〜Fate GoldenMoon〜
〜幕間・夏弔風月〜
…………山間に雲は流れ、虚空に浮かぶ月は、柳洞寺の山門を照らす。
山門に寄りかかり、微動だにしない青年は、来るべき相手を待ち、静かに佇んでいる。
夏の盛りだと言うのに、周囲には寒々とした空気さえ漂い始めた時分――――青年の目が見開かれた。
「来たか」
呟き、青年――――アサシンは眼下を見下ろす。
下方へと続く階段の先、魔術師の外套に身を包んだ、その姿を見つめた。
「挑発通り、来てあげたわよ、アサシン」
「ふ――――いささか意外ではあるが、よく来たと言っておこうか、私の召還主である、稀代の女怪よ」
見上げる視線、見下ろす視線。鋭く睨むキャスターの視線に対し、アサシンは飄々とした視線を投げ返すだけであった。
その態度が癪に障ったのか、ローブの下にあるキャスターの顔が、僅かにゆがむ。
「意外、ですって……? これこそが、あなたの望んだ戦いではないの? 宗一郎様を牽制の道具に使っておきながら」
「そう、それよ。私としては、あの人並みのように見える男も、なかなかに興味があってな。おそらくは、身を護るために連れてくると思ったのだが――――」
「――――――――」
「どうやら、情が勝ったようだな。恐らく、あの男を共に連れてくれば、お前は負けなかっただろう。だが、それはあの男の死も意味する」
断定するアサシンに、キャスターは言葉もなく沈黙する。
アサシンの言葉――――それは、彼女の予想にも寸分違わず、当てはまっていたからである。
キャスターの魔力で強化された葛木宗一郎は、確かにアサシンの攻撃を防ぐ盾にはなろう。
彼女の魔術を確実に当てる隙すら、作る事が出来るであろうが……だが、その為にはアサシンの必殺の技を、宗一郎がその身で防がなければならない。
最強の攻めの体制である、燕返し――――恐らくそれは、確実に宗一郎の命を断ち切るだろう。
故に、彼女は葛木宗一郎を、戦いの場へ連れてこなかった。
悟らせるような事もせず、夜中にこっそりと抜け出してきたのは、彼の身を案じてのことであった。
「だからこそ、己が勝機を減らしてまで、ただ一人、私に挑もうと言うのだろう?」
「勝機を減らす?――――さて、そうとも限らないでしょう? 私一人では、あなたに勝てない、などということもないのだから」
アサシンの言葉を、キャスターはすげなく一蹴した。空間が歪む。彼女の周囲、そして、石段にそびえる壁のようにおびただしい数の竜牙兵が生み出された。
それを見て、アサシンは笑みをこぼす。それは、死合いに望む、戦人の笑み。
「ふむ、そうであったな……この戦いは、私がお前に肉薄し、そのそっ首を掻き切るのが先か」
「私が、あなたを近づけさせず、魔術をもって一呑みにするかの勝負よ!」
竜牙兵を展開し、キャスターがその指先をアサシンへと向ける。
同時に、アサシンは地を蹴り、キャスターのもとへと駆ける……それが――――この戦いの合図であった。
アサシンが疾駆する。下り坂の石段。本来ならそれは、重力以上に早く降りる事は出来ないはずである。
それを踏まえ、彼女はこの戦いに際し、ありったけの竜牙兵を盾――――いや、文字通り、壁にすることを考えたのである。
石段に待機させている数百の竜牙兵。それらには全て、アサシンの動きを止めるのを最優先に、戦うように命じてある。
いかなアサシンとはいえ、複数を相手の護りを突破し、キャスターへとたどり着くのは困難なはずである。
その間こそが勝機――――いざとなったら、竜牙兵ともども巻き添えにし、アサシンを吹き飛ばす!
そうして、キャスターは、階段を駆け下り始めた、アサシンへと狙いを――――
「なっ――――!?」
瞬間、風がうなった。まるで、平地を走るかのように、いや、それ以上の速度で、アサシンは階段を疾け降りる。
ただ一歩で、数里を駆けるかのごとく、まさに疾風怒涛の速度で、真下へと駆ける!
竜牙兵は、あまりの速さに反応できない。その横を瞬時にすり抜けられ、無効化され、走る先にいるものは、悉く斬って捨てられる。
その間、一秒などではない。まさに刹那の間に、アサシンはあれほどあった距離を詰め、なおもキャスターに迫る!!
キャスターの顔に、焦りの色が浮かぶ。この様子では、竜牙兵は役にたたない。
既に防壁の半ばを突破され、既に残りもあと僅か。このままでは、肉薄されてしまう――――!
「く――――Aτλασ――――!」
起死回生の一撃。アサシンの速度を予測し、その先に、『圧迫』を仕掛ける。
これが決まれば、アサシンの動きを止め――――、
ビュゴォッ!
「な――」
その瞬間、風が悲鳴を上げた。圧迫されたその空間に、アサシンの姿はない。
術が発動するその瞬間、残像すら残るほどの早さで、アサシンはさらに速度を上げたのである。
キャスターの目の前には、刀を持つ、アサシンの姿。
戦闘開始より、僅か七秒。まさに刹那の間に勝敗は決し――――、
三つの剣閃が、同時にキャスターへと叩き込まれた――――。
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