My favorite classic numbers 8

No.48 Annees de pelerinage (巡礼の年) 全曲 Liszt [Import]
    演奏:Louis Lortie (Pf)   2010年録音  レーベル:Chandos  

A)  B) 

C) D)

A) Annees de pelerinage (巡礼の年) 全曲 Louis Lortie (Pf)
  CD1 第1年 スイス〜 第2年 イタリア

  CD2 第2年 イタリア〜 第3年 エステ荘の噴水ほか

B) Annees de pelerinage (巡礼の年)-Suisse  Stephen Hough (Pf)
   2003年 録音 レーベル:hyperion
   1-9
巡礼の年 -スイス
   10-12 Opera paraphrases after Charles Gounod
  
C)
Liszt Piano Works 2枚組 Stephen Hough (Pf)
   1987-1991年 録音 レーベル:Virgin classics
   CD1 1.メフィストワルツ 2.巡礼の年2年補遺 タランテラ
       3.スペイン狂詩曲  4.死者の追憶
       5.
2つの伝説1小鳥に説教するフランソワ 6.孤独の中の神の祝福
   CD2 1.アヴェ・マリア  2-4.巡礼の年3年 エステ荘

       5.瞑想  6-7.哀しみのゴンドラ
       7.巡礼の年2年 ダンテを読んで  8.アヴェ・マリア(ローマの鐘)

D)巡礼の年 第2年「イタリア」 江口 玲(あきら) (Pf)
   
2012年 録音 レーベル:NYS
      1.
アヴェ・マリア  2-8. 巡礼の年 「イタリア」

A)Bermanの演奏が古典の金字塔というならば、現在の演奏で最も素晴らしいと万人が評価できる
  のは、これロルティー盤でしょう。全曲もので、演奏・録音ともに欠点がありません。
ロルティー
  演奏全般にいえることですが、 大変細かな所まで気を遣った演奏で、とてもなめらかに美しく
  弾いています。研究熱心で神経の行き届いたハーモニー・音の重奏が見事です。彼の弾くピアノは
  スタインウエイではなく「ファツオリ」という新しいタイプで、美しい「巡礼の年」全曲を聴けるに
  
とどまらず、ファツオリ」というピアノの音色を確認するのにもとてもいいアルバムだと思います。
  
スタインウエイがやや硬質なトーンを基調にしているのに比し、 ファツオリはどちらかというと弦楽器の
  
暖かさとふくよかさを持つ音色が特徴的で、あたかもオーケストラの演奏しているような印象を持ちます。
  この楽器の音色が
「巡礼の年」の演奏にベストマッチかと言われると、自分としてはむしろこの楽曲には
  スタインウエイのほうがいいと思うのですが、
ロルティーの演奏と相まって、非常に聴き心地の良い
   「巡礼の年」になっています。ベルマン信者の方もぜひこの人の演奏も聴いてみていただきたいと
  思います。ただ 彼の演奏も少しまじめすぎるかなと感じます。どうも 「巡礼の年」という曲は
  あまり遊んで弾いてはいけないという言わずもがなのプレッシャーが有るのかも知れません。

  
ロルティーの演奏はまだ生で聴いたことが無く、もし来日したら、どうしても聴きに行きたい一人ですね。
  
 
B)またしてもハフです。この人の「スイス」の演奏はスタインウエイの美しさが無限に広がって最高に
  美しい。やや硬質で格調高い、繊細な、そして彼としてはまじめすぎるくらいの演奏で、もう少し
  崩しても良いんじゃないって思えるほど。全曲やってくれればいいのに、「スイス」だけ。でも、
  イタリアよりはスイスの方が、出だしの「ウイリアムテルの古城」にしても、代表曲「オーベルマンの谷」
  にしても、きれいな曲が多いので 買いです。また、もう少し聴きたければ、 C)のVirgin classics
  から出ている「 Liszt」2枚組を購入することをお勧めします。ここには3年のエステ荘の3曲と
  「イタリア」中の大曲「ダンテを読んで」そしてヴェネツィアとナポリの終曲「タランテラ」とスイス以降で
  皆さんが聴きたいと思われる曲が網羅されています。そのほか2つの伝説の「小鳥に説教するフランソワ」や
  「孤独の中の神の祝福」等、おいしい曲が並んでいますので聴き応え十分です。エステ荘・ダンテはまじめに
  弾いていますが、タランテラは遊び心満載の、いい意味でのハフ節が出ていて、「まじめに最後まで」も
  悪くは無いのですが、 個人的にはこういうのが刺激的で好きですね。ぜひこの3枚お薦めです。
  先日(H25.11/30-12/1)渋谷のN響ホールで、一曲演奏だけのために来日した?ハフの演奏会を知り、
  妻の顰蹙を覚悟の上で、リストのピアコン1を聴いてきました。前の曲がストラビンスキー「カルタ遊び」、
  後ろがショスタコの交響曲15番というオタク演目で興味がゼロだったので、全く彼の生演奏を聴くだけの
  ための東京行きでしたが、そして彼の方も個人のリサイタル無しの2日間だけの演奏というものでしたが、
  彼の真骨頂の素晴らしい演奏に巡り会うことができて、(自己)満足の行くものでした。

