7/25(水)
朝、起きたら少しだけど左膝が痛かった。
ほんの数時間のうちに痛みと共に腫れも出てきて、いわゆる“ソフトボール状態”となったので、
大学病院を臨時で受診することを決意した。
6/9にT総合病院を退院後、友達のアドバイスに基づいて用意してあった“短期入院用荷物”のリュックを背負って
マンションの下に降り、左足を引きずりながらタクシーをひろうことに成功した。
タクシーの中から友達に連絡をするという余裕があったのだが、この余裕はここまでだったということに(この時点では)
気付いていなかった。自宅からは少し離れているので、行く事に必死になっていたのだろう。

12:30過ぎに正面玄関に到着した。
タクシー代を支払って領収書をもらい、降りようとしたら警備員(?)のお兄さんが近付いてきたので
「松葉杖か車椅子を貸して下さい」と言った。
お兄さんが立ち去る前に中からインフォメーションコーナーという所に座っていたおばあさん、いや年配のナースが、
タクシーから降りようとしていた私に気付いてササッと車椅子を持ってきていた。事情を話して整形外科受診のことを伝えた。
採血とレントゲンを済ませてT賀という若い医師の診察を受けたのだが、入院かどうかは彼の一存で決められないので
先輩医師と相談させてくれ・・・とのことだった。こちらは痛くてどうしようもないし、これまでの経過から今後悪化することが
容易に予測出来たので「どうぞ相談してください」と返答した。
この若いT賀医師は、私の左膝から関節液を抜き取ろうともしなかったのだ。
ま、私が断ったということもあるんだけどね。
一応、T賀医師のコメントとしては『OP後の抜釘した痕跡のみで、6/19の所見と同じで特に変化なし』というものだった。
採血に関しても『CRP0.5とWBC7900では大した事がない』というものだった。

そして、数分後に出てきた先輩のK医師は私の左膝から10ml強の関節液(薄く血液が混入し、膿状のもの)を抜き取って
各種検査(細胞診、病理、白血球数等)に提出したようだった。
この人物がまた曲者・・・というか「それはちょっと問題なんじゃないの?」という対応だった。
ソフトボールのようにボコボコに腫れている私の左膝を安静にするという目的で、ギプスシーネという物を作成することを
提案したまでは良かった。ギプスシーネというのは、一般の人に分かりやすくいうと
“膝関節を動かさないようにする為に太股からカカト付近まで足の裏面に敷く添え木のようなもの”とでもなるのだろうか・・・?
これを提案したまでは良かったのだが、そのまま松葉杖と共に帰宅しろという雰囲気なのだ。
痛みや熱だけでなく自宅でこのまますごせというので「シーネをするんなら帰れません。階段等があって
買い物にもいけないし街中は危険です。自分でやってみたら分かります」と言ったら
「僕も整形を13年もやってますんで、この程度は出来ます。やる気があれば」と言うのだ!
これでは、まるで私がやる気がないと言っているようなものじゃないか!
初対面の人間にどうしてこういう事を言われなければならないのだ・・・!?
私は「こいつ、どうしても入院させない気だな。よ〜し、自分から入院させてくれとは言うものか」と思ったので、
「それは人によって違うと思います。夜中に受診しても良いのなら帰ります」と言うと「大学病院は24時間体制ですので
いつでもどうぞ」とおぬかしになられた。

ここまで来るとほほぉ〜・・・という感じである。
初対面の人にそんな言われ方をしたままでは悔しいので、どうにかしてK医師の方から「入院にしましょう」
という一言を言わせて見せるぞ・・・と、ボコボコに腫れている左膝をかかえながらも考えていた。

 私:これ(シーネと松葉杖)で帰るんですか?
 K:帰らないんですか?
 私:無理です。階段もあるしうちは2階です。
 K:やる気があれば出来ます。
 私:それは人によって違うと思います。

入院センターとやらに問い合わせしてBedの空き状況を聞いてみたが、当初は空いてないという事だった。
しかし、K医師とやりとりしていたり、あるいは他の病院を紹介するか・・・という会話が聞こえて来た所に
「さっきは言わなかったけど実はあった」というのだ。
私は2つの大学病院に勤務した経験があるし、いくら満床とは言っても「予約分も入れて」という事は
内部事情として知っていたので、そこまで粘ったのだ(K医師の発言に対抗する為にもね)。
予約よりも緊急の方を優先する事も多い・・・という医療界の裏事情も熟知していたのでね。
これが一般社会なら大変な問題になるのは確実で「予約してあったのに入れないのはおかしい」という人が
出て来ないとも限らない。しかし、このような事もあらかじめ想定した状況なので、
本当に空きBedが1つもないという状況はあり得ないのだ。お分かり頂けただろうか?

