流れ星にお願い


(1)

「あら、萌ちゃん。その猫、拾ってきたの?」
「はいぃ。飼っても良いですかぁ?」
「家で飼うの? そうね。茜と菫はどう?」
「あたしはオーケー」
「ボクもイイよ」
「それなら、萌ちゃんがしっかり面倒を見てあげるのよ」
「はいぃ。解っていますぅ、お母様ぁ」
 私が目覚めたとき、耳元ではそのような会話が為されていた。未知の言語だったが思念
波を読んで意味は理解している。私はこの星に棲む下等動物『猫』と見なされ、原住民の
幼体に飼育されることになったらしい。
「それではお部屋に連れていきますぅ」
 私は原住民に抱えられて住居の上層へ運ばれながら、今の状況に陥った理由を思い出す。
 私の乗っていた脱出ポッドが人工衛星の破片らしき浮遊物に衝突し、着陸予定地点を大
きく外れたばかりか、その衝撃で私は気を失ったのだ。ガス交換のためカプセルが開いた
ところをこの原住民に拾われたのだろう。
 さて、これからどうするか?
 原住民から不審に思われる前に姿を消すか、下等動物に成り済まして原住民の保護を受
けるか。
 発展途上星への介入を防ぐためには即刻立ち去るべきだが、この星に関する知識を持た
ない今は、『猫』を演じるのも良いか……。
「まず初めにお名前を聞きましょうぅ」
 私を膝に乗せた原住民が視力矯正用と思われるレンズ越しに私の顔を覗き込む。
「あなたの名前は何ですかぁ?」
 …………。
「答えないつもりですかぁ?」
 どう答えろというのだ? 思念波で答えて私の正体を知られるわけにはゆくまい。
「テレパシーくらい使って下さいぃ」
 なっ!? この星の原住民は私の精神防壁を突破する程の精神感応能力を持っているの
か?
 ……考え過ぎだな。
「それでは勝手に名前を付けてしまいますよぉ」
 勝手に付けてくれ。所詮は仮の名だ。
「宇宙から来たので『宇宙くん』はどうですかぁ?」
(それはやめてくれ)
「やっぱりテレパシーが使えるのですねぇ。流石は宇宙猫ですぅ」
 うっ……。思わず思念波が出てしまった。
 しかも、この原住民は、私がこの惑星の生物でないことを認識しているらしい。
 ここはやはり……逃げるか。
「わたしとお話ししましょうぅ」
 私の思考を読み取ったわけではないのだろうが、原住民は私を逃がさぬように自分の前
脚――いや、腕と呼ぶべきか――で私の身体を捕らえた。
「お話してくれないと、やっぱり『宇宙くん』にしてしまいますよぉ」
 ……どうやら観念するしかなさそうだな。騒がれては今後の行動に支障が出る。
 それに、相手は原住民の幼体一人。私の正体を知ったところで大きな問題にはなるまい。
(私のことはリューンと呼んでもらおう)
 私を抱き締める原住民に、私は思念波で名乗った。
「リューンくんですかぁ。格好良い名前ですねぇ」
 個人名を思念のみで伝えるのは難しいのだが、どうやら解ってもらえたようだ。
(名前を褒められたのは初めてだな。――それで、君の名は?)
「わたしは萌ですぅ。萌葱色の萌ですよぉ」
(人名を未知の言語で説明されても困るのだが……ともかく、『萌』と呼べば良いの
か?)
「そうですぅ。――と言うかぁ、言葉が解らないのにどうしてお話しできるのですか
ぁ?」
(君の表層思考を読み取っているのだ。言語は理解できないが、意味は概ね推察できる)
「そうなのですかぁ。それではぁ……」
 萌はそこで言葉を切った。――いや。違う。
(わざわざ声に出さなくても良いのですね?)
 萌は私に思考を読まれていることを承知で、伝えたい考えを脳裏に思い浮かべたのだ。
(ふむ。萌は賢いな。こちらの方が意思疎通が早くて良さそうだ)
(わたしは舌足らずですから、しゃべると話が間延びしてしまうのです)
 萌は思考のみで告げると私を床に降ろした。
(それで、リューン君は地球に何をしに来たのですか?)
(うっ……)
 萌はいきなり核心を突いてきた。私個人のことならば(彼らの文化に影響を及ぼさない
程度のことは)話して構わないと思っていたが、来星目的を話すことは服務規定に反する。
(あっ。判りました)
 私がどう答えるべきか迷っていると萌が何かを察した。
(地球征服計画の尖兵として破壊工作に来たのですね)
(それは違う。決して違う。断じて違う)
(違うのでしたら何のために来たのですか?)
(……人捜し、のようなものだ)
 困った私はしばし考えてから萌に答えた。正確ではないが間違ってはいないはずだ。
(今すぐ捜しに行くのですか?)
(いや。できることならば、私がこの星の環境や文化に慣れるまで、しばらく君の元に置
いてもらえればと思っている)
(しばらくですか?)
(いつまでも長居をするつもりはないし、気に入らなければ途中で追い出しても構わな
い)
 萌が負担を感じぬよう、私は言葉を続けた。
(私は君に飼育される愛玩動物『猫』を演じるので、君もそれに協力してほしい。私が求
める条件はそれだけだ)
(……それでは、わたしからも一つだけお願いします)
(何だ?)
(わたしがリューン君の名前を呼んだら『ニャン☆』と鳴いて下さい)
(……は?)
(聞き取れなかったのですか? 『ニャン☆』ですよ)
(そ、それは……『猫』の鳴き声か?)
(その通りです)
(……その、『☆』まで含めて鳴き声なのか?)
(いいえ。それはわたしの趣味です)
 萌は私の意見に全く譲歩せず目を細めた。これが萌たち種族の笑顔なのだろうか。
(しっかり『ニャン☆』と鳴いて下さいね)
(思念ではなく音声で『☆』を表現するのは難しいと思うのだが……)
(それでは練習しなくてはいけませんね)
 私を持ち上げ目線の高さを合わせた萌は、今度は声に出して言う。
「早速、練習してみましょうねぇ。お返事して下さいぃ」
「…………」
「どうしたのですかぁ、リューンくん? 『ニャン☆』ですよぉ」
 萌からは隠しようもない喜びの感情が発せられている。
 だが、これは『猫』に成りきるための訓練なのだ。決して遊びではない。
 私は自分にそう言い聞かせて誇りを捨てた。
「……ニャン」
「『☆』がありませぇん。心を込めてもう一度ですぅ」
「…………ニャン」
 どうにでもなれ、銀河警察機構独立広域捜査室所属・第一級確定刑務執行官の誇りなど。

