〜Fate GoldenMoon〜
〜幕間・狂兵因縁・中瀬〜
静寂と殺気が、場を凌駕する。
古城の城門前、まるで古の一騎打ちのように、赤と青の騎士は対峙していた。
青の騎士は、真紅に染まった魔槍を、赤の騎士は、白と黒の双刀を持ちて、互いの隙をうかがっているように見えた。
じり、と、わずかにランサーの足が動く。そして、次の瞬間――――、
「いくぞ」
冷淡な宣告と共に、その穂先がアーチャーに向かって繰り出される!
宵闇を切り裂く閃光、音速すら超える速度で繰り出される穂先は、瞬時に十重二十重に連なり、赤い騎士にと繰り出される!
「!」
まるで豪雨のようなその斬撃を前に、アーチャーは一歩も退かない。
もとより、間合いでの優越を取られている状況。形ばかりの後退に、如何ほどの意味もない。
手にした対の刃を持って、怒濤の攻めを防ぎきろうとするが――――、
「ぬっ……!」
ランサーの攻撃が視認できない。一度目の戦いでは、ランサーはマスターによる令呪により、行動を束縛されていた。
しかし今は、何者にも縛られる事なく、その能力を存分に発揮している。
槍の穂先そのものが、相手の命その物を削るような一撃を放ってくる。
避けることはおろか、防ぐだけでも深手を負いそうな攻撃。それを――――
アーチャーは耐え忍んでいる。絶え間なく繰り出される攻撃――――一度でも喰らえば致命傷になるだろうその全てを、かろうじて防ぎきっているのだ。
それはまるで、綱渡りをするようなギリギリの線での攻防……一歩でも踏み違えれば、死という谷底に落下する。
しかし、綱渡りと言うものには終わりがある。向こう岸に着くのが終着というのなら、アーチャーはこの戦いの終末、勝利という終末へと着実に歩んでいた。
「――――凄い」
ただ一人、その戦いの観客として、その戦いを見つめていたイリヤは、感嘆の声をあげた。
それは、自らの英霊として戦っているランサーではなく、その攻撃を受けきっているアーチャーに対してであった。
彼女の見立てでは、ランサーとアーチャーの戦いでは、十中八九、ランサーに分があると判定していた。
遠距離の狙撃戦ともなれば、ランサーの不利は否めないが、接近戦になれば、戦力として計算するのも馬鹿馬鹿しくなるほど、両者の差は明らかであった。
剣と槍の間合い、スピード、そして、実戦の経験……クーフーリンに敵うほどの者がいるとすれば、騎士王や大英雄クラスの者だけだろう。
しかし、それでも、赤い騎士はランサーの攻撃を受けきっている。まるで攻撃を見切っているかのように――――
その背中、彼女はその背中にどこか既視感を感じた。その背中に負ぶさって、幾度も彼に甘えていたのではなかったか。
そう、その背中に見覚えが――――
「――――え?」
遠目に見ていたイリヤの視線の先、アーチャーの身体が反転する。
その身体が向く先には、イリヤの身体。アーチャーの目の前に浮かび上がるのは、無数の刀剣。そして、
「テメエ――――!!」
ランサーのあげた怒りの声とほぼ同時に、投擲された刀剣が、イリヤへと放たれた――――!
斬撃の轟音は絶え間なく、激しい金切り合いの音は熾烈を極めた。
それでも、一歩一歩着実に、ランサーはアーチャーを追い詰めていた。
勝敗の帰趨は疑いなく、アーチャーがランサーに勝てる目は皆無といってよかった。
しかし、それでもランサーは焦れるような奇妙な感じを覚えずにいられなかった。もとより、負けるなどは想像の外。
これはその様なものではなく、吹けば飛ぶような戦力の相手に、未だ勝ち星を得られない、自らに対する苛立ちであった。
「チィ――――――――」
苛立ちのままに、さらに攻撃を強める。しかし、守りに徹したアーチャーの防御を、どうしても後一歩のところで打ち崩せない。
そうして、幾度の攻撃を仕掛けた後だろうが。
「――――――――頃合か」
ポツリと、アーチャーが呟いたのは、その時。死と隣り合わせの戦場で、その口調はいつもどおり、落ち着いたもの。
その物言いが気に喰わず、ランサーが眉をしかめたその時、アーチャーが動いた。
その手に持った双刀を、何の躊躇もなく、ランサーに向けて投げ放ったのだ。
「は、何だそりゃ!?」
嘲りよりも、むしろ侮蔑を込めて、ランサーは履き捨てると、飛んできた双刀を弾く。
その視線の先、アーチャーが再び双刀を両の手に創り出すのが見えた。同時に、背後より迫る刃音。
(来るか――――?)
