〜Fate Silver Knight〜
〜幕間・邂逅、青年と英雄王〜
凛に向かって飛んできた丸い机を投影した剣で叩き落した時、アーチャーの目には、部屋にあいた穴から飛び降りる士郎の姿が見えた。
悪くない判断だ、と、アーチャーは笑みを浮かべる。もし部屋に留まるつもりなら、投影した剣の雨の餌食とするつもりであった。
だが、士郎はそうはせず、より生きる確率の高い選択をした。面憎いが、そうやって過去の自分が足掻く姿を見るのは、なぜか爽快だった。
「衛宮君――――!?」
血相を変えた凛が、部屋にあいた穴へと駆け寄る。その後につき従うように、ジャネットが走り……アーチャーはその場に留まった。
理由は明白、部屋の片隅にいる英雄王に、おかしな動きがないか、注意を配る必要があったからだ。
その気になれば、凛もジャネットも瞬殺できる能力を持つ英雄王は……予想に反し、動こうとはしない。アーチャーのことを興味深げに見つめているだけである。
「無事、みたいね……」
ギルガメッシュに視線を注ぎながら、アーチャーは凛のそんな言葉を耳にした。
心底ほっとしたような表情――――殺し合いをする相手だというのに、やはり無意識に心配をしているようだった。
「マスター、安心する場ではないと思いますが。彼らに逃げられてしまいます」
「っと、そうだったわね……はあっ!」
気合の声とともに、凛がガンドを発射……いや、連射する。なにやら騒々しい破壊音と、士郎の悲鳴がこちらまで聞こえてきた。
その物音に、ピクリ、とギルガメッシュの眉が動くが、彼はアーチャーから視線を外すような事をしなかった。
そうしているうちに、凛はガンドの構えを解いた。一発も命中しないことに、腹を立ててるらしい。
「ちっ……駄目ね。さすがに遠距離じゃ仕留められないか…………ジャネット、降りるわよ。運んで」
「はい、マスター」
凛の言葉にジャネットが頷くと、彼女を抱きかかえ、部屋に空いた穴から身を躍らせる。
重力を感じさせない、まるで飛ぶように、ジャネットは純白の羽のように虚空へと舞い降りていった。
そうして、部屋にはアーチャーとギルガメッシュが残る。数分の対峙……外からは戦の音――――それを聞きながら、アーチャーは黄金の英雄王に言葉を投げかけた。
「さて、一体どういうつもりかな? 敵である私達に対し、何のリアクションも起こさないとは……一応、あれは、お前のマスターだろう?」
あのままでは、確実に命を落とすと思うが……というニュアンスを含んだアーチャーの言葉、その言葉に対し、英雄王は興味深げな表情で、アーチャーを見た。
そして、その口から可笑しそうに言葉があふれ出たのは、その時。
「敵とは、誰のことだ? 少なくとも卿は、我に対しては殺気を持っているように見えないが」
「!?」
ギルガメッシュの言葉に、アーチャーは驚愕の表情を浮かべる。それの意味するところは、真実。
言葉もなく立ち尽くすアーチャーに、ギルガメッシュはさらに、探るように淡々と、言葉を投げかけた。
「それどころか、卿の目は我に対し、懐かしむような、友好的な目をしていた。それが気になってな」
「――――……」
「ああ、傍観していた理由は簡単なことだ。少なくともあのような小娘二人では、我のマスターは仕留めれぬよ。返り討ちになって組み伏せられるのが関の山だ」
く、と愉快そうに笑みを浮かべるギルガメッシュ。その様子を見て、アーチャーも笑みを浮かべた。
その表情は、憎い敵に相対するものではない。純粋に、友好的な相手に対する顔であった。
「やれやれ、懐かしい。変わっていないな、ギルガメッシュ」
「その言葉、やはり卿は我のことを知っているのだな」
「――――ああ。こうやってまともに話すのは、3度目だ」
その言葉に、ギルガメッシュは記憶を思い起こそうとするが、途中で止めた。
もとより聖杯で呼び出される前の記憶は、彼には無い。思考するのも無駄なのは分かっていたので、ギルガメッシュは、それで? と先を促した。
「最初は敵として、そして、次は味方として私は君と関わった。そして今……こうして3度目の関わりを持つに、いたったわけだが」
「敵、味方……ずいぶんと忙しない間柄だな。我と卿は」
「ああ、もっとも、味方として一緒にいた時は、ずいぶんと助けられたものだよ。思い起こせば……盟友と、呼べる間柄だったといえるな」
アーチャーの言葉に、ギルガメッシュは……どことなくばつが悪そうに、顔をゆがめた。
それは、目の前の相手に向けられたものではない――――ギルガメッシュは何かを思い出すかのように、苦渋の表情を浮かべた。
「……さて、あまり長い事、話し込んでもいられないな。私は衛宮士郎を殺すためにここに来た。目的を果たすことが、私の最優先事項だからな」
「――――そうはさせぬ!」
話は終わりとばかりに、ギルガメッシュ偽を向け、部屋にあいた大穴へと進み出すアーチャー。
その様子に、ギルガメッシュは自らのマスターを守るため、無数の武具を展開しようとする、だが、
「かつての友に、武器を向けるのか?」
「――――!」
アーチャーのその言葉が、ギルガメッシュの動きを束縛した。願えば、アーチャーを串刺しにし、絶命させることもできる武具の群れ。
しかし、その持ち主の命令は、とうとう発せられることは無かった。
外へと至る穴に足をかけたアーチャー。眼下ではジャネットと士郎、凛達の戦いが終盤にかかろうとしていた。
飛び降りる前に、アーチャーは振り返る。立ち尽くすギルガメッシュを見つめ、アーチャーはポツリと、静かに言葉を漏らした。
「ギルガメッシュ――――やっぱり、酷い奴だよな。俺は」
「!」
その顔に浮かぶのは、後悔の笑みか。確認することはできず、アーチャーは外へと飛び出した。
数瞬遅れで、ギルガメッシュも動く。アーチャーの後を追うように、彼もまた、外へと続く穴へと身を躍らせたのであった。
……因果は、巡る。敵も味方もまた、聖杯戦争という渦に、否応なく巻き込まれていく。
世界の未来と過去。ギルガメッシュとともに、再び起こった聖杯戦争を勝ち抜いた衛宮士郎。
その魂が……再びアーチャーとして世に呼び出されたのは、皮肉な因果といえるかもしれなかった。
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