〜Fate Silver Knight〜
〜幕間・魔性の槍、神覇の槍〜
真紅の牙を持つ青い獣――――ランサーの身のこなしを著すのには、そう称するのが最も適した形であろう。
城門から飛び降りた彼は、まるで獣のように身をかがめ、狼のように素早くしなやかに、少年に肉迫する。
それに対し、少年は自らの武器である、長槍を両手に持って、間合いを離そうと、地を蹴り、後方の森へと跳んだ。
逃がさぬとばかりに、少年の後を追い、森へと侵入するランサー。そうして、深い緑の森の中、凄絶な激闘が開始されたのである。
舞散る火花と、激突する鉄――――地面に足を付けてではない。木々の合間を抜け、枝葉を飛び移り、空間全部を使った戦闘が、そこには展開されていた。
そもそも、長槍という武器は、実際には戦闘の型にはめると、とれる行動は少なくなる。
突きと振り、リーチの長さを生かせるとはいえ、実際に振るってみれば、大柄な武器の重量は、確実に持ち手の行動を束縛する。
ゆえに、隙の少ない突きと、槍の柄で、相手の身体ごと打ち据える振りぬき、振り降ろしが槍の基本的な戦いである。
基本的な戦いなのだが……、
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「はぁっ!!」
まるで彗星のように、あるいは流星のように、ランサーと少年はその身体ごと相手を砕くかのように突撃をかける。
ぶつかりざまに、互いの急所の狙い無数の突きを放ち、すれ違いざま、追いすがるように槍を振り回し、相手の身体を両断しようとする。
木の幹や枝、足場に使えるものは何にでも足をかけ、その反動を利用し、相手へと、もしくは距離をとるように跳躍する。
おおよそ、槍兵には似つかわしくない超高速戦闘――――だがランサーと少年は、その渦中にあって、それでもまだ、互いに全力を出してはいなかったのである。
くるりと、軽業師のように背面宙返りをしながら宙を舞い……木の枝に着地する少年。
はじかれた勢いそのままに、片膝を付くような姿勢のまま、地面をすべり、とまるランサー。
騒々しく、鳥達が飛び出す――――銀の騎士が焼き払った森は、夜にも関わらず真昼のような明るさを放っていた。
「なかなか凄いね……君は」
「ちっ……平然と俺の槍を捌いてるくせに、言うことが嫌みったらしいんだよ、てめえは」
感心したような少年に、ランサーは苦々しい口調で吐き捨てた。
矛先をルーに向ける青い騎士を、愉しげに見つめていた少年は、問うように小首をかしげた。
「それにしても、宝具は使わないの? 様子を見る限り、まだ何か、隠しているような気がするけどなぁ」
「――――ちっ」
ランサーは舌打ちをし、槍を持つ両腕に力を込めなおす。
彼の持つ宝具は、近接戦闘用の死棘の槍、投擲用の死翔の槍の二つである。
しかし、こうも間合いを頻繁に変化させる戦闘では、どちらの宝具も使うことができなかった。
死棘の槍を放つには魔力の溜めが必要になるが、斬り結びながらは不可能だし、相手もそれを許してくれない。
死翔の槍は、遠距離から放つことができるが、軌道は直線的であり、避けられればそれまでである。無手になるような愚は犯したくなかった。
ランサーの心情を読み取ることなどできようはずもなかったが、少年はしばし考えて機先を制することにしたらしい。
「それじゃあ、僕から先にいくことにするよ」
少年は、手に持った槍を振る。残光の軌跡を残し振るわれる槍、その残光が、消えることなくその場へと凝固する。
「なにっ!?」
少年の槍が振るわれるたび、槍の形をした光が、少年の周囲へと生成される。
少年は五たび槍を振るい、五つの光の槍を周囲に展開した。光の槍は、少年を護るかのようにふわふわと周囲に漂っている。
ランサーは、警戒するように身構える。おそらくあれが、少年の宝具だろう。その威力は、推して知るべきだった。
光の神と呼ばれるルー…………少年は、槍を殲滅すべき相手に向け、真名を高らかに詠みあげた。
「轟く五星!」(ブリューナク)
少年の言葉と共に、五つの幻槍がランサーへと飛翔する!
その場を飛び離れるランサー、幻槍はランサーの足元に着弾し、拳銃の弾丸ように穴を穿つ。
ランサーの死翔の槍のように、爆散はしないものの、直撃を受ければ確実に身体を削がれるだろう。
地面に突き刺さった、五つの槍は……自動的に少年の元へと戻る。少年を守護する光の槍は、まさに稀代の英霊の名を冠しているかのようだった。
ランサーのように、遠距離の相手に攻撃する時、槍を手放す必要も無い、まさに攻防一体の宝具といえた。
「くそったれがっ……!」
離れていることの不利を悟ったのだろう。ランサーは跳躍し、少年に踊りかかった。
真紅の槍が、少年に迫る――――だが、少年の周囲を漂う幻槍が、彼を守護するようにランサーの槍を迎撃する!
「なっ!?」
「はぁっ!!」
動きの止まるランサーの肩口に、少年の槍が命中する。吹き飛ばされるランサーに追い討ちをかけるように、五条の聖洸がランサーを貫いた!
もうもうと上がる土煙――――枝の上に乗ったまま、少年は面白そうに眼下を見下ろす。
地面に激突したランサーが、むくりを身を起こしたのが見える。その肩口を脇腹、太ももに鋭利な傷……それが見る間に治癒し、塞がった。
「へぇっ……凄い回復力だね。君の宝具は、もしかしてそれかな?」
「あいにくと、これは借り物だ――――くっ」
身を起こし、ランサーは少年を見上げる。傷は修復するものの、痛みは確実に残る。
奇妙な脱力感――――傷の回復と共に、魔力が減衰するようである。いくら回復が優れているといっても、そうそう傷を負うことはできないようだ。
(使うしかないか――――?)
ランサーは内心で歯噛みし、真紅の槍を握り締める。頭上には森の炎に照らされ、光の槍に守護された少年。
少年の持つ槍が、再びランサーへと向けられる。その行動に感応し、光の槍が不規則に、連携をもってランサーへと襲い来る!
ランサーは後退する。飛来する光の槍を三本目までは避け、一本は矛先で砕き、最後の一本は槍の柄を使い、受け止める。しかし――――、
「貫きし者!」(ブリューナク)
「ごっ!?」
六本目――――少年が自ら放つ、伸ばした腕より突き出される槍が、ランサーの脇腹を大きく抉った。
ランサーは転がるように地面を走り、少年から離れた。少年は追撃を止める……その顔には、静かな笑みが浮かんでいた。
蒼い騎士は這い蹲るような格好で、少年を睨む。獰猛な獣を連想させる気迫。ゆらりと身を起こし、右手で槍を持った。
「――――なるほど、投擲武器か」
ランサーの構えを見て、少年は納得するように呟く。そうして三たび、長槍をランサーに向けた。
少年の周囲の、星の輝きを持つ五つの幻槍が、ランサーへと直進、あるいは曲線を伴い、発射される!
迫る五つの宝具――――ランサーはそれに対し、必殺の一撃を放つべく、身をかがめる。
蒼い騎士の身体が宙に舞う。木々を足がかりに、更なる高み……虚空へと飛ぶランサー。それを見上げる少年に狙いをつけ、彼は必殺の一撃を放つ構えへと入った――――!
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