「……なんだか、由梨ちゃんと二人きりになるのってすごく久しぶりな気がする」
「そうですね。…………最近、なかなか機会が無くて……」
 昼休み、学校の屋上の片隅での久方ぶりの密会だった。もっとも、由梨子との関係が真央にバレてしまっている今となっては、もはや密会と呼んで良いのかどうかも微妙な所ではある。が、だからといって、おおっぴらに顔を合わせるのも気が引ける為、以前のようにこうして隠れて会ったりしているわけなのだが。
(……はて、気のせいか……由梨ちゃん少し窶れてないか……?)
 しばらく顔を合わせてなかったからだろうか。目の前にいる愛くるしい後輩からなんとも弱々しい生気しか感じないのだ。
(……もしかしてそのことが関係しているのかな?)
 “話”があるから昼休みに会いたいと申し出てきたのは由梨子の方だった。窶れて見えるのも、その話とやらが関係しているのかおしれない。
「俺の方も、最近ちょっといろいろあってなかなか時間作れなくってさ……」
「そういえば先輩、校内放送でよく呼び出されてましたね。……大丈夫なんですか?」
「いや……うん、俺の方は大丈夫だよ。……そんな事より、由梨ちゃんの方の話って?」
「はい、それなんですけど――」
 由梨子は躊躇うように一度目を伏せ、そして少しの“間”の後、意を決したように口を開いた。
「あの、ま――」
 しかし、漸くにして口から紡ぎ出されたその言葉が、すぐさまとぎれてしまう。
「由梨ちゃん?」
 由梨子ははっとしたように口を閉じ、そしてちらりと己の左手を見た。
「先輩、私……」
「うん?」
「あの、私……は……」
 由梨子は言葉を続けようとして、しかしやはり途中で口をつぐんでしまう。はてな、と。月彦は首をかしげた。
「……ぁっ……っ…………」
「左手がどうかしたの?」
「いえ、……別に………………すみません、やっぱり何でもないです」
「あっ、ちょっと! 由梨ちゃん!」
 その場から駆け出そうとする由梨子の手を、月彦は咄嗟に掴んだ。
「とても何でもないようには見えないんだけど、一体どうしたの?」
「すみません、本当に何でもないんです。…………手、離してください」
 まるで悲鳴のような小さな声で由梨子に言われて、月彦は渋々その手を離した。たちまち、由梨子は脱兎のごとくその場を後にした。
「……由梨ちゃん?」
 これはひょっとすると、ただごとではないことが起きているのではないか――そんな黒い不安に、月彦の心は揺れた。
(……追いかけた方がよさそうだな)
 由梨子はああ言ったが、どう見ても様子が普通ではない。月彦が駆け出そうとしたまさにその時だった。
「……ッ!? 誰だ!」
 突然、背後から視線を感じて、月彦は大声と共に振り返った。その大声にびっくりしたのか、給水タンクの影からちらりと見えていた横顔と金色の髪が月彦が振り返ると共に引っ込んでしまった。
「……つ、月島……さん?」
 おそるおそる名前を呼ぶと、ぬぅとラビが顔の六割ほどを覗かせ、こくりとうなずいた。
「い、いつからそこに……?」
 まさか、全てを見られていたのだろうか――冷や汗が吹き出すのを感じながら、月彦はラビの挙動を真剣に見守った。
「……占い……この時間……ここに来ると会えるって……出た、から……」
 ぽつりと、耳を澄ましていなくては聞き取れないような音量でラビが呟く。
「う、占い……って……」
 なにやら背筋に冷たいものを感じて、月彦は俄に後ずさりをした。その分の距離を詰めるように、ラビが給水タンクの影から出てくる。
「……占い……嫌い?」
「いや、別に……嫌いじゃない、かな……」
 にじり、と距離を詰められ、月彦はさらにもう一歩後ずさりながら愛想笑いを浮かべた。こういう何が狙いなのか解らない輩の挙動には無条件で警戒する癖が長年の経験から体に刻み込まれていた。
(しかも何だろう……知り合ってから間もないどころか、ほとんど会話すらかわしたことがないのに……)
 ラビのほうからピンク色の波動のようなものがひっきりなしに発信されていて、思わず気圧される程なのだ。
「ええと、ごめん……ちょっと俺、用事があるから――」
 こんな所で時間を食われていたら、由梨子に追いつけなくなってしまう――そんな焦りから、月彦は強引に会話を切り上げる事にした。
 ――が。
「あっ!」
 と、普段の会話からは考えられない程の大きな声で呼び止められ、月彦はつんのめるようにして思わず足を止めてしまった。
「あ、あのっ…………これ…………」
「えっ、これは……?」
 やむなく振り返ると、ラビは両手で赤いリボンで結ばれた小さなピンク色の巾着包みを差し出していた。
「お、おみ……くじ…………た、食べて……く、くだ………………〜〜〜〜っっっ!」
 困惑している月彦の胸に無理矢理ピンク色の包みを押しつけるようにして、ラビは顔を真っ赤にして校舎の中へと走り去っていった。
「………………………………もう、由梨ちゃんに追いつくのは無理かな」
 ピンク色の包みを上着のポケットにしまいながら、月彦は空を見上げ、小さくため息をついた。
 

 

 

『キツネツキ』

第三十一話

 


「ゆーりちゃん、ちょっと一緒に来て」
 真央がそんな誘いを持ちかけてきたのは、二時限目の現国が終わった直後の事だった。
「どこに行くんですか?」
 由梨子の問いには真央は答えず、その手を掴むなりぐいと引っ張るようにして由梨子を教室から連れ出してしまう。
「あ、あの……真央さん……」
 由梨子は戸惑いながらも真央に逆らいきれず、廊下を早足に歩く形で女子トイレの中へと連れ込まれた。
「由梨ちゃん、こっち」
 真央はトイレの中に誰もいないのを確認するなり、由梨子の背を押すようにして個室の中へと押し込んでしまう。
「ま、真央さん……ンッ……」
 真央は後ろ手で個室の扉を閉めるなり、堪りかねたように由梨子に口づけをする。抵抗をしようとする由梨子の手を押さえつけて強引に便座カバーの上に座らせ、自らは由梨子の両足をまたぐ形で座り込んだ。
「んっ、んっ……ン……」
 舐めるような真央のキスに、由梨子もまた抵抗の色を失っていく。一つは、“慣れ”というものもあった。真央にこうして強引に個室や密室に連れ込まれ、唇を奪われたりするのは初めてではなかったからだ。
「んはぁっ……ねえ、由梨ちゃん……おっぱい触ってもいい?」
「ま、真央さん……ダメです……すぐ、次の授業が……」
「ねえ、触ってもいい?」
 甘い声で囁きながらも、真央はもう我慢できないとばかりに服の上から由梨子の胸元をなで回してくる。
(ダメ……断らなきゃ――)
 拒絶せねばならない――そう頭ではわかっているのに、できない。気がつけば、真央の手が制服のボタンを外し滑り込むようにして由梨子の胸元へと触れていた。
「由梨ちゃん……コリコリしてる」
 ブラをずらし、真央の指が直接堅くそそり立った先端部を弄んでくる。
「っ……だ、ダメです……真央さん……ぁっ……」
 胸の先端から、ぴりぴりとしたものが体を貫き、由梨子は必死に声を押し殺しながらも、真央に精一杯の拒絶の意を示した。
「い、イヤッ……あぁっ…………」
 しかし、そんな弱々しい抵抗では止まらない事もまた、由梨子にはわかっていた。拒絶をするには、断固たる強い意志できっぱりと断るしかないのだ。
 しかし、どうしてもそれができない。
(ぁ……尻尾……)
 由梨子は、見た。普段の日常生活の中では隠されている尻尾が真央の背ごしに、ゆらりと立っていた。その尾は――否、真央の全身の輪郭そのものが、ほんのりと赤く輝いているようにも見える。
「ねえ、由梨ちゃん……今日の放課後、また由梨ちゃんの部屋に行ってもいい?」
 ちゅっ、ちゅっ……由梨子の首筋にキスをしながら、真央が甘えるような声を出す。
「ぇ……で、でも……昨日も……」
「ね、いいでしょ? お願い、由梨ちゃん」
 由梨子の後ろ髪を撫で、耳をあむあむと甘噛みしながらの“おねだり”。断らなければならない――そうわかっているのに。
「…………っ……わ、わかり、ました…………ほ、放課後、なら……」
 由梨子は渋々真央の申し出を受諾してしまう。それがいったい何を意味するのかを理解した上で、断ることができない。
(どう、して――)
 由梨子には解らない。何故真央の“おねだり”をこうも易々と聞いてしまうのか。どうして断る事ができないのか。
(頭が……痺れる……)
 特に、こうして真央と二人きりで居るときにその現象は顕著だった。まるで、真央の体から発散されるフェロモンが直に理性を切り崩しているかの様に。
「くすっ……由梨ちゃん、だーい好き」
 当の真央はといえば、そのことを自覚しているのかいないのか、あくまでも無邪気だった。
 そのことが逆に、由梨子には恐ろしく感じられるのだった。

「んんっ、んっ……ンッ……!」
 学校が終わり、半ば無理矢理部屋に上がり込まれた後はお決まりのパターンだった。
「んはっ……真央さん、ダメです……ぁあっ……」
 最初の頃こそ、ちょっとしたおふざけからのなし崩しのベッドインであったものが、最近はもう露骨に押し倒されるようになっていた。唇を奪われ、気がつくと真央の肩越しに天井が見えている。制服の上から体中をまさぐられ、抵抗むなしく次第に一枚ずつ衣類を剥がれていくのだ。
(……本当に……ケモノみたい……)
 制服を脱がされながら、由梨子ははたと、頭の隅の部分でそんな事を思った。荒々しく息を吐きながら、まるで真央自身どうにもならぬ衝動に突き動かされるようにして由梨子を求めるその様に、およそ人間らしい理性を見つけることができない。
(先輩も……時々こんな風になるけど……)
 それでもまだ、理性の入り込む余地はあるように思えるのだ。否、むしろ月彦の場合は理性すらも獣欲に追従してしまっているような節さえある。
 が、真央はそれとは異質と感じざるを得なかった。
「あむっ……んっ……」
 いつの間にかブラウスとブラまではぎ取られ、露出した胸元に真央が舌を這わせていた。堅くそそり立った先端が丹念に舐められ、吸われる。
「っ……ンッ……!」
 同時に逆側のそれも指でつままれ、くりくりと弄られる。由梨子は声が弾みそうになるのを必死に堪えねばならなかった。
「ぁっ……ぁぁっ……やっ……真央、さんっ……そんなっ……強く、吸わなっ……ぁぁ……!」
 血――なのだろうか。真央も月彦同様、乳にはかなり執着があるらしかった。しかし、月彦と真央では執着の仕方が違っていた。
「ぁぁぁ、ぁ……」
 真央のそれは、まるで幼子が母乳をねだるかのような執着の仕方だった。ちぅちぅと、どこまでも貪欲に吸い、それに飽きると堅い先端部ばかりを執拗に舐めてくる。ただでさえ過敏な場所をそのようにされては、由梨子としても堪ったものではなかった。
(あぁ、もう……)
 下腹の辺りからムズムズとしたものが広がり、由梨子はじれったげに太股を擦りあわせた。徐々にではあるが、下着が湿り気を帯びていくのを感じながらも、由梨子はただただ顔を赤らめて知らぬフリを続けるしかなかった。己の意志で止められるものではないと、悟っているからだ。
「由梨ちゃん……」
 漸く満足したのか、真央が乳首を嬲るのを止め、俄に体を起こした。とろりとした目で由梨子を見下ろしながら、自らも制服を脱ぎ始める。そうやって真央が肌を露出させると、よりいっそう頭が痺れてくるのを由梨子は感じた。
(やっぱり……フェロモン……?)
 真央の体自体から、異性を狂わせる――否、同性すらも狂わせるフェロモンが発散されているとしか思えない。こうして真央の側で呼吸をしているだけで、たちまち頭が痺れ思考にモヤが掛かってくるのだから。
 真央はとうとう下着だけの姿になり、その下着すらもはらりと脱ぎ捨ててしまう。その背の向こうにちらりと見える尻尾はじれったげに左右に揺れ、揺れるたびになにやらピンク色の粒子のようなものを散らしているように見えた。
「真央……さん……」
 先ほどまで半ば恐怖すら感じていた親友の姿が、徐々に愛しくて堪らなく思えてくる。由梨子は自ら手を伸ばし、真央の体を抱きしめるようにして肌を重ねた。
(真央さんの肌……すごく、熱い……)
 よほど火照っているのだろう。冬場の寒気に晒されて尚上気したその肌は今にも燃え出しそうなほどに熱く感じられた。
「……真央さん、今度は私にさせてください」
 気がつくと、口が勝手にそのような事を喋ってしまっていた。否、口だけではない、四肢が勝手に動き、由梨子の意志などまるで無視して真央をベッドに押し倒してしまう。
「ンッ……」
 真央に被さり、唇を重ねる。あむあむと、唇だけで食むようにした後、徐々に舌を使い、絡ませながら、真央の体を愛撫する。
(……スゴい……どうして、こんなに……)
 たわわに実っている胸元を捏ねながら、由梨子はいつも理不尽な思いに駆られてしまう。すでにその辺の成人女性顔負けの質量を備えているくせに、これでまだ成長途中だというのだから堪らない。
「んぁっ……由梨ちゃん……もっとぉ……ンッ……おっぱいもっとぎゅってシてぇ……ンッ……!」
 キスの合間に、真央が甘えるような声でそんな事をねだってくる。由梨子は言葉の通りに思いきり手に力を込め、乱暴にこね回すようにして愛撫する。
「あぁん、もっと……もっと強くシてぇ……!」
 精一杯力を込めているのに、どうやらそれでも真央は不満らしい。由梨子は仕方なく、真央の両胸の先端をつまむなりキュウと強く抓った。
「あっ、ぁっ、あァーーーーーーッ!!」
 途端、真央は大きく仰け反り、甘い声を上げる。
「……そういえば、真央さんは“痛いくらい強く”が好きでしたね」
 ぴくぴくと心地よさそうに体を痙攣させる真央の乳房をやんわりと揉みながら、由梨子はかすかに笑みを漏らし、再び口づけをした。
「ンぁ……ねえ、由梨ちゃん……また、アレ……して?」
「“アレ”……ですか。真央さん、本当に好きなんですね」
「うん……だって、アレされると…………体溶けちゃいそうなくらい気持ちいいの……」
 早く早く、と体を擦りつけるようにして催促してくる真央が、このときばかりはなんとも可愛らしく見える。
(……私も、毒されてきてる)
 そんな真央に欲情を覚えつつも、頭の隅の冷静な部分で由梨子ははたとそんな事を思う。元はといえば、真央が強引に迫ってきての行為の筈なのに、気がつけば由梨子自身その気になって体を交わらせてしまっていた。
「解りました。……じゃあ、四つんばいになってください」
 真央は嬉々として――しかしどこかためらいがちに――由梨子の言葉通りにベッドに伏せ、尻だけを高く上げ由梨子に差し出すようなポーズをとる。すでにショーツ一枚の格好であり、薄い桃色の生地が湿り気を帯びて色が変わってしまっていた。
 由梨子はたわわな胸元に比べればまだ肉付きの薄い尻をさわさわと撫でた後、誘うように揺れている尾の付け根をキュッと握りしめた。
「あんっ……」
 己のもっとも敏感な場所を握られて、真央がそんな甘い声を出しながら、不安げに由梨子の方を振り返る。由梨子は真央に微笑みを一つ返して、やんわりと尾の付け根を擦り始める。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ……」
 こしゅ、こしゅと尾を擦られる度に、真央が小さく喘ぐ。ぎゅう、とベッドシーツを握りしめながら、尻尾の毛を逆立たせながら、うっとりと瞳を潤めて由梨子の愛撫に没頭している様だった。
「あっぁっぁっぁっ……!」
 時折尻を揺らしながら、真央は徐々に声を荒げていく。由梨子は尻尾を右手で愛撫しながら、今度は左手で真央の秘部――ショーツの色が変わっている場所をそっと刺激する。
「あぁんっ」
 指先が触れた瞬間、真央が声を上げ、さらにシーツを握りしめる。由梨子は真央のそんな反応に満足しながら、左手の中指と薬指だけでこしゅ、こしゅと濡れそぼっている生地を擦るように刺激する。
「あぁっ……いやっ、いやっ……ゆりちゃぁん……意地悪しないでぇ……」
 真央が泣きそうな声を上げて尻を、そして尻尾を振るが、由梨子は左手の動きを一切強めなかった。そうやって焦らしてやったほうが、よりこの可愛くて淫乱な親友が快楽を得られる事を経験で知っているからだった。
(……また……濃くなってる……)
 はたと気がついたのは、そうして焦らしてやればやるほどに、揺れる尻尾から発散されるピンク色の粒子のようなものの量が増えている事だった。それらは真央の尾から部屋中へと拡散し、呼吸の度に由梨子の体内へと吸収され、より強い発情を促してくる。
(あぁっ……真央さん……っ……!)
 頭が痺れ、思考にモヤがかかる。眼前にいる親友を犯し尽くす事以外、何も考えられないように“させられる”。
(……もしかしたら、先輩も――)
 月彦もこうして、真央と体を重ねる度に変えられていったのではないか。
「くす、真央さんは欲張りですね」
 己もまた変えられていくのを感じながらも、由梨子は“それ”に抗うことが出来ない。湿り気をたっぷりと蓄えたその場所を指先で刺激しながら、ショーツを横にずらすようにして少しずつ指を埋没させていく。
「あぁぁんっ! あぁぁっ、あっ、あっ……」
 真央の甘い声に誘われるように、由梨子は徐々に中指と薬指をねっとりとした粘膜の間へと埋没させていく。熱をはらんだその場所はくにゅくにゅと蠢いてはまるで由梨子の指をしゃぶっているかのように吸い付いてくる。
(すご、い……どうして、こんなに……)
 女性器というものがどういうもので、どういった感触のものかという事くらい、由梨子は無論百も承知だった。だからこそよけいに“どうして”と思わざるを得ない。
(胸もあって、スタイルもよくて……それなのに…………)
 ここまで差をつけなくてもいいではないか――真央のその場所へとふれる度に、由梨子の胸にそんな羨望とも嫉妬ともつかないものが沸々とわき起こる。これでは、月彦が夢中になってしまうのも当然だと思わされてしまう。
(ズルい……真央さんばっかり、狡い……)
 由梨子はかすかに唇を噛みながら、やんわりと指を出し入れし始める。そうやって動かしてやると、その“差”はより顕著に表れた。由梨子の指の動きに合わせてまさに変幻自在、ただそうして指を入れているだけだというのに、まるで巨人の口の中にでも放り込まれ、全身をなめ回されているかのような錯覚さえ覚えてしまう。
「やぁっ……由梨ちゃん……尻尾もぉっ……」
 あまりに媚肉の感触が心地よくて、それにばかり没頭していて知らず知らずのうちに右手が止まってしまっていた。由梨子はあわてて気を入れ直し、少しばかり湿り気を帯びてきている真央の尻尾を丹念に愛撫する。
「ああぁ……いいっ……尻尾、いいのぉ……あぁぁっ……指ぃっ……もっと、もっとシてぇ……!」
「……解りました。………………真央さんが好きなのは……この辺ですよね?」
 由梨子自身、興奮に息を荒げながら、指をにゅぐりっ、と動かして真央がもっとも喜ぶザラザラした場所へと指先を当て、そこを丹念に擦り上げる。
「あっ、あっ、あーーーーーーーッ!! あぁぁッ……やぁっ……だめぇっ、そこ……そこ弱いのぉっ……あぁぁぁッ!」
 びくっ、びくんっ!
 尻を震わせながら声を上げる真央の姿に笑みすら浮かべながら、由梨子は尻尾を擦りながら執拗にその場所ばかりを攻める。
(あぁっ……なんて、声…………スゴい……聞いてるだけで……)
 上半身は真央に脱がされてしまったが、まだスカートとショーツは身につけている。つけてはいるが、そのスカートの下がどうなってしまっているのか、由梨子は想像するだけで顔を赤らめてしまう。
(だめ、だめ……もう、我慢できない……)
 ただこうして触っているだけなんて殺生な真似には耐えられないとばかりに、由梨子はおもむろに指を引き抜くと、そのまま真央のショーツを力任せにずりおろす。そして、あらわになったその場所を両手の親指で割り開くようにして唇をつける。
「きゃっ、由梨ちゃっ……ぁあんっ!」
 媚肉を開き、舌を差し込むようにして真央の蜜をすすり上げる。
「んくっ、んんっ……ンッ……んちゅっ……」
 舌先に触れる真央の蜜は熱く、果てしなく甘く感じた。舐めれば舐めるほどに逆に喉が渇いていくかの様な、そんな危険な中毒性すらはらんでいるそれを、由梨子は夢中になって啜った。
「はァー……はァー……真央、さん……」
 どれほどそうして舐め続けただろうか。舐めるほどに理性を失わせる禁断の蜜によって、由梨子は思考力というものを完全に無くし、無意識的に自らがまとっていた最後の衣類を脱ぎ捨てた。
「由梨ちゃん……」
 そして、不安げに自分を見上げる真央へと被さり、その片足を上げさせ抱きしめるようにして、互いの秘部同士を重ね合わせる。男性器を持ち合わせない者同士が同時に快楽を得るための体位。
「んっ、ぅっ……ぁっ……」
 腰を動かすと、どちらとも無くそんな甘い声が漏れた。由梨子はさらに秘部をすりあわせるようにして動き、真央もまたそれに習う。
「あっ、あっ、あっ……」
「ンッ、ぁっ、ぁあっ、ぁっ……」
 くちゅくちゅ、にちゅにちゅ――互いの蜜が絡まり合うそんな音が部屋中に響き渡る。そして徐々に、そうしてただ摺り合わせるだけでは満足できなくなってくる。
「真央さん……」
「由梨ちゃん……」
 互いに身を起こし、寄せ合う。唇を重ね、重ねながら利き腕を相手の秘部へと伸ばす。
「んんっ……ンッ!」
 由梨子は真央の秘部を愛でながら、自らの秘部が真央の指によって愛でられるのを感じた。
「……由梨ちゃんの、いつもスゴいね。……トロットロだよ」
 キスの合間に、真央がそんなことを囁いてくる。
「真央さんだって……私の指、しゃぶってるみたいにウネウネ動いてますよ?」
 由梨子もまたお返しにそんなことを囁き、再びキス。互いに左腕だけで体を抱きしめ合いながら、右手の動きをより激しいものに変えていく。
「んんっ、ンッ……ンッ……んんっ、んっ……!!」
 体を貫く快感に噎ぶその声が、もはやどちらのものとも解らない。由梨子は自ら腰をくねらせるようにしながら、ただひたすらに真央の指の動きに没頭する。
「んんっ……ぷはっ……ぁっ、ぁっ、ぁっ……ンぁっ……真央、さっ……私、もう――」
 ぜえぜえと息を切らせながら、由梨子はかろうじてそれだけの声を絞り出した。真央もまた同様の事を言ったような気がしたが、それを理解するほどの余裕がもう由梨子には無かった。
「ぁあっ、あっ、あっ、あァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 稲妻に打たれたような快楽を得ると同時に、由梨子は声を荒げていた。腰をヒクつかせ、真央の指を締め上げながらも、自らの指が真央の中で締め上げられるのを感じていた。
「はーっ…………はーっ………………はーっ…………」
 絶頂の余韻と、気怠さを感じながら、由梨子は真央にもたれるようにして必死に呼吸を整える。真央もまた同様で、由梨子の肩に顎を乗せるようにして呼吸を整えていた。
「由梨ちゃん……」
「真央さん……」
 しばらくそうして呼吸を整えた後、どちらともなくキスをした。ちゅく、ちゅくと絶頂の余韻を楽しむような優しいキスはたっぷり十分以上続いた。
「……由梨ちゃん、見て」
 キスを終えるなり、真央がそう言って右手を由梨子の前に出した。真央の右手は由梨子があふれさせたものでテラテラと光沢を放っており、それらは指どころか手首のあたりまで広がってした。
「やだっ……真央さん……そんなの……見せないで下さい……」
 かぁっ、と由梨子は顔を真っ赤にしてぷいと視線を反らせた。絶頂の直後故か、先ほどまで頭の中を覆っていた白いモヤは幾分晴れ、そうした“当たり前の羞恥心”をもてるほどに由梨子は正気を取り戻していた。
 ――が。
「……由梨ちゃん、もう一回シよ?」
 背後からぎゅっ、と真央に抱きしめられるなり、ふわりとしたものが由梨子の鼻をくすぐった。
「ぇ……で、でも……」
「ね、お願い。もう一回だけ……ね?」
 また、頭が痺れてくる。思考に、モヤがかかる。
「…………はい、……もう一回だけ、なら……」
 それが“一回”では終わらない事など分かり切っているのに、やはり由梨子には断る事が出来なかった。


