〜Fate Silver Knight〜
〜幕間・湯浴み、二人の白姫〜
じゃぱ……と、お湯を掛けられる音――――、アインツベルンの城の一室。広々としたその浴室に、何名かの使用者がいた。
もともとは、この城にはここまで広大な浴室は無かった。個室にはそれぞれ、バスルームが用意されており、それで事足りる。
では、何故このような浴場が出来たかというと、この城の主であるイリヤの意向であった。
それは、しばし前、まだ冬の名残が残る春先の時分――――士郎は凛や桜、藤ねえやイリヤとともに、健康ランドに遊びに行ったことがあったのだ。
新都の街中にある健康ランド……『極楽湯』という名のそこは、エステやゲーム場、浴場に食堂など、さまざまな施設の詰め込まれた建物だった。
――――まぁ、そこで起こった様々な出来事、事件は割愛するとして、イリヤはいたく、広い浴槽が気に入ったようであったのだ。
さっそく城に帰ると、突貫工事を命じ……そうして、大き目の部屋の何個かを、壁をぶち抜いて改装した結果、くだんの大浴場が出来上がったのである。
日本の浴場を模倣した浴室――――身体を洗うために設えられた洗い場の前に、全裸の少女が座っている。
水をしっとり吸った肌に、濡れた髪が張り付く。少女は細い造形の指先で、髪についた水滴を払った。
少女の傍らには、湯浴み用の肌着を着て、その発展途上の身体を、甲斐甲斐しく洗っている女性の姿がある。
「♪、♪〜〜〜〜」
身体を洗われている少女は、上機嫌であった。身体をこするスポンジの感触に目を細め、そのまま身を任せている。
その様子が珍しかったのだろう。少女の身体を丁寧に擦っていた女性は、ぽうっとした目で、彼女を見上げた。
「イリヤ、ご機嫌なの?」
「ん? うん、まぁね……ふふっ」
掛けられた声にも上機嫌に、イリヤは彼女の身体を洗っている、リーゼリットに返答をする。
イリヤの身体からこぼれた石鹸の泡を頬につけ、リーゼリットは数秒沈黙し、そう……とだけ言うと、再び身体を洗い出した。
優しい手つきは、まるで母親が、生まれたばかりの赤ん坊にするように穏やかで、しっかりしたものであった。
「でも、どうして分かったの、リズ? 私、特に変わった事はしてないと思うけど」
「いろいろと。他の人は分からないかもしれないけど、声とか、あと、なんだか今も、どこか変」
「?」
リーゼリットの返答に、きょとん、とした表情を見せるイリヤそんな彼女を洗いながら、リーゼリットは、ぽそりという。
「下着も汚れてたし、てっきり重い日と思ってたけど、そうじゃないみたい」
「…………ぁ」
その言葉に、イリヤの顔が真っ赤になった。結局、あの日の夜はシャワーを浴びることも出来ず、そのまま寝るしかなかった。
また、さすがに下着もつけずに、士郎と一緒に寝るのは気恥ずかしかったため、行為の終わった後、早々に下着を身につけたのだが……。
そのせいで、行為の痕跡はしっかりと残ってしまったのである。なんのかんので、キッチリとリーゼリットには、ばれているようであった。
「リズ、このことは、セラには内緒ね」
「いいけど……セラは鋭いから、無駄だと思う」
「う」
浴室は温かいとはいえ、イリヤから流れる汗は冷汗のようである。
基本的に礼儀正しいとはいえ、気性の荒く、また、気位も高いセラがこのことを知ったらどうなるか――――。
さすがにイリヤにも予測が出来ず、ともあれ、出来れば、ばれないようにと祈るしかなかった。
――――イリヤが、そんなことを考えていた、そのときである。
何の予告もなしに、浴室のドアがガラッと開けられた。脱衣場と浴場の敷居をまたいで、誰かが入ってくる。
そうして、物音に振り向いたイリヤの視線の先には、見覚えの無い女性がいた。
「あれ、貴方は――――ひょっとして、貴方がイリヤお嬢様ですか?」
「……そうだけど、貴方は誰?」
興味心身に、泡まみれになって座っているイリヤを覗き込む女性に、イリヤは警戒するように視線を向ける。
だが、そんな視線を差して気にもしていないように、彼女と似た白い髪の女性は、穏やかに微笑を見せた。
「私は、アイゼンベルクからやってまいりました、ブリュンヒルデというものです。ヒルダって、呼んでくださいね」
「アイゼンベルク――――ああ、あの生意気な騎士の英霊のマスターね、あなた」
むすっとした口調のイリヤに、ヒルダは困ったように笑みを浮かべた。
「シグは悪い人じゃないですよ。ちょっと、無愛想なところもありますけど」
「英霊の躾がなってないわよ。ま、貴方のやることなすことに口を出すつもりも無いけどね」
「――――はい。あ、お背中お流ししますね」
きつめの口調で言われるが、あまりヒルダには効果が無かったようだ。
ニコニコ笑顔で、リーゼリットから石鹸つきのスポンジを受け取ると、遠慮なしにイリヤの身体を洗い出した。
いや、洗うというより、身体を密着するように近づけて擦る、その様子は……異性だったらセクハラ確定ものである。
「え、こら、なにしてるのっ……!」
「ああ、可愛いですね、小さいし、コンパクトだし……」
ぎゅうっ、と背後から抱きしめて、自分が泡まみれになるのも気にせずに、ヒルダは感極まってイリヤに抱きついていた。
さすがに身の危険を感じたのか、イリヤはジタバタと暴れる。
「こらー! はーなーせー!!」
「駄目ですよ、まだ、そこもここも洗ってないんですから」
あいも変わらず微笑むヒルダは、妙に熱心な様子で、イリヤの身体を洗い続ける。
どうしようか……と、そんな風に考えるリーゼリット。そんな彼女の傍らで、イリヤの悲鳴は続いていたのだった。
「失礼します…………お嬢様、どうなされました?」
数十分後、脱衣場に入ったセラは、部屋の隅に体育座りするイリヤを見つけて、眉をしかめた。
イリヤは、タオルを腰に巻いた状態で、なにやらブツブツと呟いていた。
「うぅ……すみからすみまで触られちゃった」
「?」
首を傾げるセラ。その時、浴槽からヒルダとリーゼリットが出てきた。
湯上りで上気した頬に、緩みきった顔で、ヒルダは濡れた髪をタオルで拭く。
リーゼリットは特に汗をかいた様子も無く、湯浴み用の服から、いつもの服に着替える。着替え終わる頃合を見計らい、セラは彼女に声を掛ける。
「リーゼリット、お嬢様は一体どうなされたのです? なにやら消沈しているようですが」
「…………気にしなくていいと思う。今日はちょうど、重い日だから」
その言葉に、ああ、と納得するセラ。そんな彼女の視線の先、ヒルダがイリヤに話しかける光景があった。
「大丈夫ですか? ひょっとして、湯あたりしちゃったとか?」
「――――っ、あなたねぇっ! 誰のせいでこんな事になってると思ってるのよっ!」
ヒルダが語りかけると、とたんに立ち上がり、彼女に抗議の声を上げるイリヤ。
かなりの剣幕だが、ヒルダはそれをやんわりと受け流している。それは、見ようによっては、仲が良いようにも見えなくも無い。
「…………寂しいの、セラ?」
「いいえ」
探るような視線を向けるリーゼリットに、セラはいくぶん不機嫌そうに、きっぱりと言い切った。
白い髪の二人の少女――――脱衣場の言い争いは、しばらく収まりそうにも無かったのである。
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