
これがその問題の坂。この写真からではわかりにくいかもしれないがものすごい急な坂で、冬にスノボで
ここを滑降した奴がいるとか、夜路面が凍ったときに猫がこの坂を登れずずるずる滑っていた(もちろんロードヒーティングは
あるのだが、急激に冷えたため氷を溶かす速さが追いつかなかったらしい)とかのさまざまな伝説がある。ちなみに、写真をさらによく見ると
わかるとおりこの坂を上り切った所には踏切がある。でもあまりにこの坂がきついため、踏切待ちをする車は坂の途中では待たず、坂の
のぼり端のところで車を止めて待つのであった−
だが、二日酔いで頭ががんがんするあたしに自転車を押してこの坂をのぼって行く体力などあるわけがなく、坂ののぼり端のところで自転車を置いて座り込み、体調が
よくなるまで2時間ばかりそこでボーっとジベタリアンしてから帰路についたのであった−
ところで、これはまた別の機会にあったやはりテルアキ宅での”宅飲み”の際に聞いた話なのだが、それによるとテルアキもなかなかの苦労人というか、興味深いバックグラウンドの
持ち主であることが判明した。
なんでもテルアキのご両親は彼が小さい頃に離婚し、お母様がテルアキを引き取って飲食店を経営するかたわら育てていたのだが、テルアキが中学生の頃お母様は
男の人と駆け落ちしてしまい、家にはテルアキ一人が残されたらしい。まあ、家が飲食店だから冷蔵庫に保管してあった業務用食料などはたくさんあるし、テルアキはそれを
ちょいと拝借(←?)しながら生き延びていたそうなので、あたしらが想像するほど困窮していたわけではなかったようだが、それでも冷蔵庫から丸まんまのソーセージやビーフジャーキー
などをあさりながらテルアキは内心
”くそばばあ、いつか絶対自立してやる”
と心に誓ったとかの、一筋縄ではいかない母子関係というか、愛憎入り混じった複雑な感情をお母様には抱いているらしかった。
でも、このお母様、面白い方らしいです。うちの男子部員数人がまとまってテルアキの実家に泊まりに行った時に、深夜までお母様と酒を飲みながら話をしていたんだけど、
元飲食店経営という経験からお母様は
「ええか、出世する男の酒の飲み方っちゅうもんはなあー」
などと男子部員みんなに説教していたらしい。
そういうわけであの時玄関の外にいた男性はお母様の再婚相手で、男の子はその間に生まれたテルアキとは15歳くらい年の違う父親違いの弟クンということになるのだが、義理の
寄り合いにもかかわらずこの継父とテルアキは仲がよいらしい。かといって実の父親と疎遠かと言えばそんなこともなく、実のお父様からお母様に養育費がいっているのはもちろんだが、
それとは別にお母様には内緒でテルアキにこっそり小遣いを持たせてあげたりもしているらしかった。
そんなわけでテルアキは酒を飲みながら
「俺はやさしい親父が2人もいて幸せ者っす。」
とぽつりと口にし、それを聞いたあたし達も思わずホロリとさせられて、うんうん、と深くうなずいたのであった。
って、いいのかしら他人のプライバシーをここまであからさまに書いちゃって???まあいいや。話を進めます−
で、これはあたしが4回生の頃の話。その後あたしは綱渡りながらも何とか大学を4年で卒業して実家に帰り、それからまもなくテルアキは大学を中退して
「バンドで一旗あげてくる」
と宣言して上京したのであった−
それから4年ほどして、あたしはバンドサークルの学校祭ライブに顔を出すために弘前に遊びに行ったのだが、ちょうどその頃テルアキも一時里帰りしており、じゃあ
”凱旋ライブ”のコーナーを作ろう、ということで特別に彼らのために時間枠を設定することになった。
それでテルアキ達のバンドの演奏が始まったのだが、なぜだかわからないけどちょうどその時間帯は人手が足りなかったらしく、
「ナッキーさん、OGにこんなこと頼んで申し訳ないんですけど、ちょっと受付係やってもらませんか?」
とお願いされて、あたしは受付カウンターに座ることになった。
中からは相変わらず上手なテルアキのボーカルと、ディストーションのバリバリ効いたギターに地鳴りのようなベース、そしてハードなビートを刻むドラムが聞こえてくる。
観客のみんなも要所要所でこぶしを振り上げたり掛け声をかけたりで、とても楽しいライブであったようだ。
そうしてライブが終わって、
「ありがとうございましたー」
とテルアキが挨拶すると少しして出口の扉が開き、まず中から2人の人が出てきた。だが、その2人の顔を見た瞬間あたしは
”あ゛!!”
と硬直してしまった。あろうことかその2人はテルアキのお母様と父親違いの弟クンだったのだ。忘れようったって忘れるもんか、テルアキにあれだけうりふたごな顔したお母様。
あたしは数年前に遭遇したあのインパクトあるできごとを思い出して思考回路が一瞬止まってしまった。だがすぐに気を取り直し、
”どうしよう。こういう時ってなんて挨拶したらいいのかな。向こうはあたしのこと覚えてるかしら”(0.007秒←江川達也作「東京大学物語」風に)
”いや覚えてようと覚えてまいとこの際関係ない。ここはひとつ大人になって”(0.005秒)
”でも何て声かけたらいいんだろ。まさか「その節は大変お世話になりまして」でもないし”(0.003秒)
といろいろな対応が頭を駆けめぐった。だが結局は、椅子から立ち上がって一番無難に
「本日はありがとうございました。」
と受付嬢の顔になって、あたしはぺこりと頭を下げた。
テルアキのお母様はこっちをちらりと見ると小さく会釈し、弟クンの手を引くとそのままライブ会場を後にした。
”・・・・・・お母様、あたしのこと覚えてないのかな。まあいいや、その方がかえって好都合だ”
そのとたん、張り詰めていた気持ちと緊張のあまり体中にたまりまくっていた余計な力がふーっと抜けて、再びあたしは椅子にどっかりと座り込んでしまったのだ。
そして、上から見おろされてどなられたあの時はずいぶん大きく見えたお母様だったが、今改めて見ると思ったよりはるかに小柄だったことに小さな驚きを覚え、
また、あの時より手も足もよく伸びて幼児から”少年”に変わりつつある弟クンにある種のまぶしさを感じた。そして、そんな2人の後姿を見送りながら、あの時からもう4年も
たってしまったのだなあと月日の流れる速さをしみじみと思ったのであった。
そして、この時から数時間後に起こるできごとが、初期のあたしの読み物の代表作(?)である
「女子トイレの中はワンダーワールド」
なのであるが、当然のことながらこの時のあたしが数時間後の自分に降りかかるそんな運命を予測できるはずもない。
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