My favorite classic numbers 5

No.30 ウラディミル・ホロヴィッツの芸術(写 真左)
    In the hands of the master

    演奏:
ウラディミル・ホロヴィッツ(Pf)
    1962-89年演奏 
レーベル:Sony Music Japan

Masterhands Beethoven

以前この欄にホロヴィッツ最晩年の傑作モスクワライブCDをご紹介申し上げた折に、
次回は中期のものをと予告しましたが、ホロヴィッツの隅々まで知って戴きたく、
どれもこれも欲張りに紹介したくなって、結局のお薦めがこの3枚組のマスターハンズ
アルバム(左写真)になってしまいました。このCDはソニー在籍時代の出来のいい曲の
集大作という感じで、曲の並びも一貫性がなく、様々な曲調や作曲家のものが
どういう主旨でこのように並べたか聞きたいような具合で並ぶ 同じ作曲家も何回にか
分けて再登場する まるで1つのリサイタルのように・・ そんなCDですがお薦めです。

ディスク:1
1-3.ショパン 「英雄」〜「別れの曲」〜エチュードop.10-4
4. スクリャービン 詩曲op.32-1    5. シューマン アラベスク op.18
6-7. D.スカルラッティ ソナタK.531 〜ソナタK.455
8. シューベルト 即興曲 op.90-3   9. ラフマニノフ「音の絵画」op.39-5
10. リスト コンソレーション第2番 
11-13. ショパン マズルカop.59-3 〜「3つの新しい練習曲」〜 「革命」
14. ベートーヴェン「悲愴」第2楽章   15. リスト スケルツォと行進曲

ディスク:2
1. シューマン 子供の情景   
2-4. スクリャービン アルバム・リーフop.45-1〜エチュードop.42-4 〜op.42-5
5-7. ショパン ワルツ op.34-2〜「エオリアン・パープ」〜 エチュードop.25-5
8-9. D.スカルラッティ ソナタK.466 〜ソナタK.146
10. リスト ハンガリー狂詩曲第19番 
11. ワーグナー/リスト編 楽劇「トリスタンとイゾルデ」~イゾルデの愛の死
12. ショパン バラード第1番   13. ホロヴィッツ「カルメン」変奏曲

ディスク:3
1. ベートーヴェン「月光」第1楽章  
2-3. D.スカルラッティ ソナタK.491 〜ソナタK.39
4. シューマン クララ・ヴィークの主題による変奏曲
5. クレメンティ Pソナタop.25-3~「ロンド」
6-10. ショパン マズルカ op.17-4 〜「黒鍵」〜ノクターン17番〜「軍隊」〜「雨だれ」
11-13. スクリャービン  エチュード「悲愴」〜エチュードop.2-1〜アルバム・リーフop.58
14-17. ラフマニノフ プレリュードop.32-12〜「音の絵画」op.33-5 〜op.33-2 〜op.39-9

共通点は1つ、殆ど同時代に弾かれたもので同じソニーレーベルなので、音質や弾き方が
一貫している事です。ですからCD1枚がリサイタルのように聴けるのです。
お薦めは、頭からショパン英雄〜別れの曲 特に別れの曲の色気はこのCD群のなかでも
群を抜いています。誰もこんなに切なく弾いてはくれません。 スクリャービンのポエムも
短いけれどもそごく雰囲気出てますし、リストのコンソレーションも色っぽいですね。
2枚目トップのこどもの情景はホロヴィッツお得意のレパートリーで、ぜひじっくり聴き
込んでいただきたい所です。 トロイメライの演奏は文句無くピカ1でしょう。 この辺りの
柔らかさはとろける程に優しい晩年の演奏に繋がって行くように感じます。
対して、リストのハンガリー狂詩曲第19番とホロヴィッツ編曲「カルメン」変奏曲 は
どちらも彼の昔からのアンコールピースで、若い頃の凄腕演奏の片鱗をみせてくれます。
このあたりが好きなら、初期の演奏へと導かれていくといいでしょう。
3枚目トップの「月光」は神がかり的な雰囲気が漂う格別の演奏、ノクターン17番も同様。
そして3枚目の聴き所のひとつはクララの主題による変奏曲。心に響く音色に言葉を
失います。クレメンティーのロンドはトロイメライ同様、優しさ120%の音色にうっとりし、
最後に彼の得意なスクリャービン・エチュード〜ラフマニノフ・音の絵画の暗い・哀しい
音色が深く胸に押し寄せてきて終わります。感情の吐瀉と申しましょうか、ホロヴィッツ
ファンとしては、かなり満喫できるCDリサイタルではなかろうかと思います。
ベートーヴェン ピアノソナタ「月光」「悲愴」「熱情」他(写 真右)
演奏:ウラディミル・ホロヴィッツ(Pf)
1963、1972、1973年演奏 
レーベル:Sony Music Japan

