退魔忍者深雪〜セーラー服と忍者刀〜


第五章 有賀深雪誘拐事件

 霊の宿った肖像画を悪の妖怪の魔の手から救い出した女忍者深雪は、ひとまず超研本部
まで撤退してきた。

 ガラ……

 静かに扉を開けて中に入ると、そこには亡霊のリョーコが待っていた。
「間に合ったみたいね、深雪」
「まさに間一髪でござった。ところで、ムサシ殿は?」
「所定の位置――中庭の台座の上に戻ってもらったわ。いつまでも銅像が消えたままだと
マズいから」
「それもそうでござるな」
 深雪は納得して脇に抱えていた絵をテーブルに置く。
「無事ね、ルビィ?」
 リョーコがその肖像画に描かれた女性へ呼びかけると、その女性は(絵の中で)サング
ラスを外して頷いた。
「ええ。本当に助かりました。わたくしは手も足もないものですから。――しかし、こち
らの女性は?」
 絵の中で深雪の方を振り返る肖像画。
「忍者よ。セーラー服だけれど」
「忍者ですか? セーラー服なのに」
「セーラー服でも忍者なのでござるよ」
 恥ずかしそうに忍者であることを肯定する深雪。
「忍者だったのですか」
 セーラー服ってところがちょっと引っ掛かるけれど、窓から煙玉を放り込んで助けても
らったのだから疑う余地はない。
「深雪でござる。宜しくお願いするでござる」
「はい、深雪さん。わたくしのことはルビィと呼んで下さい」
「ところで、二人とも敵の姿は見たの?」
 深雪たちが自己紹介を終えたところでリョーコが問いかけた。
「わたしは自分の煙玉で見えなかったのでござるが――ルビィ殿は?」
 深雪は左右に首を振ってルビィに訊ねる。
「わたくしはもちろん目撃しました。とは言え、人間に化けていましたので、その正体ま
では判りません」
「そう。でも、化けているということは、やっぱり……」
「はい。五十年前に逃げられた九尾の狐の可能性が高いと思います」
 九尾の狐。
 尻尾が九本もある狐。並みの妖狐じゃ束になっても歯が立たないほどのスゴい妖力を持
っている。
 でも、いきなり敵の正体をバラしたら話が面白くないかな?
 ま、いっか。九尾葉平って名前だけで予想していた人もいるだろうし。
「敵は九尾の狐なのでござるか」
 驚きの入り交じった声で確認する深雪。
「そのような大妖怪が、本当にこの町に?」
「少なくとも、五十年前に戦った相手はそうだったわ。悪知恵が働く上に姿を変えるから
厄介なのよね」
「ええ。五十年前は初老の男性に化けていましたが、先ほどは若い青年でした。ただ、わ
たしの紅玉激光波がかすったので、妖術などで治療していなければ背中と顔に傷跡が残っ
ているはずです」
 化ける前に傷を負っていると変化後の姿も同じ箇所に怪我をしていることが多い。
 そりゃまぁ、ミイラ男に化けたら傷跡は判らなくなっちゃうんだけれど。
「では、今の姿は顔に傷のある――」
 深雪が確認しようとしたその時、