  その他おもしろいものに、D)我が国の誇るピアニスト江口玲(あきら)を紹介しましょう。曲はリストの
  巡礼の年 2年「イタリア」、それも有名な補遺の3曲なしの渋いもの。ピアノは在りし日のホロヴィッツが
  弾いた当時のまま保存されていたという個性的なスタインウエイ「CD75」、全くあり得ない音色を
  出してくれるピアノです。演奏者の江口氏が弾き悩んでしまった難物です。この怪物の誕生から100年を
  記念して2012年録音されたのがこのアルバム。難しい楽器で難しい楽曲を選んで、江口さん大変です。
  こんなCD買って下さる方どれだけいるのかしらん。普通のスタインウエイでスイスでも弾かれた方が
  買って貰えるのではと思うほどのオタクCDです。江口さんの演奏を聴いたのは、ギルシャハムがAOIに
  見えたときに伴奏でついてきたのが最初、昨年も同じ組み合わせの演奏会に行ったのですが、目的は
  前回と異なり、江口さんのピアノが聴きたかったから。こんなにピアノが上手な人が日本人にいたんだと
  言うのが正直な感想です。ぼくがバイオリニストなら、伴奏は江口指名といってもいいほど、上手い。
  何が上手いって、一度ソロでもデュオでも会場で生江口を聴けばすぐに感じますよ。オーケストレーション
  としてのピアノ演奏では世界でも指折りだと。ですからソロをやる人には相棒として最高ですし、本当に
  音楽も分かっているし、楽器も知り尽くしているし、相手との合わせるタイミングも心得ている方と思います。
  ガーシュインをセッションでやらせると一流のジャズメンになっちゃいます。話は戻って、このCD75、
  やはり古い音です。ややチェンバロがかった硬質な音色は、ファツオリとは真逆の硬めの音色を醸し出します。
  これはこれでおもしろいのですが、私は普通のスタインウエイで江口玲を聴きたいなと思います。できれば
  イタリアだけでなく、現代のスタインウエイで巡礼の年全曲出していただければ、十分ベルマンと対等に
  いけるのではと思うのは私だけでしょうか?      H26.1.9記載
  

No.47 Annees de pelerinage (巡礼の年) 全曲 Liszt [Import]
    演奏:Lazar Berman(Pf)   1977年録音  レーベル:Grammophon  

A)  B)  C) 

A) Annees de pelerinage (巡礼の年) 全曲 Lazar Berman(Pf)
  CD1 第1年 スイス
  CD2 第2年 イタリア
  CD3 第3年 エステ荘の噴水ほか

B) Annees de pelerinage (巡礼の年)  Jorge Bolet (Pf)
  1982-83年 録音 レーベル:Decca London
  CD1 第1年 スイス
  CD2 第2年 イタリア
C)
エステ荘の噴水・孤独の中の神の祝福など Jorge Bolet (Pf)
  1983年 録音 レーベル:Decca London

A)リストの巡礼の年が村上春樹の「色を持たない・・・」で一躍ヒット商品になったので
  ここでも取り上げてみたい。自分はブレンデル盤を買い込んでいないので、ここではその
  評価はありません。
L.Berman 流石に上手です。上手というより素晴らしい。この演奏を
  聴くと、これしかないだろうという正統派。先ず何が素晴らしいかというと、建築学的な
  と例えてもいいような構造美! これにつきます。このCDのジャケットにあるような、
  ギリシャ・ローマの古代建築を仰ぐような気持ちにさせられます。見ているのでなく、
  聴いているのにです。それだけ音楽の形がかちっとしているものだから、聴く側は本当に
  安心して聴いていられます。そしてその音色が微細なところに至るまで、端正で美しいのだから
  文句のつけようがありません。少し音源が古い分、音質が最高級とは言えませんが、この時期
  にしてこのレベルの音なら十分で、今の録音で聴いてみたい気がします。 欠点を言えば、
  完璧な分、退屈です。美しいけれども色気がない、ミロのビーナスに色気を感じないのと
  同質のもの、近づきにくいというか、和めない所がある。 でもやはりこの演奏は金字塔でしょう。

