命の絆−前編−





 ここは、とても温かい・・・。
 そう、私だけが安心出来る、私だけの場所。
 近くで聞こえる力強い命の脈動も、健やかな呼吸も、みんな私だけのもの。
 首筋の辺りに逞しい感触を感じてそっと身動ぎすると、すぐそばにあった優しく閉じられていた瞳が こちらを窺ってきた。
 「大丈夫」
 そんな風に小さく答えると、また目を閉じた。
 それと同時にそばから離れない瞳も閉じた気配を感じる。
 身体に染み付いた生き残る為の感覚。
 こんなところにも役立っているのかと思うと何やら不思議な気持ちになる。
 それでも、相手の存在を感じられる事はとても有意義だと思う。
 例え束の間の休息であったとしても、このひと時は忘れ難いものになるだろう。
 だからこそ、この温もりを失わないようにしなきゃ・・・。


 血の匂い。
 死と隣り合わせの現実。
 謎ばかりの真実。
 傷付き倒れて行く仲間達。
 居なくなってしまった人々。
 怒号、驚愕、悲鳴、断末魔、そんな叫び声に支配された、この場所。
 安心出来る事なんて夢のまた夢。
 どうしてこんなことになったのか。
 どこから狂ってしまったのか。
 みんなで幸せになるために旅立った筈なのに。
 ・・・何故?

 何人もが立ち向かいながらも、傷付き倒れてしまうクエストがある。
 生きて帰ればかなりの報酬が期待出来る他、敵から入手出来るアイテムもレア物ばかりだと言う。
 払う代償も多いが、手に出来る物は魅力的だ。
 「とりあえず、焦らずに行こう」
 心持ち顔の固いレイマーが、愛用の銃を構えてスタート地点に揃ったみんなを見渡す。
 今、彼等が挑戦しようとしているのは死なない方が難しいと言われるオンラインクエストだった。
 「敵の攻撃を受けたら即死だと思って間違いないでしょう。遠距離で攻撃出来る事を差し引いても ・・・死亡しない確率は10%未満です」
 すらりとした、一見ヒューマンではないかと錯覚してしまいそうなボディをしたレイキャシールが 冷静に分析する。
 その数字に間違いがない事を、実体験を待たずして受け入れられてしまえるほど、彼等が請けた クエストは危険極まりない。
 「請けたからには行くしかないだろ」
 いつもと変わらない口調ながらも、武器を選別する手が心持ち硬い。いつも自信に溢れていた ヒューマーであったが、それでも襲い来る「死」という恐怖と戦っているようだ。
 「・・・だな。とりあえず、様子見ってことで」
 短銃を持ったヒューマーに続き、その後ろに長銃を持ったレイマー、散弾銃を持ったレイキャシールが 並ぶ。
 一人残ったフォニュエールも、慌てて短銃を持って皆の後ろに並ぶとシフタとデバンドで戦力の増加を 図る。
 「さんきゅ!」
 「助かる」
 「ありがとうございます」
 短くお礼の言葉が交わされ、4人パーティーは一気に戦場へと足を踏み入れたのだった。

 「こっ・・・の・・・大馬鹿ヤローがっ!」
 静かになった戦場に、ヒューマーの怒声が響く。
 怒りを露にしているヒューマーの前で項垂れているのはフォニュエールだった。
 「お前はフォースだろう!なんで銃なんかで戦うんだよ!?テクニック使え、テクニックをっ!!」
 怒りの矛先は、テクニックに長けている筈のフォニュエールが何故か銃で戦っていたことのようだ。
 「ご、ごめんなさい・・・」
 特徴的な長い耳まで垂れ下がってしまったフォニュエールに、深い溜め息をつきながらヒューマーは 続けた。
 「とりあえず、テクニック使う用の武器にして来い。ここで待ってるから」
 「は、はいっ!」
 項垂れたまま慌ててリューカーを唱えるとフォニュエールはパイオニア2へと戻って行った。

