敵を殲滅せよ―後編―





 そして、話は冒頭に戻る・・・。

 「ほらほら、のんびり構えてる場合じゃないよ!5分で準備しておいで」
 既に準備を整えているサイプレスが、未だ不満を隠せないナルとその態度に困惑しているサクラコの背を押し出した。
 静かだった通りにサクラコの足音である轟音が響き渡る。
 「どうでも良いけどさぁ、サクラコって足音うっさいね」
 ナルがサクラコの脇を追い越しながらニタリと笑う。
 少々傷付けられたサクラコは、ここぞとばかりに言い返した。
 「・・それはそうと、ナルさんは随分と特大なぶ厚い猫を被ってらしたんですねぇ?」
 「ぬぁんですってぇ〜?!」
 大型犬と子猫がじゃれあっているような二人の様子を端から見ていたサイプレスは、この先が思いやられるのか肩を竦めて時間がない事を告げた。

 「案外簡単じゃないの」
 戦闘が一段落した頃、ナルが額に浮き出た汗を拭いながら言った。
 ここまでの戦闘は、いつもの状況と多少エネミーの数が多いくらいでさほど変わりはない。
 それなのに何故こんなクエストがあるのか?そうサクラコが疑問に感じると同時に、肩に担いでいた大剣を下ろしたサイプレスが口を開いた。
 「聞いた話だから定かじゃないけど、このクエストって誰がクリアしても無くならないんだってさ。クエストの事を口外出来ない秘密があるらしいって噂だよ」
 「秘密って何よ?」
 モノフルイドと呼ばれる精神力、即ちTPを回復するアイテムで精神力の回復を終えたナルが口を尖らせて即座に聞き返した。
 どうやら小休憩になるらしいと見たサクラコは、こちらも小さく感じられるショットガンの構えを解くとサイプレスの話に耳を傾けた。
 「分からないから秘密なんでしょーが。・・・ま、つまるところ軍部連中じゃ太刀打ち出来ない敵って事なんじゃない?何度全滅させてもまた現れて来るような敵が居るようじゃ、無理もない話だけどねぇ」
 へらへらと笑うようにサイプレスは言い放った。
 「それって・・・クライアントの悪口になるのではないですか?」
 平然と言うサイプレスに思わず焦ってしまうサクラコである。
 「こんなトコに今の軍部のヤツらが来れるワケないから安心しなって」
 またしてもへらへらと笑うように言うサイプレスを、最早誰も止められない。
 「わたし達が頑張ってここのエネミー倒してもまた現れるのなら、今のわたし達のこの苦労はどうなるワケ!?」
 ふと我に返ったナルが徐に言った。
 「・・・ま、お二人さんのレベルアップも兼ねてるんだし、気にしない、気にしない」
 そう言うとサイプレスは全員にシフタ(攻撃力上昇テクニック)とデバンド(防御力上昇テクニック)をかけて新たな戦いの扉の前に立つ。
 「・・・クエストクリアしてもクエストが無くならないって事が秘密なんでしょうかねぇ?」
 釈然としないままであったがサクラコもそれに倣う。
 「骨折り損のくたびれ儲けじゃ洒落にならないってば!」
 この不満をどこへぶつけたら良いのか分からないので、とりあえずは目の前の敵にぶつける事に決めたらしいナルが最後に扉の前に立つ。
 扉の向うには、まるでハンターズを歓迎しているかのようにエネミーが待っているのだった。

 「はぁ・・・はぁ・・・。いつになったら終るのよぉ・・・」
 テクニックを駆使して戦っていたナルが疲れ果てた様子で立ち止まる。
 「アイテムも底を尽いてしまいましたし・・・」
 残りのアイテムを確認してサクラコも立ち止まる。
 変わらぬ様子のサイプレスはそんな二人を振り替えると、パイオニア2への通路を開くリューカーを唱えた。
 「じゃ、アイテム補給のついでに休もうか」
 大剣を肩に担いでちょいちょいと二人を手招きする。
 レベルの低い二人には厳しい戦いの連続だったにもかかわらず一人平然としているサイプレスを、サクラコは素直に感心していたが、一方のナルは羨望なのか妬みなのか全くの別物の感情なのか解らない複雑な心境でリューカーに入って行くのだった。

