実録!ヤミ金バトル40日〜その2
 
10月15日


 今日から育児休暇を取ってた女の先輩−姐さんことオーカワさん(当時29歳)が復帰。
もちろん休みの間もちょくちょく遊びには来ていて、9月の中くらいからは”慣らし”みたいな感じで午前中だけ出勤、とか ”週のうち2日だけフル出勤”みたいなことをしていたのだが、正式な書類上の復帰は今日付けから。でもってオーカワさんは、
「やー1年ぶりに復帰すると何もかも勝手が違っててわかんないわー。でさ、ね?なんか私いない間職場内で特に変わったこと とかある?」
  変わったことも何も、ねえ?・・・・・
思わず顔を見合わせるあたし達。
「えー?何その反応?何かあったの?何?何?仲間はずれにしないで教えてよ〜。」

 で。

「え?何?ヤミ金?誰が?え?モリタさんの元ご主人?そうなんだー。で?モリタさんは実家に一時避難で。大変だわそりゃー」
しきりにうなずくオーカワさん。
「で?警察には届け出てあるわけだ。でも今のところ音沙汰なし?まだ具体的な事件がおきてないからってかい?まーねえー。 警察にしても、何も起きてないのに下手に動いてかえってコトを大きくしたらマズイってのがあるからねえー。私親戚に警察 多いからさ、いろんな話聞くんだ。」
 でもって、
「じゃさ、今日一日は私が電話番するっ!ちょっといっぺんどんな電話か聞かせてもらいたいな。で、職場内の雑用も今日は私全部 全部やるからさ。それでいいでしょ?」
復帰初日からオ−カワさんをいきなり窓口最前線につかせるわけにもいかないし、また、連日の無言電話攻撃に参っていたあたし達は、 オーカワさんのこの申し出に両手をあげて賛成し、お言葉に甘えましてこの日はオーカワさんにいけにえ電話番になってもらうこと にしたのでありました。
 
 で。
 RRRRRR・・・・
この日もさっそく朝一発目から電話がかかってきた。
「おはようございまーす。○○のオーカワでございまーす。」
元気よく受話器を取るオーカワさん。
  「・・・・・ええ、ありがとうございます。」
お礼を言いつつも、どこか当惑したような声色である。
そのうち
「いえ、私どもではその方面に関しましては関知いたしておりません。いえー、わからないんですよねー。・・・・・いえ、そういうことは 私どもいたしません。」
やはりアノ電話だったらしい。きたきたきたきた。
 で、その後はやはりヤミ金とオーカワさんのやり取りが数分続き、
「それではごめんくださいませー。」
チン・・・・
受話器を置くオーカワさん。で、はーっと大きな息をひとつついてあたし達の方に顔を上げると、眉をしかめた。
「・・・・何?この電話。」
 ところがその瞬間
RRRRR・・・・・
また電話が鳴った。すると
「ちょっと、やだぁー。もうやめたい〜電話ばーん!」
世にも情けなさそうな声で弱音を吐くオーカワさん。するとミヤコシ次長が
「まぁま、今日一日の辛抱だからさ、ちょっと我慢してよ。俺やタカノ所長は何時間も何日も相手してたんだからさ。」
そういわれては返す言葉がないオーカワさん。で、しぶしぶ受話器を取る
「こんにちわー。○○のオーカワでございまーす。・・・・・切れちゃった。」
ツーツーツーという音がかなり離れたあたしのところにまで聞こえてくる。フム。無言電話モードに入ったか。
 で、また。
RRRRRR・・・・・
 電話の呼び出し音がなった。
「ちょっとこれ一日中えんえんと続くわけ?」
露骨にイヤそうな顔であたし達に同意を求めるオーカワさん。
 で、ミヤコシ次長とクドウさんとあたしの3人はとてもにこやかに
「ヨロシク!」
とオーカワさんにエール(?)を送ったのだった。

  以後しばらくオーカワさんは
電話がかかってくる→受話器を取る→出るとすぐ切れる→受話器を置く→間髪を入れずまたかかってくる→受話器を取る
の無限ループにハマったのは言うまでもない。
             
