男の母親にどなられました〜その1

 男って、彼氏とか元カレとかじゃないよ。だから”男”って書いたんだけど。まあ、何のことかと大いに疑問を感じる向きもございましょうが、ここはひとつ最後まで お付き合いくださいませ。今回のネタは若かりし頃のあたし(今もそれなり若いけどね)が遭遇した”アンビリバボー”なできごとについての一部始終です。

               ※          ※          ※

 その日もあたしはバンドサークルの連中10数人で集まり、後輩の男子部員テルアキのアパートで”宅飲み”をしていた。そして、深夜0時を回った頃から一人帰り、二人帰りして−
 翌朝目覚めたら、部屋の中にいたのは家主テルアキとあたしの二人だけになっていた。
「う・・・・・・ん」
 あたしは自分のうめき声で目を覚ました。
 あたしはテルアキの部屋の床で寝ていたのだった。飲みの途中から記憶をなくしたあたしは、いつからそんな風に床でぶっ倒れていたのか覚えていない。寝返りを打つと、二日酔いで 頭がずきずきする。それでもひとつ、大きく息を吸い込みながら
「ん・・・・・・」
と何とか半身を起こすと、肩からなにやらファサッとすべり落ちた。毛布だった。
”何だろう。テルアキがかけてくれたのかな・・・・・・・”
 あたしの中での”テルアキ株”の株価がちょっとだけ上昇する−

 え?テルアキじゃなくて別の人がかけてくれたかも知れないじゃんって?ま、もちろんそうかも知んないよ。でも、今だけはちょっと”テルアキやさしいなー。寝てる間にこっそり 毛布かけてくれる男ってなんかいいよなー”と「妄想の海」にひたろうかなと。何てね。
まあそれはよしとして−

 そうしてあたりを見回すと、視界に入って来たのはそこら辺にごろごろ転がったビールの空き缶や空き瓶や、飲みかけのワインのボトルにそれとスナック菓子の袋やつまみの枝豆。 そして自分のベッドで寝てるテルアキ−
 その時、テルアキも大きく伸びをしながらベッドの上で目を覚ました。
「あ〜、なんかダルいっす・・・・・・ナッキーさん、今何時っすか?」
あたしは壁の上の時計にちらりと目をやり、
「10時ちょっと前。」
そう答えた瞬間、再び頭ががんがん痛み出し、あたしは床にうつぶせに倒れこんでしまった。
”ううううう、苦しいよ〜”
荒い息とともにあぶら汗をたらしながらうめくあたし。
とその時。

ピンポーン♪

玄関の呼び鈴が鳴った。
”何だろ?宅配かな”
そう思った瞬間
「お兄ちゃーん。」
この場にはおよそ場違いな小さな子供の声。え???
すると続けて
「テルアキ!開けなさーい!」
年配女性の声と共にどんどんどん!と外の扉をたたく音。
 えええっ!?ちょっと何それ!
それまでのダルさはどこへやら。思わず酔いも吹っ飛ぶあたし。
「ねえちょっとテルアキ、もしかしてあれ、親御さん?」
ほぼそうに決まっているのだが、改めて聞いてみる。
「そうっすよ。」
「そんな・・・・・ちょっと、今日親御さん来るなんて聞いてないよ〜」
「俺だって聞いてないですよ。」
動揺のあまり、あたしは思わず上ずった口調になっていた。
「ねえ、ちょっと、あたし、どうしたらいいの?トイレとかに隠れてた方がいいわけ?」
「別にいいっすよそんなことしなくても。」
「だってやばいじゃんこの状況。じゃあ、窓から逃げるよこうなったら。」
「そんなことしたら余計あやしいじゃないですか。いいですよ。そこにいてください。」
いてくださいったって・・・・・ちょっと、これどーすんのよ。これじゃあ誰がどう見たって、テルアキとあたしはただならぬ仲にしか見えないじゃん。ねえってば。

−いったいどうしろとゆうのだこの状況・・・・・

 そうこうしているうちにガチャガチャと鍵を開ける音がしてドアが開き、ずんずんずん、とこっちへ向かってくる足音がして−
 あたし達がいる部屋の扉をガラガラっと開いた。


