「俺がどうしたって?」
玄関から帰ってきたばかりの兄貴が、興味深そうに覗き込む。
「何でもない。先にお風呂入るよ」
「どうぞ」
「今日は早いじゃん」
兄貴が合コンがあると言ってて、こんなに早く帰るのは珍しい。まだ、明日にもなってない。
「早く帰れって追い返された。友達甲斐のないやつばっか」
それは、お前が見境ないから……。女は外見に騙されちゃうし。
「遊ぶのもいいけど、ちゃんと勉強もしてるんだろうな」
親父がのんびりと口にする。あまりうるさくはないほうだ。
「ま、落第しない程度にはね。友、姉ちゃん出たら先入る?」
「いや、俺は後でいい」
「あ、そ」
兄貴は机の上にあった柿ピーをひとつかみして、二階の自分の部屋に上がっていった。
兄貴は俺より少しだけ背が高い。見た目はよく似ていてかなりの細身。
髪は短め。左耳にのみピアスが光る。二十一歳。大学三年。
田舎のこの辺りでは結構有名なプレイボーイ(死語)。
女の口説き方から、○秘テクニックまで、詳しく叩き込まれた。
付き合い方に違いはあるけど、俺にもそういう才能が、備わっているかもしれない。
そして今日、六月の第二日曜日。大安吉日。姉貴は嫁いで行く。
朝早くから起こされて、寝ぼけ眼の俺の目に映ったのは、白塗りが施されているものの
まだ、かつらをつける前の、なんとも間抜けな姉貴の姿だった。
その様子もうれしそうにカメラに収めているおふくろの気持ちが理解できない。
天気は下り坂らしくて、雨が降るのも時間の問題だった。
とりあえず俺は、朝食をとってから学生服に着替えた。
ヘアスタイルもおふくろから釘さされていて、清潔そうに一つにまとめる。
いつものが不潔ってわけでもないけど、親戚の小うるさいおばさんたちに嫌味を言われるのも嫌だしな。
その頃になると姉貴はかつらをつけ、着付けも最終段階に入っていた。
昨夜、姉貴は、両親を前に挨拶をしていた。気恥ずかしくて、その場に俺も兄貴も顔を出さなかった。
年が離れているので、喧嘩をして育ったという記憶はない。
幼い頃は俺たち……いや、ほとんどは俺のわがままを聞いてくれた。
その姉貴は、両親への挨拶のあと、兄貴、そして俺の順に部屋までやってきて少し話した。
「今までありがとう。近くだし遊びに来てね。苗字変わっちゃうけど、友の姉ちゃんには変わりないから」
姉貴はそう言った。照れくさかった。
ありがとうなんてそれはこっちの台詞なのに、うまく言えない自分がもどかしかった。
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