#16 「失われたもの」


思わずうなってしまいました。この物語、夢中になる価値があると思った。
この地味なエピソードはなんか後々まで光って見えるような気がします。
戦闘シーンもお色気キャラもない(重要キャラは名もないおっさんだよ/笑)オリジナルストーリーでもここまでできるんじゃん!すごいよボンズ!


今回のポイントはふたつ、
A・エド(達)の生きる目的「すべてを取り戻す」が相対化された
B・軍部の彼らが背負った罪にエドがどう向きあっていくか
このふたつが「失ったもの、その代わりに得たもの」というキーワードにそって語られ、登場人物それぞれが、それぞれの罪の果てに何を見て今生きているのかが、エドの視線でていねいに描かれています。


冒頭、マルコー氏からの秘密の伝言を「とにかくこれ、大佐たちにはないしょだ」とするエド。
「あいつらを信じていいのか、分からなくなった」

言わずもがなですが、彼がここでどうしてここまでショックを引きずっているのか確認しましょう。イシュヴァールで何が起きたか、彼は情報としては15話以前に(14話に)得ています。賢者の石(未完成)を使って大量虐殺がおこなわれたこと、それをおこなったのが現在の自分と同じ国家錬金術師連中だということ。これだけでも相当ショッキングな話です(原作はここまでです)が、 エドは
「戦争に負けたやつがいちいち復讐していたらキリがない」
と、おそらく自分でも詭弁だと思っていそうな冷めた物言いをします。イシュヴァールで虐殺された人々を無理矢理にでも「戦争に負けたやつ」とひとくくりに捉えようとします。
アニメ15話ではその過去がマルコー氏の口から詳細に語られますが、しかしそれでもエドは
「だからって、あんたが殺されてやることはない」
と、スカーの復讐を否定します。
しかしそのエドが最終的に打ちのめされるのは、やはり問題が個人的な利敵関係になったからです。
彼にとって、「イシュヴァールで何があったか」というのは、
「俺の関係者によって多くの人間が虐殺された」
ことではなく、究極的には
「俺の関係者によって俺の関係者が虐殺された」
ことなのです。
そういう関係(=「殺されたものの側」)におかれてはじめてエドはスカーの復讐の相手が自分(たち)であることの意味を知ったのだと思われます。
冒頭エドが引きずっている衝撃はこういうことです。

そのスカーへの態度が転換するのが駅のプラットフォームでのシーンです。
ニーナを殺したのはスカー――その情報を得て驚愕しそして
「ありがとさん…これで、ヤツとやれる」
と呟くエド。
こころなしかその後生気が回復しています
自分たち国家錬金術師を仇に思うイシュヴァールの民、という構図、しかもそのなかで兄を奪われたというスカーをエドは憎み戦うことができなかった。むしろ「等価交換として俺(=兄)を殺せ」とまで言っています。
しかしそれが純粋に「ニーナの仇」になれば、彼は「ヤツとやる」ことができるというのです。つまりこれでやっと、エドはスカーにただ殺されてやることを回避し、逆に打ちのめす理由を得たのでした。
どうみてもそのことに気分が昂揚しているあたり、この少年の好戦性が痛々しく思われます。
やっぱりこの作品がばくぜんとした「正義」を追求するのではなく、あくまで個別具体的な個人の幸・不幸に帰結するという姿勢を確認させてくれます。

ところでこの知らせを持ってきたのはヒューズ中佐です。勝手な想像ですが、それをエドに伝えるよう仕向けたのは大佐ではないでしょうか
腕を破壊されて東方司令部に戻ったエドの弱りぶりはなかなかのものでした。 そんなエドに、大佐にしては珍しく、ひどく低劣な挑発(「痛いよー、オシッコもれちゃうよー、ってな」)をふっかけます。どうにかしてエドの活発な反応を引き起こすためだったでしょう。しかしその挑発にエドは乗ってこなかった。大佐はこれに舌打ちしたんじゃないかと思います。
これを見かねて、方向性はどうあれ彼を自棄的な精神性からすくい出す(救い出すとはいわない)必要を感じたんじゃないかと。
そしてスカーがニーナの仇だという事実が、エドをさらに打ちのめすのではなく立ち上がらせるだろうことをきちんとわかっているあたり、これは大佐の仕業ではないかな、と勝手に思ってみたりです。とにかく大佐はエドが少なくとも黙ってスカーに殺されるようでは困るのです。

ちょっと飛ばして、足を失った退役軍人との会話。
ここでエドは重要なことにいくつか気付かされます。
●ひとつは、軍部の人々もまた、失ったものに苦しんでいる(かもしれない)ということ。
●ふたつめは、エド自身がかけがえのないものを失った代償に得たものがある(かもしれない)ということ。
●みっつめは、失ったものを取り戻すだけでは彼は幸せになれない(かもしれない)ということ。

アームストロング少佐に「イシュヴァールであったこと」を突きつけたときの少佐の反応から、エドはすでに「国家錬金術師たち=殺した側も、イシュヴァールで傷ついた」ことを感じ取っています。もっと言えば13話の終わりがけにロイから聞いた「いろいろ、嫌なものを見た」からそれを推測しています。そして元軍人との会話から、すくなくとも「人を殺しても、何とも思わないやつらもいる、それが軍人」だというわけではないことを確信します。だからといって彼らの罪が消えるわけではないのですが、その罪を罪と思っていないわけではない(人もいる)ことを察します。
ラストシーン、エドは少佐に「さっきは、悪ぃ」と詫びを入れますが、きっと大佐にも何か言いたいことがあるだろうな、と思います。
4年前大佐がリゼンブールに来たのは、ロックベル家を訪ねるためだったのではないか。と推測までしています。まあまだそのへんはよくわかりませんが、どうやらエドたちはロックベル夫妻を手にかけたのがロイだとすでに知っているようです。(ちぇっ←15話感想参照)。冒頭自分の整備士を「大佐は知ってるよな」などとカマをかけています。

