えば、乱暴に尻尾を掴まれて無理矢理尻を上げさせられる。そして尻を上げさせられるや、ぐいと尻肉ごと両手で掴まれ親指で秘裂を割り開かれ、間髪入れずに剛直の先端を押しつけられる。
「だ、だめぇ……! そん、な……おっきぃの……裂けちゃうよぉ……!」
 悲鳴を上げながらも、ドキドキが止まらない。“アレ”は、父親が本気の時にしか使わないものだ。月彦が、母真狐に本気で仕置きをする際にしか――そして、真央がどれほど望んでも、おいそれとは味わわせてくれないとっておきだ。
(あぁぁッ……父さまぁ……早く来てぇ! ぐいぐいって、真央のナカ広げながら入って来てェ! ごちゅんって、お腹の奥まで突き上げてぇェ!)
 気が逸る。思わず声に出して懇願してしまいそうになるのを、必死に堪え、あくまで怯えた子羊のフリをする。それでいて、わざと月彦の不興を買うように、立てていた尾をくにゃりと下げ、挿入の邪魔をする。
「……尻尾が邪魔だ」
「ひぅン! ……ご、ごめんなさい、父さま……」
 尾を掴んで、クンと力任せに膝がベッドから浮く持ち上げられ、真央は痛みよりも数倍強い快楽に打ち震える。そして、月彦を苛立たせた効果は、挿入の速度という形で如実に表れた。
「かひぃっ……! あl、ああぁぁぁっぁぁッ………………!」
 堅い肉の塊が、ぐいぐいと肉襞を押しのけるように広げながら、奥へ奥へと入ってくる。ゾゾゾゾゾッ――!背筋に痺れるような甘い稲妻が走り、真央は尾の毛を逆立てながら声を震わせる。
(あァァッ! これっ、好きぃぃっ…………父さまの形にされるの、大好きぃぃッ!)
 何の遠慮も無く、真央のナカの形を変えながら侵入してくる剛直に、真央は心の中で叫ばずにはいられなかった。さながら、お前は俺のモノだと。俺の形に合わせろと行動で示されているようで、真央はゾクゾクが止まらない。
「あぁっ、ぁぁぁっ! とう、さまぁ……あンッ!」
 しかし、そうしていつまでもうっとりもしていられない。完全にケダモノと化した月彦はふうふうと荒い息を上げながら真央の腰を掴むや早くも腰を振り始めたからだ。
(あぁんっ……もっと、父さまの形を感じたかったのに……あぁっ、でも……父さまに突かれるのもっ……)
 同じくらい――場合によっては、それよりも好きだと。こちゅん、こちゅんと奥まで突かれながら、真央はかぶりを振ってよがり狂う。
「……まったく、さっきまで嫌だの止めてだの言っていたくせに、もう喜びだしたのか」
 そんな真央の姿が腹立たしいとばかりに、ごちゅんと。一際強く突き上げられる。
「あひィィィッ!!!」
 ベッドシーツをぎゅうと握りしめながら、真央は殆ど悲鳴のように声を上げる。
「このインラン娘がッ、そんな風に育てた覚えはないぞ」
「あっ、あっ……ご、ごめん、なさい……父さまぁぁ……ゆるひて……ぁっ、あぃぃぃいいいいっ!!!」
 不意打ち。月彦に被さられたかと思えば、唐突にむぎゅっ、っと両乳を掴まれ、力任せに捏ねられる。
(だ、だめぇえっ! 今はっっ、おっぱい、凄く敏感になっちゃってるのっっ……!)
 ただでさえ、“挿れられながら”は感じやすくなってしまうというのに。ましてや今は母乳が貯まっているせいで、感度が跳ね上がっている。そんな胸を、力任せにもみくちゃにされてしまったら――。
「ぃぁっ、あっ、ひぃぃっ……やっ……おっぱいっっ、らめぇえっ!」
「何がダメ、だ。キュンキュン締めまくってるくせに。“嬉しい、もっとシて!”ってことだろ、“これ”は」
「あひィン! ぁあっ、ひんぅッ! やっ、やぁっ……と、父さま……い、今は突いちゃだめぇぇっ……!」
 ヒクヒクと収縮する肉襞を、小賢しいとばかりに突き上げられ、擦りあげられ、真央は奥歯をガチガチ言わせながら快感に身もだえする。
「まったく、口を開けばゆるしてだのやめてだの…………本当に反省してるのか?」
 手が、胸から離れる。あぁ――体を起こす月彦に、ついそんな失望の声を上げてしまいそうになる。本当はもっと、もっと……気が狂わんばかりに、胸を責めながら突き続けてほしかったのに。
(あぁんっ……でも、そんな意地悪な父さま……大好き…………)
 もちろん真央は、自分がそう願っていることを察して、あえてシてくれなかったのだと理解している。そうやって焦らされることで、快感も興奮も倍加することを知っていて、あえて物足りないと感じるところで止められたのだと。
「真央、質問には答えろ」
 ぺしんっ!――柏手を打ったような鋭い音と共に、尻に痛みが走る。その痛みに、真央は思わず甘い声を上げてしまいそうになり、慌てて唇を噛んで押し殺す。
「聞こえないのか?」
 また、尻を打たれる。ゾクゾクゾクッ――快感に身震いしながら、真央は軽くイッてしまう。本気で憤慨しているような月彦の声と、折檻の尻叩きのコンボに、真央の興奮は最高潮に達していた。
「ご、ごめんなさぃぃ……とう、さまぁぁ…………真央は、悪いコ、なのぉ…………」
「悪い子という自覚があるのに、どうして俺の言いつけを守れないんだ?」
 今度は尻を叩くのではなく、ごちゅんと。強く、膣奥が小突かれる。
「真狐と接触するなとは言わん。仮にも母親だからな、そこはしょうがない。だが、もらった薬を無警戒に飲むというのは許せん。二度とするな」
 さらに二度、三度と。頭で覚えられないのなら体で覚えろと言わんばかりに突き上げられる。その剛直の硬度、反り具合から、父親が本気で腹を立てているのだということが、いやというほどに伝わってくる。
(あっ、あっ……だってぇッ……父さまが怒った時、しか……)
 コレが味わえないのだから。だから、悪いことと知っていても。怒られると解っていても、つい母親の言に耳を貸してしまう。手を貸してしまう――しかしそのようなこと、口に出来るはずも無い。
 もちろん真央も、いつもそれを狙っているわけではない。そんなことをすれば、本当に見捨てられてしまうかもしれないからだ。だから普段は、月彦の言いつけ通りにいい子であろうと努力をする。しかしどうしても寂しくて、構ってほしくて堪らないときは、いい子で居続けることが出来なくなってしまう。
「まーお、聞いてるのか?」
「あぅぅんっ! き、聞いて…………ます…………」
「だったら、ちゃんと返事をしろ。そして誓え、もう真狐の口車には乗らないと。薬を渡されてもすぐに捨てると」
 両腕を掴まれ、ぐいと後方に引かれる。さながら、真央の両手を馬の手綱のように引きながら、月彦はまるで苛立ちをぶつけるような荒々しさで突き上げてくる。
「あンッ! あンッ! あンッ! と、父さまっっ、のっ……あンッ! い、言うっ、とおりっにっ……ひンッ! し、しまっ……すぅっ!!」
 全身が激しく揺さぶられ、絶え間なく襲ってくる快楽に白目を向きそうになる。ぶるん、ぶるんと両胸がパンチングボールのように激しく揺れ、先端から漏れ出したミルクが遠心力に負けて辺り一面に飛び散り、室内はたちまちむせかえるような甘い香りに包まれる。
「こらっ、真央っ。ベッドが汚れるだろうが。母乳を止めろ」
