#22 造られた人間
前回に引き続きひじょうに面白かったし、またしてもいろいろなことを問いかける構造になっていました。 21話を見たときはエドはもうこれ以上堕ちようがないところまで堕ちたなあと思ったのですが、 22話は駄目押しの一手というか、まだそれがあったじゃんみたいなところを突かれてボロボロになり、 そして賢者の石の未完成品のためにエドは名実ともに壊れてしまいます。 あーあーもうしんどいったら… ストーリー運びとしてはまったく文句ないのですが、ところどころどうも引っかかる点があるので そのへんにやや突っ込みいれつつ、今回ははじめから順番どおりにまいりましょう。 個人的には今回の展開にいろいろと覚悟を固めているため、 アバンタイトル初っ端からポリポリ首筋を掻くヒューズのピンクひよこ模様のパジャマやら 何がやりたいんだか突然出番を主張する大佐やらにもまったく和めません(笑)。 案の定というか処分を覚悟しておけという中佐は例えピンクひよこパジャマでも軍人の 顔です。少佐・少尉・軍曹の三人に第五研究所への軍投入を独断で許可します。 そしてつまりこのシーン中佐のご自宅なのだよね。緊急事態だとこうして夜中でも訪問されちゃうんだなたいへんだな軍人さんは。 で、その第五研究所ではスカーVSグラトニー、アルVSラストがはじまっています。 スカーが落ちた先の、例のニュータイプ錬成陣?(21話参照)におびえるグラトニー。 なんだろう…この錬成陣はまちがいなく賢者の石がらみだと思うのですが、ホムンクルス連中は 賢者の石を求めながら(後述)この錬成陣は忌避するんですかね。わからねー。 アルはラストと対峙し、ラストがいままでも自分たちをたびたび監視していたことをほのめかされます。 「ありえない、なんてことはない」 は、原作どおり「ありえないなんてことはありえない」のほうが語呂としても意味としても好きだな私は。 そしてラストに体を縛められ、なんか金属を腐食しつつ手足を食べられちゃうアル!! ひいィ! 気色悪りい!! 痛いと言う感覚はアルにはないそうですがだからこそかえって気色悪いです! だって私らにしてみたら首から下麻酔かけられてちょっとずつ手足切り取られていくのを見ているようなものですよ? あああやだやだやだ。アルかわいそうに。 ていうとこまでがアバンです(長) Aパート。 賢者の石未完成品に関する資料をいろいろ与えられて(といっても床に広げて読むこたあないと思うのですが そのへんもなんかいっぱいいっぱいなところを象徴しています)「わかってきた」とつぶやくエド。 「わかる」こと、研究すること、には暴力的な魅力があります。彼は前回に引き続きそれに引きずられています。 そしてタッカーは核心に触れてきます。 「それが何からできていようと、なんの意味がある」 「よしんばその材料が人間だったとしても、君は戻してあげられるのかい」 「なら、完璧な石にしてあげるほうが、よほど意味がある」 悪魔だ。悪魔のささやきだ。 48も久しぶりに口を開き、悪魔のささやきを補強します。 「このままでは、彼らの命にはなんの意味もない」 「アル、お前の命、意味がなくなんてないよな」 エドはここで、「意味のない」無数の命と「意味がなくなんてない」アルの命を天秤にかけています。 それが紅い液体のポッドに浮かんだアル少年の無邪気な姿の幻に表れています。そりゃそうです。海のものとも 山のものともつかない無数の命と、人生のほとんどを一緒に過ごしたアルでは、エドにとって どちらが重要かは比べるまでも無いでしょう。 でも、 君が今目にしている物質の一滴一滴のために犠牲になった命それぞれにかけがえのない意味があったんだよ? タッカーも48もあえてそれを言わないだけなんだよ? シーン変わって大総統。あんたはブルーの水玉パジャマかい。(追記:花柄でした。すいません大事なところ間違えて) 中佐が指揮する調査部の一隊ではなく、アームストロング少佐に隊を与え出動するというのは 軍の正規任務として大総統公認のもとに動くという事でしょう。気を引き締める中佐、喜びをあらわにする少尉、 しかしやだなあ怖いなあ。