B)ベルマンの演奏に対して、余り評価が高くないボレット盤。私はこれはこれでとてもいいと
  思います。スイスの3番「田園」などは、ふにゃふにゃと折れ曲がってしまいそうな、およそ
  建築美を感じない部分がいくつか見え隠れしますが、曲のところどころにはっとさせられる
  音色が顔を出して、前者にはない色や肌のぬくもりを感じます。木であったり、布であったり、
  毛皮だったりする感触が、構造美の代わりに存在するのです。 ベルマンにはない良さがボレット
  にはあり、これはこれでまた聴きたくなる魅力を持っています。これには3年が録音されていません。
  3年の目玉であるエステ荘の噴水を聴きたい方はC)をお買い下さい。B)とはナポリが
  ダブってしまいますが・・・エステ荘はベルマンよりボレットが好きです。

  次回は、この2つよりもう少し最近の素晴らしい演奏は次回またお話ししましょう。
                              H25.10.20記載
  


No.46 Saint=Saens Piano Concertos 1-5 [Import]
    演奏:Stephan Hough (Pf) バーミンガム市民交響楽団 
    2000-01年録音
  レーベル:ヒペリオン  

A)  B)  C) 

A) サン=サーンス ピアノ協奏曲全集  Stephen Hough (Pf)
   サカリ・オラモ指揮 バーミンガム市交響楽団  2000-1年録音
  A. 1-3. ピアノ協奏曲 1番・2番・ 3番
    4. ウエディング・ケーキ
  B. 5-6. ピアノ協奏曲 4番・5番 エジプト風
    7. オーベルニュ狂詩曲
    
8. アレグロ・アパッショナート
    9. 幻想曲 アフリカ    

B)サン=サーンス ピアノ協奏曲 1-5 Pascal Roge (Pf)
   デュトワ指揮 ロンドンフィルハーモニーO/ロイヤルフィルハーモニーO             
    1981年録音 レーベル:Decca
  A. ピアノ協奏曲
1番〜3番 第1楽章
  B. ピアノ協奏曲 3番 第2楽章〜5番 エジプト風

C)サン=サーンス ピアノ協奏曲 田中希代子 (Pf) NHK交響楽団
    レーベル:キングレコード                   
   1. ピアノ協奏曲
5番 エジプト風(1965年録音) 
   2. ピアノ協奏曲 4番(1968年録音

A)またまたハフです。2002年グラモフォン・アウォードのコンチェルト部門及び大賞受賞を獲得した、す
てきな アルバムです。この演奏でも彼の右指の動きは抜きんでていて、高速に弾くほどに、流れるようにな
めらかな演奏にはいつも脱帽です。サン=サーンスはもともと大変優れた鍵盤奏者で、若きA.コルトーに
「この程度の演奏で、君はよくピアニストになれたね」 と言うほどの演奏技術(&辛口)の持ち主。その彼
をして唯一認めていた門下生は、かのゴドフスキーだけと言うのも納得できます。だからサン=サーンスの書
いたピアノパートは(Pコンでも室内楽でも)どれも恐ろしく難しい。それもあって、Pコンの全曲録音は
あまり演奏されてこなかった。よく演奏されるのは2番。そしてエジプト風の5番と4番。曲想はエジプト風
に限らず、どれもオリエンタル風味満載なメロディー、それにフランスの作曲家が皆そうであるように、P
コンなのにも関わらず、弦楽器の主題を吹奏楽器が追いかけ、順に浮き上がってきて 多彩な音を華やかに添
えていきます。 どの曲もなんとも贅沢な音色で彩られ、印象深いメロディーも随所にちりばめられたサン=
サーンスの楽曲は、これまで聴き漏らしていたのが悔しいほどに美しい。その美しさを際だたせ、凛とした
花にしたてたのがハフの演奏でしょう。賞賛に値します。もしサン=サーンスが今生きていて、聴いても納得
の名演と評価するでしょう。ラフマニノフのPコン全曲アルバム(前出)を録音して有名になったハフですが、
私的な見解としては、こちらの方がハフ向きではないでしょうか。聴けばきっと愛聴盤となりましょう。

