〜Fate GoldenMoon〜 

〜幕間・剣の丘〜



大聖杯が駆動を続ける。英霊の魂を糧に、無限の魔力を生み出すそれは、怨念と呪いに満ちた、どす黒い臭気を周囲に放つ。
それは、十年前の悪夢の再現か、孔が開ききれば、それより生み出される魔力の渦は、周囲を飲み込み、染め上げるであろう。

漆黒に染まる、円形の孔は、遥か上空の空に――――――地には、未だ完全には駆動しない、大聖杯が唸りを上げていた。



「――――さて、それじゃあ、ちょっと出かけていいかな、エリン?」

その儀式を傍観していた少年が、自らのマスターである長身の男に声をかけたのは、その時であった。
声を掛けられたほうは、手を止めるわけには行かないのか、視線だけで少年に問う。

「ちょっとお世話になった人がいてね。聖杯が完成するなら、あの人の身体を治す事も出来るでしょ? 連れてきたいんだ」

少年の言葉に、魔術師の青年はしばし黙考すると、勝手にしろ、と言う風に、視線をそらした。
そうして、再び大聖杯の方へと向き直った青年に背を向け、少年は傍らの赤い騎士の方へと向き直った。

「アーチャー、僕は出かけてくるけど、君はどうする?」
「出かける? 一体、何処へだ?」

無感動に問うアーチャーに、少年は微笑みながら、小首をかしげる。

「ほら、前に言っただろ? 僕が小さい時にお世話になった女の人――――たしか、桜って人かな? 士郎兄さんと一緒にいた女の人だけど」
「ほう」

少年の言葉に、僅かにアーチャーの眉が動くが、少年はそれに気づいていないのか、言葉を続ける。

「その人の身体が、ちょっと危ない状況だからね。今から行って、連れてくる事にするよ」
「――――その桜という女、君の想い人か?」
「やだなぁ、そんなわけじゃないよ。ただ、僕は人のために何かしたいだけだよっ」

照れたように、少年はそういうと、アーチャーから背を向け、その場から立ち去ろうとした。
その背に、ポツリと声が届いたのは、その時。



「――――だが、それでは少々不都合が生じるな」
「え?」

アーチャーの言葉に振り向いた少年が見たもの――――それは、自らを狙い、アーチャーの放った無数の刀剣類であった。
その瞬間、自動的に少年の身を護るように出来ていたのだろう。かわす事も避けることも出来ない状況でありながら、少年の目の前には純白の敷布が展開する!

刀剣類は、その敷布を切り裂こうと殺到し――――その身を悉く、敷布へと飲み込まれた。

「ほう、借り受けたときに思ったが、やはりその敷布は厄介だな」
「――――どういうことだい、アーチャー?」

薄ら笑むアーチャーに掛ける、少年の声は硬い。
空に現れた敷布を左手に、右手には槍を持ち、アーチャーに質問を投げかける。それに対する返答は、あっさりしたものだった。

「なに、単純な事だ。君にその女と接触される事は、非常に都合が悪い。君に敵対する意思が無いと知れば、双方手を組む場合もあるからな」
「――――僕と、敵対するって言うの?」
「ああ、もとより味方になるとは言っていないだろう? 双方、互いに都合の良く相手を利用する。これは、そういう関係だろうに」

少年に対し、冷たく笑みを返す、アーチャー。
声を掛けられた少年の顔には、困ったような微笑み――――少年は、それ以外の表現方法を知らないように、笑みを浮かべる。

「そう、残念だよ、アーチャー。君やアサシンとは、良い友達になれると思っていたのに」
「――――ああ、そうだな。時と場が違えば、私達は友人になれていたかもしれないな」

それは、互いに決別の合図。
牡牛を相手にする闘牛士のように、少年は武具を構え、赤い外套を身に纏った騎士と、対峙する。
いまや敵同士となったその場で、アーチャーは、静かに目を閉じ、瞑想に耽るかのように静かに佇んでいる。

"I am the bone of my sword"

囁きは心のうちに、引き出すは自らの裡に、

"Steelismybody,and fireismyblood"

彼が生み出すのは、自らの理想、自らの見果てた夢――――。

"I have created over athousand blades. Unaware of loss. Nor aware of gain"

誰からも理解されず、その理想の果てに行き着いた場所。

"Withstood pain to create weapons. waiting for one's arrival"

周囲に滞る魔力を借り受け、自らの人生を持って培った経験を素に――――

"I have no regrets.this is the only path"

その全ては、理想により手作られる、彼の生み出した存在が眠るその場所……

"Mywholelifewas――――unlimited blade works"

彼はここに、剣の丘を再現した――――



炎が、疾る。岩と土の世界を焼き焦がし、熱の無い炎が世界を塗り替える。
見果てぬ世界は、虚空を塗りつぶし、軋む音をたてる歯車を出現させる。
大地には無数の模倣された剣の群れが、主を迎える民衆のように、乱立していた。
そう、それこそがアーチャーの世界……枯れ果てた末に手に入れた、一つの答え……

「――――これは……」
「来客の予定があるのでな、不相応な役者は、ご退場願おう」

周囲を見渡し、戸惑う少年に、アーチャーは言い放つ。
理想を捨て、自らを否定しようとする青年は、その理想を求め、培った世界を持って、少年に対抗をする。

周囲に刃鳴りの音が響き渡る。
遥か地の底にある大聖杯の丘――――その場を塗りかえる、固有結界の内側で、雌雄を決する戦いが始まったのであった――――。

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