〜Fate Silver Knight〜 

〜虎口よりの脱出〜



じ……と空気の焦げるような緊迫感があった。
部屋の戸口に立つ遠坂とジャネット、アーチャー。対する俺達は、魔力を通した丸い机を盾に、彼女らに相対していた。
今ひとつ、納得はできなかったが、この状況は疑いなかった。どのような事情にせよ、結果……遠坂は、俺達の敵になってしまったんだ。
迷うことは許されない。迷えば、俺だけでなく、周囲の二人も犠牲になる。この期に及んで、遠坂に詰問を浴びせることなど、できなかった。

少し離れた所には、ギルガメッシュ。何か相手が行動を起こしても、対処する自信があるのか、行動しようとはしていない。
部屋の入り口に立った遠坂たちも動かない。何かのきっかけで均衡が崩れれば、破壊の嵐が吹き荒れるであろうその空間で……。

「そんなっ、どうやって潜入したのっ!?」

最初に口を開いたのは、イリヤであった。彼女はまるで、幽霊を見るかのように、遠坂達を見つめている。
言われてから、確かに変だと俺も思うところがあった。森の中を囲む結界――――侵入者を特定する結界は、侵入者を事前に察知できるはずである。
だが、遠坂達が部屋の前まで来るまで、俺達はその存在に気づかなかった。いや、ギルガメッシュの牽制が無かったら、今ごろは崩壊した部屋の一部になってたかもしれない。

「――――ああ、そのことね。簡単なことよ」

イリヤの言わんとした事が分かったのだろう。遠坂は軽く肩をすくめ、何のことは無いという風に言う。
その言葉に、プライドを傷つけられたのだろう、イリヤの表情が目に見えて険しくなった。

「そんなはず無いわ! アインツベルンの魔術の察知を潜り抜けてここまで来れるなんて、ありえないもの……!」
「――――だが、実際、私達はここに来た、どうしてだと思う?」

はき捨てるようなイリヤの言葉に、返答をしたのは、意外にもアーチャーであった。
その時、遠坂の表情がわずかに曇ったように見えた。だが、緊迫した状況であり、それは見間違いであったかもしれないが。

「簡単なことだ。『知って』いたのだよ。アインツベルンの魔術の構成も、その構築方法もな。形の分かる迷路なら、走破することは容易いだろう」
「!?」

妙に引っかかる、アーチャーの言葉。魔術師は家系ごとに独特の魔術形式を持つ。
それは、秘中の秘とされ、他の家系のものが、いや、他の魔術師が知ることなど無いはずであった。
ゆえに、アーチャーの言葉には疑問が残る。それは――――、

「何で、知ってるの!? あなた、まさかアインツベルンに縁の在る英霊なんじゃ……」
「――――」

かすれるようなイリヤの言葉に、アーチャーは無言。だが、その笑みは肯定を示しているようにも見えた。
先ほどよりも、数倍重くなったように感じられる沈黙が、周囲を満たす。赤い外套の騎士、その存在が、何倍にも不気味に感じられた。
だが、そうやって沈黙できるのも、それほど長くはなさそうだった。先ほどより、遠坂の傍らにいるジャネットが、いらただしげに剣を握りなおしているのが見えたのである。

――――この場所は、不利だ。遠坂達を睨みながら、俺はそう考えた。
遠坂達は、廊下より部屋の中をうかがっている。いざとなったら、廊下に避難すれば事足りるのだが、俺達はそうは行かない。
密閉された空間は、逃げ場など無い。とっさに机を盾にしたが、長くは保たない事は分かりきっていた。
それに何より、ヒルダさんやイリヤをこのまま巻き込めば、確実に命の危険にさらすことは明白である。

なら、どうするか……考えはまとまらなかったが、その時、肌に感じることがあった。
壊れた部屋、穴の空いた床や天井――――考えている暇は無い……! 俺は足に魔力を込めると……盾にしていた丸机を、遠坂達の方へと蹴り飛ばした!

「!」

とっさに反応し、遠坂を守るようにジャネットとアーチャーは机を叩き落す。その一瞬、注意のそれた一瞬に、俺は二人を抱えると、後ろへと、大きくとんだ。
風が、耳に響く。背中をぶつけるはずの壁は、そこには無かった。先ほどのアーチャーの攻撃は、窓際に面した壁をも、崩落させていたのである。
そうして、俺達は一瞬の停滞の後、真下に向かって落下する……!

