敵を殲滅せよ―前編―





 「・・・で?なんだってそんな依頼を請けちゃったワケよ」
 呆れ声で言い放ったのは、顔に施された赤いペイントと金髪が印象に残るフォニュエールのナル。
 悪戯小僧のような顔をしていて猫被りが大得意だったりするようだ。
 「仕方ないでしょう?初めてでしたし、キャンセル出来ないんですもの」
 ただ歩いているだけでもまるで大地震のような地鳴りを作り出しているのがレイキャストのサクラコ。
 何をどう間違えたのか彼女(サクラコの機嫌の為にもこう呼ぼう)は自分を女だと信じて疑わない。
 『私は私だもの、外見は問題ではないです』
 とは本人の弁だ。
 「まぁまぁ。何事にも初めてってのがあるんだし、良いじゃないの」
 最後に話題に加わったのは、少し離れて歩いていた新緑を思い出させる髪と爆裂な四肢を持つハニュエールのサイプレス。
 このチームでは唯一の接近戦タイプである。
 彼女達が話題にしているクエストは、チームを組んでいるハンターズでなければ請け負う事の出来ない通称オンラインクエストである。

 時は数刻溯る・・。

 サクラコは初めてハンターズが集まるロビーを訪れていたが、その場に馴染めずにロビーの端にひっそりと佇んでいた。
 「こんにちは〜!」
 そこに新たなハンターズ・・・金髪を頭の上で二つに結い上げており、服装からみてどうやらフォースのようだ・・・が、初歩的な挨拶と共に現れた。
 その挨拶すらする事の出来なかったサクラコは、やや羨望の眼差し(そういうものがアンドロイドにあるのなら)でふと見やると、フォースは続けざまに
 「どなたか一緒に冒険しませんか?」
 と冒険の同行者を募った。
 しかし金髪の彼女のレベルはまだまだ低く、その場に居た歴戦のハンターズ達は誰一人として席を立とうとはしなかった。
 レベル・・・低ければ低いほど経験が浅い未熟なハンターズとしてしか見られない、ハンターズ達の技量を数値化したものだ。
 誰も答えてはくれないロビーに背を向け、やや肩を落し気味にして違うロビーへと続くテレポーターに入っていく姿を見ていたサクラコは、勇気を振り絞って声を掛けた。
 「ちょっと待って下さい。私で宜しかったら御一緒させて?」
 いきなり声を返されたフォースは、巨体を大きく揺らしながら轟音と共にやって来るレイキャストに少々怪訝そうな顔をしながらも、宜しくお願いします、と金髪を揺らして頭を下げ、自分はフォニュエールのナルだと軽く自己紹介をした。
 「もうしばらく募集を呼びかけても良いですか?」
 ナルと名乗った金髪のフォニュエールはテレポーターに入りつつ、冒険へ向けて意欲の現われを示した。
 「勿論良いですよ」
 サクラコも軽く自己紹介しつつ、テレポーターに入る事で賛成の意を示す。
 行き先を告げると視界が暗くなり、目の端を光点が通り過ぎて行った。

 次に辿り着いたロビーでは、黒服の屈強そうなヒューマーが人待ち顔で壁に寄りかかっていた。
 「こんにちは。一緒に冒険しませんか?」
 ナルはレベルの格差にも目もくれず、果敢にも声を掛けてみた。
 当の黒服ヒューマーは気だるそうに体を伸ばし、軽く挨拶を交わしてくれた。
 「すまんな。先約がいるんだ」
 彼はこの世界には珍しく、漆黒の髪に漆黒の目をしていた。
 「俺の名は平四郎。次の機会にでも冒険しよう」
 あっさりと断られて少し気落ちしたナルを見た彼は、即座に笑顔で言い二人とギルドカード・・・ハンターズ同士で交換できる名刺のようなもの・・・を交換してくれた。

 次々とロビーを変えて冒険の同行者を募った二人だったが、彼女達のあまりにも低過ぎるレベルでは歴戦の猛者達には物足りない冒険になるのは目に見えており、挨拶は交わしても冒険へと向かってくれるハンターズは現れなかった。
 いくつ目のロビーであろうか。
 他のロビーに比べると、そこは賑やかで明るい雰囲気を発していた。
 そこで円陣を組みつつ談笑していたハンターズ達は、新たなハンターズが現れたと知るや否や、
 「こんにちは!」
 こちらから声を掛けるまでもなく、挨拶を投げかけてくれた。
 その雰囲気に胸の奥を熱くさせながら、ここでもナルは果敢に元の話題で盛り上がり始めた彼らを冒険へと誘うことにした。
 「わたし達レベル低いのですが、どなたか一緒に冒険しませんか?」
 しばらくは談笑を続けていた彼らだったが、すぐに一人のハンターが輪から抜けて二人に向けて走って来た。
 「こんにちは。あたしはハニュエールのサイプレス。仲間に入れてくれるかな?」
 「も、もちろんです!ありがとうございます!」
 ぴょこんとナルが頭を下げるのを見て、サクラコも慌てて感謝の言葉を言いつつ頭を下げる。
 「この子達とラグオルに行ってくるから、またね!あっと、もう一人必要かな?・・・別に良いよね!」
 別れの挨拶をしつつ手早く下へ降りる手続きをするサイプレスに少々圧倒されながらも、口々に三人の旅立ちを応援してくれるハンターズ達に会釈を返して、サクラコは巨体を揺らして爆音を立てながら、ナルは軽やかに金髪を揺らしながらラグオルへと旅立って行った。

