ハウスキーピング・オペレーション
第2話 アリサちゃんの片想い〜受難編
アリサちゃんはエルクさんが好きです。 |
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「それじゃあ、いつもの会議を始めましょうか」 午後の仕事が一段落した休憩時間、議長のミズキちゃんが言いました。 名付けて『アリサちゃんがエルクさんに告白するにはどうすればいいか考える会』です。内容はそのまんまです。 「いいかげんアリサが自分の気持ちに決着を付けないと、こっちが困ることになるんだから」 「そうなの?」 「そうよ。アリサはエルクくんの前だと役立たずなんですもの」 アリサちゃんがポツリと言うと、ミズキちゃんは厳しい口調で言い切ります。 怒っているわけじゃないんですよ。アリサちゃんの背中を押してあげているんです。 いくら押してもアリサちゃんは足を踏ん張って、なかなか前に進まないんですけどね。週に一度の会議も今日で三回目です。 「だから、早く告白して玉砕するのよ。当たって砕けて忘れるのよ」 「くだけちゃだめですよぉ」 「そうですよ、ミズキちゃん。砕けないためにどうやって告白するか考える会議なんですから」 「ふぅん。それは面白そうな会議ね」 「ルシーダ様!?」 そのとき、控え室の扉を開けてルシーダ様が現れました。「にんまり」としか表現できない笑みを浮かべています。 とても嫌な予感がします。 ルシーダ様は、楽しそうなイベントに目がないんです……。 嫌な予感は的中しました。 「アリサに足りないのは女の魅力よ」 そう断言したのは、『アリサちゃんがエルクさんに告白するにはどうすればいいか考える会』の名誉会長に就任したルシーダ様です。 「ありさちゃんはかわいいですよぉ」 「可愛いだけじゃダメよ。大人の魅力がないとね」 「おとなのみりょく?」 クララちゃんが言うと、ルシーダ様は訳知り顔で説明します。 「そう。男を引き付けるのは大人の女だけが持つ色気よ。クララはまだお子様だから男のことを知らないのも当然ね」 そんなこと言って、本当はルシーダ様も知らないんだと思いますよ。ルシーダ様って見栄っ張りなところがありますから。 ちょっと高飛車な感じに見えるのも、見栄を張ろうと頑張って背伸びしているからなんです。可愛いですよね。 「まずは化粧よ」 そう言うとルシーダ様は一人で歩き出しました。わたしたちは慌てて追いかけます。 「どこに行くんですか、ルシーダ様?」 「決まっているわ。エミーナのところよ。化粧のやり方はともかく、化粧品だったらエミーナに頼めば間違いないわ」 エミーナ様は、まだ眠っていらっしゃるんですけど。 「姉さんには悪いけれど、それはできない相談ね」 ルシーダ様の激しいノックに叩き起こされたエミーナ様は、顔を洗いながら話を聞き終えると、そう答えました。 「なんですって? 可愛い使用人をけしかけて高みの見物、じゃなかった、応援してあげようとは思わないわけ?」 「私もそれには同意見よ。でも、私はキッチンメイド・チームから相談を受けて研究中のものがあるのよね」 「キッチンメイド・チーム? まさか、コリーナの?」 「その通り!」 ノックもなしに扉を開けて現れたのはキッチンメイド・チームの三人、コリーナちゃん、エマイユちゃん、キディちゃんです(ハウスメイド・チームより一人少ないんですよ)。 「エミーナ様はあたしの味方になったの。例の物が完成すればエルクはあたしのものよ」 「いけませんよ、コリーナ。ルシーダ様に失礼でしょう」 「そうそう。ルシーダ様も一応ご主人様なんだから〜」 「『一応』ね。ふふふ」 エミーナ様はキッチンメイドの三人に親しげな笑みを向けます。 昼間は寝てばかりで人付き合いの少ないエミーナ様ですけど、キッチンメイドのみんなとは仲がいいんです。錬金術の材料にする塩とか香草を分けてもらっているから。 「こういうわけだから、化粧品を用意するのは今の研究が終わってからになるわ」 「面白いじゃない。こうなったら勝負よ、エミーナ」 ルシーダ様はエミーナ様に指を向けて言い放ちました。 「アリサとコリーナ、どちらが先にエルクを落とすか勝負するのよ!」 ……ルシーダ様、勝負じゃないです。 「あの錬金術オタクに負けるわけにはいかないわ。なんとしても、コリーナより先にエルクをモノにするのよ」 趣旨が変わっちゃいましたけど、『アリサちゃんがエルクさんに告白するにはどうすればいいか考える会』の続きです。ルシーダ様は名誉会長特権でハウスメイド・チームの午後の仕事をお休みにしてしまったんです。 「そんなこと言われたって、アタシは女の魅力なんて持ってないし」 「ふふっ。