〜Fate Silver Knight〜 

〜朝の森・アインツベルン城へ〜



鬱蒼とした森……いつからこの地に根差したのか、周辺一帯を広大に覆っている森がそこにあった。
そこが、アインツベルンという一族が管理している森と知る者は、少ない。
ただ、樹海めいた森に迷い込み、辛うじて帰ってきた者は一様にこう言う。

――――森の中に、城があったと。



朝食を済ませ、後片付けを終わらせた後、俺たちは一路、アインツベルンの城へ向かうことにした。
今から、実家に戻るのよりはここから近いし、遠坂達の件もある。守りに入るとしても、拠点となる場所が必要であったからだ。

位置的には、朽ちた廃墟の場所は、森の南方に位置している。イリヤの住んでいる城は、ここより北方にあるらしい。
俺達はシグルドの先導で、一路北方へ向かう。周囲は緑の満ちた世界。灼くような日差しは、枝葉に遮られ、そこそこに弱まっていた。

無言で歩みを進めるシグルド、無造作に見えて、その身のこなしは隙がない。道標のない森の中を、迷いもなく進んでいく。
その後を、周囲に注意を配りながら、ライダーが進む。どうやら姿を保っていられるほどには回復したらしい。
俺の後ろにはギルガメッシュがいて、何かがあったとき、即座に対応できるように、すでに金色の鎧を纏った状態で続く。
それで、ライダーとギルガメッシュの間、列の中間くらいにいる俺はというと――――、

「ふふっ、楽ちん楽ちん♪」

上機嫌のイリヤを背負って、道を歩いていた。
イリヤは某、親猫子猫(ねここ○こ)のように、俺の背中にぴっとりと張り付いている。
密着している部分は、夏の暑さのせいもあってじっとりと濡れてはいるが、イリヤはあまり気にしていないらしい。

何でこんなことになったかというと、出発するというその時になって、イリヤが満足に歩けないと、俺に文句を言ってきたのだ。
――――歩くと、響くのっ。シロウのせいなんだから、きちんと責任とって運んでちょうだい。
と、そう言われては立つ瀬もない。そんなわけで、俺はイリヤを背負っての強行軍となった。

「あの、大丈夫ですか、士郎。必要であれば、交代いたしますが」

そんな俺を見かねてか、何度かライダーが声をかけてきたこともあった。だが、

「やっ、私はシロウがいいのっ。ライダーはちゃんと周囲に気を配ってなさいっ」

と、イリヤが頑として譲らなかったせいもあってか、ライダーもしばらくして、声をかけてくることもなくなったのだった。
ただ、幸いといっていいのか、イリヤを背負っての徒歩だというのに、俺の身体はいっこうに疲れを感じなかったのである。

そうして、、時間にして、一時間以上は歩いて――――どれくらい歩いた後であろうか。
歩を進める俺たちの前に、森の一部を切り取ったかのように空けた空間に、古代の歴史を綴る城が、姿をあらわしたのである。



「意外に、早かったな」

そんな風に呟くと、シグルドは何故か俺のほうを見た。何か言いたそうではあったが、彼は特に言葉を発せず、城のほうへと歩いていった。
俺は周囲を見渡しながら、城門の中に入る。城内は人の手が入っているせいか、庭の部分もきれいに整備されていた。
辺りを見渡していると、城のほうから、誰かが歩いてくる。よくよく見るとそれは、背の高い女の人のようだ。
身体にぴったりと合わさった、アンティーク調の服を着て、どこか呆けたような雰囲気をもった人だった。

「…………おかえり、イリヤ」
「うん、ただいま。リズ」

リズ、と呼ばれた人は、ん。と返事のようなものをした後、イリヤを背負った俺と、イリヤを交互に見つめた後――――、

「…………ウータン?」

と、なんだかよくわからないことを言って小首をかしげた。
なんだか、つかみ所のない雰囲気に、どうしていいのか分からず、俺は立ち尽くした。

「とりあえず、お風呂の用意をしてちょうだい。早く、さっぱりしたいから」
「……わかった、そうする」

コクリ、と頷くと、女の人は城の中へと入っていってしまった。
なんだか、変わった人だなと、そんな風に思う俺の背中で、イリヤが言いにくそうに口を開いたのは、その時。

「リズは、いつもああなの。ちょっと変わってるけど、気にしないで」
「――――そうか」

特に、これといって答えようもなかったので、俺はあいまいに頷くだけにとどまった。
と、彼女に入れ違いになるかのように、似たような服装をした女の人が、また庭へと出てきた。

印象的には、さっきの人がぽわぽわとした野草だとすると、こっちは刺々しい薔薇のようだった。
彼女は、ライダー、俺、ギルガメッシュと値踏みするかのように視線を向けた後、イリヤに対して深々と礼をした。

「お帰りなさいませ、イリヤお嬢様」
「ただいま、セラ。周辺の状況はどう? 森への侵入者は特定できてる?」
「はい、夜半から今朝までに何度か、森の入り口辺りで反応がありました。もっとも、城のほうへは接近してきませんでしたが」

セラという人の言葉に、イリヤは難しい顔をしてうなった。
やはり、遠坂達が追ってきたのだろうか……? 脳裏に浮かんだその考えは、決して愉快なものではなかった。

「――――まぁ、いいわ。ともかく、しばらくはこの城に滞在するから、用意をしてちょうだい」
「はい、心得ております。ただいまリーゼリットが湯殿の準備をしてますので、城内にてお待ちください」

そういうと、女の人はきびすを返す。イリヤを背負った俺は、その後に続き、城内へと入ろうとした。
だが、その足が止まる。セラという女の人が、城内へ消えるのと入れ違いに、シグルドが外へと出てきたのだ。

「士郎……少し、話がしたいんだが」
「え?」

唐突に声をかけられ、俺は戸惑ったように眉をひそめる。その表情は真剣そのもので、断るのは得策でないような気がした。
少し考え、俺はゆっくりと首を縦に動かした。

「――――シロウ?」
「イリヤ、悪いけど、先に城の中に入っていてくれ。ライダー……イリヤを頼む」
「…………承知しました」

戸惑うイリヤをライダーに預けると、ライダーはイリヤを抱きかかえたまま、城内へと消える。
ジリジリと、灼けるような日差し。熱を帯びていながら、それでも森の中のせいか、幾分はましな暑さの庭。
視界の片隅、暑さのせいか、金色の鎧が嫌になったのか、普段着に戻ったギルガメッシュが、興味深げに俺たちのことを傍観している。

陽炎が立ち昇り、周囲の景色を揺らすそんな庭で、俺とシグルドは……しばしの間、無言で対峙していたのだった。


〜幕間・湯浴み、二人の白姫〜
〜幕間・朝餉、時々、雷〜

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