「ひぅンッ! む、無理っ……か、勝手に、出ちゃう、のぉ…………あぁんっ!!」
 ばちゅんっ、ばちゅんっ!――腰と尻がぶつかる都度、そんな水が弾けるような音が鳴り響く。そうして突き上げられれば突き上げられる程に、快楽を得れば得るほどに、胸元の苦しさが増していく。“圧力”が高まるのを感じる。
「ったく……どうしようもない程に悪い子だな、真央は。妊娠もしないうちからこんなに母乳を吹かせて、しかもそれを餌に男を釣るんだからな。……真狐だって、真央と同じ年の頃にここまで淫乱じゃなかったろうに」
「ぁっぁっ……や、やぁぁ…………とう、さまぁぁ……そんな、ヒドい事、言わないでぇぇ……」
 ゾクゾクゾクッ――“淫乱”と言われる度に、爪の先まで痺れるような快楽が走る。真央は咄嗟に言葉から逃げるようにパフンと狐耳を伏せるが、そんなことで全てを遮断できるわけもない。
「淫乱って言われるだけでイきそうになるマゾ狐のくせに、口だけは達者だな。…………いっそ、本当に子供を孕んで子育ての大変さがわかれば、少しはマシになるんじゃないのか?」
 えっ――月彦の意外な言葉に、真央はそんな掠れた声を上げる。
「まだ生理が来ていないから妊娠はしない――そう思ってるだろ? だけど解らないぞ? 母乳が出る体になったんだ。ひょっとしたら、妊娠も出来るようになってるかもしれない」
「ぁっ……ぁっ……そん、なっ…………父さまぁぁッ……!」
 “ゾクゾク”が、来る。父親の、月彦の子を孕まされるという甘美な妄想に、全身が喜びに打ち震える。
「だ、だめっぇ……あ、赤ちゃんは、ダメ、なのぉっっ……止めて……父さまっ……」
 両手を引かれ、突き上げられながら、真央は必死になって懇願する。実の父親に孕まされるという禁忌。しかし禁忌が故に真央はこの上なく興奮し、身もだえしながらキュンキュンと剛直を締め上げる。
「こんなに嬉しそうに締め付けておいて、何が“止めて”だ。…………本当は嬉しくて堪らないんだろ?」
 孕まされるのが――月彦の言葉に。言葉だけで。真央はイかされる。ビクビクと跳ねる真央の体をあざ笑い、月彦は唐突に真央の両腕を解放する。
「きゃンッ! あっ、ぃぃい、ンッ! はッン!」
 ベッドに上体を着地させたのもつかの間、今度は腰のくびれを掴まれガン突きされる。
「あーーーーッ!!! あーーーーーッ!!」
 それは真央も知っている、“イく為の動き”だ。ゾゾゾと尻尾の毛を逆立てながら、真央は待ちに待った瞬間が近いことを悟る。
(あっ、ぁっ……私、父さまに、中出しされちゃう…………ホントに孕まされちゃう……!)
 自分の卵子が、ドロッドロの精液にまみれている姿を想像し、真央の興奮は最高潮に達する。同時に、強く念じる。本当にそうなればいいと、本気で願いながら、真央は甘い声を上げ続ける。
「あっ、あっ、あンッ……あッ、あぁッ……父さまっ……父さまっ、あぁんッ! 父さまっ……父さまァァッ!!!」
 父さまの赤ちゃんが欲しい――全身で懇願するように、真央はキュウッ……と剛直を締め上げる、「くっ……」と、耐えかねるような声が聞こえたのはその時だった。
「あッ……と、父さま……ひぅッ、やっ……お、おっぱい搾っちゃダメッッ……」
 射精の瞬間、突然月彦が被さってきて、真央は胸を掴まれ、キュッと先端を摘まれる。不意打ちのように母乳を吹かされ、視界に火花が散った瞬間、どくりと。体の奥に射精の熱いうねりを感じた。
「あヒッ…………あっ、あッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
 次の瞬間、真央は絶叫を上げた。


 

「はぁむっ……ちゅっ……んっっ……んんっ……ちゅっ、ンンッ!」
 真央と唇を重ねながら、胸をもみくちゃにしながら、月彦は腰を使う。
「ッ……はぁっ……ふーっ……ふーっ…………真央、また、張ってきた、な……」
「と、父さまぁぁ……ぁ、やンッ……!」
 胸元を隠そうとするかのような真央の手を撥ね除け、月彦はその頂へと唇をつけ、ちぅうと吸い上げる。
「あッ、ハぁぁぁあああッ!!!!」
 真央が背を逸らしながら声を上げる。母乳を吸われることで二度、三度と達しているらしく、キュンキュンと痛い程に締め上げてくる。
「ぷはぁぁっ…………真央、どうするんだ…………全然おさまんねぇぞ……」
 おっぱいから唇を離すなり、月彦は苛立ちまぎれに言う。強壮剤――そう、まさしく強壮剤だった。真央を抱き、何度も射精を繰り返し、疲れを感じてもこうして母乳を飲めば忽ち全身に力が漲ってくるのだから。
「こら、真央。聞いてるのか」
「ひんっ! ご、ごめんなさい、父さまぁぁ…………」
「…………ちゃんと反省しているのか?」
 つい、呆れるような口調で言ってしまう。言いながらも、月彦は腰を動かさずにはいられない。ひょっとしたら、真央の母乳には強壮成分だけではなく、興奮剤や感覚を鋭くする成分も入っているのかもしれない。
 何故なら、いつになく真央のナカを“良い”と感じてしまうからだ。
「あンッ……父さまっ……そこっ……そこっ、もっとシてぇぇ……」
 ごめんなさいと言った舌の根も乾かぬうちから、真央は媚びるような声で言い、自らクイクイと腰をくねらせてくる。
「ったく…………本当に反省しろ!」
 そんな真央に憤りすら感じて、月彦は体を起こすや足を開いた正座のような姿勢をとり、その太ももの上へと真央の腰を乗せる。
「あンッ! す、するぅっ……反省、するぅ……しますぅっ! だからぁっ…………もっと……あひぃぃぃいいッ!!!!」
 何故ならその姿勢が最も真央が弱い場所を刺激しやすいからだ。そうやってへその裏側を刺激するように突いてやると、真央はビクビク腰を跳ねさせながら喘ぎ出す。
「あヒッッ……ひぃっっ、ソコっ……いいぃっ! 父さまっ……父さまっっ、いいぃィッ!!」
「くぁっ……締まるっっ……」
 単純な締まりの良さだけでいうならば、恐らく都の方が上だろう。しかし、幾度となく抱き、“自分専用”として磨き上げてきた真央のナカは、単純な締まりの良さだけでは決して味わうことの出来ない悦楽の極みを月彦に与える。
(こ、のっ……ねっとりと吸い付くような感じが……しゃ、しゃぶられてる、みたい、で……)
 小さな無数の舌にれろれろと、カリのくびれまで舐めあげられるような、背筋に寒気すら走るほどの快楽。“こんなもの”を味わわされて虜になるなという方が無理な話だった。
(それに加えて、今日、はっ……)
 ぜえぜえと息を荒げて夢中になって突き上げながら、月彦は真央の体を見下ろす。普段でさえ、こうして剛直を突き入れるたびに白い果肉がたぷたぷと揺れ、その先端のピンク色のつぼみが誘うように幻惑してくるというのに。今日に限ってはそれはもう、極上おっぱいプリン練乳ソースがけにしか見えない。
(ッ……くぅっ……)
 見ているだけで、生唾が湧く。“アレ”の味はもう身に染みている。果たして中毒成分が入っているかは定かでは無いが、すでに月彦はもうやみつきになりかけていた。
「あっ……とう、さまぁっ……ンッ……ぁっ、やぁぁぁあッ!!!」