ベートーヴェン月光・悲愴が各1楽章のみで不満という方には 元アルバムを薦めます。
ここでは、単独でたっぷりとベートーヴェンのピアノソナタを楽しむことができます。
                           2009.2.15 記載


No.29 フランソワ ショパン・ワルツ集(写 真左)
    演奏:サムソン・フランソワ(Pf)
    1963年演奏 
レーベル:東芝EMI

フランソワ  ピリス

先にお断りしておきたいことは、ワルツという楽曲はあまり好きな方ではありません。
その私にこれは素敵だと言わせたのが、フランソワ(左)です。ここで、ルイサダの
ワルツ集を紹介しようと思っていました。ルイサダのワルツはこってり派の代表で、
本当にすみからすみまで丁寧にかつ音色が豊かに弾ききって、音は正確、録音も良く、
現代のワルツの手本といっても良い出来だからです。理性で解説すると、満点に近いの
ですが、ここに書くに当たって実際何回か聴き直しましてもましたが、どうしても
惚れることができないのです。これは大切な事です。そしてこのフランソワ、
相変わらずのでたらめ・・というと書きすぎですが、軽く、乗りが良く、リズミカルで
とにかく心弾むワルツをしているのが一聴して感じられます。こんなおしゃれで
耳心地の良いワルツは他では得られません。本当に天性な才能だと思います。
画家で言うなら、北斎のデッサンの伸びやかな一筆といえば理解していただけますか、
能力のある人が余力を残して弾いている、そんなしなやかさを味わえる1枚です。
以前彼の演奏では、ラヴェルの2枚をお薦めしたときもこのアルバムはお薦めした
覚えがありますが、フランソワの演奏の中でもベストの1つではないでしょうか。

ショパン・ワルツ集(写 真右)
演奏:MJ・ピリス(Pf) 1974年演奏 
レーベル:エラート

対して、ピリスの演奏は、本当に彼女らしい細かいところまで神経の行き届いた、
心の襞まで洗われるような美しく優しい演奏です。以前ピリスはショパンのノクターン
全集を紹介しましたが、やはりピリスのショパンはどれもいいと思う。
ピリスといえば、1にモーツァルト、2にシューベルトを思い浮かべますが、私個人の
意見を言わせていただければ、ショパンもモーツァルト・シューベルトに勝るとも
劣らない相性だと信じています。特に激さないワルツ・ノクターンがベストと思います。
全然違うふたりですが、それぞれのアルバムを聴いていると、どちらもこれ以上のワルツは
望めないでしょうと思わされるのが不思議です。 自分のワールド(世界)に引き込む
オーラをしっかり持ち合わせているからでしょう。
ピリスの演奏順は、リンパ腫で
夭折した往年の名ピアニスト;リパッティの演奏順に倣ったものです。ピリスが
リパッティの演奏に大いなる敬意を払っての行為と思われますが、残念ながら、大御所
リパッティの演奏はあまりにも録音が古すぎて、私には評価できないし、皆さんに
お薦めできるものではありません(持ってはいますが)。 ピリスの演奏に惚れた方は
リパッティの演奏も体験してみて下さい。
                          2009.1.16 記載

  
No.28 チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品35
(写 真左)
    演奏:諏訪内晶子(Vn)モスクワP管弦楽団 Dキタエンコ指揮
    1990年演奏 
レーベル:Warner Music Jap. Inc.

