〜Fate GoldenMoon〜 

〜形のない檻〜



本日の昼食は、山盛りの冷やし中華にしてみた。
大皿に詰まれた麺と、別の器に大量に詰まれたトッピング、それを、自家製のたれで食べるのである。

ちなみにトッピングは、夏野菜、細切りにしたハム、卵、剥いた甘海老などである。

「桜、麦茶とって」
「はい、遠坂先輩」

ずるずると、麺を啜る音……夏の暑い時期、この時分は冷たくて食べやすい物を用意するのが常であった。
開け放たれた居間の襖、ガラス戸も開け、夏の風を招き入れる。

「すっかり、夏、真っ盛りだな…………」

ちりんちりん……と、風を受けて鳴る風鈴に、俺は呟く。
日の光を受けて輝く中庭は、熱せられた熱に陽炎の揺らぎを発する。

それでも、その暑さが快く感じられるのは、冷たい食べ物のおかげか、夏だと自覚があるからなのだろうか?



食事を終え、洗い物を続ける。気が向いたのか、遠坂も洗物に参加していた。
居間では、参加したげにソワソワとした表情で座っている桜。それを見守っているライダーがいる。
テレビを見て寛ぐギルガメッシュと、何をするでもなく座るジャネットもそこにおり、屋敷にいる全員がこの場にそろっていた。

「さて、これで最後だな」

食器を洗い終え、手持ちのふきんで拭き終えて、俺は一息ついた。
時刻は昼過ぎ、これから先…………どうしようか?

「遠坂、これからどうするんだ? 何かやる事があるんなら、付き合うけど」
「やること…………そうね、ちょっと調べたい事があるから、つきあってくれるかしら」
「調べたい事…………それって、なんなんだ?」

俺の問いに、遠坂はにっこり笑って、ちょっとした事よ。と言った。
遠坂と共に、居間に戻る。何をするでもなく、まったりと過ごしていた四人が、俺達の方に視線を向けた。

「桜、今から士郎と出かけてくるわ。留守番を頼めるかしら?」
「え…………? その、先輩と二人きりでですか?」
「ううん、もちろん一人は護衛をつけるわ。最も、戦力からすれば、金ぴかが妥当なんでしょうけど」

桜の問いにそう答え、遠坂はギルガメッシュの方を向く。それに対し、ギルガメッシュは不服そうな表情を向けた。

「金ぴかとは、我の事か小娘。人に物を頼むのに、聊か不遜な振る舞いだと思うが」
「あら、私は別に頼まないわよ。だって、あなたに命令するのは士郎だし、マスターの命令に従うのが英霊の常でしょう?」
「む……」

ニコニコ笑顔の遠坂に、ギルガメッシュはもの言いたげに、俺の方を向く。
気持ちはわかるぞ、だけど、口で勝てる相手じゃないんだよ、目の前にいる女の子は。

「すまないな……遠坂はこういうヤツだから、見捨てずに付き合ってくると助かる」
「…………ランサーの言ではないが、すこし卿は甘いのではないか? 係わり合いにならねば、損な役回りも少しは減るだろうに」
「まぁ、そう言われても、頼まれたからには引き受けるべきだろ? それに俺だって、無理なものは、無理だってちゃんと言うぞ」

本当か……? と言いたげな表情を見せるギルガメッシュ。ふと、周りを見ると、遠坂や桜も何ともいえない表情をしていた。
何ともいえない空気が満ち…………その沈黙を破ったのは、不満そうに声をあげた人物であった。

「マスター、今の言は納得できません。自分の英霊を置いて出歩くマスターなど、前代未聞でしょう」

金の髪、男装の少女のジャネットが不満そうな表情を見せた。鋭い視線は、ギルガメッシュと俺に交互に向けられている。
彼女にしてみれば、俺やギルガメッシュを連れて行って、自分を連れて行かない遠坂の言が不満なのだろう。
しかし、声を掛けられた遠坂本人は、眉一つ動かさず、淡々とした口調で返答した。