 先ほど吸った方とは逆の方へと、月彦は吸い付く。さながら餓鬼か何かのごとく、ずびずびと汚らしく音を立てながら、実の娘の母乳という禁忌の味を貪り尽くす。
「んぐっ、んぐっ……んぐっ……」
 吸いながら、舌で乳首を舐め回す。そうして刺激してやることでよりたくさんの母乳が吸えることを、月彦は経験で学んでいた。
「あんっ……あぁんっ……と、父さまぁぁ……はぁぁッ……ンッ!」
 真央もまた、乳首がいつになく敏感になっているのだろう。そうして舐め回してやるだけで、もどかしそうに月彦の後ろ髪を掻き毟ってくる。
「もっと……もっと、真央のおっぱい……吸ってェ……父さまぁ……」
 まったく――今日だけで何度そう毒づいてしまったことか。胸の頂から母乳を溢れさせながら、はぁはぁと肩で息をするほどに悶えながら。エロく蕩けきった顔でもっと、もっとと求めてくるのがよりにもよって実の娘であるのだから月彦の心境としては複雑だった。
(……確かに、最近は色々と忙しくて、あんまり相手してやれてなかったが……)
 今日に限らず、しほりのむんむんとした色気に耐え続けるのは想像を絶する難業だった。その反動で帰ったら即真央とヤるか――といえば、そうではなく、むしろ神経を最後の一本まですり減らすほどの苦行の後ということで、だいたい風呂を済ませたらそのまま朝まで熟睡ということばかりだった。そういうわけで、真央がいつになく“溜まっている”のは理解できる。
 出来るが――。
(さすがに、これは……)
 実の娘の母乳にむしゃぶりついている男が言えることではないが、さすがにこれはまずいのではないかと。人として大事な何かを失ったのではないかと。吸い付く前にも抱いた懸念であるが、それが再度月彦を悩ませていた。が、悩んでいたからといって母乳を吸うのを止められるわけでもなく、結局は吸いきれるギリギリまで吸い上げてしまうのだが。
(ううぅ……ダメだ、真央とヤればヤるほど、溺れていくのが解る……)
 この淫乱な狐娘の体に、どっぷりとハマってしまっている。ダメだと解っていても、誘いを撥ね除けられない。もし仮に。そんなことは絶対にありえないが、真央の性格が180度反転し、自分の体を餌に男を操るような女に変貌してしまったとしたら。自分は容易く真央の奴隷にされてしまうだろう。「お願いします、ヤらせてください、なんでもします!」――土下座をしながら懇願している自分の姿が容易に想像出来て、月彦は背筋を凍らせながらも、それでも娘の体に溺れずにはいられない。
「父さまァ……“こっち”も……」
 なんという欲張りな娘だろうか。胸を吸われて悶えていたかと思えば、今度は“こっち”が欲しいとばかりに、月彦の腰へと手を添えてくる。ちゅぱっ、とピンクのつぼみから口を離すなり、月彦はおねだりをされるままに真央の腰を掴み、ごちゅんと突き上げる。
「ぁぁぁアアアッ!!!」
 真央が腰を跳ねさせながら、顎を突き出すように声を上げる。キュン、キュンと剛直を締め上げながら軽くイき、たゆんっ、と顔の方へと揺れた胸の頂から乳白色の飛沫が飛び散る。
「ああァァッ……ァァっ……父さまぁッ……好きぃっ……ソコ、好きぃぃぃッ!! あーーーーーーーッ!!!!」
 ビクビクビクッ――ほんの三回ほど突いてやっただけで、真央はブリッジでもするように体を持ち上げながら、大きくイく。
「くっ、ぁっ……ちょっ………………!」
 搾り取られる――まさにそれだった。たっぷり飲ませてやったのだから、今度はこっちが貰う――さながら等価交換でも強要されたかのように、月彦は真央の中へと放ってしまう。
(っっ……また、こんな、にっっ……)
 “これ”も母乳の恩恵なのだろうか。既に二桁は軽く越えるほどに打ち出しているというのに、まるで第一射かと見まがうほどの量がごびゅごびゅと迸り、結合部からどろりと漏れ出してくる。
「あッッッ…………ぁはぁぁぁっ……父さまぁぁ……?」
 射精を受けて、さらにイき、その余韻に目を潤ませた真央が「アレ、して?」と小首を傾げて訴えかけてくる。月彦はほとんど反射的に真央の腰を掴み、ぐり、ぐりとマーキングを施す。
「あっ、あっ、あっ! 濃いっ、の……塗りつけられてっ、るっ……父さまの、匂い、つけられてるっっ……あっ、イクッ……またっ、イッちゃうっ、イクッ…………!!!!」
 ぎゅううっ!――腰を掴む月彦の手を痛いほどに握りしめながら、さらに真央は2度、3度と腰を跳ねさせる。
「あァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!! ……………………ッッはぁっ、はぁはぁっっ…………はぁはぁはぁ…………ちゅっ……んちゅっ、ンンッ……ちゅっ……れろっ、はむっ、ちゅっ……」
 そしてイッた後は、キス。視線で促されたわけでもなく、ましてや言葉でそうしてほしいと言われたわけでもなく。月彦は何かに操られでもするかのように、ごく自然と真央の体に被さり、唇を重ねていた。
「あぁんっ……ね、父さまぁ…………今度は、後ろからシて?」
 一体、仕置きをするという名目はどこに霧散してしまったのだろうか。気がつけば、真央の求めるままに腰を振っている自分が居る。その事実に、月彦は今更ながらに憤慨する。
「……まーお? あまりいい気になるなよ?」
「えっ……と、父さま……きゃうんっ!」
 月彦は白濁汁でドロッドロに汚れた秘部から剛直を引き抜き、驚く真央の上へと馬乗りになる。そして、乳白色に塗れた巨乳の合間へと、剛直を挟み込む。
「“これ”はご褒美じゃない、“お仕置き”だ。……だったら、真央のシて欲しいことをするのは、おかしいよな?」
 むぎゅうと、母乳に濡れた巨乳で挟み込んだ剛直を、にゅり、にゅりと動かし始める。いつもより二割増しほどになっているそれは包み心地も抜群であり、なによりも。
(……なんか、真狐にしてるみたいだな)
 それは巨乳のサイズてきにそう感じるのか。いつになく乱れている真央の姿があの女とダブるのか。或いは両方なのかもしれないが、とにもかくにも月彦はいつになく興奮を覚えているのは事実だった。
「と、父さまぁ…………真央の、おっぱい……犯す、の……?」
「あぁ。こんなに母乳を溢れさせて男を惑わす悪いおっぱいには、お仕置きをしてやらないとな」
 両側から巨乳を寄せながら、月彦は好き勝手に腰を前後させる。相手のことなど一切考えず、自分が気持ち良くなるためだけに腰を使う――それこそが、“犯している”と実感でき、また真央にも“犯されている”と実感させられる行為だからだ。
「まーお? “犯されている”のに、舐めるのはおかしいよな?」
 おずおずと、胸の合間から顔を出す剛直に舌を伸ばしかけている真央に、月彦は釘を刺す。
「ぁっ……で、でもぉ…………」
「でも?」
「……ぁぅ…………ご、ごめんなさい……父さま…………は、反省の、ため、に……舐めさせて、ください…………」
 真央の言葉に、月彦は思わず噴き出してしまいそうになる。
(何が“反省の為に”だ……自分が舐めたいだけだろう?)
