「妹の誕生日?」 「うん。あたしの妹、菫の誕生日がバレンタインデーなの」 いつものように事務所に顔を出した藤宮茜が風見孝司と喋っていた。 卒業後の進路が決まり高校の出席日数も足りている茜は、新学期までの長期休暇のほぼ毎日、この事務所に顔を出している。 孝司が食べようとしている和菓子は茜の御土産、浅草堂の唐辛子外郎だ。 「バレンタインが誕生日だとチョコレートをもらったりするのかな?」 「うん。毎年もらってるよ。菫、カッコイイから」 「本当にもらっているんだ」 冗談のつもりだったのだが、どうやら真実を言い当ててしまったらしい。孝司は心の中で苦笑し、唐辛子外郎を口へ運ぶ。 「それでね、菫の誕生日パーティーするから朔也さんも来てね」 「俺が?」 唐突に話を振られた相羽朔也、AIBA除霊サービスの社長が新聞から顔を上げた。社長と言ってもまだ若く、茜と五歳も違わない。 「いや、俺はパーティーのような騒がしいところは」 「来てね(はぁと)」 朔也の辞退の言葉を遮って、茜は語尾にハートマークが付くような調子で念押しをする。満面の笑顔を浮かべる彼女に逆らえる者はそうそう居ない。 かつての朔也は茜の笑顔に耐性があったのだが、最近ではその耐性も崩れかけている。雨垂れが岩を穿つように。 「……」 朔也は自分に向けられる笑顔から視線を逸らし、孝司に向けた。助けを求めたのかも知れない。 しかし、孝司は口に含んだ唐辛子外郎の辛さに身悶えしているだけだ。 デスクを挟んだ向かい側に居る二人の社員、高崎健吾と九条聖美も、外郎の辛さを話の種に談笑している。 朔也が辛いものを苦手としていることを知りながら唐辛子外郎を持参した茜の意図はこれだったのか? (まさか、な) ふと脳裏に浮かんだ考えを一笑して茜に応える。 「分かった。少しだけなら良いだろう」 「それじゃ、未来のパティシエがお菓子を沢山作って待ってるね(はぁと)」 「パティシエール、だろう」 「あ、うん。そう、パティシエール」 茜が洋菓子職人になるため調理師の専門学校へ通うことを決めた理由は、半分は朔也のためだ。 半年前まで「お花屋さんかケーキ屋さん」と漠然と考えていた彼女が、朔也が甘い物好きと知ってからは真剣に菓子職人になることを考えている。 動機はいささか不純であるが、彼女が専門学校を卒業後に考案する創作菓子「朔の月」が地元テレビ局で取り上げられるほどの評判を博すのだから、人生というものは分からない。 「いいのかい? 折角のバレンタインに朔也と二人きりになれなくて」 唐辛子外郎の辛味から脱却した孝司が今になって会話に復帰した。あるいは、二人の邪魔をしてはいけないと気を使っていたのだろう。 「年に一度の、可愛い妹の誕生日だもん。それに、妹たちに早く朔也さんを紹介したいし」 「おやおや。もう逃げられないよ、朔也」 「そうだよ。朔也さん、すぐ逃げちゃうんだもん。家の前まで送ってくれても、一度も家の中に入ってくれないんだから」 「ぶはっ」 茜の言葉に紅茶を吐き出しそうになったのは、もちろん朔也だ。 珍しい朔也の失態に健吾と聖美も注目する。 「朔也、茜ちゃんを家まで送っていったりしてるのか?」 「意外と進展しているようですね」 「……チッ」 軽く舌打ちする朔也の口元が緩んでいたのは、見間違いではないだろう。 「せっかくだから健吾さんも来てね。聖美さんも一緒に」 「そうだな。皆でパーティーって言うんなら顔を出すか」 「そ、そうですね」 バレンタインデーに健吾と会う口実が出来た聖美は目配せで茜に感謝した。茜はウィンクで聖美に応える。 と、その前に孝司が回りこんだ。 「僕は誘ってくれないのかな?」 「孝司さんは来なくていいの。お姉ちゃんが心配だから」 「あっ、女子大生のお姉さんも来るんだね。いいな、女子大生」 「だから孝司さんは駄目なの!」
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