入り口から、姉貴の友人が入ってくるのが見えた。
何度か家にも遊びにきたことあるから、顔は知っているけど。 「こんにちは」 記帳を済ませた彼女が、兄貴に声をかける。 「お久しぶり。本日はおめでとうございます」 「ありがとうございます」 あれ? なんかヘン。具体的に何がどういう風にってわけじゃないけど。 兄貴ってこんなに無口だったっけ? 姉貴の友人でも気軽に話すタイプなのに…・…。 雨に濡れた状態で、姉貴がホテルに到着したのはそのすぐ後だった。 急いで着替えて、招待客を迎えるために、金屏風の前に立つ。 いよいよ披露宴の始まりだ。 披露宴は、結婚式同様、ゆるやかなテンポで流れていく。 それでも、乾杯の音頭がとられてからは、緊張感も少しずつ薄れ、宴は盛り上がっていく。 お色直しも三回ほどあり、振り袖やウェディングドレス、カクテルドレスと変身する姉貴に、感心する。 田舎だから、次々披露宴が予定されているわけでもなく、カラオケも延々と続く。 親族の酔っ払いは、ボリュームも人一倍で、頭を抱えたくなるけれど、 おめでたい席では、何でも許されるらしい。 裕さんの姉さんが、親父にお礼を言っていたという場面を、トイレに行っていた俺は見ていない。 それを知ったのは、ずっと後のことだった。 キャンドルサービスで各テーブルを回った後には、クライマックスの花束贈呈が待っていた。 親父が泣いていた。おふくろも目を真っ赤にしていた。 もう、同じ屋根の下で暮らすことのない姉貴に、ほんの少し、寂しさを感じた。 兄貴はずっと無口だった。姉貴の友人に既婚者が多かったせいばかりではないように思えた。 要チェックかも。 そうして、披露宴は無事に終わった。あの後、杏と話すことは出来なかった。 最大の危機だと思われた一日は、あっけないほどあっさりと終わった。 ま、人生そんなことの繰り返しなんだろ、結局。 昨日の雨がうそのように、奇麗な青に仕上がった空は、朝から眩しく、慌しい日常が始まろうとしていた。 「いってきます」 元気よくそう言って、店のバイクをいつものようにポンと叩くと、自転車にまたがる。 隣の庭の紫陽花が、目を引く。一雨ごとに色を変えるってほんとなのかな? 軽快に風を切る。校門前で、 いつものことだ。お互いわりと時間には正確だった。 「よぉっ、昨日泣いたか?」 自転車を止めてから、校舎に向かって歩き出すと孝史が、話し掛けてくる。 「何?」 「姉さんの結婚式」 「泣くかよっ。親父は泣いてたけどな」 ハハッと俺は笑い飛ばす。 「おはよう」 背中から、耳慣れた挨拶の言葉が投げかけられた。あっ、そういや。 |