〜Fate Silver Knight〜 

〜君と僕のココロ〜



熱のこもった風が、中庭を通る。夏の日中のような暑い夜が、始まろうとしていた。
両手に剣を投影して、俺は目の前の騎士の少女を迎え撃った。

「……いくぞ! てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぃっっ!」

風が凪ぐ。純白の鎧を纏い、聖刻を刻んだ剣を両手に持って、少女が肉薄してくる。
振るわれた剣を弾き、返す手で少女の頭部を狙う。しかし少女は身をかがめ、その一撃をやり過ごし、そのまま剣を突き出してくる。

「くっ……!」

身を捻り、その一撃をかわし、ジャネットの背中に向け、干将を振り下ろす。
ジャネットはさらに身をかがめ、剣を持ったまま前転し、俺の剣を避けた。
前転して身をかがめ、背中を向けるジャネットに肉薄しようとした。だが、彼女は振り向きざまに、迷いなく正確に俺の喉もとに向かい、剣を繰り出してくる!

「うっ……!」

とっさに身をのけぞらす。首の皮が切り裂かれ、ぱっと血が舞う。
もう少し深く踏み込んでいたら、喉を切り裂かれ――――いや、首を両断されていただろう。

「ちぃっ……!」

舌打ちをし、立ち上がったジャネットは鋭い瞳で俺を睨んできた。
その背後に、動きがある。赤い服を纏った少女の影。その手が突き出され、その指先には宝石が一つ、輝きを放っていた。

『……第一項、開放!』

魔術の言語を繰る遠坂の言葉に、俺はとっさに全身に魔力を集中し、両足を広く構え、遠坂の魔術に対応する。
宝石は遠坂の言葉と共に、激烈な閃光を発し、彼女の手を離れ、俺に向かって突き進んでくる!
その輝石に宿った魔力が開放され、炎が俺を包み込んだ……。

「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

顔面を庇い、俺は呻き声を上げる。身体が焼き尽くされるような錯覚。
炎が、身体を包む魔力の防御とせめぎあっているのが分かる。もし魔力が押し負ければ、炎は俺の身体を焼き尽くしていただろう。
普段の俺なら、数秒とかからず焼き殺されていただろう。だが、炎がおさまった時、俺は無事に、そこに立っていた。

「――――嘘!? 何で無事なの、士郎」

呆然とした遠坂の声。だが、それに構っている暇はなかった。
視界が戻ったその時、すでに眼前にはジャネットの剣が迫って――――!

「!」

がきっ、と刃がぶつかる音。考えるよりとっさに動いた莫耶を持った腕が、ジャネットの剣を受け止めていた。
二対の白刃が激突し……押し合う。全体重をかけてくるジャネットに押されまいと、俺も踏みとどまって耐えた。
その視線の先、遠坂が懐から、また宝石を取り出すのが見えた。そうまでして、俺を殺したいのか、遠坂は……!

「どこを見ている! お前の相手は私だっ……!」

怒ったような、ジャネットの声。それと同時に、彼女は俺の腹部を蹴りつけてくる!
あえてそれを受けながら、俺は後ろに飛んだ。追いすがるジャネットに、干将・莫耶を投げつける!

「なっ……んだとっ!?」

まさか、剣を投げつけられるとは思っていなかったんだろう。ジャネットは足をとめ,飛び来る二本の剣を叩き落す。
その間に、俺は再び、二対の双剣を投影し――――、

『第二項、続いて三項四項の複合干渉!!』

その瞬間、横合いから遠坂の魔術が、俺に向かって放たれた!
最初に飛んできたのは、突風。しかし、それだけではない――――その風に乗るように、無数の氷の礫、さらには雷撃までが……って、やばいっ!!

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

身の危険を感じたとき、とっさに体が動いていた。

両手の干将・獏耶の構成を初期化。瞬時に飛来する攻撃に対する、適応武器を脳内のデータベースより検索。
適性判断にかなった二つの武器を構築し、素材を魔力で代替し、編み上げる。右手には黄金の剣を、左手には七夜の名を関した短刀を。
一秒にも満たないうちに投影したその武器を、俺は振るう。まずは、左手にもった七夜の短刀を――――『投げ捨てた』。

バシャンッ!


雷撃は、俺にぶつかる直前、軌道を変えて短刀へと収束する。だが、まだ飛来する氷の礫がある!
俺は両手に聖剣を持ち――――それを振りぬいた。

「――――らぁっ!」

ゴォッ!!!

約束すべき勝利……その名を関した剣は、刃に纏った突風を持って、飛び来る風と、氷の塊を吹き散らした。
だが、いくつかの氷は、勢いを殺せず、俺の身体に命中した。息が詰まる、だが、倒れるわけにはいかない。
俺は、両足に力をこめて踏ん張って、周囲に視線を向け……遠坂も、ジャネットも、呆然とこっちを見ているだけなのに気がついた。
どうやら、完全にしとめたとでも思ったのだろう。俺はとにかく一息つくと、両手に持った剣を消した。

「そんな……でたらめにも程があるわ」
「でたらめなのは、どっちだっ!」

ポツリとつぶやいた遠坂の言葉に、俺は思わず突っ込みをいれる。しかし、それがまずかったようだ。
俺の言葉に我にかえったのか、遠坂は焦ったように、懐をまさぐる。どうやら、また宝石を取り出すつもりのようだ。
冗談じゃない。これ以上あんな、心臓に悪い攻撃をされてたまるかっ――――俺は、遠坂へと駆け寄ろうとする!

