1 時間は跳んでいきなり放課後。 深雪と小太郎の二人は、年中無休の超研本部に顔を出すため旧校舎へ向かっていた。 小太郎は超常現象研究なんてどうでもいいんだけれど、深雪が行くから付いていく。 「それにしても、有賀さんって見掛けによらず水泳が上手いんだね。ビックリしたよ」 「そんなことはありませんわ。偶然です」 深雪はリョーコ(美奈子先生)との水泳勝負のことを言われる度に『偶然』で誤魔化し ていた。 カエル跳びターンなんて常人にできるわけがない。人前であんなことしたのはマズかっ た。 三本松高校の生徒はみんなお気楽だから気付いていないけれどね。 「偶然でもあれだけ泳げるんだったら水泳部に入ればいいのに」 「でも、超常現象研究部もありますし」 「そっか。有賀さんって本当に超常現象に興味があったんだね」 「それほどでもありませんわ」 謙遜(?)する深雪。 一方、小太郎は笑顔を向けられてドギマギ。 やっぱり有賀さんって可愛いなぁ。 女性の涙が一発KOのアッパーカットならば、女性の笑みは体に重く響くボディーブロ ーのようなものだ。初めは効果がなさそうに見えてもダメージは確実に蓄積し、気付いた ときには二度と立ち上がれなくなっている。 なんちゃって。 「風間さん。部室はここですけれど」 「あっ」 廊下を行き過ぎ慌てて引き返す小太郎。 「あんまり来ないから良く覚えてないんだよね。ははははは」 言い訳しながら扉を開けた。
ガラガラ
「あれ? サワタリは?」 部室にいたのは占星術の本を開いている才瑚だけ。柔道部員が本職の大介はいなくて当 然だけれど、佐和子までいないのは珍しい。 「もしかして保健室爆破事件の真相究明中?」 保健室がグチャメチャになった件は、戸棚の薬品が化学反応を起こして爆発したという ウソっぽい公式見解が発表されて、深雪と佐和子と由香里先生以外は納得している。 「……保健室の調査は、昼休みのうちに終わらせたみたいです」 「では、どうなさったのですか?」 「……秘密道具を持ってくると言って、一旦家に戻りました」 「秘密道具?」 「……詳しいことは、知りません」 「ふーん。――じゃあ、どうしようか、有賀さん。サボって帰る?」 「そうですわね。――霧島さん、猿渡さんが戻って参りましたら、そうお伝え下さい」 相変わらずホロスコープを見ている才瑚に言付けを頼む深雪。 小太郎と一緒に帰りたいのかな? いやいや。そんな乙女心じゃないんだよ。 深雪は早くアパートに帰って『甘えん坊将軍』(時代劇)を見たいだけ。
その頃。 やっぱり屋上にいる葉平とセバスチャン。 葉平はその身に赤い夕日を浴び、腕組みしながら佇んでいる。 長い影で揺れる尻尾は四本に増えていた。 と言っても、葉平は尻尾の数を確認しているわけでも日光浴をしているわけでもない。 ただカッコつけているだけ。 でも、カッコイイと言ってくれる女の子は一人もいないから、葉平は諦めて後ろの老紳 士に呼び掛ける。 「セバスチャン」 「何でございますか?」 「今日の情報収集はかなりの収穫があったぞ。七不思議のうち四つまで調べ上げた」 「おお。流石は葉平様でございますな」 「ふん。僕の手に掛かればこんなものだ」 セバスチャンに褒められてちょっと誇らしげな葉平。ブタもおだてりゃ木に登る。 「では葉平様。その四つとは、具体的にどのようなものでございますか?」 「まず一つは美術室の肖像画だ。目から怪光線を放つらしい」 「怪光線でございますか?」 「聞いた話によると、厚さ十五センチの鉄板を易々と焼き切る威力があるそうだ」 「なんと。それは怖ろしいですな」 ブルブルと身を震わせるセバスチャン。 でも、うわさを信じちゃいけないよ。こういう話はすぐに尾ひれが付いて一人歩きする んだから。 「そして、二つ目はプールに現れる亡霊だ。時折、人間に憑依して泳いでいるらしい。今 日も女生徒に取り憑いてカエル跳びターンなどという馬鹿げた泳ぎ方をしていたそうだ」 本当に取り憑かれたのは美奈子先生なんだけれど、一部の女子の間ではそういうことに なっていた。 佐和子の耳に入っていたら深雪に根掘り葉掘り尋問していたことだろう。 「ほほぅ。プールとは盲点でございましたな。――それで、残り二つは?」 「三つ目は例のピアノ、四つ目は骨格標本と人体模型だ」 「ふうぅ。その情報はもう必要ありませんな」 セバスチャンは溜息を吐きながら首を振る。 「貴様に言われなくともわざわざ説明せん」 ちょっとムカついた葉平はチラリと振り返って怖い視線を向けた。 「……まぁ良い。貴様はプールを見張れ。僕は美術室へ向かう」 「承知いたしました、九ちゃん」 「その名で呼ぶな」