Gara   Slavonic

言わずと知れた諏訪内晶子が世界に羽ばたいたTchaikovsky Compe.優勝のGara Concert
のライブ録音である。ライブだけに音質は満足とは言い難く、咳などの雑音も気になるが、
それを加味しても、諏訪内が満場一致で優勝した堂々とした演奏の栄華がダイレクトに
伝わってきて、 その場に居合わせたような臨場感を味わうことができる。10年後に同じ曲を
スタジオ録音しているが、そちらの評価は高くない。この時の演奏ぶりが 後にも先にもない
希有な高揚を伴って、それがこの曲の雰囲気とあいまって聴く者を感動に導く。そんな1曲で
ある。CD1枚でこの曲1曲のみ収録というのが少し寂しい気もするが、諏訪内を知るには
まずこの1曲を聴くべしのアルバムではないか。
その後の諏訪内の録音は評価が分かれる。その音楽は、彼女の化粧の如く殊更表面 的に
美しい音色に終始する。線は細く、完成度が高い。くずれた所は全くないが、チャイコの演奏
を知るものには多分物足りない。もっと彼女には期待しているので、守りの演奏には点数が
辛いのではないか。その殻を破るべくここ数年、線の細い美しいだけの諏訪内から、たくましい
諏訪内に変わりつつある気がするが、私は無理せず、ドルフィンの紡ぐ彼女らしい繊細な音色
を存分に発揮している少し前のアルバム群の方が、らしくて好きである。
此処にあげた「スラヴォニック」やシベリウスのVn協奏曲などは彼女に尤も似合う曲達の
ように 思える。ドヴォルザークの 4 Romantic Peaces、ヤナーチェクの Vn.Sonata、
ブラームスの Vn.Sonata どれもこれ以上を望めないほど、美しくデリケートに仕上がっている。
絹肌のような美しいVnの音色にただただうっとりと聞き惚れるばかりである。こういう曲
には逞しさや、パワフルさは無用で、諏訪内のような演奏がベストマッチと思うがいかがか?
ここでの相棒は、チャイコでともに優勝(ピアノ部門)したBベレゾフスキーである。

スラヴォニック(写 真右)
●A. ドヴォルザーク:
  1-4. 4 Romantic Peaces Op.75 

  5-7. Slavonic Dances No.1-3
●L. ヤナーチェク:
  8-11. Vn. Sonata
●J. ブラームス:
  12-14. Vn. Sonata Op.120 No.2
  15-18. Hungaian Dances No.2.5.8.9
Vn:諏訪内晶子 Pf:B.Berezivsky 
1998年演奏 レーベル:PHILIPS
                            2008.12.19 記


No.27 ヴェネツィアの舟歌(写 真左)
    演奏:ダン・タイ・ソン(P)
    2002年演奏 
レーベル:Victor

D.Thai Son  L.Zilberstein

●メンデルスゾーン
  1.無言歌集より10曲 (含ヴェネツィアの舟歌) 

  2. ロンド・カプリチオーソop.14
●リスト:
  3. シューベルト・トランスクリプションより
    糸を紡ぐグレートヒェン
    聴け、ひばり
    セレナード
  4. 2つの伝説S.175
     小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコ
     海の上を歩くパウロの聖フランチェスコ

私の好きな曲のひとつにリストの「2つの伝説」がある。対照的な2曲であるが、
リストらしい音響効果を存分に味わえる上に、メロディーラインも美しい。必ずしも
2曲を揃えて弾いてくれる演奏家は多くないが、上のふたつのアルバム(左:ダンタイソン
右:Lジルベルシュテイン)はともに2曲連続で弾いてくれ、各々味わい深い。

やっとダンタイソンを紹介できるのは嬉しい。アジア人初のショパンC優勝者として
知られるこのヴェトナム人の弾く音色は、コンクール当時から美音で名高い。
若い頃の音色は美しく叙情的であったが、やや線が細かった。それがこのアルバムを
耳にして、その軟らかい音色に驚かされた。小鳥に説教するSt.F など、雫のほとばしる
若葉のなかを飛び回り囀る小鳥たちの情景が目に浮かぶごとき、1音1音にこめられた
表情を感じ取る事ができる。Aヴォロドスの同曲の演奏も技巧的には素晴らしいが、
情景が浮かんでこない。このタイソンのアルバムは、最後の1曲を除いて甘く優しい曲が
並んでいる。無言歌しかり、Rカプリチョーゾしかり、必要以上にゆっくりと奏でられた
音たちは、耳の中で順に飴のように融けていく。 シューベルトの糸を紡ぐGもたまらなく
優しい曲だし、セレナードにおける音色美は、ホロヴィッツの演奏を彷彿とさせる。
1音1音をこんなに表情深く、愛おしいまでに優しく音創りした男はいるだろうか?
男は顔じゃないが、こんなに優しい音色を紡ぎ出す輩には見えない。彼、実は演奏
からは考えにくい程小粒で、握手した時の手もピアニストとしては驚くほど小さかった。
こんな手で海の上を歩くSt.Fのような演奏がよくできるものだという印象が残っている。
本当に聴く者を優しい気持ちに誘ってくれる、心のこもったアルバムといえよう。