 パイオニア2は三人がラグオルへと降りる前となんら変わらぬ様子だった。
 「先にメディカルセンターに行って来る〜」
 疲れた身体を癒すのはメディカルセンターが一番だ。
 ハンターズの一員ならばたったの10メセタで治療してくれるありがたい機関である。
 精神力を回復させるアイテムは、押し並べて高い。
 フォースのナルは多少遠くともメディカルセンターを選んで小走りに向かって行った。
 「サクラコ・・・メディカルセンターに行かないならちょっと付き合ってくれるかな?」
 「どこへ行かれるのですか?」
 疲れの見えるナルの背中を見送ったサイプレスは、外見では疲れ具合の判別が出来ないサクラコをショップへと誘った。
 「このクエストの終わりが近い気がする。あの子の戦い方じゃすぐアイテムが切れちゃうだろうからナルの分も持っててあげてくれないかな?」
 道具屋の前まで連れて来るとサイプレスはそう切り出した。
 「ナルさんのフルイド系ですか?」
 アンドロイドには精神力が設定されていない。故に精神回復アイテムを買う必要が無いのだ。
 しかしフォースという職業に就いているナルは精神力を使った攻撃・回復・補助を使う。つまり精神力を回復出来なければ、しかもそれが戦場でなら死を意味する。
 「持つ事は可能ですけれど、メセタが・・・」
 「レベルを見れば分かるって。何もサクラコに出させようとは思ってないから」
 そう言うとサイプレスはサクラコに背を向け道具屋の主からモノフルイドを持てるだけ買い取るとすぐにアイテムを手渡した。
 「あの子に渡す時は拾ったとか適当に言うんだよ」
 軽くウィンクをして口に指を当てた。
 「ナルさんの無茶が心配なのですね?」
 サクラコは預かったアイテムを大切にしまいながら聞いてみる。
 「・・・あの子は昔の私に似てる。目先の強さに気を取られ過ぎなのさ。いつか気付くだろうけど、ね」
 少し遠くを見るようにしていたサイプレスだったが、ショップの入り口が開き始めると素早くサクラコに目配せし、何事も無かったように武器屋へと向かって行った。
 「サクラコ、あんた行かなくて良いの?」
 ナルがクエスト開始直後のように晴れ晴れとした表情でショップへと入って来た。メディカルセンターの治療が効いたようだ。
 「あ、私はアイテムの補給だけで・・・」
 思わず目が短く点滅してしまったサクラコの横をすっと通り過ぎ、ナルは道具屋で買い物を始める。
 (・・・今のが緊張と言うものなのでしょうか?)
 サクラコは今まで感じたことのない感情回路の動きに戸惑いながらも、アイテムの補給を終えてショップを後にした。
 「準備は終わったかい?」
 開かれたままのリューカーの前で待っていたサイプレスは二人が答えるのもそこそこにリューカーに押し込め、転送を開始した。

 三人がラグオルに到着すると、通って来たゲートが空気中に掻き消えた。
 リューカーを形成していた光の残像が、やけに美しく見えた。
 「どんどん行くってばよ!」
 回復も済んで元気になったナルが気合を入れ直すと新たな扉へと向かって行く。
 「ちょっとお待ち!」
 つられて歩き出そうとしたサクラコを掴んで止めたサイプレスが、先を歩くナルを呼び止めた。
 「これはあたしの勘なんだけど、多分その部屋が最後だよ。何が起こるか分からないけれど、二人共無理な戦いをするより落ち着いて行動するんだよ」
 いつにも増して、真剣な瞳のサイプレスにしばらく息を飲んだ二人だったが、そんな事で狼狽えるナルではなかった。
 「どんな敵でも負けないってば!終わりならそれで良いジャン、早く終わらせようよ」
 闘志も新たにサイプレスに背を向けたナルを心配そうに見つめるサイプレスの脇を通り過ぎながら、サクラコは心配ないですよ、と囁いた。
 「何かの時は私がナルさんの前で壁になりますから」
 アンドロイドであるサクラコはフォースのナルよりも確かに防御力は高い。しかし二人共レベルが低い事に変わりは無いのだ。
 それでもこれ以上二人のやる気を無にしない為にもサイプレスは不安を胸にしまい、シフタとでバンドを唱えて扉の前に立った。
 新たな生贄を歓迎するように、三人が並んで扉の前に立つと音もなく静かに扉が開いた・・・。

