My favorite classic numbers その9

No.55-1 「ハンガリー狂詩曲」Fリスト
    Hungarian Rhapsodies Robberto Szidon (Pf) 
    1972年 録音 レーベル:Grammophon

a) c) e)

a) Misha Dichter ディヒター (Pf) 1977-1985 録音 Philips 2枚組

b) Gyorgy Cziffra シフラ (Pf) 1972-1975 録音 EMI classics 2枚組
 

c) Robberto Szidon シドン(Pf)1972 録音 Grammophon 2枚組

d) Jeno Jando ヤンドー (Pf) 1997 録音 NAXOS 2枚別 売

e) Samson Francois フランソワ (Pf) 1953-54 録音 EMI classics 2枚別売

今回は名作揃いのリストのハンガリー狂詩曲です。素敵なメロディー、発揮できる技術満載な曲が
目白押しにもかかわらず、なんと全曲演奏CDの少ないことに驚かされます。 かき集めても上記
5-6枚に過ぎません。 その中で、有名な演奏者は地元ハンガリーのスーパーテクニシャン「シフラ」b
フランスを代表する名ピアニスト「フランソワ」eくらいでしょうか。流石に有名な2番だけは、腕達者な
有名どころは弾いてみえるのですが、他はなぜか敬遠されている。アムラン・ハフ・ガブリリュク・カッァリスら
技巧派、ホロヴィッツ・リヒテル・ポリーニ・アルゲリッチ・ ツィメルマンら有名どころ、地元ハンガリーの
名手コチシュやシフ、リスト弾きで有名なボレット、なんでも弾きこなすアシュケナージ(リスト嫌いかも)や
ばりばり弾いちゃう横山さんなども全く手を出さないのはどうしたことでしょう。 そして、発売されたどの
アルバムもことごとく入手困難な(売れていない)のも不思議です。いい曲揃いなのに、なぜか不遇ですね。
私からみると、前出の 展覧会の絵やショパンの前奏曲などよりずっとかし魅力的ですけどね・・・
この曲たちの基本形をがっちり聴かれたければ、a) ディヒターがいいでしょう。ドイツ的にきわめて真面目に
しっかりと弾いてくれています。崩しもなく、録音状態も良く、初めて全曲を聴くにはお薦めです。
最も有名かつ入手しやすいものが、b)シフラ盤です。他のどのアルバムより10数分速い超特急のけたたましい
演奏で、「超絶技巧練習曲」と並んでシフラのリスト演奏の代表的名作と評されている盤なので、御一聴
いただく価値はありますが・・・この人の演奏はハンガリーの民族臭さではなく、シフラ個人の色に塗り
固められており、この灰汁が自分にはどうしても鼻について、何回聴いてもやっぱり好きになれません。
c)R.シドン今まで全く名前すら聞いたことのないピアニストでしたが、全曲演奏者が極めて少ないこの狂詩曲集、
えーい全部買って聴いてやれの1枚でしたが、これ大正解です。まず録音年代1972年にしては、極めて良質な
録音。ディヒターとは反対の演奏ですが、軽いところは極めてしなやかに美しく、重厚な所はしっかり重厚に
ロマンティックにメランコリックに、テクニックも感情表現もバランス感覚も、全ていいんじゃない!
この方の有名なアルバムはスクリャービン全曲ソナタらしいのですが、また今度聴いてみましょう。ブラジル
国籍らしいのですが、両親ハンガリー系の方だというので納得。本日のお薦め一番のCDに挙げました。
d)ヤンドーもハンガリー出身のピアニストで、シドンより重く濃厚な音色で統一されており、こちらも悪くない。
このアルバムは録音が新しい(1997年)ので、勿論音質はいいです。 我々日本人には分からないのですが、
もしかすると これらの曲たちはジプシーの音楽がベースらしいので、ヨーロッパ人からみると、ジプシー音楽は
どちらかというとタブーで、1-2曲ならともかく全曲なんてとんでもないのかもしれません。 それで、
ハンガリーの血を引く方達だけが弾いているのかも・・・ フランス人の e)フランソワはハンガリーと多分
なんら関係のない数少ない全曲演奏者です。実は私個人的には彼のハンガリー狂詩曲が大好きなんですが、
さすがに1953-4年録音のモノラル盤で音質が群を抜いて悪く、ヒトにはお薦めしにくいですね。彼の演奏のどこが
いいかと問われれば、曲のメランコリーさが凄く素敵に出ていることでしょうか。音の悪さは、すぐに慣れて
しまうので、その後はどっぷりとこれらの曲の中に異国の空を思い浮かべて空想の世界にトリップできます。
但し、彼の演奏はどことなくおしゃれで、ハンガリーの暗い空ではなく、薄曇りのパリの匂いがするのです。
特に8番など、同じ異国情緒でも、セーヌ川の岸辺を想い描いてしまうのはどのあたりの違いでしょうか。
シフラのような、局所の演奏をひけらかすのではなく、曲のイメージを全面 に出すフランソワの方が、演奏では
なく、「ハンガリー狂詩曲」という「音楽」を楽しむことができます。もう少し良い録音、新しい録音だったら
一押しなのに・・・悔やまれる所です。2番・6番といった超有名どころを持つ前半もさることながら(1番も
いいですね)、10番・12番・13番と 物憂げな素敵なメロディーが並ぶ後半が実はとても素敵ですよ。
シフラ盤以外ならどれでも、手に入る全曲盤をぜひ一度御視聴あれ。素敵な曲満載で、どっぷりと浸れます。 
                                    H27.3.19記