 ツカツカ ピタピタ

 二人分の足音が部室に近付いてきた。
「隠れるでござる!」
 深雪はルビィの絵を抱えて部室の奥にあるガラクタの山に隠れた。
 亡霊のリョーコは床をすり抜けて逃げる。
 ガラガラ
 三人が身を隠すと同時に扉を開けて入ってきたのは風間小太郎と猿渡佐和子。
 パッと部屋の明かりを付けてそれぞれ席に着いた。
 深雪はどうしたものかと息を潜めて二人を見守る。
「風間殿に猿渡殿……何故ここに?」
「あら。あっちの男、深雪の恋人じゃない?」
 いつの間にか背後にやってきたリョーコが深雪の耳元で囁いた。
「リョーコ殿! 唐突に何を言い出すのでござるか!?」
 器用に小声で叫ぶ深雪。
「わ、わたしと風間殿は、そういった色恋の関係ではござらぬ」
「そう? プールで見たときはてっきり恋人だと思ったのに。わたしが取り憑いた美奈子
って先生の記憶でも、『コタローくんとミユポンちゃんは恋人同士』になっていたわよ」
「ち、違うでござる。わたしはわたしより強い男性が好みでござるから、風間殿など眼中
にないのでござる。決して、断じて、間違っても」
 必死になって否定する深雪。
 そんなに否定すると逆に怪しまれるよ。
「だったら、わたしが深雪の恋を応援してあげるわよ。こういうのは得意なのよね」
「リョーコさんが乗り出すと破談に持ち込むだけではありませんか。それに、無理して応
援する必要もないと思いますよ」
 ただの肖像画のフリをして小太郎たちの様子を見ていたルビィが口を挟んだ。
「どうしてよ、ルビィ? 面白そうじゃない」
「当然です。深夜に他の女性と密会とは誠意の欠片も感じられません」
「密会っ!?」
 ハッとして顔を上げる深雪。
 もしや風間殿と猿渡殿はわたしに隠れて男女交際をしていたのでござるか!?
 思いっきり誤解する深雪。
「三角関係ね。もっと面白くなりそう」
「笑ってはいけませんよ、リョーコさん。ここは温かい目でなりゆきを見守らなくては」
 亡霊と肖像画の無責任な会話には見向きもせず、深雪は小太郎と佐和子を凝視する。
 二人はテーブルを挟んで三百円分のお菓子をパクつきながら何やら話をしていた。
 角度が悪くて小太郎の顔は見えないけど、佐和子の表情はいつにも増して活き活きして
見える。
「楽しそうでござる」
 何故か深雪の心に暗く激しい炎のような感情がこみ上げてきた。
 世間一般に嫉妬と呼ばれる感情。
 妬み。嫉み。やきもち。ジェラシー。
「リョーコ殿、ルビィ殿。しばしの間、ここで、待っていて下され。二人には、早々に、
帰っていただくので」
 深雪は声を震わせながらリョーコたちに告げると、忍者刀を背中から外してガラクタの
山を抜け出した。
 普通なら即座に見付かるところだけれど、今の深雪は隠身の術を使っているから、小太
郎も佐和子も深雪の存在に気付かない。
 ちなみに、有賀忍者が使う隠身の術は催眠術の応用で、姿を見られても見えていないよ
うに錯覚させる術だよ。
 逆に、見えていないのに見えていると思わせるのが分身の術。
 マンガやアニメで見られる『素早く動いて残像を作る術』は、分身の術じゃなくて残像
の術と言った方が正しい。
 ま、それはこっちに置いといて。
 隠身の術を使ったまま部室の入口にやってきた深雪は立て付けの悪い扉に手を掛けた。