 一見、その部屋はエネミーの気配も無く、部屋に異常も無いようだ。
 「何も居ない・・・?」
 ナルが緊張を解いて部屋の中心に足を向ける。
 「馬鹿!一人で先に・・・」
 サイプレスが駆け寄ろうとした次の瞬間、三人を取り巻く空気が歪む。
 次々に現れるエネミーの気配。
 (しまった!)
 ナルが慌てて入り口に戻ろうとした時には既に周りをエネミーに囲まれてしまっていた。
 敵の足を止める為に今一番高いテクニックを放ち、エネミーが怯んだ隙に包囲を抜けようと試みる・・・が、身体が思うように動かない。視覚と感覚が合っていない!?
 この部屋の秘密に愕然として動きが止まったナルの頭上にエネミーの凶器が振り上げられる。
 その間僅かに十数秒。
 エネミーの数と部屋の歪み、どちらも三人にはマイナス要素でしかない。
 思うように身体が動かない状況ながらもサイプレスは直ぐに走り出していたのだが、離れ過ぎてしまった為に間に合わない。
 己の未熟さに歯痒さを感じながら一縷の望みを掛けてサクラコを探す。
 「サクラコ!!」
 自身のシステム回路を全開にして状況を把握したサクラコは、その声を聞くまでもなくショットガンの引き金を引いていた。
 「ナルさん!とにかく動いて下さい!」
 ショットガンの引き金を止めることなく引き続ける。
 「動けって言ったって・・・」
 ふらふらと動くナルに狙いを付けたエネミーが次々に凶刃を振るう。
 「痛いってばよ!」
 致命傷にならないまでも、包囲網を抜けるのに無傷では済まなかった。
 その都度レスタと呼ばれる回復テクニックで回復していたナルだったが、精神力も底を尽く。
 アイテムで精神力を回復しまた怪我を治す。
 その繰り返しだけで精一杯の様子だ。
 ようやく身体の動きに余裕が出たサイプレスも、愛用の大剣を縦横に切りつけながらナルの援護に向かう。
 「敵の防御を下げて!」
 命からがらエネミーの包囲網を抜けて息をついたばかりのナルに容赦なく注文を飛ばす。
 「んな事言われても今忙しいってば!」
 体力と精神力の回復に忙しいナルは口を尖らせる。が、戦場にあるサイプレスは容赦がない。
 「そもそもあんたが突っ込んだからでしょーが!文句言わずにザルアしなさい!」
 サイプレスの大剣に怯む事なく凶刃を振り下ろそうとするエネミーに鮮やかな一撃を与えてナルを静かな瞳で一瞬見、戦闘の場を変えて動き回る。
 自分の油断でチームを危機に直面させてしまった事に思い至ったナルは、恥ずかしさと悔しさと情けなさに身体が震えた。
 気丈に振舞ってはいても、弱いからと足手まといに思われたり不必要に感じられるのが怖かった。
 だが、その思いが強過ぎた為に結局は足手まとい以上の事、有ろう事かチームを危険に引きずり込んでしまったのだ。
 一瞬にして顔を青くしたナルを守るようにそっと近付く大きな影が居た。
 「ナルさん、これを使って下さい」
 この状況にあっても、冷静にナルの使った回復アイテムの数を把握していたサクラコだった。
 しかし、その事には一言も触れずに床にアイテムをバラバラに置いて、エネミーを引き付けるべくナルの前に移動していった。
 フォースがテクニックを使えないのは足手まといと言うよりもただのお荷物でしかない。
 ナルはサクラコに向かって小さく頭を下げると素早くアイテムを拾い、補助魔法で仲間をサポートして回った。
 それからもエネミーは出現し続けた。
 そろそろアイテムも底を尽きそうだと残数に目を向けると、突然戦場が静かになった。
 「・・・どうやら終わり、みたいだね」
 エネミーの体液がこびり付いてしまった大剣の構えを油断なく解き、辺りの気配に神経を向けていたサイプレスが息をついた。
 「長かったですねぇ・・・」
 外見では感情の判断つかないサクラコもショットガンの構えを解いて目を瞬かせた。
 「あの・・・」
 戦場の後方で戦っていたナルが恐る恐るそんな二人の下へと近付いて行く。
 「その・・・私のせいで大変な事になって・・・ごめんなさい」
 ナルは俯いたままぴょこんと頭を下げた。
 今回は一人の犠牲者も出さずにクエストを終える事が出来たが、毎回無事に済む保証はない。
 しかも、今回は明らかにナルの油断がチームを危険に晒したのだ。
 どんな罵声を浴びても仕方ないと覚悟を決めていた。
 そんなナルにサイプレスは軽く微笑むと思いも付かない言葉をかけた。
 「おめでとう」
 「え?」
 思わず目を見開いてサイプレスを見上げてしまうナル。
 しばらく考えていたサクラコも合点がいったらしくサイプレスと同じ言葉をかける。
 「ナルさん、おめでとうございます」
 「は?」
 さっぱり分からないでいるナルから目を離したサイプレスは少々呆れた様子でサクラコにも同じ言葉をかけた。
 「サクラコも他人事じゃないでしょ。おめでと」
 「ありがとうございます」
 その言葉を受けて丁寧に頭を下げるサクラコ。
 「え?え?・・・あ!レベルが上がってる!?」
 ようやく言葉の意味に気付いたナルは、今回の戦いでが一気に2レベルアップしていた事に気付き両手を挙げて喜んだ。
 しかし慌ててサクラコにも手早く「おめでと〜」と声をかける事も忘れなかった。
 しばらく喜ぶナルを静かに見ていたサイプレスだったが、静かな口調で声をかけた。
 「ナル・・・」
 喜びから次なる戦いに向けて意欲を新たにしていたナルの顔が、ふと緊張でいっぱいになった。
 先ほどとは打って変わって、不安そうな顔を向けてサイプレスを見上げる。
 「はい・・・」
 びくびくとサイプレスの前に立つと、またしても項垂れてしまう。怒られる恐怖に身が竦んでいるようだった。
 サイプレスはそっとため息をつくと、ナルの両肩に手を置き静かに語りかけた。
 「誰も怒りゃしないよ。それよりも、強くなりたいならよくお聞き」
 ナルの目を真っ直ぐに見つめた。
 「強い者ってのは戦いに勝つ者って訳じゃない。敵の攻撃に耐えられる体力を持ってる事でもない。自分に相応しい戦いが出来て、冷静に戦場を見る事が出来なきゃ仲間を守る事も出来やしないんだ。今回は無事に済んだし、あたしは終わった事をとやかく言うのは好きじゃない。でも、この世界色んな人間・・・アンドロイドもだけど、が居るの。自分が傷付かない為にも、もっと周りを見なさい。あんたは強くなれる。だから・・・」
 サイプレスは思わずナルの肩に置いていた手に力が入ってしまった事に気付いたのか、ふと目を反らして口を噤んでしまう。
 神妙に聞き入っていたナルも不審に思って首を傾げてサイプレスを見上げた。
 ナルのその表情に何かを感じたのか、サイプレスの顔がふと曇る。
 それを振り払うかのように頭を振り、ポンポンとナルの肩を叩いて背を向ける。
 「サクラコもだけど、良い仲間を見付けなさい。助け合える、素敵な仲間を、ね。そうすれば勝手にレベルなんて上がって行くもんよ」
 背を向けながらひらひらと手を振るサイプレスを怪訝そうに見遣るナルの肩を、今度はサクラコがポンポン、と叩いてきた。
 「まぁ、シティに戻ってクライアントさんに報告しましょう」