 


 真央の“もう一回だけ”は由梨子がくたくたになってろくに足腰も立たなくなるまで続いた。漸く満足したらしい真央が一足先に着替えを終え、部屋を後にしてからも、由梨子はしばらく脱力したままベッドから出る事ができなかった。
(……今……何時……)
 這う様にして枕元の時計に目をやると、既に午後九時を回っていた。
(夕飯の支度……しなきゃ……)
 ろくに力の入らない四肢を動かして辛くもベッドから這い出、壁にもたれる様にして由梨子は階下へと降りた。
「あっ……」
 そして台所に入るなり、制服を着たまま即席麺を啜っている弟の姿が目に入った。
「……ごめんね、ちょっと今日……“友達”が来てて……」
「別にいいよ」
 武士は由梨子の方を見もせずに答え、そのまま即席麺を食べ終わると残りのスープを流しに捨て、カップをゴミ箱へと放った。何となく居心地の悪いものを感じて、由梨子は夕飯の前に先にシャワーを浴びようと、台所から出ようとした。
「あのさぁ、姉貴」
 弟の言葉に、はたと由梨子の足は止まった。
「別に、姉貴の“趣味”にまで口出しする気はねーけどさ……」
「えっ……しゅ、趣味って……」
 かぁ、と。由梨子は赤面したまま絶句した。
「一応姉貴、紺崎先輩と付き合ってるんだろ? 先輩に悪いとか思わねーの?」
「なっ……そんっ…………ち、違っ……あの娘は――……」
 湯気が出そうなほどに顔に集まっていた血が、今度は瞬く間に下がり、由梨子はほとんど蒼白になった。
(真央さんとの事が……バレてる……)
 考えてみれば、バレていないと考える方がおかしかった。ほとんど毎日の様に家に上げては、夜遅くまで部屋に籠もったままなのだ。ましてや、“隣の部屋”まで聞こえてもおかしくない嬌声を上げながら絡み合っていては――。
(違う、違うの……これは、私の意志じゃない……真央さんの方が……)
 一瞬、弟に“全て”を暴露してしまいたい誘惑に駆られるも、由梨子はすんでの所で口を噤んだ。言ったところで解ってもらえるとは思えず、また自分の“罪”が消えるわけでもないからだ。
(でも、本当にどうして……断れないんだろう……)
 由梨子にはそれが不思議でたまらなかった。こうして真央と別れ、一人きりになる度に次は絶対拒もう、断固として拒絶しようと心に決めたにも関わらず、実際顔を合わせて体に触れられると、たちまち“その先”を許してしまうのは何故なのか。
(私が……真央さんの事……好きだから……?)
 確かにそれも一因ではあるとは思う。かつては、真央の事を想い自慰にふける指が止まらなくなった事もあった。他の女子に比べ、体を重ねる事に抵抗が少ないという点は間違いがない。
 しかし、それだけでこれほどまでに身を許してしまうものだろうか。
(本気で、嫌だって言えば……真央さんだって……)
 そう、本気で拒絶をすれば恐らくは真央とてその先へは踏み込んで来ないだろう――その実感はある。しかし、それをしてしまえば真央との関係に致命的な亀裂が入ってしまうのではないか。
 そうなるくらいならば、このまま我慢してたほうがいいかもしれない――そう思い、今までは唯々諾々と真央に流されてきた。しかし、ただ流されているだけでは事態は全く好転しないという事も由梨子は思い知った。
(ううん、好転しないだけじゃない……)
 事態は、紛れもなく悪化している。真央の要求は日に日に大胆になり、遠慮が無くなって来ている。体を重ねる回数も増え、このままでは遠からず限界が来る事も想像に難くなかった。
(…………真央さんは、本当は私の事、嫌いなのかもしれない……)
 あるいは、“好き”の解釈が自分とは違うのではないか。由梨子は最近ことさらに思うのだ。例えるなら、由梨子は愛玩動物として犬が好きと言っているのに対し、真央は食材として犬(の肉)が好きだと言っているような、そんな齟齬を感じるのだ。
(…………やっぱり、先輩に正直に話すしか……)
 それは卑怯な手段だと、無論由梨子は自覚している。本来ならば、真央に正直に話すのが一番だと解ってはいる。しかし由梨子にはどうしても、自分がそれを実行できるとは思えないのだ。
(先輩に軽蔑されるかもしれないけど……)
 他にこの状況を改善できそうな人物に心当たりがない以上、由梨子にはもう他に選択肢が無かった。


 しかし、折角の決心も月彦と二人きりになる機会が無くては無意味だった。
(……真央さん、今日はいつもより……)
 朝からずっと、まるで由梨子の決心を見透かしているかのようにべったりと真央に張り付かれ、とうとう放課後になるまでただの一度も由梨子は一人きりになるチャンスが無かった。
(いっそ……真央さんを連れたまま……)
 月彦に全てを暴露してしまおうかとも思った。しかし、それはより恐ろしい結果を招く気がしてどうしても踏み切る事が出来なかった。
 結局、帰りのHRが終わってクラスメイト達が帰り始める段階になっても、真央は由梨子にべったりだった。これはもう今日は無理だと由梨子は観念して、ならばせめて今日くらいは真央を家に招かなくても済む様、あえて他の女子に他愛のない話を振って教室に止め、雑談を続けた。その輪の中には真央も加わり、端から見る分には放課後の教室で仲の良い女子同士が世間話に花を咲かせているという状況ができあがっていた。
(あとは……)
 日が傾いた頃に切り出すだけだ。『あ、もうこんな時間ですね。それじゃあ真央さん、今日はもう大人しく返りましょうか』――そしてさりげなく別れる事ができれば、少なくとも今夜ばかりは弟から冷ややかな目を向けられるような事は避けられる筈だった。
 由梨子にとって誤算だったのは、“防波堤”代わりに呼び止めた女子二人が思いの外早くに帰り支度を始めた事だった。
「ぁっ……」
 今日は家庭教師が来るから、美容院に行くから――そんな理由を口々に、ごめんねと教室を後にしていく級友達を無理に止める事は出来ず、気がつくと由梨子は真央と二人きりになってしまっていた。
「…………二人きりになっちゃったね、由梨ちゃん」
 ぽつりと真央がつぶやいた瞬間、由梨子はにわかに肝が冷えた。西日を受けて体半分に濃い影を作った真央の姿が、とても邪なものに見えた。
「……ねえ、由梨ちゃん」
 まるで、最初からこの瞬間を待っていたとでもいうかのように、真央は猫のような足取りでそっと由梨子との距離を詰めてくる。
「私のこと、好き?」
 少しだけ間を空けて、由梨子はこくりと頷いた。他の答えを示すという選択肢は無かった。
(どうして――)
 ただ、放課後の教室に級友と二人きりでいるだけだというのに。なぜ、肉食獣と同じ檻に入れられているかのように恐ろしく感じてしまうのだろう。
「私も、由梨ちゃんのこと大好きっ」
 “現実”の真央は由梨子の恐れをよそに、どこまでも愛くるしく笑い、そして由梨子の手をぎゅうと握りしめてくる。“それ”が由梨子にはさらに恐ろしかった。そう、こんなに可愛いのに、愛くるしいのに“恐ろしい”と感じてしまうこと自体が由梨子には怖くて堪らなかった。
「じゃあ、由梨ちゃん。指切りしよう」
「えっ……指切り……ですか?」
 何故いきなり指切りなのか。由梨子には全く理解できなかったが、真央はそんな由梨子の困惑をよそに、己の髪の毛を一本だけつまむやぷつりと抜いてしまう。
「由梨ちゃんのも一本だけ頂戴」
 そう言うや、返事を待たずして真央は由梨子の髪の毛を一本抜いてしまう。そして互いの髪の毛同士を寄り合わせるようにして、一本の糸を作り上げる。
「由梨ちゃん、左手出して」
「えっ、でも……」
「出して」
 拒否は許されなかった。由梨子は渋々左手を出すと、髪の毛の糸を小指の第二関節の辺りに結ばれてしまった。
「私の左手にも、同じように結んで」
 由梨子は躊躇ったものの、真央には逆らいきれず、髪の毛の糸の逆側を真央の左手の小指に結んだ。
「あの、真央さん……これ、何かのおまじないですか?」
「うん、おまじない」
 真央は微笑みながら、左手の小指を由梨子の小指に絡めてくる。
「“約束”を破ったら、とっても怖いことになるおまじない」
「えっ……約束……って……」
「私は由梨ちゃんの事が大好き。由梨ちゃんも私の事が大好き。だから、この気持ちは何があってもずっと変わりません、って誓いのおまじないをするの。もちろんこれは由梨ちゃんと私だけの秘密。……父さまには絶対内緒だよ?」
「ま、待ってください! 真央さ――」
「指切りげんまん嘘ついたら――」
 由梨子の声を無視して、真央は小指をからめた手をぶんぶんと上下に振るようにして声を上げる。
「――玄満様にこの小指の先を捧げます」
 そこまで言い終わるや、真央が思いきり左手を振り、その反動でぷつりと、二人の小指をつないでいた髪の毛が切れてしまう。
「っ……!?」
 その瞬間、由梨子は見た。真央が髪の毛を切った刹那、小指に巻き付いている糸が一瞬黒く光り、余っていた部分はまるでヘビが尾を巻き取るように、しゅるりと引っ込んでしまったのを。
「ま、真央さん……一体何を……」
「何って、指切りだよ?」
 真央は己の小指の黒い環を見ながら、満足そうに微笑む。
「由梨ちゃん、これで私たちいつまでもずっと一緒だよ」
 そして、由梨子の手を握り、ぐいと己の方にき寄せるようにして身を寄せてくる。
「ま、真央……さん?」
「ねえ、由梨ちゃん。……いっつも由梨ちゃんの部屋でするのって、ちょっとマンネリだよね?」
「えっ……ま、まさか――ンッ……!」
 真央から逃げようとした刹那、キュッと黒い環が締まったような気がした。そのことに由梨子が気をとられた隙を、真央は見逃さなかった。


