#19「真実の奥の奥」


おもしろかったです。原作でもここはひじょうに面白かった。
しかし原作でもやや消化不良なところが残ったのもこのあたりでした。
ではAパートのはじめ10分を中心に19話の感想まいりましょう。長すぎるので4章立てにしました;
《1》エドの空虚 《2》賢者の石を「使う」こと 《3》ロス 《4》Bパート。
となっておりまする。


《1》エドの空虚
動く気力もありませんってな感じにソファに沈み込んでいるエドの空虚
今回はもうこれに尽きるでしょう。
いろんなものがない混ぜになった空虚なのですが、それでも前を向こうとするアル に対してエドは身動きすら億劫なようです。この対比からいろいろと分かることがあ りますが、わからないこともあります。

〈1−1〉
まずわかるのは、「すべてを取り戻す」というのはアルとエド二人に共通するア イデンティティのように見えて実はやはりエドのものでしかない。ということです。

「賢者の石が見つかれば、願いが叶うと思ってたのにな」
「見つかるよ絶対、だってこんなにがんばっているんだもの。
軍の狗だって言われても特権に魂を売ったっていわれても負けずにがんばってき たんじゃない」
「もういちど最初からやり直してみようよ…僕もやってみるからがんばってみようよ」


アルのセリフがどうしてこう空回りして聞こえるかといえば、アルは、 自分のものでもあるはずの目的を果たす主体として、自分を設定していないからです。
”がんばっている”のはエド。これから”がんばっていく”のもエド。だと彼は思ってい る。自分はあくまで手伝うだけ。たとえばこれだけへたれているエドを前にしても
「兄さんがやらないなら僕がやる」
とは、この子は絶対にいわないのです。エドがいるかぎり。
アニメ版では自分こそ国家錬金術師になってエドの肉体を取り戻すと息巻いたこと もありましたが、あのときのほうが特殊なテンションであったんでしょうね。3年の旅 の間に兄弟のポジションはガチガチに固定されてしまって、お互いその関係性を疑 おうともしません。

〈1−2〉
エドの方にしても同様です。
エドは本来、「すべて(アルの肉体と自分の欠けた手足)を取り戻す」ことを、アルに 対する自分の罪の償いとしてみずからに課したはずです。
だからアルが
「もういいよ、僕は一生この体でも仕方がない」
と言い出さない限り、
「俺たち一生このままかな」
とは口が裂けても言えないはず
なのです。例え自分が鋼の手足でも仕方がないと 吹っ切ったとしても。
それがポロッと出てきてしまう。アルへの甘えといういい方もできますが、というより は「俺たちの一生」は「俺たち」のものではなくて「俺」が支配しているものだと思って いるからです。
アルが「兄さんがやらないのなら僕がやる」といわないのと同様エドも
「悪いけど俺の手には余るからお前引き継いでくれないか(誰かに任せることにしようか)
とは言わないのです。
自分ができなければアルにもできない、と決めてかかっています。そこにあるのは弟への贖罪の 意識というよりは自分の自己実現の成否への関心だけです。
そしてアルがとがめるのは兄が自分への贖罪を放棄したことではなくて、研究が人 道という壁にぶち当たったときその前で立ちすくんでしまうこと、であるように見えま す。アルもエドに罪を償って欲しいわけではなく、エドのアイデンティティを保ちたい だけなのです

〈1−3〉
続くシーンから補足するとすれば、エドがアルにカップを打ちつけ砕いてし まうシーン。エドは、自分が弟をカップをぶつければ砕け散ってしまう鎧の体にしてしまった己の罪をはっと思い出します。
似たシーンが8話にもありましたね。アルを傷つけるエド。
8話でも、エドは道を放棄しようとしたときに弟にやつあたりしました。どちらのシーンにしても、 ものをぶつけられた弟の傷心は、自分の体がもとに戻らないことへの絶望というよりは、 どちらかというと自分が兄のアイデンティティを保つ手伝いができない ことへの絶望に見えてしまうのですが、どうでしょうか。


《2》賢者の石を「使う」こと
ここからはこのシーンを見ても原作を見てもわからないなあと思うところなのですが 、
本当はここでエドは

【賢者の石がそういうものだとしても使いたいのか?】

という問いに答えなければならないはずなのです。
【賢者の石がそういうものだとしても作りたいか?】という問いには、おそらく二人そろって NOだろうと思います。
しかしたとえば道端に賢者の石が落ちていたと仮定した場合、あるいは誰かから譲り受けた場合、 そういう由来のものだとわかっていても“使いたい”かどうかは非常に微妙なところだと思います。

〈2−1〉
アルの方は「(賢者の石は)見つかるよ絶対」といい、 つまり、見つかれば当然、そ れが複数の人の犠牲の上に生成されていようと自分たちの私利私欲のために使う 、といっています。この心優しいはずの子が、自分たちが生成したのでないからと いってそういう犠牲の上に成立つ賢者の石を使うことに何も感じないのか?と思い ます。そうだとするとアルは
「何も感じないわけないじゃないか。でも僕たちのしたいことってそういう事だよねもともと。 どんな外道にも落ちる覚悟だよね」
と、兄をはるかに超えて開き直っているか、
自分たちの手で複数の人間を手にか けて賢者の石を生成する、のでなければ罪はないと的外れなことを考えているのか、どっちかです。