 物は言い様だとはいえ、それはあまりに拙い言い訳ではないか。
「ダメだな。…………真央には舐めさせてやらないほうが反省になるだろ?」
「ぁっ…………」
 ぶるりと、真央は体を震わせ、笑顔を見せかけて――慌てて怯え顔に戻す。そんな変化に、月彦はもう苦笑しか出ない。
「ぁっ、ぁっ……おっぱいっ、犯されてるっ…………父さまにっ…………あぁぁっ…………」
 にゅり、にゅりと乳の間を剛直が行き来する都度、真央は心地良さそうに声を上げ、うっとりと目を細めながら呟く。はてさて、欲望のままに胸だけを犯すという、男の我が儘の極みのようなこの行為でさえ「おっぱいを性欲処理の道具に使われている」と、真央にを興奮させてしまうらしい。
(どこまでドMなんだか……)
 これが真狐に似た結果なのだとすれば、あの性悪狐にもこういう一面があるということだろうか。それはそれで楽しみだ――そんなことを考えた瞬間、ググンと。さらに剛直が猛り、真央の胸の間から大きくはみ出してしまう。
「きゃっ…………と、父さま…………スゴい…………」
「……滑りが悪くなってきたな。真央、少し吹かせるぞ?」
 了承を得る間もなく、月彦はキュッと。さながらホースの先端を摘んで水流を調節するような手つきで、びゅるっ、と少量の母乳を吹かせる。
「ああァン! ンンッ……! とう、さまぁ……それ、ダメぇぇ……!」
「いい感じに滑るぞ。大分動きやすくなった」
 母乳に濡れたおっぱいを、剛直で犯す――それはただのパイズリの数倍興奮を呼ぶ行為だった。次第に月彦も息を荒げ、スピードを上げていく。
「ぁっ……ぁっ…………と、父さまぁぁ…………はぁはぁ…………さ、最後は……」
「最後は?」
 促しながら、月彦はもう、真央の答えを予想していた。何故なら、先ほどから物欲しそうに、何度も何度も真央が生唾を飲んでいるのを、喉の動きで見ていたからだ。
「の、飲ませて……下さい…………」
「ダメだ」
 月彦はにべもなく却下する。真央がまた、ぶるりと体を震わせる。本当にどうしようもないなと、にやにやが止まらない。
「の、飲みたい……飲ませてぇ…………父さまの、濃ゆいの……ゴクゴクって、飲みたいのぉ……」
「ダメだ」
 ぁっ――今度は声すら上げて、真央が悶える。
「のっ……飲ませて、下さい……おね、がいします…………い、淫乱マゾ狐の真央、に……父さまの……おちんぽミルク……飲ませて、ください……」
「まったく、いつの間にそんなはしたない言葉を覚えたんだ。……ますますダメだな、そんな悪い子には絶対に飲ませてやらん」
「あぁぁ……そんなっ……父さまぁ…………」
 絶望の声。しかし、恍惚の目。そんな真央の顔めがけて、月彦はラストスパートをかける。ぎゅうと巨乳を押さえる手に力を込めながら抽送を続け、そして淫乱マゾ狐娘の顔めがけて、びゅるりと白濁汁をぶっかける。
「ああぁぁッ、ぁっぁああっ!!」
 語尾にハートマークがつくような、そんな喜色いっぱいの声を真央はあげる。飲みたいという要求をにべもなく却下された挙げ句、濃厚な臭気を放つ白濁汁で顔を、髪を汚されるのがこの上なく嬉しくて堪らないといった声だ。
「……真央、許可無く口に入れるなよ? 舐めとるのもダメだ」
「ぁ、う……で、でも……父さま…………」
「でもじゃない。……………………そんなに飲みたいのか?」
 譲歩の言葉。ぱっ、と真央が笑顔を見せた瞬間を狙って、月彦は落とす。
「あぁ、でも真央は次は後ろからシて欲しいんだったか。…………じゃあ、さきにそっちだな」
 まったく、真央を喜ばせてやるのも楽じゃない――そんな心にもないことを思いながら、月彦は真央の手を引き、ベッドの外へと連れ出すのだった。


「と、父さま……ホントに、ここで……するの?」
「何だ、真央は嫌なのか?」
 真央の手を引き、ベランダへと通じるガラス戸――そのカーテンの前へと誘導する。そして徐に部屋の明かりを消し――
「だ、ダメッ……父さまっ……」
 シャーッ、と。一気にカーテンを開け放つ。たちまち真央は悲鳴を上げて、その場にしゃがみ込んでしまう。
「真央、立て」
「で、でも……外から見られちゃう……」
「明かりを消したから、そうそうは見えないさ。…………ほら、立て」
「ぁうう……」
 真央は胸と股間を隠しながら、恐る恐る立ち上がる。さらにガラス戸の方には背を向け、しきりに外からの視線を気にしていた。
「向こうを向くんだ。……そして、手をつけ」
「父さま……」
「俺の言う事がきけないのか?」
 低い声で言うと、真央はあきらめたようにガラス戸の方を向き、手をつく。演技では無く、本心で怯えているのか、その両足は小刻みに震えていた。
「とう、さまぁ……おね、がい……ホントに、見られちゃう……」
「嫌なのか? そのわりには随分息が荒いようだが」
 はーっ、はーっ――そんな手負いのケモノのような呼吸を繰り返す真央の体に、背後から被さる。が、まだ挿れてはやらない。ただ、背後から抱きすくめ、やんわりと胸を揉むだけだ。
「やぁっ……父さま、許してぇ……カーテン閉めさせてェ……!」
「ダメだ。……それじゃあ“お仕置き”にならないだろ?」
 そもそも“これ”でも仕置きになってるかは怪しいが――月彦は含み笑いを漏らしながら、鼻先を狐耳の付け根に擦りつける。
「ぁぁぁっ……いやぁぁっ……裸、見られちゃう……おっぱい溢れさせながら、父さまに犯されるトコロ……見られちゃう……」
「……ホントに見られたら見られたで興奮するくせに。……ほら、真央。挿れてほしいならもっと尻を上げろ」
「あぁぁ……嫌ぁぁっ……」
 何が“嫌ぁ”だ――自ら尻を上げ、挿入しやすい姿勢をとる真央の尻を叩きたくなる。それどころか、早く欲しい早くほしいとねだるように、高々と上げた尻尾の先で鼻先を擽ってくるのだから、月彦はもう何の遠慮もしなかった。
「ほら、挿れるぞ、真央?」
 わざと、耳元で囁いてから、月彦は先端を埋める。
「あああァァァッ!!!」
 真央はいつになく甲高い声で鳴く。相変わらずいい声で鳴くと感心しながら、月彦はさらに意地悪のネタを思いついた。
「そうだな……真央、折角だ。真央が喜ぶことを、もう一つしてやる」
「ぇっ……」
「今から、勝手にイくの禁止な。もしイッたら、今度はベランダで犯してやる」
「そ、んな……そんな、コト、したら……絶対バレちゃう……絶対見られちゃう……!」
「そうだな。だから絶対我慢しろよ?」
「と、父さま……ぁっ、あぃぃぃっ!!!」
 ぐぐぐと。半ばまで挿入していた剛直をさらに根元まで押し込んでいく。真央は悲痛な声を上げながら、胸を、そして顔をガラス戸へと張り付かせる。
「ふっぅぅぅ…………真央のナカ、ヒクヒクって痙攣するみたいに絡みついてきて、めちゃくちゃ気持ちいいぞ……?」
「やっ……父さま、そんな、コト……言わなっ……んぅッ……!」
「何故だ? 俺は本当に気持ちいいから、素直にそう言ってるだけだ。……真央のナカは最高だ、一番のお気に入りだ」
「やっ……だめっ……だめぇぇっ…………とう、さま……」
 はっ、はっ――ガラス戸を白く曇らせながら、真央が熱い息を吐く。
「何回もシて、俺好みにたっぷり躾けてやったからな。真狐よりも、もちろん由梨ちゃんよりも、真央とシた回数のほうが断然多いんだ」
 真央の“ココ”は俺専用だ――小刻みに突き上げながら、さらに右手で腹部の辺りをなで回しながら、より真央がその場所を意識するように誘導していく。
「だ……め……ぇぇ…………と、さまぁ…………イッちゃう……そんな、コト言われ、たら……ほ、ホントにイッちゃう、からぁぁ…………」
「真央だって覚えてるだろ? 何回も何回も中出ししてやったもんな。そのたびにたっぷり濃いの塗りつけて、俺のモノだって教えてやっただろ?」
「だめっ……だめっ…………だめっ…………とう、さま…………やめ、て………………」
 真央の体が、徐々にくの字に折れる。まるで腹痛でも我慢しているかのようなその姿勢に、苦笑を一つ。そして俄に上体を離し――