「ま、真央さん……ダメです……誰かに見られたら……」
「うん。……すごく、ドキドキするね」
 由梨子は机の上に腰掛ける形で、真央からのキスの雨の合間になんとか制止を懇願するが、いつも同様やはり聞き入れられない。
「んはぁっ……んんっ……!」
 真央から逃げたい――が、しかしとにかく体勢が悪かった。このような机に座っているような状態では、うかつに後方に体重をかければそのまま机もろとも転倒してしまいかねない。
「んっ……んんっ……はぁっ……私、由梨ちゃんの肌に触るの……好きぃ……すべすべしてて、ひんやりしてるから気持ちいい……」
「そ、それは……真央さんが――」
 いつも肌を火照らせているから――という言葉は、再び真央のキスによって唇ごと塞がれた。由梨子は口の中に強引に差し込まれる真央の舌に渋々自分の舌を絡ませながらも、徐々に興奮を覚えつつある自分を自覚し始めていた。
「んぁ……ねぇ、由梨ちゃん……先に下着脱いじゃう?」
「えっ……」
「“いつもみたい”になっちゃったら、帰るとき風邪引いちゃうよ?」
 言うが早いか、真央は由梨子のスカートの中へと手を伸ばしてくる。さすがにこれは、由梨子もあわてて抗った。
「だ、ダメです! 真央さん、やっぱり、こんなところで……」
「ダメだよ、由梨ちゃん。……ほら、もう下着こんなに湿っちゃってる。……本当は由梨ちゃんも興味あるんでしょ?」
「やだっ……止めっ……ぬ、脱がさないで下さいっ……!」
 由梨子は必死に抵抗をするが、ショーツのゴムが伸びきってもかまわないとばかりに強引な真央のやりくちに結局は脱がされざるを得なかった。
(……ぅぅっ……教室で……こんなっ……)
 下着を脱がされた後は、再び机の上へと座らされ、足を開かされた。ここまで来ると、もうどうにでもして、という気持ちに半ばなりかけていた。
「スゴいね、由梨ちゃん。……ちょっとキスして、体触っただけなのに、もうこんなに濡れちゃうんだ」
「っっ……やっ……真央さん、そんなに……見ないで下さい……」
 由梨子はとっさに足を閉じようとするが、それは真央の肩に阻まれてできなかった。スカートの下のもぞもぞとした感触で、目を閉じていても真央がそこへと潜り込んでいるのが解った。
「あぁっ……ンッ!!」
 敏感な場所がぐいと指で広げられ、れろりと舐められるや由梨子は思わず声を弾ませてしまった。
(やだっ……どうして……)
 こうして真央に舌で奉仕されるのは初めての事ではない。しかし今感じたそれは、過去に受けたどんな愛撫よりもすさまじい快感を由梨子に与えた。
「あぁっ、ぁんっ! やっ……ま、真央っ……さんっ……ンンンッ!!!」
 堪らず、由梨子は右手で口を覆った。指の合間から湿った息を漏らしながら、涙の滲んだ目で眼下にいる真央を見下ろす。
(あぁっ……私……本当に、教室で……真央さんと、こんなっ……)
 いつもは無数のクラスメイトでひしめき、授業を受ける場所で。淫らにも下着を脱ぎ捨て、足を開いて親友の舌を受け入れている自分に、由梨子は湯気が出そうな程に赤面した。
「あっ、あぁっ、ぁっ……ァァァ……!!」
 そして、身を焦がすほどの羞恥と同時に襲ってくる、途方もない快楽。由梨子は腰をくねらせるようにして机の端に手をつき、胸を反らせ、より真央の舌と指を奥まで受け入れるような体勢を無意識にとる。
(やっ……嘘っ…………本当に……いつもより…………)
 少なくとも、ただ自室で漫然と絡み合っている時の数倍の快感に翻弄されながら、それでも由梨子は必死に理性を保っていた。それまで無くしてしまえば、逆に真央を押し倒してしまいかねないからだ。
「だめっ、だめっ……真央、さぁんっ……も、止めっ…………こ、これ以上、されたら……私………ああァ……」
 痺れる様な快楽が全身を貫くたびに、トロトロと熱いモノが体の内側からしとどに溢れてくる。由梨子はスカート越しに真央の頭を撫でるようにしながら、半ば以上その快楽の虜になりつつあった。
(だめっ……気持ちいいの……溢れて、止まらない…………)
 敏感な場所をこれでもかと刺激してくる、真央の舌と指。それらは由梨子の弱点を知り尽くしているかのように巧みに責めてくる。
「ぁっ、やぁッ……」
 そして、唐突にそれらの愛撫が止まり、真央がついとスカートの下から身を引いた瞬間、由梨子はとっさにそんな声を出してしまった。勿論あわてて右手で口を覆ったが、もはや手遅れだった。
「……由梨ちゃん、続きは明日にしよっか」
「えっ……真央……さん?」
 眼前の真央の言葉が信じられなくて、由梨子は思わず訪ね返した。
「だって、由梨ちゃん本当に教室でするの嫌みたいだし。……私も、由梨ちゃんが本当に嫌な事はしたくないから」
「そ、そんな……」
 ムズムズとした下腹の疼きを押さえかねる様に、由梨子は机の上から降りて真央へと迫った。頭で考えての行動ではなかった。散々快感を覚え込まされた体が、ほとんど脊髄反射的に真央へと迫ったにすぎない。
「由梨ちゃん、どうかしたの?」
 てらてらと光沢を帯びた右手の人差し指と中指をぺろりと舐めながら、真央は由梨子の思惑などまるで解らないとばかりにとぼけてみせる。
「ぁっ、ぅ……ぅぅ……」
 由梨子はじれったげに太股を摺り合わせながら、そんな真央に怒りにもにた感情を覚えた。自分から無理矢理手を出しておいて――と、真央に対する抗議が喉まで出かかるも、それは決して実際に口から出る事はなかった。
「っ…………つ、続き、を……」
「続き?」
「……続きを……して、……ください……」
 はあはあと、由梨子自身驚く程に息が荒い。全身は燃えるように熱く火照り、このまま続きをしてもらえなかったらそのまま発火して本当に燃え上がってしまうのではないかとすら思えた。
「続きって……何の続き?」
「っっっ……真央、さん……!」
 由梨子はもう、ほとんど悲鳴のように声を荒げた。真央の右手を握り、自分の方へと引き寄せながら、涙混じりの目で懇願した。
「と、途中で……止めるのなんて無しです……、私……どうにかなっちゃいそうです」
「……どーしよっかなぁ」
 しかし、由梨子のそんな必死な懇願をあざ笑うかの様に、真央はなんとも残酷な微笑を浮かべる。
「じゃあ、由梨ちゃん。……おねだりして見せて」
「えっ……」
「由梨ちゃんが今、どれだけシてほしくて我慢できなくなっちゃってるか、自分でスカート持ち上げて私に見せて」
「そ、そんな事……」
 出来るわけがない――そう、少なくとも普段ならば。素面ならば。
 しかし――。
「っっ…………」
 由梨子は下唇を噛みながら、渋々真央に言われた通りにスカートの端を掴み、少しずつ持ち上げていく。
「っっ……お、お願い、します…………真央さんに弄られて、もう……こんなになっちゃってるんです……だから……」
「うわぁっ、すっごーい! ぬるぬるしたのがもう太股から膝まで広がっちゃってるよ、由梨ちゃん」
 そんな由梨子をさらに嬲る様に、真央が黄色い声を上げる。由梨子は赤面し、ただひたすら似唇をかみしめ続けた。
「じゃあ、そんなエッチな由梨ちゃんに、私もご褒美あげちゃう」
 真央がにぃ、と悪い笑みを浮かべ、鞄からなにやら奇妙な形のものを取り出した。えっ、と。たちまち由梨子は赤面しきっていた顔面を青くした。
「ま、真央さん……それは……」
「うん、前にね、母さまにもらったの“大人のおもちゃ”っていうんだって」
 ピンク色の、男性器を模したような形のそれは真央に言われるまでもなくそれにしか見えなかった。
「ま、真央さん……そんなもの、どうして学校に――」
「なんとなく。由梨ちゃんが好きかなぁ、って思って」
「す、好きなわけが……やっ……ま、真央さんっ……止めっ――」
 怯える由梨子を尻目に、真央は“おもちゃ”を濡れそぼった秘裂へと押し当てる。
「い、イヤッ……止めっ……ぁっ、ぁあッ……!!」
 由梨子は、逃げようとした。しかしまたしても一瞬左手の小指に奇妙な圧迫を覚えて、それに気をとられた隙に逃げ遅れてしまった。
「やっ、ぁっ、ぁっ……は、入ってっ……んんぅっ!!」
 舌とも、指とも違う挿入感に、由梨子はがたりと、机の角にもたれかかる。くすりと、真央が笑った気がして、由梨子ははっと視線を真央の方へと戻した。
「くす、由梨ちゃん……イヤ、イヤって言いながら、そのくせ全然本気で逃げないよね」
 どきりと、心臓が大きく跳ねた。
「そ、それは……だ、だって――」
 何か巧い言い訳を言おうとするも、全く思いつかなかった。それもある意味当然と言えた。真央の言っている事は、半ば以上真実なのだから。
「ぁっ、ぁっ、ぅっ……ぁっ……!」
 そしてそんな愚にもつかない思考も、真央が右手を動かし始めると途端にかき乱された。人間の男性器とは明らかに感触の違うその塊に敏感な粘膜が刺激され、由梨子は早くも声を漏らしてしまう。
「どう? 由梨ちゃん。気持ちいい? それとも、物足りない?」
「あっ、ぁっあっ……やっ……まお、さんっ……早く、抜いっ……あぁンッ!!」
 真央が右手に握ったものを前後させるたびに、由梨子は腰をヒクつかせ甘いあえぎを漏らす。その両手はもう、由梨子自身気づかないうちに真央の制服を引き寄せるように掴んでいた。そう、まるで飼い主に縋る子犬のように。
「そっか、由梨ちゃん物足りないんだ。……じゃあ、スイッチいれちゃうね」
 スイッチ?――そんな疑問符が頭をかすめたその刹那、由梨子の下半身は稲妻に打たれた。
「あっ、あぁぁぁぁぁぁっぁぁァァァッ!!!」
 挿入された物体が突如、不気味なうなり声とともにウネウネと動き始め、由梨子はたまらず仰け反り、声を荒げた。
 ――その刹那だった。

「こらぁっ! まだ教室に残ってるのは誰だぁ!」
 突然がらりと教室の戸が開かれ、男性教師の野太い声が教室内に響き渡った。
「――――――――ッッッ!?」
 由梨子は瞬時のうちに真央から離れ、真央もまた由梨子から離れ、二人そろって“気をつけ”のような姿勢で神妙に教室の入り口のほうへと目をやった。
「なんだ、宮本……に紺崎か。教室締め切って、一体何してたんだ?」
 見知った数学教師の不審そうな顔に、由梨子は冷や汗を滲ませながらちらりと真央の方を見た。
「何でもありません。ちょっと宮本さんに相談にのってもらってただけです」
 けろりと、なんとも白々しく真央は言う。
「相談って、何の相談だ」
「それはちょっと……女の子同士の問題ですから」
「ふむ……」
 なにやら得心がいかない様な息を漏らして、数学教師は由梨子の方へと視線を向ける。
「そうなのか? 宮本」
「っ…………はい……」
 由梨子は可能な限り平生を装いながら返事を返した。実のところ、それどころではなかった。
(ぁっ、ぁっ……だめっ……そんなに、暴れないでっ……!)
 先ほど、数学教師が扉を開けた際、あわてて真央と離れた。その際に、奇しくも真央が先に手を離した為に、やっかいなものが由梨子の下半身に残されてしまっていた。
(だめっ、だめっ……もし、落としちゃったら……!)
 ぶいぶいとうなり声を上げながら暴れ回るそれが落ちてしまわぬ様、由梨子は歯を食いしばって下半身に力を込める。それは同時に、暴れ回る“オモチャ”によってますます声を抑えかねるような状況に追い込まれる事を示していた。
「……? どうした、宮本。顔が赤いぞ、熱でもあるのか?」
「っっ……だ、大丈夫っ……ンッ……です」
 甘い声が出そうになるのを必死に堪え、腰がくねってしまいそうになるのを唇を噛んで我慢する。
(あぁっぁぁぁっ……早く、早く出ていってぇっ…………ぁぁぁっ、ぁっ……)
 幸い、数学教師は教室の入り口から顔を覗かせているだけで、教室内には入ってきていない。もし近くまでよられたら、下手をすると“音”でバレてしまうかもしれない。そういう意味では、少なからず由梨子は幸運だった。
(っっ……はぁあっ……だめっ、だめぇっ……も、堪えられなっ……落とし、ちゃうっ……)
 ぽたり、ぽたりと。挿入されたままの“オモチャ”を蜜が伝い、足下には小さな水たまりまで出来てしまっていた。教室内に一歩でも踏み込まれたらそれすらも教師に見つかってしまうかもしれない。
「……本当に大丈夫か? どれ、ちょっと熱を――」
 そんな言葉とともに、教師が教室内へと踏み入ろうとした、その刹那だった。
「うわぁっ、本当! 由梨ちゃんすごい熱!」
 真央が側に駆け寄り、由梨子の額に手を当てるなり白々しく声を上げる。
「ごめんね、由梨ちゃん。こんなに熱があるなら、相談なんてまた今度でもよかったのに。…………先生、保健室ってまだあいてますか?」
「ん、ああ……運動部とかで怪我するやつもいるからな。一応部活が終わるまでは、村上先生が詰めてる筈だが」
「そうですか、ありがとうございます。……大丈夫? 由梨ちゃん。ちょっと休んだら一緒に保健室行こっか」
 まるで育ちの良い令嬢かなにかのような声色で真央は言い、そしてまだ何か用がありますかとばかりに数学教師の方へと微笑を返した。
「むっ……と、とにかく……あまり用もないのに学校に残ってるんじゃないぞ」
 些かばつが悪そうに言い残して、数学教師はぴしりと教室の戸を閉めた。途端、糸が切れたように由梨子は体の力を抜いた――が、崩れ落ちる前に背後から真央に抱きすくめられた。
「ま、真央さんっ……あッンっ!!!」
 そして抱きすくめると同時に、今にも抜け落ちそうだったバイヴレータがぐいと、再び奥までくわえ込まされる。
「な、何をっ……んんぅぅううッ!!」
「くすっ……由梨ちゃん、さっきは危なかったね。………………でも、凄くドキドキしたでしょ?」
「んっ、ぁっぁっ……ま、真央さっ……もっ……せ、先生が戻ってきたらっ……あぁぁぁっ!!」
 かちりと、真央が棒状になっている握りの部分を操作するや、由梨子の中に埋まっているものの動きがより激しいものになる。
「あぁあっぁっ、ひぃぃいっ……ぃううっ!! やっ、やぁっ、っ……まおっ、さっ……激しッ……ぁっ、ぁっ、ぁッ!!!」
 由梨子は藻掻くように体をビクつかせるが、ほとんど背後から羽交い締めのように抱きしめられていて逃げる事など出来なかった。
「あぁあぁぁぁっ、ぁぁっぁぁっ、あぁぁぁッ! あーーーーーーッ!!! あァーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
 子宮さえ揺さぶるような激しい振動を受けて、由梨子は体を大きく跳ねさせながらわけもわからずイかされる。
「ふぁっ、んぁっ!……ぁあっ、ぁふっ……ンッ!!」
 絶頂は、一度きりでは終わらなかった。二度、三度と大きなうねりが全身を襲い、そうして由梨子が小刻みにイく度に、ビュッ、ビュッとまるで射精のように恥蜜が教室の床へと飛び散った。
「はぁぁ……由梨ちゃんのイき方……可愛い…………びゅっ、びゅって何度も潮吹いちゃう所とか、まるで男の子みたい」
 背後からぎゅううっ、と由梨子の体を抱きしめながら、真央がなんとも満足そうな吐息を漏らす。その手の支えを失い、ほどなくごとりと音を立ててピンク色のオモチャが床に転がった。
「はーっ…………はーっ………………はーっ…………」
 視界には火花が散り、頭には白い霧がかかったように思考がはっきりしない。そんな絶頂の余韻の最中において尚、由梨子は強く決意した。
「くす……由梨ちゃんのイき方ってほんと可愛くて綺麗……また、一緒にイケナイことして遊ぼうね?」
 ぺろりと、由梨子の涙の跡を舐めながら真央はそんな事を言う。
(……っ……ダメっ……このままじゃ……)
 真央の呟きに、由梨子は心底恐怖した。こうなったらもう多少強引でもかまわない。なんとか月彦に事情を話し、真央の凶行を止めてもらわなければ、遠からず自分は破滅してしまうだろう。もはや一刻の猶予も無い、明日にでも必ず月彦に会わねば、“次”は一体何をされるか解ったものではない。
 明日こそは必ず先輩に――そう決意する由梨子をまるであざ笑うかの様に、その小指につけられた黒い環が鈍く光りを放つが、無論由梨子は気がつかなかった。
 


「先輩、あの……ちょっといいですか?」
 翌日の昼休み、由梨子は何とか真央の監視をかいくぐり、月彦の教室の側まで来るや人目もはばからずに声をかけた。
「ん……? 由梨ちゃん?」
「すみません、ちょっと話したい事があるんですけど……」
 ここでは、と由梨子は視線だけで月彦に合図を送る。それだけで、月彦は全てを了解したらしかった。
「わかった、じゃあ今日は“上”で」
 月彦がうなずき、そそくさとその場を後にする。由梨子もまた多少遠回りをした後、“上”こと屋上の給水タンクの影で月彦と合流した。
「……なんだか、由梨ちゃんと二人きりになるのってすごく久しぶりな気がする」
「そうですね。…………最近、なかなか機会が無くて……」
 そう、本当に久しぶりだと由梨子は思う。最近は始終真央にまとわりつかれ、ろくに会話をする機会も無かったというのが主な理由ではある。
 が――。
「俺の方も、最近ちょっといろいろあってなかなか時間作れなくってさ……」
「そういえば先輩、校内放送でよく呼び出されてましたね。……大丈夫なんですか?」
「いや……うん、俺の方は大丈夫だよ。……そんな事より、由梨ちゃんの方の話って?」
「はい、それなんですけど――」
 ごくりと、由梨子は唾を飲み込む。覚悟はしてきたつもりだったが、しかしいざ言うとなるとやはりためらいを禁じ得ない。
(…………今更、『真央さんを止めて下さい』だなんて……)
 なんと都合の良い話だろう。そもそも始めから真央の誘いになど乗らなければ済んだ話なのだ。中途半端に体を許し、そのあげく手に負えなくなったから全てを暴露しようなどと、今更ながらに由梨子は己の汚さに嫌気が差した。
(……っ……やっぱり、先輩には……)
 言わずに、己の力で解決するべきではないのか。真央とて誠心誠意話をすれば解ってくれるのではないだろうか。
(でも……)
 由梨子はちらりと、左手の小指に視線を落とす。そう、確かに相手が“人間”であれば、誠心誠意の説得が通じる事もあるだろう。しかし真央はそうではない。少なくとも純粋なそれではないという事は、もはや疑いようのない事実だった。
 そして何より、自力で真央を説得すると言えば聞こえはいいが、その実全てを隠蔽したいだけなのではないかと、胸の内で誰かが呟くのだ。そう、月彦の前でそんなにも良い子ぶりたいのかと、お前はそういう汚い人間なのだと。
(…………っ……)
 由梨子は逡巡し、そして改めて決意を固めた。やはりこれは、月彦に相談するべき事だ。最終的に自分が月彦に侮蔑される事になろうとも、包み隠さずに言うべきなのだ。
「あの、ま――」
 しかし、意を決して口にしようとした矢先、由梨子の舌が凍り付いたように止まった。
「由梨ちゃん?」
 由梨子ははっとしたように口を閉じ、そしてちらりと己の左手を見た。
「先輩、私……」
「うん?」
「あの、私……は……」
 由梨子は言葉を続けようとするが、やはり途中で止まってしまう。きゅっ、と。小指についている黒い環が締まったような気がした。
(話せない……どうして……)
 自分の意志とは無関係に、言葉が止まってしまう。そのことに由梨子は半ばパニックに陥りかけた。
(そういえば……)
 由梨子は思い出す。この黒い環をつけられたときに真央が言っていた言葉を。
 父さまには絶対内緒、裏切りは許さない――。
「……ぁっ……っ…………」
 きゅう、と黒い環の締め付けがさらに強くなる。ぎりぎりと、まるで小指をちぎろうとしているかのように。
「由梨ちゃん、左手がどうかしたの?」
「いえ、……別に………………すみません、やっぱり何でもないです」
「あっ、ちょっと! 由梨ちゃん!」
 このまま月彦の側に居たら本当に小指が落ちてしまいそうで、由梨子はあわててその場から走り去ろうとした――その手を、月彦が掴んだ。
「とても何でもないようには見えないんだけど、一体どうしたの?」
「すみません、本当に何でもないんです。…………手、離してください」
 そうして月彦に腕を捕まれると、小指の黒い環はさらに締まった。ぎりぎりと、まるで肉に食い込む程に強く。
「……由梨ちゃん?」
 首をかしげている月彦の手を強引に振り払って、由梨子は逃げる様に屋上を後にし、校舎の中へと駆け込んだ。
 その先で――真央に会った。
「由梨ちゃん、お話終わった?」
「っっっ…………ま、真央……さん……?」
 真央は屋上へとつながる三階の階段の脇で、まるで由梨子がそうして逃げるように戻ってくるのを見透かした様に立っていた。
「どうしたの? 由梨ちゃん。お話終わったのなら、早く教室に戻ってお弁当一緒に食べよ?」
 怯えて立ち竦む由梨子の手をとり、真央は腕を引くようにして自分たちの教室へと歩み出す。
 その途中で。
「そうそう、今日、学校が終わったら由梨ちゃんちに行くから」
 最早、“行ってもいい?”ですらないその言葉に、由梨子は抗う事が出来なかった。



 一体どうすれば良いのだろう。学校が終わり、自宅に帰るなり由梨子は着替えもせずに自室で震えながら思案していた。
 最初は、文章で伝えられないかと思い、試してみた。しかし、真央との事に関する事を書こうとしたその手は無情にも由梨子の意志とは無関係に止まった。それでも無理に書こうとすれば、黒い環が痛い程に締まった。
 どうやらそういう“おまじない”らしいと、由梨子は漸くに理解した。真央との関係は秘密の事であり、故意に漏らす事は出来ない。無理に漏らそうとすれば――おそらく小指が落ちる。
「……っ……」
 震える由梨子の耳に、インターホンの音が届いたのはその時だった。無視する事など出来はしない。何故なら、黒い環はそういった“真央を裏切るような行為”それ自体をも許さないからだ。
 由梨子は重い足を引きずり、玄関のドアを開けた。
「お待たせ、由梨ちゃん」
 ドアの向こうには、私服に着替えた真央が黒のスーツケースと白いビニール袋を手に立っていた。学校が終わった後、直接部屋に来ずに一度家に帰ったのはどうやらこれを持ってくる為だったらしい。
「途中で車のアイスクリーム屋さんが居たから、アイス買ってたら遅くなっちゃった」
「アイスクリーム……ですか?」
 この冬の最中にアイスクリームなど売る方も売る方なら買う方も買う方だが、真央ほど常に体が火照っていれば冬場でも美味しくアイスが食べられるのかもしれない。
「うん、由梨ちゃんの分もあるから、お部屋で一緒に食べよ?」
 自分には、Noと言う選択肢がない事を承知している由梨子としては、うれしそうな真央に微笑を返すしかなかった。