追記
No.55-2 「ハンガリー狂詩曲」Fリスト
    Complete Hungarian Rhapsodies  Artur Pizarro(Pf) 
    2005年3月 録音 レーベル:Brilliant Clasics
 2枚組

f)

遅れて届いたピザーロのハンガリー狂詩曲全曲 いやーこれが素晴らしい。情けないことにシドンさん同様
ピザーロさん、存じ上げませんでした。ピザ店さんではありません、イタリア人でもありません。そして
ハンガリー人でもありません。ポルトガル出の現役ばりばりの方です。速度はかなりゆっくりですが(1〜16番
の総演奏時間は最も長い)その分音色を聴かせてくれます。ソフトで聴き心地の良い音を丹念に紡いでいきます。
それでもって速い所は速く、聞いた感じではディヒターより遅い感じはしません。比較的最近の録音のこともあり、
音質はすこぶる良好、丁寧に緩急と音色を変化させていることがとても聴きやすい理由で、シフラの演奏と究極に
反対で、切れ味で勝負のシドンとも違うタイプの演奏タイプだと思います。シドンの演奏は勢いはありますが
若干自分勝手な速度変化や弾きとばしがないでもないと思われますが、ピザーロはたいへん丁寧に弾いており、
その上、曲の情感や曲の持つ匂いみたいなものも(フランソワほどではないにしても、)よく出ています。ただし
上品が故に、泥臭い旅愁感にはやや乏しい感じはあります・・・シドンも悪くないですが、ハンガリー狂詩曲全曲の
「お薦めの1枚(2枚1組)」と 言われれば、こちらに軍配があがります。ピザーロは今秋にも来日予定に
なっており(詳細未定)、生で聴いてみたい気がする、そんな魅力のある演奏です。 
値段も2枚組で1400円くらい(直輸入HMVでまとめ買いの場合)で買えますよ。    H27.4.4記載


No.54 「ムソルグスキー:展覧会の絵」その3
    Mussorgsky & Schumann 
    演奏:Alexander Gavrylyuk(Pf)
    2013年11月録音 レーベル;PIANO classics

A)  B)

A) Mussorgsky & Schumann Al. Gavrylyuk 2013.11 レーベル:PIANO classics
      1-15: Pictures at an Exibition by M.Mussorgsky
      16-28: Kinderszenen Op.15 by R.Schumann

「展覧会の絵」最終編、ここで真打ちにふさわしく登場する2枚。まずはウクライナの新鋭
アレキサンダー・ガブリリュクのご紹介。新鋭といっても2000年の浜松ピアコンで中村紘子ら
審査員が満場一致で選んだ「20世紀最高の16歳」と呼ばしめて早15年、いまや脂ののりきった
30歳というところ、先日(2014.12.16)新宿オペラシティーでのリサイタルは圧巻でした。
今まで聴いてきたのは何だったのかと思うほどに、テクニックでは群を抜いている。口が
あんぐりと開くほどの凄い演奏は、今までツィメルマンやランランなどで何度か経験しましたが、
そのはるか上を行く。ただただ凄いを連呼するしかない、それほどのテクニックでありました。
そのガブリリュクの最新アルバムがこれ。リサイタルのすごさからすると、もっと期待して
しまいましたが、思ったより平凡でした。とはいえ、期待が大きすぎただけであって、この
アルバムも完成度から言えば、他を圧しているといっても過言ではありません。ダイナミックな
レンジ、かわいらしい音から爆発音まで、ppp〜fffまで、様々な音を出すことのできるこの曲は、
ガブリリュクの能力を発揮しやすい楽曲であることは間違いありません。細かな音色の変化、
細部へのこだわりはプレトニョフと良い勝負、爆発音の力強さは往年のホロヴィッツに匹敵します。
そして2曲目はシューマンの「子供の情景」、全く対比させるような曲を持ってくることで、
こんな演奏もできますコールなのかもしれませんが、リサイタルではないのでむしろ聴く側から言えば
同様の楽曲で揃えて貰った方がいいかも。 ガブリリュクの柔らかさはとても素敵だが、リサイタルの
5曲もあるアンコールの最後を飾った「トロイメライ」は、残念ながらホロヴィッツのモスクワ講演
ライブのとろけるような演奏に軍配があがるかも。ともあれ、展覧会の絵の集大成ここに極まれりと
いう感じのこのアルバム、一度御試聴あれ。 これぞ現代のヴィルトゥーゾと感服します。

B) ラフマニノフ&ムソルグスキー 高橋多佳子 2006.7 レーベル:TRITON
      1-3: ラフマニノフ ピアノソナタ 第2番
      4-19: ムソルグスキー 展覧会の絵