 で。その日の業務終了後。
「やだぁも〜復帰しょっぱなからこんな濃いヤツ〜。」
机に突っ伏すと大きなため息をつくオーカワさん。
「今日一日で寿命が10年縮まったわよもぉ〜。今日の電話のせいで私が早死にしたらゆっちゃん(註:オーカワさんの1歳になったばかりのお嬢さんの名前) の面倒見てよねぇ〜。」
 そこであたしは
「何今日の電話もそんなにすごかったんですか?」
「すごかったも何も、こっちが出た瞬間”野村だけど”とかって巻き舌バリバリでさ。で、”おぅ、珍しく女が出たな。最近男ばっかりと話してるから うれしいよ”とかっていうからこっちも思わず”ありがとうございます”なんて言っちゃってさ。で、続けて”タムラはいるか”って言うからいませんって言ったら ”もうその返事は聞き飽きたよ〜。いったいいつになったら電話に出してくれんのよこのォ!てめえらかくまってんのはわかってんだからな”とかっていわれちゃってねぇ。 なんか私、自分が悪いことしてるような気がしてきて電話終わったらめいっぱいブルーになっちゃった。」
  で、あたしはよせばいいのにそこで
「そんなもん、別にこっちは悪くないんですから向こうがなんか言ってきても”はぁそうですねー”とか何とか適当にあしらっていればいいじゃないですか。」
なんて言っちゃったもんだからオーカワさんは本気で怒り出してしまった。
「やー!そんなこというんだったら明日コジマさんが電話番してみればいいじゃん!ほんとにこわいんだからもぉ〜」

 というわけでヤブヘビ。次の日はあたしが思いもかけずヤミ金と対決することになってしまったのだった。

10月16日

 で、翌日。
今日のあたしは窓口には着かず、書類整理とかの後方の仕事と、あと電話の前の席にちょこんと座って電話番なのである。
あたしは
”あ〜あ、口は災いの元とはこのことかあ”
と思いつつ、
”でもその電話って、どんななんだろうなあ”
期待で胸がわくわく不安で胸がどきどきしているのであった。
 その時。
RRRRR・・・
 朝一発目から電話が鳴り出した。
「コジマさんがんばってねー」
とやけにうれしそうなみなさんをよそに、あたしは緊張しまくりで電話を取る。
「おはようございます。○○のコジマです。」
そしたら
「あなたのとこねえ、電話ひとつしかないの!?」
 想像してたのとはおよそかけ離れた、いら立ち全開の女性の声。
で、あたしが
「あの、恐れ入ります。どちらさまでしょうか?・・・・」
と言ったら
「株式会社▲▲と申しますが。」
あーなんだ。よく知ってる会社じゃないか。ということはこの電話の声は女課長さん。
 この会社の方でよくウチに来る平社員さんやアルバイトさんは、うちの職場の人とほぼ全員仲良しで、何かにつけてお互い持ちつ持たれつでDM出してもらったり、 あるいは逆にこの会社さんの商品を買ったりしているのだが、この女課長さんだけはどうも苦手。
 で、
女課長さん「昨日ずーっと電話してたんだけど、いつ電話しても話し中でぜんぜん通じなかったわよ。おたく、職場の電話を私用で使ってずーっと長話してる人でもいたの!?」
あたし「いえ、それはございませんが・・・・」
女課長さん「言い訳なんかいいわよ。とにかく、大事な電話があったときに繋がんないんじゃ困るから、今すぐもうひとつ電話つけなさい。電話。公務員で私達の税金で食べてるんだから、少しくらいそういうところで有意義にお金使ってくれないとこっちだって税金払いたくなくなるわよ。」
あたし「はあー。申し訳ございません(そんなことあたしに言わないでおくんなまし)」
 それにアレだよ。あたし達は自分達の事業の売り上げ金から給料をもらっているんであって、皆さんの税金からは1円もお給料はもらっていません(これはマジです)。
で、女課長さんは
「とにかく!もう少しお客様第一の立場に立って考えてくれないと、最終的に困るのはあなたたちなのよ。私の方は別にあなた達の所じゃなくてもどこでもいんですからね。わかった!?」
自分の言いたい事だけを言って電話は切れてしまった。
ガシャ。ツーツーツー・・・・
 なんだこのオバサンは。まあこの女課長さんにまつわるいろんな噂をまわりから聞いているから、いまさら何を言われたところで驚かないが。
 でもって、近くにいたタカノ所長が
「おう、今の電話誰からよ?なんか”すいません”て謝っていたけど」
「株式会社▲▲さんからです」
「ふぅん。で、なんだってさ?」

