さっちゃんのおつかい 

さっちゃんのおつかい


「ん……悪司、味噌が切れているぞ」

それは、とある日の昼下がり。昼食の用意をしていた殺が、悪司にそう言ったことから始まった。
悪司組がオオサカを統一してから数ヶ月後。
オオサカに派遣されてきた、ウィミィの士官達も取り込んだ悪司組は、量、質ともに規模を増大させていた。
と言っても、それで悪司達の日常が、劇的に変化されるわけでもない。
時たま、こういったことも起こるのであった。

「あ、ほんとだな。しゃあねぇな……外食にでもするか?」
「いや、わざわざそうする事もないだろう。ひとっ走り行って、買ってくる」

味噌がないのを確認して言った悪司の言葉に、殺は相変わらずの、淡々とした口調で言った。
その言葉に、悪司は眉をひそめる。

「だったら、さっちゃんが行かなくても、誰かに買いに行かせるぜ?」
「いや、買い物くらいで、他人に命令するのもな。味噌も、自分で選びたいし」

悪司の言葉に、殺はキッパリと首を振った。

「そうか? んじゃ、きをつけてな」

もともと、言い出したら聞かない性格である。悪司はそれ以上文句を言うこともなく、殺を送り出した。
殺は一つ頷くと、買い物袋を手に提げて、悪司組の玄関をくぐり、外に出た。


1・おでかけ


ミドリガオカ本部を出て、殺は道を歩きだした。
殺がこちらに来た当時は、道端に瓦礫が転がり、荒れた雰囲気を漂わせていた道。
それも、戦後の急速な復旧の中で、きちんと片づけられていた。

治世が安定してきた昨今、新型爆弾が落ちたオオアナ地域を覗き、各地域は確実に、かつての賑わいを取り戻していた。

「?」

と、道端を歩く殺は、背後から近づいてくる気配に、怪訝そうな表情を浮かべて振り向いた。
舗装された道を、一人の青年が殺の方に、駆け寄ってくる。
道を歩く女性の、半数は振り向くであろう美形の青年だ。

彼の名は、柳秋光。殺のボディガードが、彼の最近の仕事だった。

「何をしに来た?」
「…………」

殺の言葉に、秋光は無言である。
元来、無口な青年で、必要なときでも最小限の返事しかしない。
その無愛想さが好き、という女性もいたが、殺にしてみれば迷惑なだけである。

普通に振る舞えば、それなりに見えるのだがな……。
殺は内心、ため息を付く。
秋光は、過去に殺された、幼い妹と、殺を重ねて見ているのだ。
その振る舞いは、心配性な兄、というか、シスコンそのものの振る舞いである。

殺が悪司と共にいるときは別として、殺が学校に登下校するとき、用事があって出かけるとき、
果ては、本部内でトイレに行ったり、風呂に入るときまで付いてくるのである。
まぁ、殺の現在の立場、悪司組の組長という立場からすれば、秋光の護衛は文句の付け所はない。
時たま現れる、覗きや、痴漢などを問答無用で斬り捨てたりするのは、殺も評価している。

ただ、寝所まで一緒について来るのにはまいった。
殺も、年頃の少女である。さすがに美形とはいえ、男を寝室に入れるわけにはいかず……。
結局、柳は毛布を羽織り、殺の部屋の前で一夜を明かすのだ。

その忠勤ぶりは、まさに忠犬なのだが、時として、それを鬱陶しく思うときもある。

「味噌を買いに行くだけだ。護衛など、無用だ」
「…………」

言い捨てて、殺は再び歩き出す。
当然、後方からは、柳の足音が付いてきていた。

「まったく、頑固なヤツだ……」

自分の頑固っぷりを棚に上げ、呆れたように首を振ると、殺は歩調を緩めた。
追いついてきた柳が、殺を守るように、ピッタリと横に並んだ。
自然、殺と柳は並ぶように道を歩くようになる。

その様子は、見ようによっては兄妹のようであり、見ようによっては、仲むつまじい男女のようにも見えた。
殺自身が、柳をどう見ているかに関わらず……。


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