ぱすてるチャイムContinue Lu Monde
たいせつなともだち
ザァ――――……というシャワーの音と、外から聞こえる、ゴウゴウ……という音。
窓はなく、換気扇がついているだけの浴室……壁を通して響いてくる音は、外の雨の音だろう。
「外は、相変わらずか……」
忌々しげに呟きながら、俺はシャワーに濡れた赤髪を、くしゃりと掻き乱した。
魔術の付与が施された赤い髪は、シャワーを浴びたくらいでは落ちることはない。
ただ、この分だと抜け毛の何本かはでそうだった。ストレスなんて、溜めないに越したことはないんだけどな。
「とっとと止むなり、晴れるなりしてほしいんだけどな……」
浴室から出て、バスタオルを探す。タオル掛けに掛かっているタオルに手を伸ばして、手を止めた。
そのバスタオルは、じっとりと濡れている。どうやら先にシャワーを浴びた、ナツミが使ったものらしかった。
「まったく、調子狂うな……」
棚から取り出したバスタオルで体を拭きながら、俺は仏頂面で呟く。
唐突に部屋に転がり込んできたナツミ……、彼女に対し、どういう応対をすればいいか、このときはまだ、俺は決めかねていた。
部屋着に着替え、浴室からでる。フローリングの室内に足を踏み出したその時、ぱしゃっという音が耳朶に響いた。
見ると、ベッドの上に寝転がっていたナツミが、カメラをこっちに向けて、満面の笑みを浮かべている。
「おっけー! 湯上りナギー、ゲットなのさ!」
「こら」
俺は、相変わらずのシャツ一枚で、ねっころがったままのナツミに歩み寄ると、手に持ったカメラを、ひょいと取り上げた。
とたん、ナツミは思いっきり不満そうな顔をする。それはまるで、玩具を取り上げられた子供のようだった。
「わ、何するのさ、ナギー!」
「何するのさ、じゃない。勝手に人の姿を撮るな。言うこと聞かないなら、このまま外にほっぽり出すぞ」
「う」
俺の言葉が、本気だというのがわかったのだろう。ナツミの顔が硬直する。
外はいまだに、轟音が鳴り響くくらいの雨だ。寮から放り出されるのは、さすがにつらいだろう。
これで少しは、大人しくなってくれれば……そう考えた俺だが、ナツミの浮かべた、にまっとした表情にいやな予感を感じた。
「ナツミをこの姿のまま、外に放り出したら……困るのはナギーのほうなのさ」
「何で、そうなるんだよ……って」
ベッドに座る、ナツミの姿を見下ろす。カッタシャツと、パンツだけの姿。
寮の外どころか、部屋の外に放り出しただけでも、大問題になりかねない。
知らぬ存ぜぬで通せればいいが、そこは騒ぎの爆心点であるナツミだ。大騒ぎして、巻き込まれるのは目に見えていた。
「……制服を着る気は、ないんだろうな」
「着ないわけじゃないけど、もうちょっと乾くまでは、出来れば遠慮したいのさ」
そういいながら、手をヒラヒラと手招きするナツミ。どうやら、カメラを返せと催促しているようだ。
俺はしばらく考え、ため息をついた。カメラを返すのはいいにしても、このまま部屋で、ずっと写真を撮られ続けるのは……精神衛生上よろしくない。
ここは一つ、きつめのお灸を据えるべきだと思い、俺は窓へと歩み寄った。
「ま、それはそうと、この部屋での写真撮影は禁止にさせてもらうぞ。守れないなら……」
「?」
窓枠に手をかけた俺の行動を、よく分からないといった風に見るナツミ。
そんな彼女の目の前で、俺は窓を開け放った。とたんに響いてくる轟音――――風は無いにしても、外はかなりの雨である。
そんな、雨の外の風景を指で示しながら、俺はことさら冷淡に、言葉を放つ。
「こっから、カメラを投げ捨てる」
「ぴぎっ!」
今度こそ、ナツミの表情が凍りついた。まぁ、無理もないだろう。ナツミにとって、このカメラがとても大事なのは分かっている。
命ほどではないにしても、彼女にとって大切なものには変わりないのだ。
「そ、それは勘弁してほしいのさー!」
半泣きの表情で、ナツミが懇願する。その表情を見て、俺は苦笑を浮かべた。
ちょっとは効果があると思っていたが、ここまでとは思わなかった。これじゃあ、完全に悪役である。
俺は窓を閉めると、手に持ったカメラをナツミの手に握らせた。
「えっ……?」
「冗談だよ。いくらなんでも、そのカメラがナツミにとって、大事なものってことくらい、分かってるからな」
「…………」
「だけど、さっきも言ったけど、それで写真を撮るのは止めてくれよな」
カメラを手に持って、ポカンとしていたナツミだが、重ねて言った俺の言葉に、笑みのない顔で俺を見た。
それは、いつも溌剌としたナツミが時折見せる顔。ナツミはしばしその顔で俺を見ていたが、不意に笑顔になったかというと、コクリと頷いた。
「分かったのさ。ナギーには恩もあるし、今日のところは、このカメラを使わないことにするさ」
「今日のところは……って、ま、ナツミに写真を撮るなってこと自体が、息をするなって言ってるようなもんだからな」
苦笑いする俺。そんな俺に、ナツミは鮮やかに、今日一番の笑みを浮かべたのであった。
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