Temple of Luxor アスワンから飛行機でルクソールへ。 ナイル川の東岸は、生者の領域で、町や神殿などがあります。有名な王家の谷は、墓所ですから死者の領域、すなわち西岸にあります。 ルクソール神殿の前に立つオベリスク。対になったもう一本はパリのコンコルド広場にあります。 |
Street of Sphinx 羊の頭をしたスフィンクスの並ぶ道。 通称「スフィンクス街道」 かつては、3km離れたカルナックのアモン大神殿とつながっていたそうです。 |
Temple of Luxor 14本の大きな石柱廊。 入口すぐ左にツタンカーメンとその妻の坐像が置かれていました。ただし名前が削られて、この神殿を完成させたラムセス2世の名前になっていました。 |
Tinker Away!! ルクソール神殿の修復は未だ完成していません。その片隅で見つけたメチャクチャな修復。 見事にレリーフの足が天地逆転しています。 うーん、アバウトなエジプト人気質が判りますね。 |
Colossus of Memnon ルクソール西岸にあるメムノンの巨像。 見学は短時間でしたが、平原にポツンと残される異質感を感じました(かつては周囲に神殿が建っていたと言われています)。 |
The Mortuary Temple of Hatshepsut, Deir el Bahri デルエルバハリにあるハトシェプスト女王葬祭殿。 他の神殿と異なり、横に広がった何とも優雅な女性的なデザインです。 |
The Mortuary Temple of Hatshepsut, Deir el Bahri 私が訪ねた2年後、ここでテロリストによる無差別銃撃がありました。 このテラスで、実に60名もの観光客が命を落とすことになった恐ろしい事件です。 今思い出しても、隠れる場所は全くなく襲われたらまず助からないと思います。 何の理由であれ、こんな行為は許されるものではありません。 |
Treasure of Queen Hatshepsut ハトシェプスト女王がプント(現ソマリア)から持ち帰ったといわれる木の株。このプント行きの様子は、葬祭殿の壁画に長い物語として残っています。 この時私を含む何人かは、アスワンで購入したガラベーヤ(エジプトの民族衣装)を着ていました。 「エジプト人は、この暑さをどうやって耐えているのだろう?」と、冗談半分で着ていたのですが、実はこれが正解。かなり涼しくて快適でしたよ(写真中で白やオレンジの姿)。 |
Ra, God of the Sun 葬祭殿の壁に色鮮やかに残る太陽神ラー。その左側には、何やら削り取ったような跡が・・・。 ハトシェプスト女王の継子であるトトメス3世が王に即位してからも、女王は実権を握り続けました。成長し女王が没した後、トトメス3世はこれを嫌い、壁画中の女王の部分を全て削り取ってしまったのです。 しかし、さすがに親子だったからでしょうか。後に「エジプトのナポレオン」と呼ばれ、征服を繰り返したトトメス3世でも、葬祭殿自体まで破壊することはしなかったようです。 |
Osiris, God of the Underground 黄泉の国の神オシリス。 白い神衣、青い肌で、すぐに見分けがつきます。 これらの壁画は、今で言うニスのようなコーティングが施されているのだそうです。 そのため3000年以上色鮮やかに保存されているのですが、そのニスの材料になったのが鳥の卵白。 当時砂漠の民だったエジプト人にとって鳥の卵は貴重だったはずで、とてつもない量の卵を必要としたこの壁画の規模からも、当時のファラオの強大な権力がうかがえます。 |