「ね、ね、美味しいでしょ?」
「ええ……そうですね」
 自室で真央が買ってきたアイスクリーム――こぶし大のバニラアイスとチョコチップアイスがそれぞれ透明なカップに入れられたものだった――をスプーンでつつきながら、由梨子は愛想笑いを浮かべた。
 確かに、冬場のアイスというマイナス要素を鑑みれば十二分に美味しいアイスだといえた。
「……このシロップが美味しいですね」
 バニラアイスにかかっている、ほんのり茶色がかったシロップがまたなんとも言えない味なのだ。最初はメイプルシロップか何かと思ったのだが、それにしては酸味があり、その手頃な酸味がバニラの甘さを引き立て、素朴な味を何倍にもしている様だった。
「……そんなに美味しいの?」
 自分の分のチョコアイスをぺろりと食べ終わった真央が興味津々に身を乗り出してくる。真央のアイスはチョコ味の為かシロップがかかっておらず、それ故どんな味がするのか興味津々なのだろう。
「あ、よかったら真央さんも食べてみますか?」
「ううん、私はチョコの方食べちゃったから。これ以上食べたらお腹痛くなっちゃう」
「でもこれ、本当に美味しいですよ?」
 そう、最初は憂鬱な気分も相まって、あまり食が進まなかった由梨子でさえ、気がつけばスプーンを動かす手が止まらなくなってしまう程に美味しいのだ。何度口に運んでも原材料の予測がつかない味だというのに、その風味が妙にクセになって気がついた時には真央同様ぺろりとアイスクリームを平らげてしまっていた。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
 後かたづけをしながら、由梨子は“愛想”ではない純粋な笑顔を零した。零しながら、いつもこうならいいのにと思った。
(……こんな風に、普通の友達みたいな関係だったら……)
 勿論、由梨子の側に真央と肌を重ね合わせたいという欲求が無いわけではない。無いわけではないのだが、物事には限度というものがある。ほとんど毎日、執拗に体を求められてはいくら好きな相手とはいえうんざりもするというものだ。
(……そうだ、やっぱり……先輩の前に真央さんにちゃんと話をすれば……)
 真央が純粋な人間ではないとはいえ、こうして人並みにコミュニケーションがとれ、なおかつ遊びに来る時にはお土産を買って来るような気遣いの出来る相手なのだ。ひょっとしたら“誠心誠意の説得”が通じる相手かもしれないと、由梨子が淡い希望を抱いた。
 その時だった。
(……あれ?)
 初めは、気のせいかと思った。
「どうしたの? 由梨ちゃん」
「あ、いえ……なんだかちょっと暑いなぁって…………エアコン切りましょうか」
 少し温度を高く設定しすぎたのかもしれない。由梨子はリモコンを手にエアコンを切る。
 ――が。
「……んっ…………」
 それでも、体温の上昇が止まらない。由梨子は徐に制服の上着を脱ぎ、体の熱を逃がすがそれですらも暑いと感じる。リボンを取り去り、ブラウスの胸元を開けて尚暑い。全身から汗が噴き出そうな程に、体が熱を帯び始めていた。
 さすがにこれ以上脱ぐのはマズイと、由梨子は脱衣の手を止めた。しかし本音を言えば、今すぐ全ての衣類を脱ぎ捨てて氷風呂にでも飛び込みたい気分だった。既に下着はしっとりを汗を吸い始め、心なしか呼吸まで荒くなり始めていた。
(もしかして……風邪……?)
 しかしそれにしては風邪特有の気怠さや寒気は皆無。それどころか――。
(やだっ……どうして……っ……)
 とろりと、汗ではないものが溢れてくる感触に、由梨子ははっと足を閉じ、スカートの上から押さえつけるようにした。
「……ぁっ……」
 瞬間、そんな声が漏れてしまう。同時に襲ってくる、抗いたいほどの焦燥。文字通り身を焦がすほどの獣欲がムラムラとわき起こってくる。
 さすがにここにきて、由梨子も“もしや”と思った。
「ま、真央さん……ひょっとして――」
「あのね、由梨ちゃん。……私が買ったのは、アイスクリームだけなの」
 由梨子の様子を興味深そうに観察しながら、真央は笑顔のまま続けた。
「……シロップは、私がかけたの」
 スカートのポケットから、真央が茶色い小瓶を取り出す。一見、バニラエッセンスか何かに見えるそれにはラベルは何も無く、真央が蓋を開けると先ほどのシロップと同様の臭いが室内に広がった。
「そ、んな…………一体、何の……っぁぅ…………」
 何のシロップか――そんな事は、最早問題では無かった。今、己の体に起きている変化を鑑みれば、“素材”はともかく“効果”の方は一目瞭然だった。
「……ふぅん、“そんな風”になっちゃうんだ。丸薬にするより使いやすいけど、“効き目”はちょっと弱くなっちゃうのかな」
「効き目が……弱い……?」
 由梨子は耳を疑った。あんな少量のシロップを口に入れただけで、こんなにも――全身が火照り、頭の中で火花が散るような状態にされてしまっているというのに、それでもまだ弱いというのか。
「だって、由梨ちゃんまだ我慢できてるでしょ?」
 くすくすと、妖女のように真央が嗤う。そう、さながらサディスティックな美人女医が、実験用モルモットを見て微笑むような、そんな笑顔で。
「……でもね、このシロップをもっともっといっぱい飲んだら、由梨ちゃんもケダモノみたいになっちゃうんだよ?」
「ひっ……」
 由梨子は逃げようとした。しかしそれよりも早く真央にベッドに押し倒され、マウントポジションをとられた。しかもご丁寧に、由梨子の両腕を両足で挟む形で、だ。
「ほら、由梨ちゃん……いい匂いでしょ? これはね、優曇華の花の蜜の匂いなんだよ?」
 真央が小瓶の口を由梨子の顔に近づけるなり濃密な芳香が鼻を擽ってくる。ただこうして嗅いでいるだけで全身の筋肉が弛緩し、精神が安らぎ、何もかもがどうでもよくなるような――そんなとてつもなく危険な香りだった。
「由梨ちゃん、口……開けて?」
「い、イヤ……真央さん、止めて下さい……」
 真央はただ、由梨子に小瓶の口から漏れる匂いを嗅がせる以外の事は何もしていない。していないのに、由梨子の口はその意志に反して開き始めていた。そう、まるでその至上の芳香に拐かされ、由梨子の体自体がその味を求めているかのように。
 くすりと、真央が笑みを一つ零して、その口元にとろり、とろりと茶色がかった蜜を零していく。
「ぁっ……んぷぁっ…………ぁっ……」
 顔を背ける事も、口を閉じる事も許されず、由梨子に出来る事は口の中に落とし込まれるその蜜を飲み干す事だけだった。
(……やっ……やぁぁあっ……頭……ヘンに、なるぅ…………!)
 アイスと混ぜての少量接種とは違い、直でシロップを流し込まれ、その効果は加速度的に由梨子の精神を蝕み、切り崩していく。自分が自分で無くなっていく感覚に恐怖を感じていられたのも、そんなに長い間の事ではなかった。
「……くす、シロップ美味しかった? 由梨ちゃん」
 そんな由梨子の様子を観察しながら、真央は不意に蜜を落とすのを止め、小瓶をベッド脇のテーブルに置いた。置くなり由梨子に被さり、その唇の周りに散った蜜を丁寧に舐め取り、由梨子の口の中へと戻す様に唇を重ねた。
「んくっ、んちゅっ……んんっ……」
 そのまま舌と舌を擦りあわせるようなキスを始める。そう、いつものディープキスと同じであるのに――。
「んんぁっ……んっ……んぅ!!!」
 びくっ、びくと真央の下で体を痙攣させるようにしながら、由梨子は体の中でスパークするような快感に打ち震えた。あまりに激しすぎて、すぐにはそれが絶頂であったと気がつけなかったほどの快楽だった。
「うわぁ……スゴっ……由梨ちゃん、キスだけでイッちゃったんだ」
 驚く様な、あざ笑うような真央の言葉すら、もう由梨子の耳には届いていなかった。
「あぁっ……真央さん……もっと、もっと……シて下さい……もっとぉ……」
 恥も外聞もなく、理性も常識もなく、由梨子は真央にさらなる快楽をとせがむ。そんな由梨子を満足そうに見下ろして、真央は再び唇を重ねた。



 まるで全身が燃えているかの様だった。水の中のように揺れる視界の中で、由梨子はごくごく単純な思考で眼前の真央に縋るようにして愛撫を求めていた。
「はぁ……はぁっ……んぁっ……ぁあっ!」
 自らブラウスの前を開け、ブラを取り去ってしまう。つんと堅く勃起してしまっている胸の先端を早く弄って欲しくて堪らないとばかりに、由梨子は濡れた瞳で真央を見上げた。
「ねえ、由梨ちゃん。このシロップはね、こんな風にも使えるんだよ?」
 しかし、真央は由梨子の希望を知ってか知らずか無視して、再度シロップの瓶の蓋を開けるや、とろり、とろりと由梨子の胸元にシロップを零していく。そう、さながらほんのりピンクがかった牛乳プリンにシロップをかけているかのような、そんな手つきだった。
「……ぁっ……ぁっあぁんっ!」
 そうして零した蜜を、真央が丁寧に舐めとっていく。あえて中央は避けるかのような真央の舌使いに、由梨子はじれながらも真央の後ろ髪へと手を回す。
「ま、真央さぁんっ……い、意地悪……しないでください……」
 シロップのせい――なのだろう。いつになく耐え難い焦燥に由梨子は早くも涙すら浮かべてしまっていた。そんな由梨子の唇が、不意に真央に奪われる。
「んくっ……んぁっぁ……」
 そしてまた、真央が舐めとったシロップを口移しで飲まされる。ぼう、と頭の芯までとろけるような味に由梨子はますます体の力を抜き、全身を弛緩させた。
 そんな“隙”を突くように、真央の手が由梨子の胸元へと伸び、堅くしこった先端部をつまみ上げた。
「んんっ! ぁっ、ァァァァァアッ!!!」
 途端、体が大きく跳ねた。
「あぁっ、ぁっ、ぁあうっ……ぁっ、ぁっ!!」
 ただ、胸の先端をつまみ上げられ、コリコリと刺激されているだけなのに、まるで強力な電気ショックでも流されているかのように由梨子は声を上げ、全身を不自然に痙攣させる。
「……シロップ、飲むのもいいけど……こんな風に塗り込まれるのもイイでしょ? 由梨ちゃん」
「やっ、ぁっ、ぁっ……あっ、あうっ! あっ、ぁっ、あっ!!」
 筒のようにしこったその場所を中指と人差し指で挟み、親指の腹で先端で擦る様にされて由梨子はまたしても体を跳ねさせ、跳ねさせながらイく。
「すっごぉい、おっぱい弄られただけでそんなに簡単にイッちゃうんだ。…………じゃあ、こっちならもっと気持ちよくなれるよね?」
 真央の手が、スカートの下へと伸びてくる。由梨子はもう、抵抗も拒絶も何もしなかった。そんな余分な事を考える余裕すらもう残されていなかった。
(……こんなの、死んじゃう……)
 絶頂の余韻に包まれながらも、それでも尚快楽を求めて止まない体。先ほどからトップビートを刻みっぱなしの心臓。今の自分がどれほど危ない状況に追い込まれているか、由梨子には解りすぎる程に解っていた。
 それでも尚――
「ぁっ……ぁっ……」
 下着が脱がされ、スカートがまくられ、秘部が真央の眼下に晒される。真央はここでもシロップの瓶を手にとり、湯気が立つほどに火照り、濡れそぼっているその場所をさらにデコレイトするように蜜を垂らしていく。
「ぁっ、ぁっ、あっ、やっ……ああァァッ!! あっ、あァーーーーーッ!!!」
 そしてそのまま、好物にでもかぶりつくかの様に真央が顔を埋め、しゃぶりついてくる。由梨子はたちまちはしたなく声を荒げ、声を荒げながらも真央の舌と指の感触に酔いしれた。
「ふぁぁっっ、ぁぁぁっ……!」
 断続ではなく、もはや連続と言っていい頻度で襲ってくる絶頂。由梨子はじれったげに腰をくねらせ、真央の頭を両手で撫で時には爪を立てながら陶酔する。
(あぁっ……もっと、もっと……もっとぉ……!)
 何度も、何度もそうしてイかされているうちに、最初はこれ以上ないとすら思えた真央の舌と指の愛撫にすら、徐々に物足りなさを覚えてくる。
(もっと……もっと気持ちよくなりたい……そう、たとえば先輩の……)
 あのたくましい剛直で貫かれたい――そんな“妄想”を由梨子は抱いてしまう。真央に奉仕をされながらも、頭の中では月彦に抱かれている様を想像し、その快感に酔いしれる。
「あぁっ……先輩っ……もっと、もっと奥まで来て下さいっ……!」
 そう、それはあくまで“想像の中”で月彦にねだったつもりだった。だから、突然ぴたりと真央が全ての動きを止めた時、由梨子には何故そうなったのか全く理解できなかった。
「……由梨ちゃん、今……なんて言ったの?」
「ぇ……な、何って……」
 ぽう、と夢の途中で起こされた様な不思議な気分の中で、由梨子は働かぬ頭を賢明に動かして真央の言葉を理解しようとした。
「“先輩、もっとシて下さい”……って、由梨ちゃん今そう言ったよね?」
「えっ……そ、そんな事……」
 言ってない――そう否定しようとした。しかし真央の目が、由梨子にそのような軽口を許さなかった。
「由梨ちゃん、酷いよ。……私、こんなに由梨ちゃんの事が好きで、由梨ちゃんがいっぱい気持ちよくなれるようにがんばってるのに、それなのに父さまの事考えてたんだ」
「やっ……ち、違うんです……真央さん、私は、別に……」
 真央に突然愛撫をとめられたせいで、由梨子は再び全身が燃えるような焦れったさに晒されていた。
(……今、止められたら……気が狂っちゃう……!)
 早く“続き”をしてほしくて、由梨子は懇願するようにして真央にすがりついた。が、真央は無情にも由梨子を無視し、ベッドから立ち上がってしまった。
「ま、真央さんっ……」
 はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ。
 肩で息をしながら、最早スカートだけの姿で、由梨子はそれでも真央にすがりつく。最早、恥も外聞もなく、まるで重度の薬物中毒者のように、貪欲に快楽を求めるだけの成り下がってしまったかのように。
「…………これは、“お仕置き”だね、由梨ちゃん」
 由梨子に背を向けたまま、真央がどこか楽しそうな声でそんな事を呟く。
「えっ……?」
「由梨ちゃんがあんな事言ったせいで、私すっごく傷ついちゃったんだよ? だから、お仕置き」
「そ、んな……お仕置き、って……一体何をする気なんですか……?」
 “薬”に暈かされていた頭が、俄に冷静さを取り戻したのは、ひとえに恐怖故だった。真央が――否、“月彦の娘”が言い出した事だ。生半可な事ではないと容易に想像がつくではないか。
「由梨ちゃん、私ね、今日はこんなの持ってきてるの」
 そんな由梨子の不安をよそに、真央は鼻歌交じりに持参したスーツケースを開けるや、ちゃらりと透明なガラス玉の数珠のようなものを取り出し、見せた。
「っ……それ、は……」
 見覚えは――無い。無いが、その名前くらいは由梨子も聞いた事はある。そう、一見数珠のように見えるそれは、ある意味由梨子にとって最悪ともいえる道具に他ならなかった。