大総統何を考えてるんだろう。 2つの階にある莫大な量の赤い液体を「ふたつの錬成陣でぶつけて圧縮して」精製するというエド。 とほうもないことをさらりといってくれます。そしてタッカーさえ「見た事がない」という「7つの角を持った錬成陣」 を「思いつき」で使おうといいます。やってることの馬鹿でかさと、昂揚ひとつ見せない エドの淡々とした様子のギャップがすごいです。夢中なんだろうなあエド。 倫理じゃなくて技術面を云々することは彼にとってひじょうに居心地のいいことでしょう。 ちなみに6つの角じゃなくて7つの角とかそういうシンボルにもきっと深い意味があるんだと思いますが私には分析する能力がありません。 何かわかったら追記します。 「もし賢者の石が出来たら、俺はアルをもとに戻し、姿を消す」 そこまではエドにも描ける未来なのです。でもその先は? そうして元の体を取り戻してリゼンブールに戻れるのか? 誰にも言えない大罪を背負ったまま? 「もとに戻し、姿を消す」以降のことはエドの頭の中にはないと思います。考えないことにしてるだろうと思います。痛いなあ。 これでもしキンブリーが爆発を起こさなかったら十中八九エドは賢者の石の精製に手をつけてましたね。 そのキンブリーの錬成ですがどうもよくわかりません。いや人体に含まれる金属と有機物をどうこうして爆発物を、 と言うのはいいのですが「これだけの紅い水に囲まれていれば私の力は」ていうのが不思議でたまりません。 近くにいるだけで術者の能力を高めてしまうんですか紅い液体。どういう物質なのだ。放射線チックな ものが出てたりするんでしょうか。考えるだけ無駄でしょうか。ううむ。 あとキンブリーどう考えても爆心地にいるのですがどうして無傷? ふしぎふしぎ。と思いつつBパートへ。 さて爆発で囚人たちが階下のエドのいる部屋に落っこちてしまいびっくりのエド。 「どうしてこいつらが! もし俺が知らぬ間に錬成していたら…!」 と言うエドにタッカーはただ乾いた喉で嘲笑します。言わんとすることはすぐにエドにも分かります。 知っていようと知らぬ間にだろうとエドのやろうとしていることは多数の人命を犠牲にすることです。 それが今生きていようと紅い液体になっていようと、どれほどの違いがあると言うのか。 いまさら倫理めいたことをいうな。タッカーの嘲笑はそういう意味です。 そしてグラン准将に化けたエンヴィー登場。エンヴィーの変身を見たのははじめてでしょうにエド驚きもしませんね。 それはともかく腕が外れてしまい戦うことができないエド。エンヴィーがそこを蹴りまくり。あたたた怪我人なんですよ忘れかけてたけど。 「おまえなんか“あの人”が生かしておけっていってるから生かしてやってるだけなんだよ」 「“あいつ”の血を受けたお前だけは許せねえ」 待ってくれ“あの人”と“あいつ”は別人ですか。 血がつながっているという“あいつ”のほうはホーエンハイム氏だと思うんですが、じゃあ“あの人”は誰なの? 黒幕はホーエンハイムじゃないの? エンヴィーは“あいつ”を憎んでいるの? わわわどうしよう。わからない。 (←今にはじまったことじゃなかろう) なんていってる間に山場です。 両手足食べられちゃった無残な姿のアルを人質にされ、 タッカーさんには痛いことこの上ないニーナ再生計画を披露され、 48兄は見せしめとして殺され、 アルの血印にもラストの手が及びます。 ひとつひとつエドにとってものっぴきならない状況ですが、アルにとってひじょうに意味が大きいのは いうまでもなくニーナ再生計画です。 ニーナそっくりのホムンクルスを作り上げ、そこにタッカーの記憶から構成した“ニーナの魂”を植えつける。 それはアルがまさに懸念していた、自分の魂すらも兄の記憶から構成されたものでありオリジナルではないのではないか という疑惑と重なります。 「そんなのニーナじゃねえ!!」エドは叫びますが少なくともアルには届いていません。 「兄さん、いいんだ、僕はどうせ…」 借り物の体にニセモノ(かもしれない)の魂の自分に、アルはもう価値を見出せなくなっています。 