〜Fate GoldenMoon〜
〜幕間・Last Samurai〜
円蔵山の中腹に建つ、柳洞寺。その山門は、生い茂る木々と山間に流れる風により、涼しく快い環境を保っていた。
昼過ぎのこの時分、石段を登り、山門から中に入る、訪問客は皆無である。
静けさに包まれる周囲……その場にあるのは、僅かな蝉の鳴き声と、こずえを揺らす風の音。
その石段に腰掛けて、何をするわけでもなく、そこから一望できる風景を見つめている少年がいた。
「いいところだね、ここは」
「ああ、呼び出された時分は確かにそうも思った。しかし、それゆえ、慣れると退屈なものでもあったな」
少年の声に応じるように、何もない空間より一つの青年が姿を現した。
雅な陣羽織、背には身の丈ほどもある、長い一振りの刀。時代劇の役者のようなその姿は、まさに侍そのものであった。
その青年に視線を向け、少年は面白そうに目を細める。
飄々とした姿のサムライ――――彼の行動は、少年にとっては興味深い対象であり、故に、その青年の行動に付き合ってきたのだった。
「来るのかな、あの女の人は? 君は来ると確信してるみたいだけど」
「来ざるを得ないだろう。そうでなければ、わざわざ悪役に徹した振りの意味が無い」
少年の言葉に、アサシンは何を考えているのか分からぬ笑みで、少年の言葉に応じる。
その態度に、少年はよく分からないといった風に肩をすくめる。アサシンの表情には、キャスターを前にしたときのような冷たい敵意はなかったのである。
「よく分からないな……君は誇りや復讐のために、あの女の人と決闘すると言っていた」
「――――ああ、確かにそういった」
「サムライは名誉を重んじるって聞いたことがあるけど、今の君を見ると、あの女の人に恨みを持ってないように見えるけど…………」
少年のその問いに、アサシンの佐々木小次郎が嘲う。
賢しい知識を持ち、彼の本心を看破した少年に対し、アサシンは感心するような微笑を浮かべたのであった。
「――――然り。他の者に聞かせる手前、名誉だの誇りなど、加えて妄執などと、犬の餌にも成らぬ事を言っていたが、私の本心は別にある」
「へぇ?」
興味深そうな表情の少年。そんな少年に対し、アサシンは静かに言い放つ。
「何、簡単なことよ。あの女狐と一戦交えてみたくなったのだ。それも、手抜きも躊躇いもなく、死を覚悟する相手とな」
「――――」
無言で、陣羽織の青年を見る少年に、青年は侍ではなく、武芸者としての笑みを浮かべる。
「呼び出されたときより、あの女狐の執念深さ、強さには興味があったのだ。セイバーとの決着も付けられぬ今、新たな敵として、あの女は相応しい」
「だから、自ら悪役を買ってでたって言うの? 少々、割に合わないと思うけど」
「そのようなもの、戦う事すら出来ぬ退屈に比べれば、さしたるものではない。私にとっては、侍の名誉より、自らの強さを確認する事こそ重要なのだからな」
それは、彼の生き様そのもの――――剣に生涯をささげ、極めし業を昇華させようとした男は、なんと言うこともないと笑う。
それを、愚かと蔑む者もいるだろう。だが、決してその退かぬ信念は、容易に持てるものではないのだった。
「やっぱり、君はサムライだよ。いや、武士(もののふ)と言うべきかな?」
「――――さて、どういう意味かは知らぬが、褒め言葉として、受け取っておく事にしようか」
そう言って、アサシンは笑う。
名を持たず、実を持たず、侍としての出世欲も無く、それでも彼は、確かにそこに、武人として存在していた。
石畳に座っていた少年は、腰を上げる。まだ太陽は中空にあり、夜の帳は当分先のようであった。
「さて、それじゃあ僕は行くよ。聖杯の件で、アーチャーに思い当たる節があるって言うからね」
「うむ、それではな。用件が済んだ後、またこうして語り合えればよいが」
「――――うん、そうだね」
少年は微笑み、石段を降りていく。その先には、少年を待つ、赤い外套の青年。
こちらに鋭い視線を向ける赤い騎士は、少年に伴われ、何処かへと去っていく。
それは、真夏の蜃気楼のように、いつの間にか消え去ってしまう幻のよう。
二人の姿が消え去った後で、アサシンは階段を登る。一歩一歩足を踏みしめ、山門に到達すると、それに背を預けた。
「積年の鍛錬、成就するか、それとも――――」
風が吹く。夏の風は、山門の木々より、一枚の葉を落とし――――それは、アサシンの手により三閃、六つに分かたれたのだった。
青年は、静かに待つ。決戦の時は、刻一刻と近づいていたのだった。
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