 照準設定。発射。……ミス。
 私の航宙機から放たれた荷電粒子を、〈奴〉が操る航宙機は直角に曲がって避けた。
 そのような芸当が出来ない私の航宙機は放物線を描いて〈奴〉を追う。そうはさせじと
単波激光砲がこちらを狙ってきたが、私は衝撃緩和液の中で瞬時に回避命令を出す。
 射線を外された不可視域の光線は虚空の闇へと吸い込まれて消えた。
 ――それは、いつもの任務だった。
 とある犯罪者を捜し出し、逮捕・連行、あるいは抹殺する。ただ一つ珍しいことを挙げ
るとすれば、追い詰められた犯罪者が航宙機を奪って逃亡したことだろう。
 その追跡に出た私は、銀河辺境の未探索の恒星系付近を光速の〇・九七パーミルの速度
で飛行していた。
 私の機体は真空からエネルギーを汲み出し無限の推力を得る相転移炉式亜光速巡航機。
思念制御のこの航宙機は、操縦・索敵・攻撃・回避などの操作を全て私一人で行える。
 一方、私が追う球形の機体は、周囲に展開したフィールドと空間の反発力によって推進
する力場推進式高機動戦闘機。慣性を無視した急停止・急転回が可能であり、近接戦闘で
は無類の強さを発揮する。
 もっとも、〈奴〉が奪った機体はほとんどの装備が外されていたため、散発的に射って
くる激光砲にさえ注意すれば怖れることはない。それに、戦闘機が無補給で航行できる距
離には限りがある。元から長期の連続航行が想定されている巡航機とは違い、戦闘機は航
宙母艦での補給と整備が不可欠なのだ。そろそろ力場発生装置が過負荷に音を上げる頃だ
ろう。
 加速度と時間の乗数が速度となる通常の推進機関に比べて、力場の強さが最高速度にな
る力場推進機関は長距離を航行する際の効率が悪い。慣性を無視して移動できる力場推進
式航宙機の唯一絶対の弱点だ。
 私は相転移炉の出力を上げて一気に加速し、〈奴〉が乗る機体を再び射程に捉えた。
 照準設定。発射。……ミス。
 続けて発射。……目標の砲座に命中!
 荷電粒子の光条を受けた激光砲は小爆発を起こして四散する。それと同時に、球形の戦
闘機は不安定な動きを見せ、やがて慣性移動を始めた。エネルギーラインに接続していた
砲座を破壊され、抑制しきれなかった過電圧が力場発生装置に止めを刺したのだろう。
 あとは〈奴〉に投降を促し、素直に従えば逮捕連行。従わなければ即時抹殺。どちらの
場合も、その後は空間転移してくる航宙母艦に回収してもらうのを待つだけだ。
 私は戦闘機へ向けて思念波による降伏勧告を送った。
 が、返答がない。これが一番困る対応だ。
 一度は逃走した相手なので沈黙を降伏拒否と見なしても私が罪に問われることはないだ
ろうが、この場合は戦闘機の思念波通信機が故障している可能性もある。私が法の守護者
である以上、どんな犯罪者であっても降伏の意思を確かめる前に攻撃を加えてはならない。
 私は無駄と思いつつ、〈奴〉が乗る機体に相対速度を合わせ、再び降伏勧告を送った。
 戦闘機が自爆したのはその時だった。


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