「テルアキ!せっかく親が朝早くに遠くから様子見に来とんのにあんたいつまで寝ちゅうんずや!」
「うーっせ、クソババア!」
 部屋に入ってくるやいなや、いきなりアパート中に聞こえるような大声でどなり合いを始めたテルアキとテルアキのお母様。
”ああああ、なんで朝っぱらからこんな修羅場に立ち会わなくちゃなんないの〜”
あたしは忘れかけていた頭痛に再び容赦なく襲われた。二人のどなり声があたしの脳にじんじん響く。
”どうしよ、あたし。こんな時何をするべきなのかしら・・・”
思わず二人から目をそらし、頭の痛みをこらえながら二人の言い合いをただ黙って聞いているうちに手持ちぶさたになったあたしは、やがておもむろに自分がかぶっていた毛布を たたみ始めた。
 そして、ほぼきれいに3つ折りくらいにたたみ終わって部屋の隅に置いた瞬間、
「あんたああぁぁああ!!」
お母様のどなり声の矛先があたしに向かってきた。
はいいいっっ!!!
 あたしは呼ばれた瞬間背筋をピシッと伸ばして直立不動になった。

 と言いたいところなんだけど、この時のあたしは体調最悪だったため、実際には呼ばれた瞬間
「はい・・・・・・」
と座ったまま弱々しく返事をして顔を上に上げるのがやっと。
 テルアキのお母様はあたしの方を見やると、大きな声で言った。
「あんたぁああ!おなごだべ〜。こういうビール瓶とかのゴミはきちんと台所に持ってってだなあー!」
・・・・・・・そ−ゆう怒られ方なの???
 でも、この時のあたしにまともな判断力が備わっているはずもなく、
「はい・・・・・・」
小さな声で返事をすると、言われたとおりビール瓶や空き缶、ワインのボトルを順々に台所に持って行くしかなかった。もちろんその間もテルアキとお母様のどなり合いは続いている。
  「ええか!つまみはなあ、スナック菓子ばっかりじゃだめなんずよ!ちゃんとバランスよく何でも食べてなあ、」
「るせーよ!そんなことまで口出されたくねーよ!」
そうこうしているうちにあたしの方はほぼ飲み物類の空き瓶&空き缶が片付き、再び床に腰を下ろそうとしたらその瞬間
「枝豆のカラもー!」
お母様のどなり声が再度ぴしゃりと飛んできた。
「ハイ・・・・・・」
何か怒られる内容が違わねーかと内心激しい疑問を抱きつつも、それに逆らう気力も残ってないあたしはさらに小さな声で返事をすると、再び立ち上がって黙々と枝豆のカラを片付け 始めた。そして、それを三角コーナーにあけた時、ちょうどいいチャンスとばかり、あたしはこっそりと玄関へ向かった。幸い、お母様はこちらに背を向けてテルアキと言い合いを しているため、あたしの動きには気づいていない。
 そして玄関で靴を履き、音を立てないように扉を開けると−
外には幼稚園児くらいの5、6歳の男の子と40代前半くらいのメガネをかけた男性が立っていた。おそらくこの2人はテルアキのお父様と弟さんだろう。
 だが、あたしは一瞬だけお二人の顔を見ると、あとはあまりの恥ずかしさに顔も上げられず、下を向いたまま小声で
「すみません。」
とだけ言って足早にその場を立ち去ったのであった。
 そしてアパートの裏の自転車置き場に廻り、そこにとめていた自分の自転車の鍵をはずしていると、なおもテルアキとお母様の言い争う声が聞こえてきた。
「だいたい、何であんたがベッドで寝てて女が床で寝ちゅうんずや!ああいう時はあんたが床で寝てベッドを女に譲るのが当たり前だべ〜!」
「うっせーな、成り行き上しょうがなかったんだよ!」

 何か、すごい話になってる・・・・・
こうなったら触らぬ神にたたりなしだ。さっさと逃ーげよっと。
そうしてヨタヨタしながらも自転車をこぎ始めたあたしなのであったが−
 実はテルアキん家からあたしん家に帰る時って、すっごい急な上り坂を登っていかないといけないんだよね。