〜Fate GoldenMoon〜
〜幕間・狂兵因縁・終幕〜
「う、ごっ…………」
心臓を貫く音が、闇に包まれた城門に響き渡る…………そうして、『蒼色の騎士』は、その口より血の塊を吐き出した。
「――――え?」
呆然と何が起こっているのか分からず、声をあげるイリヤ。彼女を抱えたまま、ランサーは、地に膝をつく。
その背中、青色の鎧を貫き、一本の槍がその身に突き立っていた。
イリヤは、その槍に見覚えがあった。亡者の群れを蹴散らし、圧倒的な力を見せたのは、未だ彼女の記憶にあった。
そう、その槍は、あの少年の持ち物――――! それに気づいたとき、槍は引き戻され、持ち主の元に戻る!
「やれやれ、危なかったなぁ、大丈夫、アーチャー?」
「――――――――!?」
城門より、一つの影が姿を現す。そちらを見て、イリヤの表情が驚愕に見開かれる。
そこから表れたのは、高校生くらいの少年。そうして、その背後には――――彼女の英霊であった巨躯の英霊の姿があった。
「あなた、誰?」
「ん?」
イリヤの問いに、少年は面白そうに彼女の顔を見つめ――――ああ、と何かに気づいたようにポン、と手を打った。
「確かキミ、士郎兄さんと一緒にいた子だったよね。ひょっとして君がイリヤスフィール?」
「――――まさか、あの時の男の子なの?」
呆然とするイリヤに、少年は無邪気に微笑んだ。イリヤは、信じられないといった風に首を振る。
「ありえないわ――――成長する英霊なんて、聞いたことがない! そんなのデタラメよ!」
「う〜ん、そんな事を言われても、ねえ? アーチャー?」
「!?」
声をかける少年の視線の先を向き、イリヤは声もなく立ち尽くした。
そこには、ランサーの魔槍をその胸に受けたまま、立つアーチャー。しかし、どこかおかしい。
本来なら、一投で一部隊を吹き飛ばすほどのその槍は、アーチャーの胸元に、未だ留まっている。
よく見ると、その接合点――――突き刺さった胸板の部分に白いものが見えた。
「ああ、肝を冷やしたが、何にせよ間一髪というところだな」
何事もなかったかのように、アーチャーは少年の言葉に応じる。
魔力を放出していた槍は、拡散する魔力に限りがあったのだろう……しばらくして、光を失い彼の足元に落ちる。
不思議な事に、その槍には刃がなかった。槍の穂先には、白い布がすっぽりと被さっている。
もはや動かぬ、その武器を一瞥せず、アーチャーは少年とイリヤのほうへと、足を進めてきた。
「や、やだやだやだ――――」
怯えた声をあげるイリヤ。もはや味方はなく、彼女の運命は決まっているかに見えた。
だが、その瞬間、彼女の身体が持ち上がると、一瞬で、その場から駆け去る――――!
「なにっ?」
アーチャーの驚く声、それを尻目に、絶命したはずのランサーが、イリヤを小脇に抱え、その場を離脱しようとする!
しかし、ランサーの動きを予測したかのように、その前に飛び出る影があった。
「駄目だよ、逃げちゃ」
「くっ、そがあっ……!」
微笑む少年に、ランサーは果敢にも素手で殴りかかろうとし――――その胸を、今度こそ貫かれた。
そうして、今度こそ本当に終わる――――確実に心臓を砕かれ、ランサーは立ち尽くす。
小脇に抱えられた、イリヤが地面に落ちる。彼女は、呆気にとられたようにランサーを見た。
「ランサー……」
「…………悪いな、さすがにこれ以上は無理だ」
何事もないように言うのは、イリヤを安心させようとするのか、それでも、その顔は蒼白で、余命幾ばくもないのが分かった。
ランサーは、目の前の少年……自らの父親に視線を向ける。彼の生みの親である少年は、静かに微笑んでいた。
「おい、この餓鬼を余り酷い目にあわすなよな」
「大丈夫だよ、聖杯には、生きた人間でも大丈夫みたいだし、そんなに酷いことはしないよ」
「はっ、どうだかな」
憎々しげに、少年を見るランサー。いくら生みの親といっても、育てられた恩があるわけでもない。
やっぱりどうあっても、仲の良い親子というわけではなかった。それでも、消え逝く身としては、今の言葉を信じていたかった。
「どうする? ちゃんと手伝うって言うんなら、もう一回、再生してもいいけど」
「――――お断りだ、クソ親父」
それが、最後の言葉。思いっきり生意気に、彼はそういうと、その身を消滅させた――――。