そして賢者の石を使って人間に戻る事の意味も、アルは兄よりも深刻に 見定めています。ここで死んでもいい。自分のためなどで兄に賢者の石を作ってほしくない。アルの悲痛な叫びがこだまします。 一方で、 「人間になりたい」 やっとホムンクルスの願いが明らかになります。そのために賢者の石を作れる人間を探していたのだと。 彼らが望むことは、やはり世界をどうこうとかイデオロギーをどうこうということではなく、 エドやアルと同じ、「人間になる」というじつに個人的な、それだけに切実な望みでした。 (アルはともかく、エドは人間なんじゃないの、と思う向きもあるかも知れませんが、 欠けたものを取り戻して完全な人間にならなければという点ではやはり同じだと思います。 だってこの世界機械鎧の人いっぱいいるんだからエドの手足はそのままでも一向に構わないのに、エドは それを取り戻すことを疑ってきませんでした) それはともかく、エドは自分が自らの手で切り開いてきたと思ってきた道程が彼らに操られていたということを知ります。 「俺たちは、誰にも操られたりしていない!!」 エドの最後のプライド、最後のアイデンティティが、音を立てて崩れ去ります。 どんな罪に満ちた道でも自分たちで歩いて来たのだ、と思っていたのに他人の手のひらで操られていただけ。 (1)アルのために、(2)まっとうな道を、(3)自分で選んで進んできたと思ってきたのに、 エドのアイデンティティのこの3つの要素、この2週間でことごとく否定されてしまいました。 プライドも倫理も捨て去り自分の自立さえ幻であったと知った彼にもう守るべきものは、アルの命しかありません。 それも何のために守るんだかなかばわからなくなりながら、エドは大罪への道を着々と準備します。 それを舌打ちしながら見守るスカー。 「おろかな…やはり神のもとに返しておくべきだった」 だからあんた神の代理人なのかそうじゃないのかはっきりしなさいってば。 「人間を犠牲にしてまで、元の体になんか戻りたくない!」 しごくまっとうな健康なアルの宣言に、 「そもそも自分たちの母親をよみがえらそうとして悟ったんじゃないの? 人体錬成にほかの人間の命以外、なにも役に立たないってさ」 もとよりお前たちが望んでいたことは、まっとうじゃなくきわめて不健康な望みだったのだと突きつけるエンヴィー。 「人が生きるってことは、別の誰かの命を大なり小なり奪ってんだよ」 「何かを成し遂げようとするのに犠牲はつきもの」 と、エンヴィーに加えラストも詭弁を並べ立てます。 それがこの大罪を犯してもいいという理由になっていいのかどうか。 すでに毎日生きるために命ある動物や植物を殺して食べているからといって、ここで賢者の石を錬成していいのかどうか。 判断を保留させないよう、恣意的に極端に単純化された論理を次々と提示されます。 あまつさえ、そうした論理を「おとなはみんな知ってるわ」と、 おとなになりかけの(まだおとなになれないことをコンプレックスとして強く持つ)エドにことさら 痛く響くことをしれっとささやくラスト。 「軍の狗とののしられてもかまわない、そう決めておとなの社会に入ってきたんでしょう? いまさら 都合のいい時だけ子どもに戻らないで」 得ようと思ったら支払わなければならないこと。 等価交換。それこそがおとなの論理だとラストは言っています。 「鋼の錬金術師」の大きなふたつの要素、「錬金術」と「子どもからおとなへの成長」がここではっきりと結び付けられています。 あまりの鮮やかさにため息が出ます。もちろんこれも詭弁であり、ほんとうは、等価交換以外の価値が存在しないなんて 誰も言っていません(※1)。 しかし彼らにとっては、とくに錬金術師としての己しか持たないエドにとっては、等価交換は絶対の論理です。 それがおとなの論理だと突きつけられてしまえば、それを得るしか、自分がおとなになる道はないと思い込まされてしまうのです。 「これが、真実の奥の、真実、か」 自分たちが後生大切に守ってきた生き方がことごとく否定され。 自分たちが必死に歩いて来た道は他人のものであったと、価値を否定され。 