幻影怪盗バイオレット


 デパートの六階、特別イベント用の小ホール。
 今月の催しは世界の真珠を集めた展示即売会。世界中の様々な真珠を一堂に展示してあ
る。
 とはいえ、今の不景気に真珠を見に来るような物好きは、暇を持て余す有閑マダムの集
団か、人目もはばからずにイチャつくバカップルだけ。集客効果は今一つだ。
 ところがここに奇妙な三人組が現れた。
 高校生の男子が一人。同じく高校生の女子が一人。やっぱり高校生だけれど性別不詳な
者が一人。
 しかし、覆面を被っているわけでも、散弾銃を構えているわけでも、人質の首筋にナイ
フを突き付けているわけでもないので、入口に立っていた警備員は無警戒。
 ただ、性別不詳な者が背負っているリュックの隙間からウサギのような長い耳が飛び出
してヒョコヒョコ動いているのは警備員も気になった。最近のオモチャは良くできている
と思って三秒後には忘れたけれど。
 ともかく高校生三人組は『回』の字を画くように配置された展示ケースを眺めてゆく。
「へえぇ。真珠って丸いのだけじゃないんだな」
「そうだね」
 武雄が指したガラスケースの中身、水滴のような形の淡水真珠を見て菫はうなずく。
「白だけでなく、黒や金やピンクの真珠もありますわ」
「本当だね」
 愛美が腕を引いて連れてきたケースには色とりどりの南洋真珠が並んでいた。
 強引な愛美に負けじと武雄は再び菫を呼んで興味を引く。
「こっちの半球になってる真珠のブローチはけっこう安いぞ。……も、もし良かったら、
菫に買ってやろうか?」
「そんな女っぽいのはボクに似合わないよ」
 武雄の財政事情から考えればかなり無謀な申し出だったのだけれど、そんな男心を解さ
ない菫は即座に遠慮した。
「その通りですわ。こちらの黒真珠の方がシックな装いで菫お姉様にピッタリです」
「あ、これなら服の組み合わせ次第で色々と使えそうだね」
 二人が買う気もないのに楽しく言い合っている黒真珠は武雄の経済状況ではとても手が
出せない。
「ところで、あっちには何があるんだ?」
 敗北を悟った武雄は展示室の中央に置かれた一際目立つケースを指して話題を変えた。
「真珠の拡大模型じゃないのかい?」
 ケースの中に二つ並んだ大きな白い玉を見て菫が言うと、
「惜しいですわ、菫お姉様。あれは真珠展の目玉になっている大粒真珠のイヤリングで
す」
 愛美は菫の推測を間違っているとは言わず穏便に訂正する。
 近寄ってみると確かに愛美の言う通り、ケースには一組のイヤリングが展示されていた。
「百年以上前に作られた貴重なイヤリングだそうですわ」
 愛美がイヤリングの下に置かれたパネルの説明を読み上げる。
「へえぇ。値段は?」
「ハプスブルグ家の遠縁に当たる貴族が所有していた由緒ある品で、その貴族が没落した
際に最後まで手元に残していた――」
 武雄の不粋な問い掛けを無視して説明文を読み進める愛美。
「いくらだい?」
 肩をすくめる武雄に代わって菫が改めて尋ねると、
「はい、お姉様。お値段ですわね」
 愛美はパネルの一番下に書いてあった推定価格を見付けて、一の位からゼロの数を指で
確認していく。
「一、十、百、千、万、十万、百万――」
「あ。もういいよ」
 菫は途中で怖くなって聞くのをやめた。
「普通の真珠の二倍以上は大きいから、それぐらいして当然だな」
「そうだね。――愛美、大きさは書いてあるかい?」
「真珠の直径は十九ミリと十九・五ミリ。右の方が少し大きいそうですわ」
「だったら、耳に付けたらバランス悪いかもな」
「と言うか、こんなに大きな真珠をぶら下げたら耳が千切れそうだよ」
 その大粒真珠のイヤリングを、リュックの隙間からディムナがジッと観察していた。


「それじゃ、あの真珠のイヤリングに呪いが掛かっていたんだね?」
 藤宮家の菫の部屋。帰宅して自分の机にリュックを置いた菫がディムナに言った。
「間違いないっス。おいらの魔力探知レーダーがピピッと来たっスよ」
 リュックから這い出したディムナが耳を組んでうなずくと、菫は不審の目を向けた。
「でも、呪われた宝石がそんなにごろごろしているものなのかな? 呪石って魔法で作ら
れたんじゃないのかい?」
「そうとは限らないっス」
 菫の疑問にディムナは耳を組んだまま答える。
「美しい石に魔力が宿る話は昔から世界中で言われてきたことっス。そして、その思い込
みが一種の魔法となって実際に魔力を宿らせるっス。だから、ガラス玉でも魔力を帯びる
可能性はあるんスよ」
「そうなのかい?」
「そうなんスよ。鰯の頭も信心からっス。ルビーには炎の魔力があるとか、アメシストは
心を落ち着かせるとか、細かい違いはあるっスけどね」
「へー。そうなのかー」
「で、その思い込みの中に恨みだとか妬みなんかの負の感情が交じっていると、持ち主や
その周りに不幸を招く呪石になるっス。そして、呪石が不幸を呼べば呼ぶほど、より多く
の負の感情が呪石に注がれて、ますます呪いは強くなっていくんスよ」
「ふーん。それは大変だね」
「そーゆーわけで――」
 そこまで話すとディムナは長い耳を菫の肩にポンと置いた。
「今夜は頼んだっスよ、姉御」
「今夜?」
「帰り際に予告状を警備員の背中に貼っておいたっス。予告時刻はいつも通りに深夜零時
にしといたっスよ」
「エエッ!? 聞いてないよ、急に今夜だなんて」
 自分に相談もなく予告状を出したことに抗議する菫。しかしディムナは取り合わない。
「どうせ盗みに行くなら早い方がイイっスよ。下見は終わってるようなもんっスからね」
「そんな勝手なことをするならボクは行かないよ。何度も言うけれど、ボクはキミに協力
する義理も義務も持ち合わせていないんだからね」
「ええっ!? 呪石を放っておいたらまた誰かが不幸になるんスよ。イヤリングの持ち主
だった貴族が没落したのも、きっと真珠の呪いのせいっスよ」
「そうなのかい? そんな真珠、さっさと手放せば良かったのに」
「ちっちっちっ。甘いっスね、姉御。呪石はその魔力で持ち主を虜にしてしまうんスよ」
 菫の何気ない言葉にディムナは右耳を左右に振った。
「誰だって呪われた宝石なんて嫌に決まってるっス。けど、呪石の魔力に魅了された人は
誰に何を言われても呪石を手放そうとしないっス。だからこそ、あの真珠が誰かを魅了し
てしまう前に、おいらたちが強引にでも拝借して呪いを解く必要があるんスよ。これも世
のため人のためっス」
「……しょうがないなー」
 宝石を盗むことには未だに抵抗があるけれど、世のため人のためと言われては仕方がな
い。正義感の強い菫は諦めて溜息を吐く。
「ボクがやればいいんだね。なんだか乗せられているような気がするけれど」


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