〜Fate GoldenMoon〜 

〜果てに行き着きし者〜



ん…………、と、自分の喉の鳴る音で目を覚ました。
まだ暗い部屋を見渡す。時間は深夜の辺りだろうか。

あれから花火の後始末をして、それぞれ各々、自分の部屋に戻って寝ることにしたのである。
着替えるのも面倒くさかったので、浴衣のまま、布団に寝転んだのであった。

「あ、ぁ――――…………」

眠っているときは意識しなかったが、妙に喉が渇いているのが分かった。
身体の熱は、喉を灼くかのように、キリキリと締め付ける感じを与える。
どうやら……とても、そのまま寝付けそうにないようだ。喉を潤すために、俺は寝床から起き上がり、台所に向かった。



冷蔵庫から、作り置きの麦茶を出して、喉に流し込む。それで、火照った身体も、渇いた喉も、どうにか治まったようだった。

「ふぅ…………」

一息つき、何となく回りを見渡す。キッチンからは……居間が一望できた。
普段そこには、藤ねえや桜がいて、遠坂やイリヤも、時折くつろいでいて、最近では新たな顔ぶれも加わった。
そこは、衛宮家の象徴とも言える所。俺の普段の日々の象徴が、そこにはあったのだ。

「…………セイバーも、ここに居たんだよな」

僅か半月にも満たない記憶――――それでも、最も印象に残っている記憶が、ご飯時の風景と言うのも、セイバーらしくて微笑ましかった。
ふと、心づいて、俺は歩き出した。今は、誰も起きていないだろうこの時間、彼女の記憶をひと時、思い出そうと考えたのである。



最初に訪れたのは、土蔵。半年の間に、いくつか置いてある物が増えたが、普段も使っているので、ある程度は小奇麗に纏めていた。
雑多な物の山の中に、ライダーの姿はない。おそらく霊体になっているか、桜の部屋にいるのだろう。
俺は、目を閉じて、セイバーとの出会いの瞬間に、思いを馳せた――――。

『――――問おう。貴方が、私のマスターか』

それが、彼女の第一声だった。命の危機というか、絶体絶命の時に現れた彼女は、ただその存在だけで、その場に自らと言うものを打ち立てていた。
月光の中、寒々しい空気の土蔵のなか、月光に照らされた彼女だけが、その場に熱を持った存在であるかのように、輝いていた。
それが、衛宮士郎とセイバーとの出会い。それが始まりであり、初まりでもあった。



土蔵を出て、俺は改めて、中庭をグルッと歩いた。
花火の切れ端が、まだ散乱している庭内。これは、まだ暑くない早朝にでも、一度掃除した方がいいかもな。
そんなふうに――――周囲を見渡すうち、まるで、ビデオを見るかのように、セイバーの姿を思い出すことが出来た。

中庭での戦いは、二回。一度目は、ランサーとセイバーとの戦い、そしてもう一つは、屋敷に攻め込んできたキャスターへの迎撃戦だった。

戦いの中、彼女の背中を幾度見てきたのだろう。強く、剛直で、それでいて無茶ばっかする戦いに、何度も心を痛めた。
それでも、だからこそ、彼女は彼女であると、俺は今になってそう思えるようになっていた。
退く事を知らず、恐れを知らず、ただ――――己が使命を果たそうとする、それは、いかに困難な道であろうか。

ふと、もう一人――――つい先日、この中庭に現れたヤツのことを思い出した。
赤一色、まるで、血のような赤をその身に纏った騎士は、飄々とした風に、戦いを挑んできた。
こんな時、セイバーがいたらなと思う。だって、そうだろう?

アイツが、セイバーに勝てるとは、到底思えないのだから。
俺、衛宮士郎が、セイバーには決して叶わないと確信しているのと同じように――――。



そうして、土蔵を巡り、中庭を経て、最後に俺は、道場に足を運んだ。
セイバーと共に行った修行は、今も続けている。強さを磨く――――それは、自らを知ることでもあった。

明かりをつけず、板張りの床に横になる。熱気を込めた夜の空気に、冷えた板の床は気持ち良い。
そういえば、よくセイバーの剣に叩きのめされて、こうやって床に伸びていたっけか……結局、俺は、セイバーから一本も取れなかったんだよな。

横になったまま、ため息を一つ。思い起こせば、なんと心残りの多いことだろう。
もっと、いろんな料理を食べさせてあげればよかった。手を抜いたわけではないが、冬には冬、夏には夏の美味しい食べ物があった。
それに、まだまだ、連れて行きたいところがあった。夏なのだし、海やプールにだっていけるのだ。
――――そう、今この場に君がいないことが、どれほど遣る瀬無い事だろう。

「何を、しているのです?」
「――――え?」

だから、それはまるで奇跡のように思えた。
掛けられた声、板張りの床を踏む足音。首をめぐらすと、月光を背に、一人の少女が佇んでいた。

白い浴衣に、金色の髪。それはまるで、過去の思い出の残滓のよう。
叫びだしそうな衝動に駆られ、俺は身を起こし、彼女を見つめた。

「セイ、バ――――?」
「――――なんだ、お前か」

搾り出すような問いかけに、帰ってきたのは、不満そうな声。それで、目の前の少女が誰かをやっと判断できた。
胡坐で座って、見上げた先――――金色の髪に、呆れたような表情。それは見紛うことなく、遠坂の英霊、ジャネットだった。

「まったく、誰かと思って見に来てみたら、お前だったとはな……」

どこか不満そうに、肩をすくめるジャネット。普段は、丁寧な言葉遣いをする彼女だが、どうやら俺と対面で話すときは、男言葉に戻すようにしたようだった。
もっとも、それで少女らしさが損なわれるかと言うと、そうでもなく、ジャネットはあくまで、ジャネットのままであったが。

「――――ええと、ジャネット、どうしてここに?」
「さあな、特に理由はない。強いて言えば、寝付けなかったので、あちこち回っていたんだが」

その言葉に、なるほど、と俺は頷く。
蒸し暑いこんな夜。確かに眠りに着く方が難しいともいえた。

「それじゃあさ、ちょっと、話していかないか? ジャネットに、聞きたいこともあるし」
「――――――――」

俺の言葉に、ジャネットは無言だった。もっとも、眉根がちょっと寄っているあたり、あまり乗り気ではないようである。
だが、わざわざ立ち寄って、そのまま立ち去るのも味気ないと思ったのだろうか?

「――――まぁ、特に用事もないしな」

まるで少年のように、元気にツンとした態度を見せると、彼女は俺の横に座る。
そうしてジャネットは、どこか問うような瞳で、黙って俺の顔を見つめた。

整った、綺麗な顔立ちにどきりとしながらも、俺はかねてより思っていた事を、ジャネットに問うことにした。

それは、彼女の戦いに関する姿勢、思想について。それは、彼女の思う、理想について。
揺ぎ無い中に、どこか危なげな所を宿す瞳――――それは、かつてセイバーの瞳に浮かんだものと、ほぼ同じものだったからである。

ジャネットと、セイバー。同じ雰囲気を持つ、二人の少女。
行き着く果てを見た、その瞳を持つ少女に向け、俺はゆっくりと、口を開いたのであった。

〜幕間・夏弔風月・中瀬〜
〜幕間・狂兵因縁・中瀬〜


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