実録!ヤミ金バトル40日〜アングラより愛をてんこ盛り〜


 と言っても、あたしがヤミ金からお金を借りてたってわけじゃないよ。当たり前だけど。
そして、あたしの親兄弟親戚が借りてたわけでもないし、あたしの友人とか職場の人とかがそういうのに手を出してたっていうのでもありません。
 じゃあなぜあたしがそういうのにかかわりを持ってしまったのかと言うと。

それは一本の電話から始まった−

10月7日(以後日付はだいたいのものです)


 RRRRR・・・・ガチャ
「ありがとうございまーす。○○のミヤコシでございまーす。」
独特のイントネーションで電話を取るリリー・フランキー似のうちのミヤコシ次長。なんてことのないいつもの風景である。
  だが−
「え?何です?・・・・いえ、うちにはその名前の職員はおりませんが−ええ、アルバイトでもおりませんよ。失礼ですが お客様どちら様でしょうか?・・・・・・ですからその名前の者はおりませんって。」
  そしてしばらく電話の相手が何やらしゃべったあと
「いや、ですからその者は現在も過去にも在籍した記録はないって申し上げているじゃありませんか。本当に私どもの所の 話なんですか?・・・・・いや、こちらとしてもそういう言い方をされるのは困るんですよね。」
 お客様相手の電話にしては語気が荒い。何の電話だ?
「・・・・ハイ。・・・・ハイ。そしましたらそのようになさってください。・・・・ええ。では失礼いたします。」
ガチャン。
 ミヤコシ次長が電話を置くと、あたしはさっとそばに寄って話しかけた。
「何ですかぁ?今の電話。」
「わかんない。けどえらいガラの悪いあんちゃんだったな。”おーぅ!タムラはいるか?”だってよ。」
「・・・・いませんよね?タムラなんて。間違い電話ですかね?」
「いや、それはないだろ。こっちは電話出るとききちんと部署と名前を名乗ってるんだし。」
「じゃあー間違いってことはないですよね・・・・わかった。今はやりのサラ金の取立て!なーんて。」
「まさか。うちの職場にいる人間でそんなのに手を出すヤツはいないだろー。」
「わかんないですよーそんなの。クドウさんなんかキャバクラ好きだっていう話ですから、その絡みで怪しい借金でも作ってるん
じゃないんですかー?」
 同期の男性クドウさんにいきなり話を振るあたし。当然クドウさんは
「作んねぇって。変な方に話を持っていくなよ。」
「ま、そりゃそうですよね。すいませーん。」
「それよりコジマさんの方こそ年に何回も旅行出たりギター買ったりしてるけど、それこそ大丈夫なの?」
「!・・・・大丈夫ですよ当たり前じゃないですかー。」
で、またあたしとミヤコシ次長の会話。
「それにしても何なんでしょうねえ今の電話。」
「ま、何にしてもこのあと何事もなければそれでいいんだけどな。」
「まぁそーですよね。」
てんでまた平常どおりの業務に戻るあたし達。
 しかし。
RRRRR・・・・
 また鳴り出す電話。思わず顔を見合わせるあたし達。でも出ないわけにいかないから受話器を取るミヤコシ次長。で。
「ありがとうございまーす。○○の××でーす。・・・・・いや、ですから違いますって。お宅何なんです?いったい。」
 やはりその電話だったらしい。やだなもう、何なんだよ。
そこへちょうど(という言い方は失礼か)お客様が立て込んで来たので、電話と孤軍奮闘しているミヤコシ次長を置いてあたし達は 自分の仕事に戻ったのだが、当然のことながら営業時間終了後はもっぱらこの話題で職場内は持ちきりだった。
「いやーすごかったわー。こっちの話なんか全く聞いちゃいないんだもんなー」
「やっぱりその筋の方からのおデンワなんですか?」
「いやぁ、わかんねぇ〜・・・でも今後もこんな電話がしょっちゅう来るようならこっちとしても考えないとだめだよな・・・・・オイ、 ほんとにサラ金から借金してるヤツ、いないんだろうな?」
「してませーん」
声を合わせて返事を返すあたし達ヒラ組。
  「まぁ、取り合えず、今日みたいな電話が明日以後も来たら来たら”いません””知らない”で通しといて。あとのことはこっちで 考えるから。」
てんで、今日のところはこれでおしまい。
 でもなんか、絶対今日だけじゃ終わらない気がするなあ。