 ガラガラ

「あれ? 有賀さん?」
「ミユポンじゃないの」
 扉が開く音で小太郎と佐和子が振り向くと、そこには髪を下ろした深雪の姿があった。
 まるで、今、この瞬間に扉を開けて入ってきたように見える。
「ミユポンは来ないんじゃなかったの、コタロー?」
「ドアにメモを貼っておいたんだよ。――それを見たんでしょ?」
「はい」
 深雪には何のことか解らなかったけれど話を合わせて本題に入る。
「それより、風間さんと、サルワタシさんは、こんな夜更けに、二人きりで、何をなさっ
て、いるのですか……!?」
 燃え盛る嫉妬の炎を必死に抑え付けているので声のトーンが一オクターブ低くなってい
た。
 どうしてこんなに怒っているのか深雪自身も解っていない。
 解らないからますます怒る。
 でも、深雪の不可解な感情に気付かないお気楽な小太郎は、やっぱりお気楽に答える。
「何をって、僕が宇宙人を見掛けたから、それでサワタリに尋問されてたんだよ」
「コタローが見たっていう宇宙人を追って来たんだけれど、見失っちゃったから、取り敢
えず本部で詳しい話を聞こうと思って」
「宇宙人?」
 まさか自分のこととは知る由もない深雪は唐突に出て来たその単語に気勢を削がれ、首
を右三十度に傾げた。
「実は、美術室から絵を盗んでいく人影を見たんだよ。二階の窓から飛び降りたのに何事
もなく走っていくから、宇宙人だと思って」
 それはわたしでござる!
 心の中で叫ぶ深雪。まさか小太郎に見られていたとは思いもしなかった。
 しかし、宇宙人と勘違いしているのならば好都合。催眠術で記憶を消すまでもないから
ね。
 それなのに、佐和子が余計なことを言い始めた。
「でもね、コタローの話を聞いてみたら、どうも宇宙人じゃなさそうなのよ。宇宙人だっ
たら間違ってもセーラー服なんて着ないし、わざわざ窓を割らなくても壁をすり抜けて脱
出できるもの」
「そ……そうなのですか?」
 お嬢様の声色で恐る恐る佐和子に訊ねる深雪。
「あたしが思うに、小太郎が見たのは忍者よ」
「忍者!? ……でございますか?」
 辛うじて平静を保ったものの、今の心理ショックは深雪の精神防壁を第三層まで貫通し
た。
 頭の中で赤いランプが点滅し、警戒警報が鳴り響く。
「忍者はあたしの専門じゃないけど、二階からコンクリの地面に飛び降りるなんて芸当が
できるのは、サーカス団員かスタントマンか忍者くらいでしょ。でも、この町にサーカス
団は来てないしスタントマン養成所もないから、残る可能性は一般社会に潜り込んだ草忍
者だけよ」
「しかしサルワタシさん。セーラー服の忍者など見たことも聞いたこともありませんわ」
 もっともらしいことを言って佐和子の推理を覆そうとする深雪。
「甘いわ、ミユポン。それは忍者の変装よ。セーラー服の忍者なんているはずがないとい
う盲点を突くとは敵ながら天晴れだわ」
 佐和子は決して曲がらないアダマンタイト製の信念の持ち主だった。
「ともかく、美術室から絵を盗んでいったということは、その忍者は七不思議について何
か知っている可能性大だわ。必ず捕まえて七不思議との関係を聞き出すわよ」
「僕は宿直の先生に早く知らせた方がいいと思うけどね。絵画窃盗事件だし」
「ダメ。あたしが尋問したいから」
 小太郎の常識的な意見を真っ向唐竹割りにする佐和子。
「それより、あんたが見た忍者の特長をもう一度良く思い出しなさい。セーラー服以外に
気付いたことはないの?」
「だから、良く判らなかったんだって」
 活き活きした表情の佐和子に対して小太郎はゲンナリした顔。
「遠くて暗かったから細かい特徴まで見えるはずがないんだよ」
 強いて挙げれば有賀さんに似てたような気がするんだけど。
 まさかそんなはずないよなぁ。ははははは。
 実は正解。
 世界一周の旅プレゼント。自費で。
「仕方ないわね。結局、判っているのはセーラー服を着た女忍者ってことだけ、と」
「いいえ、猿渡さん。本当に忍者が変装しているのでしたら女忍者とは限りませんわ。男
性が女装していることも考えられます」
 佐和子の推理を自分から遠ざけておきたい深雪はヘリクツをこねてみたけれど、
「それはないわよ。男がスカートをはいていたら逆に怪しまれて変装にならないでしょ」
「なるほど」
 何も反論できない。
 こうなったら、小太郎も佐和子もまとめて催眠術か――と思ったら、

 ガラガラ

「なんだ。ここにいたのか」
「……こんばんは」
 穴熊大介と霧島才瑚が現れた。
 四人になってしまったら一度に催眠術を掛けるのは難しい。深雪は胸ポケットから取り
出そうとしていたブツを戻して様子を見る。
「クマさんもサイコも遅いわよ。二人で何してたの?」
「お前らが校門前で待ってなかったのが悪いんだろうが。中庭とか探したんだぞ。霧島の
ダウジングで部室にいるって判ったけどな」
「……そもそも、こんな時間に呼び出すなんて非常識です」
 もっともな意見だ。
「で、こんなところで何してたんだ?」
「そうそう、それよ。小太郎がにん――」
「さっ、猿渡さん。もう夜も遅いですから、その話はまた今度にしませんか? 明日にな
れば新しい発見があるかも知れませんし」
 佐和子の言葉を遮って提案する深雪。催眠術を施す相手が増えては大変だ。
「それもそうね。今夜はこれで解散よ」
「人が来てやったらいきなりこれか」
 大介は言ったけれど超研部長の決定は覆せない。
 五人はそのまま部室を後にした。
 残ったのは第四コースの亡霊リョーコと紅い瞳の肖像画ルビィの二人だけ。
「わたくしたちはどうしましょうか?」
「あなたは動けないんだから大人しくここで待っていなさい。わたしは深雪の恋人たちが
帰るのを見届けたらムサシやフローラに事情を伝えてくるわ」
 フローラって覚えているかな?
 七不思議の六番目、トイレのフローラさんのことだよ。
「では、お願いします、リョーコさん」
「このわたしに任せなさい」
 リョーコは空中を泳ぐように壁を擦り抜け姿を消し、ルビィはガラクタの山に紛れて肖
像画のフリを続けた。
 動けないって寂しいね。