B)サン=サーンスにはもう少し色香が欲しいという方にはロジェ&デュトワのアルバムをお薦めします。
さすが本国のお二方、フランス料理はおてのもの。サン=サーンスの色彩とムードを全面 に 押し出して
これはこれで素晴らしい作品に仕上がっています。ハフのアルバムはどうしても向かい合って聴いてしまい
ますが、ロジェのはBGMでもいけます。さびの部分の色気は女形の歌舞伎役者の表現のように香り高い。
特に大好きな5番の第1楽章など、何度聴いても酔いしれてしまいます。
最近デュトワはロジェではなく、若手ピアニスト、ティボーデと再度録音を試みています。
   サン=サーンス ピアノ協奏曲 2&5 JY.ティボーデ (Pf)
    C.デュトワ スイスロマンドオーケストラ  レーベル:Decca  2007年録音                 
   1. サン=サーンス ピアノ協奏曲
5番 エジプト風
   2. C.フランク  
   3. サン=サーンス ピアノ協奏曲 2番
ティボーデの演奏はハフの様な切れ味と、ロジェのような色彩を共に兼ね備えた、これも素晴らしい演奏で
いわば2人の中間のようなアルバムです。ティボーデ・デュトワともにハフのアルバムをかなり意識して
製作されたことは間違い有りません。音色は透明感が有るのに香りがあるという、両立しがたいテクニック
そして格調高いと欠点無しです。4番も聴きたい!という方はともかく、色々な意味でおいしい所取りした
アルバムなので、最初の1枚という方にもお薦めですが、 色気はロジェの方が1枚上手かも・・・
基本形はハフとロジェのアルバムを聴いていただき、興味があればぜひこちらも御一聴下さい。 ロジェの
ひきしまった現代版という感じでしょうか。

C)田中希代子を知っていますか、日本で最も最初にショパンコンクールで入賞(10位 )を果たした方です。
ショパンコンクールの詳しい話は省きますが、ミケランジェリが審査員を辞退したアシュケナージ事件に、
田中希代子の評価も1枚噛んでいたらしいです。ところで田中希代子さん、このアルバム録音後、膠原病に罹り、
ピアニストとしての生命を断たれてしまいました。以後「弾かない指導者」として今活躍中の田部さんらを育てた
方で、日本のピアノの礎を築いた人です。流石に1965年のテープをおこしたアルバムだけあって、音質の悪さは
否めませんが、演奏 びっくりでした。女性の演奏ですが、はっきり言ってロジェのような色気は全くありません。
どなたかが表現した如く「清流を撥ねる若鮎のごとし」とは見事に言い当てた評価だと思います。ハフほど神経は
行き届いていないかも知れません。ロジェほどに色彩豊かではないかもしれませんが、彼らと並び立つほどの
清冽な音色がそこに生き生きと表現されていて、ミケランジェリが評価したのも納得の演奏家だったと思います。
このまま年齢を重ねたらどんなピアニストになっていたのかと思えば、残念でなりません。5番は彼女の状態の
良い頃の演奏、4番は既に発症して病気をおして弾いた演奏なので、聴いていただければぴちぴち度に格段の差が
ありますが、指が動かなくなる症状が出てからこの演奏?と知れば、医者の目で見れば、それはそれで「すごい」
の一言です。今度は彼女のショパンコンクールそのものの演奏も聴いてみたいと思います。
   

No.45 Der Bote (使者) [Import]
    演奏:Alexei Lubimov (Pf)  2000.12録音 レーベル:ECM  

A)  B)

A) Der Bote(使者)  Alexei Lubimov (Pf)
    1. CPE Bach: Fantasie fur Klavier fis-Moll (ファンタジー) 
    2. Cage: In a landscape(風景)
    3. Mansurian: Nostalgia(ノスタルジー)
    4. Liszt: Abschied(別れ)
    5. Glinka: Nocturne f-Moll "La separation"(別れ)
    6. Chopin: Prelude cis-Moll op. 45(前奏曲)
    7. Silvestrov: Elegie( エレジー)
    8. Debussy: Elegie(エレジー)
    9. Bartok: Vier Klagelieder op. 9a, Nr. 1(嘆き)
    10. Silvestrov: Der Bote(使者)