もちろん、口では「無理やり入ろうとしているみたいだけど本当に痛くて帰れません。熱も今は37.1℃ですけど
これから必ず上がります」と言ってはおいたが、そこは大学病院の医師たる人種。
教授さんの名前を出したら手のひらを返したような対応に変化していた。
大学病院でモルモットになるのは患者だけでなく、医局という閉鎖社会に閉じ込められている医師もそうなのだと
悟ったのはこの時だった。

結局、診察室で1時間半ほど待たされて「大学病院での緊急入院は難しいです」とかいう訳の分からない
ことを言われつつも、教授さんの名前を出してみるという新しい技も使い、また本当に帰宅が困難な状況だったため、
17:00頃産婦人科病棟の1室に車椅子で連れられていくことになった。
605という病室に到着した時点での余力はもう残ってなく、瀕死の重症という感じでBedに横たわった。
去年(平成12年)の秋以降、幾度となく繰り返している入院となんら変わりはないものだった。

この日以降、のべ3日間に渡って38.0℃以上の高熱と左膝の激痛が続くことになるとは思っていなかった。
これまでにない激痛だった。本当に痛かったのだ。
しかし教授さんの方針とやらで「関節液の培養結果が出るまでは対症療法のみ」とのことなので、
頻回な劇薬(ソセゴン)使用と解熱剤のみで対処するという苦しい状況に立たされるのであった。

早速、患部(左膝)にリバノール湿布が開始された。担当医は4人のグループ制であったが、その中に外来で
教授さんの診察についていた若いDr.Kの顔があった。
本人に「あら?先生、教授診察の時にいましたよね」と確認したのだ。私の目は節穴ではなかった。

入院後、安心して気が抜けたのかどうかは分からないが、体熱感とともに体温も上昇していった。
そうなるとリバノール湿布もすぐカピカピに乾燥してしまう。
20:00  38.1℃ リバノール湿布交換
21:00  38.0℃ 左膝の激痛に耐えられず、ペンタジン15mg+アタP25mg(im)
22:00  38.2℃

23:00  
Drが2人やって来て、左手背から採血(静脈血培養も含む)施行。ついでに(?)点滴ルートも取り
そこから解熱剤を点滴する。生食(生理食塩水)100ml+メチロン1A混入


7/26(木)
 0:00  車椅子にてトイレへ連れていってもらう。
 2:00  37.5℃ 発汗もないし解熱剤の効果はあまり出ていないようだ。
 6:40  37.9℃ 左膝の激痛あり。ペンタジン15mg+アタP25mg(im)
 7:30  リバノール湿布交換。既に薬液が乾燥してカピカピ状態だった。液体湿布とはこんなもの?

夜間は左膝の激痛と高熱で一睡もしていないので、数回に渡る巡視は全て分かった。
しかし、眠いなどと言っている場合でなく、痛すぎてそれどころではなかったのだ。

10:00  車椅子にてトイレへ連れていってもらう。

10:20  教授さんの回診があった。どうやら木曜日が定期の回診日らしい。
原因菌が特定されるまでは対症療法でいく・・・という方針のようだ。外来で診察を受けている時から
そのような事は口にしていたので納得できた。しかし、この痛いのを何とかしてくれ、っつうの!