 シティに戻った三人は、クライアントに仕事の完了を伝え、報酬を手にしてロビーに戻る準備に取り掛かった。
 「帰ったらサッパリとシャワーでも浴びるかな」
 軽く体を伸ばしながらサイプレスが呟くと、
 「あっついお風呂に入ってサッパリするのが一番だってば」
 とナルが横槍を入れる。
 そんな二人の会話を聞いていたサクラコはポツリと
 「私は組み直し作業してサッパリですねぇ」
 と、些か間延びした口調で割り込んで行く。
 姿形は違えども、どこか似た三人の後姿は楽しそうだった。
 ロビーへと続くテレポーターへとやって来た三人は、別れを惜しむように互いを見渡す。
 「あんた達との冒険は大変だったけど結構楽しかったよ」
 「またお会い出来ると良いですねぇ」
 「次に会った時にはちゃんと強くなってるってば!」
 誰からともなく左手の端末に手を伸ばした。
 三人の間で見えないカードの交換が行われた。

 広い広いこの世界で、偶然に出会った仲間達。
 知り合う人は多くても、長く続く仲間は少ない。
 長く、深く続く仲間は、いつまでも仲間だろう。
 守り、守られ成長を続けて行くのだろう。
 遠い宇宙で繋がり合う仲間達。
 辛い事も悲しい事も乗り越えて、激戦を潜り抜け、また新たな敵に立ち向かう。
 果てしなく広い宇宙の中で、果てしなく戦いは続いていくのであった。





図書館入り口に戻る