ガブリリュクの賛辞のあとではどのアルバムもくすんでしまいがちですが、 高橋多佳子の展覧会
の絵は、個人的にいえば、江口玲さんともども、とても好印象な演奏です。高橋さんといえば
1990年のショパンコンクールで横山さんらと競って本選まで残り、5位入賞を果 たした人で、
当時ショパンの曲の演奏を修得するために地元ポーランドに留学中だった方です。このアルバムは
彼女にとっては異色で、それまでのアルバムはショパン一色でした。それにしても高橋さん、
実年齢からすると若いですよね。今50歳くらい。このアルバム出した頃は10年前ですから、当年
およそ40歳くらいということですが・・・見えませんよね。 さてこのCDに話を戻しましょう。
このアルバムも、江口さん風にムソルグスキーに入る前に、ラフマニノフのピアノソナタ2から
始まります。これも大変素晴らしい演奏です。そして曲の繋がりも全体の流れも大変あっています。
ビックリするのは、華奢でお嬢様風な高橋さんからは想像できない迫力のある演奏であることです。
迫力あるというのは、低音も、FF音もすごいということですが、だからといって決して雑な演奏では
ありません。2曲とも、とてもロシア的なスピリットを感じる、重厚な曲に仕上がっています。
江口さん同様、足りないとすれば、ガブリリュク的なまたはプレトニョフ的な音色の変化、弾き方の
コントラスト、相手を魅きつけるような柔らかな音色には欠けるのですが、曲全体としてのスケール、
雰囲気、重量感は十分で、音を聴く限り、とても女性の、それもやわなお嬢さん風な演奏者はイメージ
できません。特にキエフの大門のラストの低音の響きはすごく効果的で、今まで聴いた同曲の中で、
最も耳残りのいい終わり方になっていると思います。
2アルバムとも録音も素晴らしく、これらはこの曲の代表的CDとしては一般 にあげられては
きませんが、 前2回の紹介アルバム同様素晴らしく質の高い、まとまりの良いアルバムとしてご推薦
できると思います。 ガブリリュク・高橋さんとも、また機会あれば順次ご紹介していきたいと
思います。                      H27.2.15 記載


No.53 「ムソルグスキー:展覧会の絵」その2
    展覧会の絵 江口 玲
    演奏:江口 玲(Pf)
    2006年2月録音 レーベル;NYS classics

A)  B)

A) 展覧会の絵 江口 玲 2006.2  レーベル:NYS classics
      1:Prelude Op.3-2 Rachmaninoff
      2:Prelude Op.32-12 Rachmaninoff
      3:Prelude Op.32-5 Rachmaninoff
      4:Opera Love of the three Oranges Op.33 Prokofieff
      5:Ballet Romeo and Juliet Op.75 Prokofieff
      6:Moment Musical Op.16-3 Rachmaninoff
      7:Rhapsody on a Theme og Paganini Op.43 Rachmaninoff
      8-22:
Pictures at an Exibition Mussorgsky

再びムソルグスキーの「展覧会の絵」です。
前回の3作はいずれも個性派を代表する、いわば「きわもの?」ばかりでしたが、
本日の2作品はうってかわって美しく万人の好みの曲ではと思われるものです。
まずお薦めは、日本が世界に誇る名伴奏者、江口玲氏です。名伴奏者というとあまり聞こえが
よくないかも知れませんが、それでも左側に「世界に誇る」とつけば(私の意見ですが)、並では
ないとお察しいただけるでしょう。このアルバム、もちろん主食の「展覧会の絵」が素晴らしいのは
もちろんの事、その前に並んだラフマニノフの1群、そしてプロコフィエフの2題ともに(僕好みの)
素敵な曲が並んでいます 。 前半のラフマニノフのイメージがとってもこゆく印象的なので、メイン
ディッシュが展覧会の絵である事を忘れてしまいそうです。全体的に曲調も揃っており、とても聴き
やすい。特にパガニーニの主題に拠る狂詩曲は江口氏本人の編曲だけあって大変美しく仕上がっています。
さて江口氏の演奏の特徴ですが、ピアノというオケが弾いていると思われるほど、オーケストレーション
が効果的に響いてくる。録音も良好で、相まって美ししく仕上がっている。ずっとかけておいても
うるさく無い、
好感度の高いアルバムです。もう少し評判になってもいいのでは と思います。
江口氏のピアノの良さは独りオーケストラとしてのピアノの音の溢れんばかりの膨らみ、立体感という
ところでしょうか。少し難を言うならば、プレトニョフのような様々な個の音色を演出するのは
あまり得意としない。音の種類をもう少し豊富にすることで、伴奏ピアニストとしてでは無く
ソロピアニストとして引く手あまたになるのではと思います。

B) Pictures at an exhibition E.Kissin 2001.8  レーベル:RCA Victor
      1-3:Toccata, Adagio & Fugue JS Bach arr F Busoni
      4:The Lark M Glinka arr M Balakirev
      5-20:Pictures at an Exhibition M Mussorgsky