瞬時に、ランサーはアーチャーの意図を理解する。先ほどの投擲は布石。どのような仕掛けか分からぬが、弾いた刃物は再び、ランサーに向かってきている。
つまるところ、背後より迫る刃との、二面攻撃だろうか。そう思った矢先、アーチャーは生み出した双刀を手放し――――その二本の剣もランサーに向かって飛翔する!
(――――は、なるほど、面白い!)
背後よりの二本の刃、正面よりの二本の刃、それに、自らの攻撃の連携――――初めて攻めに転じたアーチャの戦法を読み取り、ランサーは喝采を挙げる。
しかし、その顔に焦りはない。確かに剣ならば、間合いに入られての五連撃を防ぐ術はないだろう。
だが、ランサーの得物は槍である。五連撃の交差する瞬間の、遥か手前で、攻撃を防ぎきれると、ランサーは判断した。
――――そう、この瞬間、アーチャーの身体が反転するまでは。
その狙点の先には、戦いを見守っているイリヤの姿。それを見て、ランサーの肝が冷える。
攻め込んでいるうちに、いつの間にか背に護っていたはずのイリヤが、アーチャーの背中の位置にまで、ずれ込んでいたのだ。
ランサー、アーチャー、イリヤの位置取り、救援に向かうには最も遠い位置。
判断を迫られる。周囲からは四方より迫る刃。背を向け、イリヤに狙いを付けるアーチャー。
飛んでくる刃物を避けるか、その無防備な背中を狙うか、イリヤを助けに向かうか―――――――!?
「テメエ――――!!」
怒りの声をあげるが、アーチャーは躊躇せず、投影した刃をイリヤに向かって放つ――――!
そうして、何が起こったのか彼女にはよく分からなかった。
飛び来る刃物よりも早く飛んできた青色の影。それが彼女を庇うように、その攻撃から遠ざけたのだと言う事。
しかし、彼女を抱きかかえた青色の騎士は、荒い息をしており、彼女を抱く腕にはヌラリとした嫌な感触があった。
「ラ、ランサー…………!?」
「――――っ、畜生が、てめえ、こんな餓鬼を狙いやがって、真面目に戦う気があるのか、ああ!?」
見上げるイリヤに、ランサーは答えない。彼の視線の向く先には赤い騎士の姿。
再びその両手に双刀を生み出した彼の者は、自らの行動に対し、冷笑で答えた。
「真面目にやっているとも。味方思いのセタンタ」
「!」
「有名すぎるのも困り者だな。義理人情に厚い分、味方と判断した者を庇うあまり、自らの行動範疇を狭めている」
ランサーが片膝をつく。四肢には切り裂かれたような痕。
イリヤを助けるのを優先した為、飛んできた刃を避け切れなかったのだ。
「まぁ、よしんば君がイリヤスフィールを助けなかったとしても、心臓さえあれば聖杯は造れる。私を狙ったとしても、それに対する備えはしてあったのだがな」
嘯くアーチャーを睨むランサー。彼は、イリヤを抱きかかえたままで、大きく跳び退る。
しかし、その動きには先ほどまでの精彩さはない。その様子を見て、慌てたようにイリヤは声をあげる。
「ちょっ、駄目よ! 遠距離戦はアーチャーの得意分野なのよ!」
「うるせえぞ、ちょっとは黙ってろ、クソ餓鬼!」
イリヤに対し、忌々しげに言い捨てると、ランサーはそのまま地を駆ける。
ランサーに対し、アーチャーは無数の剣を投影すると、豪雨のような射撃戦を展開した。
地が捲れ上がり、大地を削り、城壁を穿つ。今や攻守は逆転し、ランサーはアーチャーの攻撃を避けるので手一杯であった。
短剣、長剣、様々な類の剣がランサーに襲い掛かる。その中で、ランサーはこの場から離脱できる隙がないかと模索するが、徒労に終わっていた。
そうして、両者の距離が最も遠退いたその時――――アーチャーの両の手に、一つの武具が出現した。