かくかくしかじか

するとタカノ所長は
「そっかあー、ついに一般のお客様に迷惑をかけるハメになっちゃたかあー。こうなったらもう、警察が動く前にこっちでも 自衛策を取った方がいいかもな。番号通知の設定かけて、非通知でかけてくるヤツは着信拒否にするかあ。」
「そうですねえー。」
相づちを打つミヤコシ次長。
 で、この後はみんなで奥の応接セットに集まって、今後の対応について5分くらい話し合った。
 もちろん、あたし達のような商売が着信拒否と言う荒技を使うことについては若干の反対意見もあったが、実際にお客様に迷惑をかけてしまったという 事実の前にはその意見はあっさりかき消されてしまった。
 で、タカノ所長が、
「じゃあ俺、あとでNTTに電話かけて詳しい説明聞いとくから。」
と言って立ち上がろうとした瞬間。
RRRRR・・・・
 またもや電話が鳴った。
ひえっ!今度こそヤミ金からか!?
「コジマさ〜ん、よろしくね〜。」
やはりうれしそうに見守るみんなを尻目に、あたしは電話を取った。
「ありがとうございます。○○のコジマです。」
「・・・・野村だけど。」
”のむら”の”ら”に巻き舌が入ったドスの利いた男の声。
来たっっ!
ヤミ金「おう!今日と言う今日はタムラ出してもらうぞ。」
あたし「もーしわけございません、Tはもともといないんですが・・・・・」
ヤミ金「まぁたそれかよ。こっちもいい加減待ちくたびれたよ。いつまでもかくまってねぇでとっとと出せよ。俺いつも言ってんべや〜」
あたし「いやー、そ−言われましてもいないものはしょうがないんですよねー。」
ヤミ金「お?お前、昨日の女とはまた違うやつだな?」
あたし「ええ、そーですが・・・・」
ヤミ金「じゃあお前でもいい。ソープ行って体売れ、体。一緒に仕事してる人間の作った借金を、同僚のお前が 知らん振りしてるって話はネェだろうがよぉ。どんなことをしても返してもらうぞ。オメー連帯保証って言葉、知ってんだろ?」
あたし「いやー、そう言われましても私は借金とは関係ございませんのでー」
ヤミ金「関係ねぇじゃねえだろこのォ!ナメてんのかコラァ!(がたがたーんと机を蹴っ飛ばしたような音)」
あたし「はあー、申し訳ございません。」
ヤミ金「申し訳ございませんじゃねえだろ!?テメーさっきから”すいません””もーしわけございません””関係ない”しか言わねーよな。」
あたし「はあー、ありがとうございます。」
ヤミ金「もういい。オメーと話してもラチがあかねぇ。責任者呼べ、責任者。」
あたし「それが申し訳ないんですけど今日は会議でいないんですよー。」
 ホントはいるんだけど、居留守戦法を使うあたし。だってここでタカノ所長を出したって結局同じだもの。
ヤミ金「ほんとかぁ?」
あたし「ホントですー(うそだけど)。もーしわけないんですけど、また日を改めましてお電話くださいますでしょうかねー?」
 ほんとは電話なんか二度として欲しくないけど、いちおうポーズとしてそんなことを言うあたし。
そしてしばらく電話の向こうの相手は不機嫌そうに押し黙ったあと−
ヤミ金「てめぇ、許さんからな、覚えてろよ。」
 「ちっ」と吐き捨てるようにつぶやき、電話は切れた。

 その直後、みんながあたしの周囲に集まってきたのは言うまでもない。

 で、あたしとオーカワさんの会話。
オーカワさん「ねーなんか言われた?”てめー死亡保険金いくらかかってんのよ?”とか。」
あたし「いや、ソープに沈めるぞって言われました。」
オーカワさん「うそー、そんなこと言われたのー!?あたし言われてないよー。ってことは、コジマさんは若い女だって思われて、私は ババアだって思われたんだ。やだー、なんかくやしー!」
・・・・・そーいう問題なんですか?

で、さらに。
オーカワさん「いやーでもそばで見てたらホント、コジマさんのらくらのらくらかわしてたよねー。なかなかの役者だったわよ。実はコジマさんて、 真面目なカオして大嘘つくタイプでしょー?」
あたし「そんなことないですよー。なんでそうなるんですかー。」
 と言いつつ内心ちょっとドキドキしているのであった。

んで、あたしは
「すいません。ちょっと、今の電話で疲れたのでコーヒー飲んできます。」
 そう言うと、窓口は他のみなさんにまかせて台所に引っ込み、インスタントコーヒーを入れた。
 そして、持ち手つきのコーヒーカップなのに持ち手を持たず、コップを握るようにわしづかみにするとずずずずーっとコーヒーを すする。
 で、一口飲んだあとふうーっと天井を向いて大きなため息をつくと、それまで張り詰めていた緊張の糸がぷっつりと切れてしまった。

ああああっ!こわかった、こわかった、こわかったよおおうっ!!