もう1つは名前の通ったピアニスト キーシンの登場
です。彼の演奏は華麗で繊細で美しい。
少し線が細い感じもしますが、決してがちゃがちゃと弾く事なく、いつも合格点の付く演奏を
してくれます。でもその中でもところどころでオリジナルな部分もほの見えて、退屈せずに
楽しむ事ができるピアニストです。このアルバムも例に漏れず、美しく仕上がっています。
分からないのはこの組み合わせ。バッハも大変いいのですが、どうして展覧会と組むのかなあ、
そんなピアニストは見た事がありません。江口氏の曲の組み方のほうが自然ですし、聴きやすい。
聴く側から言えば、バッハを聴きたい時と展覧会を聴きたい時は一緒では無い事が多いですね。
それにしてもその2曲に挟まったグリンカ*バラキレフの「ひばり」の美しい事。もともと美しい旋律
ではありますが、他の方の演奏ではこうも美しさが引き立つ事は無いでしょう。美しい曲をより美しく
際立たせることにかけては彼は一流のピアニスト、素晴らしいの一言に尽きます。 展覧会の絵も
自分が知る限り尤も素敵に仕上がっています。 彼にパワーを求める事は難しいかも知れませんが、
ホロヴィッツやポゴレリッチにあってキーシンに不足なものと言えば、爆音系でしょう。
一時はそこをこえないと、ひと皮剥けないかも知れません。

うるさい音が一切ダメな方にはキーシンがお薦めです。  H27.1.24 記

No.52 「ムソルグスキー:展覧会の絵」その1
    Mussorgsky・Tchaikovsku [Import]
    演奏:Mikhail Pletnev (Pf)
    1989-96年録音 レーベル:ERATO

A)  B)  C)

A) The Best of Horowitz  超絶技巧名演集 2CD 1945-51  レーベル:BMG
  CD1  1-15: 組曲「展覧会の絵」ムソルグスキー 29:25
      16-18: P協奏曲3番   ラフマニノフ
  CD2  1-3: 戦争ソナタ 7番   プロコフイエフ
      4-6: Pソナタ 3番    カバレフスキー
      7-10: Pソナタ      バーバー
      11-12: 練習曲      モシュコフスキ−
      13: 花火         モシュコフスキ−
      14: プレスト       プ−ランク
      15: トッカータ      プロコフィエフ
      16: カルメン変奏曲    ビゼー/ホロヴィッツ
      17: ラコッツィ行進曲   リスト/
ホロヴィッツ
      18: 星条旗よ永遠なれ   スーザ

B)Pictures at an exhibition  Ivo Pogorelich 1995.8 レーベル:Grammophon
      1:組曲「展覧会の絵」    ムソルグスキー 42:16
      2
:高雅にして感傷的なワルツ ラヴェル

C) Mussorgsky・Tchaikovsky  2CD 1989-96  レーベル:ERATO
  CD1  1-15: 組曲「展覧会の絵」      ムソルグスキー 35:30
      16-18:バレー音楽「眠りの森の美女」 チャイコフスキー   
  CD2  1-6:同一主題による6つの小品     チャイコフスキー
      7-18:四季              チャイコフスキー

ムソルグスキーの「展覧会の絵」を積極的に聴き比べてみました。「展覧会の絵」は演奏の違いが
如実に出やすい演目らしく、こういう演奏比較に向いています。 古今東西のピアニストが我こそは
と名乗り出て弾かれる曲のようで、素晴らしい演奏めじろ押しで どれを選ぼうか迷うところです。
まず一番先に上げなければいけないのは、有名なのはこの人ホロヴィッツ(A)の演奏でしょう。
凄まじい爆音の塊、恐るべきスピード感、切れ味の良さ。聴く者を圧倒する演奏というのはこういう
ものをいうのでしょう。これを生でかぶりつきで聴いたら一生耳に残っていそうな恐い演奏です。
ロックバンドELPのキーボード奏者キース・エマーソンもきっとこのホロヴィッツの演奏に感化
されてあの有名なCDができたに違い無いと勝手に推測しちゃいます。何しろ速い、そして凶暴。
ただ、速さだけなら30分を切る演奏は何人か居ます。有名なリヒテルのソフィアライブ、そしていつも
さらさら弾くので定評のあるワイセンべルクのXXライブ、この2つはホロヴィッツを超える速度ですが、
ともにやや迫力不足。リヒテルのソフィアライブはなぜか名ライブの誉れ高いのですが、(多分その時の
演奏が西洋人へのお披露目演奏会だったから有名なだけかも・・・)、 今は無きCDを高額な金額で
探し求めるには値しない演奏だと思います。対してこのホロヴィッツ、鉈を振り降ろした、または
振り回したような迫力と言うのが分かりやすい印象、でも「殻の付いたひよこ」等は十分可愛い音色も
聴くことができます。欠点はとにかく音質の悪さ、音の小さい所はテンプラたっぷり、そしてモノラル
録音、まあ1947年の演奏なんでこんなものかと割り切って聴けば確かに超絶技巧に違いありません。
ちなみにこのアルバムはそれ以外もホロヴィッツの凄さがたっぷりと聴けるということで有名なアルバム
です。プロコの戦争ソナタ、彼のアンコール曲のレパートリーとして有名なモシュコの花火、カルメン
変奏曲、そして星条旗よ永遠なれと聴き応え12分の曲がめじろ押しなのでぜひ試聴あれ。

