〜Fate GoldenMoon〜 

〜幕間・夏弔風月・中瀬〜



アサシンの刃が、キャスターの身体に吸い込まれる。
そうして、戦いは終わりを告げた。いかな防御を固めようと、必殺の一撃を同時に三つ。
避けることも防ぐ事も許されず、キャスターの身体に深々と、鋭利な刃が叩き込まれたのだ。

山間に、夏の風が吹く。血を交えた鉄の匂いを孕む風は、山を降り、麓の町へと流れ行く。
そうして、街中の交差点へと、風は流れ着く。そして、その瞬間、風は暴風へと変化した――――!



「Αερο――――!」

その指から放たれるは、蝕む魔風――――本来ならそれは、回避する事は不可能な一撃であろう。
しかし、まともな魔力の保護もなく、ともすれば指先一つで倒してしまえそうな、侍姿の出で立ちの青年は、

「――――燕返し!」

視認することすら許さぬ速度、一瞬でキャスターの視界から掻き消えると同時に、幾度も必殺の刃を放ってきた。
肉体が刻まれる……頭蓋を断ち割り、心臓を斬り裂き、胴を分かつが如く、深々と断ち割る。

「ぐぅっ……!」

だが、それでも、キャスターは倒れなかった。柳洞寺より、この場まで到るに十数合。
その間、アサシンの燕返しを幾度となくその身に受けているが、いまだ、キャスターは健在であった。

割られた頭蓋は、その傷を塞ぎ、破損した心臓は瞬時に修復され、胴の傷は、新たな肉片によって癒された。
その再生速度は、まるで不死身のよう――――、バーサーカーすらしのぐ、回復に特化した身体で、キャスターはなおも戦っていた。

「く、ぅ、は――――」

既に顔を隠すローブは剥がれ、その身体はズタズタに傷つきながら、それでもなお、彼女は戦いを止めようとしなかった。
無論、何のリスクもなく、不死身の肉体を保っているわけではない。一度殺されるたび、彼女の魔力は大幅に削られていた。

キャスターの能力である、道具作成。擬似的である不死の薬を服用した彼女は、自らの命――――魔力を削りながら戦い続けていたのである。

「存外にしぶといな、だが、だからこそ仕留めがいが有るというものだ」
「――――――――」

愉しそうに、悦に浸るアサシンの言葉に、キャスターは答えない。
一度、この薬を持っても死を免れなかった彼女は、自らの限界を予測し、察知していた。

おそらくは、あと十回分もない。身体を修復できるのは、それで最後だろう。
燕返しを二回も受ければ、もはや彼女の魔力の貯蓄は尽きる。その前に、なんとしてでも決定的な一撃を浴びせなければならないのだが――――。

「ふむ、やはりこれでは足らぬか」
「――――?」

攻撃の手を止め、なにか気になることを、アサシンは呟いた。
ふらつきながらも、怪訝そうに見やるキャスターの視線に気づいたのか、アサシンは不服そうに肩をすくめながら言葉を続ける。

「一つの神域に達したと言っても、それはあくまでも達しただけの事。私の剣は、未だ完成を経ていないと言うことだな」

そう、回避不可能な剣技を身につけたとて、彼自身、自らの操る剣には、絶対的に足りないものを感じていた。
それは、一度だけ会い見えた事のある、女性剣士の操る剣技を前に、感じていたことであった。

「もとより、届く事ない理想をもとに、剣を振るうのだ。更なる高みを目指すのも、一興だろう」

そう呟くと、再び物干し竿のような長刀を構えるアサシン。
来る――――そう直感した瞬間には、キャスターの前よりアサシンの姿が掻き消えた。

その姿は、まさに神風の如し。キャスターは何とかその姿を捉えようとするが……動きを予測できない。
本来なら、何回も同じ技を使えば、少しは動きを予測できようものだが、アサシンのスキルゆえか、どうしても相手の位置が割り出せなかった。

次の瞬間、アサシンの姿がキャスターの前に忽然と現れる。その構えは、必殺の型――――!

「くっ!」
「燕返し!」

身を退くキャスター。しかし、根本的な身体能力で敵わぬ相手の技。その効果は幾ばかりもなく――――。

ザシュ、ザシュ、ザシュ!!!


その身にまたも、三つの刃が食い込んだ。それぞれが、必殺の一撃。だが、その一撃を喰らったとき、キャスターはその瞬間、千載一遇の好機を見つめていた。
燕返しを放ったアサシンの身体が、前のめりに傾いだ。今まで一度も体勢を崩す事がなかったアサシン。
しかし今、力んだのか、体勢を崩し、その身体は今にも、地面に倒れこもうとしていた。

「ぁ――――」

キャスターは、アサシンに向かって狙いをつけようと、その腕を伸ばし――――、
アサシンの足が、地に踏みとどまったのは、その時であった。

「――――ぇ」

その身は、倒れこもうとするほどに低く、しかし、刀を離すことはなく、異常なほどの低い姿勢のまま、アサシンはさらに踏み込んだ。
両の手に掴んだ刀の柄は、斬り下げる為の順手ではなく――――、

「燕返し――――連!」(つばめがえし――――つらね!)

身の丈ほどの刃が返る。本来なら振るだけでも困難な身の丈ほどの刃、それが――――

ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュ!!!


まるで、得物を捕まえた飛燕が羽ばたくかのように、真下から斬り上げられたのだった。



――――そうして、周囲に静けさが戻った。
振り上げた姿勢のまま、アサシンは動かない。目の前には、彫像のように立ち尽くすキャスターの姿。

「終わったか」

呟き、アサシンはキャスターを見る。身体のあちこちを切り裂かれ、最早回復する事もできないのか、傷口は開いたまま、ただ案山子のように立っている。
血にまみれた顔――――しかし、まるで奇跡のように、その顔には傷を残していなかった。

空ろな瞳に、光はない。アサシンの一撃は、残っていたキャスターの命を根こそぎ奪っていったのだろう。
故に、あとは消えるだけしかない。傷だらけの口が動く。声にならない声は、愛しい者への決別の哀願か――――、

「!」

ガウン!!!


その瞬間、アサシンはその場から身を引こうとするが、その瞬間、キャスターを中心に、『圧迫』された空間が形成され、その中に取り込まれた。
危機を察したのは、アサシンの能力、『心眼』ゆえ。しかし、殺気はアサシンでなく、キャスター自身に向けられたため、察知が遅れたのだった。

圧迫された空間の檻が、アサシンの身体を束縛する。身を動かす事が適わず、呆然とするアサシンの目の前で、キャスターが動いた。
空ろな瞳に、意思の光はない。ひょっとしたら、気を失ったとき、自らが動くように、自己暗示をかけていたのだろうか?

その手に宿るは、純然な魔力。それをキャスターは、なんの躊躇もなく、解き放とうとしていた。
無論、密閉された空間で、その様な事をすればアサシンだけでなく、キャスターもただではすまないだろう。

(ふ、まさかこんな結末になろうとはな――――)

内心で、アサシンは苦笑を浮かべた。その表情に、悔恨はない。
消滅に至る前に、また一つ、自らの剣を極めたのだ。思い出すことはなくとも、それは歴史に残る。
剣に生きた彼にとっては、ただそれだけで充分だったのである。

――――、そうして、低く、鈍い音。
爆音と閃光と共に、アサシンの身体は掻き消え――――キャスターもまた、その閃光に飲み込まれたのであった……。

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