 ここはチームを組んだハンターズ達が冒険への最終準備をする、言わばパイオニア2の玄関だ。
 ハンターズギルド内のテレポーターから現れた三人は、冒険の準備を整えてメインゲート前で落ち合う約束を素早く交わした。
 ギルドの出口に向かいながら、チームを組んでラグオルに降りるのが初めてのサクラコは疑問に感じた事を聞いてみることにした。
 「あの・・・ここって何をするところなのでしょうか?」
 この問いに呆れ顔をしたナルとは対照的に、サイプレスはギルド内を大きく見渡してから
 「ここはハンターズギルドと言ってね、あたしらハンターズに仕事を紹介してくれる便利な機関だよ。・・・請けてみるかい?」
 と言った。このチームでは一番レベルの高いサイプレスだったが、その彼女にしても他人と組んでのクエストは未経験だと言う。
 「興味はあるけど・・・レベルが、ね・・・」
 レベルに不安のあるナルとサクラコは互いに視線を交わし合う。
 その様子を見たサイプレスは出口に向かいつつ、先程とは打って変わって意地悪そうに笑った。
 「ま、お二人さんのレベルじゃキツイかも知れないけどネ?」
 そう言ってさっさとギルドから出て行こうとするサイプレスの背中に向かって、
 「やってみなきゃ分からないってばっ!」
 と、いきなり大人しかったナルが力強く叫んだ。
 「いつか必ず強くなって皆を守るんだから!」
 強い意志を瞳に宿らせるナルにサクラコは困惑していたが、サイプレスはにやりと不敵な笑みを浮かべて受付を指差した。
 「じゃ、決まりだね。サクラコ請け負ってみなよ」
 いきなり話を振られてますます困惑するサクラコだったが、さっさとすれば?とナルにまで凄まれ慌てて受付に駆け寄った。
 「あの、すみません。お仕事を紹介して頂きたいのですが・・」
 丁寧過ぎる怪しげな口調のレイキャストに一瞬怪訝そうな表情を浮かべた受付嬢だったが、さすがに元の営業スマイルに戻るとメニューを広げてくれた。
 「ただ今でしたらこのようなクエストが御座います」
 そこにはいくつかのクエスト名が並んでいたが、何しろ全てが初心者のサクラコにはどれがどうなのかさっぱり判らなかった。
 とりあえずそれぞれの内容を教えてもらい、一番簡単そうで低レベルでもクリア可能そうなものを探してもらう事にする。
 「・・そうですね。三名様でそのレベルでしたら・・・この、森でのクエストはいかがですか?クライアント様も登録者をお待ちですし」
 そのクエストは現れるエネミーをひたすら倒して行くものだという。
 拒む理由も考えられなかったサクラコは、そのクエストを請け負うことに決めた。
 「請負完了後は登録者の変更は出来ません。レイキャストのサクラコ、フォニュエールのナル、ハニュエールのサイプレス、以上の三名の登録で宜しいですね?」
 「あ、はい・・・。その三名でお願いします」
 チームの最大登録人数は四人と決められている中で、彼女達は三人、しかもサクラコとナルは低レベルでの挑戦だ。
 その事に気付いたサクラコだったが、不安と緊張と興奮の入り混じった複雑な心境(アンドロイドにあるまじきものではあるが)で登録が完了するのをじっと待った。
 「君たちが今回の依頼を請けたハンターズだな?」
 急に背後から声を掛けられ慌てて振り向くと、一人の軍人が立っていた。
 そして手早く用件を伝えてくると話している時間も惜しいと言うかのようにギルド内から立ち去ってしまった。
 「何?あの軍人、偉そうに!あれが人にものを頼む態度なワケ!?」
 「まぁまぁ。クライアントには文句を言わないのが暗黙の了解ってモンでしょ」
 軍人のあからさまな人を見くびる態度に憤慨を隠そうともしないナルに、たしなめる口調でサイプレスは口に指をあてがった。






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