 超研本部を出て来た五人。
 戦隊ヒーロー物じゃないからイメージカラーは決めていなかったけれど、念のために考
えておこう。
 猿渡佐和子=レッド。熱血リーダーだから。
 風間小太郎=ブルー。レッドに逆らうから。
 有賀深雪=ホワイト。色白だから。
 穴熊大介=イエロー。カレー好きだから。
 霧島才瑚=グリーン。存在感が薄いから。
「ところで、あんたたちも中庭を見てきたんでしょ? 銅像はどうだった?」
 チョーケンレッド佐和子が大介と才瑚に訊ねた。
「台座の上に立ってたぞ」
「……変わったところは、なかったです」
「やっぱりね。あたしたちも中庭に寄ってみたんだけど、警報機が地面に落ちてるだけで
銅像はそのままだったのよ」
 ムサシは一足先に台座の上へ戻っていたもんね。
 深雪は薄い胸を撫で下ろした。
「ああ、そうだ。落ちてるって言えば霧島がこんなもん拾ったぞ」
 と言って大介が見せたのは、端が鋭く尖った星形の鉄板。
「手裏剣!?」
 思わず声を上げてしまう深雪。
 それはムサシに威嚇射撃したときの八方手裏剣。いろいろあって回収していなかった。
 ちなみに、手裏剣と言っても忍者の流派によって形状は様々。十字手裏剣、卍手裏剣、
三方手裏剣、棒手裏剣などなど、種類はいっぱいあるんだよ。
「手裏剣が落ちてたってことは、あれはやっぱり……」
「何か知ってるのか、コタロー?」
「実はカクカクシカジカで忍者がいるみたいなんだよ」
 小太郎は深雪が止める間もなく大介と才瑚に忍者の件を話してしまった。カクカクシカ
ジカだから説明時間はたったの三秒。
「……セーラー服でも忍者なの?」
「だから、それは女忍者の変装なのよ」
 才瑚の指摘は例のように佐和子が棄却。
「そうか。忍者なんて本当にいたんだな」
「この八方手裏剣が証拠だもんね」
 刀剣マニアの血が騒ぐのか、手裏剣を受け取った小太郎は興味深げに眺めている。
 あんまりいじってると危ないよ。
「イテテ」
 やっぱり指に刺さって血がポタポタ。
 でも、毒は塗られていないから放っておいても大丈夫。
 それなのに、責任を感じた深雪はポケットからサッと絆創膏を取り出して小太郎の指に
巻いてあげた。
 この絆創膏、見た目は市販の物と同じだけれど薬草のエキスを染み込ませた特製品。
「あ、ありがとう、有賀さん」
「いえいえ」
 なーんてやっていたら。
「お帰りになるのですか、皆さん」
 超研戦隊チョーケンジャーの前に何者かが立ち塞がった。
 謎の転校生、九尾葉平だ。
「こうして話をするのは初めてですね」
 葉平は金髪を掻き上げ白い歯を見せる。女の子の前だとカッコつけるのが悪い癖。
 けど、深雪も佐和子も才瑚もそーゆー男はタイプじゃないから感銘は受けなかった。
「あたしたちに何か用なの?」
「いえ。僕が話をしたいのは唯一人。そこにいる忍者です」
「ええっ? 僕?」
 葉平が真っ直ぐ指を指したのは、深雪じゃなくて、なんと小太郎。もちろん小太郎は忍
者じゃない。
「とぼけるつもりか風魔小太郎」
「あ、それ違う。僕の名前は風の間に小さい太郎と書いてカザマショウタロウと読むんだ
よ。フウマコタロウじゃないって」
 パタパタと手を振って否定する小太郎。
 同じ失敗をしたことがある深雪も小太郎の隣でコクコクと頷いている。
 でも、葉平は信じない。
 何故なら、深雪を除いたほぼ全員が小太郎のことを『コタロー』と呼んでいる。
 九ちゃんが勘違いするのは当然の結果。
 それに、今は重要な証拠が小太郎の手に握られている。
「誰が騙されるか。その手に持っている手裏剣が何よりの証だ」
「あ、いや。これはさっき拾って」
 慌てて八方手裏剣をポケットにしまい込む小太郎。捨てずに自分の刀剣コレクションに
加えるようだ。
「問答無用だ。貴様が封印の守護者らに手を貸しているのは判っているぞ。残りの封印の
守護者が何処にいるのか喋ってもらおう」
「えっ? 封印って?」
「素直に居場所を話し、これ以上僕の邪魔をしないと約束するのならば、無駄な血を流さ
ずに済むのだぞ?」
「何のことかゼンゼン解らないんだけど?」
 本当にワケが解らない小太郎。佐和子たちも首を傾げる。
 でも、深雪だけは解った。葉平の右頬に一筋の傷跡が見えたから。
 紅い瞳の肖像画ルビィが放った紅玉激光波(目からビーム)の傷跡。
 九ちゃんがピアノ殿たちを襲った九尾の狐だったのでござるか!?
 考えてみれば『九尾』なんて如何にもそれっぽいでござる。
 今更ながらに気が付いた深雪。
 でも、小太郎たちがいるから黙って様子を見る。
「風魔小太郎。この僕の邪魔をしておきながら、まだしらを切るつもりか?」
 絶対に自分の間違いを認めない葉平。
「だから、ジャマなんかしてないんだって」
 言いがかりを付けられて困惑する小太郎。
「ふん。ならば仕方あるまい」