10月8日

 というわけで予想通り、やはり昨日だけでは終わらなかった。
昨日は会議に行っていていなかったうちのタカノ所長(総責任者)に昨日の電話のことを告げると
「おーう、じゃ今日は俺が電話の相手するよ。」
 てんで、本日の電話番は所長が担当することとなった。
 だけど、だからと言って特に昨日と変わり映えすることは何もなかった。
電話は相変わらず頻繁にかかってくるし、その度に
「うちは関係ありません。何ですかあなた?」
みたいなセリフをいうのもお決まり。だからと言って電話に出ないわけにもいかないから、そのうち受話器を取ってもすぐには 名乗らないという術を身につけました。電話とって2秒くらいしてから
「毎度ありがとうございます。○○の△△でございます。」
とか言うの。でもそうなればなったで
「おう!電話出たらすぐ名乗れよこのォ!」
とか言われちゃうし、第一仕事になんないんだよね。何せ1分に1回かかってくるんだし(マジです)。
で、うちのタカノ所長もついにキレて
「いいかげんにしてください!営業妨害ですよ!警察に訴えますよ。」
と言えば
「ナニが営業妨害だよ。こっちは貸した金返してもらえなくて困ってるんだよォ!てめえこそいつまで借金踏み倒しの犯罪人 かくまってやがんだよォ!そっちこそうちの営業を妨害してんだろ!これ以上知らばっくれるとうちの若いモンつれて 押しかけるぞこのォ!」
なんて言われたらしかった。
 どうやらほんとにサラ金の取り立て屋さんからの電話らしいことが今日ここで判明。だが、判明したところで今のところあたし達には 打つ手はない。そうこうしているうちに電話はどんどん激しくなってきて、こっちが受話器を置くとすぐにまたかかってくるという 頻度にまでなってしまいました。
 だけど、そうなると今度は無言電話になってしまったらしい。
RRRRRRR・・・・
「ありがとうございます。○○の△△でございます。」
ガシャ。ツーツーツー。
「・・・・・何だよ、コラ。」
受話器に向かってボソッとつぶやき、憮然として受話器を置く所長。するとすかさず
RRRRRRR・・・・
 また呼び出し音が鳴った。
ほんとは出たくないだろうけど、仕事柄出ないわけにはいかないから所長がまた受話器を取る。
「毎度ありがとうございます。○○の△△です。」
ガシャ。ツーツーツー。
この繰り返し。
 ああもう、精神衛生上よろしくないね。いったいうちらが何したって言うんだよ。
そうこうしていると、待合室にいたお客様に
「ここって、電話がやたら多いところなのねえ。」
なんて言われてしまいました。でもまさか
”いたずら電話に悩まされてます”
なんて言えないし、それ以上不振に思われるのもナニだから、電話の呼び出し音のボリュームを落としました。耳を澄まさないと 聞き取れないくらいまでね。


 で、その後も無言電話攻撃はえんえんと続き、電話を取る所長もまわりで聞いてるあたし達もいい加減気が滅入りかけた頃、 ぱったりと電話はやんだ。
しーん・・・・・・
 ついさっきまであれほど職場内に電話の呼び出し音が響き渡っていたのに、何だこの静寂は。
だけどまだ油断(?)はできない。今度またいつかかってくるかわからないし。
まるで背後から何かが襲ってくるのを警戒しているようなピリピリした緊張感。
まさか職場でこんな緊張感をかかえることになるとは思いませんでした。
 で、それからも時おり電話がかかってきて、その度に”ビクッ!”と体をふるわせたものの、このあとの電話はありがたいことに みんな普通の電話でした。
そして、営業時間終了の午後5時を過ぎたとき、本当の意味であたし達みんなは緊張感から解放されたのでした。
                         
「はあーーーーーー」
入り口のドアを閉めると、みんないっせいに大きなため息をつきました。
あとはミヤコシ次長とあたし達ヒラ組の会話です。
「やっと来なくなりましたねー。」
「いーやもぉ、うるさかったー。」
「これが一日中続くかと思うと気が狂いそうだったよー。」
「でも、昨日来て今日も来たんですから、明日も来るんでしょうかねえ。」
「かもなあ。」
「警察行くか。どうせ署が目の前なんだし(これはホント)」
「でも、警察ってコトが起こらないと動いてくれないんですよね?」
するとそれまで無言だったタカノ所長が
「コトが起こってからじゃ遅いんだよ。第一、コトって何よ?このヤミ金が若いもんつれてうちに押しかけてくることか?いや、 いいよ別に。それで迷惑をこうむるのが俺ら職員だけなら。だけど、ヤミ金がお客さまを人質に取ったり、怪我をさせたりしたら どうなる?”あそこは怪しいヤミ金とかかわりを持った挙句、お客様に害を加えた”ってことになってうちの職場の信用が   下がるだろ。そしてそれは俺らの職場だけの問題じゃなくて、俺らと同じような仕事をしている人間全体にとってのマイナスだ。 だから”コトが起こって云々”みたいな寝ぼけたこという警察がいたら、俺がぶん殴ってやるよ。大丈夫だ。安心しろ。」
          
 というわけで、今日にも早速所長が警察に行ってくれることになりました。
        
10月9日

「おはようございまーす。」
 翌日、いつもと変わらず出勤してきたあたし。だが、入って行くとなんだか様子がおかしい。奥の応接セットに何やらみんな 集まって話をしてる。なんだろうと思って覗きこみにいくと、同僚・上司に交じってそこには珍しい人がいた。