B)ポストリュード ウラディーミル・フェルツマン (Pf)
               2004.12録音 レーベル:カメラータ
    1. C.P.E.バッハ:アンダンテ・コン・テネレッツァ イ短調
    2. シューベルト:ピアノ小品イ長調
    3. シューベルト/シルヴェストロフ:マリッジ・ワルツ
    4-8. シルヴェストロフ:キッチュ・ミュージック
    9. スカルラッティ:ソナタ ロ短調K.87
    10. ショパン:練習曲変ホ長調op.10-6
    11-12. シルヴェストロフ:メロディー
    13. ワーグナー/シルヴェストロフ:ポストリュード
    14-15. シルヴェストロフ:2つのワルツ
    16.シューマン:ダヴィッド同盟舞曲op.6~第14番変ホ長調
    17. シューマン:ダヴィッド同盟舞曲op.6~第2番ロ短調
    18. シルヴェストロフ:メッセンジャー(使者)

前回に引き続きまたまたシルヴェストロフです、それもシルヴェストロフを中心に構成
されているが、一見色々な作曲家の様々な楽曲がごちゃごちゃ入っているように思う。
聴いてみるとこれが全く違う。2アルバムともに半分以上別のひとの楽曲なのに、まるで
シルヴェストロフだけのアルバムを聴いているかのような、いやそれ以上にシルヴェストロフ
的な雰囲気を持つ曲を選択している。いわばシルヴェストロフに捧げたオマージュ的アルバム
ではないか。リュビモフの録音が2000年、フェルツマンの録音が2004年なので、
Bは明らかに2番煎じ、それに1曲目はともに C.P.E.バッハである。 C.P.E.バッハ
いっても知らない方が多いかもしれないが、あの大バッハ(J.S.バッハ)の息子である。
余分な話だが、生前は息子達の方が売れていて、彼らに「実は父は素晴らしい音楽家で
我々に音楽を教えてくれたんです」風な持ち上げをして、父もだんだん知られるように
なったという噂。しかし C.P.E.バッハは、聴いていただければ分かるように、作風は父とは
全く異なる叙情的メロディーで、むしろベートーヴェンやメンデルスゾーンに繋がる感じ。
フェルツマン
の演奏は美しく弾かれており、曲もリュビモフ選択曲よりロマン的である。
題名はポストリュード(プレリュードの反対語なので「後奏曲」という意味だが、一般 的に
そんなものがあるかは知らない。この曲は死をイメージさせるような恐ろしい曲で、短いが
夜中に一人でじっくり聴くと、案内人が死の淵のそばまで連れていってくれる気分に陥る)
だが、アルバムの中心は4-8のキッチュ・ミュージックと最後のメッセンジャーであろう。
フェルツマンの音は極めて洗練されているが、音色はあくまで現代ピアノの代表である
スタインウエイの音色、それに対し、リュビモフの楽器は明らかでないが、彼は作曲家が
出したい(と思われる)音に最も合う楽器の音色を見つけてくる名手。どこの何ということ
ではなく、シルヴェストロフの世界を作る事に徹している。それも彼の楽曲は2曲しか
ないのにも関わらず、である。アルバムDer Boteでは、 CageIn a landscapeから、
GlinkaNocturneまで美しい曲が並ぶ。Lisztの Abschiedなどもあまりメジャー
ではないが、こんなに美しい曲があったのかとびっくりさせられる。(これも2人に共通
することだが) 作者が違うのに、あえて極めて同じ色調で進んでいく。あたかも全部
シルヴェストロフ作曲のような錯覚をもたらすほどに。リュビモフの演奏は、演奏者を感じ
させず、楽器を感じさせず、楽曲の持つ美しさを全面 に出す能力に恐ろしく長けていて、
演奏という世界から離れて、その世界の中に沈み込んでしまうことができる。 多分皆さんが
知っていると思われる曲は、これも同様に6曲目に座っているショパンの曲だけではない
だろうか。それも2人ともあえて安易なノクターンを外し、前奏曲と練習曲の中から拾って
くる所など選曲を含め、憎たらしいほど細部にわたって気を使っているところまでそっくり
である。楽曲が同じなのは、最後のメッセンジャー(Der Bote)のみである。
1996年
シルヴェストロフは妻を失った。メッセンジャーはその年に書かれたいわば
奥様への追悼曲なのである。「使者」とは彼から奥様への(だと思うのだが)メッセージ
を伝える使者なのだが(逆もありかも)、相手が伝わらない所に行ってしまったので使者が
要るのだと思う。そういう想いがにじみ出た名曲である。
同じ曲を前出のJ.リンと3名で、
そしてBagatellen und Serenadenではピアノ&オケバージョンでも聴くことができるので、
興味があったら聴き比べていただくといい。オケバージョンは全く別の曲としても、ピアノ曲
3曲を聴き比べると、音の美しさに対する造込みの違いは明白である。
リュビモフの音の質が
2枚も3枚も上回るというより、
美しさの種類そのものが違うことに気付かれるであろう。