 ダッ

 葉平は突然駆け出した。
 どこへ行くのかと思ったら、葉平は小太郎たちの背後に回り込み、深雪の細い体を後ろ
から羽交い締め。
「ああっ、有賀さん!」
「むーむー」
 口を塞がれてしゃべれない深雪。
 いくら忍者でも単純な体力勝負になったら妖怪に勝てない。小太郎たちも見ているし。
「薄汚れた手で有賀さんに触れるなっ!」
 小太郎は映画の主役みたいに叫んで葉平に指を突き付ける。
「ふん。貴様の女は預かった。返して欲しくば新校舎の屋上へ来い!」
 思わず悪役なセリフを返し、深雪を抱えて走り去る葉平。足の速さは体育の授業で実証
済み。
「有賀さんっ!」
 取り残された小太郎は悔しげに唇を噛む。
「コタロー、あんたが忍者だったの?」
 その小太郎に念のため確認しておく佐和子。
「そんなわけないっつーの」
「だったら、どうするんだ?」
 大介が問いかけると、
「そりゃもちろん、助けに行く」
 小太郎は背中に手を突っ込んで服の中から正宗の模造刀を取り出した。
 ええっ? そんなの持っていたの?
 佐和子の招集を受けたとき、お守り代わりに持ってきたのだ。銃刀法違反だけれど。
「待ってて、有賀さん」
 小太郎は模造刀を腰のベルトに差して新校舎の屋上を見上げた。刀があれば元気一杯勇
気百倍の刀剣マニア。
「ちょっと待て」
 走り出そうとした小太郎の肩を大介がつかんで引き止めた。
「一人で行くつもりか?」
「クマ……いいのか?」
「判り切ったこと聞くな」
 ニカッと笑って小太郎の背中を叩く大介。
「あたしも行くわよ。大切な手下、もとい部員を誘拐するなんて許せないわ」
「……他に武器はないの?」
 佐和子ばかりか才瑚までヤル気だ。
「良し。それじゃあ、みんなで行こう」
 小太郎は三人に頷きを返すと服の中から別の武器を取り出し始めた。
 出てくる出てくる。太いの細いの長いの短いの。
「おい。何本持ってきたんだ、コタロー?」
 呆れ顔で訊ねる大介。
「取り敢えず、実戦向きのを八本」
 そんなにたくさんどうやって服の中に隠していたの?
 ギャグだから気にしない。
「タコじゃないんだからそんなにあっても使えないだろ。ま、おれは自分の腕があるから
いいや」
 柔道部員の大介は武器を取らなかった。
「あっ、ドラゴンキラー」
 そう言って佐和子が手にしたのは、刃に対して柄が垂直になっている三角形の短剣。某
コンピュータ・ゲームに登場する武器に似ているらしい。
「ドラゴンキラーじゃないって。それはカタール。正式名称はジャマダハルっていうイン
ドの武器だよ」
「……私は、これ」
 一方、才瑚が手にしたのは、峰が櫛のようになっている片刃のナイフ(もちろんこれも
模造品)。
「それはソードブレイカー。パリイング・ダガーの一種で、峰側のギザギザを引っ掛けて
相手の剣を折ることもできるんだ。本来は左手に装備して右手にはレイピアを――って、
こんな話をしてる場合じゃないっつーの」
 小太郎は刀剣談義を途中で切り上げて今度こそ走り出す。
 大介たちも小太郎に続いて走る。
 目指すは深雪が葉平に捕まっている新校舎の屋上
「有賀さん……今すぐ助けに行くからね」
 でも、深雪が大人しく小太郎の助けを待っているのかな?