そして次は これも有名なポゴレリッチの展覧会の絵(B)。ポゴレリッチと言えば自分流の演奏スタイルで
いつも物議をかもし出すアウトロー野郎をイメージしますが、この曲も発売当初はその録音時間の
長さ・・なんと42分 前述3人の1.5倍近い時間。これだけ見るといったいどれだけチンタラ演奏して
いるんじゃい!と思うのですが、聴いてみると遅いと感じる所は1-2箇所あるものの、演奏そのものは
むしろスピード感あるし、緩急がしっかりあるだけで 「うん、この演奏は受け入れられる」と聴く人を
納得させる構成です。リヒテルのライブなんかよりかはずっと曲1つ1つに生命を感じるし、概して 
えっそんなに長いの?という意外感の方が強い 遅さより、聴いた印象で心に残るのは打鍵の強さ。
ホロヴィッツの打鍵もかなり強いが、ポゴレリッチの演奏は、また違った印象を受けます。まず弾いている
楽器が本当にピアノなの?と思う所から始まります。ホロヴッツも同様ですが、ポゴレリッチの音は、
新しく良質でクリアーな録音のぶん、よりびっくりさせられるのだと思います。 演奏の印象をひとくちで
言うなら、「鋼鉄の音色」です。 この音には魅了されます。迫力のある音ではありますが、決して凶暴な
音ではありません。この人のこの曲に嵌ってしまうと、他の演奏が聴けなくなるかもしれない。そんな
説得力のある渾身の一曲といっていいでしょう。

そして最後に またまたプレトニョフ(C)。そんなに好きなの?と訊ねられると困るのですが、こうやって
聴き比べをすると、どうしてもその演奏能力の高さ、質の違いを目の当たりにして、無視できない存在に
なってしまうのです。このアルバム、多分あまり有名で無い。でも聴けば凄さが分かります。ひとりで
弾いているのに、フルオーケストレーションのような多才な音色、強弱 さすが指揮者ですね。こんなに
鮮やかに描き分けた人は過去にいないのでは。長さはやや長め派ではありますが、この演奏もゆったりとか
たるいとか感じさせない、いろいろな音で楽しませてくれるので、時間を忘れて聞き込んでしまいます。
そしてサプライズの大団円、この演奏の生をホールで聴いていたらびっくりしただろうなと思います。
素晴らしい。展覧会の絵を1枚選べというなら、やはりこのアルバムかも知れません。くわえて、一緒に
入っている「眠れる森の美女、プレトニョフ編集バージョン」初めて聴いたのだが、これがまた凄い演奏で
プレトニョフのテクニックを全てお披露目してくれるようなスーパーテクニック曲になっています。
もちろん本人編集なので自信作なのだと思います。2枚目はチャイコの「四季」が中心の一転渋め構成で、
プレトニョフのチャイコへの思い入れをたっぷり聴く事ができます。ポゴレリッチ・プレトニョフともども
録音・音質は申し分ありません。               2014.12.3 記載
PS:展覧会の絵 次回もう1ついきます!

 


No.51 Chopin Pletnev [Import]
    演奏:Mikhail Pletnev (Pf) 
    
1996年録音  レーベル:Grammophon 

A)  B) 

A) Mikhail Pletnev Chopin (Import) Virgin classics 1988.11
  1-4: ピアノソナタ 2番
  5: ノクターン 5番      6: ノクターン 18番
  7: 舟唄            8: ノクターン 20番
  9: ノクターン 13番     10: スケルツォ 2番

B) Chopin Pletnev (Import) Grammophon 1996.11
  1: 幻想曲          2:  ワルツ  2番
  3: ワルツ 3番       4: ワルツ 14番
  5: 3つのエコセーズ     6: 即興曲  1番
  7: 練習曲 5番「黒鍵」    8: 練習曲 18番
  9:
練習曲 19番       10-13: ピアノソナタ 3