女の魅力は有る無しじゃないわ。生まれ持った自分の魅力を磨くか磨かないか、よ」 あっ。ちょっとイイこと聞きました。心の中にメモしておきます。 「それじゃ、どうやって磨けばいいのかな?」 アリサちゃんも少しやる気になったみたいです。 ところが、ルシーダ様はあさっての方を向いたまま答えません。しかも、目が泳いでいます。平泳ぎしています。 実は何も考えていなかったみたいです。 「ルシーダ様はどうやって磨いているのですか?」 見かねたミズキちゃんが助け舟を出しました。さすがはハウスメイド・チームの一番のお姉さんです。 でも、ルシーダ様は窓の外を眺めながら冷や汗を垂らしています。助け舟じゃなくてヤブヘビだったみたいです。 「きれいなふくをきせてあげたらいいとおもいますぅ」 「そう! それよ。クララも女の魅力というものが分かってきたようね」 ルシーダ様はクララちゃんの意見に飛びつきました。 「馬子にも衣装と言うわ。中身が同じでもラッピングの見栄えが良ければそれなりに見えるものよ」 そして、大きく腕を振りながらわたしとミズキちゃんに命じます。 「ミズキ、メリッサ。わたくしのクローゼットから適当な服を見繕ってきなさい」 そんなわけでルシーダ様の古いドレスをお借りして持ってきました。 心配していた服のサイズは意外なほどぴったりでした。 でも、失敗でした。 真っ赤なドレスを着たアリサちゃんを見て、ルシーダ様もミズキちゃんも笑っています。 「ちょっと、ミズキ。他のドレスはなかったの? ……ぷぷっ」 「はい。できるだけ地味なものを探してきたのですが。……ぷはーっ」 こんな調子です。 「わらったらしつれいですよぉ。ありさちゃんはかわいいですぅ」 「いいんだよ、クララ。どうせアタシにはドレスなんて似合わないんだから」 「そんなことありませんよ。とっても似合ってますよ」 ごめんなさい、アリサちゃん。本当はぜんぜん似合っていません。 でも、あんまり笑ったらアリサちゃんが自信をなくしちゃいます。 「ルシーダ様、笑っていないで次の作戦を考えましょう」 「次と言われても、そう簡単に思いついたら苦労しないわ。……そうよ。メリッサはいろいろ知っているはずだわ。それを教えなさい」 「わ、わたしですか? わたしは、誰かに教えられるようなことなんてありませんよ」 「そうかしら?」 ボムッ! そのとき、窓の外で大きな音がしました。何かが爆発した音です。 このお屋敷で爆発と言ったら、原因は一つしかありません。 エミーナ様が錬金術に失敗したんです。 わたしたちはエミーナ様の研究室までやってきました。キッチンメイド・チームも駆けつけてきます。 「アリサ? なんなのよ、その服は?」 「あら、まあ」 「似合わな〜い」 キッチンメイドチームの第一声は、ドレス姿のアリサちゃんへの感想でした(慌てていたので着替えるのを忘れていたんです)。 「わっ、悪かったな、似合わなくて。アタシも似合わないのくらい分かってるよ」 アリサちゃんは拗ねたように顔を背けます。 その斜に構えた仕草と真っ赤なドレスが不釣り合いで、でも、その不釣り合いなところが妙に可愛いです。 「けほっ、けほけほっ」 そこへ、エミーナ様が煤だらけの姿で現れました。お怪我はなさそうです。 エミーナ様は研究所の壁に寄りかかって、独り言のように言います。 「幾多の男女が求め続ける神秘の秘薬……。私にはまだ、手が届かなかったわ」 「しんぴのひやく?」 「媚薬……惚れ薬よ」 「エミーナ様! それは邪道です!」 「そうです! 私たち、そんなものは頼んでいません!」 わたしとエマイユちゃんが同時に叫びました。 どうやらエミーナ様はキッチンメイド・チームにも秘密で惚れ薬の研究をしていたみたいです。 コリーナちゃんはハキハキした性格ですから、惚れ薬なんて卑怯なものは使いません。きっと、新しい化粧品や香水をお願いしたんだと思います。 「ごっ、誤解しないでよ、アリサ。あたしは惚れ薬なんか使わずに自分の手でエルクを捕まえるんだから」 「分かってるよ、そんなこと」 「あなた分かってないわ! そこは、『コリーナにエルクは渡さない!』って言うところでしょ!?」 「アッ。そっか」 アリサちゃん……。ライバルにお説教されてどうするんですか。 「でもでも、ちょっとだけ欲しいかも〜」 「わたしも欲しいわね。後で個人的にお願いしてみようかしら」 「キディ、ミズキ。このわたくしを差し置いて何を言っているの」 キディちゃんとミズキちゃんとルシーダ様はしょうがないです。 |
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