「これ“あなるびーず”っていうんだって。これを使ってお仕置きしてあげる」
「い、イヤッ……嫌ですっ! そんなの、使わないで下さい!」
 由梨子はだだっ子のように首を振り、拒絶の意を示すが、そんなことをしても真央の気が変わらないであろうこともうすうす気がついていた。そう、真央は“あの月彦”の娘なのだから。
「由梨ちゃん、こっちにおしりを向けて四つんばいになって」
「やっぁ……真央さん、後生ですから……それだけは……」
「ダメだよ。お仕置きなんだから……ほら、由梨ちゃん早く」
 真央が急かしてくるが、いくら快感に飢え焦れに焦れているとはいえ、こればかりは許容できる事ではなかった。由梨子はベッドの上でろくに力の入らない四肢をなんとか動かして、せめて真央から距離をとるような仕草をすることで精一杯の抵抗を示す。
 ――が。
「……由梨ちゃん、私は……べつに“無理矢理”でもいいんだよ?」
 真央が、不意に己の左手を由梨子の方へとかざす。その手がほんのりと赤く光ったその刹那、“左手の小指”から突如得体の知れない力が襲いかかった。
「ぇっ、ぁっ……やっ……どう、して……」
 まるで、首から下を何者かに乗っ取られたかの様。由梨子の体はぎこちなくではあるが、真央の言葉通りに真央に尻を向ける形で四つんばいになってしまう。ふわさっ、と。スカートがまくられるのが“風”で解った。
「や、やめっ……本当にそこ触られるの嫌なんです……お、お願いです、真央さん……他の事なら、何でもしていいですから……」
 由梨子は必死に背後を振り返りながら“命乞い”をするが、真央は聞き入れる気は全くないようだった。
「大丈夫だよ、由梨ちゃん。ちゃんとこっちにもシロップ使ってあげるから。…………由梨ちゃんただでさえお尻感じやすいから、シロップ使ったらきっと魂抜けちゃうくらい気持ちいいよ?」
「ぁっ、やっ、やめっ……あっ、ァァァァァ…………!」
 とろりとしたものが塗り込まれる感触に、由梨子は声を震わせた。そう、言葉では嫌だとどれほど抵抗をしても、真央がそうしてシロップを塗り込むように指を動かすたびに、まるでその動きに合わせるかのように由梨子は尻を振ってしまう。
(あぁっ、嫌っ……嫌ぁ……!)
 シロップの効果は覿面だった。頭ではどれほど弄られたくないと思っても、そもそもが真央にたっぷりと飲まされたせいで快感に飢えに飢えた体にされていた所なのだ。俄に回復した理性がもろくも崩れ去るのにそう時間はかからなかった。
「くすっ……由梨ちゃん、ここ弄られるのほんと好きだよね。……じゃあ、一個目、入れちゃうね」
「ぁぁっァ……や、やめっ……だめぇっ……ぁっ、ぁぁぁあン!」
 つぷり、と。球状のものが埋め込まれる感触に由梨子は甘い声を上げ、たやすく達してしまう。その様を見て、くすくすと狐が笑い声を漏らす。
「はぁっ……はぁっ……やっ、やぁっ……お尻、嫌ぁ……ンンンぅっ!」
 また、つぷりとビーズが入れられる。とろとろの蜜をたっぷりと塗り込まれたその場所をつるりとしたビーズがくぐる度に、由梨子は尻を震わせて小刻みにイき続ける。
(だめっ……だめっ…………こんなの、……クセに、なっちゃう…………!)
 弄られて嬉しい筈がない。ましてや、感じるわけがない――そう思いこみたい場所であるのに、由梨子のそんな思いをたやすく打ち砕くような途方もない快楽が断続的に与えられる。
「ンッ……はぁっ……やっ……も、挿れなっ……あァァンッ!……はぁ、はぁ……ひンッ……ぁぁっ……お、大きっ……ぅぅンンッ!」
 しかも、ビーズの大きさは一定ではなく、数個小さいものが続いたかと思えば突如大きいものになったりと、由梨子の心を予断なく攻める。
(お腹が……ゴロゴロしてる……)
 体内へと押し込められたビーズ同士がごりごりと互いを摺り合わせる音。もう、それほどまでに大量のビーズを入れられてしまったのだと、否が応にも自覚させられる。
「スゴい……由梨ちゃん、初めてなのに全部入っちゃったよ?」
 由梨子からは見えないが、アナルビーズの先は金属の輪っかになっており、それは真央の右手の中指へと引っかけられていた。
「はぁ……はぁっ……ンッ……!」
 真央がくいと指を引く。“体内”から物が飛び出ようとするその感覚に、由梨子は咄嗟に下半身に力を込め、“締め”た。それを見計らって、真央がさらに強く指を引く。
「ひぁっ、ぁぁぁンッ!」
 しっかりと閉じていた菊門を内側から無理矢理開かれ、ビーズの一つがつるりとくぐり抜けるその感触に、由梨子はまたしても甘い声を上げてしまった。
「ぁっ、やっ……あッ、あッ、あんッ……!」
 くんっ、とさらに引っ張られ、今度は立て続けに三つのビーズが引き出される。たちまち由梨子はイき、下半身を痙攣させながらびゅっ、と潮まで吹いてしまう。
「うわっ……スゴっ……由梨ちゃん、お尻弄ってるだけなのに、こっちももう欲しくて堪らないって感じになっちゃってるよ?」
「っっっ……ぅぅ……お、お願いです、から……もう、……嬲らないで、下さい……」
 由梨子は羞恥に顔を染め、哀願する。“薬”による快楽に対する飢えすらも凌駕する羞恥に涙すら滲ませていた。
「嘘。……本当はもっともっとシて欲しいって思ってるくせに」
 しかしそんな由梨子の必死の哀願すらあざ笑うかのように、冷淡な言葉が耳元に囁かれる。そしてまた、くいっ、と。ビーズが引かれた。
「っ……ぁあッ……!」
 つぷっ、と。先ほどまでのようにくぐり抜けるかと思いきや、それは由梨子の予想を裏切る動きをした。1/3ほどまで引かれたそれは、由梨子の菊門の収縮運動に負けるかのように再び体の中へと戻されてしまったのだ。
「くすくす……由梨ちゃん、解る? 次は“大きいの”だよ」
「ま、真央さっ……ぁぁっ、やっ……やぁんっ……!」
 大玉ビーズは真央の指の動きに応じて中途半端な所までは顔を覗かせるも、またしても途中で逆戻りしてしまう。
「っっくっぁ…………やぁっ…………」
 由梨子は、焦れた。体内に挿入された異物を排出してしまいたいという欲求が叶えられないのもさることながら、早くあの――大玉のビーズが菊門をくぐり抜ける時の快楽を味わいたくて、文字通り尻を振るようにして真央に懇願した。
「は、はやくぅっ……あぁんっ!」
 二度、三度と半ばまで顔を出した大玉ビーズが逆戻りし、そのたびに由梨子の焦燥は倍加した。そして再度、大玉ビーズが半ばほどまで顔を出した時、今度は“逆戻り”が真央の指の引きによって止められた。
「ふぁっ……ぁっ、ひっ……ま、真央……さん……?」
「そのまま、由梨ちゃん……そのままだよ。…………折角だから、こっちも弄ってあげる」
 そして、空いている真央の手が、シーツにシミを作るほどに蜜を溢れさせてしまっている“前”へと伸びる。
「やっ、そこっはっ……ぁっ、ぁぁああんッ!!」
 ぬぷっ――とろとろの熱い蜜をかき分けるようにして、真央の人差し指と中指が膣内へと進入し、そのままくちゅくちゅとかき混ぜてくる。
「ふぁぁっ……ぁああっあっ、やっ、らめっ……らめっ……ァァァッ……!」
 その巧みな指使いと、今にも出そうで出ない大玉ビーズによる焦れが、由梨子の精神をどこまでも追いつめていく。
「ねえ由梨ちゃん。“どっち”でイきたい?」
「ど、どっち、ってっ……ぁぁっやぁんっ……!」
 そして、“指の動き”まで、じれったいものに変えられる。由梨子は両手でベッドシーツを握りしめながら、真央の指の動きに合わせて腰をくねらせるようにして逡巡する。
 そう、答えなど初めから出てしまっているのだ。後はそれを口にするかどうかの判断だけ。
「お――」
 そして、由梨子の精神はもう、虚勢を張ることに疲れ果ててしまっていた。
「お尻、で……イかせて下さい……」
 くすりと。小さな笑い声が聞こえた。次の瞬間――。
「ぁっ、ああああァァァァァッ!!!」
 ちゅぽんっ、と。大玉ビーズが菊門をくぐり抜けると同時に、由梨子は腰を跳ねさせてイッた。
「ぇっ、あっ、やっ! 止めっ……ァァァあっッ! あァーーーーーー〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!」
 大玉ビーズ一つでは終わらなかった。ちゅぽぽぽっ――と、水っぽい音を立てながら、全てのビーズが一気に引き抜かれ、由梨子は己の脳内に火花が散るのを感じた。
「ぁっ、ぁっ……!」
 ビーズが引き抜かれて尚、津波の様な快楽は収まることはなく、由梨子は不自然に体を痙攣させながら何度も、何度もイき続けた。
「あはぁぁぁぁ………………」
 下半身が痺れて、全く力が入らなかった。心臓が、明らかに不自然なリズムで鼓動を刻んでいるのが解った。そのせいか、まるで貧血でも起こしたように視界が暗く、目眩すら覚えた。
(し、死んじゃう……私、こんなコトされ続けたら……真央さんに殺される……!)
 かつて、月彦との行為の最中にも同様のことを感じた。しかし、真央から感じる恐怖はその時以上だった。
 なぜならば、月彦は“自分の中の良識”にのっとり、あくまで純粋に由梨子を感じさせたい、ないし好意の表現方法として“ついついやりすぎてしまう”だけであるのに対し、真央のそれは明らかに違うと感じるからだ。
 そう、例えるなら――研究者が新たに作り出した毒物の致死量がどれくらいか、マウスに投与して試しているかのような――。
 大きすぎる絶頂の反動と、余韻。そして底知れぬ恐怖に身を震わせながら、由梨子はぐったりとベッドに身を横たえたまま、必死に呼吸を整え、少しでも身体の状態を正常なものに近づけるべく努力をする。――そんな由梨子の下半身に、不意に何か“暖かいもの”が触れた
「アハッ……由梨ちゃん、お漏らししちゃうくらい気持ちよかったんだ?」
「ふぁ…………? …………ぇ…………あっ、あぁっ……!!!!」
 真央に言われて初めて由梨子は、痺れたまま全く統制の効かない下半身が勝手に失禁を初めてしまった事を知った。
(やっ、止まらない……どうして……)
 己の意志とは関係なく黄色い飛沫を散らす下半身に、由梨子は耳まで赤くして、右手で秘部を押さえるようにしてなんとか堪えようとした――が、結局全てを出し終わるまで止まる事はなかった。
(そんな……私、真央さんの前で……)
 この年になって“お漏らし”をしてしまう事自体恥の極みであるのに、その様をさらに他人に見られてしまうなんて。
 しかし、今にも舌をかみ切らんばかりに恥じ入っている由梨子を尻目に、真央はそんな醜態など全く頓着していないとばかりに、ベッドの上に上がるとそっと由梨子の体を抱きしめてくる。
「ま、真央……さん?」
 もしかして、慰めてくれているのだろうか――そんな由梨子の浅はかな考えは、次の真央の言葉で消し飛んだ。
「ねえ、由梨ちゃん。お漏らししちゃうくらい気持ちいいコト……もう一回シよ?」

 

 

 

 

 


 ――そんな爛れた蜜月を、遙か彼方から見る者がいた。

「あーらら……ったくもー……人がちょーっと目を離してた隙にややこしい事になってるわねぇ……」
 真狐ははぁ、とため息を一つつき、“遠視”のピントを今度は黒い環の絡みついた小指へと合わせる。
「……ほんとーにあのバカはもぅ……娘の教育もちゃんと出来ないのかしら」
 呟いて、真狐は一度瞼を閉じる。遠視の術――別名千里眼の術とも呼ばれるそれを解除し、視界を通常のそれに戻す為だ。より遠くを見ていた時ほど、その“戻し”には時間がかかる為、真狐はしばらく目を閉じたまま己の体が夕闇に包まれるのを待った。
「………………別に人間の娘の一人や二人、狂おうが死のうが知った事じゃないけど」
 そう、他ならぬ真央自身が“そうしてやろう”と思ってやっているのであれば、別段何か手を出そうという気にはならなかっただろう。しかしそうではなく、あくまで父親の気を引く為のダシとして使い、あげくその加減下手のせいで壊されてしまうというのでは母親として少々気が引ける面が無くもない。
「…………あの子とは全く知らない仲ってワケでもないし、今回だけはちょっとだけ手助けをしてあげるわ」
 といっても、直接手を下してまで助ける気は毛頭無かった。あくまで最後はあのダメ男次第という事にしよう――そんな事を思いながら、真狐は地を蹴り大きく跳躍した。



 



「うーん……ダメだな……出てくれない」
 受話器を置きながら、どうしたものかと。月彦は途方に暮れていた。
(由梨ちゃんが何か深刻な事になってるのは間違いない筈なんだが……)
 昼休みの事の後、なんとか由梨子と再度話ができないかと行動は起こしてはいるのだが、ことごとく失敗に終わっていた。ホームルームが終わり由梨子のクラスの靴箱を確認しにいけば既に帰った後であり、仕方なく家に帰るもやはり気になって幾度と無く由梨子の携帯に電話をかけてはいるのだが、留守電にしかつながらないのだ。
「仕方ない……明日学校でなんとか由梨ちゃんを捕まえて強引にでも話を聞いてみるか」
 考えてみれば、学校から帰ってまだ荷物を部屋に置きにあがってすらいなかった。月彦は肩掛け鞄を手に、自室へとあがって上着を脱ぎ、ハンガーにかけようとした段階ではたと、ポケットの中身の件を思い出した。
「そういえば……」
 昼休みにもらった包みの一件をすっかり忘れていた。というより、今日は部室にすら顔を出していなかった。
(………………まぁ、別に毎日行かなくても……いいよな?)
 ひょっとすると雪乃はおかんむりかもしれないが、そこはそこ、今回ばかりは見逃して欲しいと月彦としては思うわけなのだ。
「……にしても、これは一体……」
 月彦は椅子へと腰掛け、勉強机の上にピンクの包みを置いてしげしげと観察した。手に持った感触としてはさほど重い物ではなかったから、爆弾の類ではないという事は容易に想像がつく。
(おみくじ……とか言ってたな、そういえば)
 昼間の一件といい、占いとかそういうものが好きな子なのかもしれない。とにもかくにも包みを開けてみれば解ると、月彦は赤いリボンを紐解いた。
「……クッキーじゃないか」
 中から現れたのは、きつね色に焼き上げられた小さなクッキー達だった。焼く前に表面に卵の黄身を塗ったのだろう、きらきらと光沢を放つその様はまるで夜空の星々を彷彿とさせる――事が無きにしもあらずだった。
 さらに包みの中には一枚のメッセージカードも入っていた。月彦はそれを取り出し、しげしげと見た。
 ――が。
「読めねぇ…………何語だコレ……」
 アルファベットのようだが、そうではない文字列。手書きである所を見ると、どうやらこれが彼女の母国語なのだろう。
「まさか……食べるな危険、とかじゃあないよな」
 単純に考えるならば、どうやら好意を抱いてくれているらしい女子が手作りのクッキーをプレゼントしてくれただけ――という事になるのだろうが、そうそう単純に考えられる程に楽観的な人生観を月彦はもはや持つ事ができなかった。ひょっとするとあの子は真央ないし真狐の変化ではないかとすら疑ってかかっていた。
(そうだ……この一見何の変哲もない手作りクッキーのように見えるものだって、何が混入されているかわかったものじゃない)
 月彦はクッキーを一つ手に取り、神妙に匂いを嗅いでみた。何とも言えない芳香が鼻を擽り、空きっ腹がきゅうと鳴ったが、無警戒に口に放り込んだりはしない。何度も何度も匂いを嗅ぎ、かつて真央に盛られた媚薬の類の薬が僅かでもにおわないかどうかを入念にチェックする。
(ふむ……とりあえずは大丈夫そうだ)
 だからといって、いきなり口に全てを放り込んだりはしない。まずは☆の角の部分だけをカリカリと囓ってみる。
(……うめぇ……由梨ちゃん並に美味しいぞ、これは……)
 どうやらこれは本当にただの手作りクッキーかもしれない――そう思って、月彦は残りの部分をひょいと口の中に放った。
 その時だった。
(んっ……? 中に何か入ってるぞ)
 不審な歯ごたえを感じて、月彦は口の中に指をつっこみ、“その正体”をつまみ出した。
「カプセル……」
 それは、医療用などに使われるカプセルと同じもののように見えた。ああ、やはり罠だったのかと、半ば諦観めいた境地から月彦はカプセルの両端をつまみ、左右に引いた。中から出てきたのは、粉末状の粉薬でもとろりとした液状の媚薬でもない、小さく折りたたまれた紙だった。
「むっ……………………そうか、そういうことだったのか」
 “おみくじ”というのはそういう事だったのかと、月彦はここにきて漸く納得がいった。これは、“おみくじクッキー”だったのだ。
(…………月島さん、疑ってゴメン)
 てっきりまた性悪狐系の悪戯かと思ってしまった卑しい自分の心が恥ずかしくなり、月彦は胸の中で謝罪した。
(……結果は何だろう?)
 こんな自分には凶でも仕方ない――などと自虐的な事を考えながら、月彦は小さく折りたたまれた紙をつまみ上げ、破らない様丁寧に広げた。
「………………好きです」
 そこには吉でも凶でもなく、先ほどの母国語らしい文字列に比べてあまりに辿々しい筆跡でそう書かれていた。
 月彦は試しに別のクッキーを囓り、中に入っていたカプセルを取り出し、“おみくじ”を開いてみた。
「……好きです」
 やはり出てくる文言は同じ。三つ目も、四つ目も同じだった。
「…………月島さん、これはおみくじじゃないよ……」
 呟き、頭を抱える――目の前の窓がぐわらっ、と開かれたのはその時だった。

 



 