「はぁゥンッ!」
 ばちゅんっ!――熱い蜜を溢れさせまくっているその場所を、飛沫を散らしながら、強く突き上げる。
「くす、ちょっと“本当のコト”を言って褒めてやっただけで、トロットロのぐちょぐちょだな。……真央、ちゃんとイくの我慢しろよ?」
 月彦は真央の体を引き起こしながら、さらに2度、3度と突いていく。
「あひぃン! ひぁっっ、あぁぁあッ! あぁっ、あぁぁっ……と、さまっ……とうさまっ……!」
 ぎゅうっ――真央は両胸をガラス戸に押しつけながらよがり狂う。押しつけられたおっぱいの周りには乳白色の液体が滲み、それらがとろり、とろりとガラス戸を伝い、滴っていく。
「こーら、真央。そうやっておっぱいを押しつけるから、ガラスが母乳まみれじゃないか」
「あッ……あッ! ご、ごめん、なさいっ……父さまぁっ……だってっっ……気持ち、良すぎてっっ……何もっっ……あぁぁぁぁぁあッ!!!」
「自分で汚したんだ。………………舐めて綺麗にしろ」
 月彦は真央の体を掴んだままガラス戸から一歩下がり、膝を突かせる。そしてガラス戸に付着した母乳を、真央自身の舌で丁寧に舐めとらせる。
「んっ……れろ、れろ……ちゅっ……れろっ……」
 真央は言われた通りに、窓ガラスへと舌を這わせ、母乳を舐めとっていく。その様を背後から見、出来れば正面側から見たかったと――ゾクゾクするほどの興奮を覚えながら、月彦はそんな思う。
「……もういい、真央」
 舐めるのを止めさせ、腰の動きを再開させる。
「あっッッッ……いっ……ぁっ、あーーーーーーッ!!!」
 それまでよりもさらに荒々しく。かきたてられた興奮を全てぶつけるかのように。
「と、とうさまっっ……やっ……いぅっ! は、激しっっ…………あぁぁっ、あぁぁぁあーーーー!!」
「イくなよ、真央。勝手にイッたら、本当にベランダに行かせるからな?」
 ふうふうと息を荒げながら、月彦は尻だけを持ち上げた状態で絨毯の上に伏せている真央に被さる。そして意味深に、乳肉へと手を宛がう。
「今から、突きながら搾ってやる。…………真央、我慢しろよ?」
「っっだ、だめっ…………父さま、それ、ホントに駄ッッッ………………ンンンンッ!!!!!」
 被さったまま腰を前後させ、さらにキュッと先端部を摘み、母乳を搾る。びゅるっ、びゅっ――まるで射精のように母乳が迸り、絨毯の上へと飛び散り、ムッとするような甘い匂いを立ち上らせる。
(うっ、おっ……すげっ……にゅるにゅるって、すっげぇうねって…………)
 搾乳突きでどれほど真央が快楽に溺れているかが、肉襞の動きでみてとれるようだった。
(やべ……これ、スゲ−いい…………)
 うねりつづける真央のナカを味わいながら、月彦はさらに母乳を搾る手を強めていく。その手が。不意に真央に掴まれた。
「だめっっ……とう、さま……ホントにダメなのっっ……もう……無理なのぉ……」
 左手だけで懸命に体を支えながら、真央は痛いほどに強く、右手で懇願を制止してくる。が、月彦は真央の言葉を無視し、さらに母乳を搾り――。
「だ、だめェェ……父さま…………だめっ、だめっ、だめっ…………やっ…………ダメッッッ………………ンンンッ!!!!!!!!!」
 イくのを必死に堪えるようにうねりつづける真央のナカを剛直で突きまくる。
「ンッ、ンンンッンンーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
 そして次の瞬間。初めて“言いつけ”を破ってイく真央のナカへと、たっぷりと白濁汁を注ぎ込んだ。


「フーッ……フーッ……真央、勝手にイッたな?」
「はーっ……はーっ…………だ、だってぇ……父さま……ほ、本当に……ぁうン!」
 言い訳をするなと。ぐりんと抉るように剛直を動かす。
「勝手にイッたら、次はベランダ……そう言ってた筈だな?」
「ひっ……ぁ……ゆ、許して……父さま……それだけは…………」
「…………さて、どうするかな」
 もちろん月彦も、本当にベランダに出てヤッてしまったら洒落にならないことは解っている。
(……第一、風邪引いちまうしな)
 とはいえ、ただ許してやるというのでは躾にならない。さてどうしたものか――月彦はおっぱいをこね回しながら、しばし思案に耽る。
「…………しょうがない、今回だけは許してやる。その代わり……」
「その、代わり……?」
「真央には口でたっぷりとシてもらおうか」
 ぁっ、と。真央が小さく声を上げる。つまるところ、月彦は自分が今一番シて欲しいことを交換条件として提示しただけなのだが、そもそも真央自身それを望んでいたわけで、当然異論が挟まるはずもなかった。
「ほら、真央?」
 ベッドに腰掛けなおし、真央に促す。フェラ一つとっても、それぞれ好みというものがあるが、こと真央に限ればこうして立場の差を明確にするようなシチュエーションがお気に入りらしい。そう、ベッドの上に二人とも上がって――とかではなく、月彦の眼前にまるで奴隷のように跪き、冷ややかな目で見下ろされながらするというのが、最も興奮するようだった。
「ンッ、ンッ……ちゅはっ、ちゅっ……んんっ、れろっ、れろっ……ちゅぶっ、んぶぶぶぶぶぶっ!」
 まるで精液の味そのものに飢えていたような、貪欲なフェラ。うっとりと目を細めながら、真央は先端部を咥えこみ、そのまま喉奥まで――誰よりも深く咥えてくる。
(っ……ぅおっ……)
 そのまま飲み込まれてしまうのではないかというほどに深く咥えられ、ゾクリと背筋が冷える。由梨子でも、雪乃でも、“これ”は味わえない。真央相手でしか味わえない快楽の味に月彦はすっかり満足し、褒めるように真央の髪を撫でつける。
「んはっ……ぷふっ……んっ、ちゅっ……れろっ、れろっ……」
 真央は髪を撫でられくすぐったそうに噎び、一端口から剛直を抜くとれろり、れろりと舌を這わせてくる。ぞっとこうしたかった――そんな熱意が籠もった、ねっとりとした舌使いだった。
「真央、今日は胸も使え」
 促すと、真央はすぐに体を起こし、にゅむりと両胸で挟み込んでくる。
「あぅんっ……父さまっ……真央のおっぱい、気持ちいい……?」
「あぁ、いいぞ。今日は、とくにいい」
 漏れ出す母乳をローション代わりに、真央は寄せたおっぱいを上下させ、先ほどできなかったからと言わんばかりに、てちてちと先端を舐めあげてくる。
「……よし、真央。胸はもういいぞ」
「いい、の? 父さま……」
「あぁ。あとは真央の口だけでイきたい」
 おっぱいでイかされるのが不満なのではなく、おっぱいを味わったうえで最後は口でイきたいのだと。月彦は目で、そして真央の頭を撫でる手で示す。
「うん……父さま、真央のお口で、いっぱい気持ち良くしてあげるね……?」
 とろんと瞳を潤ませながら、真央は剛直の根元へと唇をつけ、ちろちろと舌を出しながら先端まで舐めあげていく。そのまま先端へと口づけをし、ぬぷりと咥えこんでいく。
「んぷっ、んぷっ、んんっ…………!」
 カリを唇で引っ掻くように、頭を前後させる。それでいて目は上目遣いに、まるでこの後に及んでまだ父親の弱点を探ろうとするかのような貪欲さだった。
(そんな観察なんかしなくたって、もう俺の弱いトコロなんて全部知ってるクセに)
 そう、月彦が真央の体の隅々まで調べ尽くしたように。
「んはぁっ……ンッ……ンンッ……ンッ、ンンッ………………!」
 咥えこみながら、今度は舌で裏筋を刺激してくる。んふんふと切なげに息を漏らしながら奥まで咥えこみ、頭を引いては再度咥えこむ。
「んっ、ふっ……ふっ……ふぅぅっ……んぷっ……ふぅぅっ……!」
 頭を前後させながら、真央の吐息に切ないものが混じり出す。なんのことはない、口でシながら、“下”にも欲しくなってしまった真央がとうとう自慰を始めてしまっただけのことだ。
(しかも、わざわざ俺にバレないように、必死に音を立てないようにシてるな?)