 同時刻、宿直室では。
「やっぱり、紅茶と言えばスコッチよねー。ヒック」
 美奈子先生は熱〜い紅茶にスコッチウィスキーを注いで飲んでいた。
 イギリス人じゃないからミルクは入れない。
 ロシア人じゃないからジャムも入れない。
 美奈子先生が好きなのは寒いときに体が暖まるウィスキー・ティー。
 でも、美奈子先生が実際に飲んでいる紅茶はアルコール度数が軽く二十を超えていた。
 つまり、ウィスキーの紅茶割りなのだよ。
 そんなわけで大量のアルコールが入った美奈子先生は、美術室の窓ガラスが割れたこと
にも、超研部員が学校に集合していることにも、深雪が葉平に連れ去られたことにも気付
かない。
 美奈子先生に付き合わされた亜梨沙先生は既に深い眠りに落ちている。
 宿直している意味があるのかな?

 葉平に連れ去られた深雪は後ろ手に縛られて新校舎の屋上に座らされていた。
 と言っても、葉平は深雪を手荒に扱ってはいないよ。
 縛られた腕が痛くないか訊ねたり、深雪が座る場所にハンカチを敷いたり、まるでお姫
様をもてなすような丁重さで応対していた。
 フェミニストの葉平は、女性には紳士的に振る舞うのだよ。
 そんなわけで差し迫った危険がないと判断した深雪は、コンマ三秒で縄抜けできるのに
捕まったフリをしていた。
 葉平が深雪の正体に気付いていないのなら好都合。
 忍者刀は超研本部に置いて来たけれど、改造セーラー服の隠しポケットには物騒な物が
いくつも入っている。
 背後からサクッと殺っちゃおう。
 でも、その前に九ちゃんの言い分も聞いておくでござるか。
「あ、あの……九尾さん」
 不安に怯える美少女の声色で呼び掛ける深雪。いつの間にか自己催眠を使わなくても演
技ができるようになっている。
「何でしょうか、深雪さん?」
 振り返って深雪に応える葉平。
「九尾さんは、どうして風間さんを呼び出そうとするのですか?」
「それは、あの者が陰でこそこそと妨害を仕掛けてきたからですよ。向こうが手を出さな
ければ僕も放っておくつもりでしたが」
 本当に風間殿を忍者と思っているのでござるな。
「風間さんが、何を邪魔したのですか?」
「詳しいことを話すことはできませんが……遠い昔に失ったものを取り戻すこと、と理解
して下さい」
 七不思議の方々が封印している妖力のことでござるか?
 しかし、それだけにしては、寂しそうな顔でござる……。
「それを取り戻して、九尾さんはどうするつもりですか?」
「どうもしませんよ。この心の喪失感を埋めることだけが、僕の願いですから」
「心の、喪失感?」
「……いえ。少し話し過ぎましたね。聞き流して下さい」
「はぁ」
 なんだか悪い妖怪とは思えないでござる。
 哀愁漂う葉平の横顔を見てそんなことを感じた深雪。
 しかし、演技しているだけかも知れないでござるから、信用するのは早計でござるな。
 九尾の狐と言えば、日本では玉藻前という女官に化けて鳥羽上皇に近付こうとした白面
金毛九尾狐の話が有名。
 その九尾狐は陰陽師である安倍泰成に正体を見破られ、最後は八万の軍勢に攻められて
殺生石になったけれど、同じ狐の妖怪だったら人を騙すのが得意なことも同じはず。

 カツ、カツ、カツ

 その時、階段の方から足音が昇ってきた。
「ふん。来たようだな」
 葉平は男と話すときの口調に戻って振り返る。
「まさか、本当に風間さんが?」
 一方の深雪は驚きを隠せない。
 深雪は小太郎のことを、カエル妖怪に追いかけられて気絶する極度の怖がりだと思って
いた。
 だから、小太郎が助けに来るなんて期待していなかった。
 期待していなかったはずなのに……。