夢であったもの=賢者の石を自らの手で完成できるチャンスを手に入れ。 そうしなければ弟の命はないと脅され。 そうしなければおとなになれないよとそそのかされ。 ここまで言われてはもう、エドはダメだと私は思いました。 「アル、ここで諦めたら、おれたち…」 案の定、エドはこれまでのアイデンティティを死守することではなく、 ホムンクルスたちに提示された甘い駆け引きに乗ることの方が、自己実現することになるのではないか と言う錯覚をおこしています。 しかしとうとう一線を越えるか、という、最後の最後で彼は手を止めます。 「…ごめん、アル。…やっぱり…俺…」 え え え! むしろなんでやめたのか、このままではわかんないです! ここまでそろっててなにが彼を踏みとどまらせたのか? 次回以降ちゃんと書かれるんでしょうね?! それはともかく、ギリギリ一歩のところで踏み出すことをやめたエドを評価したのか、 スカーが壁の一部を破壊し、エドとアルの脱出を助けます(まあ助けたとかそういうつもりじゃないんでしょうが)。 「兄は弟を守ってやるものだろう」 そういえばあんたの兄は全然あんたを守ってくれなかったらしいですね(21話参照)。 頭ごちゃごちゃだけどとにかくこの場から脱出しようとアルを拾いに行く(エド一人でどうやって…!;)エド、しかし 紅い液体の水溜まりに足を突っ込んでそこから錬成反応の大暴走がはじまります。 うわわわわ …!! なんだろうこんなに痛ましいシーンなのにものすごいエロスを感じてしまうのは私だけでしょうか。 ぱくさんの演技のおそろしく達者なこと! 腹の底から搾り出すような悲鳴、ひゅうひゅうと喉の鳴る呼吸、 しまいにひくひく痙攣してるとことか もうもうえらい倒錯的なんですが!(私的カミングアウト) 前から強く思ってたけどこんな番組に、ワン○ース新学期わくわくシリーズとかのCMはさんじゃいけないよ!! 大総統率いる軍が投入され、事態は終息に向かいます。 術者に賢者の石が触れるだけで錬成反応が起こるとか、ロス“中尉”(※2)が 抱きしめると反応がおさまるとか、 結局錬金術ってなんなのということを強く疑問視せずにいられません。 そしてこういうシーンでお決まり 「かあさん…」 …母性でなんとかなることとならないことがあると思うんだがねえ… まあいいや。ロスが抱えあげて紅い液体からの接触を回避したとかそういうふうに好意的にとっておきます。 なによりここらへんの作画尋常じゃない美しさでした。 エドとアルは無事保護。 しかしキンブリーは仲間とともに(わたしこのへん本誌もコミックスも読んで ないんで知らないんですが)逃亡、 ウロボロス組も当然のように軍の制服を来て逃亡。「お疲れさま」と大総統秘書が声をかけます。 二人を抱えて出てきた少佐に(また脱いでるんだこの人は)あたたかく浴びせられる拍手。 さしあたりこの場が収まったように見えてその実ぜんっぜんなんにもおさまってないことのギャップを 感じて背筋に冷たい物が走ります。 次回予告:「鋼のこころ」 アイデンティティも、プライドも、自主自立もなくしたエド。右腕は動かないし左肩と脇腹には深手を負って、 心も体も空っぽでズタボロです。 アルもアルで両手両足が失われ、自分の存在が限りなく疑わしくなり、そして価値を見出せなくなっています。 この兄弟が最初に乗り越えなければならないのは、お互いの信頼をどう取り戻すかというその一点。 ここをきちんと乗り越えてほしい。そのために、痛くても辛くてもきちんと真っ向からぶつかって欲しい。 辛い話、覚悟です。存分にやってくださいボンズさん。 ※1 ゲームネタバレ注意↓(反転) アルモニが最後の手紙で指摘したことはこれです。等価交換以外にも生きる道はあるはずだと。 あまりにも何気なく言われたんですが鋼の屋台骨を転換させかねない重大な指摘です。 いつか語れるといいなと思いつつ。 ※2 ロス中尉に注意。(オヤジギャグ) どうしても中尉にしか聞こえません。少尉だったはずです。おねがいします。ただでさえ株下がってるのに。ブロッシュ軍曹。 (2004.03.13記…23話未見) |