〜Fate GoldenMoon〜 

〜遠い誓い〜



「英雄になるための方法、だって? 英霊では、なく?」
「ああ、ジャネットは、フランスを守るために戦って、英雄になったんだろう? だったら、その方法も知ってるんじゃないかと思って」

真夜中の道場。場を改めて、互いに剣道の試合をするように距離をもって向かい合い、俺はジャネットにそう質問した。
聞いて、どうにかなるものではないだろう。ただ、参考になるかもしれないと質問をしてみたんだが――――、

「聞いてどうするんだ? まさか、英雄になりたいと言うわけじゃあるまいに」
「――――」

明らかに、反感を持った声。俺の態度から察したのか、ジャネットの表情が険しくなった。
形のよい眉が跳ね上がり、気の強そうな表情は、本気で怒っているようである。

「止めておけ、別にお前の心配をしているわけじゃないが……無駄以外の何物でもない」
「何でだよ。英雄ってのは、周りにいる大切な人を守る事が出来るんだろ? だったら……」
「――――――――」

俺は、言葉を止める。怒ったような表情のジャネットの目に、急に涙が滲んだからだ。
俺の視線に気づいたのか、ジャネットはハッとした表情で目元をこする。

そうして再び、勝気な表情で俺のことを睨みつけてきた。

「士郎、お前は英雄になって、一体、何をしたいんだ?」
「何をって、決まってるだろ? 困ってる人や傷ついている人を助けるために……」
「――――――――その考え自体が、偽善だって言うんだ」

吐き捨てるように、ジャネットはそんなことを言う。
淡い光の中、ジャネットは視線を落とす。その姿は、どことなく弱々しげに見えた。

「誰かを救おうとすれば、誰かを傷つける。人を一人殺せば、それは罪になる。戦場で百人殺せば英雄だと言うが、それは間違いだと言うんだ」
「それは、そうだけど――――」
「なら、何故この戦争に参加した? この場で行われているのも、どう取り繕っても殺し合いに過ぎない。それは、お前の目指すものと正反対のものだろう?」

何故、この戦争に参加したのか――――遠坂を援護するため、桜の命を救うため、イリヤを護るため……?
それらは全て、後付のものに過ぎないのではないのだろうか……。

矛盾。

周囲の人を助けるため、さらに多くの他人を傷つける。
もし、目の前で双方が傷ついていた場合、その双方が敵対していた場合、どちらにつけというんだろう。

結局は、自らのエゴ。願えば、信じれば、何もかも思い通りになると思っていた、子供の頃の理想。
ただ、それでも、あの時、あの瞬間は、それは真実ではなかったか。

「――――それでも、俺は、そうありたいと思ってるんだ」

誰にも救われず、死に逝く人々の中で、ただ一人救われた時、衛宮士郎は死んで、理想の中に蘇ったのだと信じたのではないか。

「全く、だから馬鹿だといってるんだ。お前は……一度決めたら梃子でも動かない、その無骨な考え、どこかの誰かさんとそっくりだな」

呆れたような声。俺の前に座す少女の顔には、困ったような笑み。
毒気を抜かれたのか、心底呆れたのか分からないが、ジャネットは微笑を浮かべていた。

「……ぁ――――――――っ、ともかく、私には答える事は出来ない。だから、これ以上の質問は無意味だ」
「あ、ああ」

俺が見つめてるのに気がついたのか、何となく慌てたようにジャネットはそう言って話を中断させた。
それにしても――――、

「意外だな、ジャネットもそんな風に笑う事があるんだ。そういえば、セイバーもあまり笑うやつじゃなかったけど」
「――――――――それは、そうだろうな」

俺の言葉に、どことなく沈んだ口調で、ジャネットは呟いた。
今までの勝気な表情とも、何となく弱気な仕草とも別のもの……そこには、深い闇を見た、一人の人間の姿があった。

「英雄と言うのは、波乱万丈……いうなれば、悲惨な人生を送った者が大半だ。私も、一年余の間、鎖につながれて暮らしたことがある」
「――――!?」
「そう驚く事じゃないだろう? 歴史にも書いてある通り、火あぶりにされる前に、投獄されていた事があるんだ、私は」

なんの事もない風に語るジャネット。しかし、その言葉の節々に、冷風を感じさせる響きがあった。
それは、言葉で表せるものではないだろう。思えば、セイバーも同じように、色々な悲喜劇を歴史に紡いでいたのではなかったか。

「重ねて言っておこう。英雄になりたいなんて思うものじゃない。英雄も英霊も、逝きつく先は酷いものなのだから」

それは、今までの言葉とは違う――――優しい声。
明らかにジャネットは、俺のことを気遣ってくれていた。険しく、困難な道を進もうとする俺に対して、進むなと注意を促してくれていた。



「それでは、私は行くぞ。さすがに、長話をしてしまったようだしな」
「あ、ああ。ありがとう、ジャネット」

話の区切りがつき、ジャネットはそうして腰をあげる。そうして、いつも通りのつん、とした表情になると道場から出て行こうとした。
そうして、道場の出入り口に差し掛かったとき、その身体が反転する。

「ああ、そうだ。さっきの話なんだが」
「ん?」
「いや、英雄になりたいと言うのなら、私のマスターに質問をしてみてはどうだろうか?」

遠坂に? 怪訝そうな表情を見せる俺に対し、ジャネットは考え込むように首をかしげた。

「思うに、現在の世事は、私の時代とは大きく違っているだろう。そんな中で、私の考えがどこまで通用するかは分からない」

白色の浴衣に包まれた少女は、考えるように頬に手を当てる。

「だが、私のマスターは聡明だ。士郎の考えている事も、きっと答えを導き出してくれるだろう」

…………確かに、そうかもしれない。
もともと、俺が分からないこと、知らないことに対し、遠坂は明確な答えを返してくれた。

「……そうだな、分かった、遠坂にも相談してみるよ」
「ああ、そうするべきだろう」

思えば俺は、恐れていたのかもしれない。あと半年もすれば、俺や遠坂の高校生活も終わりを告げる。
それから後の、自分の道を遠坂に話すのは、なんだか別れを告げるような気がして、忍びなかったのだ。

そう、遠坂は俺の憧れでもあり、軽蔑されるのを恐れていたのかも知れない。
だが、話すべきことなのだ、これは。これから先、遠坂と俺の進む道が同じであると言う保証はない。

それでも、遠い日の誓いを守るために、俺は遠坂に、その道を明確にするために、問うべきであったのである……。


〜幕間・夏弔風月・終幕〜
〜幕間・狂兵因縁・終幕〜

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