「あーほら、邪魔だからどいたどいた」
「なっ、ななっ、なぁっ!?……わぶっ」
 窓から飛び出してきたその影に押されるようにして、月彦は椅子ごと後方にひっくり返された。影はそのまま月彦の顔を素足で踏みつけ、我が物顔でベッドへと腰掛けた。
「ってぇ……、てめっ、真狐! 何しに来やがった!」
「なによぉ、人が折角久しぶりに顔見せてやったっていうのに、随分な言いぐさじゃない。……………………本当はあたしに会えて嬉しいクセに」
「なっ、バッ……誰がお前の顔なんか見て喜ぶかってんだ!」
 これ見よがしにむぎぅ、と胸元を寄せられ、思わず視線が吸い寄せられそうになるのを賢明に堪えながら月彦は吠えた。
(畜生……相変わらずいい乳してやがる……)
 毎度の事ながら、そこだけは月彦としても認めざるを得ない所だった。露出の多い着物と相まって、見ているだけで鼻息まで荒くなってしまう。
「ほらほら、月彦。目が泳いでるわよ? 見たいならもっと側に寄ってじっくり見てもいいのよ?」
「う、うるせぇ! ったく、しばらく顔見せねえと思ったらいきなり現れやがって……相変わらずお前って奴は――」
「ん……? 何この匂い」
 が、そんな月彦の言葉などまるで聞こえていないとばかりに真狐はくんくんと鼻を鳴らし始める。
「美味しそうな匂い……月彦、あんた何か食い物持ってるでしょ」
「食い物……コレか?」
 月彦はクッキーの包みを手に取り、見せる――やいなや、真狐は俊敏な動きでひょいぱくといきなり盗み食いをした。
「あっ、こら!」
「ん? 何コレ……中に何か入ってるわよ」
「……おみくじクッキーだ。今日、友達の子にもらったんだ」
「へぇ、おもしろそうじゃない。……何々、……“大凶”」
「へ……? おい、ちょっと見せてみろ」
 月彦は真狐の手から“おみくじ”をひったくり、その手書き文字を確認した。
「大凶……」
 そんな馬鹿な、と。月彦はクッキーを一つつまみ上げ、囓り、中のおみくじを確認した。
「……好きです」
「私のはまた大凶だわ。…………ふぅん、おもしろい仕掛けじゃない」
 ニヤつきながら、真狐はよほど腹が減っているのかカプセルだけをどけながらひたすらクッキーを囓り続ける。月彦はそれらのカプセルを全て開けてみたが、書かれていた文字は全て“大凶”だった。
「どうなってんだこれ……」
「んー、まぁちょっとしたトリックよ。因果律の話なんてあんたにしたところで理解できないだろうからしないけど。……しばらく見ない間に面白い知り合い増やしたじゃない」
「因果律………………っておい、真狐。お前その首どうしたんだ?」
 ここに来て漸く、月彦の目は乳尻太股以外の場所を捉えた。真狐の首には、痛々しい包帯らしきものが巻かれていたのだ。
「ああ、これ? 年末にちょっとやっかいな奴とやり合った時に首が取れ掛かっちゃってさ。そのせいで今まで身動きとれなかったのよ」
「首がとれかかったって……大丈夫なのかよ」
「まあまあ、ちょっと死にかけたけど。こんなのはちょくちょくあることだから気にする必要はないわ」
「ちょくちょくあるって……」
「相手にも相応の深手負わせてやったし、今回の所は痛み分けって所ね。……そんなことより、月彦、アレは何?」
「…………これか?」
 真狐の指さした先、机の上に置きっぱなしになっていたメッセージカードを手にとり、月彦は真狐に渡した。
「へえ、珍しい。月兎文字――メラヴィア語じゃない。……なるほど、そういうことね」
「メラヴィア語……? っていうかお前それ読めるのか!?」
「“このクッキーには遅効性の致死毒が入っています”って書いてあるわ」
「んなっ!?」
「嘘嘘。本当は“私を想って下さい”よ。……メラヴィア語を使えるような女の子にそこまで言わせるなんて、アンタもほんと罪作りな男ねぇ」
「待て、勘違いするな! その子とはまだ知り合ったばかりで、俺からは何もやってない!!」
「まぁ、アンタが誰と寝て、誰を孕ませようと知った事じゃないけどサ。……仲の良い子の面倒くらいしっかり見てないと、そのうち死人が出るわよ?」
「死人……?」
 不吉な単語に、ハッと月彦は息をのんだ。
「ほら、いつだったか……一緒にボウリングやった子がいたじゃない。……あの子、このままじゃ死ぬか、正気じゃなくなっちゃうわよ」
「ちょっと待て、どういうことだそりゃ……一体なんで……」
「まさかアンタ、心当たりが全くないの?」
「心当たり……」
 月彦は慎重に思案する。最近の由梨子の動向、そしてこの女がわざわざ出張ってきた事の意味を。
(…………こいつが口を出してきた、ってことは……)
 真央関係の事に違いないと、思考がそこに行き着くのにそう時間はかからなかった。
「まさか、真央が……何かやってるのか?」
「月彦、あんた……指切りってしたことある?」
「…………ある、けど……それが何なんだ?」
「あれさー、指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、って言うじゃない。嘘ついたら針千本飲ませる、っていうのはわかりやすいけど、指切りげんまんってイマイチ意味不明だと思わない?」
「ああ、それなら知ってるぞ。げんまんっていうのは拳万のことだ。拳で一万発殴るって意味なんだぜ」
「あんたたちの間じゃあそう言われてるわね。……でも、悪いけどそれはどっかの誰かが後付で考えたこじづけよ。本当は人の名前なの」
「人の名前……?」
「ううん、“人”っていうと語弊があるわね。昔、玄満っていう陰陽道を囓った男が居て、そいつが自分が惚れ込んだ女に強制的に愛を誓わせようとして一つの呪法をあみ出したのよ」
「強制的な愛……」
「玄満を愛さなければ小指にかけられた環が絞まり続けて、最終的には小指が落ちてしまう――そういう呪いよ。しかも、玄満が呪いをかけた相手は1人だけじゃなくて何人も居たの。そこからついた異名が、“指切り玄満”」
「……な、何人も……か…………まあ無理矢理……っていうのはよくないよな、うん」
 なにやらチクチクと胸が痛むのを感じながらも、月彦はうなずいた。
「まあでも結局そいつ、自分の師匠の孫にまで手ぇ出しちゃって、怒り狂った師匠に生きながら魂抜かれて石像に封じられちゃったのよね。そして“指切り”に関するものすごくマイナーな神様ってことにされたんだけど、地味すぎてそのうち忘れられちゃったってワケ」
「しかし、その“呪いのかけ方”ってのは残ったってことか?」
「そういうことね。って言っても、所詮にわか陰陽師のあみ出したものだから、そんなに大した呪いじゃないわ。解き方さえ知ってたら、アンタでも簡単に解ける代物よ。ただし、この呪をかけられた本人には絶対に解けないっていうのが厄介といえば厄介なところね」
「………………成る程、そういうことか」
 月彦は昼間の由梨子とのやりとりを思い出していた。あのとき由梨子は助けを求めようとしていたのだ。しかしその呪とやらのせいでハッキリと助けを求める事が出来なかったのだろう。
「……玄満の呪の要は小指よ。呪をかけた者と、かけられた者の小指に髪の毛をよりあわせて作った環がかかってるから、ハサミなり何なりでそれを切っちゃえば簡単に解けるわ。……勿論、それができるのは第三者だけだけどね」
「解った。つまるところ、真央が由梨ちゃんに何か手を出してるから、なんとかしろって言いたいんだな」
「別にアンタがどうするかはあたしの知ったことじゃないわ。……ただまー、あの子とは全く知らない仲ってワケでもないし、“やりすぎ”で殺しちゃうのはちょっとだけ可愛そうかなって思っただけよ」
「お前が言えた口かよ…………まあでも、一応礼は言っとく。ありがとな」
 不本意ながらも、月彦は礼を言い、そしてふうとため息をついた。
「ったく……真央の奴……なんでそんな厄介なモンを……まぁ、誰が教えたのかはだいたい想像はつくが」
「失礼な事言うわねぇ。文句があるならあたしじゃなくてツクヨミに言いなさいよ。その手の呪法やなんかは全部義務教育で教えてるんだから」
「……妖狐の、義務教育か」
 それはさぞロクでもない事を教えているのだろう。
「あ、言っとくけどあたしはその手の教育なんか受けたことはないわよ?」
「そんなことは解ってる!……………………なぁ、真狐、前々からお前に一つ、どうしても聞きたい事があるんだが」
「何よ」
「お前………………真央にだけなんかやたら甘くないか?」
 長年の疑問を、月彦はついに口にした。白耀や他の子供の例を鑑みるに、たいていの子に対して真狐は虐待ともとれるような行為をしている癖に、こと真央に関しては一転過保護と言えるほどに世話を焼くのは何故か。
「そりゃー、甘くもなるわよ。…………あんたたち人間だって言ってるじゃない。“ダメな子ほど可愛い”って」
「………………真央はダメな子なのか?」
「うん、ダメダメ。ダメすぎて一時も目が離せないくらい」
 酷い言われ様だった。
「何か異能持ちってわけでもないし、妖術が得意ってわけでもないし、身体能力がずば抜けてるってわけでもないし……とにかく才能のカケラもないじゃない、あの子。真白とか、他の子はだいたい何かしら伸びるところがありそうだったのに、まっっっっっったく何も無いのよ、あの子は」
「…………そんなにか」
 俺に似てしまったのだろうか――と、月彦がヘコみかけた時だった。真狐がぽつりと、聞き捨てならない言葉を漏らした。
「ほんと、あたしの子供の頃にそっくりだわ、あの子」
「……なぬ!?」
「あたしもさー、天与の才能なんて何にもなくって、母さま母さま、っていっつも母親の尻尾ばっかり追いかけてたものよ。あとほら、美人なところとかもそっくり」
「………………真央は、やっぱりお前みたいになるのか?」
 それは月彦にとって死刑宣告に近い事実だった。この女が、ゆくゆく二人に増えるかと思うだけで、今すぐ首つり用の縄を編み始めたい絶望にかられた。
「それはアンタ次第でしょ。あたしみたいにしたくなきゃ、しっかり真央の手綱を握って“良い子”に育てる事ね」
 まあ、無理でしょうけど――そう言いたげに、真狐はくすくすと嗤う。
「…………ちなみに、真狐。お前の母親ってのは……どんな人だったんだ?」
「さぁ? 昔の事だから忘れちゃった」
 まるで人ごとの様に言って、ふいと真狐は窓の外へと視線を向ける。
「でも、そうね。この世の誰に命を狙われたって死ぬ気なんてしないけど、それでももしあたしが死ぬ時が来るとするなら、きっとあの子がやらかした大ポカの尻ぬぐいで死ぬ事になる――そんな気がするわ」
「死ぬって……おい、真狐……縁起でもない事を……」
「あら、なぁに? いつもみたいに“お前なんか勝手にのたれ死ね”って言わないの?」
「くっ……ば、馬鹿野郎! 一応、腐ってもお前は真央の母親なんだからな…………お前が死んだら、真央が悲しむだろ。…………だから、あんま無茶とかするなよな」
「ふぅーん、へぇー……“真央が悲しむから”ねぇ……へぇー……」
「っっっ! 何ニヤついてんだ! 用が済んだならさっさと帰りやがれ!」
「それもそうね。あたしがここに居たら、真央の目論見だって台無しだろうし、それじゃー今日の所は帰るわね」
「あっ、おいっ、こら!」
 月彦が咄嗟に制止の声を出すも、ぴょん、と真狐は跳ねるようにしてベッドから立ち上がり、そのまましゅるりと窓の外へと飛び出していってしまう。
「…………本当に帰りやがった…………ったく、相変わらずマイペースな女だな」
 ぶつくさと文句を言いながら、月彦は机の側の窓を閉める。その鍵に指をかけかけて、結局そのまま手を引いた。
「………………真央の目論見、か」
 そして、考える。ここのところ一連の真央の態度はやはりそういう事だったのだ。うすうす察してはいたが、やっぱりそういう事だったのかと、月彦は再度ため息をついた。
「俺を騙すだけならともかく、由梨ちゃんにまで手を出すとはな………………これは、お仕置きだな」


「じゃあね、由梨ちゃん。また明日遊ぼうね」
 ぐったりしたまま最早返事も返せないらしい由梨子に別れを告げ、真央は宮本邸を後にした。本音を言えばまだ少し“遊び”足りないのだが、思いの外由梨子の消耗が激しそうという事で大人しく帰る事にしたのだった。
(……由梨ちゃん、もっと体力つければいいのに)
 恐らくは、例の拒食症とやらの後遺症がまだ残っているのだろう。真央の常識に照らし合わせれば虚弱としか言いようがない程にいつもいつも由梨子のダウンは早い。
 とはいえ、あまり贅沢も言っていられないのも事実だった。何せ現状、溜まりに溜まった性欲を発散させる相手は由梨子しか居ないのだから。
(……本当は父さまに襲って欲しいけど…………)
 帰路の途中、真央は幾度となく先日の事を――月彦に誘いをかけられた時の事を思い出し、体を熱くさせた。以前の自分であれば、あのような誘いを持ちかけられた瞬間舞い上がってしまい、即座に体を開いてしまっただろう。
 しかし、今は違う。そういったいかにもヤりたくて堪らないという相手をつれなく袖にする楽しみを知ってしまった。
(ンッ……)
 思い出すだけで、ゾクリとした快感が背筋を走る。男の誘いを無碍にするというのは、なんと気持ちの良い事だろう。月彦に襲って欲しいと思っているのに、冷たくあしらった時に感じるゾクゾクが忘れられなくて、何度も何度も繰り返してしまう。
(……父さまがいけないんだよ?)
 そもそもの発端は、月彦が突然意地悪を始めたからなのだ。自分はただそれをやり返しているだけ。――無論、途中から“ゾクゾク”の虜になってしまったのも事実ではあるのだが。
(ああ、でも……父さま……そろそろ我慢できなくなる頃じゃないのかな……)
 こうして由梨子と遊び、僅かながらも性欲を発散させている自分とは違い、今の月彦にはそのような相手など居ない筈だ。由梨子と隠れて会ったりも出来ぬ用、玄満の呪もかけてある。
(我慢できなくなった父さまに、私無理矢理レイプされちゃうのかなァ……)
 それはそれで、堪らないほど甘美な妄想だった。由梨子との遊びも、それなりに楽しくはあるが、月彦のそれに比べればまさに“お遊び”だった。
(今夜も父さまが襲ってくれなかったら、次はどうしちゃおうかな?)
 もっと強力な薬を使って、正真正銘のケダモノに変えてしまおうか。それともまた学校でオモチャを使って遊ぶのも悪くないかもしれない。
 ――そう、真央自身、自覚はしていなかった。シたがっている月彦につれなくするという、悪女のような遊びに興じて楽しんでいる筈がその実、いつまでも手を出してくれない父親に対して焦れにも近いものを感じている事に。
 “それ”は真央の心の奥底に積もりに積もり、怒りともストレスともつかないものとなり、次第に心を狂わせ始めていた。本来親友であるはずの由梨子に対し、その心すら別に壊してしまってもかまわないとばかりに過激な行為を繰り返ししまうのも、それらが“はけ口”を求めての事だという事を、真央自身気がついてなかった。

「ただいまー」
 家の扉をくぐるなり、真央の演技は始まる。ちらり、と横目で月彦の靴がある事を確認しながらも、さも最早興味のカケラも残っていないかの様に振る舞う――そういう遊びが始まるのだ。
「…………………………?」
 靴を脱ぎ、二階に上がろうかと階段の一段目に足を乗せるや、真央ははたと動きを止めた。
(何だろう……?)
 得体の知れない感覚に、真央は不意に警戒心を呼び起こされた。強いて言うならば、空気が微量の電気を含んでいて、それらがぴりぴりとしたものを肌にもたらしているかのような――そんな例えようのない感覚なのだ。
「……ぅンっ……」
 ゾクリとしたものが不意に背筋を走り、屋内に入るなり露出させた尻尾をぶるりと震わせた。そう、“人の部分”よりも“獣の部分”のほうがこういった“第六感”的な感覚は鋭敏なのだった。
(ひょっとして……父さまが……)
 ついに、待ちに待った時が来たのかと、期待に胸が躍った。本当にそうなのならば胸だけでなく、全身で踊り出したいくらいだった。
(あぁ、でも、ダメ……まだ、ダメ……気のせいかもしれないから、喜んだりしたら、ダメ……)
 真央は心を落ち着ける為にも深呼吸を繰り返し、そしてそっと忍び足で二階へと上がった。
「ただいま、父さま」
 としていつも通りの、さも“私はもう貴方になんか興味はありませんよ?”とでも言いたげな声と共に月彦の部屋のドアを開ける。
「おう、真央。おかえり」
 しかし、真央の期待とは裏腹に月彦の返事はこれまたいつも通りであり、少なくとも真央が期待したようにドアをあけるなりいきなり飛びかかられ、そのまま押し倒されるというような事は無かった。
 真央は軽い失望を覚えるも、それを決して表面には出さない様意識しながら鞄を置き、制服の上着をハンガーへとかける。その間、幾度と無く横目で月彦の様子を伺ったが、肝心の月彦はといえばベッドの上に寝転がったままなにやら雑誌を読むのに夢中の様子だった。
「……………………。」
 真央の中に、形のない“何か”が溜まる。それは真央自身に決して自覚される事なく、恐らくは翌日にでも由梨子にぶつけられる事になるものだった。
「……義母さまは?」
 全く感情を含まない、機械音のような声で真央は尋ねる。
「俺が帰った時にも居なかった。ひょっとしたら今夜もまた帰りは遅いのかもしれないな」
「ふぅん……」
 確かに月彦の言うとおり、最近の葛葉は家を空ける事が多い。理由は様々だが、肝心の家事や食事の用意などには全く抜かりがない為、これといって困る事は無かった。
(…………義母さまが居ないなら、チャンスなのに)
 それこそ誰に気兼ねすることもなく襲える筈ではないか。例え自分がどれほど嫌がり、抵抗をしたとしても力ずくでどうにでも出来るはずだ。
(父さま……解らないの?)
 そのように力ずくで屈服させられ、服従させれるようなものを求めているのだと、何故察してくれないのだろうか。
「じゃあ、下で何かお菓子探してこよっと」
 独り言のように呟いて、真央は部屋を後にする。――筈だった。
「ああ、そうだ。真央、ちょっと待て」
 月彦の言葉に、真央はぴくりと足を止めた。
「何? 父さま」
 そのまま、部屋の入り口で振り返りもせずに真央は尋ね返す。
「いやなに、大したことじゃないんだが――」
「何? 用事なら早く言って」
 さも自分は一刻も早くお菓子を食べに行きたいのにとでも言いたげな、不満を露わにした態度。しかしその実、ひょっとしたらという期待に真央の心臓は僅かに高鳴っていた。
「うん、まぁ……その、なんだ。俺としてもいろいろ考えてだな……やっぱりこうするのが一番なんじゃないかと、そういう結論に達したわけであってだな」
 月彦はなにやらブツブツと言い訳がましい事を言い終わるや否や、突然真央の予想だにしなかった行動に出た。
 まず両膝を部屋の絨毯の上につき、続いて両掌、最後にごちん、と額をぶつけるようにして頭を下げる。
「…………俺が悪かった! 正直スマンかった! 許してくれ、真央!」



 その瞬間の驚愕を一体どう言葉で表現すれば良いのか、真央には全く解らなかった。
「……父さま?」
 そして思考の一瞬の空白の後に訪れた感情は“落胆”だった。
(そんな……違う……そんなの、父さまじゃない)
 そう、少なくとも真央の求める月彦ではない。時には多少道を外れたり、はたまたやきもきさせられたりはするものの最終的には牡として自分を満足させてくれるのが真央の大好きで理想的な父親であるのに。例え自分に非がある事でも“体”でなし崩し的に認めさせるその強引さも、同時に感じる溢れんばかりの想いも、その全てが好きだったのに。
 それらの強い落胆と共に、胸の内で黒い塊が今までにない速度で膨れあがり、密度を増していく。こんな矮小な格好の父親をいつまでも見ていたくなくて、真央はふいとそっぽを向いて部屋から出て行こうとした。
 その、刹那だった。
「…………ッ……!?」
 ゾクリと、尾の付け根から悪寒めいた物が迸り、真央はすぐさま振り返った。否、正確には“振り返ろうとした”。が、それよりも早く、背後から抱きすくめられた。
「えっ……と、父さま……!?」
「真央……本当に、悪かった」
 ぎゅう、と抱きしめられ、そのまま唇を奪われかけて、真央ははたと思い出した。そう、自分は今“演技”をしている最中だったという事を。咄嗟に月彦の手を振り切るようにして強引に顔を背け、キスを拒絶する。
「イヤッ、父さまとそういう事、もうしたくないの!」
 強い口調で拒絶しつつも、今までとは違った胸の高鳴りに真央は少なからず狼狽えていた。そう、過去にも何度かこのように月彦の誘いを袖にした――が、その時のゾクリとした快感とは別種のものが沸々と胸の奥で首をもたげつつあった。
「本当に……したくないのか?」
「えっ……」
 じぃと、真剣な目で見つめられて、思わず真央は言葉を失った。咄嗟に口にしようとした“演技”の言葉さえも飲み込んで、そのまなざしに真央はつい見入ってしまった。
 ドキドキと、心臓が弾む様に高鳴り始めていた。
「今までの事は、本当に俺が悪かった。真央を……蔑ろにしすぎてたと思う。だからこそ本気で謝ったんだ。……それもこれも、真央の事が一番好きで、大事だからだ」
「えっ……ぇっ…………そ、そんな、事…………急に、言われて、も……」
 至近距離から瞬き一つせず見据えられたままそんな事を言われ、真央はたちまち己の顔が上気するのを感じた。心臓は既に飛び出さんばかりに高鳴っている。
(な、何……? 父さま、何……言ってるの……?)
 月彦の言葉がすぐには理解出来ず、真央は困惑した。言葉の通りの意味だと理解するには、その内容はあまりに過激で、しかも真央の希望通りの内容でありすぎた。嘘だ、こんなの嘘に決まってる――そうやって無理矢理にでも否定しなければ、嬉しさのあまり頭がどうにかなってしまいそうだった。
「……俺の言うことが信じられないのか?」
 真央のそんな微妙な心の動きすら見透かしたかのように、月彦が問いかけてくる。真央はもうその眼差しと正対している事に堪えかね、ぷいと顔を背けてしまった。何より先ほどから思わずにやけてしまいそうなのを無理矢理奥歯を噛みしめて仏頂面を続けていることを月彦に悟られたくはなかった。
(だめ……嘘、これは、“罠”……)
 “獣”の部分がそう告げている。目の前にさも美味そうな油揚げが転がっているからと食らいついたが最後、たちまち虎ばさみに足を挟まれるに決まっているのだ。
(あぁ、でも……尻尾、が……)
 しかし、体裁上はさも無関心という形を続けていても、ただ一カ所だけ真央自身どうにもならない場所があった。ふっさりとした尻尾がそれこそ、退屈していた犬が飼い主がリードを手にした瞬間立ち上がり目を爛々とさせながら振り回すがごとく反応してしまっていた。
(だ、だめ……これじゃあ……父さまに……襲ってもらえない……)
 本来の真央の予定では、月彦を焦らしに焦らしていい加減我慢出来なくなっているところでさらに母親の様に挑発をし、忘我状態になった父親に文字通り獣の様に犯される――そういう形になる筈だったのだ。
 しかし、この“流れ”では――
「い、嫌っ……ぁ……」
 再び顎を強く捕まれ、強引に唇を奪われる。真央は形ばかりの抵抗をするが、しかしあくまで“形だけ”だった。
(あぁ……父さまの、キスの、味ぃ……)
 久しぶりに味わう父親の唾液の味は甘美であり、その言葉の通り甘くさえ真央には感じられた。ちゅく、ちゅくと唾液を送り込まれながら五分ほどキスを続けた後にはもう、“本来の予定”の事などどうでもよくなってしまっていた。
 包容が俄に緩み、くるりと、今度は正面を向き合う形で抱きしめられる。そのまま月彦の指先がぞぞぞと背骨をなぞるようにして下がり、スカートを捲しあげるようにして先ほどから落ち着きなく振られている尻尾の付け根をキュッと捉えた。
「ぁんっ……!」
 思わずキスを中断して甘い声を上げてしまう。月彦の手が、こしゅ、こしゅと優しく尻尾の付け根を擦り上げてきて、真央はその都度甘い声を漏らしながら腰をくねらせ、まるで足踏みでもするように太股を摺り合わせる。
(だ、め……もう、我慢……出来ない……)
 そうして立ったまま散々に体をまさぐられ、いい加減心も体もトロトロにされたところでひょいと抱え上げられ、ベッドへと運ばれた。優しく体を横たえられ月彦の影が被さってきた時には胸の高鳴りはかつて無いほどに最高潮に達してしまっていた。
 あるいはここで再度月彦の体を突き飛ばしでもして、キッパリと拒絶するという選択肢もあるにはあった。しかしそれは本当の意味で月彦との絆が壊れてしまいそうで、そして何よりも“本気”で口説かれて尚その要求をはね除けられる程、真央は我慢強くもなかった。
「………………真央、本当に嫌だったら、逃げてもいいぞ」
 そう呟いてから、ゆっくりと月彦の影が被さってくる。真央はそれまでの“演技”が後を引き、未だ素直にはなりきれず俄に足を開くような仕草をした後は、ただただベッドシーツを握りしめるようにして体をこわばらせた。
(嫌じゃない……本当は、嫌なんかじゃない……)
 こうして優しく抱かれるのも、そしてモノかなにかのように手ひどく扱われ、犯されるのも。そして気分的には後者であったという、ただそれだけの事だった。
 しかし、それもいざ抱かれるという段になってしまってはどうでもよくなりつつあった。
「ぁっ……ンッ……」
 制服の上から、やんわりと胸を触られる。いつもの容赦のない、ゴム鞠でも捏ねているような手つきではない。腫れ物にでも触れるようなその手の動きに、真央は漸くに己が今までやってきたことの意味を悟った。
(父さま……もしかして……)
 “演技”等ではなく、本気で嫌われていると、そう思っていたのだろうか。あるいは十中八九“いつもの演技”であると看破しつつも、残りの一割でひょっとしたら……と。
 そうとでも考えなければ、この控えめな愛撫の理由がわからない。その手つきは真央のよく知っている月彦の愛撫とはあまりにかけ離れていて、その優しい手つきが逆に痛々しさすら感じてしまう程だった。
「……と、父……さま?」
「うん?」
「……もう、ちょっと……強く、しても……いい……よ?」
「……わかった」
 月彦に引きずられて、真央の方までもが腫れ物に触れるかのような物言いをしてしまう。さながら、“初めて”の時のような――否、それ以上にもどかしいこのやりとりが、不思議と真央は嫌いではなかった。
(あぁ……父さまぁ……)
 月彦の手つき、その力の加減具合から、自分がどれほど大事に扱われているかが痛い程に伝わってくる。同時に沸き起こる、深い後悔、罪悪感。
(父さまが……こんなに想ってくれてるのに……)
 自分はなんと我が儘であったことか。ただただ物事を自分の思い通りに行かせたいが為に月彦を欺き、挙げ句由梨子にまで迷惑をかけてしまった。
(ごめんなさい、父さま…………私、悪い子になっちゃってた……)
 優しく制服の上着を脱がされ、ブラを取り去られながら、真央は己の胸の奥に蟠っていた黒い岩のような塊が徐々に消え去っていくのを感じた。
「あぁっ、ぁっ……!」
 ブラが取り去られ、白い塊がやんわりと揉まれる。記憶の中にある月彦の手つきとはあまりに違うが、それ故に逆に新鮮であり、真央は徐々に声を抑える事が出来なくなる。
「んぁっ……とう、さまぁ……」
 胸をやんわりと捏ねられ、そんな優しすぎる愛撫にすら真央は身をよじり息を弾ませながら、しっとりと濡れた目で月彦を見上げる。
「今まで……ゴメンなさい……」
「……真央?」
「私……私、ね……本当はずっと、父さまの事大好きで――」
 そこまで口にしたところで、真央の唇は月彦の人差し指によって止められた。
「……解ってる。……いや、“解ってた”けど……それでも、やっぱり不安だった」
 照れくさそうに言って、まるで恥ずかしさを誤魔化すかのようにキスをされた。勿論嫌な筈がなく、真央は自ら上体を起こすようにしてキスに応じ、月彦の背に、後ろ髪に手を回すようにして濃密に舌を絡め合った。
「んぁっ、んっ……んんっ……!」
 月彦の手もまた、真央の後ろ髪へとかかり、撫でる様に優しく上下する。
(あぁっ……父さま、父さまぁっ…………!)
 持ち上げていた上体が、月彦に押されるようにして徐々にその背がベッドへと埋まる。同時に、胸元をギュウッ、と。懐かしさすら感じる程に強く揉まれ、真央は堪らず声を上げていた。
「あァッ……あッ!」
 ぶるりと体が震え、全身がほんのりピンク色に上気する。軽くとはいえ、父親に与えられた久しぶりの絶頂に、全身が心地よい脱力感に包まれる。
(あぁ……父さま、大好きぃ……)
 脱力しきった体から下着を脱がされていく感触に、真央はウットリと目を細める。少しばかり物事が巧く行きすぎではないか?――そう警鐘を鳴らす“獣”の部分をねじ伏せて、真央はただただ盲目的に月彦に縋った。