 ギィィィ

 やがて屋上の扉が開いて小柄な人影が現れた。
「風間さん!」
 深雪は瞳を輝かせて喜びの声を上げる。
「ハァーイ」
 やってきたのは小太郎ではなく、セーラー服を着た金髪碧眼の白人女性だった。
「え゛……?」
 予想外の事態に発音不可能な声を出す深雪。
 思わず『風間さん!』なーんて大声を出しちゃって恥ずかしいったらありゃしない。
「あ、貴女は、留学生のフローレンスさんではありませんか」
 一方、葉平は驚きながらも、突然に現れたその女性に名前で呼びかけた。
 全校生徒(女子限定)の顔と名前を完璧に記憶している別の意味で恐るべき九尾葉平。
 それはさておき。
「貴女が何故このような場所に?」
 葉平は平静を装ってフローレンスに訊ねる。
「ミユポンちゃんが誘拐されたって聞いて、心配だから様子を見に来たの」
「それは、できれば遠慮していただきたいのですが……」
「イイでしょ(は〜と)」
 ウィンクと共に目元から飛び出したハートマークが葉平の心を揺さぶる。
「仕方ありませんね。しかし、彼女は大切な人質なので逃がさないようにして下さい」
 葉平は冷静な判断力を失って警戒心を解いてしまった。
「サンクス」
 フローレンスは葉平に再びウィンクすると踊るような足取りで深雪の方へ歩いていく。
 葉平は気を取り直して再び小太郎の到着を待った。
「グッナイト、ミユポンちゃん」
「こんばんは。――と、どうしてわたしのことを?」
 隣に座って妙に親しげに話しかけてきたフローレンスに訊ねる深雪。
「もっちろん知ってるわ。ミナちゃんティーチャーとスイミングで勝負したでしょ。ワタ
シはD組のフローレンス。フローラって呼んで」
「はい。解りました、フローラさん。……フローラ? まさか」
「イェース。留学生のフローレンスさんは世を忍ぶ仮の姿。その実体は、三本松ハイスク
ール・セブンミステリーズのナンバーシックス。トイレのフローラさんよ。ぶい」
 無意味にVサインする彼女が七不思議の六番目、トイレのフローラさん。
 どうして花子さんじゃないの?
 金髪碧眼の外国人だからだよワトソン君。
「いつもは留学生のフリしてるんだけど、今夜は特別ね。事情はリョーコちゃんに聞いた
から……はい、ミユポンちゃんのニンジャ・ブレード」
 フローラは自分の長い金髪に隠れた背中から忍者刀を取り出して、そのまま背中越しに
深雪へ手渡した。
「あのハンサムボーイ――葉平くんだっけ?――を、やっつけようってことになったの。
ミユポンちゃんが誘拐されたのは予想外だったけど、ミユポンちゃんを一般ピープルと思
い込んでいるなら好都合って、リョーコちゃんが作戦を立てたの」
「そうでござるか」
 フローラに応えながらチラリと葉平の様子を伺う深雪。
 誇り高い葉平は女性のヒソヒソ話を盗み聞くなんて下品なことはできないから、深雪た
ちの会話にも行動にも気を配っていない。小太郎の到着を待って精神統一しているようだ。
「その作戦とは?」
「もうすぐムサシくんが来て葉平くんを旧校舎まで誘い出すから、ミユポンちゃんは陰か
らムサシくんのサポートをしてほしいの」
「なるほど。判り申した」
「途中で作戦がバレちゃったらムサシくんを盾にしてエスケープしてもイイからね」
 なかなかヒドいことを言うトイレのフローラさん。
「承知したでござる」
 あっさり了承する非情の女忍者深雪。
「しかし、旧校舎に誘き出してどうするつもりでござるか?」
「それは見てのお楽しみ(は〜と)」
 フローラは人差し指をピンと立ててパチッとウィンク。ハートマークが飛び出した。
 妖術、魅惑のウィンク。
 相手をドキッとさせて冷静な判断力を奪う効果がある。
 葉平もこれでコロリとダマされた。
 でも、魅惑のウィンクは男性にしか効果がないから深雪には無効。
「ところでフローラ殿。風間殿が何をしているか知らないでござるか?」
「カザマって……あっ、リョーコちゃんが言ってたミユポンちゃんの恋人ね(は〜と)」
「ち、違うでござる。か、かかか、風間殿とは、そのような関係では」
「はいはい。そのコだったら、バトルに巻き込まれると危ないからムサシくんが追い返し
ているはずよ」
「なっ!? 人間に妖怪の存在を知られては不味いのでは……?」
 動く銅像が小太郎たちの前に姿を見せたときの状況を予想して心配する深雪。
 幽霊が怖い小太郎だったら気絶してくれるかも知れないけれど、佐和子に見つかったら
逆に追い回されてしまう。
「ダイジョブよ。ムサシくんも人間にトランスフォームできるから」
「そうでござったか」
「ちょっとオールドファッションになっちゃうのが欠点だけどね」