リュビモフDer Boteは、ピアノという楽器が出せる最も美しい音を極めているのでは
ないかといっても言い過ぎではない。
曲の意味が分かると癒されるのではなく、惹き込まれて
しまう。そんな魔力をもった曲と演奏である。リュビモフ恐るべし。
全くマイナーな曲だらけの、マイナーな人の演奏 手に入れるのがちょっと難しいかも
しれないが、癒し系の美しい楽曲を好まれる方は、前回紹介の
シルヴェストロフ自身の弾く
Bagatellen
ともども一聴の価値はありますのでぜひ。メジャーな曲に飽きた方もどうぞ。
                             
H25.1.6 記

No.44 Valentin Silvestrov
    Bagatellen und Serenaden [Import]

    
演奏:V. Silvestrov(piano)ほか 
    2006  レーベル:ECM

A)  B)

A)Bagatellen und Serenaden バガテルとセレナーデ
 
1-14 :Bagatellen パガテル piano V. Silvestrov
 15  :Elegie エレジー ミュンヘン室内管弦楽団
 16-18:Stille Musik 静寂の曲 ミュンヘン室内管弦楽団
 19-20:Abschiedsserenade 別れのセレナーデ ミュンヘン室内管弦楽団
 21  :Der Bote 使者 piano A. Lubimov
 22-24:Zwei Dialoge mit Nachwort エピローグ付2つの対話 piano A. Lubimov

シルヴェストロフなんていう作曲家もピアニストも聴いたことがないていう声が再び聞こえて
きそうです。1937年生まれロシア生まれの現存の作曲家です。理屈はともわれ、彼本人が弾く
Bagatellenをまず聴いてみて下さい。静かなところで、耳を澄まして聴きましょう。決して駅の
ホームで音量を最大にして聴くような曲ではありません。ppp〜mpで少し意識的に残響を強めに演奏した
バガテルは聴衆から時間も空間も奪い、どこか遠くの世界に連れて行かれそうな、もしくは森の深くに
迷う混んだような、そんなふしぎな幻想の中に包まれます。こんな演奏はそうはないと思います。
浸り切っていると突然mfレベルの弦が弾かれて、Elegieにうつります。ここからは管弦楽曲に
変わりますが、この曲たちもまた美しい。 Stulle Musikの2番3番、Abschiedsserenade
2番など、
映画音楽の1シーンに出てきそうな切ないメロディーを聴かせてくれます。Der Boteも私の大好きな
曲のひとつで、ここではピアノとオケで演奏されます。風の音色で始まり、風の音色の中に消えて行く。
とても素敵な無言詩です。ピアノは前回登場の A. Lubimov ですが、実にミュンヘン室内管弦楽団ともども
シルヴェストロフの描きたい世界観が上手に表現できていると思います。この曲はピアノバージョンも
あり、あとの Nostalghia でも Jenny Lin が、次回登場の推薦アルバムでは、A. Lubimov
ピアノソロで 聴かせてくれます。最後の3曲もとても優しい曲で、癒されます。このアルバムの
ただ一つの欠点は、Bagatellenで静寂に浸っていたところに、突然Elegieの強い弦の音で目を
醒まされることくらいでしょうか。Elegie悪い曲ではないのですが、曲の配列が 悪いかも知れません。

B)Nostalghia ノスタルジア Piano;Jenny Lin
 2006  レーベル;SWR 
 
1   :Nostalghia ノスタルジア 
 2-3  :Zwei Stucke 2つの小品
 4-6  :Zwei Dialoge mit Nachwort エピローグ付2つの対話
 7-9  :Drei Postludes 3つの後奏曲
 10-12:Drei Stucke 3つの小品
 13-14:Zwei Stucke 2つの小品