「ぁっ、ぁっ、あっ……あぁっ……!」
 敏感な粘膜を押し広げるようにして侵入してくる肉の塊の感触に、真央は堪らず声を上げた。
「あぁっ、あっ……やっ……大きっ……ぁあッ!!!」
 慣れ親しんだ感触の筈なのに、抱いてもらえなかった時間の長さがそう感じさせるのか。真央はベッドシーツに爪を立て背を反らしながら、久方ぶりの挿入に歓喜の声を上げた。
「……あぁっ……やっぱり、真央が一番だな。………この“俺専用”って感じが……たまんねぇ」
 被さり、そんな事を囁かれて真央は嬉しさのあまり目眩がした。
「あぁっ……父さまァ……嬉しい……!」
 しがみつくように月彦の背へ手を回しながら、まさにその言葉の通りだと真央は思った。月彦に処女を奪われ、体のどの場所も月彦の手や唇が触れた事のない場所など無い。
(私が父さまのこと……一番知ってるんだよ?)
 どうされると弱くて、どうされれば一番感じるのかも、真央は他の誰よりも(この場合ライバルは由梨子や真狐であるが)熟知している自負があった。そしてその逆――月彦もまた、自分以上に娘の体について熟知していると信じてもいた。
(父さま、お願い……真央だけを見て、母さまや由梨ちゃんとなんかエッチしないで……!)
 そう、口に出せたらどんなに良かったか。しかしそれを言う資格は――特に今日の自分には無い事を真央は痛感していた。女同士とはいえ、由梨子に体を許してしまったのは事実なのだから。
 父親を独占したい――しかし、独占しようとすればするほど、実際には逆に月彦が遠ざかっていくような錯覚を真央は覚え始めていた。否、それは恐らく錯覚ではなく事実なのではないか。
 だとすれば、いっそ――
「ぅんっ……!」
 不意に下腹部から突き上げてきた感触に、真央の思考は中断させられた。
「真央、動くぞ」
 やや遅れて囁かれた言葉の通りに、ずんっ、ずんと剛直が真央の中を小突き始める。真央はその都度声を漏らしながら、ぎゅうと両手と両足を月彦の体にからみつける。
「んぁっ、んんっ……ンンンッ!!」
 そして、唇を奪われ、舌を絡め合いながらさらに突き上げられる。ゾゾゾ、と尾の付け根から身震いするような快楽が走り、真央はたちまち軽くイかされてしまった。
「真央、早いぞ」
「だ、だってぇっ……キス、したまま……んんっンッ!!」
 抗弁する間もなく、再び唇を塞がれ、突かれる。ゾクッ、ゾクゥッ!――そんな何とも抗いがたい快感が次から次に襲ってきて、ほんの五回ほど突かれただけで真央は再び達してしまった。
「ンッんんっンンン〜〜〜〜〜〜っっっっ!!」
 今度は、早いとも何とも言われなかった。ただ、唇をキスで塞がれたまま、ヒクヒクと痙攣する膣肉をこじ開けるように突き上げられ、二度、三度と続けざまにイかされた。
「っ……くっ……こ、こらっ……真央、少しは……我慢しろ」
 さすがに堪えかねた様に月彦が唇を離し、余裕なさげに文句を言った。
「はぁっ……はぁっ……だ、って……とう、さま……私が、弱いところ、ばかり……」
「何を言ってるんだ。真央が弱いのは……“ココ”だろ?」
 苦笑混じりに月彦は真央の抱擁をふりほどいて体を起こし、まるで角度を調節するように真央の腰を掴み、少しばかり持ち上げるようにしてぐいっ、と腰を突き出してくる。
 途端――
「ンァァッ!!!」
 真央は弾かれた様に声を出し、腰を跳ねさせた。
「やっ、とう、さまぁ……そこ、そこはぁっ……ら、らめぇぇぇっ……あァッ、あっ、あっ、あっ……ぁあっ、ぁっ、あっぁっ!!!」
 そのまま何度も、何度もしつこく弱い場所を擦り上げられ、真央は堪らず大声を上げた。
「まだだ、真央。まだ我慢しろ」
 今すぐにでもイきそうだった体が、月彦の一声によって強烈にブレーキをかけられる。たちまち、真央はがくがくと不自然に体を揺らしながら“イけなく”されたのを感じた。
(あぁ……私の体、ちゃんと覚えてる……父さまの言うとおりにしなきゃいけないってコト……)
 絶頂前のなんとももどかしい、狂おしいほどの焦燥感に身を焦がしながらも、真央はそのことを嬉しく思う。それこそ、自分は父親の所有物であるという証なのだから。
「はぁっ……はぁっ……とう、さまぁっ……んぁっ! あっ、あぁっ、あうっぅッ……ンッぁうぅッ!」
 剛直の先端が“弱い場所”を擦り上げるたびに、体がびくんと勝手に跳ねる。両足は勝手にブリッジをするように立ち、まるで自らその場所を擦りつけようとするかのように腰が動いてしまう。そんな真央の動きを見て、くすりと、月彦が微笑ましく笑う。
(あぁっ……違うの、父さまァ……勝手に……気持ちよくて勝手に動いちゃうの……)
 自分の意志ではない――そう抗弁したところで、どれほど意味があるのだろうか。結合部そのものは脱がされなかったスカートによって隠されてはいるが、その下でどれほど溢れさせてしまっているかは、ぐちゃぬちょとひっきりなしに響いている水音と、何より溢れさせてしまっている本人がいやというほどに自覚していた。
(あぁっ……私……由梨ちゃんみたい……)
 由梨子としてもこのような場所で引き合いに出されるのは不本意だろうが、真央と由梨子の決定的に違う点は、そこで自らスカートを捲しあげ、己がどれほど溢れさせてしまっているかを月彦に見せた事だった。
(父さま、見て……?)
 そう、まるで……自分がどれほど感じて、どれほど溢れさせてしまっているかを見せる事で、その胸の内に渦巻く切ない想いまで伝えようとするかのように。
 月彦はただ、優しい笑みを零し、そして一端腰の動きを止めると再び被さって真央の唇に触れ合うだけのキスをした。
「……真央、もっと“良く”してやる」
 そして唇の離れ際にそう言い放つと、真央の片足を担ぐようにしてその体を上下反転させ、たちまちうつぶせ膝立ちの状態へと入れ替えた。
「えっ……父さま……?」
 そこからはまさに電光石火。何かが視界を覆い、それが制服のリボンで目隠しをされたと気づいた時にはもう、両腕が月彦の制服のネクタイによって後ろ手に拘束されていた。
「ぁっ……や、やだっ……父さま……あぁぁあンッ!!」
 そしてズンッ、と。乱暴に背後から貫かれる。そう、まるで――“真央はこうされると興奮するんだろ?”とでも言わんばかりに。相手の体の事などまるで気遣わない、何も知らない者にはまさしくレイプにしか見えないような――。
「い、やぁっ……ひんっ……あんっ……! こん、な……こんな、の……ぁぁぁっ……あぁぁッ!!」
 イヤ、ダメ、止めて――そんな言葉を喘ぎ声の合間合間に漏らしながらも、その実。真央はゾクゾクするほどの快楽に打ち震えていた。
(あぁぁッ……父さまァァッ……ずっと、ずっとこうして欲しかったの……父さまに、無理矢理……あぁぁッ!!)
 目隠しをされ、視界も利かず、両腕を拘束されて抵抗も出来ない。そんな状態で――それもこの世でただ1人認めた牡に欲望のままに犯される。
 そして――
「真央……そんなに“嬉しそう”に嫌がるな。…………俺の方まで興奮してくるだろ」
 暗闇の中で、どこか矛盾した月彦の言葉が聞こえてくる。そして不意に両胸が捕まれ、もっぎゅもぎゅと乱暴にこね回される。ぁぁぁっ!――そんな声にならない声を上げて、真央はさらに“ゾクゾク”が増すのを感じた。同時に、膣内へ深々と突き刺さっている剛直がムクムクと膨れあがるような感触。それは興奮の為か、あるいは――。
「……限界、だ。真央……中出しされて、イけ」
 ゾクッ
 ゾクゾクゾクッ……!
 月彦のその一言だけで達しそうになった所に、びゅぐんっ、と。追い打ちの様に灼熱の奔流の感触が襲ってきて、真央は咄嗟にベッドシーツを握りしめた。
「あっ……」
 声が、出る。びゅぐ、びゅぐと注ぎ込まれる熱い牡液に、爪の先まで快楽が迸る。
「あはぁぁぁッ……ふぁぁぁぁっ、ぁっ、あっ……あァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 びゅぐっ、びゅぐっ!
 びゅっ、びゅるっ……びゅっ……。
 ごぷっ、と。収まり切らなくなった白濁が結合部から溢れ出すのを感じながら、真央はこれ以上ない絶頂の余韻に酔いしれた。
「あっ、あっ……ぁっ……!」
 腰が、ヒク、ヒクと勝手に跳ねるのは、未だに射精が続いているせいだ。つまり、それほどに――月彦も感じてくれたという事だろうか。
(嬉しい……もっと、もっと頂戴……父さまァ)
 切にそう願い、真央はじれったげに腰を動かす。そしてこの段階に来ると、両腕を拘束されていることがなんとももどかしく感じられた。今すぐ振り返って月彦に抱きつき、キスをねだりたいのにそれが出来ないからだ。
「……真央、まだ終わりじゃないぞ?」
 目隠しだけを取り去り、その頬にキス。突然開けた視界に真央が驚く間も無く――。
「えっ……ふぁっ……あぁぁぁんっ!」
 にゅぐりっ、と。勃起しっぱなしの剛直で膣奥をえぐる様に動かれ、真央は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「んぁっ、あんっ! あぁぁっ……ふぁぁっ……はーっ…………はーっ………………」
 しかし強引だったのは最初だけで、その後はなんとも緩やかな、文字通り絶頂後の余韻を堪能するかのような動きに、真央はゆっくり呼吸を整えながらそれを――“マーキング”を受け入れる。
(あぁ……“コレ”好きぃ……父さまの臭いつけられて……父さまのモノにされてる……)
 にゅぐり、にゅぐりと粘膜に白濁を塗りつけるような動きを繰り返され、ますます体が熱くなってくる。今し方たっぷりと絶頂を味わい、満足しすぎるほどに満足したばかりだというのに、もう次の射精が待ち遠しくて堪らなくなる。
「あぁんっ……はぁっ……はぁっ……ね、父さま……?」
 真央はマーキングを受け入れながらも、艶美な声でそれとなく“おねだり”をする。
「次は……“アレ”、シて?」
 月彦は苦笑を漏らし、そしてうなずく。それだけで通じる程に、このふしだらな父娘はエロい事に関しては以心伝心なのだった。



 


