〜Fate GoldenMoon〜
〜幕間・夏弔風月・終幕〜
ずる、ずる……と、ナメクジの這うような音。
深夜の寝静まった街は、その道を誰も通らず、誰もそれに注意を払わない。
それの這ったあとは、血の跡のような痕を残し、道路には痕跡が残る。
かろうじて四肢は繋がってはいるが、動くのは右腕のみ。それを使い、道路をジリジリと進む。
「――――……」
ひゅーひゅー、と、喉の奥から発せられる空気。喉がつぶれ、満足に声もでない。
豊満であった乳房も半ばちぎれ、心臓が動くたびに激痛が走る。
そうして、それはどこに行くのか、空ろな目をしたまま、空を見上げ――――、
静かに、自分を見下ろしている者がいるのに気づいた。
「出会うたび、傷を負っているな、お前は」
「――、――――――」
そう、いちろうさま、と……唇が動く。血まみれで、傷だらけで、見る影もないが、それはキャスターであった。
皮膚のめくれた部分、骨の露出した部分、血まみれの身体……常人なら目をそむけそうな状態の彼女を、
「運ぶぞ。傷に響くだろうが、ここでこのままにしているよりは、ましだろう」
何のためらいもなく、宗一郎は抱きかかえた。両腕は、瞬く間に真紅に染まる。
そうして、宗一郎はキャスターのその顔……爆風に傷を受け、直視しがたい状態のその唇に、自らの唇を押し当てた。
「――――――――」
互いに、なにも言わない。傷だらけの皇女と、そんな彼女のマスターで、人としての大切な部分を、どこか失っていた青年……。
出会いもその立場も、物語のような理想的なものではない。それでも二人は、今もこうしてこの場にいた。
「……落ち着いたか」
アスファルトの地面を歩き、呟くように宗一郎はキャスターに声をかける。
その身体はいまだに傷だらけ……ただ、女性としての意地か、僅かに回復した魔力で顔を修復したキャスターは、その腕に抱かれたまま、動かない。
それでも、死に瀕している彼女の顔は、どこまでも安らかで、幸福そうであった。
「今度から、出かけるときは私を連れて行け。そうすれば、このように運ぶ手間はなくなるだろう」
「――――――――」
無骨な青年の言葉が耳朶を打つ。それは、心地よい子守唄。
彼女の目に映るのは、闇に包まれた街と、空に浮かぶ金色の月――――。
キャスターを抱きかかえ、道を歩む宗一郎。二人の周囲には、なにもない。
夏の夜……虫の音も絶えた道で、二人はただ、そうして過ごす。
歩みは繰り返される。学校へと向かう宗一郎の歩調は、些かの乱れもなく、それが彼女を安心させた。
慌てるわけではない、取り乱すわけでもない。それでも、彼が自らの事を思ってくれることが、彼女には幸福であった。
(ありがとう、宗一郎――――)
そうして、彼女は…………その目を、
ゆっくりと、
閉じたのであった――――。
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