〜Fate GoldenMoon〜 

〜鏡像輪廻、虚像庭園〜



新都から戻り、夕食を済ませ……気づけば周囲の風景は陰り、夜の時間帯になっていた。
結局、イリヤ達は夕食時にも戻ってこず、おそらくは向うで一泊してくるのだと思われた。
何とはなしに、俺は庭に出て、頭上の月を見上る。

雲が吹き流れる夜空に、大きな月が浮かぶ――――日の光を鏡のように受け、その身を煌々と照らす月。
それは、実態を持たぬ、虚像の熱。月の光は身を焼くように、あるいは影を吹き消すように、庭園内を照らしていた。

「――――しかし、どうすればいいんだろうな」

忌々しげに呟くは、自らの口。結局、俺は事の次第を桜に伝える事が出来なかった。
もともと、隠し事や嘘は苦手なのだ。つけないと言うわけではないが、苦手な事に変わりはないし、ばれたらばれたで、後が怖い。

だが、伝えないで良いのだろうか? 事は、桜自身の身に起こっている事……いつ何が起こるか分からないのが聖杯戦争である。
前もって、桜は自分の容態について知るべきなのかもしれない。

「意気地なし……何やってるんだよ、衛宮士郎っ……!」

やはり、言わないといけないだろう。俺は、自分で両頬をピシャリとたたき、気合を入れて、屋敷内に戻ろうとし――――、

ぴゅーーーーーーーーーー…………    パンッ!


「う、うわあっ!?」

い、いま、耳元で炸裂したぞ、パァンッって!!
慌ててそちらを向くと、そこには――――ロケット花火を団子の串よろしく、何本も持った遠坂の姿があった。

「あーあ、かわされちゃったか」
「遠坂、いきなり何するんだよ! 危ないじゃないか!」

※本当に危ないです、宝具や花火は人に向けないようにしましょう。

俺が文句を言うと、遠坂は、はぁ? と言いたげな表情を見せた。

「なに言ってるのよ、これ位の不意打ちに対処できなきゃ、いつ襲ってくるか分からない敵に対処できないわよ」
「む――――……」

それは、確かに。俺が納得するような顔を見せると、遠坂はしてやったり、と言った笑みを浮かべ――――、

「そういうわけだから、しっかり避けなさいよね」
「うわ、ちょっと待て! だからって連射で飛ばすのは――――」

俺の悲鳴は、顔面に直撃したロケット花火の衝撃で、中断される。
ガント撃ちの名手、遠坂の花火攻撃は、なおも正確無比に、俺の顔面めがけ、速射を繰り返してきたのだった。



「ほぉ、なかなか華やかだな」
「いえ、あればどちらかと言うと、血なまぐさい雰囲気のようにも見えますが」

そんな風に、遠坂に攻撃されていると、しばらくして、俺の耳にひたすら呑気な声が聞こえてきた。
そちらを見ると、屋敷の縁側には和服の着物――――俗に言う、浴衣に着替えたギルガメッシュとライダーの姿があった。

「ギルガメッシュ、その格好――――」
「あ、準備できたの?」

驚く俺と、攻撃の手を止め、縁側にいる二人に声を掛ける遠坂。
それに対し、藤色の浴衣に身を包んだギルガメッシュは、呆れたように方をすくめる。

「キャスターの娘が、着替えに手間取っているようだぞ。いま、ライダーのマスターが手伝っているが」
「そういうわけですので、一足先に手荷物を持って、こちらに来たわけです」

ギルガメッシュの言葉に続いて、ライダーが手に掲げたのは、花火の詰まったセットだった。
どおやら、遠坂の手に持っているロケット花火は、この中から、くすねてきたらしい。

ちなみに、ライダーの着ている浴衣は、藍色の浴衣。紫紺の髪と調和して、落ち着いた感じを見せていた。
…………そうして、今気づいたのだが、遠坂も、ちゃんと浴衣に着替えていた。

遠坂の浴衣の色は…………意外なことに、黒である。まぁ、真っ赤な浴衣は、さすがにどうかと思ったのかもしれない。

「しかし、花火はともかく、一体……その浴衣はどうしたんだよ?」
「ああ、これ? 何か、ライダーが土蔵の中から見つけたのよ。段ボール箱にいくつか、浴衣が放り込まれてたんですって」
「――――ああ、そういえば……藤ねえが前に、実家でいらなくなった浴衣をまとめて持ってきたことがあったっけ」

その時は、冬の真っ盛りで、使いようもないので……倉庫代わりの土蔵に放り込んでおいたんだが――――、

「ま、どの道捨てるだけのものだし、有効利用するなら問題ないか」
「そういうこと。ほら、士郎の分も用意してあるんだから、部屋に戻って着替えてきなさい」

遠坂がそう言ったとき、屋敷の中より、桜とジャネットが姿を現した。
それぞれ、桜色と白色の浴衣――――どちらが、どちらなのかは言うまでもないだろう。

「あ、先輩。どうですか?」
「ん、ああ、よく似合ってるじゃないか、桜」

俺の返答に、桜はちょっと満足げな表情を浮かべる。ジャネットはというと、着慣れない浴衣が落ち着かないのか、しきりに着物の裾を持っては首をかしげていた。

「さて、それじゃまぁ、俺も着替えてくるとするかな」
「ええ、早く着替えてきなさいよ。そうしないと、士郎の遊ぶ分の花火が無くなっちゃうでしょうからね」

遠坂の声に手を上げて応じると、俺は自らの部屋に向かう。
背後の庭では、さっそくの花火の音と、遠坂や桜の、はしゃいだ笑い声が聞こえてきた。



「おまたせ……お、張り切ってるな」
「ああ、その様だな」

浴衣に着替え、縁側に戻る。そこにはギルガメッシュが座り、庭の光景を興味深げに見つめていた。
桜とライダーが、スタンダートな花火の炎に歓声を上げる。
遠坂は、相変わらず数の減らないロケット花火を、中空に向かって打ち上げていた。
ジャネットは、花火の種類に目を丸くし、何を打とうか悩んでいる最中のようである。


――――それは、まるで幻のよう
           人も英霊も関係なく、
                  ただそのときを謳歌する、真夏の世の夢。


「さ、それじゃあ俺も参加するかな……ギルガメッシュも当然参加するんだろ? 今日は無礼講って事で」
「……まぁ、是非もない。たまにはこういった余興に参加するのも良いだろう」

俺の言葉に頷き、俺と共に、中庭に降りるギルガメッシュ。
さっそく、花火の山から選び出して、火をつけてみた。緑色の火花が、花火より飛び出て、舞う。

その光景を見て、ギルガメッシュも見よう見まねで花火に火をつけ、黄金の炎に満足げな笑みを浮かべた。


――――それは、刹那の幻
         いずれ時が来れば風化する、
                   しかし、忘れ得がたい出来事の一つ。


そうして、束の間の平穏と幕間劇は……それからしばしの間、続いたのであった。

〜幕間・夏弔風月〜
〜幕間・狂兵因縁〜

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