「まるでわたくしと菫お姉様との純愛を描いたような、素晴らしいラブストーリーでした わね」 「あれって、女同士の友情を描いたアクション映画だったと思うよ」 問題の土曜日正午過ぎ。 日差しは穏やか。風は爽やか。 従って、若い男女が腕を組んで街を闊歩している姿が数多く目撃される。 しかし、若い女女が腕を組んで街を闊歩している姿はあまり目撃されない。 もっとも、愛美に抱きつかれている菫の外見は完璧に男性なので周りから白い目で見ら れることはない。 それどころか愛美を羨ましく思う女性の多いこと多いこと。道行く女性たちは皆が菫が 振り返る。いや、女性ばかりか男性までもが菫に一目置いて感嘆する。 ハンサムで背も高い菫は、男性ファッション雑誌のモデルとしてスカウトされてもおか しくないほどカッコイイ(註・カワイイではない)のだよ。 二人の後ろを歩く武雄も当初のデート計画通りに服装や髪型をバッチリ決めてきたのだ けれど、その容姿は菫の足元にも及ばない。 (菫……。どーして男の服をそこまで見事に着こなせるんだ?) 男として菫に負けている武雄が心の中で問い掛ける。 着こなし以前に、どーして菫が男性向けの服を持っているのか疑問があるけれど、それ に対する彼女の答えは、 『自分で買ってくるんだよ。当然じゃないか』 そんなわけで、菫の部屋のクローゼットには武雄が持っているより多くの紳士服が収納 されている。逆に、女性向けの服は学校の制服と下着以外に一着も持っていない。 何かが間違っているけれど、何が間違っているのかと問われると男女差別に発展しかね ないので、この話題はここらで打ち切り。 「映画を楽しんだところで、次はショッピングへ参りましょうか、菫お姉様」 「そうだね。どこに行こうか?」 「駅前のデパートで冬物のバーゲンセール中ですわ」 「そっか。良く調べてあるね」 「愛する菫お姉様のためですもの」 「おーい。買い物もいいけど昼飯はどうするんだ?」 前を歩く二人を武雄が呼び止めた。 麗しの菫お姉様との甘い時間を邪魔された愛美は露骨に嫌そうな視線を送ってきたけれ ど、隣の菫は自分の背にあるリュックを指して、 「お昼ならボクがお弁当を持ってきたよ。三人分」 「菫が弁当だって!? そんなバカな!」 「菫お姉様がお料理をなさるなんて信じられませんわ〜!」 コンマ四秒で菫の発言を虚偽と判断した武雄と愛美。 「ボクが料理したらいけないのかい? ――もっとも、これは茜姉さんに作ってもらった んだけれどね」 「なるほど。茜さんか」 「納得いたしましたわ」 今度は二秒で信用した。こんな時ばかりは二人の息もピッタリだ。 「うーん……」 どこか引っ掛かるものを感じた菫だけれど、彼女自身も自分が手料理を作るような性格 ではないことを良〜く知っているので反論しない。 「それじゃ、デパートの屋上で食べようか」 「ええ。そうですわね」
お金を入れるとガコガコ動く子供向けの遊具が設置されたデパートの屋上。子供連れの 客を目当てにしたアイスクリームパーラーもある。 「ずいぶん手の込んだ弁当だったなぁ」 その屋上にあるベンチで一番に弁当箱を空にした武雄の第一声。 「茜姉さんが恋人と温泉旅行するためのアリバイ作りを手伝わされた口止め料代わりだ よ」 好き嫌いの少ない菫は炒めたピーマンを口に運びながら武雄に応える。 「と言っても、茜姉さんもお弁当を持っていったから、ボクたちのはついでに作っただけ だと思うよ」 「ついででも、これだけ立派に作れれば大したもんだよ。藍さんの手料理には勝てないだ ろうけど」 今は一人暮らしをしている藤宮家の長女の名を出して味を批評する武雄。 「へー。ずいぶん藍姉さんの肩を持つんだね、キミは」 「そ、そんなことはないぞ。藍さんと茜さんと菫と萌ちゃんの料理が並んでたら、オレは ……藍さんの料理に迷ってから菫の料理を食べてやるよ」 「無理しなくてもいいよ。どうせボクは姉さんたちみたいに料理しないから」 料理上手な長女の藍や料理好きな次女の茜とは違い、三女の菫にとって料理とは食べる 物であって作る物ではないのだよ。ちなみに、四女の萌は包丁を持たせると指を切るので 周りが料理をさせない。 