――五十年前。 こ……殺せ……。 一思いに、止めを刺せ……。 「その覚悟、敵ながら天晴れじゃな。お主ら妖怪は死しても甦るとはいえ、死を軽んじて はいないはずじゃが?」 もはや立ち上がる力もなく、逃げ延びることはできぬ……。 ならば、無様に醜態を晒すよりは、いっそのこと……。 「そうか。お主、同じ狐の九分の一でありながら、本体とは違って随分と潔いのじゃな」 ふん……。 貴様ら人間も、一つの体に複数の人格を隠し持っているはずだ。たとえ、表に現れてこ なくても、な。 この僕も、そんな裏の人格の一つだ……。 今は、貴様らに分断された妖力の一部を制御するよう主人格から切り離されているが、 所詮は影。やがて主人格に吸収され、二度と日の目を見ることはない。 それならば……。 「なるほど。生き延びようと、今ここで死のうと、お主には未来がないわけじゃな。むし ろ、ここでわしに殺されれば復活するまでの永い月日を己自身として眠りに就くことがで きる。生の意思を持った自殺願望か」 そんな大層な考えなどない。 ……さぁ殺せ。その刀で。 「承知した。じゃが、その前に一つ教えておこう」 ……。 「この忍び刀は、幽鬼をも切り裂き邪気を払う、霊験あらたかな退魔神刀じゃ。この刀で 倒された妖魔は、時に善良な妖怪となって甦ることがある。無論、その妖魔に欠片でも反 省の心があればの話じゃが……。果たして、お主はどうかな?」 ……知らぬ。早く殺せ。 「良かろう。お主のこと、決して忘れぬぞ」 ふん……。 最期に、貴様の名を聞いておこう。 「わしの名か? わしは有賀――」
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