 しかし結局月彦の目から見ればバレバレであり、自慰に耽りながらフェラに没頭するその姿は、少なからず月彦に興奮を呼んだ。
「真央、手伝ってやろうか?」
 ただのフェラでは物足りないんだろ?――視線でそう語り、月彦はベッドから立ち上がり、真央にも膝立ちになるよう促す。そして真央の頭を両手で掴み、まるでオナホールでも扱うかのように腰を使い始める。
「ンンンッ!! ンンッ、ンンーーーーーーーーッ!!!!」
 苦しげに呻き出す真央のことなど全く配慮せず、月彦は自分が気持ち良くなることだけを考え、腰を使い続ける。
「くすっ……ほら、真央。お待ちかねのものだ、一滴も零すんじゃないぞ?」
 そして最後は真央の喉奥まで突き入れ、ごびゅるっ……と白濁汁を流し込む。
「ンンンンッ!!! ンッ…………ブフッ……ゴブッ……!」
 真央が喉奥で絶叫し、暴れる――が、月彦は真央の頭を掴んだ手を放さない。真央が必死に喉を鳴らして白濁汁を嚥下し、それすらも間に合わず、激しく噎せて鼻から白濁汁を溢れさせても尚、月彦は剛直を抜かなかった。
(……こんな風にされて、イッてるのか)
 びくびくと下半身を震わせながら、真央が達しているのは明らかだった。実の父親に精液便所のような扱いを受けてイく程興奮するのだから、月彦としてはやりきれない。
「ふぅぅ……良かったぞ、真央」
 剛直をぬろぉ……と、ゆっくり引き抜く。真央は即座に四つん這いになり、けぇけぇと噎せていた。
「ほら、真央。…………口でシながら、自分で慰めるくらいシたくてシたくて堪らなかったんだろ?」
 そして、月彦はベッドに腰を下ろし、噎せている真央に手をさしのべる。そう、さも“最後はアレだろ?”と言わんばかりに。
「あっ……」
 と、真央がその手を取ろうとした瞬間、月彦はわざと。逃げるように手を引いた。
「それとも、さっきみたいに後ろから……胸を搾りながらシてやろうか? 真央はどっちが望みだ?」
「と、父さまぁ……そんな…………」
 そんなの選べない――発情しきった淫乱狐の顔は、そう言っていた。だがあえて月彦は真央自身にその選択を迫った。
「両方はダメだぞ、真央。どっちか片方だけだ。………………どっちがいい?」
「ぁぅ……わ、私……は…………」
 真央が選んだのは、月彦が予想した通りの方だった。


「あああぁぁッ、と、父さま…………あっ、あァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 トロトロのぐちゅぐちゅに仕上がっている肉の割れ目を剛直で刺し貫かれ、真央はあられもない声を上げ続ける。
「アッ! アッ! アッ! アッーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
 立て続けに、何度も、何度もイかされる。ひくひくと剛直を締めながら、月彦の腕の中で体を跳ねさせながら。真央は爪の先まで痺れるような快楽にすっかりアヘらされていた。
「すごい声だな、真央。風呂場だからってあんまり大声を出してると、お隣さんにまで聞こえちまうぞ?」
「だ、だってぇ……父さまっ、これ……ホントに気持ちいっっ……イイィィィッ!!!」
 背後から突かれながら、キュッと胸の頂を抓られる。まるで射精のように母乳を吹きながら、真央は容易くイかされる。
「……やっぱり、風呂場に移動したのは正解だったな。部屋でこんなに母乳を吹いてたら後片付けが大変だったぞ?」
 呆れるような月彦の言葉――だが、もはや真央の耳には届いてはいなかった。風呂場の壁に手をつき、月彦に尻を差し出す格好のまま、物欲しげに尻尾をくねらせながら、おねだりをする。
「はぁっ……はぁっ……とう、さまぁ……おっぱい、気持ちいいのぉ…………おっぱい、もっと搾ってェ……!」
「……気持ちいいのはおっぱいだけか?」
 ムッとしたような声。そして立て続けに、ぱぁんぱぁんと尻肉が弾ける音を響かせながら、遮二無二突き上げられる。
「ひぃぁっ、あぁァッ! ひぃぃッッ! き、気持ちいいッッ……と、父さまの方がっ……気持ちいい、れすッ……アッ……あんっ! あーーーーーッ!!!!」
「嘘つけ。“コレ”だけじゃ満足できないから、おっぱい搾りながらシて欲しいって言ったクセに」
「あぁんっ、やぁんっ! き、気持ちいい……両方、イイぃ……! はぁはぁ……おっぱい搾られながら、ごちゅん、ごちゅんってされたら……頭真っ白になっちゃうのぉ……!」
「おっぱい搾られながら突かれるのが好き、か。……まったく、どこまで欲張りなんだ」
 そんな欲張りな真央にはお仕置きだと。月彦はあっさり胸を掴んでいた手を放してしまう。たちまち真央は体に火をつけられたような焦燥に襲われ、自らの手で胸元をもみくちゃにする。
「はぁっ……はぁっ……おっぱいっ……もっと、おっぱいぴゅって出したい…………あぁんっ……」
 真央は必死になって自分の胸を揉みしだき、先端部を抓る――が、どうやっても月彦がしたように、巧く搾ることが出来ない。むしろ失敗が続くことで、焦れのほうが狂おしいばかりに強くなる。
「なんだ、自分で出来ないのか。不器用だな、真央は…………こうするんだ」
 真央の手を払いのけ、再度月彦の手が乳肉を捕らえる。そしていともあっさりと、先端からぴゅるりと母乳が迸る。
「あァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 我慢をした分、快感もひとしおだった。真央は激しく体を痙攣させながらイき続ける。
「ほら、ほらっ、こうするんだ」
「やっ、ぁっ! やめっ……つ、続けてやっちゃ、らめぇええ!!!」
 さらに2度、3度と立て続けにしぼられ、真央はあまりの快楽に気を失いそうになる。
「っくぉっ……キュンキュン締まって……真央、気持ちいいのはわかるが、少しは手加減しろよ?」
 苦笑混じりに、今度はトロトロのぐちょぐちょになってしまっている場所を、剛直で思い切りかき回される。たちまち真央は視界に火花を散らしながら、浴室の壁が震えるほどのサカり声を上げ、イく。
「ふぅっ、ふぅっ……凄いな、さっきからイキっぱなしじゃないか。真央じゃなかったら、とっくに失神してるんじゃないか?」
 違う――と、真央は言いたかった。失神なら、さっきから何度もさせられている。ただ、快感が強すぎて、それ自体がすぐに気付けとなっているだけなのだと。
「ほら、真央、解るか? おっぱいの先も、母乳を出しすぎてふやけちゃってるぞ? このまま弄り続けたら、母乳が止まらなくなっちゃうんじゃないか?」
「ぃンうッ……やっ……父さま、そこ……弄らないでぇっ……す、凄く……敏感、なのぉ…………やっ、またっっ……あーーーーーーッ!!!!」
 言ってるそばからキュッ、と摘み上げられ、真央は母乳を吹かされる。見れば浴室の壁には、どろりとした乳白色の液体がそこかしこにこびりつき、下には水たまりのようになっていた。
「……こうして見ると、牛乳なんかより全然濃いよな。ほら」
 月彦の指が先端を撫で、そして真央の目の前へと突きつけられる。
「乳白色っていうよりクリーム色って感じだ。どろっとして、頭がクラクラするくらい甘い匂いがする」
 そして味も絶品――月彦は指先をぺろりと舐めるや、真央の腰に手を添え、ぱん、ぱんとつき始める。
「あっ、あっ! と、父さま…………」
「本音を言えば、搾るより、吸いたいんだよな。でも、真央は搾られる方が好きなんだろ?」
「ぁぅ………………」
 真央は目を伏せ、小さく頷く。
「なんたって、俺の言いつけを破ってイくくらい気持ちいいみたいだからな。…………ほら、真央。また張ってきたぞ?」
 月彦の手が腰から脇、胸へと滑り、まるでその質量を楽しむように、たぷたぷと揺らしてくる。
「はぁっ……ンッ……父さまァァ……揺らすだけじゃ、やぁぁ…………搾ってぇぇ……お願い、父さま……」
「わかった、搾ればいいんだな?」
 なんとなく、含みのある言い方だと、真央は思った。そして次の瞬間、真央の望み通り月彦の手はキュッと先端を摘み、掌で乳肉を圧迫するようにしてびゅるっ、と母乳が搾られる。
「あァァッ! …………えっ……」
 イクッ――そう思った瞬間、真央は体内から剛直の感触が消え失せるのを感じた。
「と、父さまっ……どうして……」
「うん? 真央はおっぱいでイかせて欲しいんだろう?」
 なら、“こっち”は要らないよな?――そう言うかのように、尻のあたりにヌラついた剛直が塗りつけられる。
「あぁんっ……そん、なっ……んぅっ……」
 キュッ、キュッ――先端が摘み上げられ、断続的に母乳が搾られる――が、あれほど心地よかった搾乳の快感が、まるで暈けて感じられる。例えるなら、極上の果物ジュースだと思って飲んでいたものがただの砂糖水へとすり替えられたような。キャラメルだと思って舐めていたものが、紙粘土の塊だったような――それほどの落差だった。
(ンッ……ぅ……ダメッ……父さまのと一緒じゃないと……)
 アレは、あの快感は、月彦に抱かれているという実感と重ね合わせて始めて得られるものだったのだ。ただ、胸を搾られているだけでは、その1/10も味わうことが出来ないのだ――。
「とう、さまぁ……ごめん、なさい……おっぱい、だけじゃ……イけない、のぉ……父さまのと、一緒じゃないと、気持ち良くないのぉ……!」
 真央は胸を搾る月彦の手に自らの手を添え、懇願する。腰を焦れったく回し、尻尾でコレが欲しいコレが欲しいと、剛直を撫で続ける。
「両方はダメだ。……どっちか片方を選べ」
 そんな――真央は声を掠れさせる。くすりと、狐耳の裏側でそんな笑い声が聞こえたのはその時だった。
「なんてな。真央があんまり搾って搾ってって言うから、ちょっと意地悪したくなっただけだ」
「父さま……あンッ……あっ……ンンンンッ!!!!」
 ぐいと、足の間に剛直が割り込んで来たと思った時にはもう、じっとりと濡れた柔肉をかき分けて奥の奥まで貫かれていた。
「ぁッ…………………………ぁぁぁぁぁぁぁぁアアッ!!!!」
 遅れて、大津波のような快感が押し寄せてくる。足がガクガクと震え、踵が外を向く。
(とう、さま……い、いきなり、は……ダメぇぇ!)