リーリャ・ジルベルシュテインの「リスト・リサイタル」 写 真右
1-2 2つの伝説              3-8 6つのコンソレーション
9  バッハの主題による幻想曲とフーガ   10 バラード 2番
11 4つの忘れられたワルツ 1番      12 即興曲(夜想曲)


ジルベルシュテインという演奏家は正直知らなかった。偶然このアルバムを手にして、
その硬質な響きの美しさに魅せられた。タイソンの小鳥に説教するSt.Fが5月の
若葉の中の小鳥ならば、こちらはまるで冬の輝く雪の結晶の中を舞う小鳥たちを
描いたかのような硬質な美しさで迫る。コンソレーションも、忘れられたワルツも
そのクリスタルな輝きは際だち、聴く者の身まで美しいクリスタルに変えてしまう。
リストのピアノ曲にはぴったりの音色をたっぷりと楽しめるアルバムである。
タイソンの音色とは対照的な1枚であるけれども、どちらも美しく素敵だ。
お試しあれ。                     2008.10.11 記


No.26 無伴奏Vnのためのソナタとパルティータ(写 真左)
    演奏:ギドン・クレーメル(Vn)
    1980年演奏 
レーベル:Philips


G.Kremer   Lara St.John

A 1:無伴奏Vnのためのソナタ No.1
 2:無伴奏Vnのためのパルティータ No.1
 3:無伴奏Vnのためのソナタ No.2
B 4:無伴奏Vnのためのパルティータ No.2(シャコンヌ含)
 5:無伴奏Vnのためのソナタ No.3
 6:無伴奏Vnのためのパルティータ No.3

バッハの無伴奏はヴァイオリンの世界では頂上を極めている曲で、並ぶべきものがない。
そのため古今東西これはと思われるヴァイオリニストはこの曲に挑戦し、録音を残している。
その中でひとつこの曲のベストの演奏を選ぶことは難しい。あえて異論を覚悟で言わせて貰えば、
クレーメルの旧版を推す。クレーメルのこの演奏は神が宿ったと表しても過言ではない。
決して美しい音色ではない。あえて見かけ上の美しい音色を廃している。聴いていて心地よい
演奏など全く期待してはいけない。襟をただして本気で向き合って聴く姿勢を要求されるほど
息詰まる究極の哲学がその演奏の背後から匂い立つ、そんな表現が向いている玄人むけの
演奏である。希望を言えばもう少しだけゆっくりした演奏が個人的には希望だが・・・

他の演奏者と一線を画すこの演奏は、彼のこの曲への深い思い入れを感ぜずにはいられない。
なお、最近彼はこの曲の再録をしたらしいが、私はまだ聴き比べていない。
この曲を美しく聴きたい人には、グリュミオー版 パルティータ 1961年演奏 Philips
お薦めしたい。 輝けるばかりの美音で、非の打ち所がない演奏を聴くことができる。
例えれば、グリュミオーが真珠のような艶やかな演奏であるのに対し、クレーメルの演奏は
苔むした石畳や備前焼のような陰影を思わせる演奏といえば 分かっていただけるであろうか。
もう一つ、クレーメルの横に並べるとみそくそ一緒となじられるかもしれないが、最近個人的に
愛聴している演奏に Lara St. John 版 1996年演奏 Well Tempered Production
がある。 このアルバム(写 真右:パルティータNo.2ソナタNo.3のみ)はクレーメルとも
グリュミオーとも究極に異なる演奏を聴かせてくれる。
クレーメルの演奏が哲学的というならば
彼女の演奏は感覚的で官能的ですらある。グリュミオーの美音が建前で公的で教科書的であるなら、
彼女の音色は極めて私的で、目の前の自分のためにだけ演奏してくれているような錯覚に陥る。
同じ艶がある演奏といっても、グリュミオーが真珠の輝きなら、ララの音色は絹糸のように
しなやかに包んでくれるのである。その心地よさは、言葉では難しい。一度体験をお薦めだが、
ララ版は日本版のレーベルがないので、申し訳ないが、横文字版を捜して下さい。
クレーメルを聴きながら思索に耽るも良し、ララに包まれて眠りにつくのも良し、秋の夜は
素敵に更けていく。
                                 2008.9.4 記