〈2−2〉
【賢者の石がそういうものだとしても使いたいのか?】
エドがこれをどう考えるかを考えるヒントになるのは14話ラストシーン(および原作2巻165ページ)です。
マルコーさん作賢者の石(未完成)をエドは無理に使おうとはしませんでした。
自分の力で作るのでなければ、自分の力で目的を得るのでなければ彼にとって意味がないのだと読めます。

「やっと掴んだと思ったら、こんどはそいつに蹴落とされて」

賢者の石は、自分が求めるものがそうした犠牲を代価にしうるものかどうかどうかをエドに問 うています。その力があるかと同時にそこまで落ちる覚悟があるかを問うています。 そこに落ちたら自分はタッカーと同じだと思っているエドは“蹴落とされる”わけです。
14話ラストからのつながりでいけばエドには自分で作ることのできない賢者の石には意味がないのであり、 能力の不足のためであろうと倫理のためであろうと作れないのだとすれば例えそこで石を「見つけて」も 使うことはできないと思われます。
しかし今回の
「賢者の石が見つかれば、願いが叶うと思ってたのにな」
からはそのへんのところがちょっと読み取れません。もどかしいといえばもどかしいところです。
しかしともすると、エドの考えていること(作ることができなければ使うこともできない)は アルの考えていること(「見つかるよきっと!」)とは だいぶ離れているのかもしれません。興味深いところです。


というわけでAパート最初の兄弟の描き方から分かることと分からないことでした。


《3》ロス
さて前回かなり苦言を呈したロスについて言わなければなりません。
ここまでですでにいつもの分量と同じくらいですがお付き合いくださいな。

〈3−1〉
前回より各段にロスの方向性が定まっているように見えます。というよりは今回の 方がロスを描きやすい回だったのかもしれません。しかし彼女の態度は良くも悪く もやっぱり「知ったふうなこと」でしかないと思うのです。

「知ってます、あなたたちが賢者の石を求めていることも。
それが生きた人間を犠牲にして作られることも」


あえて言いましょう。

それだけ知ったからとて彼らをどれだけ知ったことになるのか?

自分のやってきたことに意味があるかどうか確かめた結果、意味がないという結論でもいいじゃないか。とロスはいいます。
その「意味」に向かうまでにどれほど兄弟が痛い思いをしたかロスは知らないはずです。

「あなたたちが求めていた物は、そんなに簡単なものではないでしょう」
賢者の石そのものでないとしたら彼らが何を求めているのか、ロスが正確に捉えていたらえらくすごい人だと思います。
というかわたし賢者の石でも失った肉体そのものでもないとしたら彼らが求めているものはなにかってきちんと言える自信がありません。
ロスが彼ら以上に彼らのことを把握しているわけがないのです。

〈3−2〉
だけどこの場にいるおとなとして、ロスはエドに対して最善の対処をしました。

結局目的が達せられない=意味がないという結果でもその結果を直視して先に進みなさい。 生きる意味は覆るかもしれないが、そうして生きてきたことは無意味ではない。

上手くいえないけどロスが伝えたのはそういうことだと思います。
ロスに偽善の自覚がどれだけあるかわかりませんが、それで確かにエドは結果を直視する意志を固めたのです。

「知ったかぶりのおせっかいなおとな」
としてロスは十分役目を果たしたのだと思います。

前回は職務にもおせっかいにもどちらとも煮え切らない態度のロスでしたが、今回はおせっかいと職務がきちんと 整合していて(第5研究所の調査を任せろと言うあたりとかね)分裂なく見ていられました。

…これでAパートのこと全部言ったかな。
あとはマルコーさんは第三研究所所属だったけど第五研究所のグランにこき使われていたのはきっと非公式になんだろうなと思いました。


《4》Bパート。
Bパートは気持ち良く見ていられました。以下箇条書きで。

○「好きででかくなったんじゃないやい!」
これ以上のことばは不要

錬金術師魔法使いスカー
・腕に入った賢者の石の力だっていいたいんだろうけど。

○ウロボロス組の思惑は原作とはちょっと違う。
・どう違うかは今考えてもおそらく無駄。

○伏線の匂いばりばりで挿入されるラストのリゼンブールのショット。

○バリー=66が、大怨つらなるエドじゃなくアルを攻撃したのが謎
・たぶんね48に独り占めするなって言われて、どっちがどっちを殺るかでもめて、
 じゃんけんになったんだと思うのね私。

次回予告:「守護者の魂」

「たくさん泣いた、笑った。そして地獄を見てきた。あの記憶はウソじゃない。僕は人間だ。」

…次回予告のセリフもその回の脚本家さんが書いているのかなあ。
出来不出来に毎回すごい差が。今回はすごい胸締め付けられたよ。
(2004.03.02記)

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