11:00  37.9℃
13:10  38.2℃ 左膝の激痛ありて、ペンタジン15mg+アタP25mg(im)
13:30  リバノール湿布交換。既に乾燥している。
15:15  車椅子にてトイレへ連れていってもらう。
19:30  38.2℃  リバノール湿布交換。
20:45  車椅子にてトイレへ連れていってもらう。
21:45  38.3℃


7/27(金)
 0:30  38.3℃。痛みか熱かどちらかにして欲しいと言っていたら・・・。
 0:45  整形外科の当直医師が病室に現れて「座薬の解熱剤は喘息があるので使いたくない。
       痛みを取りましょう」とのことで、ペンタジン15mg+アタP25mg(im)
 3:00  車椅子介助にてトイレへ行く。
 7:40  38.1℃。熱は下がる気配無し。リバノール湿布交換。
10:30  車椅子介助にてトイレへ行く。

11:00  整形外科病棟に空きBEDが出たらしく、整形外科病棟の大部屋に移動。
もちろん車椅子使用だが、窓際で眺めも良いし1人1人のスペースも広め。6/9まで入院していた総合病院とは
比較の対象にならない。空調もよろしい。

11:30  37.7℃

12:40  38.0℃。
左膝の激痛あり。ペンタジン15mg+アタP25mg(im)
連続して頻回に使用すると中毒になってしまうと心配しながらも痛みに耐えられるにも限界がある事に気付いた。

14:10  38.1℃
16:00  38.0℃  リバノール湿布交換。
18:20  38.0℃
22:00  左膝の激痛にしても、連日の高熱にしてももう限界だ。ここは1つ、自宅でも病院でも時々使用していた
ボルタレン座薬を使いたいと希望していた。持病に喘息があると解熱鎮痛剤を使用する時、
通常よりも気を付けて使用しなければならないので、この大学病院の整形外科の医師達は禁忌だと思いこんでいたようなのだ。
しかし、呼吸器内科の医師からも許可が出ていたのでボルタレン座薬を希望したという訳である。
一応、整形外科の担当医にも確認を取った上で使用可能になった。
ボルタレン座薬50mg1ケ使用。


7/28(土)
 5:00  車椅子にてトイレへ連れていってもらう。
 7:00  36.8℃。リバノール湿布交換。
11:50  リバノール湿布交換。
14:30  石鹸を使用して全身清拭。Ns.Tが絶妙のタイミングで勧めてくれたこともあり、とても気持ちが良かった。
15:00  車椅子にてトイレへ連れていってもらう。
17:00  リバノール湿布交換。37.3℃

時間は忘れたが夕食の前後にAちゃんが入院に要する荷物一式を持って来てくれる。
入院寸前に自分でまとめておいたのだが、それを持って来てくれたのだ。緊急に順ずる入院をする度に感じるのだが、
友達とは誠にありがたいものだと思っている。Aちゃんは健康診断を請け負っている会社にバイトで勤務しているのだが、
今週は比較的予定が緩やかなので木曜日にも来られるかもしれない・・・とのことだった。

19:40  37.1℃
21:00  リバノール湿布交換。
23:30  車椅子にてトイレへ連れていってもらう。

左膝の痛みは前夜にボルタレン座薬を使用するまでと比較して随分と楽になったようだ。
劇薬をim(筋肉注射)する時の痛みレベルを10としたら、終日6〜7程度におさまっているのだ。
改善傾向なのか、薬が効いているだけなのか・・・?いずれにしても痛みが引いているのはよろしい!


7/29(日)
 7:50  37.3℃
 9:30  Dr.T(4人の担当医のうちの1人)がやってくるが大した事は話してない。
10:45  リバノール湿布交換。
14:20  37.3℃
15:10  リバノール湿布交換(次回からは自分で行うことになる)
17:30  車椅子にてトイレに連れていってもらう。入院後初の排便あり。これで体調も普通に近付いた??
18:00  フランス料理界のお菓子職人・Mちゃんが来てくれた。1時間ほどトークして帰った。
19:10  リバノール湿布交換。
20:50  37.4℃
22:30  リバノール湿布交換。

この日も痛みは終日6〜7程度になっていた。決して楽とは言えないが、劇薬を注射してもらう時と比較すると
我慢の範囲内ということなのだ。薬剤の効果だけだと思うけどね。
薬で抑えているものは薬効が切れると必ず再燃するものなのだ。早かかれ・・・。


7/30(月)
 7:00  36.5℃。車椅子にてトイレに連れていってもらう。リバノール湿布交換。

11:30  この病棟の婦長さんという人が現れる。
リバノール湿布を交換しながら左膝を見せておく。自分で処置していると言ったら笑っていた。

12:00  車椅子にてトイレに連れていってもらう。
14:20  37.2℃。リバノール湿布交換。
16:00  Dr.T(4人の担当医のうちの1人)がやって来た。立ち話程度。
16:40  車椅子でトイレに連れていってもらう。