追  カール・ズスケのパルティータ(2枚組Tokuma Japan)も少しゆっくりめだが、
   最も美しい音色を聴くことができる。彼の音色の特徴はそよ風が草原を吹き抜けて
   いくような、明快でさわやかな美しさである。飽きのこない、癖のない慎ましやかな
   演奏は、これまた自分の手元に置いて、いつまでも聴いていたい愛聴盤である

   

                                2008.10.5 追記

 

No.25 ヴォロドス・デビュー 
    演奏:アルカディ・ヴォロドス(Pf)
    1996年演奏 
レーベル:Sony


1. カルメンの主題による変奏曲(ビゼー/ホロヴィッツ)
2. 6つの歌op.4~「朝」(ラフマニノフ/ヴォロドス)
3. 12の歌曲op.21~「メロディー」(同)
4. ハンガリー狂詩曲第2番(リスト/ホロヴィッツ)
5. 万霊節の連祷(シューベルト/リスト)
6. 「白鳥の歌」D.957~すみか(シューベルト/リスト)
7. 「同」~愛のたより(同)
8. 熊蜂の飛行(リムスキー=コルサコフ/シフラ)
9. バレエ「シンデレラ」から3つの小品op.95~「ガヴォット」(プロコフィエフ)
10. バレエ「シンデレラ」からの10の小品op.97~「オリエンタル」(同)
11. バレエ「シンデレラ」からの6つの小品op.102~「ワルツ」(同)
12. 交響曲第6番「悲愴」op.74~スケルツォ(チャイコフスキー/フェインベルグ)
13. トリオ・ソナタ第5番BWV529~ラルゴ(バッハ/フェインベルグ)
14. トルコ行進曲(モーツァルト/ヴォロドス)  

アムランに匹敵する次世代のヴィルトゥオーソ、アルカディ・ヴォロドス
デビューアルバム。英タイトルは「Piano Transcriptions」というとおり
デビュー1作目からいきなりオタクの編曲物である。それも自身の編曲も
なんと3曲も含まれている。三島の「仮面の告白」しかり、太宰の「晩年」
しかり、デビューにはその人の思いが集約している。若くして(1972年生まれ
録音時24歳)これだけの音楽性・演奏技術・創作力・観客を楽しませる心を
持ち合わせているのは希有の才能である。 その才能がこの1枚のアルバム
に見事に結集・開花している。誰が弾いているかなんてことを知らされずに
先入観なしでこのアルバムを聴いてみて下さい。まずその演奏の技術の高さに
そして構成のすごさに、音楽性の高さに、聴かせどころのコツを知る
したたかさに若干24歳の若造のデビューアルバムだと思う人はいない。
こんなすごいやつがコンクールにも出ずに埋もれているのとは恐るべし。

内容も1曲目からあのホロヴィッツ編曲のカルメン変奏曲、4曲目にも
彼の十八番のハンガリー狂詩曲2番を演奏。それも本人より全然うまい。
これは同郷の先輩ホロヴィッツへのオマージュでもあり、彼への挑戦でも
ある。実際ヴォロドスホロヴィッツを尊敬するピアニストにあげている。
同郷の星であり偉大なヴィルトゥオーソであり、編曲も手がけるところまで
同じホロヴィッツヴォロドスデビューのきっかけであり、目標であり、
越えて行くべき最大の障害かもしれない。彼の演奏はただ上手いだけでなく、
ある時は甘く謡い、ある時は美しく奏で、ある時はしたたかにひけらかす。
自身編曲のラフマニノフの2曲は美しく聴かせ、ハンガリー狂詩曲では
聴く者を夢中にさせ、 チャイコ・フェインベルクの悲愴では聴く者を仰天
させる。そしてアンコールのような自身編曲のトルコ行進曲で満足のいく
フルコースを締めくくる。こんな贅沢な1枚は見たことがない。
あまりに才能に富んだ恐るべき新人のデビューである。それから10年
彼の才能は世に定着したが、このアルバムを越すものは出ていない。
今後もいろいろやってくれそうな男なので、今後も期待したい。

                        2008.7.9 記

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