「させないと言った!」

だが、俺の進路をふさぐように、ジャネットが立ちはだかる。どうするか、片手間にあしらえる相手じゃないが、遠坂を放っておくわけにも行かない。
迷う俺に、ジャネットは間髪いれず、切り込んでくる。俺は仕方なく、それを迎撃しようとした、その時――――。

びゅっ! ジャラジャラッ!!

「なっ……!?」

ジャネットの動きが、止まる。何者かが投げた鎖が、いや、鎖つきの短刀が、ジャネットの腕へと蛇のように絡み、動きを止めたのである。
そちらへと視線を向けると、そこには見知った顔――――、

「ライダー!」
「遅くなってすみません、士郎」

そこには、傷つき、ボロボロになりながらも、健在なライダーの姿があった。
先ほど、シグルドと共に出撃した彼女が、なぜここに……そういった疑問は、すぐに解決する。

「ライダー、何やってたのよっ! ずっと呼びかけてたのよ!」
「申し訳ありません、マスター。少々、手間取っていたものですから」

イリヤの言葉に、ライダーはそのように返答する。なるほど、イリヤがライダーを呼び寄せたのか。
ライダーの手には鎖つきの短刀。その鎖は、ジャネットの腕に絡み、ジャネットは忌々しそうにそれを振りほどこうとした。

「くっ、こんなものっ……!」
「させない! 士郎、ここは引き受けます、あなたはトオサカリンを!」
「なっ!? きゃあっ!」

ライダーの言葉と共に、鎖が引かれる。ジャネットの身体が宙を浮き、ライダーの方へと引き寄せられた。すさまじい怪力である。
なんにせよ、これでジャネットの邪魔はなくなった。俺は、両手に剣を投影しながら、遠坂に向かって駆ける!

遠坂は、間に合わないと見て取ったのだろう。アゾット剣を取り出すと、俺に向かって構えを取り――――瞬時に、俺に向かって駆け寄ってきた!

「!?」

速い――――いつの間に筋力強化したのだろうか、遠坂はすばやく俺の懐に飛び込むと、俺の胸板に向かって、刃を突き出す!
その瞬間、脳裏は真っ白になった。見えるのは、遠坂の持つアゾット剣だけ、そして――――、

ガギャンッ!

「えっ!?」

遠坂の呆然とした声。その突き出された剣の切っ先は――――俺の胸付近に投影した『誰も持っていないアゾット剣』の切っ先に、止められていたのである。
投影は、別に手に持っていなくてもかまわない。集中することができれば、それは宙に浮いた状態でも編み出せる。
そんなことは、思いもよらないことだった。だが、無意識にそれができることを、俺は俺自身を持って発見したのだった。

なまじ、筋力強化したのが仇になったのだろう。遠坂のアゾット剣は、俺のアゾット剣と共に、まるで鏡に映るかのように同時に――――皹が入り、砕けた。
そうして、遠坂は無手になる。何かをしようとしても、もはやそれをするだけの時間的余裕はない。
俺は、敵である彼女に向かって、剣を振り――――敵って……言うのかな、遠坂は…………、

「――――え?」
「あ……れ」

遠坂の、呆然とした声。そして俺も、困惑した声を出した。
腕が、動かない。いや、腕が止まったのだ。勢いをつけて振られたはずの剣は、遠坂の身体に触れる寸前、急に動きを止めたのである。
呆然と俺は、手に持った干将を見る。黒の剣は、遠坂を傷つけることを恐れているようだった。いや、恐れているのは、俺なのか。
襲い掛かって来れば、戦わなければならなかった。イリヤ達を守るためには、そうするしかなかった。

だけど、本当に殺してしまっていいんだろうか。俺は、本当に遠坂を――――、

「ふざけ、ないで」
「え?」

押し殺したような声は、遠坂の発したもの。彼女の顔を見ると、彼女は怒っていた。それも、今まで見たことのないような怒り方で。
自分が殺されかかったせいとか、そういうものじゃない。そんな怒り方とは明らかに違う。

「私たちは敵同士なのよ。何で情けをかけようとするの! 私は、士郎を殺そうとしたのよ。それなのに……!」
「お、おい、遠坂!?」

遠坂の体温が、身近に感じられる。怒った顔の遠坂は、言葉の途中で、泣きそうな顔になると、俺にすがりつくように抱きついてきたのである。
両手に持った剣を、手放すこともできず、俺は呆然と、抱きついたまま……俺を見上げる、遠坂を見つめ返した。

「本当に、何であなたは……私は、止めなきゃならないのを、分かってたのに」
「?」

何のことだろう。何かを知っているような遠坂の口ぶりが、妙に気になった。
俺は、遠坂を問い詰めようと、彼女を見つめ、口を開こうとする。だが、

どずっ。

妙に鈍い嫌な音と共に、左胸に鈍い痛みが走ったのは、その時だった――――。

〜幕間・不死の英霊〜
〜幕間・魔性の槍、神覇の槍〜

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