「やれやれ、はねっかえりだなぁ、誰に似たんだか」
呆れたようにそういうと、少年は槍を退く。その槍の突き出した部分には、もはや何も無い。
どことなく苦味を込めた微笑を浮かべると、少年は視線と転ずる。
そちらには、立ち尽くす巨人の姿と、こちらに向かってくる赤い騎士の姿があった。
「大丈夫か、ルー?」
「うん、それにしても、意外だったなぁ。心臓を貫いたって思ったのに、それでもこの娘を護ろうとするんだもの」
「――――確かにな。それだけ、この娘に価値があったのだろうが」
話す少年と、赤い騎士。その傍らで、イリヤは地面にへたり込んだまま、動かない。
何も、無い――――信じていた者もなく、護ってくれた者もなく、空虚な心が夏の夜に消える。
それは、なんという悪夢か……気丈を振舞っていても、もはや耐えることも出来ない。
彼女は、強く、彼女はとても、脆い――――。
「う、あぁぁぁぁぁ――――――――――――――!」
壊れたように、泣き叫ぶ彼女。それが、何を生み出すかなど、期待していなかった。
そう、アーチャーが一笑に伏した、そんな奇跡が起こるとも知らずに…………!
「――……――――…………―――!!」
それは、端から見れば奇跡に近い代物だっただろう。イリヤの張り詰めた精神が切れたとき、その身が暴走し、膨大な魔力を発動させる。
溢れた魔力はその身を無制限に駆け巡り、そうして、一つの事象へと行き渡った!
それは、身体の記憶した事象を辿る、条件反射のようなもの――――それを持って、彼女はその場にいた、彼女にもっとも近しい英霊を、
「あ――――――――――!」
「―――――――――!!!」
……その、支配下に置いた!!
「なっ!?」
「くっ!」
突如発生した暴風は、イリヤを包むようにその身に掻き抱き、周囲の存在、全てを粉砕するため、剣を振るう!
それは、英霊と言う名の暴風――――胸に抱く彼女を、その身に護るように、バーサーカーは雄叫びを上げた!
その一瞬、虚を突かれた少年とアーチャーは、身をかわすのが精一杯で、慌てて間合いから逃れる。
ランサーの怨念が乗り移ったのか、彼の意思がそうしているのか、巨人は、イリヤを抱いたまま二人と対峙をする。
「ちっ――――!」
忌々しげに舌打ちすると、アーチャーは再びその手に剣を投影しようとし――――!
「止めとこう、これじゃ、手が出せないよ」
冷静な少年の声に、その動きを止めた。バーサーカーはそれ以上動かない。しかし、イリヤに手を出せば、たちどころに襲ってくるだろう。
巨人のその特性が分かったのか、アーチャーも動きを止め、巨人を見やる。
鋼より硬い、その身に包まれた姿には、隙がない。理性の半ばを失ったといえ、その姿は大英雄の立ち振る舞い、そのものだった。
「今、攻撃したら……彼女も死んじゃうでしょ? 死んでも良いなら構わないけど、それじゃ意味がない」
「――――だが、それではどうする?」
質問するアーチャーに、少年は少し考えると――――、いともあっさりと言い切った。
「放っとくことにしようか?」
「なんだと? だが、それでは聖杯の器が――――」
「ああ、それなら大丈夫。さっき城で、一人の女の人が、自分は聖杯の器だって言うからさ、とりあえず捕獲しといたから」
そういうと、少年は踵を返す。アーチャーは何か言いたげだったが、なにも言わず、その後を追う。
その場には、巨人とその腕に抱かれた少女だけが残った。
「――――――――――……」
夏の風が吹く、狂いし巨人に抱えられ、気を失った少女が寝息を立てる。
城門の前で佇むそれは、いつまでも、そのままであるかのようだった。
夏の風は、城門を抜け、城へと吹く。壊されたエントランス、破壊された廊下を抜け、城内を流れる風。
それに終わりを感じたのか、二つの影が家具の隙間から顔を見せた。
「どうやら、収まったみたいですね……お嬢さまは、大丈夫でしょうか?」
「イリヤは多分、大丈夫……それより、連れてかれたあの人が心配」
二つの影は、恐る恐る城内を歩くと、その破壊された瓦礫の中を、自らの主を求めて探索を始めたのであった……。
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