命の絆−後編−





 「そういや、そんな事もあったなぁ」
 男は軽く伸びをしながらそう呟く。
 狭い場所ながらも慣れた様子で肩を竦めると、隣を見ながら続けた。
 「それにしても、お前もよく覚えてるよなぁ、そんな細かい事」
 男の目線を受けた女はクスリと笑みをこぼす。
 「だって・・・本当にショックだったんだもん。忘れられないよぉ」
 「今でも、ショックか?」
 微笑を浮かべている女に男は不安そうに尋ねる。
 「こうして笑っていられるんだから」
 そう短く答えると、女はゆっくりと瞼を閉じる。
 柔らかい寝床でこうして休めるのは随分と久方ぶりだ。
 明日からまた厳しい戦いが続くのだからこうした休息の時間は大切なのだ。
 「明日も厳しい戦いになるだろうな」
 男が中空を見据えながらポツリと言った。
 そんな男の緊張と不安と興奮を敏感に感じ取った女は男の腕を掴む。
 「大丈夫。私だって少しは強くなってるもの。みんなの事守るから」
 そう言われた男は、軽く溜め息をついた。
 「あのな、守るってのはだいたい前衛が後衛をだろ。後衛のお前が守って どうすんだ」
 「私がレスタをかけたらみんなを守れるでしょ?デバンドだってジェルン だってみんなを守るために使ってるんだからね!」
 軽く頬を膨らまして言う女に優しい眼差しを向けて、男は失言を詫びた。
 「ごめんごめん。そうだよな。お前が居なきゃ進むのも大変だからな。頼 りにしてるよ」
 尚も頬の膨らみが収まらない女の頭に手を伸ばし、髪が乱れない程度に優 しく撫でる。
 嵐の前の静けさなのか、ゆったりとした時間が二人を包んでいた・・・。


 いくつもの出会いと別れがあった。
 この地に辿り着いてからも、平穏であった時間はなかった。
 何人もの人が、新天地に踏み出すことなく散って逝った。
 新天地で戦い倒れた者も数え切れないほどいるだろう。
 それでも、時間は流れていく。
 過去も、記憶も、すべて包み込んで流れていくのだ。
 未来へと向かって。
 諦めずに進め。
 道はそうして出来るのだから。


 少女は繋いだ手を握り締めながら隣を歩く男に尋ねた。
 「ねえ?お母さんは偉い人だったんだよね?」
 男を見上げるまだ小さな瞳は、不安そうな色をしていた。
 「なんでそんな事を聞くんだい?」
 花束を持ったもう一方の手で目の前の扉を開き、そばに居た管理者らしき 人物に挨拶をすると少女を促して奥へと歩く。
 ここは簡易的な墓地であった。
 いつか、新天地に還る事を待ちわびながら、長い、長い眠りについている。
 「だって・・・みんなが偽善者だって言うんだもん」
 彼等は、新天地ラグオルにおいてパイオニア2の総督であるタイレルより地 表の調査を依頼されたハンターズであった。
 調査を続けるうちに、パイオニア計画の表立ってはならない真実にまで辿り 着いてしまった。
 向かってくる敵は、倒さなければならない。
 例えそれが、レッドリング・リコであろうと、フロウエンであろうとも、で ある。
 ラグオル地表での爆発の原因は除去され、パイオニア1の負の遺産も解決さ れつつある。
 しかし、その内容は公表されていない。
 ラグオルを取り戻したと言っても、未だ地表に立つまでは至ってないのだ。
 男と少女はある一つの棺の前に立ち止まる。
 「また、この日が来てしまったね」
 そこには、男の隣で微笑んでいた女が目を閉じて横たわっていた。
 「あたしね、お母さんを馬鹿にしたみんなをひっかいてやったの。お母さん は命をかけてあたしとお父さんを守ってくれたんだもん。ゼッタイに悪くない もん」
 そう言って生きていた姿を見た事のない娘が頬を膨らませる姿は、母親とよ く似ている。
 「解ってもらえない人が居るのも仕方ない事なんだ。だからと言って力に頼 るのは良くないね。後で謝りに行こう」
 大きな手で頭を撫でられても納得出来ないようだったが、母親の安らかな顔 を見ている間に自分なりに答えを出したようだ。
 「お父さんはお母さんの事好きだったの?」
 「大好きだったよ」
 「あたしの事は?」
 「大好きだよ」
 「あたしもお父さんとお母さんの事大好きよ!」
 男の周りを鼻歌交じりに走り回る少女に優しい眼差しを向けて、そっと棺を 触る。
 ひんやりと冷たいそれは生を拒絶しているが、その上に花束を置き声をかけ る。
 「お前が守ってくれた命、これからも大切に守っていくよ。また、来るから ゆっくり休んでくれ」
 棺の中の女に向かって優しく声をかける男を満足そうに見上げる少女は、自 分のよりも遥に大きな手を取り歩き出そうと誘う。
 「ああ、そうだな。俺たちは進まなければ」
 あの激しい戦いの後、ラグオルへと降りる気配すらないパイオニア2で寿命 の安定しないニューマン達の延命に対する処置が始まった。
 未知なる敵と向かい合い、パイオニア1で研究されていた細胞等を間近にし た研究対象は、この処置に大いなる貢献を果たした。
 どの世でも先駆者は荊の道を行く。
 彼女の身体は度重なる研究に耐え切れなくなっていたのだ。
 自分の死期を感じた女は、男にある願いをして息を引き取った。
 その願いは女の命と引き換えに、この世界に生を受けた。
 男は鼻歌交じりで機嫌の良い少女の手を取り未来へと歩き出す。
 パイオニア計画とラグオルの問題はすべて解決していないのだ。
 「大丈夫、あたしが守ったげるから!」
 小さな手の少女が男の気持ちを敏感に感じ取り、強く手を握る。
 男は少し目を見張ると、耳の長い少女の頭に手を伸ばす。
 「頼りにしてるよ」
 大好きな父親に頭を撫でられて少女は胸を張る。
 「任せて!」
 少女が大人になる日も、そう遠くはないだろう。





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