それは、因子のねじれた刃。飛べば飛ぶごとに加速し、目標を穿つ武器。それを取り出したとき、ランサーの周囲の空気が総毛立った。
「気づいたか。これは君にゆかりのある武器を改良したものだよ。クーフーリン」
「――――――――」
「もっとも、私はこの剣の血統にあるものではない。故に、その力を十全には発揮できないが、今の君をしとめるなら、この程度で充分だ」
布石は、完了する。最早、ランサーが間合いを詰めようとしても、この矢は確実に相手に命中する。
カラドボルクを構え、アーチャーは最後の一撃を放とうと、剣を番えた弓弦を引き絞った。
「なめや、がって」
怒りの声を、ランサーはあげる。それで、勝ったつもりなのだろう。英雄という者を、計算だけで判断できるとでも思っているのだろうか。
ランサーは、獰猛な笑みを浮かべる。そう、英雄というのは生き汚い者――――この程度で死んでたら、それこそ笑い者だ――――!
「おい、ガキ、飛ぶぞ。しっかり捕まってろよ」
「え、ちょっと、飛ぶって――――」
イリヤの返答を待たず、ランサーは身を屈める。そうして、全身の力を両の足、脊髄に、込め、中空高くへと飛び上がった!
アーチャーの狙いも揺るがない。宙に浮いたランサーに向け、アーチャーは――――
「カラドボルク――――!」
まるで矢のように、捻れた剣を射出した! 触れれば全てを爆殺する矢。それに対し――――、
ランサーは、イリヤを抱えたまま、中空よりその槍を構え、全魔力を込めた槍を……、
「突き穿つ、死翔の槍――――!!」(ゲイ、ボルク――――!!)
真名を発動させた槍を、解き放った――――!
「なに!?」
二つの投擲武具がぶつかり合う。その瞬間、アーチャーのカラドボルクが、蒸発した。
あまりの魔力量に、爆発する事すら許さず、死翔の槍は轟音を上げ、アーリャーに向かって突き進む!
「――――I am the bone of my sword.」
それは、超新星の閃光か、一直線に目標へと突き進むそれに対し、アーチャーは無駄な事象を断念した。
投影した物を全て削除。即座に、自らの最強の盾を記憶の深遠より引き出す……その間、一秒と掛からない。
その刹那の差が、彼の命を救う。死を逃れる最短行動を示すように鍛え上げられた身体は――――、
「”熾天覆う七つの円冠”――――!」
最強の盾を、彼の眼前に出現させた!
七枚の至高の守りと、一振りで全てを貫く最強の槍が、中空で激突する――――!!!
花弁が砕けていく、槍が軋む。空間すら凌駕し、破壊と消滅を繰り返し、その力は拮抗を続ける。
ふと、両者の脳裏にありえない事象が思い浮かんだ。それは、町外れの教会、過去か未来か、同じように両者の武具がぶつかった結末。
貫けない、と思った者、防ぎきれる、と確信した者。それは、力量も状況も似通ったゆえの、絶対的な予想であった。
だが、唯一つ、この場には両者の予想し得なかったものが存在していた。
「なにやってるの、しっかりしなさいよっ!」
その言葉、ランサーに抱きかかえられたマスターの少女、イリヤの胸元の令呪が光を放つ!
力が、ランサーに宿った。絶対の攻撃と、絶対の防御。その矛盾は――――、
「おぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「!」
力を上乗せされた、ランサーの叫びと共に、その防壁を突破する!
夏の夜……槍の穂先が心臓をえぐる音が、周囲に響いた――――。
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