 15-17:Drei Walzer 3つのワルツ
 18-19:Sonata No.1 ソナタ1番
 20  :
Der Bote-1996 使者

このアルバムは作曲家シルヴェストロフから個人的に可愛がられ、彼の楽曲の初演を手がけたりしている
Jenny Lin のピアノソロアルバムです。全部シルヴェストロフの曲を並べてあるので、シルヴェストロフ
入門編のアルバムとしては向いているかも知れません。4-6:Zwei Dialoge mit Nachwort
20:Der Bote-1996はA)のアルバムでは管弦楽または管弦楽とピアノのバージョンで演奏していたものを
このアルバムではピアノソロで聴かせてくれます。曲はどれもいいのですが、Jenny Lin の演奏はいまいちです。
音の工夫、内面を掘り下げた魂を込めた音色が、彼の曲には必要だと思うのですが、それが不足しています。
だからつまらない曲に聞こえてしまう。こんなんなら本人が弾けばもっと良いだろうに、せめて A. Lubimov
にあげたら、もっといい感じな仕上がりになっているだろうに・・・まあ、難しいことを言わずに
シルヴェストロフの世界に包まれてみましょう。きっと現世から開放されるに違い有りません。
余談ですが 、BのCDの表紙、なかなかシュールですね。SFマガジンの表紙のようです(通 じない)。
やはり彼の曲を聴くなら、まずはA)Bagatellen からでしょうか。
                                  H24.9.21記

No.43 Ludwig van Beethoven
    Pianosonatas op.109, 110, 111 [Import]

    
演奏:Alexei Lubimov (pianoforte) 
    
2009  レーベル:Zig-Zag Territoires

A)  B) C)

B) Beethoven Pianosonatas op.109, 110, 111 by M.Uchida
  1-3.op.109
  4-7.op.110
  8-9.op.111
  レーベル  :PHILIPS 2005

この有名な、そして深淵で素晴らしいベートーベンの後期ソナタの作品を誰の演奏で紹介した
ものかと、悩んで家にある数枚のCDを毎日のように聴き比べてすでに3-4ヶ月が経って
しまいました。他人に推薦するならば、やはり文句なく内田光子のアルバム(B)でしょうか。
音質・正確さ・細かい部分への気配り、内面的な精神的な表現 何をとっても完璧で(内田の
どのアルバムにも言えることですが)この楽譜を研究され尽くされていることが一聴して明らか
です。でも何回か聴いてそれでも心に入って来ない何かがある。それは何だろうと、十分な
ためも抑揚もある、でもどうしても自分のイメージする早さより、少しだけ早すぎるところが
いくつかあるからかもしれません。 上手すぎるのかも知れません。客観的にはこうでしょうと
思うように弾いているのに、心に届かない何かがある。内田に比べれば緻密さに劣るかも知れない
いくつかのアルバム でもその中でも一番心に食い込んでくるのが、下記リュビモフの演奏。

A) L.v.Beethoven Pianosonatas op.109, 110, 111 by A.Lubimov
  1-2.op.109
  3-6.op.110
  7-8.op.111
  レーベル  :Zig-Zag Territoires 2009

リュビモフはこの曲を1828年製ピアノフォルテ Alois Graff で演奏しています。古楽器と
現代楽器の違いを感じる前に、彼のこれらの曲の解釈が素直に心に響く。なんという切ない美しい演奏。
美しいというのはうまさを言うのではない。表面上の事でなく、こんな音で表現してくれるのだ
こんな音がでるんだという納得。すごい人だと思います。本当に音楽を深く理解し、ピアノを
楽器を深く理解しているのだと感じ入ります。リュビノフなんていう人は聴いたことがないし、
Zig-Zag Territoires なんていうレーベルはますます聞いたことがないぞとおっしゃられるかも
知れません。私もこのレーベルは初購入です。 この速度がいいんです。この音の表現の巾が
すごいんです。録音や音色の完璧さは内田に負けますが、でもこの曲はこれが一番心に沁みる。
でもこれは個人的な好みかも知れません。ですから皆さんに最初に紹介するのは前者です。
このアルバムは秘蔵のままでいいのです。このピアノフォルテはベートーベン自身がウイーンで
使用していた楽器達で、こういう音をベートーベンがイメージしていたとリュビモフは感じて
この楽器であえて演奏したのだと思うのです。 そう言う意味では、この録音は、よりベートーベンが
表現したい音を捉えているのではないかと感じます。それを彼が生かして弾いている。
そのピアノの特性とベートーベンのこの後期ピアノソナタの色の特性の両方を理解し、それを
表現する能力を備えているという事だと思います。
リュビモフは昨年来日したのですが、残念ながら聴きに行くチャンスを逃しました。
個人的には昨年で最も痛手な事件でした。次には来ないかも・・
アルゲリッチの来日中止よりも残念度が強かったです。リュビモフはロシアのピアニストで
あまり知られていないのですが、現在音楽を手がけながら、古楽器での演奏も行う哲学者のような
風貌漂う昔風な雰囲気のおじさんです。コンサートでもミスタッチも結構あるようにも聞きます。
でも、もし私が良いというなら聞いてみようという奇特な方にはぜひ。1500円ですので試してみて、
もし合わなくてもお許しを。もし気に入っていただけたら、こちらもお薦め(下記)