 フォニュエールの姿が完全に消えたのを見計らって、レイマーが口を開いた。
 「どうしてあんたってあの子には厳しい事言うのかねぇ?」
 やや意地悪い笑みを浮かべながら銃を持ったまま両手を広げる。
 「あ?何の事だよ?」
 レイマーの意地悪い笑みを目の端に捉えたヒューマーは、言外に含まれた意味を十分に理解した上で 嫌そうな顔になる。
 「あれれ、図星かよ?」
 ヒューマーの顔を見たレイマーが畳み掛ける。
 「だから、何の事だよ?」
 徐々に目に険悪な光を湛えてくるヒューマーにレイマーは尚も詰め寄ろうとしたが、そこに思わぬ横槍 が入る。
 「現在の構成メンバーでは役割を明確にする必要があります。死亡確率が高い状況において、唯一リバーサー が使えるフォースの役目は重大であり、且つレスタの効果も馬鹿に出来ません」
 先ほどの激しい戦いの後であっても、その冷静さには何の変化も見られない。
 それがアンドロイドの特徴なのか、彼女の個性なのかは判断出来ないところではあるのだが。
 レイキャシールの言葉を受けてヒューマーの顔色が少し戻ってきたのだが、それはほんの一瞬の事でしか なかった。
 レイキャシールは何やらデータを見ながら続ける。
 「フォースの中でもフォニュエールでは補助魔法の範囲がそう広くはありませんし、彼女のレベルでは敵の 攻撃範囲まで入らないとダウン系のテクニックは効果が得られません。この状態で我々の回復等に専念して いては彼女のレベルが上がらないのは明白ですし、それならば我々と同じ位置で戦っていた方が安全であるとも 言えます。また、テクニックを使用する場合には先ほどの敵の構成から言って全属性が必要であり、高レベル だけでは対処しきれず、フォニュエールは低レベルのテクニックが得意である事を踏まえると、かなりの手腕が 必要になります。そしてテクニックを中心に行動した場合には回復方法も確保しなければならず、TP回復の アイテムは押し並べて高いですからその辺りの・・・」
 「だああ!もうわかったよっ!」
 「もうやめてくれーっ!」
 あまりにも長い冷静な判断を聞かされた二人は、ほぼ同時に手を上げた。
 「まだ判断材料は豊富に残っておりますが?」
 顔色を窺えないレイキャシールは平然としているが、レイマーもヒューマーも自分達の感情は最早どうでも 良くなってしまっていた。
 「金がなくなったら出してやりゃいーだろが。俺らはあいつのテクニックで助かってんだから」
 いとも簡単に憮然と言うヒューマーに対しレイマーが突っ込みをいれようとした瞬間、彼等の目の前で揺らめいて いたリューカーの光が消滅し、パイオニア2へと戻っていたフォニュエールが姿を現した。
 「すいません、お待たせしちゃって」
 彼女の手にはトゥインクルスターと呼ばれる杖とテクニックを補助するマージがあり、彼女の肩の辺りに浮いている マグも変わっている。
 どうやら、ヒューマーが言外に言った「フォースはフォースらしく」をひどく気にしているようだ。
 当のヒューマーは変更された装備品に目を向けるでもなく、淡々と次なる戦いに向けた準備を始めている。
 そんな姿にレイマーは非難の目を向けたがヒューマーはどこ吹く風だ。
 「遅れた分、急ぐぞ!」
 そう言い残して次なるエリアに向けて最初に走り出す。
 「一人では危険ですよ」
 レイキャシールがそっと非難するように忠告しながら続いて走り出す。
 「ゆっくり行こうって言ったのに・・・あ、シフデバよろしく!」
 レイマーがフォニュエールを促しながら駆け出すのに合わせて、遅れを取り戻すべくフォニュエールも走り出す。
 次なるエリアの扉の前にリューカーを出し、全員にシフタとデバンドの効果があるのを確認すると、一丸となって 扉を越えて行った。





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