 で、深雪を欠いた超研メンバー四人。
 剣道部員小太郎、柔道部員大介、オカルトオタク佐和子、占い師才瑚の順に昇降口を抜
けて新校舎の廊下を走っていた。
 どんなに足音を立てても宿直の美奈子先生アンド亜梨沙先生は酔いつぶれているので呼
び止められることはない。
「待てい」
 ところが、先陣を切って疾走していた小太郎の前に一人の男が立ちふさがった。
 彫りの深い精悍な顔をした男性だ。
 夜の学校にいるだけでもに怪しいけれど、それより問題なのはその格好。
 擦り切れた袴。髪もボサボサ。まるで時代劇に出てくる素浪人みたいだ。
 腰帯には刀を二本も差している。
 ――って、刀?
「おじさん……誰?」
 同じく刀を差している小太郎が訊ねる。
 すると男は鋭い眼光を飛ばしながら答えた。
「拙者の名は、ムサシ」
 もう解ったね?
 宮本武蔵の動像ムサシが人に化けた姿だよ。
「一部始終は聞き及んでおる。深雪殿のことは拙者に任せ、早々に立ち去るのだ」
 通せんぼしながら小太郎に告げるムサシ。一般人を妖怪対妖怪の壮絶バトルに巻き込む
わけにはいかないのだよ。むしろ小太郎たちが来ると邪魔になる。
 でも、葉平が妖怪だなんて事情を知らない小太郎は、深雪が指に巻いてくれたバンソー
コを見て意を決した。
「おじさんが誰か知らないけど、有賀さんは僕が助ける」
「熱いぞ、コタロー」
「今夜は熱帯夜ね」
 後ろで大介や佐和子が冷やかしているけれど、それは無視。
「ともかく、僕は行くよ」
 小太郎はムサシの脇を擦り抜けて階段を駆け昇った。
「待てと言っているのが解らぬのかっ」
「待つのはおっさんの方だ」
 小太郎の襟首をつかもうとしたムサシの腕を取って一本背負いを仕掛ける大介。

 ドンッ

 と倒れたムサシの首に足を掛け、すかさず腕ひしぎ十字固め。
 さすがは柔道部員。技の連携が素早い。
 才瑚が後ろでパチパチと拍手している。
「クマ!」
「いいから行け、コタロー」
 足を止めて振り返った小太郎に、腕ひしぎ十字固めの体勢のまま大介が言う。
「解った、そっちは頼む」
「おう。任せとけ」
 男の友情。
 大介の心意気を酌んだ小太郎は階段を駆け上り、やがて足音も聞こえなくなった。
「ええい! 離せ、離さぬかっ!」
「コタローは刀を持てば案外強いんだ。ここは黙って行かせてやれよ、おっさん」
「拙者はまだおっさんでは――などと言っておられぬ。早く止めなければ……!」
 暴れるムサシ。
 でも、左腕の関節がカンペキに極まっているから簡単には外せない。
「ぐっ……! このムサシ、七不思議の長として人間に負けるわけにはゆかぬ!」
 ムサシは妖怪の腕力で力任せに腕ひしぎ十字固めを破ろうとした。
 ところが、
「今の言葉、聞き捨てならないわね」
 佐和子がムサシの鼻先にドラゴンキラーを突き付ける。
「今、確かに『七不思議』って言ったわよね。どういうことか説明してもらえる?」
「しまった……!?」
 せっかく人に化けているのに、自分でしゃべっていたら意味がない。
 口は災いの元。おしゃべりは厄介の元。
「話してちょうだい、オジサン」
「……」
「拷問は好きじゃないんだけど?」
「…………」
 佐和子の強迫に沈黙を守るムサシ。元が銅像だからどんなに痛い拷問にも耐える自信が
ある。
「仕方ないわね。――サイコ、いつものアレを」
「……コレですか?」
 言われた才瑚が取り出したのは一本の羽根ぼうき。どーしてそんな物を持ち歩いている
のか聞いちゃダメだよ。
「そうそう、それ」
 羽根ぼうきを受け取り、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる佐和子。
「ま、まさか……!?」
 それを見たムサシの表情が驚愕の色に塗り替えられた。
 逃げようにも大介がしっかり関節を極めている。
「くすぐりの刑に処す」
 小さな羽根ぼうきは恐るべき拷問器具へと変貌した。


「誰もおりませんな」
 無人の美術室にやってきたセバスチャン。
 肖像画のルビィは深雪が助け出して今は旧校舎だし、葉平は小太郎を誘き出そうと新校
舎の屋上で待っている。
 だから、美術室には人っ子一人いない。
 窓が割れているから何かあったんだろうと予想できるけれど、セバスチャンは事情を知
らない。
「この私に断りもなく何をしているのでしょうか、葉平は」
 プンプンと怒りながら美術室を出ていった。
 あれれ? 葉平『様』って言わないの?


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