17:00
この大学病院に勤務していた時の同僚(今もここに勤務している)Tが白衣のままで来てくれた。
彼女は治験コーディネーターとして勤務しながら、夜間の大学に通う大学生なのだ。今は夏休みなので、
この時間に来られるという。買い物を頼んだのだが、忙しいらしく入れ替わるようにして・・・。

19:00
同じく元同僚(今もこの大学病院に勤務している)のNが頼んだ買い物をしてきてくれた。リバノール湿布交換。
21:15  37.1℃


7/31(火)
 4:40  車椅子にてトイレへ連れていってもらう。
 6:50  36.8℃。リバノール湿布交換。
 9:40  車椅子にてトイレへ連れていってもらう。
10:45  骨シンチ(iv)

11:30
4人の担当医のうちのDr.Iがやって来た。診察所見は「熱感があり何か溜まっている」というものだった。
何もしてないから当たり前か・・・。培養の結果は、場合によって2週間くらいかかる事もあるとのこと
(入院時に採取した関節液の検査結果)。診察後にリバノール湿布交換。

14:00  37.0℃
14:20  車椅子にてトイレへ連れていってもらう。
14:30  骨シンチ(撮影)
15:00  石鹸を使用して全身の清拭をする。気持ちが良い。

16:10
4人の担当医のうちの最も先輩格と思われるDr.Nがやって来た。
6/9まで入院していた病院の整形外科部長氏・Dr.Yの後輩にあたるらしく、金曜日に会った時に
色々と私の話を聞いて来たとのこと。相当な暴れん坊だったと伝わっているかどうかは定かでないが、
仮に伝わったとしてもここの大学病院では今の所クレームをつけるような事は誰も言わないし、
マナーに反することは誰もしてないので、おとなしく・・・というか普通の対応をしているだけのことなのだ。
私にクレームを付けさせるような事を言ったり、したりしてしまった前の病院の職員が悪いのだ。
マナーというかモラル(道徳)の問題なんだと思う。
ところが、このDr.Nは何を思ったのか、次のような発言をしたのである。
「金曜日にDr.Y(前の病院の整形外科部長氏)に会ったんです」と言ってきたのだが、
彼にとってDr.Yは先輩なので当然変なことは言えない。
従って「Dr.Yは膝では結構良い先生なんで、その先生が“分からない”と言っている事は僕達にも分からないんです。
ご存知とは思いますけど僕達は大学病院という器を借りているだけですから」・・・って。

確かにDr.Yはかなり良い医師らしく患者はたくさんついていたが、あの病院がいけなかったので、
「この辺が潮時かな」と思い、残念ながら転院という選択をしたのだが、
いつまでも大学病院にかかり続けるわけにもいかないと思うので、1番最初の担当医である隣町の個人病院に勤務するO医師か、
Dr.Yが週1で行っているという病院名だけでもここ(大学病院)で聞いておけば何かの時に役立つかもしれないと思った。

このDr.Nは私が「働ける足にしてもらいたいんだけど」と言ったら「この病院でOPをした訳ではないけど、
今こうして具合の悪い人がいるので何とかしてあげたいとは思うけど」と言って逃げた。
要するに「他の病院や他の医師がやった後始末はしません」って言いたかったのだろう。
ま、この人に継続して治療を受けるのでもないし、今はあくまでも教授さんの治療を受けているので黙っておいた。
ちょっと・・・いや、かなり不愉快だった。

で、結局、担当医とは言っても教授の言う通りにしか動けないので、肝心なことは教授回診で聞くしかない。
それに関節液の細菌検査の結果も出てないというし・・・。しかし、この細菌検査の結果が今までと同じく、
本当に何も検出されなかったら「ただの関節炎かもしれない」んだって!
だったら今までの治療はなんだったのかしらね・・・と考えても仕方がないので止めた。

16:30  生理痛にてロキソニン1錠内服。
20:20  37.2℃。
左足を下垂するとそこ(左膝)だけでドクドクと脈を打っているような感じがして、痛みがある。
安静にしていれば痛みは5前後になってきた。これは劇薬を筋肉注射してもらう時の痛みレベルを10とした場合・・・ということである。

21:10  車椅子にてトイレへ連れていってもらう。


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