「パワーバランスを考えて、よ。単純に、多数を護るなら……ギルガメッシュの方がジャネットより優れている。それは自分でもよく分かってるでしょ?」
「――――それは、そうかもしれませんが」
納得できないのか、ジャネットは不満そうな表情を隠そうともしない。
その時、おずおずと口を挟んできたのは、事の成り行きを見守っていた、桜であった。

「あの、それだったら、皆で出かけませんか? 誰を残して、誰と一緒に行くか考えるより、その方が安心できると思うんですけど」
「――――」
「――――」
「――――」
「――――そうね、確かにいざという時のために、戦力は集中しておいた方がいいか……もともと、そんなに手間を掛けることでもないし」

名案よ、桜。と言って、遠坂はニッコリと笑顔を向ける。
その笑顔に、何故か桜は、ばつが悪そうな表情を見せた。何か気まずいんだろうか?

「あ、でも……イリヤはどうするんだ? いつ帰ってくるか分からないし、連絡の取りようもないんだが」
「それなら簡単よ。書置きをして出かければいいじゃない。イリヤが帰ってきても、それで合流できるはずよ」

遠坂はあっさりとそういい、ペンとメモ用紙はどこ? と聞いてきた。

「分かった、書く物と紙は用意する。それはそうと、一体これから……どこに行くんだ?」

俺の問いに、遠坂はニッコリと笑って――――、

「新都よ」

と、キッパリとした口調でそう言ったのであった。



深山町からバスに揺られ、新都にたどり着く。バスから降りたとたん、駅前には多種多様な人々でごった返していた。

「うわ、今日は一段とまた……人通りが多いな」
「ま、夏休みだしね、暇してる人が多いんでしょ」

人ごみに顔をしかめる俺に、遠坂はさも当然と言った風に返答した。
遠坂の場合、人ごみの中のほうが元気になりそうなタイプだよな。元来の気質といい、お祭り騒ぎが大好きそうだ。

「――――――――……」
「サクラ、大丈夫ですか?」

人ごみの熱気に当てられたのか、何となく居心地の悪そうなサクラに、ライダーが声を掛ける。
この二人の場合、静かな所の方が好みに合ってそうだ。

そうして、あとの二人、ギルガメッシュとジャネットと言えば――――、

「――――――――」
「――――――――」

二人して、興味深げに周囲を見渡している。
ギルガメッシュは面白そうに、ジャネットは言葉もなく、まるで対称的な風に周囲を見つめていた。

「我と同じ、金髪の人間もいるな……前にこの界隈に来た時、たむろしていた、染めたような髪でなく――――生粋の金髪のようだが」
「まぁ、新都の方は、この付近でも都会のほうだからな。外国人の滞在者も意外に多いんだよ」

俺の言葉に、ほぉ、と目を輝かせて、道を歩く金髪の女性に視線を注ぐギルガメッシュ。
歩きさる女性に興味深げな視線を向けるのは、ギルガメッシュだけでなく、ジャネットもそうであった。

「北欧の人でしょうね。一体、どこの国の人でしょうか?」
「ん、さぁ…………基本的に、そんなこと誰も気にしないからな…………国なんて、別にどこだって構わないし」
「――――――――」

俺の言葉に、唖然とした表情で、こちらを見るジャネット。
そうして、ふたたび人ごみに目をやる。雑多な人、溢れかえる人……そこに、何かの決まりはなく、人は思い思いに、そこに存在していた。

「本当に、変わった国だ……ここは」

その呟きは、人の喧騒に掻き消されるかのように、か細く――――しかし、俺の耳には届いていた。
ジャネットの横顔を見る。そこには、目を細め、何かを考えている少女の凛々しい横顔があった。



「さ、こんな所にいつまでもいたら茹だっちゃうわ。ともかく、ベェルデによって、一息ついてから、あちこち見て回りましょ」
「って、ちょっとまて、調べたい事があるんじゃなかったのか!?」

ベェルデは、半年前ほどに出来たデパートで、そこそこ人気のある場所であった。
休日になると、家族連れや恋人同士でにぎわうその場所は、俺も何度か利用していた。

「ええ、調べたい事はあるわ。でも、今は多分込み合ってるでしょうし、それまでは時間つぶしがてら、あちこち見て回った方がいいでしょ」
「――――――――」

計画的犯行――――そんなフレーズが俺の脳裏に浮かんだ。
これが出たら逆らえない、ニッコリニコニコと笑顔で言い切る遠坂に言葉もなく、俺は反抗する気持ちを断念させた。
結局、その日の午後は遠坂に引っ張られるように、あちこち付き合わされることになったのである。



で、ベェルデを中心に俺達はあちこちを見て回って楽しんだ。

――――どうせなら、楽しんだ方がいいでしょ?