「きゃぁっ!?」
「わわわっ!?」

慌てる二人の声。ほんの数秒にも満たない一瞬の後、俺の両足は地面と激突した。
二人の体を両肩に担ぎ、俺は両足を踏ん張った。魔力の強化と、部屋の位置が、二階だということも幸いした。
これ以上高かったのなら、両足が使い物にならなかったかもしれない。痛みを堪え、俺は二人を大急ぎで地面に降ろした。
いきなりな事に、驚いてはいるものの、二人とも腰をぬかした様子も無く、しっかりと地面に立っていた。

「イリヤ、ヒルダさんと一緒にここから離れてくれ。ヒルダさん、彼女をお願いします」
「――――そうですね、お邪魔にならないように、離れて応援しましょうか?」

そういうと、中庭の片隅、俺からでも確認できる位置に、ヒルダさんはイリヤの手を取り駆け出した。
イリヤはもの言いたげだったが、状況は分かっているだろう。迷わずヒルダさんと一緒に、その場から離れようとする。
その時、走りながらイリヤが、俺の頭上を指差すのが見えた。

「シロウ、上!」
「!」

言われて、頭上を見上げる愚を犯さなかったのが、幸いした。とっさにその場を飛びのき、走る!


きゅぼぼぼぼぼぼぼぼんっ!!


ど派手な音を立てて、走る俺の周囲に着弾するそれが何か、すぐに分かった。それは、命中しただけで、相手の魔力を根こそぎ吸い取るような、強力な呪い。
遠坂のガンドが、頭上から俺めがけ、降り注いだのである……いや、俺だけじゃない、ガンドは走るイリヤ達の方へも飛んでいった!

「――――見境無しかよ、遠坂のやつっ!」

俺は進行方向を変え、イリヤ達の助けに入ろうとしたが……次の瞬間、イリヤ達に向かっていたガンドが、ことごとく中空で掻き消えた。
何が起こったのかは分からないが、どうやら二人のうち、どちらかが、飛来するガンドを無効化したらしい。
よくよく考えれば、イリヤもヒルダさんも、生粋の魔術師である。英霊との肉弾戦ならともかく、魔術勝負となれば、彼女等に適う者はそうそう居ないだろう。

とすれば、後はこっちをどうするかだが……頭上から降り注ぐ形の無い呪いを、避け、また投影した剣で弾きながら、俺は考えた。
といっても、考えるほどの暇は無かったが。ガンドが飛んできて、それが終わるまでは一分も時間が経過しなかったからである。
いきなりな攻撃は、始まりのときと同様に、唐突に終わりを告げた。まるで、通り雨が上がるかのように。

「?」

足をとめ、俺は飛んできた場所――――先ほどまで俺達が居た、二階の部屋を見た。
その時、部屋からあいた穴から落下する、ひとつの人影があった。夏の夜、月明かりを浴びたそれは、まるで歌劇のように華やかな光景だった。
赤い服の少女を抱きながら、女騎士は緩やかに、二階より大地へと降りたった。

先ほどの俺のような無様な落下ではない。まるで彼女は、神に守られているかのように、羽衣のように軽やかに大地へと降りる。
その光景に見とれていると、俺の視線に気づいたのか、遠坂を地面に下ろしたジャネットは挑むように俺を睨んできた。
遠坂はというと、数歩後ろに下がり、ジャネットをサポートする姿勢のようだった。

「さ、それじゃあ続きを始めましょうか?」

遠坂の言葉に、ジャネットは再び腰の剣を抜き、構える。彼女らを見ながら、俺は先ほどの部屋に注意を払った。
その部屋には動きは無い。アーチャーをギルガメッシュがうまく抑えてくれているのだろうか、それとも、その逆か……。
なんにせよ、俺一人で彼女らを相手にしなければならないようだった。

遠坂は、俺よりも明らかに上位に居る魔術師、ジャネットも、剣の腕は俺よりも上だろう。
正直、彼女らに勝てるとは思えなかった、だが、それでも…………。

『ヒルダを頼む。君が守ってくれ』

託された言葉がある。願われた言葉は真摯であり、守り通さねばならなかった。

「――――シロウっ!」

そして、守りたい少女が居た。養父の忘れ形見であり、俺にとっても大切な少女。彼女のためにも、負けるわけにはいかなかった。

「投影、開始!」

焦らない、気負わない、ただ、曲げぬ信念を貫くため、俺は両手に剣を生み出した。
黒の陽剣、白の陰剣――――双振りの願いを手に、俺は遠坂達と対峙する。いつしか周囲は昼のように明るく照らされ、まるで、森が燃えているかのようだった。


〜幕間・再臨、雄雄しき英雄〜
〜幕間・邂逅、青年と英雄王〜

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