C) 即興曲全集(シューベルト) by A.Lubimov 
  1-4.op.90
  5-8.op.142
  レーベル  :Zig-Zag Territoires 2009

彼はこの曲を1810年製フォルテピアノ、マティアス・ミューラーと1830年製ヨゼフ・シャンツ で演奏
しています。シューベルトの即興曲集も、ルプーやピリスを始めとする素晴らしい演奏がいくつかありますが、
それとはまた質の違う美しさをもって、この曲を奏でてくれました。これにも大感激です。
もしベートーベンのリュビモフの演奏が気に入ったなら、この一枚も一緒にお気に入りに入れてくれるのでは
ないかと思います。決して表面的に綺麗な演奏ではありません。シューベルトのもつ哀しみと痛みが直接
伝わってくる、美しさをたたえた演奏なのです。こちらもZig-Zag Territoires レーベルですが、1400円で
買えますのでぜひどうぞ。 2枚とも最近のレコーディングなので音質は大丈夫です。
次も引き続きベートーベン後期ソナタ行きます(下記)。      2012.5.18記

 

D)  E)

D) L.v.Beethoven The Pianosonatas VolumeVIII by Andras Schiff
  1-3.op.109
  4-6.op.110
  7-8.op.111
  レーベル  :ECM 2007


美しい音色の現代ピアノでこれらの曲を天上の音楽のように聴きたいなら、A.シフのこのアルバムが
お薦めです。前2者ほど細かな所までつめた音楽にはなっていない。その分、思う存分天然に軟らかく
美しく弾くことができる。内田の方が遙かに考えた音楽になっているのに、素人の評判はむしろ
彼の方に軍配をあげている。現代人は疲れているのだろうか。内田の煮詰まった音楽を聴くより
シフの天真爛漫な方に癒されるのかも知れない。彼のこの楽曲の演奏を聴く機会が2011年2月に
ありましたが、悩んでいるうちに席を取ることを逸してしまいました。あきらめて同日ランランのコンサートに
行くことになりましたが、こちらはこちらで取るのが難しい席なので、諦めて・・・という表現は
贅沢かつ取れなかった方からは叱られそうな発言といえますが、自分としてはシフのこの楽曲を生で
聴きたかった訳です。オタクだと思っていたシフのこのコンサートがランラン以上に埋まるのは想定外でした。
お気に入りの一枚として聴くのにはなかなか聴きやすい演奏です。所々に少し癖もありますが、でも
この柔らかな演奏は魅力的なのではないでしょうか?

E) Beethoven The 32 Pianosonatas (8枚組) by Wilhelm Kempff
  CD8; Sonatas No.28.30.31.32
  1-4.op.101
  5-7.op.109
  8-10.op.110
  11-12.op.111

  レーベル  :Grammophon 1964

「ケンプの演奏はベートーベンよりシューベルトに向いている」と以前シューベルトのピアノソナタ
全集を紹介したときに書きましたが、この最後のアルバム28.30-32に限って言えばケンプ向きの
曲たちではないでしょうか。バックハウスやリヒテルやポリーニの弾くこれらの曲にはどうも
最初から食指が伸びない。グルダの演奏も哀しみを含んだ色はあるが、自分には少し早く、かつシャープ
過ぎる感じがします 。演奏時間だけ見ると大きく変わるわけではないんですがね。少し枯れた、滋味深い
ケンプの後期ソナタは渋さが曲とフィットしていて、買いですね。もちろん8枚組全部持っていても悪くは
ないので、この8枚目だけを聴くのではなく、全部聴いて頂くのもおもしろいと思います。
この人の演奏には独特の節回しがあって、他の人にはない個性が1曲1楽章の中に必ず1つは見いだされるので、
聞き慣れた曲(月光や悲愴でも)でも飽きずに聴くことができます。でも熱情やハンマークラヴィーアのような
ダイナミックな曲はあまりケンプで聴きたいとは思いません。ランランの弾く熱情の方がおもしろいでしょう。
しかし、今の演奏家にはない素朴さ、センス、哲学、やさしさを聴くのにはケンプは欠かせない存在だと
思います。                                 2012.5.19追記

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