〜Fate GoldenMoon〜 

〜幕間・聖杯の器、壊れた器〜



それが、なんなのか、未だに分からないときがある。
虫の知らせというべきだろうか、明らかに、知るべきでないことも届きそうな自分。

そう、十を数える年を巡るあの日、失ったものの意味なぞ未だに知らず、得た物も分からない。
ただ、明らかに変わったこと…………その日から、私の回りから色が失われただけのこと。

別に、見ている世界がモノクロになったわけではない。ただ、私の身体がどこか、壊れてしまったのだ。
大好きな食べ物は、紙粘土で作られたように味を失い、鼻から吸う空気は、何物も嗅ぎ分けることが出来なくなった。
痛みを感じる事はあっても、血を舐めても苦いとは感じない、血の匂いを不快とも思えない。

それはまるで、古代の吸血鬼のよう――――、

「――――、あなたが、イリヤお嬢さま?」

問いかけるまでも無く、分かった。目の前にいる女の子、人でありながら、人により、人で無くなりし者――――。
理由も無く、愛しいと思った。私と同じ境遇の、いや、聖杯となり、さらに過酷な境遇にありながら、その娘は、活き活きと生きていた。

彼女は私…………十年の前に、私が成るはずだった運命を受け止め、そうして、彼女はそこにある。



ワタシハ器。
祭壇に捧げられた供物でありながら、贄をえて、異界の門を開く。

それは、不完全な歪な形――――いくらドレスで身を包もうと、その醜悪さは耐えがたかった。
私は、鏡に映った姿に嫌悪し、声をたてずに泣いた。嘆いて、叫んで、そのまま消えれれば、どれだけ気が楽だろうか。

その時、部屋のドアが規則正しく、ノックされた。
私は慌てて、涙を拭く。大きく深呼吸を二度。それで、身体の方は落ち着いてくれた。

「はーい、どうしたんですか、シグ?」

いつもどおりの口調で、私は彼に問いかける。相棒である彼に、無様な姿は見せられない。
そう、出会ったときから、最後の瞬間まで、せめて彼には、元気な私を見せておこう。

それは、何の意味もない。聖杯と呼ばれる器にすらなれなかった、私の唯一つの願い。
恋というわけでもない……ただ、一緒にいてくれる彼に対する、それが精一杯の感謝の気持ち。

壊れてしまった私…………いまだ壊れず、形を留めているイリヤお嬢様。
聖杯という器は、私たちの運命を捻じ曲げる。望もうと望むまいとお構いなしに――――――――、



ああ、せめて、
                 こんな哀しい気持ち、
         彼女には、
                             味わって欲しくない。



「はい、どうぞ。 味の方は、保障できませんけどね」

話し合うため、宿泊している部屋に彼女を招きいれ、紅茶を淹れる。
もはや、味を知ることも出来ない、香りを楽しむ事もない。それでも、身体に刻んだ記憶の通り、紅茶はきちんと淹れれたようであった。

「へぇ、なかなか上手なのね。でも、シロウの淹れてくれる紅茶の方が、私は好きだけど」

そう言いつつも、お分かりをする彼女に、ほほえましいものを感じた。

「それで、お話とは一体……何なんですか?」

自らも紅茶を含み、私は彼女にそう問いかける。部屋には、私とシグ、それに、イリヤお嬢さまと、彼女の護衛か、蒼い騎士の姿があるだけ。
イリヤお嬢さまは、んー……と、考え込んだあと、長い話になるけど、と言う前置きと共に、口を開く。

――――それは、私の知らない、でも、どこかで識っていたような話。
今回の聖杯戦争の、長い長い、表も裏もひっくるめた物語は、そうして彼女の口より語られたのであった――――。

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