その遠坂の言葉の通り、あちこちを見て回り、店頭を冷やかしたり、実際に買い物をしたりした。
買い物で特筆すべきは、ギルガメッシュやジャネット、ライダーの服であった。
どうせ着替えたんだし、あと何着か別の服も買ったらどうか、と意見が一致し、購入の流れとなったのである。

いや、そのときのドタバタは面白かった。調子に乗って着せ替え人形扱いされたギルガメッシュは怒り出すわ、ジャネットは男物、女物と交互に着替えさせられてげんなりしていた。
で、俺はというと、不覚にもライダーの着替えを覗いてしまい、石にされかかったりとトラブルだらけで――――でも、楽しい時間であった。

そうして、色々と買い物をしたり、ゲームセンターや他の娯楽施設にいったりしているうちに、日は陰り、夕方になっていた。



「…………さ、そろそろ頃合かしら?」

駅前に戻り、遠坂はポツリとそう呟いた。
夏休みのせいで、人ごみはまだまだ多く、駅前では多くの人がたむろしていた。

この人ごみの中で、一体……遠坂は何を調べるというんだろうか。
注目する一同を見渡し、遠坂はしばし考え込む。そして――――、

「士郎と…………ジャネット、一緒についてきて」
「?」
「遠坂、ここで調べ物をするんじゃないのか?」

俺の問いに、遠坂は首を振る。そうして、遠坂は指を立てつつ言葉を発する。

「ここじゃないわ。もっとも、すぐに調べる事が出来るけど……ジャネット、今、こっちに注目している輩っている?」
「はい、調べてみます……こちらに向けられる視線はいくつかあります。集団で、あちらの方から」

見ると、そちらの方には路傍でたむろする若者の姿があった。しかし、別段、怪しい気配を感じはしない。
ただ、興味津々といった風にこっちを見ているのは、よく分かった。

「いや、アレは遠坂や桜を見てるんだろ。何だかんだ言って、目立つからな」
「ま、そうね。私と桜、加えてライダーやジャネットまでいるんだもの……目立たない方がおかしいわよね」

実害はないでしょうから、ほっといていいでしょ。と言い切り、遠坂は苦笑を浮かべた。
その他の視線も照合するが、こっちに興味深げな視線を向けてはいるものの、敵意を持った相手は、傍にはいないようだった。

「じゃ、行きましょうか。多分、三十分もあれば戻ってこれるから、他の人はここで待ってるように」
「あの……遠坂先輩、私も一緒に」
「駄目」

おずおずと声を掛けたのは桜。だが、遠坂はそれを一言のもとに否定した。

「え……でも……」
「ここまで着いてくるのは許すけど、これ以上は駄目。ライダー、桜を止めておきなさい。私の考えが正しいのなら、これから先、桜には致命的な状態になるかもしれない」

そう語る、遠坂の声は真剣そのもの――――そして、ライダーは……その言葉に頷いた。

「分かりました。私達はこの場で待機しています。サクラのことはお任せください」
「ら、ライダー……?」
「サクラ、リンは貴方のことを気遣って発言をしています。従うのが道理と言うものでしょう」

キッパリとしたライダーの言葉に、サクラは反論するすべを持たず、沈黙する。
そうして、しばらく戸惑っていたが、仕方なしという風に納得をしたのだろう。ため息混じりに、分かりました、とだけ呟いた。

「それじゃあ行ってくるけど……ギルガメッシュ、サクラとライダーを頼むな」
「うむ、差して時間は掛からぬのだろう。安心して行くがいい」

俺の言葉に、頼もしい返事をギルガメッシュは返し……そうして俺と遠坂、ジャネットは、桜達をその場に残し、歩き出した。
そうして、先導する遠坂の向かった先は――――、