ベチンッ(鉄扇)
一方、超研をサボった二人は帰宅中。 小太郎には剣道部の練習もあったのでダブルサボり。 「ところで有賀さん。これからどっか寄っていくの? 買い物だったら荷物持ちするよ」 「いえ。今日は真っ直ぐ帰ろうと思います」 「そっか。――あ、もしかして、見たいテレビでもあるの?」 何気なく訊ねる小太郎。 「はい。将軍様を」 思わず答えてしまう深雪。 「将軍様?」 「あっ……」 深雪は激しく後悔した。 将軍様と言ったら、テレビ番組『甘えん坊将軍』のことに決まっている。 堅苦しいことが嫌いな将軍様が城を抜け出して、困っている庶民を助けたり、得意の剣 術で悪人を懲らしめたり、美人と評判のお絹ちゃんに甘えたりするストーリー。最近はお 絹ちゃんに熱烈なアタックを仕掛ける同心まで現れて将軍様大ピンチなのだ。 君も見たいと思ったかな? でも、『甘えん坊将軍』の視聴者は六十歳以上のご老人ばかり。 十六歳の女の子が時代劇を見ているなんて知られたら笑われてしまう。 「いえ、冗談ですわ。本当は『プロジェクトZ』を――」 「隠さなくてもいいって。『甘えん坊将軍』でしょ?」 「は、はい。……あの、笑わないのですか?」 「どうして?」 「時代劇なんて、お年寄りの見るものでしょうから……」 「そんなことないよ。僕も見てるし」 「風間さんも?」 驚きと喜びの入り混じった声で小太郎に確認する深雪。 「うん。そうだよ」 小太郎の言葉に嘘はない。小太郎も見ているのだよ、『甘えん坊将軍』も『江戸黄門』 も。 「有賀さんは、『甘えん坊将軍』の中では誰が好きなの?」 共通の話題が見付かって上機嫌の小太郎が深雪に訊ねた。 「はい。わたしは、将軍様を陰ながらお守りする女忍者の皐月さんを応援しています」 深雪もすっかり舞い上がって思わず正直に答えてしまう。 「風間さんは?」 「僕はやっぱり将軍様かな。特に殺陣のシーン。悪人の手下をバッタバッタと切り倒すと ころ」 「そうですわね。まるで本当に剣の達人のようですから」 忍者の目で見ればトロトロした動きだけれど素直に称賛する。だって好きなんだもん。 「ただ、僕もとしては、あの刀だけは嫌なんだよ」 「刀ですか?」 「うん。お芝居だから仕方ないとは思うけれど、もっとリアルな刀を使ってほしいんだよ ね。見る人が見れば偽物ってことがすぐに判っちゃうから」 「風間さんは意外と細かいところまでご覧になっているのですね」 小道具にまで注文を付けるのは厳しいのではないかと思った深雪が言うと、小太郎は当 然のように応えた。 「そりゃそうだよ。僕は刀剣マニアだからね」 刀剣マニア。 白刃のきらめきをこよなく愛する特殊な性癖を持つ人々の総称。刀剣の機能美に魅せら れた彼らは、歴史的・芸術的価値を重視する刀剣コレクターとは一線を画す。 オカルトオタクとは別の意味で近寄りがたい存在。 「と、刀剣マニア、でございますか」 忍者も刀を使うけれど、侍と違って刀に特別な思い入れは持たない。 しかし、せっかくできた時代劇愛好仲間でござるから、風間殿の趣味も認めて差し上げ たいところでござる……。 「刀剣マニアと言いますと、ご自宅に刀剣を飾ったりなさっているのですか?」 「うん。もう二十本くらいあるかな。日本の刀はもちろん、中国の偃月刀とか西洋のサー ベルとか。珍しいところでは、日本刀なのに刀身が真っ直ぐの忍者刀もあるよ」 「に、忍者刀……」 一瞬ドキッとした深雪だけれど小太郎は気が付かずしゃべりまくる。 「あっ、勘違いしないでね。全部イミテーションで斬れないんだよ。でも、手にズッシリ くる重さは本物だし、先月届いたダマスカスソードなんて刀身に浮き出た紋が怖いぐらい リアルで思わず試し斬りしたくなっちゃったよ。斬れないんだけど」 試し斬りしたくなるのが刀剣マニアの証。 「でも、日本刀の冴え冴えする美しさにはかなわないかなぁ。僕が剣道を始めたのも日本 刀が好きだからなんだよね。通販で買った正宗の模造刀があるんだけど、それが惚れ惚れ する出来映えでさ。あ、正宗って知ってる? 鎌倉後期の刀工、岡崎五郎正宗が――」 「か、風間さん。もうアパートに着きましたわ」 「えっ? あ、本当だ」 タイミング良くアパートに到着し、世界の終末まで続くかと思われた小太郎の刀剣談義 はひとまず中断。 「ごめんね、有賀さん。僕ばっかりベラベラしゃべっちゃって」 「いえ。面白いお話を聞けて良かったですわ」 小太郎と深雪はそれぞれの部屋へ入っていった。
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