前回も書いたかも知れないが、この人ほど音色1つ1つに神経を使っているピアニストも無いであろう。
その音を聴けば誰でもがそう思う研ぎすまされた音、いい加減な音は微塵も無い。音色、強弱、長さ・・・微妙な
ペダリングと言えば必ず登場するのがB.ミケランジェリのドビッシーだが、この人のペダルの踏み加減は、それ
以上である。とにかく尋常では無い。徹底した音づくりが、このショパンの演奏でも際立っている。聴く側が
へとへとに疲れるほど緊張を強いられるショパンだ。音作りには斯く定評があるのにも関わらず、どうして
こんな演奏になってしまうのだ、というほど聴く側の好みが別れる演奏家でもある。能力があるので、自然に音を
作って込んでしまう。そうすると、聴く側は聴き慣れた曲ほど、こう合ってほしいという勝手な思い込みを
持っているので 、プレトニョフにしても、ポゴレリッチにしても、そんなことはお構い無しに作り込んで
くるタイプでは、時に曲が聴衆を飛び越えてしまう。内田光子のように、徹底して作曲者の思いを形にする
事だけに終止するピアニストは少ない。彼等にとって、楽譜はすでに作曲者の元を離れているのである。
ところでショパン、プレトニョフのスカルラッティは聴き込む事も、聴き流す事もできるが、プレトニョフの
ショパンは聴き流せない。
聴き流せないのは、大勢のピアニストの演奏を聴いているからである。
だからこそ、ちょっとしたフレーズが聴いた事のない形に変わっていると、えっ今のは何??になってしまう。
たとえば、3つのエコセーズを聴くとなるほど上手な演奏に思える。なかなか素敵な小品ではないか・・・と。
ところが、ピアノソナタ3番を聴いてそう思う人は少ない。私のPソナタをあなたど−してくれるのよと言わんばかりに
なりかねない。私は彼の演奏を好意的に受け入れたい。こんな演奏もあるのか。こんなメロディーが眠っていたの?
ここ、こんな素敵なフレーズだった? 新しい曲を聴くように新鮮な思いで聴く事ができる。よく知っている曲でも
彼ならどんなふうに弾くのか、取り寄せてみたくなる。そんな前書きでこの2枚買ってみて下さい。
Pソナタ2番から始まって、Pソナタ3番で終わるこの2枚、その2枚の録音の間に8年の歳月が流れています。
片や教会での録音、片やホールでの録音、音色や響きもかなり違うのだが、続けて聴いて1つのコンサートのような
ある。 ドライタッチなPソナタ2番が終わると、一転して甘めの曲が並ぶ1枚目。ノクターンの音色が本当に深い。
真っ暗な地底湖 の奥深くから沸き上がってくるような悲痛な音色である。特にノクターン20番の美しさは絶品である。
有名なノクターン13番のおどろおどろしい美しさの表現力もさすが。最後はドライにもどってスケルツォ2番で幕。
第2幕は幻想曲〜ワルツ3曲、そしてエコセーズとおとなしめの曲で入って、即興曲1番〜エチュード3曲と盛り
上がってゆく。この人がノクターンで魅せる上手さと、練習曲で魅せる上手さは別 の物である。スイートも
メインディッシュも上手に作る事のできる名シェフのような手さばきである。エチュード「黒鍵」で魅せる指さばきの
素晴らしさもまた格別である。最後は驚きのPソナタ3番、これはこれで私は納得の演奏である。最初のPソナタ2番
から始まって、対となる3番で再び幕。たっぷりすぎる2時間の独り芝居。劇団プレトニョフの至芸の数々をたらふく
食して床に就く。脳みそがプレトニョフ色に染まってゆく。
本日の2枚は中々手に入り難い物を選んでしまいました。楽天などで捜せば見つかりますよ。是非聴いてみて下さい。

No.50 Pletnev live at Carnegie hall [Import] 「The encores付」
    演奏:Mikhail Pletnev (Pf) 
    
2000年録音  レーベル:Grammophon 

A)  B)  C)

A) Pletnev live at Carnegie hall [Import] 「The encores付」2枚組
  1: JS.Bach Chaconne
  2-3: Beethoven Piano Sonata no.32
  4-7: Chopin 4 Scherzi
  8-12: Encores
     Rachmaninov:Etude-tableau〜Scriabin:Poeme〜Scarlatti:Sonata K9〜
     Moszkowski:Etude op72-6〜Balakirev:Islamey