「初めから料理しないなんて言わずに少しは挑戦してみたらどうだ? このままだとどん どん男っぽくなるだけだぞ」 「悪かったね、男っぽくて」 菫はプイッと横を向く。 そんな菫の横顔を見ながら武雄はポツリと、 「けど、いつも男っぽいから、たまに女らしいところを見るとグッと来るんだよなぁ」 「何がグッと来るんだい?」 「あ……」 独り言のつもりだったのに菫に聞き返されてしまって言葉に詰まる武雄。 そんな彼の気持ちも知らずに、菫は武雄の顔を覗き込む。 無防備な菫の行動に武雄の心はドキドキめもりある2。 だがしかし、そんな青春真っ盛りな展開は長く続かないのだよ。 「菫お姉様〜!!」
ドガシッ
赤い彗星の如く通常の三倍の勢いでカッ飛んできた愛美が菫の腰にドガシッと組み付い た。例によって突進に巻き込まれた武雄はベンチの裏にある植え込みに顔面から突っ込む。 二人分のジュースを買ってきた愛美は菫の胸元に頬ずりしながら、 「危ないところでしたわ、菫お姉様」 「何が危なかったんだい?」 一番危険なのは姫咲愛美だと武雄は言いたかったけれど彼は植え込みに服が絡まって動 けない。 そんな武雄の姿を横目に愛美は澄まし顔で、 「いえ。気付いていないのでしたら構いませんわ」 「……?」 「ところで、菫お姉様のリュックには何故お弁当箱が四つ入っていて、何故その一つが空 になっていて、何故ウサギのぬいぐるみまで入っていて、何故ぬいぐるみの口元にソース が付いていたのでしょうか?」 ジュースの入った紙コップを菫に渡した愛美はベンチに置かれたウサギもどきを指して 質問する。 「そ、それは、エーと……その……」 『実はそれ、ぬいぐるみじゃなくて魔法生物のディムナなんだよ。呪われた宝石を探しに 行きたいって言うから仕方なく連れてきたんだ。お弁当の一つはディムナの分だよ』 なーんて正直に答えられるはずもなく、 「……もしかしたら途中でお腹が空くかも知れないから、余分にお弁当を持ってきたんだ よ。それで、映画の間にボクがこっそり食べたから一つだけ空になっているんだ。ぬいぐ るみは……リュックに荷物を詰め込んだときに紛れ込んだのかな? そのソースはボクが さっき食べたときに付いたんだと思うよ」 「そうでしたか。そう言えば、このぬいぐるみ、お姉様の部屋に転がっておりましたわ ね」 かなり無理のある説明だったけれど菫に盲従する愛美は疑問を持たずに納得し、ディム ナを抱き上げて胸に抱えた。 「おおっ。ふかふかっスね〜」 「はい?」 「ああーっ! このぬいぐるみ、中にセンサーとスピーカーが入っていて、触ったり叩い たりすると勝手にしゃべるんだよ。ほら」 ぬいぐるみの声に固まった愛美に慌てて機能説明した菫はディムナの耳をつかんで放り 投げる。飛んでいったディムナは武雄の頭に見事命中。 「ぐはっ」 「痛いっス〜」 武雄は再び植え込みに逆戻り。一方、ディムナは壁でバウンドしてコンクリートの床に 落ちる。 ちょっとやり過ぎたかと菫は少し反省。 「でも、武雄はともかくディムナは自業自得かな」 コンマ5秒で反省を終えた菫は飛んでいったディムナの傍に歩いていって彼を拾い上げ る。 すると、ディムナの手には一枚の広告らしいものが握られていた。壁に当たったときに 剥がしてしまったらしい。 「あーあ。破っちゃダメじゃないか――あ、なるほど」 ディムナに文句を言いながらその紙を貼り直そうとした菫は、そこに書かれていた内容 で彼の言いたいことを瞬時に理解した。 「どうされたのですか、菫お姉様」 「えっ、あ、ちょっとね」 愛美が近づいてきたので菫は慌ててベンチに戻る。 「それより、お弁当を食べたらショッピングの前に行きたいところがあるんだけれど、い いかな?」 「ええ、もちろんですわ。愛美もお供いたします」 「どこに行きたいんだ?」 やっとのことで復活した武雄が尋ねると菫はディムナをリュックに戻しながら答える。 「六階でやっている『世界の真珠展』を見に行きたいんだよ」 「へえぇ。菫って宝石なんかに興味があったんだな」 「さすがは菫お姉様ですわ」 「う、うん。まあね」 意外そうな顔をする武雄と愛美に菫はあいまいにうなずいた。 『宝石に興味があるのは呪石を探しているディムナだよ』とは答えられないのだ。 |