 アルバイトのモリタさんである。

「あ、モリタさんお久しぶりですおはようございまーす。でも今日って、出勤日じゃないですよね。どうなさったんですか?」
 ただでさえ昼はうちの職場でバイトして夜はスナックのホステス、という二重生活で朝はだいたいぼーっとした顔をしているモリタさん なのだが、この日はよりいっそう疲れた顔をしているように見えた。
 で、
「ごめんね。最近さあ、変な電話かかってきてるんでしょ?あれ、あたしなの。」
え゛?
するとすかさずタカノ所長が割って入って
「いやいや、モリタさんが借りてたわけじゃないよ。」
「・・・・・はあ。どういうことなんですか?」
 というわけで話を総合してみると、こういうことになるらしかった。


   つまり、ヤミ金から金を借りていたのは、モリタさんが10年前に離婚した元ダンナ。
離婚後は音信不通だというから当然モリタさんはこのヤミ金とは無関係なのだが、そこは彼らもプロ。どういうツテかは知らないが、 いろいろな手段を使ってモリタさんの現住所を突き止めたらしいんだよね。
 で、そこから勤務先であるうちの電話番号も割り出したんだけど、それを聞き出した手口がまたあくどいんだなこれが。
モリタさんには小学生の息子さんがいるんだけど、ちょうどモリタさんが不在で家に息子さんが一人でいたときに電話がかかってきた らしいんだよね。で、
「もしもしーぼくー?おじさんねー、お母さんの知り合いなんだけどー」
すっごいやさしい猫なで声で息子さんに語りかけるヤミ金。そしてさらに
「あのねー、お母さんの親戚が急病で倒れちゃったんだよね。それで急いでお母さんに連絡したいから、申し訳ないけどお母さんの 連絡先教えてもらえるかなー?」

・・・・そんなこと言われちゃねえ。これでもうちょい息子さんが大きかったら冷静になって相手の名前を聞くとか
”母には私から伝えますので”
てな感じで不審な人には連絡先を教えない、みたいな機転を利かせることもできるだろうけど、小学生じゃねえ。
モリタさんにしたって息子さん責めるわけにもいかないし、困るよねほんと。
 で、今のところはモリタさんの自宅にヤミ金が押しかけてきた、みたいな実害はないらしいとのことなので、取り合えずは いったん今の住まいから避難して、親子そろって郊外の実家に身を寄せることにするとのこと。で、息子さんはしばらく モリタさんのお母さん(要するに息子さんから見ればおばあちゃん)が車で小学校に送り迎えだって。大変だそりゃ。


 そんなわけでモリタさんにはしばらくバイトを休んでもらうことにした。
「すみません。これから忙しくなる時期なのに休ませてもらって。」
「いやいや、身の安全が第一だから。こっちも手は尽くすし、安心して休んでおいで」
てなわけでモリタさんは帰って行った。
「そうかそういうことだったんですねー。」
「ま、事情がわかれば対処のしようもあるわな。」
「それにしてもヤミ金の世界ってすごいですねー」
  なんていろいろ話しているうちにやがて開業時間を迎えた。
「いらっしゃいませー!」
 ところがその瞬間
RRRRRR・・・・・
 朝一発目からいきなりのリンリンコール
”うわっ!きたっっ!”
職場内に緊迫感が走る。すかさず電話を取るうちの所長。
「おはようございます。○○の△△でございます。」
ガシャ。ツーツーツー・・・・
昨日のデジャ・ヴである。無言で受話器を置く所長。その瞬間
RRRRRR・・・・・
「ありがとうございます。○○の△△です。」
ガチャ。ツーツーツー(以下無限ループ)
 これが約15分続き、しまいには所長も疲れて
「悪り。代わって」
 ミヤコシ次長に受話器を渡すタカノ所長。で、以後は次長が
”ありがとうございまーす。○○の××でございまーす。ガシャ。ツーツーツー”
の餌食になった。
 その間は当然上司達は自分の仕事ができず、電話にかかりきりになるわけだから
”こっちだってやることあるのに〜”
て感じでイライラ。自然矛先はあたし達ヒラ組に向かう。
「おーう、お前らちゃんとセールスやってるか〜!?俺等がきちんと水際で食い止めてやってんだから、実績上げて成果出せよ。 ノルマノルマ。」
てな感じ。
 やってんよ〜。人をナマケモノみたいに言わないでよ〜。
でもま、こんな無為な電話番をやらされてるわけだし、所長や次長がカリカリするのもわからんではないけれど。


 で、無限に続くかと思われたその電話は、ミヤコシ次長に代わって15分した頃にパタッと鳴り止みました。
以後、その日はかかってくることはなかった。この間約30分。
 そういえば昨日の無言電話もだいたい30分くらいの間に集中してかかってたっけ。
その点は所長や次長も感づいたらしく
「あの業界のやつらって、今日はここ、明日はここ、何日の○○時から××時はここって感じでスケジュール決めて集中的に電話 かけてくんのかなあ。」
て感じで、新たな発見をしたようだった。

 そして、これは後日知った話なのだが、彼らはどうやら東京を拠点に活動しているらしいとのことだった。