プレトニョフが7年ぶりにピアニストとして帰ってきました。と書くと久しぶりの来日?と思われる
方が多いでしょうが、そうではありません。彼は満足のいく音色を出すピアノがない!という理由で
ピアニストを突然止めてしまった前代未聞の人なのです。その間、指揮者として活躍していましたが、
弾けなくなって、または興味が指揮にうつってという人(アシュケナージ、 バレンボイムなど)は
いっぱいいますがどういうこと??という感じ。そしてもう二度と弾かないかと思いきや、昨年
くらいから気に入ったピアノが見つかったから再開するという(このピアノがなんと日本のShigeru Kawai
だというから、2度びっくり)。そのリサイタルが5月にありました。残念ながらソロリサイタルの日が
都合付かず、「コンチェルトの夕べ」なる日の演奏を聴くことができました・・予想はしていましたが、
期待に添うものではありませんでした。まあ、簡単に言えば、期待が高すぎたのですが・・・つまり
このCDのカーネギーホールリサイタルの再現を期待した訳です。こんなリサイタルに行ったら、
もう間違いなく追っかけになりますね。前半はバッハのシャコンヌ(ピアノ版)、そしてベートーベンの
最後のソナタ
。このふたつは勿論上手いのですが、プレトニョフにしては案外普通 。らしくない選曲
・・・欧米人好みの曲をセレクトしたのが、らしさ不足の原因ですね。
圧巻の始まりはショパンのスケルツォ。それも4つ全曲・・・ショパンという選曲も、やや欧米志向
ではあるのですが、ショパンの中では「らしさ」を出す選曲として、スケルツォは正解でしょう。
多分この曲を最も素晴らしく弾けるのは、現役では私の知る限りC.ツィメルマン。3番を生で聴いた
のですが、笑いがこみ上げてくるほど上手い。しかし彼、絶品のバラード4曲を出しているのに、
なぜかスケルツォの全曲録音をしない。ということで、プレトニョフのこのライブ、スケルツォ全曲の
CDとしてベストでしょう。
癖はあるのですが、特に大好きな4番についていうなら、ルビンシュタイン
の演奏が染みついていることもあって、注文大ありなのですが、それを差し引いてもこの切れ味は
素晴らしいと思います。そしてアンコール。実はこのアンコール5曲!!は初回ボーナス盤のみに
ついている物らしいのですが、ここからがプレトニョフの真骨頂。もともとロシア人ですから、最初から
ロシア物で攻めればいいのですよ。最後はロシアずくし、A1.ラフマニノフのエチュードタブロー 5m26s
A2.スクリャービンのポエム 3m28s A3.スカルラッティ(この人はロシア人ではない)のソナタK9 2m57s
A4.モシュコフスキーのエチュードOp72 1m37s そしてA5.バラキレフのイスラメイ 8m38s
で幕。
なんと、総計22分のアンコール。時間だけでも大サービスですが、すごいのはその内容と時間配分。
美しさと集中力が曲を終える毎に集約していく如く、徐々に短くなってモシュコフスキーのエチュードで
極まったと思える その向こうに、世界最難曲ともいわれているイスラメイの8分38秒、これをここに
持ってきて、この見事な演奏。マラソンの最後の周回で400mハードルに挑んで新記録というレベルの
すごさです。いやー、この場に居合わせたかったですね。きっと会場は異様な興奮で包まれたのでは
ないでしょうか。とぎすまされたこれらアンコール曲の1つ1つはそれぞれ磨いた宝石をどうだと
見せてくれるような驚きの連続、みんなでアドレナリン出っぱなしの連帯感みたいになるのではないで
しょうか。 ですから、中古でいいのでぜひ初回ボーナス盤付きCDでないとダメなんです。
この中で、美しさで光っていたのはスカルラッティのソナタK9。もしこれがいいなと思ったら、
(クラシックのピアノファンでこのスカルラッティを聴いて無感動の人なんていないのではないか)
以下のアルバムの購入を薦めます。

B) Domenico Scarlatti [Import] 2枚組
  1-31 Sonata 31曲

1枚ずつのものも販売していますが、1枚も2枚組も値段にあまり差がないので、2枚組をぜひ。
カーネギーホールライブでの緊張感ある演奏がそのまま、というほどではありませんが、スカルラッティ
のソナタは美しく弾いていただける人を待っているかのよう。ホロヴィッツの官能的な演奏で有名
ですが、美しい音で言うのなら、私はプレトニョフのこの演奏がベストマッチと思います。
BGMで聴くのにも、真剣に向かい合って聴くのにも最高の1枚(2枚)です。プレトニョフの演奏は
ベートーヴェンのような激しいffがあるものより、美しいppが散りばめられている曲が似合う。
特にスカルラッティ、ハイドン、CPEバッハ(下記)、グリーグ、リストなどと相性が良いと思うので、
スカルラッティファンならずとも一度聴いてみられるといいかと思います。 意外なのは、ショパンで
合わないように思っていたのですが、前出のスケルツォのみならず、どれも案外良いと思います。
本人もけっこう好きなようで録音も多いようですので、また後日取り上げてみたいと思います。逆に
意外と合わないのがモーツァルト。きれいで重さがない音なので、一見向いているかなと思うのですが、
とぎすまされ過ぎていて
モーツァルトのきらきらとした明るさが見えてこない。モーツァルトを聴いて
疲労したくないなと思うのです。内田光子のモーツァルトですら、疲労しないのに・・・・

C) First choice Carl Philipp Emanuel BACH
  Sonata 6曲 Wq 65/17, 65/31, 61/2, 52/4, 62/19, 59/1 
  Rondo 3曲 Wq 58/1, 61/4, 59/4
  Andante con tenerezza Wq 65/32
CPE(カール・フィリップ・エマニュエル)バッハを知っている人はけっこうの音楽通 だと思うの
ですが、大バッハの次男にあたる方です。以前書きましたが、当時はお父さんよりこの息子の方が
知名度が高かったらしく、彼の宣伝により、父大バッハも知れ渡るようになったと言われています。
作風は案外叙情的で、父とは全く異なり、むしろハイドンやメンデルスゾーンに繋がってくるのでは
と思える曲、そのCPEバッハとプレトニョフのタッチがこれまた相性ぴったしで、プレトニョフは
自分の演奏が向いている作曲家を良く知っていますね。CPEバッハやスカルラッティ、グリーグが
好きなわけではありませんが、彼の弾くこれらの曲は好きになってしまいますね。
特にお薦めはこのCDの最後の曲 Andante con tenerezza いいです。聴いてみて下さい。
                                     H26.7.9


