〜Fate GoldenMoon〜
〜破滅の刻〜
それは、いかなる悪意の奇跡だったであろうか。
周囲の熱を根こそぎ吸い取るかのように、冷気を含んだ風が巻き起こる。
風の行く先は、町の南西にある円蔵山――――柳洞寺。その上空には、巨大な孔が姿を現していた。
集う熱と、失われる魔力……夏と冬が混在する空間は、奇妙な現象を巻き起こした。
はらはらと、雲の無い空から降りしきるは、風に乗って運ばれた白い雪。
それは、いまだ熱を留める夏の地面に降り立ち、音も無く消え去る。
それはまるで、何かの悪い夢のようで――――。
桜が倒れてから、しばしの時間が経った。
遠坂とライダーに運ばれて、部屋に担ぎこまれた桜。そちらも心配だったが、もう一つ気に掛かる事もあった。
「そうか、ランサーが…………」
「ええ、生意気な英霊だったけど、最後まで偉そうだったわ……」
俺の言葉に頷く、イリヤの声は、苦い。
彼女なりに、ランサーに思うことがあったのだろう。食事をつつきながら、ため息混じりに目を伏せた。
ちなみに、バーサーカーは中庭で待機している。あの巨体では、床を踏み抜きかねないので、ともかくその場に残して居間に上がったのである。
居間にいるのは、俺とイリヤ、それにギルガメッシュ。居間に面した縁側からは、花崗岩のように立つバーサーカーと、その様子を伺っているジャネットの姿が見えた。
「それで、私の会いに行った二人組は、どうやら、あいつらにやられたみたい。気がついた後、城内を探したけど、それらしい痕跡がいくつかあったわ」
「そうか……それにしても、高校生くらいの少年に、アーチャーの二人組、か」
呟いて、俺は目を閉じる。脳裏に浮かぶは、赤い外套――――いずれは戦うであろう、その姿は、未だ俺には高い存在であった。
あの聖杯戦争より半年――――理想に届こうとすればするほど、それがどれほど困難な事かと思い知らされる。
これから先、俺はあれを超える事が出来るのだろうか――――。
「ともかく、仮契約だったけど、私の英霊を殺した報いは受けてもらうわ! バーサーカーも戻ってきた事だし、これから見てなさいよっ!」
怒りの篭った口調で、イリヤは気合の入った口調で叫ぶ。
「うわっ!?」
驚いた様子の、ジャネットの声。見ると、イリヤの言葉に反応したのか、バーサーカーがこちらを向いていた。
感情の無い瞳は、イリヤに害が及ぼされると判断すれば、即座にその目に狂気を生み出し、敵に襲い掛かるだろう。
敵として戦った時は、恐ろしい相手だったが――――味方になれば、頼もしい相手となるだろう。
「お待たせ」
イリヤと話をしながら、しばらく経った頃――――遠坂が居間に戻ってきた。
居間に戻ってきたのは、遠坂一人、傍らにライダーの姿は無かった。
「遠坂――――桜は一体、どうなったんだ……? 一体、何が起こったのか、俺には、さっぱりなんだが」
「……駄目ね。極端な魔力の枯渇のせいで、身体機能が衰弱し始めてるわ」
「?」
その言葉の意味がよく分からず、首をかしげる俺に、遠坂は眉をしかめながら、言葉を続ける。
「士郎、今日はやけに冷えるでしょ? これは、集まっていた魔力が吸い出されているせいなの。誰の仕業なのか知らないけどね」
「――――つまり、サクラが倒れたのは魔力が薄くなったせいなの?」
「そういうことね……って、イリヤ、帰ってたの!?」
イリヤのほうを見て、驚く遠坂。俺は遠坂に、イリヤから聞かされた話を、ざっと掻い摘んで話す。
それを聞き終えた後、遠坂は数秒考え込み、そうして、納得の行ったように頷いた。
「そういうこと、か……おそらくこれって、聖杯が起動する前触れなんじゃないの、イリヤ?」
「――――さぁ? 私は前の戦いのときは気を失ってたし、詳しい事は分からないわ。けど――――」
イリヤは、何となく心細そうに身を縮ませながら、ポツリと囁くように言う。
「あいつらは、聖杯の器を狙ってたわ。それが、何らかの方法で器を手に入れたとしたら、当然、聖杯の儀式を行おうとするでしょうね」
「でも、聖杯の器はあなた一人なんじゃないの? だとすれば、これは……」
「……前に、聞いたことがあるわ。十年前、聖杯戦争の為に造られたけど、未完成で放置された器――――人間がいるって」
遠坂の声に対する、イリヤの返答は重い。アインツベルンの行ってきた罪業は、未だ彼女を縛っているのだろうか。
しかし、遠坂はそんなイリヤの様子をさして気にせず、一人でなにやら考え込んでいるようである。
「じゃあ、どうするんだ? 魔力が少なくなったら、桜が生きていけないんだろう?」
「分かってるわよっ! 今はライダーが魔力を分けてるけど、それだって長続きはしないわ、無いんなら、有る所に行くしかないでしょ?」
「有る所……?」
考えを中断されたのが癪に障ったのか、むっとした様子で言い返してくる遠坂に、俺は重ねて疑問をぶつける。
それに対し、遠坂はイリヤと目配せをし、共に同じ考えに行き着いたのか、頷きあった。
「原因は分からないけど、今、何者かが魔力を集めているわ。最も可能性が高いのは、聖杯の儀式だろうけど」
「つまり、今でもその空間には、魔力が満ちてるってことね」
「そう、そして、雲の流れは南西の方向――――あの場所に向かってるわ」
遠坂の言葉に、ようやく、その場所というものに思い当たった。
それは、前回の戦争の終着点……俺と言峰、セイバーとギルガメッシュの戦いの地――――。
「柳洞寺か」
「そういうこと、準備が出来次第、出発するわ。いいわね」
遠坂の言葉に、俺とイリヤは頷く。傍らでは、そんなやり取りをギルガメッシュが、興味深そうに見つめていた。
戦いは、終末の地へと向かう。大聖杯の元へと舞台は移ろうとしていた。
〜幕間・剣の丘〜
〜幕間・貴方と私〜
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