ふたつめとみっつめ。これを指摘したのは画期的なことです
原作よりアニメの方が展開が進んでいるか、もしくはアニメは原作と別の方向をむいています。
「取り戻せ、すべてを」というのはハガレンの名コピーだと思いますが、取り戻すのが具体的に手足とアルの身体だけだとしたら、彼らはマイナスをゼロにする作業に没頭しているということになります。その切実さは分かりますが、はたしてそれが後ろ向きなベクトルではないといいきれるのかどうか(これはずっと気になってました)。
マイナスがゼロになったとき彼らはどうするのか。あるいは今の「五体満足でない」状況はただマイナスなだけなのか
今すぐエドに答えは出ないでしょう。
「それでも、俺達は取り戻す」としか彼はいえません。
かけがえのないものを失い、それを取り戻すために自らの身を縛り軍の狗になった(銀時計を握りしめて震えています)自分がそれでも得たものは何か。マイナスがゼロになった後彼らはどうするのか。
最終回までにこれが描かれるとしたら目が離せません。


さて今回並列してアルの珍道中も描かれており、こっちもユーモラスながらなかなか興味深いです。
自転車をこぐアルってのはそういうことだったんですね。でも鎧アルって身長200センチを越えるんじゃなかったっけ…なんであの少年にジャストフィットしてるんだろう…。
「ぼっ…ぼく最新型の喋る鎧なんです」
「にょろいののろい…じゃなかった…! 呪いの鎧なんです」
と必死にでまかせを言うアルはすごくかわいかった…!
それはともかく。
「出入り」に行くという少年に、体は痛くなくても「心は痛いはずだよ」といい、
「僕と一体になれば、心も体も痛くなくなるよ」
と詰め寄るアル。
少年にこの言葉がどれほど深く響いたかは分かりませんが、体にせよ心にせよ「痛くなくなってしまう」ことがどれだけ辛いことか、アルは良く知っています
アルに限って言えば、彼が身体を失くして得たものは「痛みを感じる心」だったのではないかと私には思えます。
それが、「痛くない体」を手に入れてしまった彼の最後の人間らしさだからです。

このことは元軍人がいった、戦場では「心が自分を守るために感情をシャットアウトしてしまう」というのと重なります。
戦争で足をなくした彼がその代わりに得たというものは「心の平和と孫たちとの暮らし、そして――」
罪を罪と思える心、痛みを痛みとして感じる心だったのではないかな、と、私は推測します。



以上が今回の本筋だったと思うのですが、さてそのほかにもいろいろ。

マルコー氏を放置していたことで自分を処分してくれ、と、ロイ。
彼に罪があるなら自分にもある、と考え、その贖罪がしたかったのではと思われます。
しかしどちらの罪をも黙殺するつもりらしい大総統。
「賢者の石は存在しない」
字義通りにとればこれは、イシュヴァールでの虐殺という事実を隠蔽すると言う意味に聞こえるのですが、閣下のことだからそれで終わるはずがありません…!!(ぶるぶるぶる)
で、「このとおり無事」なロイに向けたホークアイ中尉の切なげな瞳にキュンときます。すぐに「一度は処分された方が、引き締まるかもしれませんね」とか毒舌を吐くところがまた!! あー中尉好きっ。


そしてスカーとウロボロス組がそれぞれ汚い手を使って(汗)マルコー氏の資料が第一分館にあるという情報を手に入れます。グラトニーとスカーはまだ接触していないっぽかったので、今後第一分館の資料をめぐって激突すると思われます
ところでマルコーさんは「大総統のお返事」を待っているとのことでした。これも字義通りにとれば、マルコーさん個人の進退は(軍法裁判にかけられるでしょう普通は)どうなったのかというようにもとれますが、おそらくそうでなくて賢者の石がらみでしょう。
石の取り扱いについてマルコーさんが何かを大総統に進言したのだとしたら、先ほどロイの退出したドアに向かって言った
「賢者の石は存在しない」というのは、ロイに向けてと言うよりマルコー氏への「返事」だと考えられます。…今後の展開に期待。
いやっそれにしても大総統府に保護されているはずのマルコーさんがラストに襲われるっていうのは本来警備の手落ちなんですがそれだけとも思えず…(ぶるぶるぶる)
大総統怖いよう。

今回作監さんのせいなのか、エドの顔の造作が非常に子どもっぽくて萌えました
泥の中すっ転んでハナミズずるー、とかのシチュエーションも良かったのですが(笑)それ以上に何の変哲もない普通の表情が非常に幼げでかわいかった…
あと演出がいやにエヴァっぽかったなとか
エドのズボンどうしてそんなに不自然に破れるのかとか(破れてなければ今回のBパートはありえなかったのですが)
エドの足を盗んだ少女の、中途半端な盗みっぷりとか(さっさとエドの目の届かないところまで逃げるべきだってば)
いろいろつっこみつつ非常に面白かったです。地味だったけどそう感じさせなかった。

次回予告:「家族の待つ家」
原作9話(第3巻)の再現かな。オリジナルの要素(とくにロックベル夫妻がらみ)がどう響いてくるか見たいところです。
(2004.01.27記)

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