ガタン、ガタタン……


「やっぱり、この時間帯が一番空いてるわね……あ、座らなくてもいいわよ、どうせ隣町までだから」
「それはいいんだが……なんで電車に乗ってるんだ?」

そう、駅内に入った遠坂は、二人分のチケットを買い、電車に乗り込んだのである。
ちなみに、出入り時は霊体になったジャネットだが、電車に乗るときは実体を伴っていた。

「――――――――」

そのジャネットは、呆けたように流れる外の風景に目を奪われている。
山間部を通り、隣町へと向かう道は緑に溢れ、のどかな自然の風景が視界を覆う。

バスのときも、しきりに感心していたジャネットだが、電車と言うものは想像の範囲外だったようだ。
声もなく、言葉もなく、緑溢れる外の世界に視線を向けていた。

「気になった事を調べるためよ。あ、ジャネット、言わないでも分かってるだろうけど、周囲には注意しなさいよ。もし攻撃が来たら、この状態じゃ反撃も出来ないんだから」
「――――は、はい」

遠坂の言葉に頷いて、ジャネットは表情を厳しくする。
それでも、その視線は輝いたまま、ずっと外へと注がれていたのだったが。

「それで、一体、何を調べてるんだ? そろそろ教えてくれてもいいんだろ?」
「ん――――、その事なんだけどね」

改めて聞いた俺の問いに、遠坂は答えようとして――――、

――――――――


その時、まるで包まれた膜の外に出るかのように、微細な変化が、周囲の空気を変質させた。

「な――――?」
「やっぱり…………!」

それは、ほんの些細な差…………おそらく、それに気づくものは皆無だっただろう。
しかし、それに慣れ親しんだ俺や遠坂には、すぐにそれがどういうものかを理解できたのであった。



電車を降りて、駅のホームで折り返しを待つ。
新都行きの電車が来るまで、まだ時間があったので、俺は遠坂に思い切って聞いてみた。

「遠坂、どういうことなんだ……? こんなに大気中の大魔が少ないなんて、一体……」
「ここが異常というわけじゃないわ。気づかなかっただけよ……深山町のほうが異常なの。恐らく、前の聖杯戦争のせいでしょうね」

どこか険しい表情で、遠坂は言葉を続ける。

「前の戦いで集められた魔力が、聖杯を壊したせいで出口を失って、周囲に留まったんだと思う」
「でも、それじゃあ何で、俺達は気づかなかったんだ? いくらなんだって、この差は異常だ。すぐに気づきそうなものだろ?」
「いいえ、ずっと深山町にいたら、気づきはしなかったでしょうね……人の身体は、似たような状況になれると、変化には鈍感になる」

たとえば、強い香りの香水をつけても、本人はすぐにその香りを感じなくなる。
まして、大魔のように分かりづらいものは、察知する事すら難しいのだという。

「ライダーの話を聞かなきゃ、こうして懸念を抱かなかったと思うわ……しかし、まいったわね」
「まいったって、何がだ?」

俺の問いに遠坂はため息をつき、肩を落とした。

「桜は魔力を使って身体の調子を整えてるのよ? つまり、魔力の少ないこっち側じゃ、身体を動かす事は出来ないでしょうね」
「――――なっ!?」
「肉体の運動機能が停止するなら、下手をすれば心臓が止まってしまうかもしれない」

つまり、桜にとっては街の外は、息の出来ない場所のようなものなのよ…………泣きそうな表情で、遠坂はそう呟く。
言葉にならない沈黙と共に、時は流れ――――電車がホール内に入り、俺達は無言で乗り込む。

――――――――


電車に揺られるうちに、再び空気が変質する。慣れ親しんだ、夏の空気。
しかし、それは一つの濁り。大魔が滞り――――熱を持った夏の日の空気。

俺にはそれが、桜をこの地に縛り付ける、形のない檻のように思えたのだった。


〜幕間・Last Samurai〜
〜幕間・聖杯の器、壊れた器〜

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