 1度抜かれて、欲しくて欲しくてたまらなくなっていたところへごちゅんと突かれ、真央はあまりの気持ちよさに歯を食いしばり、意識が飛ぶのを耐えねばならなかった。そこへさらに――
「いひぃッ! お、おっぱい……ダメッ……あんっ!」
 搾られる。むっぎゅむぎゅと、遠慮の無い手つきで、何度も何度も母乳を吹かされる。
「あひッ、いッ! いンッ! ぅンッ……! ッ……ッッッ…………はぁはぁはぁっっ…………と、父さまっっ……父さまぁぁっ……やっ、イクッ……イクゥッ!!」
「いいぞ、真央。……ほら、好きなだけイけ」
 キュッと搾られ、さらにごちゅんと突き上げられる。真央は白目を向きそうになりながら、容易くイかされる。
「ふぁぁぁっっ……父さまぁぁ……りょ、両方だめぇぇ……気持ち、良すぎておかしくなっちゃうよぉぉ……あぁんっ、イクッ……またイッちゃう……イクッ!!!」
「何を言ってんだ。真央が自分で両方じゃないと満足出来ないって言ったんだろ?」
「あぁんっ、あぁぁあんっ! だめっ、気持ちいい……父さまぁぁっ、気持ちいいのっ……イクッ……あんイクッ! イクッ……イクゥゥッ!!!!!」
 まるでイき癖がついてしまったかのように、真央は立て続けにイかされる。あまりの快感に足から力が抜け、崩れ落ちそうになる――が、へたり込むことは、背後にいる月彦が許さない。
「真央、まだだぞ。俺がイくまでは、しゃがみ込むことも、意識を失うことも許さないからな」
 胸を揉みながらでは、思うように動けない――そう暗に示すかのように、月彦は胸から手を放し、真央の腰を掴む。“アレ”が来ると、真央は咄嗟に覚悟を決めた。
「あッッ、あァッ!! アーーーーーーーーッ!!!!」
 思わず白目を向きそうになるほどのガン突き。自分がイく為だけの、真央に対する配慮など一切ない。暴力的なまでに堅く、太い肉の槍にこれでもかと蹂躙される、真央の大好きな時間の到来だった。
(あぁぁっ、来るっ……もうすぐっ、父さまのっ……射精っ、イッパイッ……熱いの、くるっ……クルッ……!)
 真央の頭はもう、そのことでいっぱいになっていた。何度も小刻みにイかされながら、ただただ射精の瞬間だけを待ち望み、必死に体を支え続ける。
「真央、待たせたな…………出すっ、ぞッ……」
 あぁぁっ、嬉しい、父さま――そう言おうとした真央の口から実際に飛び出たのは、言葉にならない叫びだった。ごちゅんと奥の奥まで剛直が突き入れられ、先端が子宮口に擦りつけられる。同時に、胸元へと月彦の手が這ってくるのを感じて、真央は意識を保ち続けることを諦めた。
「あッッッ………………ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!」
 射精と、搾乳の快楽を同時に受けて、真央は絶叫しながら――失神した。

 

 
 再び真央が意識を取り戻したとき、浴室に手をついたまま、背後から月彦に抱きしめられていた。どうやら、意識を無くしていたのはほんの数秒のことらしいと、真央がホッと息をついた時だった。
「あっ、ぇ……やっ……ど、どうして……」
 暖かいものが、太ももを伝っていく感触。最初は、中に出された精液が漏れだしたのかと思った。しかしすぐにそうではないと気がつき、真央はたちまち赤面した。
「やっ、やぁっ…………と、止まらなっっ…………」
「まーお。…………おしっこ漏れるくらい、気持ち良かったのか?」
 くすくすと、耳の後ろから笑い混じりの声。あぁぁと呻くような声を上げて、真央はますます顔を赤くする。
「……なんだか懐かしいな。大分前に外でシた時以来か?」
「ぁぅぅぅぅ…………」
 真央はただただ、自分の意思じゃないという目で月彦を見ることしかできない。

 その後は、一緒にシャワーを浴び、そして部屋に戻った後は半分イチャイチャ半分セックスのような、そんなことを朝まで続けた。それまで構ってもらえなかった分をたった数時間で取り戻すような、濃密な一夜だった。

 ――数日後。


「ダメだよ、父さま……学校に遅れちゃう……」
「解ってる、だから少しだけだ。真央、頼む……」
 既に二人とも制服に着替え終わっているというのに、月彦は息を乱しながら真央をベッドへと押し倒す。ブラウスのボタンを外し、ブラをずらし、ぷるんと露わになった乳房の先端へと、飢えた犬のように食らいつく。
「ンンッ、ンンッ……ンーーーーーーーーッ!!!!!」
 ちぅう、ちぅぅぅぅぅ!――頭がクラクラするほど強烈に吸い上げる――が、待ち望んだものは一滴たりとも出てこない。舌先で乳首を転がすと、微かに甘い味を感じるが、ひょっとするとそれもただの錯覚なのかもしれなかった。
「とう、さまぁ……もう、おっぱいは、出ない、から……」
 そんなことは百も承知だった。真央の胸から母乳が吸えたのはあの日の翌日までで、それも昼前には完全に出なくなってしまっていた。が、しかしあの味が、脳まで蕩けるような芳醇な甘みが忘れられず、日に数度はこうして真央のおっぱいを求めてしまうのだ。
(あぁっ……くそっ……なんで俺はもっと味わって飲まなかったんだ……)
 そして、飲みきれない分は搾って保存しておかなかったんだ――ほとんど味のしないおっぱいを吸いながら、月彦が後悔を募らせている時だった。
 ぐわらと。もはや専用戸口といわんばかりに、遠慮なしに窓ガラスを開けて、招かれざる客が入って来た。
「よっ、と。おー、やってるやってる。相変わらずお盛んねぇ」
「ま、真狐!?」
「母さま!?」
「あー、いいからいいから。どうぞそのまま続けて」
 続けてと言われて続けられるはずもない。月彦は慌てて真央から離れ、真央もまた前を隠す。真狐はといえばいつものように机に腰を下ろし、にったらにったらと笑いながら足を組み、頬杖をつく。
「な、何の用だ! いっとくがな、お前が真央にやった薬のせいでこっちはエラい目に……」
「あらあら。絶対飲んじゃだめだって言っといたのに飲んじゃったの? ホント、悪いコなんだから」
 悪い子、と口では言ったものの、まるでいい子、いい子と頭を撫でつけるような、嬉しそうな口ぶりだった。
「ふふ、てことはあんたは早速真央の味にハマっちゃったのかしら。体質でかなり味が変わるんだけど、よっぽど真央のは良かったみたいね?」
「ぐぬ……ひ、否定は、しない……」
「でも――」
 真狐は思わせぶりに言葉を切り、そして自分の胸元を掴み、見せつけるように寄せる。
「あたしのは、もっとスゴいわよ?」
「……なん、だと……」
 真央のそれですら栄養満点、さらに強壮成分も豊富で飲んだそばから鼻血が溢れてくるようなしろものだった。さらに言えば、母乳が止まって尚、その味が恋しくてむしゃぶりつかずにはいられないほどに後を引く味だ。
(それよりもスゴい……だと?)