「ぁっ、ぁっ、あんっ……あぁんっ、あんっ!」
 年齢の上ではまだ幼女――とは信じがたいような雅な声を上げながら、真央はなんとも艶めかしく腰をくねらせる。そうされる事で月彦の方もまた雑巾絞りの様に強烈に絞まってくる肉襞の感触から歯を食いしばり脂汗を滲ませて堪えねばならんのだが、それは嬉しい悲鳴というものだった。
「あぁんっ、父さまぁっ……父さまァっ!」
 切なげに声を上げながら、真央は時折甘える様に身をすり寄せ、キスをねだってくる。月彦はそれらに全て応じながらも、真央の尻を掴んでは上下に揺さぶってやる。
「あっ、あっ、あァッ!!」
 とん、とんと先端に膣奥が当たる感触と共に、真央が一層高い声で鳴く。月彦はさらに尾の付け根へと手を伸ばし、こしゅこしゅと擦り上げてやることでたちまちのうちに愛娘を絶頂の高みへと追い立てる。
「あっ、あっァッ……あぁぁァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!」
 己の腕の中で声を上げてイく真央をさらに強く抱きしめ、唇を奪いながら痙攣するように蠢く膣内を剛直で蹂躙する。
「んんっ、んんっ、ンンンンーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 さすがに堪りかねた様に真央が喉奥で噎び、脇の下から背中越しに肩へと回した手が爪を立ててくる――が、勿論月彦は途中で止めたりはしない。そうして断続的に真央をイかせ続けながら、己もまた高みへと上り詰め、そして溜まりに溜まった肉欲の塊を幼い子狐の膣内へと注ぎ込む。
「んはぁぁッ!! ぁあっ、あんっ……あんっ…………はーっ…………はーっ…………やぁっ……と、さま……そん、な……真央の中……もぅ……パンクしちゃう……」
 嬉しげな悲鳴を漏らししつも、ゾクゾクするような快楽に身震いしているのが嫌と言うほどに伝わってくる。
(全く……どこまでも――)
 つい、苦笑を漏らしそうになってしまう。と、同時に月彦は悟った。やはり、“これ”で良かったのだと。
 真狐から事の真相を聞かされ、一時は真央に仕置きをせねばと思い至った。――が、同時に何か腑に落ちない、違和感のようなものも感じたのだ。
 真狐の言ったことが正しければ、確かに、仕置きは真央の望む所だろう。そうすることで、真央との関係が以前と同じところまで修復されるのは恐らく間違いない。が、それで本当に良いのかどうかはまた別問題ではないのかと。
(俺は……多分間違っていた)
 悪さをしたから、仕置きをする。それだけではダメなのではないか――少なくとも、そこから先の事を考える段階に来ているのではないかと。ならば一体全体どうするのが正しいのか――無い知恵を必死に振り絞って、そして導き出した結論は「悪い事をしてしまったと思ったら、素直にきちんと謝る」という事を自らが先に体現するという、ごくごく当たり前の事だった。
(そう、当たり前の事だが……)
 振り返って見れば、その当たり前の事すらも自分は真央の前では出来ていなかった様に思える。何かと下半身任せに解決をしてきただけで、根本的なところで真央の見本となるべき事は何もできていなかったのではないか。
 尤も、その理論でいくならばまだ真央にバレていない浮気その他の件についても素直に吐露すべしという事になるのだが、そこはそこ。いくらなんでもさすがにまだ時期尚早なのではないかという事で“その件についてはとりあえず保留”ということで月彦の中では決着がついていた。
(………………まったく、危うく引っかけられる所だった)
 考えてもみれば、そもそもあの女が善意でのアドバイスなどしてくるわけがないのだ。今回の事も、さも自分や真央の事を考えての助言と見せかけてその実、道を誤らせ真央をますます“悪い子”にし向ける巧妙な罠だったのだ。
(………生憎だったな、その手にはのらん!)
 あの女がそうし向けたいのならば、その逆をとことん行くまでだ。仕置きではなく、純粋に愛情を込めた行為で、自分がどれだけ真央の事が好きで、大事に思っているか。それを伝えるべきなのだ。言うなれば、これは人としての自分の血と、獣としての真狐の血との戦争なのだとすら、月彦は思った。
(ちゃんと伝われば、何も言わなくても真央は良い子に……なる筈……)
 その伝える為の手段がそもそも根本的に間違っているとは、月彦は思わなかった。むしろこれが唯一無二の手段であるとさえ思っていた。
「ほら、真央……?」
 これくらいじゃまだまだ物足りないだろ?――真央の顎をくいと持ち上げ、キス。残りの言葉は目だけで伝え、月彦は背後へと体を倒した。それはある意味ではセオリーを無視した行為だった。普通ならば、ケダモノスタイルを経てのあまらぶエッチへと移行した後はだいたいそのまま最後まで二人抱き合うようにして快楽を貪り合うのだが、月彦はあえてそれを破った。
「とう、さまァ……」
 真央はうっとりと目を細め、尤も好きな体位から離れてしまった事に少しだけ不満そうな顔をしたが、それも一瞬の事だった。すぐさま焦れに負けるように腰をくねらせ始め、それがいちいちツボを心得ていて、月彦はすぐに余裕の笑みを崩すはめになった。
(ったく……末恐ろしいっ、つーか……なんつーか…………くっぅ……)
 何度も何度もイかせた愛娘の膣内はトロトロのぬちょぬちょで、それでいて時折不意打ちのように締め上げてくるから堪らない。否、それだけならばまだ堪えようもあるのだが、締めたままウネウネと蠢き、しゃぶりつくかのように絡みついてくるのに加え、さらに腰の上下運動、回転運動まで加わった日には忽ち射精してしまいそうになるのを堪えるために歯を食いしばり、ベッドシーツを握りしめもするというものだった。
「父さま……父さま……父さまっ……」
 真央は己がどれほどに父親の体を追いつめているのかを知ってか知らずか、愛しげにその単語を連呼しながら小刻みに腰を使い続ける。月彦も負けじと手を伸ばし、母親に似てふしだら極まりないその胸元をむぎゅむぎゅとこね回す――が、これは逆に自分を追いつめる結果になった。
「あぁぁあんっ! やぁっ……おっぱい……ぎゅうってされたらァ……あぁんっ!」
 キュキュキュキュキュゥゥッ!!!――真央の嬉しげな声と共に、さらにナカが絞まる。くはぁ、と苦痛めいた声を漏らし、指を引きつらせたまま手を離そうとした矢先、今度は真央が自らその手首を掴み、己の胸元へと押しつけてくる。
「やぁっ……止めないで、父さまぁ……もっと、むぎゅ、むぎゅってシてぇ……!」
「……くっ……」
 せがまれては最早引く道は無い。月彦はあらん限りの握力で真央の両胸をむっぎゅむぎゅとこね回し、同時にベッドのスプリングを利用して下から乱暴に突き上げた。
「ぁッ……やっ、とう、さまっ……あっ、ぁっ、ぁっ、あぁッあァァーーーーーーーッ!!!!」
 予期せぬ不意打ちに、真央は体を弓なりに反らせて忽ち達する――同時に、月彦もまたその体内へと子種を打ちはなっていた。
「あぁッ、ぁっ、ぁっ……ひはっぁ…………ふぁっ…………」
 びゅっ、びゅるっ――断続的に打ち出される子種を満足げに受け止めながら、真央がゆっくりと上半身をかぶせてくる。
「んちゅっ、んっ……ぁむっ……んんぅ……」
 勿論、真央の狙いなど月彦は百も承知であり、キスに応じながら例のマーキングも――尤も、こちらは上になっている真央が自ら腰をくねらせ、塗りつけるように動かしてくるから月彦は何もする必要は無かったが――を行う。
「んちゅっ……んんっ、ンンンッ……んっ、ぁんっ……んんっ!」
 いつになく長いキスと、マーキング。自らの乳を擦りつけるようにして至福の時を満喫する愛娘の髪を、月彦は愛しげに撫でつける。
 呼吸を整えながら、互いの体を触ったり、キスを繰り返したりというような事を三十分ほども続けた後、不意に真央が口を開いた。
「父さま……あの、ね……」
「うん?」
 濡れたままの瞳を左右に揺らしながら、真央が口ごもる。何が言いたい事があるのだが、叱られるのが怖くて言いづらい――そんな目だった。
「大丈夫だ。怒らないから言ってみろ」
「う、うん…………あの、その……ね……私、ずっと父さまにエッチしてもらえなくて……それで……代わりに、由梨ちゃんと……」
 ぽつり、ぽつりとばつが悪そうに真央が語ったその内容は既に真狐から聞き知った話そのものだった。が、月彦はあえて口を挟まず、真央の話を聞いた。由梨子と自分が接触するのを禁じるために、玄満の呪を使った事まで、包み隠さず全てを打ち明け終わるまで、月彦は一言一句挟まずに真央の話を聞き続けた。
「……ごめんなさい、父さま」
 そして最後まで語り終えるや、消え入りそうな声でそう呟いた。月彦は無言で真央の髪を幾度か撫で、そして最後に背中をぽむと軽く叩いた。
「真央がちゃんと正直に話したから、俺は怒らない。…………それに、俺もちょっと考えが浅かったな。俺なりによかれと思ってやった事だったが、結果的にただ真央に我慢させただけになっちまったし……すまなかった、真央」
 だけど――と、月彦は言葉を続ける。
「由梨ちゃんにはちゃんと謝らないとな。簡単に許してくれるかは解らないけど、それでも許してもらえるまできちんと謝るんだ」
 うん、と真央は小さく頷き、そして甘える様に鼻先を月彦の胸板に擦りつけてくる。
「大丈夫だ、俺も一緒に謝ってやるから……由梨ちゃんならきっと許してくれる」
 神妙な顔をしてはいるもののその実、真央が自分から告白してくれたことに“確かな手応え”を感じて、月彦は内心嬉しくて仕方なかった。
(……これは、“今夜”はちょっとサービスしてやるか)
 勿論月彦としても――そして恐らく真央も――本日の営みがたったこれだけで終わるとは思っていなかった。こんなのは夕食前の軽い一服であり、本番は風呂から上がり一緒にベッドに入った後であるというのが最早二人の間の常識だった。
(それはそれとして――)
 月彦には真央の話の中で一つだけ、どうしても今すぐ確認しておきたい事柄があった。
「……ところで真央。さっきの話で一つだけ気になったところがあるんだが」
 ぴくりと、狐耳を揺らすようにして顔を上げた真央に、月彦はこれ以上ない真剣な顔で言葉を続けた。
「……その“アナルビーズ”ってやつを由梨ちゃんに使った時の事を、もっと詳しく克明に教えてくれ」


 ぴんぽーん、とインターホンが鳴った瞬間、由梨子は的中して欲しくなかった己の予想が当たった事を悟った。
 体調が悪い――と、自分でも嘘か本当か解らない理由で今日学校を休んだのは、勿論親友である真央にあわせる顔が無かったからだ。普通の女子に比べて些か“恥ずかしい体験”に耐性のある由梨子としても、さすがに昨日の“親友の目の前で失禁”はショックが大きすぎたのだった。
 しかしそれで学校を休んでも、恐らくは見舞いと称して真央がやってくるであろう事も同時に予想はしていた。そして、そうされた場合、自分はなすすべ無く親友に陵辱をされるであろう事も。
「…………はい、今……出ます」
 ぴんぽーん、ぴんぽーん、と一定の間を空けて押されるインターホンに促されて、由梨子はのそりとベッドから身を起こした。このまま居留守を続けることはあるいは可能だが、その場合後日真央と顔を合わせた際に「どうして居留守を使ったの?」と、より一層悪い立場に追い込まれるような気がした。
(…………きっと、そんなに悪気は無い……んですよね、真央さんは)
 かつての円香と違って、今ひとつ真央を心の底から憎む気になれないのは、つまるところまだ精神的に幼い故に何かにつけて加減が解らないのだろうと想像がついてしまうからだった。真央の実年齢は五歳そこそこであるとすれば、それこそヤンチャ盛りの幼児に他ならない。多少のおいたについては年上である自分が我慢しなければ――。
 物憂げな足取りで階段を下り、そのまま玄関へと向かう。寝間着姿のままだが、気にする必要はないと思った。どうせ真央と顔を合わせるや、なし崩しに部屋に上がり込まれて脱がされるに決まっているのだから。
 かちゃりと鍵を開けて、そっとドアノブを回す。開かれた隙間から予想通りの顔が見えるなり咄嗟にドアを閉めてしまいたくなるのを我慢して、由梨子は笑顔を零した。
「あっ、真央さん……どうしたんで……す――」
 か、まで喋る事ができなかった。真央のすぐ隣に立っていた人物の顔を見るなり、由梨子は驚きのあまり心臓が止まりそうになった。
「やっ、由梨ちゃん」
「せっ、先輩っ!? ど、どうして……」
「いや、なんか真央から今日由梨ちゃんが学校休んだって聞いてつい心配になってさ。……あと、真央が由梨ちゃんに謝りたい事があるって言うから」
「真央さんが……?」
 ここで失礼とは思いつつも、由梨子はつい懐疑の視線を真央に向けてしまった。言われてみれば――というべきか。そこに立っている真央は昨日までの――無慈悲な陵辱者であった真央とは顔立ちこそそっくりではあるが、到底同一人物とは思えなかった。言うなれば、“憑き物が落ちた様な顔”そのものだった。
「由梨ちゃん……今までいっぱい酷いことしてごめんなさい」
 真央は開口一番に謝るや、深々と頭を下げた。
「玄満の呪は父さまに解いて貰ったから、もう大丈夫だよ」
 ぴっ、と真央が何もついていない小指を見せる。そこにいたって由梨子は始めて、己の小指に巻き付いていた忌々しい拘束もまた消え失せている事に気がついた。
(……急に、どうして……)
 いきなりの急展開に、理解の方が追いつかない。月彦への嘆願は確かに失敗した筈だった。それなのに何故――。
(もしかして、先輩……あれだけで、察してくれたんですか?)
 タイミング的にそうとしか思えなかった。それで真央を問いつめたのか、あるいは説得したのか、はたまたそれ以外の“何か”で心変わりを起こさせて、冷酷無比な陵辱者から無害な親友に変えてくれたのだ。
「元を正せば、なんか俺のせいで由梨ちゃんに迷惑かかっちゃったみたいで……俺の方からも謝るよ、本当にごめん。……もっと早くに気がつければ良かったんだけど」
「いえっ……そんな……先輩は、何も――」
 真央はともかく、月彦に謝られる理由など何も無い筈だ。
(むしろ、私の方が……先輩に謝らないと……)
 そもそも真央とあのような関係になってしまったのは、自分の悪ノリのせいでもあるのだ。最初の段階できっぱりと真央の誘いを断っていれば、恐らくこのようなことにはならなかったのだから。
「真央も今度の事は大分反省してるみたいだからさ、もし由梨ちゃんさえ良かったら……また友達ってことで仲良くしてもらえないかな」
 しかし、由梨子が切り出しを躊躇っている間にその機会は失われてしまった。勿論由梨子としても、真央さえ心を入れ替えてくれるのであれば友達でいることに何ら文句は無かった。
「それは……はい……私も、いろいろ悪かったと思いますし……真央さんが仲良くしてくれるのなら……」
「由梨ちゃん、本当にゴメンね。……もう、由梨ちゃんが嫌がる事は絶対しないから……」
「べ、別に……そこまでイヤだった訳じゃ……っっっ……!!」
 咄嗟にとんでもない事を口走りかけて、由梨子はあわてて己の口を押さえつけた。はっとして月彦と、そして真央の顔を交互に見たが、二人ともただいまの由梨子の失言について特に何か感づいた様子は無かった。
「と、とにかく……今回の事はもう……私も気にしませんから、真央さんも先輩も気にしないで下さい! 私も、明日は学校に行きますから!」
「あっ、由梨ちゃん!」
 真央の声から逃げるように由梨子は強引にドアを閉め、鍵をかけた。何故自分がそのような行動をとってしまったのかを理解するよりもさきに、早足に階段を上がってベッドの中へと潜り込んだ。
「やだ……私……どうして……」
 ほんの十分前まで、あれほど憂鬱で堪らなかった事柄が急転直下のうちに片づいたばかりだというのに。本来ならば小躍りして喜ぶべき瞬間であるのに。
 何故自分は“落胆”しているのか。
「……ぅんっ……」
 不意に違和感を感じて、由梨子はそっと胸元へと手を這わせてみた。パジャマの下、ブラ無しのその場所は堅く先端がそそり立ち、軽く触れただけで声を漏らしてしまった。
(やっ……からだ……熱い……)
 右手が、勝手にパジャマのズボンの下へと滑り込む。既にたっぷりと湿り気を帯びた下着の中へと入るや、忽ち愛撫を始めてしまう。
(やだ……もしかして……私……真央さんに……期待……してた……?)
 先日のように、なし崩し的に押し倒される事を?――否。
 本当に期待していたのは――。
「っっっっっっ…………!!!!」
 脳裏に浮かんだ情景に、由梨子は湯気が噴く程に顔を上気させ、思い切り首を振って否定した。
(違う……絶対、違う……私は、そんな……変態、なんかじゃ…………!)
 そう、違う筈だ。違う筈であるのに――。
「っ……ぅ……ぁっ…………はぁぅっ…………ンッ……!」
 かつて真央に“後ろ”を執拗に弄られた時の事を思い返しながらの自慰を、由梨子は止める事ができなかった。



「………………? ま、まぁ何はともあれ、由梨ちゃんが許してくれたみたいで良かったな、真央」
「うん……」
 頭から大きな?マークを出す月彦に連れられて、真央もまた帰路についた。
 由梨子にしては珍しい、強引な会話の打ち切り方だったせいか、その心中にはどこか釈然としない思いが残った。勿論、由梨子が本当に許してくれているのかという点も気にはなるのだが、それよりもなによりも――。
「……あ、そうだ……しまった!」
 家への行程の半ばほどに来たところで、不意に月彦がそんな声を上げた。
「すまん、真央。学校に忘れ物しちまったから、先に帰っててくれ」
 何処か演技の臭いのする父親のそんな物言いに、真央は反射的に自分もついて行くと口にしかけた。
 ――が。
「うん、わかった。……先に帰るね」
 一瞬、ほっとしたような顔をした月彦が足早に学校に戻っていくのを見送って、真央は1人で帰路についた。
 事実、真央のカンは“臭い”と告げていた。が、あえて我慢した。それでは何も変わらない――どころか、むしろ父親の心は離れて行くのではないかと、そう思ったからだ。
(……もっと父さまを信じなきゃ)
 自分を一番と言ってくれる父親を信じて、真央は“多少のこと”には目を瞑ろうと心に決めた。浮気も、由梨子とたまに会うくらいならば――勿論その後でその倍自分を可愛がってくれる事前提ではあるが――少しくらいは見逃そうと思っていた。
 勿論真央がそのように心変わりしたのは、今回の件があったからだ。心の奥底から突き上げる誘惑に負けてどこまでも悪事に手を染めてしまうのは容易い。しかしそれは自分を心底想ってくれている月彦を悲しませる事なのだ。
「ただいま……」
 鍵をあけて、玄関のドアを開くも、返事は皆無。どうやらまたしても葛葉は家に居ないらしい。真央はいつものように階段を上がり、自室(というか月彦の部屋だが)で着替えを済ませたその矢先、不意にコンコンと窓がノックされた。
「……母さま!?」
 真央が視線を向けるや否や、ぐわらと窓を開けてひらりと室内に舞い込んできたのは他ならぬ真狐だった。
「母さま、もう怪我大丈夫なの?」
「見ての通りよ。……心配いらないって言ったでしょ?」
 真狐はいつものように勉強机に腰掛け、微かに傷跡の残る白い首を真央に見せるように顎を持ち上げる。
「だけど……」
 何者かと戦い、深手を負ったという話は他ならぬ真狐本人から聞いてはいた。同時に、心配無用という言葉も。それでもこうして元気な姿を目の当たりにするまでは不安でなかったといえば嘘になる。
「……それはそうと、真央?」
 しかし、当の母親はといえば真央のそんな心配を知ってか知らずか、“いつもの笑み”を浮かべながら胸元からなにやらガラス製の小瓶のようなものを取り出した。
「こんなモノが手に入ったんだけど、こっそりあのバカに使ってみない?」
「母さま……これって……」
 真央は小瓶を受け取り、その中に入っている液体に目をこらした。何かの血のように見えるその液体は、窓からの夕日を受けて時折きらりと虹色の光沢を放っていた。
「“性格反転薬”の主材料、七色大水亀の生き血よ。それも絞りたて」
「性格反転薬……」
 その存在自体は真央も知ってはいた。名前の通り、服用した者の性格を180度反転させる薬だ。ただ、そのままの効果ではイレギュラーな結果を招きやすいから、普通はいろいろと微調整を行って“目的の効果”が出やすい様にして使う薬だ。
「そ。……これをうまく使えば……あのバカを無差別レイプ犯にすることもできるし、その逆……聖人君主にすることも出来るわ。…………ああ、アンタに対してだけ絶対に性欲を抑制できなくなる……なーんてのも調合次第じゃ不可能じゃないわねぇ」
 目を輝かせながらくつくつと含み笑いを漏らす母親は娘の真央の目から見てもいきいきとしすぎていた。元来、妖狐とは悪巧みが得意であるが、これほど楽しそうに悪巧みをする狐を、同じ妖狐である真央ですら他に見た事がない。
(…………父さまが……私にだけ……)
 悩む真央の目の前に、さらに小さな紙のようなものがピッと差し出される。」
「ちなみに、ここに書いてあるのが“そういう風にする薬”用の材料表と調合比なわけだけど。あたしはこんなもの要らないから、ここに捨てちゃおっと」
 と、真狐はわざとらしく真央の目の前で材料と調合比の書かれた紙をゴミ箱へと捨てる。小さな紙切れがゴミ箱の中へと消えるのを、真央はごくりと喉を鳴らしながら目で追った。
 真狐が言った効果は、そのものズバリ真央の夢であると言っても過言ではなかった。あの月彦が、自分と相対した時だけどうにも我慢ならない感情に突き動かされ、それこそ無慈悲な暴行犯のごとく強姦に及ぶ――少し想像しただけで身震いしてしまうほどに、それは甘美な想像だった。
 ――が。
「…………いい、私、いらない」
 真央はひとしきり甘美な妄想に浸った後、意を決して小瓶を母親の胸元に突き返した。
「……真央?」
 きょとんと、真狐が目を丸くしたのも無理はない。今まで、この手の悪い誘いにはほぼ二つ返事で乗ってきた娘がまさかの拒絶を示したのだから。
「あ、あんまり……悪戯ばっかりしてたら……父さまに本当に嫌われちゃうから」
 実際、心の動く誘いではある。動く誘いではあるが、その誘惑に負けそうになる度に先日月彦に抱かれた時の事がフラッシュバックのように蘇り、真央はどうしても道を踏み外す事が出来ない。
「ふぅーん、ま、いいわ。あんたがいらないって言うんなら」
 母親の声は明らかに興が冷めたと言わんばかりの響きを孕んでいた。
「ご、ごめんなさい……母さま」
「別にぃ、いいのよ? あんたは生みの親のあたしより、あのロクデナシの方が大事って、つまりそう言いたいんでしょ?」
 不機嫌そうに言うなり、真狐はくるりと身を翻すとそのまま窓の外へと身を躍らせた。
「あっ、母さま、待って!」
 真央は必死に引き留めたが、母親の姿はひらり、ひらりと家々の屋根の上を飛ぶたびに瞬く間に小さな影となり、消え失せた。
(……母さま、怒ったのかな)
 それは父親である月彦に怒られるのとはまた別の怖さを孕んでいた。あの母親の怒りを買う、または恨みを買うという事が後々どういう事につながるか、真央は第三者という立場でそれを散々に見てきた。
 ――が、不思議と今日この時に限っては、そういった不安は一切感じなかった。
 なぜならば。
(……母さま、笑ってた)
 くるりと身を翻す直前、真央は確かに見たのだ。母親の口元に、嘲笑や苦笑ではない、純粋な笑みが浮かんでいたのを。
(…………父さま……これで、良かったんだよね?)

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