さっちゃんのおつかい 

さっちゃんのおつかい


2・かいもの

今日も、クロモン市場は活気に満ちていた。
買う者も、売る者も、意気揚々と通りを歩いている。

「らっしゃいらっしゃい! 安いよ安いよ!」
「遠く、ウィミィから届いたパイナップルだ! 今なら安くしとくよ!」

売り子が声を張り上げ、それに気を引かれた客が、足を止める。
あとは、店と客との値切り合戦だ。
店はなるたけ高く、客はなるたけ安く買おうとするこの市場は、ある意味戦場のようなものだった。

そんなクロモンの市場を、殺は、護衛である柳秋光を伴って歩いていた。
殺は、呼びかける声など聞こえないかのように、通りをまっすぐ歩いていく。

時たま、殺に対し呼び込みをするヤツもあったが……。

「そこのお嬢ちゃん、うちの商品、見てって…………って、ひぃっ!」
「…………」

殺に声を掛けたとたん、光る白刃が、呼び込みをしていたオヤジの喉元に突きつけられたのだ。
それは無論、殺の護衛をしている秋光のものである。

「やめろ、秋光。そうそう物騒な物を抜くものではない」

殺の言葉に、秋光は剣先を引いたが、その目はしっかりと、周囲に向けられていた。
むろん、殺に対し、誰かが何かしようとしていた場合、すぐに抜けるように、手は剣の柄にかかったままだ。

クロモンに来るたび、こんな光景が繰り返されるため、殺に声を掛ける命しらずは、ほとんどいなかった。
そうして、最近では殺の行くところ、まるでモーゼの十戒のように、人が割れて、道を造っていたのである。

そんなこんなで、道を歩いていた殺だったが、やがて、目的地に着いたのか、一つの店の中に入っていった。
柳は、店の外で周囲に目を配っている……そこは、『やすり味噌』と呼ばれる味噌屋であった。

殺は、店内に並んだ味噌をしばし眺め、やがて、決めたのか、一つの味噌を手に取った。

「女将、これをくれ」
「あい、ありがとうねぇ」

もう、齢100歳に達するだろう、店の女主人は、殺の払ったお金を受け取り、嬉しそうに頷いた。

「さっちゃんが来てくれるから、おばあちゃん、毎日楽しみなんだよぉ」

この御婆は、たまにやってくる殺を、ホントに嬉しそうに迎えているのであった。
まるで、殺を自分の孫のように思っているようである。
御婆の言葉に、殺は微笑み、きびすを返す。

「息災でいてくれよ、女将。味噌が無くなったら、また買いに来る」
「あい、待ってるからねぇ」

そんな、御婆の声を背中に受けながら、殺は店を出た。
店の前で待っていた柳が、殺の方を見る。

「用事は済んだ。帰るぞ」
「ああ……」

と、いつも通りの言葉を交わした時、殺は自分の方に向けられている、複数の視線に気が付いた。
いや、正確に言うと、視線は自分にではなく、柳の方に向けられていたようだった。

少し離れた場所で、殺よりも何歳か年上の少女達が、柳の方を向いてヒソヒソと話している。
会話の内容は聞き取れなかったが、雰囲気からして、その内容は大体予測できた。

「また、女子に興味を持たれているようだな」
「…………」

ほんの少し、からかいを込めた殺の言葉に、柳は無言だった。
しかし、わずかながら、眉間にしわが寄っているのが見える。
それを見て、殺は苦笑した。

「そんな顔をするな、人望があるというのは、良いことなのだぞ?」
「…………」

そう言う殺の頭を、柳は無言で撫でる。
どうも、女性に好意を持たれているのを、本人はどうとも思っていない感じである。
極端に言うと、迷惑に感じているようでもあった。

やれやれ、私より年上なのに、しょうがないヤツだ。
殺は苦笑しながらも、柳のされるがまま、頭を撫でさせていた。
殺の頭をなでれるのは、悪司以外は、柳だけの特権といってもよかった。
殺にしてみれば、柳の存在は、悪司の次に信頼における者として、とらえられていたのである。

「そうだな、たまには……寄り道でもしていこうか」

柳の気が済むまで、頭を撫でさせた後、殺は小首を傾げながら、そんなことを口にした。

「?」

それに対し、柳はわずかに、怪訝そうな表情を見せる。
いつもなら、必要な物以外には目もくれず、さっさと帰るのが、殺の行動パターンだったからだ。

そんな彼の心中を察し、殺は苦笑した。

「たまには、気まぐれをおこす日もある。そう、怪訝そうな顔をするな」
「そうか……それで、どこへ行く?」

妹に聞くような、優しげな口調で、柳は殺に問う。
一般の女性なら、一撃でまいってしまいそうな柳の声にも、殺は淡々とした口調で、言葉を返した。
このあたり、殺の恋愛に対する疎さは、少々達観したものとも言えた。

「美味いが売れないケーキ職人の店だ……たまには、デザートにケーキというのも良いだろう?」
「……そうか」

そうして、今日の献立の一つに、ケーキが加わることになる。
その製造元は、河原伊織という青年のケーキ屋で、美味いのに売れないという不思議な店であった。

ケーキ屋でいくつかのケーキを買って、殺と柳は帰路につく。
荷物は、全て殺が持っていた。

柳は手ぶらだったが、それは、殺に何かがあったとき、瞬時に対応するためだった。
最初の頃は、柳が荷物を持っていたが、殺に説得されて、そういうことになったのであった……。

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