No.49 Beethoven Complete Sonatas for piano & Violin [Import]
    演奏:Isabelle Faust (Vn) & Alexander Melnikow (Pf) 
    
2006-08年録音  レーベル:harmonia mundi 

A)  B) 

C)  D)

A) Faust (Vn) & Melnikow (Pf) 2006-08

B) Dumay (Vn) & Pires (Pf) 1997-2002
  
C)
Capucon (Vn) & Braley (Pf) 2009.9-10

D) Kremer (Vn) & Argerich (Pf) 1987-94

著名なヴァイオリニストなら1度は録音しないではすまされないクラシック界の
金字塔;ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ全10曲、名だたる演奏家が網羅されて
いる中でのお薦め盤となると、こちらの鑑賞にも覚悟と時間が必要となります。
企画を暖めて1年以上が過ぎましたが、未だ感想どころか鑑賞すら果たしていない
ものが多数。また後日これも良かったと追加を承知の上で、今の段階でのお薦めと
御了解下さい。本日御紹介分に加えて、オイストラフ/オボーリン盤や シェリング/
ルビンシュタイン盤などの有名所もありますが、今日は往年の記念碑盤は除いて、
比較的最近の話題盤を中心に御紹介したいと思います。

今日一番のお薦めはA) Faust/Melnikow 盤、とにかく生き生きして、速度の変化、
表情の多才さ、味付けの目新しさ どれをとっても目を見張るものがあります。くわえて、
二人の息の合い具合が素晴らしい。ほとんどの盤がヴァイオリンが主導権をとって演奏している
のに対して、Faust/Melnikow 盤とD) Kremer/Argerich
盤は、両者がほぼ対等に
演奏しています。後者が互いの個性をぶつけあっている(というほどでもないと思いますが)
のに比べ、前者は助け合いながら、かつ、お互い本当に伸び伸びと 思うがままの演奏できている
たぐい稀な作品に仕上がっています。ファウストの少し擦れた声に関しては、好みが分かれる
所でしょうが、野生のひばりのようにしなやかにのびのびと歌う演奏はさすがです。それを
がっちり支えながら、さらに自ら美しい音色と軽やかなリズムで添ってゆくメルニコフの
ピアノは、従来のヴァイオリンソナタのピアノ演奏を超えるものがあり、恐ろしく上手い。
多分にメルニコフリードで企画していると思われるところも多々。ベートーヴェンのV.ソナタ全曲
という企画をアルバム製作会社から企画される以上、 ヴァイオリンは一定レベル以上の方に
決まって来る訳で、ヴァイオリニストの技術だけでは甲乙つけ難い所がありますが、ピアノの
レベル、二人の相性、企画、そのどれをとってもこのあるアルバムは、一聴の価値があります。
もともとベートーヴェンのこのソナタは今でこそ「ヴァイオリンソナタ」という括りに押し込め
られてしまいますが、そもそも本人のタイトルは「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」と
記されており、初期の数作品等は、むしろ「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」と 主客逆転
するほどピアノに重点が置かれた作品となっています。例えば3番のソナタを見てもピアニスト殺し
(「泣かせ」を超えている)といわれるほど、ピアノパートにたくさんの音符が並んでいますし、
有名な9番「クロイツェル」ですら、生で聴いた時に、絶対にピアノパートの方が忙しい(実は
1-9番までが前期群に属し、10番のみが後期群に属すらしい) と思います。

息の合った演奏はいくつもみられますが、C) Capucon/Braley 盤もほぼ二人が対等に演奏している
という部類に入るかも知れません。自分としてはカプソンだけが既知で、ブラレイというピアニスト
は聴いた事がなかったのですが、これがどうしてなかなかの美音/良い演奏をしています。
カプソンの音色は深い音ではありませんが、ストレートな美音を奏でてくれるので、分かりやすい
演奏です。そのうえブラレイの音色も良いし、リズム感よく上手い演奏なので、技術だけで言う
のなら、かなりの高レベル演奏かと思います。彼等はほんの2ヶ月で全曲を録音し終わっており、
他の演奏者たちが数年かけて全曲録音しているのに対し、ちょっと安易な感じがありますが、その分
難しい事を考えず、明解にストレートに曲を味わう事ができます。一番現代的なベートーヴェンと
いってもいいでしょう。

B) Dumay/Pires 盤も二人で5年の月日をかけて練り上げた渾身のシリーズであり、研究熱心な所が
随所に見られます。この二人は、やはりデュメイが主導権をとり、ピリスが全て合わせているような
印象です。二人の音はともに美しいのですが、デュメイの美音は装飾的な少し派手好きな、少し
誇張した所があるのに対し、ピリスの音はあくまでひかえめで素朴な美しさです。デュメイがピリスの
音を好むのは分かるとしても、ピリスがデュメイの音を好んでいるのか謎です。美しく、工夫と個性の
ある まとまりのいい美音がきけるという意味では、Faust/Melnikow 盤についで、お薦めの
アルバムでもあります。

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