 俄には信じられない話だ。しかし、もし本当なら――。
「ふふ、あんたがどうしても飲んでみたいっていうなら、特別に飲ませてあげてもいいけど?」
 思わず生唾を飲んでしまう。そのまま糸で引かれるようにベッドから腰を上げそうになって、くいと。真央に制服の裾を掴まれる。
「父さま、ダメ」
「ま、真央……」
 そうだ。いかに美味な母乳であろうとも、あの性悪狐に媚びるなどもっての他だ。例えその味が天上の甘露の如く美味であろうとも、この女に頭を下げてまで飲む価値など――
(ああああっ……でも涎が止まらん!)
 ごくりごくりと唾を飲み干しながら必死に頭を振っていると、真狐は全てを見透かしたようにけらけらと笑った。
「そうそう、忘れるところだったわ。今日は届け物があって来たのよ」
「届け物……?」
 真狐は腰にぶら下げていたひょうたんを手に取り、栓を抜く。どこかで見たひょうたんだなと思っていると、真狐は逆さに構え、ぽんと軽くひょうたんの底を叩いた。
「ん?」
 同時に、ひょうたんの中から豆粒のようなものが転がり出てくる。絨毯の上に転がったそれはみるみるうちに膨れあがり、あっという間に一抱えほどもあるガラス瓶へと姿を変えた。
「これ、は……」
 瓶には金属製の蓋がしてあり、さらに見た所中には乳白色の液体がたっぷりと入っていた。月彦は咄嗟に真央のそれを思い出し、ごくりと唾を飲む。
「あと、あんたに手紙」
 ぴっ、と真狐が封筒を飛ばし、月彦が受け取る。宛名はなく、やむなく封を破ると、中から出て来たのは便せん二枚分の手紙だった。
「あっ」
 思わず声が出る。それはしほりからの手紙だった。咄嗟に隣に座っている真央へと視線を向けると、真央は空気を読むように顔を背けた。ホッと安堵して、月彦は便せんの続きに目を通す。
 文章はまず丁寧な書き出しから謝罪、そして感謝の言葉へと続いていた。あの夜、自分はどうにかしていた――道を踏み外しかけていた自分を窘めてくれたことに感謝をすると。何行にも渡る言葉で繰り返し述べられていた。便せんの一枚目は殆どそのことばかりで、しほりがどれほどあの夜のことを悔い、猛省しているのかが窺える内容だった。
 そして、二枚目の便せんは一枚目とはうってかわって感謝一辺倒の言葉。おかげで無事に里での面目も立ち、夫に恥をかかせることも無くなった。ひいてはせめてものお礼の品を贈ると書いてあった。
(……てことは……)
 月彦の視線が、絨毯の上に転がっている瓶へと向く。恐らく数リットルは入っているであろうその液体は、この手紙の内容からするとしほりの――
「ちなみにそれ、あんたが思ってる以上に高級品だからね? 栄養満点なのはもちろん、味も最高。牛乳風呂にすればお肌もぴちぴち、特別なコネが無いとそもそも購入することすら出来ない生搾り特級品なんだから」
「なっ……ま、マジかよ! そんなものを……」
 月彦はベッドから降り、大事なものでも扱うような手つきで横たわっていた瓶を立てる。きちんと冷やされて運ばれてきたのか、瓶の表面はひやりとしていた。
「ん……?」
 たぷんっ――立てた瓶の中で波打つミルクを見て、月彦ははたと首を傾げる。これはあくまでしほりからお礼として贈られた代物であり、善意での贈り物であるから、別になみなみと入っている必要は無い。そんなことで目くじらを立てたりは当然しない――のだが。
(……なんていうか、不自然……?)
 そう、別に量が多い少ないということを言いたかったわけではなく“この量を入れるなら、この大きさの瓶は不適当ではないのか?”――という月彦の疑問は、真狐の言葉で氷塊した。
「ああちなみに、半分はあたしがもらったから」
「なっ、てめっ……勝手に……!」
「ただの仲介料兼運搬料よ。……ほら、おかげで肌のツヤがすごいでしょ?」
 牛乳風呂なんて久しぶり――真狐は己の肌を誇るようにチラ見せしながら言う。そんな真狐の側へと、真央がまるで忍び寄るように身を寄せる。
「あら、真央……ん?」
 そしてそのまま、ぼしょぼしょと真狐の狐耳へと囁きかける。何を言っているのかは、月彦には聞き取れなかった。
「ダーメ。あの薬はあんたには難しすぎるし、もし失敗したらとんでもないことになっちゃうから」
 どうやら例の薬の作り方を聞こうとしたらしい。しゅーんと真央は狐耳を萎れさせる。
「それにぃ、ほどほどにしとかないと……このバカがジャンキーみたいになっちゃうわよ?」
「うっ……」
 事実、真央のおっぱいにしゃぶりついていただけに、月彦は否定出来なかった。くすくすと、真狐は笑う。
「元々、このバカが予想以上に使えなかった時用の保険に用意したものだし、そうじゃなかったらおいそれとは使わないくらい材料だって希少なんだから」
「使えるバカで悪かったな! お前が情報を伏せまくってたせいでこっちはエラい目に遭うところだったんだぞ!?」
「でもその分たっぷり楽しめたでしょ?」
 ぐぬ――そんなことはないと言えないだけの思い出をしほりに貰っただけに、月彦は二の句が継げない。くつくつと、真狐は笑う。
「あんたさえやる気があるなら、そのうちまた同じような悩みもってる子を紹介してあげてもいいわよ? 今度はもうちょっと、“気軽に手を出せる子”にしといてあげよっか?」
「うっ……い、いや……もう、いい……」
「そう? まぁ、真央の前じゃそう言うしかないってトコロかしら?」
 本音はどうあれ――そんな独り言をわざと聞こえよがしに言う真狐めがけて、
「う、うるさい! 用が済んだならさっさと帰りやがれ!」
 いつになく力の無い声で、月彦は追い立てる。自分自身、なんと迫力の無い声だろうと、泣きたくなるほどの声だった。
「ふふ、ほんっとわかりやすい男なんだから。……じゃーねー真央、邪魔したわね」
 続きをどうぞ?――そんな言葉を残して、真狐はひょいと窓から飛び出していってしまう。
「な……なーにが続きをどうぞ、だ。まったく……」
 しほりからの手紙を懐へとしまい、月彦は毒づきながら真狐が開けっ放しにした窓を閉める。
「てか、さすがにそろそろ時間がヤバい! 真央、急ぐぞ!」
 衣類を正し、部屋を出――ようとしたところで、危うく特大牛乳瓶に足を引っかけそうになる。ああそうだ、これも冷蔵庫にしまっておかねばと伸ばした手が、不意に真央に掴まれた。
「真央……?」
「あの、ね。父さま……今日は、早く帰ってきてね?」
「えっ……」
「帰ったら……つづき……」
 ぎゅっ――ぞっとする程に熱を帯びた真央の手から、その想いの丈が伝わってくる。本当ならば、今この場でシたいくらいだと言わんばかりの熱意に、月彦は完全に絆された。
「わ……、わかった……」
 何をおいても、今日は直帰する――そんな決意を込めるように、月彦は唇を重ねた。


 

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